真山仁 東京地検特捜部検事富永 再び!

こんばんは。

  4月16日に宣言された全国の緊急事態宣言が解除されました。

  5月25日。北海道および首都圏が残されていた緊急事態宣言がすべて解除されました。あれから1週間がたち、飲食店やフィットネスクラブ、そして映画館、商業施設などが感染対策を徹底したうえで再開され始めました。

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(宣言解除翌日の渋谷駅前 asahi.com)

  これからの合言葉は「With Corona」ですが、この言葉の意味をキチンと咀嚼する必要があります。これまでの世界の感染者数は560万人を超え、死者は36万人を超えています。その感染力の強さは驚異的であり、高齢者や既往症のある方の死亡率は非常に高くなっています。

  その事実を踏まえると、職場や施設内で感染者が発生した場合に、感染者と感染源の特定を可能な状態にするにはどうすればよいのか、発見すればすぐに休業ができる体制になっているのか。こうしたことを十分に準備して日常活動を再開することが必須要件だと思います。

  それよりも大切なのは、我々一人一人が感染しない、させないことを意識した生活を送ることです。仕事や飲食、健康維持の体力づくりなどをしていく中で、いかに感染を意識して生活をしていくことができるのか、が新型コロナとの共生なのだと確信します。それには、習慣を見直すことが大切です。マスクをすることが当たり前、公共の場所でもトイレがあれば手洗いする。施設に入るときには両手を消毒する。匿名で訪れたいような場所には行かない。

  こうしたことが習慣になれば、少なくとも市中での感染は著しく少なくなり、万一感染した場合でも感染源を特定できる確率が高くなります。この日常を守るためにも、ワクチンが開発され、それが廉価にいきわたるようになるまでは新たな習慣を大切にしましょう。

  さて、そんな中で読んでいた本は、真山仁さんが描く東京地検特捜部、富永検事の活躍を描くシリーズ第2弾を読んでいました。

「標的」(真山仁著 文春文庫 2019年)

【検察庁のフリーランス部隊とは】

  このシリーズは、産経新聞に連載されたシリーズ小説です。真山さんと言えば「ハゲタカシリーズ」がつとに有名ですが、意外なことにシリーズものはこれ1作だけだそうです。そして、作家10周年に至って何か新たなシリーズを書き始めたいと考えたのが、富永検事の小説だったといいます。真山さんと言えば、綿密な取材に基づいて現実以上にリアルに小説世界を描き出しますが、政治の世界も得意分野のひとつです。

  真山仁さんが政治を描いた小説では、日本の総理大臣の理想と腐敗を描きあげた「コラプティオ」が思い浮かびますが、政治と密接に関係している検察庁の物語は、真山ワールドに非常に親和性の高いテーマだと思います。

  かつて、日本の文学では「社会性」を描くことは普遍性を保つことができないという意味で、ある種、際物的に取り扱われていました。今でも「芥川賞」では、文学表現の独自性と斬新さが重視されており、社会的事象を取り扱うことは不似合だといえます。しかし、かつてのソビエト連邦でソルジェニーツィン氏が告発したような政治世界は、文学の先進性を見事に表現していました。イギリスやフランスから発し、アメリカに大きな繁栄をもたらした民主主義と自由主義経済の体制は、かのクロムウェルから数えれば300年にも及ぶ歴史を有しており、すでに普遍的な理念と言ってもよいのではないでしょうか。

  真山仁さんは、綿密な取材と真実性を兼ね備える小説を描くという意味で、あの山崎豊子さんを目標にしていると言います。

  今回、奇しくも安倍内閣が次期検事総長候補の検察検事長の黒川氏の定年の延長を、検察庁法を無視して閣議決定し、あまつさえ今国会で後出しジャンケンのごとく検察庁法の改正案を提出してその正当化を図りました。この法律改正案は、識者の猛反発を惹起して、SNSは大炎上。さらには、もと検察庁OBたちの反対直訴にまで及びました。

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(反対意見書を提出した元検事総長 manichi.com)

  この出来事は、黒川氏が自粛期間中にもかかわらず、某所で複数回の賭けマージャンに教師でいた事実が暴露され、検事長を自任するというお粗末な結果となり、法案改正も取り下げられましたが、政治家とは実に執念深い人種であり、検察庁人事への恣意性を条文に盛り込んだ改正はまた国会に提出されるに違いありません。

  こうしたことがなし崩し的に重ならないように我々はキチンとアンテナを立てておく必要があるのではないでしょうか。

  さて、検察官はたった一人でも犯罪者を起訴できるという権限を持っています。もちろん、起訴とは裁判を起こすための要件ですが、刑事裁判の場合、もしも無実であれば事件の被告となった人間は、被疑者として社会的に大きな痛手を被り、大きな損害賠償を請求されることになります。

  ですので、検察官は犯罪者が間違いなく有罪であることを客観的な証拠によって明確に立件できるだけの裏図家調査を求められることになります。もちろん、このことは警察官にも言えるわけですが、警察は逮捕権をもっていますが、訴訟を提起することはできません。起訴ができるのは、あくまでも検察官なのです。

  真山仁さんが描く富永検事は、一人でも捜査、起訴ができる検察官の代表なのです。

【「巨悪を眠らせない」検事】

  巨悪とは何か、それは東京地検特捜部にとっては大きな権力を持つ政治家の巨額の贈収賄事件、横領事件の摘発のことをさします。

  政治家は、逮捕や起訴に対して法令によって守られています。総理大臣は、法務大臣を通じて逮捕への拒否権を発動することができますし、国会議員は国会開催中に逮捕されることはありません。それは、彼らが日本の国益を代表する、行政と立法の代表者だからなのです。

  日本では、権力を持つ行政機関である自衛隊、警察官、検事官は、すべてシビリアンコントロール(文官統治)の下に置かれています。それは、全体主義国家による世界征服に代表されるように国の権力が全体主義に統治されれば、国民の虐殺や他国への侵略が行われることになることが、歴史的に証明されているからです。

  つまり、巨大な権力を有している組織では、その統治者に政治家である行政大臣が置かれているということです。彼らは、政治家であり常に国民のため、国益のために正義の徒であることが前提となっています。しかし、人間である限り、そこには権力欲や物欲、虚栄心があることを否定するわけにはいきません。とくに大臣や総理大臣は大きな権力を有しており、その権力の見返りに巨額の富を築くことも不可能ではありません。

  そのことを止められるのは誰なのか。

  それが、検察庁の中でも特別捜査を行う組織である各行政区にある特別捜査部なのです。特に東京地検特捜部は、その地域内に総理官邸や各省庁舎、国会議事堂を有し、過去にも政治家の利権に絡む数々の事件を捜査、起訴してきました。

  かの「ロッキード事件」では、ピーナッツに摸された巨額の現金が授受されて、時の総理大臣であった田中角栄が起訴され、有罪となりました。また、「リクルート事件」でも株の無償譲渡に関して贈収賄の疑惑が持ち上がり、複数の国会議員や元大臣が逮捕され、時の竹下内閣は総辞職に追い込まれました。

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(田中角栄元首相逮捕の報道紙面ー朝日新聞)

  前回の「売国」は、日本の宇宙開発技術に関する利権に絡んだ諜報的な漏えい疑惑を描いた手に汗を握る小説であり、テレビドラマにもなりましたが、今回のテーマは、次期総理大臣を目指す女性議員、越村みやびの疑惑に富永検事が対峙していくという、聞いただけでその展開に胸が躍るものです。

  実は、今回の小説の中には、前作がテレビドラマ化されたときの題名である「巨悪を眠らせない」との言葉がちょっとしたシャレで登場します。そのネタは後半に登場しますが、ぜひこの面白い小説を読んで確かめて下さい。

【次期総理大臣VS富永検事】

  真山仁さんの小説は、本当によく練られて面白い。

  今回の面白さは、主人公とわき役たちの生き生きとした動きと、それに伴い明らかになっていく事実の緊迫感あふれるワンダーです。

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(文庫版「標的」文春文庫)

  まず、主人公富永検事の陣営ですが、とことん「証拠」にこだわる富永検事の相棒を務めるのは、まだ若いが「割り屋」との異名を取るバイタリティ溢れる女性検事、藤山あゆみです。さらに二人の上司となるのは、強面の副部長である羽瀬検事。羽瀬は、ひと睨みするだけで嫌疑者が口を割るとさえ言われるやり手の検事ですが、やはり上司からの命令には従うという柔軟性も身に着けています。

  そして、迎え撃つ越村みやびは、48歳の国会議員。金沢の老舗酒造家の娘ですが、その人気と手腕はすべての議員が認めるところ。黛総理の懐刀として厚生労働大臣を務め、次期総理の有力候補として名をはせています。もしも、民自党の総裁選で勝てば、日本憲政史上初の女性総理大臣になると、話題となっているのです。

  さらに、東京地検特捜部と言えば欠かすことができないのはマスコミです。今回、ジャーナリストとして登場するのは名門新聞社である「暁光新聞」の記者、神林裕太です。元経済部の記者だった神林は、これまで数々のスクープをものにしてきたやり手記者の東條部長にみこまれて、遊軍ともいえるクロスボーダー部に呼びこまれています。

  さて、小説の中心となるのは、高齢化社会への政策として肝いりで制定された「サービス付き高齢者向け住宅」いわいる「サ高住」です。

  「サ高住」は、老人ホームや介護施設とは異なり、言葉の通りサービスを付加した高齢者向けの住宅のことです。つまり、高齢者向けの住居でありながらそこに医療サービスや介護サービスが付帯されているのです。この政策は、これからの超高齢化社会に向けて高齢者自身がサービスを選択し、自らの住居を選択するという理想的な政策として期待されてきました。

  しかし、補助金を伴う「サ高住」には、利権を求める人々が群がっていました。「サ高住」は、「高齢者の住居の安定確保に関する法律」に定められた住居で、リーマンショック後の不動産業界では、空き地と言えば「サ高住」と言われるほどの大ブームとなり、その補助金を目当てにして新築ブームが出現しました。

  そこには、新たな利権の構造が出来上がり、「サ高住」によって成り上がった勝ち組の業者がたくさん生じました。世の中では、「悪貨は良貨を駆逐する」と言われますが、この制度にも悪徳業者が輩出し、与野社会問題となっています。

  ここに登場したのが、高齢者を食い物にする悪徳業者を駆逐する法律の制定に乗り出した越村みやびだったのです。兼ねてからこの問題に焦点を当てていた越村は、黛総理大臣の庇護のもと厚生労働大臣に任命され、この問題の解決に自ら乗り出したのです。しかし、そこは利権渦巻く世界でした。

  ある日、上司の羽瀬から呼び出された富永と藤山は、羽瀬から越村みやびの捜査を命じられます。そこには、「サ高住」問題解決の法案成立のためにある「サ高住」団体から越村みやびが多額の資金を受け取っている、贈収賄の告発があったのです。越村は、「清廉潔白」がトレードマークの政治家。それは次期総理大臣候補の越村みやびからは最も遠い世界の告発でした。

  ここから、我々は手練の真山節の世界へと引き込まれていきます。業師である現職の黛総理の姿がバックに垣間見える中、富永検事の手に汗握る戦いの火ぶたが切って落とされるのです。


  このシリーズは、真山さんにとっても思い入れあふれる作品です。その面白さは天下一品。真山ファンならずともその面白さには時間を忘れます。ぜひ皆さんもお楽しみください。このシリーズが末永く続くこと願ってやみません。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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