森保ジャパンが導いた新たな地平

こんばんは。

  すっかりご無沙汰しましたが、今年もいよいよ最後の週へと突入しました。

  今年の漢字は「戦」。2月に始まったロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻は、ロシアの一方的な領土の略奪であり、力によって国際的に認められた国家の国土を軍事によって奪おうとする「戦争」は絶対に許されるものではありません。

22moriyasu02.jpg

(今年の漢字「戦」mainichi.com)

  ロシアも核兵器による世界戦争を望んでいるわけではありません。しかし、第一次世界大戦、そして第二次世界大戦を顧みると、独裁者の抱く野心は止まるところを知らず、世界の人々に「死」や「不幸」をもたらすことに躊躇はありません。ロシアは反米、反ヨーロッパという価値観を共有する国々との外交によって孤立化を避けようとしていますが、この世界に生きる人々の「生きる権利」を奪う行為に賛同するような国は、必ず衰退をまねくことになります。

  ロシアやその他の国がどのようなバリアをはっても、「戦争」が人類にもたらす「惨禍」は、生命の歴史の中で、人類という種の汚点そのものです。

  世界中の人々が、ロシアの蛮行を止めるために力を尽くし行動を起こすことが必要です。

  さて、「戦」といえば、今年はサッカーワールドカップがカタールで開催されました。中東での開催ははじめてであり、我が森保ジャパンは、これまでの歴史で超えることがかなわなかったベスト8の壁を超えるべく、ドーハへと向かいました。

【Eグループは死の組か?】

  ワールドカップの予選大会。日本は抽選でグループEとなりました。グループEに選ばれたのは、世界ランキング7位のスペイン、12位のドイツ、23位の日本、そして31位のコスタリカでした。特に我々がゾッとしたのは、スペインもドイツもかつてワールドカップで優勝したことのある実力あるチームだったことです。

  そして、1123日、日本はついにドイツと対決します。

  今回のワールドカップメンバーは、これまでとはかなり異なるメンバーが名前を連ねていました。前回ロシア大会では、西野監督が大会開始の2カ月前に急遽監督に就任し、香川選手、乾選手、本田選手、岡崎選手など、過去のワールドカップで活躍した選手たちを本戦メンバーに選んだのです。そのときにコーチだった森保監督は、西野ジャパンがベスト16を勝ち取った大会のすぐ後、オリンピック世代の監督と、ワールドカップ日本代表の監督を兼務する形で代表監督に就任しました。

  カタール大会に選ばれたメンバーは、26名中、ワ-ルドカップ経験者は7名というとても若いメンバーでした。そのうち海外経験者は23名。日本国内のJリーグ組はたったの3名となりました。ちなみに攻撃陣は全員がワールドカップ初体験です。

  メンバー発表で森保監督が語っていたのは、メンバー選考では経験よりも未経験者のより「成功したいという野心」を選択した、という言葉でした。確かに、ワールドカップで求められるのは延長戦も含めれば120分間フルに走れる体力だけではなく、世界に通用する個人技、当たり負けしないデュエルの強さ、そして、何よりもチームのためにプレーする強靭さ、です。

22moriyasu03.jpg

(メンバー発表の記者会見 mainichi.com)

  日本の実力者たちは、みな世界に通用する力を身に着けるために次々と海外、特にヨーロッパのクラブへと移籍していきました。そうして、海外で、世界に通用するための経験を積んできたのです。ヨーロッパでのサッカーが365日、あたりまえのように生活している選手たちが見せるサッカーはどのようなものなのか。

  その力は、まさにそのドイツ戦でためされたのです。

【壮絶なドイツとの闘い】

  ドイツ戦の前半。日本は守備的な体制「4-3-2-1」、フォーバックで守りつつ、高い位置でボールを奪って攻めていく布陣を取りました。しかし、ドイツは日本を十分に研究してきており、スピードスターの伊東選手や久保選手は徹底的にマークされ、思う様にボールをキープすることができません。ボール支配率はドイツが7割以上となり、日本は守りに多くの時間を費やします。そんな中、前半33分、ドイツのミッドフィルダーのギュンドアン選手がノーマークでパスを受け、ペナルティエリアへと飛び込んできます。ボールを抑えようと飛び込んだキーパー権田選手の腕がギュンドアン選手の足を引っかける形となり、不運にも反則を取られ、PKを与えてしまったのです。

  こうして前半は、ドイツに押され先制点を与えてしまいました。

  1対0で後半戦を迎えた日本は果敢に戦術を変更してきます。守備的な「4-3-2-1」からより前に重点を置く、「3-4-2-1」に戦術変更を行ったのです。さらに森保監督は、後半に入るやすぐに久保選手に変えて冨安選手を投入、さらにその10分後には長友選手に変えて三苫選手を、ワントップの前田選手に変えて浅野選手をピッチに送り込んだのです。

  この采配は日本に活を注入しました。「3-4-2-1」は、ドイツの布陣とピッタリと呼応して、攻守においてマンツーマンが明確になり、見事に機能します。日本が前からプレッシャーをかけてドイツの攻め手を封じていきます。ドイツも後半20分にはミッドフィルダーを2名後退し、日本に対抗します。

  ドイツは、交代したミッドフィルダーが機能し、日本のゴールに襲いかかります。続けざまにこぼれ球のシュートを含め、4本のシュートが日本のゴールに放たれたのです。しかし、ここで日本の守護神、権田選手がスーパーセーブを見せ、この4つのシュートを見事に跳ね返したのです。

22moriyasu04.jpg

(日本の守護神 権田選手 yomiuri.co.jp)

  それまで、スタジアムではドイツサポーターの歓声がめだっていたのですが、ここから地元サポーターが日本に声援を送っているのか、日本への歓声が高くなり、ドイツへのブーイングまでが巻き起こり、スタジアムも日本の色に変わったのです。

  そして、呼応するように、その5分後、森保監督は田中選手に変えて堂安選手を、足を痛めた酒井宏樹選手に変えて南野選手を投入します。そして、後半30分、三苫選手のパスをゴール前に走りこんだ南野選手が受けシュートを放ちます。さらに、そのこぼれ球を堂安選手が得意の左足で合わせます。同点ゴール!日本とスタジアムが喜びに沸きあがりました。

  ドイツはこの直後、同点を死守し勝越しのゴールを狙って、フォワードの選手とミッドフィルダーの選手を交代し、新たな戦力を投入します。しかし、その4分後、前半38分でした。右サイドの板倉選手が放ったロングパスにワントップの浅野選手が反応します。走りに走る浅野選手、そしてドイツのデイフェンダーも全力で並走します。並んだ2人。しかし、浅野選手の右足がわずかに勝り、一瞬の閃光のようにボールはゴールに吸い込まれました。

  オフサイドはなく、見事な勝ち越しゴールが決まったのです。日本はこのまま勢いを守備にもつなげて見事な逆転勝利を収めたのです。

【そして、日本代表は新たな高みへ】

  ワールドカップでの戦いは唯一無二です。第2戦のコスタリカ戦はいかにワールドカップの闘いが予想どおりに行かないかを物語ります。ランク下のコスタリカに勝てば、日本は勝ち点6となり、予選突破をほぼ手中にすることができたはずでした。ところが、日本は0対1でコスタリカに敗れました。そして、ベスト16に残るためには最後のスペイン戦の勝利がそのカギを握るのです。

  12月1日(日本時間122日午前0時)、日本対スペインの闘いの幕が切って落とされました。本大会のスペインはヨーロッパ予選を1位で通過し、乗りに乗っています。初戦のコスタリカ戦では、なんと70で勝利を飾っているのです。

  日本は、この試合も本戦で機能を高めている「3-4-2-1」のフォーメーションで臨みます。しかし、スペインは得意とする早いパス交換を駆使して日本ゴールへとじわじわと攻め寄せてきます。日本も負けずに前線にボールを送り、開始そうそう久保選手が相手ゴールエリアにボールを送り込み、さらに日本ゴール前で奪ったボールをつないで田中選手のパスから伊東選手が果敢にシュートを打ちます。ボールは枠を外れました。

  そして、開始から11分。スペインは得意のパス回しからゴール前で左サイドバックがクロスボールをあげ、フォワードのモラタ選手がみごとなヘディングで合わせます。ボールはそのまま日本ゴールへと吸い込まれました。またしても、日本は先制点を許します。しかし、今の日本は、失点1は想定内。これ以上の失点を抑えれば、必ずチャンスは回ってきます。しかし、スペインはかさにかかって攻めてきます。前半のボール保持率は、何と82%。日本は前線からのプレッシャー、高い位置からの守備、そして最終ディフンスラインでゴ-ルを守ります。

  23分には再びモラタ選手のシュートが日本ゴールを襲いますが、ここはキーパー権田選手がみごとにキャッチして失点を防ぎます。日本は前半戦を決死の守備を見せ、最終ラインの板倉選手、谷口選手、吉田選手と3人にイエローカードが出されました。

  前半を1失点に抑えた日本。後半、森保監督が動きます。

  それは、ドイツ戦で逆転を実現したときと同じオフェンシブな選手交代でした。ミッドフィルダーの久保選手を堂安選手に交代、そして、ディファンダ―の長友選手に代えて三苫選手を投入したのです。この交代がボールをスペインゴールへと押し上げたのです。後半開始直後、3分。中盤でボールを奪いゴール前にけり出されたボールを堂安選手の左足が振り抜き、高速のシュートはキーパーの掌をはじいてゴールへと吸い込まれたのです。

22moriyasu05.jpg

(堂安選手の黄金の左足 tokyoheadline.com)

  堂安選手の見事な同点ゴールでした。さらにその5分後、右サイドでボールを持った堂安選手がゴール前にボールを転がすと、前田選手が左サイドからボールに向かって猛然と走ります。しかし、ボールはそのままゴール脇に抜けていきます。そのとき、ボールが抜ける左のゴールラインに向かって猛然と走りこんだ選手がいます。三苫選手です。三苫選手の左足は、ゴールラインを割ったかに見えるボールをゴール前へと蹴り上げます。そこに待ち構えていたのは、後ろから走りこんでいた田中選手でした。田中選手は、体ごとボールにぶつかるようにしてゴールに飛び込みます。

  はたして、ボールはゴールラインを割っていたのか。

  今年から公式に導入されたVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)。スタジアムに備えられたたホークアイと呼ばれるカメラとボールに内蔵されたセンサーチップがボールがラインを割っていたのかどうかを判定するのです。その結果は・・・。サッカーでは上から見た時にラインにボールがかかっているかどうかで、インかアウトかを判定します。なんと、ボールは、1.88mm、ラインにかかっていたのです。

22moriyasu07.jpg

(三苫選手の1mm  nipponwadai.com)

  あまりに劇的な逆転ゴール。日本は、この後、すべてを尽くしたディフェンスで7分間のアディッショナルタイムを含めた44分間、自らのゴールを守り抜き、スペインに勝利しました。日本は、Eグループ1位で予選通過を果たしたのです。

  ベスト8をかけたクロアチアとの1戦、日本は前田選手が見事に初ゴールを挙げましたが、その後同点にされ、延長戦、PK戦の結果、惜しくも敗れてしまいました。クロアチアは、次にブラジル戦にも勝利し、アルゼンチンにこそ敗れましたが、堂々の3位となりました。日本の実力も推して知るべしですね。

  今年の日本代表は、ヨーロッパ、南米のサッカーと互角以上に渡り合う素晴らしい試合を戦い、勝ち切ってくれました。今後の日本サッカーが楽しみで仕方ありません。


  さて、今年も残すところわずかとなりました。1年の終わりにこれほどの感動を味合わせてくれた森保監督と日本代表の皆さんに本当に感謝です。「戦争」や「コロナ」という暗い出来事もありますが、やっぱり人間は捨てたものではありません。明るい明日に向かって走りだしましょう。

  皆さん、どうぞよいお年をお迎えください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。

今回も最後までお付き合いありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ

にほんブログ村⇒プログの励み、もうワンクリック応援宜しくお願いします。


だからプロ野球から目が離せない!

こんばんは。

  行動規制のないコロナ禍での生活もあたりまえになってきました。

  一時、世界一の感染者数を記録していたオミクロン株によるコロナ禍でしたが、一人一人の感染対策が功を奏しているのか、日本全土で猛威を振るっていたオミクロン株もやっと落ち着きつつあるのかと思わせます。

  引き続き、油断することなく、常に感染対策を心がけましょう。

  ウクライナでは、非道のプーチン大統領が侵略によって略奪した地域をロシア国土に編入するために、国民投票をねつ造し、占領地域の既成事実化を図っています。ロシア国内では、兵力不足による予備兵の徴兵や戦争の長期化によってプーチン大統領の支持率も下がってきつつあるようですが、それでも77%というから驚きです。

  ウクライナの反撃は成功しつつあり、併合が画策されているドネツク州の要衝、リマンをウクライナが奪還したニュースが世界中に配信されました。現地の親ロシア派兵力はロシア軍の撤退に異を唱えており、戦略的核兵器を使用すべき、などという言語道断な発言も飛び出しています。また、クリミア半島につながる唯一の道路をウクライナが破壊したとして、報復と称しウクライナの主要都市に数十発のミサイルを撃ち込み多くの無垢な命を奪っています。

yakyuu01.jpg

(爆破されたクリミア橋 nittkei.com)

  侵略者であり独裁者でもあるプーチン大統領ですが、人類と地球に不幸をもたらすだけの愚かな決定を次々に実行しています。政治的な思惑が人の命を平気で奪うことの愚かさをあきらめることなく訴え続けることこそが大切です。

  さて、今日は久しぶりに大好きな野球の話をしましょう。

  メジャーリーグでは、エンジェルスの大谷翔平選手が投手と打者の二刀流でまるで漫画の主人公のような活躍をリアルの続け、我々に生きる勇気を与えてくれています。最終戦の登板で、規定打数とともに規定投球回数を上回り、みごと歴史にその名を刻んでくれました。

  日本のプロ野球。昨年は、セパともに前年最下位であったチームが優勝し、大いに盛り上がりました。野村時代からのスワローズファンとしては、その後継者ともいえる(野村さんの後継者は数え切れないのですが、)高津臣吾監督が初のリーグ優勝をかざり、さらには日本一に輝いてくれたことが何よりの喜びでした。

  今年のプロ野球は本当にハラハラドキドキ、素晴らしい試合が続きました。

  セリーグでは、嬉しいことにヤクルトスワローズが交流戦をはさんでぶっちぎりの首位を独走し、終盤に濱の番長、三浦監督率いる横浜ベイスターズに追い上げられましたが、それを振り切って2年連続の優勝を果たしました。さらには、主砲の村神宗隆もとい村上宗隆選手が、日本人最多の56号ホームランを放ち、令和最初の三冠王を獲得しました。最終戦で決めるという劇的なホームランは我々の心を躍らせてくれました。

yakyuu02.jpg

(56号をはなった村上選手 asahi.com)

  一方、パリーグでは記録的な熱戦が繰り広げられ、ファンは最後までハラハラドキドキ楽しみました。一時は楽天も交えて、西武、ソフトバンク、オリックスが1ゲーム差の中にひしめき、最終戦でソフトバンクが西武に敗れ、オリックスが楽天に勝利したことによりオリックスが奇跡的な逆転優勝を飾ったのです。同率首位でしたが、直接対決で勝利数が多いオリックスに軍配が上がるという劇的な優勝でした。さらにソフトバンクは、クライマックスシリーズで、最終戦で敗れた西武と対決し、みごとにファイナルステージへと勝ち上がりました。

  クライマックスファイナルは、セリーグがヤクルト対阪神、パリーグはオリックス対ソフトバンクとなり、その行方は混とんとしています。プロ野球ファンにとって今シーズンの熱き戦いはいつまでも記憶に残る素晴らしい戦いとなりました。

  さて、そんな中、今週はヤクルトスワローズ高津臣吾監督の本を読んでいました。

「一軍監督の仕事 育った彼らを勝たせたい」

(高津臣吾著 光文社新書 2022年)

【スワローズ・ウェイって何?】

  この本の著者高津臣吾さんは、言わずと知れたヤクルトスワローズの監督です。

  2022年のシーズンは監督就任から3年目となりますが、1年目の2020年シーズンは416910分けという記録で、ダントツの最下位を記録しています。皆さん覚えていると思いますが、昨年、セリーグでヤクルト、パリーグでオリックスが優勝したときに、セパともに前年度最下位球団の優勝、と騒がれました。

  いったい、どうやって最下位のチームを一気に優勝まで押し上げたのか。

  その秘密を知りたくて、この本を手に取ったのです。

  高津監督と言えば、忘れもしない、ヤクルト黄金時代に試合の最後には必ず登場して試合を勝利に導いた最強のリリーフ投手でした。野村克也さんが監督として指揮を執っていた1990年代、ヤクルトスワローズは黄金時代を迎えており、4度の優勝と3度の日本一に輝いています。

  その経歴を見ると、野球に対するその情熱に驚きます。日本では1993年から、りりーフ救援投手に転向し、四度最優秀救援投手に輝いています。その後は、MLBホワイトソックスに移籍、通算で300セーブを記録しまいた。しかい、そのすごさは最後まで現役投手にこだわったことです。MLBの後には、韓国のプロリーグ、台湾プロリーグで活躍、その後、日本の独立リーグに戻り、新潟アルビレックスでは、選手兼任監督として日本一に輝いているのです。

  指導者としても、2014年にはヤクルトの一軍投手コーチに就任。翌年には、真中監督の下で、セリーグ優勝を果たしました。2017年からは二軍監督に就任。一軍に育てた選手を送り込むことに専念し、2018年には、「二軍監督の仕事」という著作を上梓しています。

  高津監督が就任した2020年。これでヤクルトは復活する、との思いがあり応援しました。

  この本のプロローグは、2020年監督に就任した年、シーズン最下位となった最終戦からはじまります。まずは目次を確認しましょう。

プロローグ

1章 2021年かく戦えり
2章 日本シリーズかく戦えり
3章 運命の第6戦、涙の日本一へ
4章 2021年を戦い終えて
5章 スワローズのV戦士たち
6章 育てながら勝とうじゃないか
7章 スワローズ・ウェイと、野村監督の遺伝子
8章 スワローズ・ウェイの完成に向けて

エピローグ

(付録:2021年全試合戦績)

yakyuu03.jpg

(「一軍監督の仕事」 amazon.co.jp)

  この本では昨年の高津監督初制覇の内容が記されていますが、2022年のヤクルトは、この本の延長線上にあります。昨年ブレイクした村上選手は、昨年度不動の4番打者に座り、ホームラン39本を打って本塁打王に輝きました。さらに打率は278厘、出塁率4割、長打率は566厘を記録しています。さらには、盗塁も12をマークし、攻守走ともに大活躍したのです。ところが、今年はさらにその上を行きました。

  今年の成績は、ホームラン56本。打率318厘、出塁率458厘、長打率は、なんと71分を記録しているのです。ちなみに打点は昨年の112打点から大きく飛躍し134打点を挙げました。三冠王も納得です。ホームランに注目すると、8月には日本プロ野球記録となる5打席連続ホームランを放ち、5月には2試合連続満塁ホームランの最年少記録も塗り替えています。

  まさに、神様、村神さまですね。

【野村野球の継承者】

  高津監督はどのようにして勝つチームを作り上げたのか。

  この本にはその秘密がギッシリとつまっています。

  昨年度の合言葉は、「絶対大丈夫」でしたが、その言葉はシーズンを通して戦った高津監督の戦略のうえに成り立っていた言葉でした。野球は、ついつい打撃陣と得点に目が向くのですが、高津監督は元世界のリリーフエースでした。その野球は、基本的に最少得点でも守り勝つことのできるチームを作ることです。

  昨年度の投手成績を見ると、若手の台頭が素晴らしく、奥川9勝、今野7勝、田口5勝、高橋4勝と新たなスターが生まれています。ここにベテランの小川が9勝、石川が4勝、サイスニードが6勝を挙げています。

yakyuu04.jpg

(スワローズの要ライアン小川投手 asahi.com)

  今年の成績を見ると今年は昨年ブレイクした奥川投手が不調でどうなるかと思いましたが、新生木澤が9勝、原樹里、高橋が8勝、若手は主役が変わりましたが、さらに9年目の高梨が7勝。ここにベテランの小川が8勝、石川が6勝、サイスニードも9勝と計算できる成績を残しています。

  注目されるのは、この本のサブタイトルにもなっている「育った彼らを勝たせたい」というマネジメントです。さすが抑えで一流の成績を残した高津監督ならではの投手采配が際立ちます。投手と言えば、リリーフエースのマクガフです。

  昨年の日本シリーズ第1戦、この試合はオリックス山本由投手と、奥川投手の投げ合い、1対1で迎えた8回表村上選手の2ランホームランで31と勝ち越します。もちろん9回裏はヤクルトの守護神マクガフが登場です。ところが、どうしたことか、マクガフはヒットとフォアボール、そしてぼてぼてのピッチャーゴロを三塁に送球してセーフ。ノーアウト満塁のピンチを迎えたのです。オリックスの打者は3番吉田正選手。結果は逆転のさよなら負けでした。

  マクガフの想いはいかほどでしょう。しかし、高津監督は、マクガフの気持ちを我がことのように理解していたのです。その後のマクガフの活躍はご存知の通りです。その守る野球の妙は、ぜひともこの本でお楽しみください。

  さて、高津監督はチームを勝たせるマネジメントをどうやって学んできたのでしょうか。その答えは、この本の最後2章に記されています。それは、名将野村克也監督のDNAなのです。

  野村さんと言えば、解説者時代に考案したストライクゾーンを9つのマスに分けて配給を解説する野村スコープが有名で、MLBでも野村スコープによる解説が当たり前になっています。しかし、野村さんは監督として10倍以上も高度なスコープを使用していたのです。それは、投手の配球のストライクゾーン9マスを36マスに分解。さらには、その外側のボールゾーンにふた回り、28マスと36マスを加えて、合計99マスの配給スコープで投球を分析していた、というのです。

  「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」とは、野村さんの名言ですが、高津スワローズには、この野村監督のDNAが脈々と流れていたのです。


  今年もいよいよクライマックスシリーズ、そして日本シリーズが始まります。どの試合からも目が離せません。ダッグアウトではどのような闘いが繰り広げられるのか。この本は、その一端を我々に教えてくれるのです。今年も盛り上がりましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ

にほんブログ村⇒プログの励み、もうワンクリック応援宜しくお願いします。



人生は感動であふれているよ

こんばんは。

  コロナウィルスのオミクロン株の猛威は、一時、日本の新規感染者の数を世界一にまで広げました。それまで日本はコロナ禍の優等生でしたので、免疫保有者の数が世界の中でも少なかったのだと思います。そこに、経済回復のための規制緩和が重なり、感染者が爆発的に増加しました。これまでの中で、7波が最も強烈です。

  オミクロン株は従来よりも重症化率が低く、感染力は高いとされていますが、大都市を中心とした新規感染者の増加には驚かされます。実際第6波までは身近に感染者はいませんでしたが、ここ3カ月ほどは職場でも前後左右の職員、また離れて暮らしている息子も感染するなど、身近な問題となりつつあります。幸いなことに仕事はテレワーク、息子は会社の独身寮にいて、接触を免れています。8月には4回目の接種を終え、少し安心しています。

  これだけの広がりを見せているコロナですが、世界ではすでに規制を取り払い、各自が感染予防を行いながら日常生活を行う状況に至っています。

 モデルナやファイザーは、オミクロン株専用のワクチンを開発するなど、シフトしつつありますが、日本の緩和措置は慎重です。日本の観光資源は世界のトップクラスであり、歴史、文化、グルメのどれをとっても世界中のあこがれとなっているようです。日本への渡航は、現在、ビザが必要、観光目的では個人は認められておらず、ツアーによる団体客のみを受け入れています。

  今や日本国内が世界の中でも最も感染者数が多くなりました。そうした意味では、受け入れに当たっては、これまで以上に公共交通機関や各宿泊施設、飲食店や商業施設、文化施設での、防疫体制、消毒体制をしっかりと日常化することで新規感染を防いでいくことこそ肝要なのではないでしょうか。

  我々がやるべきことは、具合が悪い時には外出しないこと。そして、消毒、手洗い、人ごみでのマスクを欠かさないことが、感染拡大を防ぐために必須であると思っています。

  コロナ禍の一方、独裁者プーチン大統領によるウクライナ侵略戦争ですが、その不毛な殺戮は7カ月を迎えようとしています。ロシアは、アメリカと対立している国々と連携することで、この侵略戦争への非難を少しでも弱めようとしていますが、主権国家に対して一方的に侵略を行い市民を殺戮する行為は絶対に許されることではありません。

kandou01.jpg

(ロシアのミサイル攻撃を受けた火力発電所 asahi.com)

  どれだけ時間がかかろうとも、我々はその絶対悪を許してはなりません。世界大戦を二度と引き起こしてはなりませんが、ロシア国民が戦役に疲弊し、経済的にも疲弊し、自らの首領が間違ったことをしていると認めるまで、我々は「否」を唱え続けなければなりません。人としての正義は貫かれなければなりません。

  そんな中ではありますが、今回のブログでは最近心を動かされたTV番組について綴りたいと思います。

【音楽と写真家を巡るドキュメンタリー】

  皆さんは、NHKBSプレミアムで午前9:00から毎日「BSプレニアムカフェ」と題してリクエストのあった過去のドキュメンタリー作品を放送していることをご存知でしょうか。

  この時間は仕事中ですので、もちろんリアルでは見ることができないのですが、あまりに面白いプログラムが多いので、ビデオ予約をしています。最近では、「写真家を見る」や「絵画ミステリー」、「作家を巡る謎」など、テーマを決めて何本かのドキュメンタリー作品を続けて放送しています。

  この中で、心を動かされた二つの番組を紹介します。

  まず、写真家特集の2つ目の作品「カメラで音楽を撃て 写真家・木之下晃」には引き込まれました。

  この作品は2007年に制作された番組ですが、2015年に亡くなられた写真家、木之下晃さんの貴重な記録です。木之下さんはクラシック音楽の演奏家を撮影し続けて数々の賞を受賞し、数々の音楽家からも演奏家の音楽が湧き出る瞬間をとらえた作品が絶賛されています。その写真家としての活動を捉えた素晴らしいドキュメンタリーなのです。

kandou02.jpg

(木之下晃写「マリア・カラス」 fujifilm.com)

  作品には、名だたる演奏家が名を連ねます。カラヤン、バーンスタイン、マゼール、メータ、その白黒の画面からは、躍動し、そこから音楽が聞こえてくるような演奏家たちの姿が湧きあがってきます。この番組に出演していたのは、今は亡きロリン・マゼール氏、レジェンド小澤征爾氏、リッカルド・ムーティ氏など、木之下さんの写真に心を動かされた人々です。

  そして、番組は、デビューのころから撮影を続けている指揮者佐渡裕氏の撮影現場に密着します。

  佐渡裕氏は、小澤征爾氏やレナード・バーンスタイン氏の師事し、バースタインのアシスタントとしてウィーンで活動、1989年にブザンソン国際指揮者コンクールで優勝し、プロデビューします。番組は、佐渡さんの「一万人の第九」公演のリハーサル、そしてコンサートを指揮する佐渡さんの撮影のため密着する木之下さんを映し出します。

  なぜ、木之下さんは佐渡さんに密着できるのか。

  佐渡さんは、木之下さんとの忘れられない1枚を紹介してくれます。それは、コンクールで優勝し、プロデビュー間もない佐渡さんが演奏指揮を終えた瞬間をとらえた写真です。白黒の画面には、指揮台に立ち指揮棒を大きく振り上げた若き佐渡さんが写っています。まるでスポットライトが当たったように白く浮かび上がる佐渡さんの姿。そこからは演奏が終わった瞬間の緊迫感と開放感がみごとに写りこんでいて、思わず見入ってしまいます。

kandou03.jpg

(木之下さんと佐渡さんの対談 fukushi-sinnsyo.com)

  佐渡さんは、この写真をみたときから木之下さんの芸術に魅了され、それ以来音楽仲間と言ってもよいほどの親近感を感じていると言います。そして、木之下さんの写真からは音楽が聞こえてくると語るのです。

  佐渡さんは、今年新日本ファイルハーモニー楽団のミュージックアドバイザーに就任し、来年は音楽監督に就任予定ですが、5月に、新日本ファイルを指揮したベートーヴェンの交響曲第7番はその重厚さと歯切れのよいテンポで会場中を魅了しました。その佐渡さんの音を捉えた写真。素晴らしい、の一言です。

  皆さんも機会があればぜひ一度、この貴重な記録をご覧ください。その人生に魅了されます。

【絵画を巡るミステリー】

  さて、「音楽と写真」の次は、「絵画ミステリー シリーズ」です。

  このシリーズでは3回に渡り、絵画にまつわるドキュメンタリー作品が放送されました。まず、2010年に制作された「贋作の迷宮~闇にひそむ名画」。そして、2017年の「4人のモナリザ“謎の微笑”モデルの真実」、最後に2004年の「スリーパー・眠れる名画を探せ」です。どの作品も絵画好きにはたまらない作品ですが、その中でも「4人のモナリザ」はミステリー・ドキュメンタリーとしては傑作でした。

  そもそもの発端は、現代技術を駆使して行われた「モナリザ」の絵画分析です。

  その仕掛けは、24千万画素という途方もない精密さを持つ「マルチスペクトルカメラ」による画像分析です。絵具の色にはそれぞれ異なる波長があり、このカメラで撮影すると、表面に見えている絵具だけではなく、その下にかくれている絵具や下書きまでをみつけることができる、というものです。

  最近のフェルメール研究などでは、X船調査などにより、現在我々に見えていない絵が裏に隠されていることが判明しています。その代表的な例が、傑作「窓辺で手紙を読む女」の背景に広がる白い壁の裏に隠された大きなキューピットの絵画です。キューピットの絵は、完成時にフェルメールが塗りつぶしたものと考えられていましたが、日に第三者に上塗りされたものと判明し、修復作業によって、キューピットの絵画が復活したのです。

kandou05.jpg

(修復されたフェルメ-ル作品 daily.co.jp)

  今回の解析は、より高度な高額スペクトルによる解析となります。この解析を行ったのは、フランスの絵画分析士であるパスカル・コット氏です。氏の分析によると、レオナルドの描いた「モナリザ」には、4人のモナリザが描かれており、その4人は最初の絵から次々に上塗りされていったと考えられる、というのです。

  なんと、ワンダーな。

  番組は、この4人のモナリザはいったい誰なのかを求め、フィレンツェ、ローマ、そしてパリを巡る旅に出るのです。

  まず、一人目のモナリザ。この絵の痕跡は一部しか残っておらず、レオナルドがデッサンとして描いたものだと言います。その女性像は今のモナリザよりも少し高い位置に顔が描かれており、さらにその手の指は4本しか描かれていません。つまり、レオナルドは女性をデッサンしている途中で描くのをやめてしまったと推定されます。

  そして、二人目のモナリザです。二人目の女性像の頭部には装飾が描かれた痕跡が見られました。その痕跡の正体を求めて、番組はフィレンツェの装飾文化に詳しい学芸員を尋ねます。絵画の歴史は、そこに描かれている人物の服飾品をみれば年代や描かれている人物を特定することができると言います。2人目の頭部に描かれている装飾をみせたところ、ルネッサンス期に描かれた髪飾りと同じものであることが判明します。

  その髪飾り、実は聖母の実に描かれる髪飾りなのです。つまり、2人目の女性像は聖母像であったことが分かります。レオナルドは、1人目の女性のデッサンを消して、そのうえに聖母マリア像を描こうとしていたのです。

  さらに、番組は3人目のモナリザを追いかけます。

  3人目のモナリザは、今のモナリザとは異なりやや左を向いており、服装も現在と異なっています。この3人目のモナリザこそ、当時の美術研究者ジョルジュ・ヴァザーが「ダ・ビンチは除根だの依頼でリザの肖像を描いた。」と書き残した「リザ」だったのです。この絵に描かれたフィレンツェ風の服装は、1500年~1505年に着られていた服で、そのころ、レオナルドはパトロンを失い、フィレンツェの父の下で居候をしていたのです。そして、この絵を依頼した豪商ジョコンドはレオナルドの父親の向かいに住んでいた父の親しい知り合いだったのです。さらに、最近、1503年にレオナルドがリザの肖像画を描いている、との知人の目もが見つかっており、この「モナリザ」が描かれていたことは間違いないようです。しかし、この絵は依頼者に引き渡されることはなかったのです。

kandou04.jpg

(撮影された4人のモナリザ cardian.exblog.jp)

  その絵は、どのようにして現在の「モナリザ」となったのか。最後の謎は、ローマに隠されていました。その鍵となるのは当時、ローマの超有力者であったジュリアーノ・デ・メディチ公です。彼は、レオナルドのパトロンであり、彼に一枚の肖像画を依頼しました。

  ジュリアーノにはそれはたくさんの恋人がいましたが、彼の子供を生んだ女性はただ一人でした。そして、其母親はその子供を産み落とした時に亡くなってしまったのです。その子供イーポリットは教会経由でジュリアーノの養子となりました。その母の名前はパチフィカ。ジュリアーノはイーポリットのために亡き母の肖像を描くようレオナルドに依頼したというのです。

  それゆえ、モナリザはすべての人の母親のように永遠の微笑みをうかべている。

  4人のモナリザの話は途方もないミステリーとその結末を我々に教えてくれたのです。


  さて、心を動かされる、と言う意味では先日行ったライブハウスでの演奏や、習っているテナーサックスの発表会に向けたレッスン、さらには大人買いしたジャズとクラシックのCDの話など、尽きない話もいろいろあるのですが、紙面が尽きました。続きはまたお話しします。

  今年はまだまだ残暑が続きそうですが、コロナと体調には気を付けて楽しく過ごしましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ

にほんブログ村⇒プログの励み、もうワンクリック応援宜しくお願いします。



北中正和 ビートルズとは何者なのか?

こんばんは。

  ロシアを統べる独裁者プーチン大統領。そのしたたかさは、帝政ロシアから旧ソビエト連邦へと綿々と受け継がれてきたロシア帝国の歴史そのもののようです。

  それは、自らの正当性を主張するためには、自らの主張以外のすべてに対して無視するか、「ニエット」と語る、メンタリティそのものです。

  ロシアによるウクライナ侵攻は5ヶ月を超え長期化しています。ウクライナは欧米民主主義の国々から軍事支援を受け、東部、南部での領土奪回をめざし、過酷な闘いを繰り広げています。そうした中で、現在最も国際的な問題となっているのがエネルギー危機と食糧危機です。

  ロシア経済の要は、広大な領土の地下資源である天然ガスです。その液化天然ガスが、EU域内では極めて高いシェアを誇っており、その供給を停止すれば多くの国でエネルギー不足が引き起こされます。欧米諸国はロシアに強烈な経済制裁を課していますが、ロシアは経済の根幹であるエネルギーの供給が滞ることがありません。EU各国、イギリスではロシアからのエネルギーに頼らないよう代替手段を講じつつありますが、それには数年を要する状況です。

  あまつさえ、インドや中国はこれを安価なエネルギー確保の好機ととらえ、ロシアからの液化天然ガスの輸入を大きく増加させています。ロシアはほくそ笑んでいるに違いありません。しかし、世界的に見れば、エネルギー価格は高騰し、多くの国でインフレが進んでおり、ロシアは世界経済を停滞へと導いているのです。

  さらに深刻なのは世界的な食糧危機です。

  ウクライナは豊饒な穀物生産地を有する農業大国です。ウクライナの食糧輸出は、ひまわり油世界1位、大麦は世界第2位、トウモロコシは第3位、小麦は第5位となっており、その輸出先はアフリカ、アジアを含め190か国に及んでいます。(2016年)

  その「世界の食糧庫」が侵攻以来、半年近くも穀物を輸出できていないのです。それは、輸出の出口である黒海をロシアが封鎖しているからです。港湾都市マリウポリ、クリミア半島はロシアに制圧され、ウクライナが唯一輸出可能なオデーサもロシア海軍に封鎖され、ウクライナは身動きが取れません。そうする間にもアフリカなどでは穀物が手に入らず、深刻な飢餓が生じているのです。

  そうした中、722日、トルコと国連がロシア、ウクライナとそれぞれ合意文書を締結する形で、ウクライナの穀物輸出ルートの安全を確保することが合意されました。これは「ウクライナ食糧輸出」のための安全回廊の設置に他なりません。

  しかし、常に自国の優位を戦略としているロシアは、こともあろうにその翌日に合意がなされた港湾都市オデーサにミサイルを撃ち込んだのです。幸いなことに81日、ウクライナのトウモロコシを乗せた貨物船は無事にオデーサを出港し中東に向かいました。

beatles01.jpg

(穀物輸出第1弾出港 yomiuri.comより)

  常に自らを優位な位置に置くための戦略。すでにウクライナをはじめ民主主義の国々はロシアの語ることを正面切って信じることはありません。ロシアの人々やロシアの歴史、文化をこよなく愛する世界じゅうの人々の想いをプーチン大統領はすべて踏みにじっているのです。

  たとえどれだけの時間が経ち、どれだけの既成事実が現実化しても、我々はそれが侵略と蹂躙と殺人の下に行われた行為であることを決して忘れてはいけません。それは、人が人であるための最も根源的なアイデンティティだからです。

  苛立ちは常にわだかまりますが、本の話題へと移りましょう。

  世界の音楽界に衝撃を与えたバンド、ビートルズが解散してから半世紀が過ぎました。

  しかし、世界じゅうのどこにあっても、彼らの曲が奏でられない日は一日もありません。ビートルズが1962年から解散した1970年までの間に世に送ったオリジナル曲は213曲。そこからは、現代につながる様々な音楽への潮流が生まれました。

beatles04.jpg

(藤本国彦「ビートルズ213」 amazon.co.jp)

  今回読んでいた本は、「ビートルズ」。題名を見た瞬間に手に入れました。

「ビートルズ」(北中正和著 2021年 新潮新書)

【ビートルズはいつも心を突き動かす】

  皆さんは、カラオケに行ったときにまず何を歌いますか。

  一時、コロナ禍の規制でカラオケは最も感染リスクの高い娯楽のひとつとして悪者扱いされました。しかし、人にとって歌うという行動は、「祈り」にも似てなくてはならない行為です。行動制限がなされなくなった今、感染予防に万全を尽くして家族や親しいひと、はたまた一人カラオケを楽しむ方は復活しました。

  私のカラオケ持ち歌のいちばんは、昔も今も変わらずサザンオールスターズと井上陽水ですが、場が長くなり持ち歌がなくなると、最後には必ずビートルズに行きつきます。はじめのうちはおなじみの「Let It Be」や「Hey Jude」を歌いますが、興に乗ってくるとエスカレートして、「Oh! Daring」や「Lady Madonna」など次々に歌います。

  どちらにせよ周りはあまり聞いていないのですが、何と言っても一番好きな曲は、ジョージが創った「While My Guitar Gently Weeps」です。

  ジョージといえば、「Here Comes The Sun」や「Something」が最も多くカヴァーされている名曲ですが、ビートルズでのジョージの願いはギタリストとしてグループに貢献することでした。例えば、レコードデビュー直前までビートルズのドラマーであったピート・ベストはインタビューでジョージの印象を聞かれると、とにかくギターの練習に熱心で、いつも寡黙にギターと取り組んでいた、と語っています。

  この曲は、ホワイトアルバムに収録されていますが、この2枚組の録音時、4人はそれぞれが自らの音楽と考え方にとらわれていて、グループとしての結束が揺れ動いていました。リンゴスターは、このアルバムの録音途中で、自分の存在価値に疑問を持ち、失踪してしまいます。なんとかリンゴを見つけた3人は、いかにビートルズにリンゴのドラムが必要かを語り、連れ戻しています。

  そんな中で、ジョージは外部からミュージシャンを招きます。そのミュージシャンこそが、この曲でウーマントーンのギターを聴かせてくれるエリック・クラプトンだったのです。この後もジョージはセッションにビリー・プレストンなどを招きますが、ゲストを迎えることでビートルズが緊張を取り戻すとの方法はここから始まりました。

beatles05.jpg

(The Beatles「ホワイトアルバム」amazon.co.jp)

  最近、楽譜を手に入れてテナーサックスでもこの曲を奏でますが、音符を見ると、とても単純な音の構成にもかかわらず、すばらしいメロディメイクがなされており、改めてジョージの音楽センスのすばらしさに感動します。とくに、サビのパートでは絶妙な転調がなされており、この部分ではグッと心をつかまれるように感じます。

  こうしたジョージの才能の開花も、もとはといえばバンマスであったジョン・レノンの「全員平等」精神の現れです。ジョンは、ビートルズのデビュー時にいくつかルールを決めています。まず、ジョンとポールで作った曲はどんなプロセスで作ろうとレノン=マッカートニーとクレジットすること。そして、アルバムを作成するときには必ずジョージやリンゴの曲を入れること。こうしたジョンのマネジメントがビートルズをより高みへと引き上げたと思うのは私だけでしょうか。

【久しぶりのビートルズ本はいかに】

  このブログで、ビートルズ本を取り上げたのは20169月ですので、あれからかれこれ6年を経ています。そのときも、ビートルズについては、様々な研究本や全記録、さらに自らが語った「アンソロジー」も発売され、もう語るべきことは何もないのでは、と書きましたが、今回も同じ疑問を抱えつつこの本を手に取りました。

  しかし、彼らの曲がさまざまなミュージシャンにカヴァーされ、それぞれの個性に色付けされて新しい音楽へと変貌するように、「ビートルズ」という現象もその切り口が違えばそこには別のビートルズが現れるのかもしれません。

  今回、著者の疑問は、「なぜビートルズだけが、他のミュージシャンとは違うのか。」なのです。

  著者は、ビートルズに関する本が、楽曲の構成やエピソード、そして彼らの日々の行動やエピソードを事細かに記録し、出版され、その記述がどんどん稠密に、詳細に、分析されて行く現実を踏まえ、もっと大きな視点で俯瞰的にビートルズやその周辺を捉えれば、なぜビートルズが特別なのかが見えてくるはず、と語ります。

beatles02.jpg

(北中正和「ビートルズ」 amazon.co.jp)

まず、目次を見てみましょう。

序章 なぜビートルズだけが例外なのか

1.故郷リバプール 「マギー・メイ」「ペニーレイン」をめぐる章

2.ジョン・レノンはアイルランド人か 「マイ・ボニー」「悲しみはぶっとばせ」をめぐる章

3.ミンストレル・ショウの残影 「ミスター・カイト」「フリー・アズ・ア・バード」をめぐる章

4.スキッフルがなければ 「レディ・マドンナ」「ハニー・パイ」をめぐる章

5.作品の源流はどこに? 「ティル・ゼア・ウォズ・ユー」「イエスタデイ」をめぐる章

6.カヴァー曲、RB、ラテン音楽 「ベサメ・ムーチョ」「ツイスト・アンド・シャウト」をめぐる章

7.カリブ海、アフリカとの出会い 「蜜の味」「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」をめぐる章

8.60年代とインド音楽 「ノルウェーの森」「トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ」をめぐる章

9.ふたつのアップルの半世紀 「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」をめぐる章

⒑ ビートルズはなぜ4人組か 「アイ・アム・ザ・ウォルラス」「ゲット・バック」をめぐる章

  お気づきの通り、音楽評論家である著者は、彼らの楽曲をヒントにしてその歴史的な背景や社会的な背景を踏まえて、「なぜビートルズなのか」を語っていくのです。

  世にいうビートルマニアにとって、この本に出てくるエピソードは、ほとんどが既知の事実であり、そこにワンダーを求める読者にとって、この本はワクワクするような内容ではありません。しかし、著者の音楽への造詣は深く、これまでのポピュラー音楽の歴史の中で、いかに多くの要素を吸収して、それを自らのオリジナルソングに仕上げ、それを音楽界にインフルエンスしていったかがよくわかります。近年、SNS上ではインフルエンサーなる言葉が流行していますが、ビートルズはポピュラー音楽のインフルエンサーだったのです。

  特に面白かったのは、20世紀から今世紀に続くワールドミュージックの隆盛がポールやジョージから始まった、と感じられたところです。ワールドミュージックは、ボブ・マーレイやウェザ―リポートのジョー・ザビイヌルによってインフルエンスしたものと思っていましたが、その源流ははるかにビートルズにあったとはワンダーでした。

  難を言えば、最後の章について、ビートルズファンにとってはあまりに凡庸な結論であったので、拍子抜けをしてしまうのは否めないというところです。

  この本は、現在の音楽に大きなインパクトをもたらし、いまやファンが3世代目に突入したビートルズ、そしてその音楽がどのように成り立ち、どのような役割を果たしたかを教えてくれる貴重な本でした。音楽好きでビートルズ好きの方にはオススメです。


  コロナ禍はついに第7波まで到達しました。いまや自らが家族とともに、あらゆる手段(マスク、消毒、密回避)を通じて感染を防ぐことが当然な時代となりました。感染数はもはや世界レベルに達していますが、皆さん、感染防止に全力を尽くして、お過ごしください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ

にほんブログ村⇒プログの励み、もうワンクリック応援宜しくお願いします。



三上延 ビブリア古書堂 祝11歳!

こんばんは。

  ロシアの引き起こした侵略戦争は3ヶ月を超え、ウクライナでの殺戮を続けています。

  人間の欲望は止まるところがありません。アジアには、「足るを知る」という考え方があります。それは、幸福とは今現在の幸福を正しく知ることが必要だという教えです。自己顕示欲や権力欲、支配欲が異常に高い人々は、誰よりも自分が多くの権力と多くの富と多くの領土を手に入れなければ幸福を感じることができません。そこには限度がないのです。

  そして、自らの欲望を満たすためには、他人の苦しみ、命さえも顧みないのです。

ビブリアⅢ01.jpg

(ロシアにより破壊されたセベロドネツク nhk.or.jp)

  プーチン大統領は、決して自らの欲望のためにウクライナ軍事作戦を始めたのではない、言うに違いありません。しかし、その中心には間違いなく己の欲望があります。それは、自らの力でかつてのロシア帝国や旧ソビエト連邦が手にしていた領土や国家を取り戻し、自らの名前をロシアと世界の歴史に刻みたいという欲望です。

  足るを知らないプーチン大統領は最も不幸です。

  一方で、第二次世界大戦の前と後では、戦争犯罪に対する重みは大きく異なります。それは、人類が自らを滅亡させるに足る力を手に入れたことによる違いです。古代から人を殺めること、人を傷つけることは犯罪として認識されています。そして、最も古い償いは同じ苦しみを与えることです。本来であれば、ウクライナに先に手を出したロシアに対して、その報復はロシア国内に攻め入ることです。しかし、それは世界大戦と世界の破滅を意味します。

  ロシアの卑劣さは、「おまえたちは人類を滅亡させる引き金を引くのか?」との問いを投げ掛けることで、ウクライナへの侵攻を局地化させようとするその思考です。

  新たな時代の民主(のふり)帝国主義に対して、我々はどのように対峙するのか。一人でも多くの人間がプーチン大統領の思想や行動は、人には受け入れられない卑劣な殺戮であることを広く声高に語り、広げていくことが必要です。

  このことは他に転嫁することができない、我々人類が背負った宿題なのです。

  いらだちは尽きませんが、今週は11年目を迎えた本にまつわるミステリィで大人気シリーズとなった文庫の最新刊を読んでいました。

「ビブリア古書堂の事件手帖Ⅲ 扉子と虚ろな夢」

(三上延著 メディアワークス文庫 2022年)

ビブリアⅢ03.jpg

(ビブリア古書堂最新刊 amazon.co.jp)

【本はこの世からなくなるのか】

  最近、電車の中で文庫本を読んでいる人が少なくなりました。

  多くの人たちは、スマホを片手にゲームにいそしんでいます。時々、タブレットやスマホで何かを読んでいる人もいます。その人たちは、最近よくテレビのCMで見かける電子レンタルマンガで漫画を読んでいます。そして、たまに電子書籍を読んでいる姿も見かけます。

  こうして世代が変わっていくと、紙に印刷された本はやがて世界から消えていくのか、と殺伐とした気持ちになります。

  かつては、「華氏451度」のように、国家権力による焚書坑儒によって地球上から本がなくなってしまう恐怖が描かれていましたが、現実には、国家による統制ではなく、我々人類自らが本を必要としなくなる時代が来るのかもしれません。

  しかし、それは想像もできないはるか未来のこととなるに違いありません。

  なぜなら、日本の学校教育がデジタル化を阻んでいるからです。その証拠に試験が近くなると電車では参考書や辞書を片手にマーカーで色鮮やかになった文字を一生懸命覚えている若者たちを多く見かけるからです。

  うちの息子は小学校の教諭をやっているのですが、小学校にiPadが導入されたとき、タブレットの扱い方を知っている教諭がだれもおらず、子供のころからPCオタクだったうちの息子が校長に頼まれて、タブレットのマニュアル作りに奔走しました。ところが、せっかくマニュアルを作っても誰もそれを読まず、タブレットを使う段になると、ほぼ全員がトラブルを起こし直接きいてくるそうです。聞く前にマニュアル読んでほしい、と嘆いていました。

  その小学校は神奈川県内でも教育レベルが高いことで知られている文京都市にある公立校なのですが、そこでさえも教諭のデジタルリテラシーは極めて低く、アナログがすべてを支配しているのです。

  そうした環境で教育を受けてきた子供たちは、仕事をするために必要な知識を得るときにはおそらく「本」を読むことで物事を知ろうとするに違いありません。つまり、本はなくなることはないというわけです。本をこよなく愛する私としては、安心してよいのか、心配した方が良いのか、複雑な思いの今日この頃です。

【古書堂店主が解き明かす本ミステリィ】

  さて、大人気シリーズだった「ビブリア古書堂の事件手帖」は、2017年に古書堂の女性店主篠川栞子さんとアルバイト店員だった五浦大輔くんが結婚するという大団円で幕を閉じました。

  しかし、著者三上延さんの古書愛は止まることを知りませんでした。

  昨年、待望の新シリーズが始まったのです。このシリーズでは、三上さんがテーマとして取り上げた本や、その著者がまさに主人公と言ってもよいのですが、長編では、さらにそれが面白さの中心となります。例えば、シリーズ初の長編譚では、江戸川乱歩の希少本を巡るいくつもの謎解きが我々を小説世界へといざなってくれ、時を忘れました。第6巻では、太宰治の「走れメロス」をモチーフとした太宰治の希少本を巡る人間劇が語られます。

  そして、最終巻では、なんとシェークスピアの、世界で初めて刊行された全集であるファーストフォリオが主人公となったのです。

  このシリーズは本好きにとっては、思わず顔がほころんでしまう唯一無二の物語なのです。

ビブリアⅢ02.jpg

(ビブリア古書堂事件手帖10周年記念 amazon.co.jp)

  2021年から始まった第二シリーズでは、いよいよ栞子さんと大輔くんの愛娘、扉子さんが登場します。前作は、日本のミステリィ小説のレジェンド、横溝正史の作品が謎解きの中心となりました。そこに登場する篠川扉子さんは高校生。しかし、思春期の彼女はプロローグで少し垣間見えるのみで、物語はすぐに現在へと戻ります。前作は、新シリーズのスタートにふさわしい全作品中一、二を争う面白さでしたが、その構成にはいくつもの時制が重なっており、若き栞子さんをほうふつとさせる高校生の扉子さんはまださわりのみの登場でした。

  本作では、その扉子さんが前半戦大活躍します。

  今回の作品は、長編でありながらもいくつかのエピソードがつながっていく、三上さん得意のプロットで展開していきます。

  まず、全編を貫くのは、神奈川県藤沢駅前のデパートで開催される古本市です。この伝統ある古本市は、今回が60回目を数え、古本マニアたちが毎回楽しみにしているイベントです。我らが「ビブリア古書堂」もこの古本市の参加店の一つ。古本市の開催は3日間となります。

  今回の物語では、この3日間にいくつものサスペンスが盛りこまれていくのです。

  今回、栞子さんに持ち込まれた依頼は、古くからつきあいのある同業者、古本店「虚貝堂」にまつわるものでした。(このさきネタバレあり。)

  虚貝堂はビブリア古書堂が店を構える北鎌倉と同じ沿線、戸塚駅前で50年以上も営業しているなじみの古書店です。古書店の店主は、すでに70歳を超える年齢ですが、息子と一緒に店を切り盛りしており、店を譲ろうと考えていました。ところが、その息子は急性の胃がんの発見が遅れ、亡くなってしまいます。

  亡くなった虚貝堂の若旦那には、一人息子がいました。しかし、13年前に離婚して、息子は母親に引き取られ、母親の下で育てられました。今回の依頼主は、亡くなった若旦那が13年前に別れた奥様だったのです。そして、依頼の内容は、驚くべきものでした。

  虚貝堂のご主人は、息子の蔵書を売りさばこうとしている、というのです。依頼主の奥様は、亡くなったご主人の一人息子こそ、ご主人の蔵書の相続人であり、蔵書の処分については相続人が判断すべきであり、なんとか蔵書を売ることを止めてほしい、というのです。

  さらに、古書堂を兼ねた篠川家で栞子さんがこの依頼を受けていたとき、ちょうど学校から帰宅した扉子は、この話を立ち聞きしてしまいました。丁度、母親智恵子さんのロンドンでの仕事で出張しなければならなかった栞子さんは、意を決して、扉子を藤沢で開催される古書市に送り込むことにします。

  篠川扉子は、本を巡る謎を解く名手栞子さんと同じく、その手腕を発揮するのでしょうか。

【古書市にはワンダーがいっぱい】

  以前にもブログに紹介しましたが、浦和駅西口にある伊勢丹、コルソから延びる「さくら草通り」を西に向かって抜けていき、旧中山道を渡った広場では、月に1回、「浦和宿古本いち」が開催されています。県内の古本屋さんが選りすぐりの古本を販売してくれるうれしいイベントです。

  散歩で浦和界隈を毎日歩いているのですが、この「いち」がたっていると、そこで1時間以上足止めとなります。それぞれの出品本をみていると興味が尽きません。単行本や文庫本、新書の棚には100円から200円で豊富な本が数百冊もならびます。こちらをくまなく見るのも楽しみなのですが、それ以外にも嬉しい品物が並んでいます。

  まず、目を凝らすのはCDコーナーです。

  最近は、テナーサックスの教室に通っているので、その名曲を集めたベスト盤はタワーレコードなどでは見つかりません。先日も「JAZZ TENOR SAX」なるベスト盤をみつけました。なんと、デクスター・ゴードンの「チーズケーキ」、ジョン・コルトレーンの「インナセンチメンタルムード」、ソニー・ロリンズの「ラウンドミッドナイト」など名手の9曲が収められており、1000円は超お得で、狂喜乱舞しました。

  さらに日本で行われた美術展のカタログも必ずチェックします。

ビブリアⅢ05.jpg

(2010年 ボストン美術館展カタログ)

  先日は、2008年に名古屋市美術館で開催された「モネ『印象日の出』展」のカタログを見つけ、思わず手に入れてしまいました。なんとその額300円。嬉しい買い物です。さらには、2010年に森アーツセンターギャラリーと京都美術館で開催された「ボストン美術館展」のカタログ。ルノワールをはじめモネ、コロー、シスレー、ピサロと名だたる印象派の巨匠たちの名作が次から次へと登場します。こちらも300円。あまりの感動にしばらくは毎日眺めてほくそえんでいました。

  もちろん、これまで買い逃していた映画のパンフレットや単行本、文庫、新書も。訪れるたびに新たなワンダーを味わうことができます。

  さて、そんな古書市で繰り広げられる謎解きの数々、みなさんもぜひ味わってください。

  今回、取り上げられているのは東宝映画のパンフレット「怪獣島の決戦 ゴジラの息子」、そして樋口一葉の「通俗書簡文」、さらには夢野久作「ドグラ・マグナ」。3日間で繰り広げられる謎解きの妙。今回も篠川栞子、五浦大輔、篠川扉子、そして篠川智恵子が大活躍です。お楽しみに。


  首都圏では、またもコロナの新規感染者が増加しつつあります。皆さん、手洗い、消毒、密回避とマスク着用(熱中症には要注意です。)を励行して拡大防止に努めましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ

にほんブログ村⇒プログの励み、もうワンクリック応援宜しくお願いします。



佐高信 時代を撃つノンフィクション

こんばんは。

  ロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻はついに3カ月を超えました。

  21世紀の幕開けとともに始まったロシアのプーチン政権。20年を超える権力はいったい世界に何をもたらしたのでしょうか。

  第二次世界大戦、そしてソビエト連邦の崩壊による冷戦の終結。我々人類は、多くのことを学んできたはずです。ソ連はヒトラーに蹂躙され、無垢の数千万人ともいわれる命を失いました。そして、中国も海外の侵略と清王朝の崩壊、そして内戦と日中戦争によって多くの命が失われました。

  国際連合は、過去、超大国の脱退により国際平和が維持されなかった歴史を繰り返さないために安全保障理事国に「拒否権」を認めました。

  それは、第一次世界大戦後、アメリカの提唱により発足した国際連盟の失敗から教訓を得た仕組みです。第一に国際連盟はアメリカが提唱したにもかかわらず、アメリカの国内世論がアメリカの不干渉主義を守るがために国際連盟への加盟に反対し、アメリカは不参加となりました。さらに、枢軸国と言われたドイツ、イタリア、日本は大国による領土不可侵主義や軍縮の強要に反対して相次いで国際連盟を脱退。世界は再び世界大戦へと突入していったのです。

  ウクライナ侵攻への非難決議は、当事国ロシアの拒否権発動により採択されず、国連安全保障理事会が機能しないことを世界に露呈することとなりました。また、これまで安保理によって採択されてきた北朝鮮のミサイル発射実験に対する制裁決議も、ついに先日、ロシアと中国の拒否権発動によって否決されました。

nonficshon01.jpg

(ロシア、中国による拒否権発動 asahi.com)

  その理由は、「経済制裁によって和平を求めることは有効ではない」とのことでした。

  「価値観」と言う点では、79億人を超えた人類はひとりひとりが別の人格なのであり、その多様性が否定されることは悲劇を生む大きな要因となります。しかし、すべての人類にとって決して味わいたくない不幸と言うものは存在します。それは、SDG’sでも謳われるとおり、抑圧、貧困、飢餓ですが、最も不幸なことは理由もなく家族を失うこと。さらには別の人間から殺害されることは誰にとっても悲劇、不幸なことに違いありません。

  21世紀の現在、地域の紛争や内戦で命を失う人々が後を絶たないことは事実ですが、ひとつの国の我がままによって他の国の国民を一方的に蹂躙し、殺害することは、そこにどんな理由があろうとも許されざる行為です。そうした意味で、今回のプーチン大統領の暴挙は、すべての人類にとって犯罪であり、報い、贖罪をすべき最悪の行いであることは明白な事実です。

  第二次世界大戦は、ヒトラーに対して「国家同士の殺戮行為」を避けるためにヨーロッパ各国が譲歩を選択した隙をついて、始まりました。

  バイデン大統領は、核戦争だけは決して起こしてはならないとの決意から、直接ロシアに参戦する口実を与えることになる、自国兵の派遣や、ロシア領土を侵すことになる戦略兵器の貸与を明確に否定しています。この理性は非常に合理的ですが、プーチン大統領が帝国主義的独裁者だとすると、その理性的判断を利用しようとすることも考えられます。

  そうであっても、ウクライナでの市民の殺戮はなんとしても止めなければなりません。

  それには、プーチン大統領の権力内で権力を振るう一部の人たち以外のすべての人間が、ロシアの国民も含めて、自らが数百万人もの不幸や死を見過ごすことに否を宣言することが必要です。

  先日、指揮者の佐渡裕氏が久しぶりに新日本フィルハーモニーの音楽監督に就任し、そのコンサートへと足を運びました。そのアンコール。佐渡さんはチャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」を演奏しました。この曲は、チャイコフスキーがウクライナの民謡の美しさに感動し、そのメロディを変奏し、作曲した素晴らしい旋律の曲です。平和を願うアンコール曲。胸を撃たれましたが、隣の男性が涙を流し、「平和だよ、平和だ。」と声を枯らせていたのが忘れられません。

nonficshon04.jpg

(佐渡裕指揮 新日本フィル公演 ポスター)

  すべての人々がこの戦争を止めることを心に定めて、「否」を告げることが必要です。

  さて、本の話です。

  今日ご紹介する本は、日本のノンフィクション100冊が語られる佐高信さんの新書です。 

「時代を撃つノンフクション100」

(佐高信著 岩波新書 2021年)

【政治と時代の評論家が選ぶノンフィクション】

  佐高さんは、テレビへの露出も多くあり、その論評はユニークです。その発言は過激で常に批判的ですが、よく聞いていると保守系のアウトローとの印象があります。自民党の小泉さんや安倍晋三首相への批判は、政権の政策への批判もさることながら強く右傾化した思考や行動に対して嫌悪感を持っているように聞こえます。また、共産党批判の急先鋒にも立っており、護憲派にもかかわらず、ある護憲の会に共産党がかかわってると知ると参加を拒否する、など徹底した批判精神の持ち主に見えます。

  その批判精神とアウトローぶりは徹底していますが、今一つ実態は判然としません。

  その佐高さんが、日本のノンフィクションから100冊を選んで紹介するのが本作です。1冊に見開き2ページで紹介されているのですが、そのユニークさは評論と同じです。なんと、一冊としてその内容を解説したページがないのです。ほとんどは、佐高さん自らが接した著者の姿勢や印象、さらにはその作家がノンフィクションを描くときの背景や動機の紹介に費やされているのです。

  そのため、紹介された本に何が書かれているのかは、想像力でおぎなっていくことになります。

  しかし、佐高さんは、その文章の中に100冊に選んだ理由だけは明確に語っています。

  まずは、どんな思いでノンフィクションが選ばれているのか、目次を見てみましょう。

  まず、「Ⅰ.現代に向き合う」では40冊の本が紹介されます。ここでは6つのカテゴリーで作品が分類されています。

  ■格差社会 ■経済の深層 ■アウトローの世界 

  ■宗教のゆくえ ■現代アジアと日本 ■科学と市民

  そして、「Ⅱ.メディアへの問いかけ」。佐高さんが最も利用したメディアを媒体として26冊の本を挙げていきます。カテゴリーは、2つ。

  ■格闘するメディア ■メディアの中の個性たち

  最後の「Ⅲ.歴史を掘り下げる」では、日本が突入した戦争から近代史を3つのカテゴリーに分類し、34冊の本を挙げています。

  ■戦争を考える ■朝鮮・中国の歴史と日本社会 

  ■近代史を学ぶ

  題名のとおり現代の日本を生きる我々にとって忘れてはならない出来事を、人間を描くことで記録したノンフィクション。興味は尽きません。

nonficshon02.jpg

(「時代を撃つノンフィクション100 amzson.co.jp)

【ノンフィクション選定の目線】

  本を選ぶとは、選者の生き方やポリシーがそこに反映される行為です。

  佐高さんの場合には、その紹介の仕方も型破りですが、何と言ってもその本の選び方がまさにアウトロー的なのです。

  このブログでもノンフィクションは大好物で、これまでもカテゴリーを設けて取り上げてきましたが、その紹介数は57冊にしかすぎません。それでもここで書かれている100冊にはよく知った著者名がたくさん出てきます。ところが、その著者の本は、一冊たりとも私の読書歴と重なっていないのです。

  例えば、元ジャーナリストで壮絶無頼なノンフィクション作家であった本田靖春氏。

  氏の代表作はと言えば、金字塔とも呼ばれた「誘拐」です。この本は、昭和38年に起きた誘拐殺人事件を題材としたノンフィクションであり、当時4歳の吉展ちゃんが誘拐され、身代金を失い、未解決のまま23か月後、犯人逮捕に至って解決されるまでの顛末が記されています。この本では、事件の稠密な取材だけではなく、犯人、翻弄され捜査する刑事たち、さらには被害にあった家族など人間そのものの姿が描かれ、時代とは何か、社会とは何か、日本人とは何かが問われる、傑作ノンフィクションでした。しかし、佐高さんはこの本で、「誘拐」ではなく、次の作品である「私戦」を取り上げています。

  「私戦」で取り上げられているのは、「金嬉老事件」です。この事件は昭和432月にライフルを持った金嬉老が金貸しの暴力団員2名を射殺し、その後、静岡県寸又峡温泉の旅館にて、13人を人質として立てこもった事件を指します。事件の特殊性は、籠城した金がかつて警察から受けた韓国人差別への謝罪を要求したことにあります。金は、マスコミを呼び何度も記者会見を開き、これまで受けた差別を語り、警察からの謝罪を求めたためにこの事件は、民族差別事件として報道されることとなります。加熱する報道合戦。果たして事件の本質は何だったのか。

nonficshon03.jpg

(本田靖春著「私戦」 amazon.co.jp)

  この本は、ヘイトスピーチが巷間に溢れる現代、在日朝鮮の人々への差別を問いかけた、との文脈で梁英姫氏の「ディア・ピョンチャン」や辺見庸氏の「1937」とともに紹介されています。

  佐高さんの視点は極めて個性的でどの紹介文も楽しめます。そして、まだ読まぬ著名人たちの名作がこの本には詰まっています。

  大下栄治氏の「電通の深層」、辻野晃一郎氏の「グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた」、野坂昭如氏の「赫奕(かくやく)たる逆光」、吉村昭氏の「ポーツマスの旗 外相・小村寿太郎」、城山三郎氏の「鼠」、鴻上尚史氏の「不死身の特攻兵」、西木正明氏の「ルーズベルトの刺客」、石光真人氏の「ある明治人の記録」などなど

  これまで作家の名前こそよく知り、何冊かはその著書も読んだ作家たちの渾身のノンフィクションの名前がここに紹介されています。ぜひ、こうした本を手に取ってこれからの豊かな人生の糧にしたいと思っています。

  皆さんも、この本の中から読みたいノンフィクションを探し当てて下さい。人生が豊かになること間違いなしです。

  そういえば、月曜日のNHK「映像の世紀 バタフライエフクト」は「我が心のテレサ・テン」と題して、台湾出身の歌姫テレサ・テンが中国、香港の若者たちにどれほどの影響を与え、天安門事件に至る歴史の中でどのようなインパクトをもたらしたのか、台湾、香港、中国のチャイニーズとは何なのか、を描き出して感動的でした。奇しくもこの本では、テレサ・テンも歌った「何日君再来」の謎を追った中薗英輔氏のノンフィクション「何日君再来物語」が紹介されています。興味のある方はぜひ、手に取ってみて下さい。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ

にほんブログ村⇒プログの励み、もうワンクリック応援宜しくお願いします。



茂木健一郎 偶然と必然のシンギュラリティ

こんばんは。

  世界中を席巻した新型コロナウィルスは、人類の繰り出すワクチンに対抗してその姿を次々に変化させ、現在はオミクロン株のXE系という新たなフェイズへと変化しています。人類は、巧みな知恵と対応力で対抗し、インフルエンザと同様の共存可能な状況への移行を試みています。

  ヨーロッパやアメリカなどではすでに法的、行政的な規制などは徐々に撤廃され、個人による防衛とそれを基礎とした経済の活性化へとかじを切ろうとしています。

  我々日本も、徐々に海外からの入国規制を緩和し、国内での経済活動の制限も少なくして一人一人の感染防止意識に裁量をゆだねる方向に移行しつつあります。我々がコロナウィルスと共存していくには、すべての年代、あらゆる生活様式において感染対策と防疫消毒行動を理解して日常生活を送ることが求められます。コロナによって死亡、重症化、そして後遺症発症が起きることを踏まえて、自らの命や周囲の大切な人たちの命を守っていくことが必要です。

hituzen01.jpg

(新オミクロン株 XE mainichi.com)

  一日も早く、旅行、会食、交流、イベントができるよう努力を重ねていきましょう。

  一方で、ロシアがウクライナに一方的に軍事侵攻し、戦争を始めてからすでに2カ月がたとうとしています。ウクライナではすでの数万の市井の人々が犠牲となり、あまつさえ、ロシア軍が占領した地域では、市民の虐殺が行われていたことが明らかになりました。

  ウクライナの人々は、劣勢な軍事装備にもかかわらず、ゼレンスキー大統領の下で驚くほどの結束力を堅持して、ついにロシア軍を首都キ-ウ(キエフ)から撤退させました。プーチン大統領は当初首都を制圧し、ゼレンスキー大統領を拘束のうえで罷免し、親ロシア政権を打ち立てようともくろんでいたと思います。しかし、大統領のリーダーシップと欧米各国からの支援、さらにはウクライナ国民の自由への熱い想いは、ロシア軍を首都から撤退させたのです。

  しかし、侵攻したロシア軍は体勢を立て直し、2014年に併合したクリミア半島に陸地から移動できる街道を確保する目的で、東部のドネツク人州をドネツク民共和国、ルガンスク州をルガンスク人民共和国として独立させる目的で趙具地区の制圧へと方針を切り替えたのです。

  ロシアの各都市へのミサイル攻撃は容赦なく罪なき市民を襲い、クリミア半島への交通の要所マリウポリでは、街そのものを壊滅させ、数万人にも上る市民を殺戮しようとしています。我々人類は21世紀に入り、戦争がいかに無益で人類の未来を閉ざすものなのかを学んできたはずです。しかし、長く権力の座に君臨する独裁者には「ロシア帝国」の復活以外のことは目に入らないというのでしょうか。

hituzen02.jpg

(最後の砦 マリウポリアゾフスターリ製鉄所 asahi.com)

  独裁的権力による仮想民主主義者たちは、自らの政権と国家を強くするために領土への野心をとめようとはしません。そして、利害が一致する限り、プーチン大統領の非道に反対することなく、そこへの一体感さえも漂わせているのです。

  欧米各国は、この非道な戦争に対してなんとか地域紛争として世界戦争への広がりを麻恵洋としています。プーチン翁はそれをいいことに「核兵器」をちらつかせて欧米をけん制しています。プーチン翁はこの殺戮である戦争が自らに襲い掛かってきた過去を正しくみつめなければなりません。不毛な侵略によってどれだけのロシア国民が死んでいるのか。一人の権力者の我がままによって何万人もの人々が死んでいくのを見るのは耐えがたいことです。

  我々は、そのことの非道さに決して目をそらせてはなりません。そして、このことの過ちをあらゆる場面で糾弾していかなければなりません。

  さて、本の話です。

  先日、本屋巡りをしているときに新書の棚に「茂木健一郎」という名前をみつけました。一時期、この名前が記されている本はすべて読んでいましたが、途切れていました。久しぶりに見た名前から本の表題を見るとそこに書かれていたのは、「クオリア」という一言。胸を躍らせて手に入れたのはいうまでもありません。

「クオリアと人工意識」

(茂木健一郎著 講談社現代新書 2020年)

【人工知能と人間の脳】

  この本では人工知能における「シンギュラリティ」が語られています。

  茂木さんは脳科学者ですが、もともとは物理学を専攻していました。物理とはこの宇宙を司る法則とその根源を研究する科学です。その研究は、相対性理論を生み出し、すべての物質、宇宙は原子、電子、素粒子によってできていることを解き明かしました。その結果、我々の宇宙はその95%が未知の物質であるダークマターによって満たされていることが分かっています。

  その宇宙の存在と双璧をなすワンダーが生命です。

  ことにこの地球上では究極の脳を持つ人類はどのような存在なのか。人間とは何なのか、人間の脳とはどのようにして人間を人間として存在せしめているのか。

  茂木さんの提唱した「クオリア」の謎を解明すべきとの命題は、きわめて新鮮な問いかけでした。

  我々は生きていくうえで自分の身の回りを五感によって認識しています。例えば、目の前に白い犬がいて、しっぽを振っています。かわいいなあ、と思いつつ、その犬が突然襲い掛かってきたらどうしようかなどと考えます。基本的にはその犬が目で見えていること、その声や息が耳に聞こえていることによって、それが目の前にある事実であることを認識します。我々が認識するその犬に関する質感が「クオリア」と呼ばれるものです。

  現実として目の前に白い犬がいる場合、人がその「クオリア」を感じていることはとてもわかりやすい事象です。人間の不思議さは、白い犬が目の前にいたくてもその白い犬を想い感じることができることです。我々は目をつぶって犬を思い浮かべ、その白い色や毛並みの質感までをも感じることができます。それは我々(の脳)が「クオリア」を創りだしているからだというのです。

  つまり、クオリアのワンダーとは、我々人間が思うことのすべては「脳内現象」であって、外の世界はそこには存在していないという事実なのです。

hituzen03.jpg

(新書「クオリアと人工意識」 amazon.co.jp)

  一方、人工知能における「シンギュラリティ」とは、人工知能が2045年に人の脳の性能を超える状態となり、人類では想定できないことが起きる、ことを指しています。もともと数学の世界では無限大になる「特異点」を意味しますが、その言葉を人工知能に転用したものです。

  具体的には、コンピューターが人間を超えることを意味します。

  我々の脳は、微弱な電気信号を使って神経才能間でのやり取りにより人間の体を動かしています。その電気信号は、シナプスと呼ばれる数億にも上る神経細胞から発せられますが、シナプスとシナプスの間にはニューロンと呼ばれる極小の隙間(空間)があり、ニューロンの数は数兆に上るとも言われています。そして、コンピューター内でやり取りされる電子信号が、我々の脳内のシナプスとニューロンの数を超えるとき、人間以上の人工知能が生まれ、そこで何が起きるかはまったくわからない、というのです。

  果たして「シンギュラリティ」により人工知能は人間を超えるのでしょうか。

【人工知能はクオリアを生み出すのか?】

  茂木さんは、脳科学者としてその命題に挑んでいきます。

  この本で茂木さんは、人間の脳と人工知能の間にどんな課題があるのかを科学的に紐解いていきます。それには、我々の存在を人間として成立させている諸条件を分析することが必要です。

  この本のワンダーはそのプロセスに宿っています。

  まず、重要な認識は、「人間」や「人類」という言葉はあくまでも言葉であって、実際には一人一人の身体性から発せられる意識や知性が「人」であるという考え方です。我々の持っている「意識」、「知性」、「認識」は一つの個体の内側で起きていることであり、外界とは切り離されていると言うことです。

  人工知能が我々人間と同じ次元で成立するためには、人工知能が内側の世界を自ら自律的に確立していることが求められます。

  人工知能には、自ら意識を持った自律的な能力を備えた「強い人工知能」と特定の能力に特化して能力を発揮する「弱い人工知能」があります。皆さんは気づいていると思いますが、この本の題名にあるのは、「人工知能」ではなく「人工意識」です。囲碁や将棋、気象予想やDNA解析、特定の力仕事、短銃作業の連続などなど、「弱い人工知能」はすでに我々人間をはるかに凌駕する能力を備えつつあります。

hituzen04.jpg

(AIで再現された美空ひばりさん sankei.com)

  一方、人工意識を持った自ら認識し、判断する「強い人工知能」はまさに発展途上です。

  「クオリア」の重要性を説く茂木さんは、この本の各章で人工知能に必要な「知性」、「意識」、「意志」について考察を加えていき、人工知能が「人工意識」を身に着け、クオリアにたどり着くことができるのかについて、最新の脳科学による分析を試みていくのです。人工知能が人工意識を持つためには、我々一人一人が持っている意識とは何か、が解き明かされなければ、人工意識の規範を作ることができません。

  しかし、意識とは不可思議な現象なのです。例えば、我々が眠りについた時、「意識」はまるで消えたかのようになくなります。そして、朝起きた時、意識はよみがえります。ところで、寝た時の自分と起きた時の自分が同じ人間であることはなぜ分かるのでしょう。それは、我々の脳が状況証拠を積み重ねて判断できるからなのです。それは、起きた時の状況を認識し、意識を失った時と同じ状況、同じ状態であることを記憶から取り出して初めて連続した自分であることが認識されるのです。

  この本でワンダーだったのは、「意志」とは何かという認識です。

  科学的に考えると、この宇宙はアインシュタインをはじめとした物理学者たちが解き明かしたように、すべて物理的なものから生まれ出されています。つまり、対称性のズレからビッグバンが起こり、素粒子を基とした数々の元素が生まれ出されます。もともと無機的であった元素は、100億年をかけて様々な元素に生まれ変わり、地球という稀有な環境の中で有機的な生命が生まれました。そして、有機的な元素は、驚くべき進化を経て、我々ホモサピエンスが生まれました。

  科学的に言えば、こうしたプロセスはすべて必然であり、なるべくしてなっている、というのです。

  しかし、我々人間はひとりひとり「意志」を持ち、環境の中で自由な意思で選択を行い、自分の今を選択と努力によって勝ち取ってきたと認識しています。それは、偶然が満ち満ちた世界の中で意志による選択があったからだと信じています。

  しかし、本当にそうなのでしょうか。それは単なる思い込みであり、客観的に見ればすべては物理学の方程式、ニューロンとシナプスによって導き出された必然の出来事なのです。

  しかし、茂木さんは、一人一人が自らの意志で生き、努力を重ねることこそが人間の身体性であり、いまだ解き明かせない世界なのだ、といいます。


  はたして、「シンギュラリティ」は出現するのか。皆さんも、この本で最新の人工知能の課題を読み解いてください。ワンダーを感じること間違いなしです。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ

にほんブログ村⇒プログの励み、もうワンクリック応援宜しくお願いします。



ロシア プーチン翁の老いの妄執

こんばんは。

 平和と調和、そして多様性の祭典である北京オリンピックが閉会し、第2幕である北京パラリンピックの開会式が待たれる間隙の合間を縫って、ロシア軍が隣国ウクライナに侵攻し、事実上の戦争を仕掛けました。今もウクライナでは罪なき市民がロシアの攻撃によって殺戮され、死の恐怖に直面しています。

russia01.jpg

(ミサイル攻撃を受けたハリコフの住宅 jiji.com)

 我々人類は、ここまで4000年の歴史の中で常に闘いに明け暮れていました。しかし、産業革命以降、我々は大いなる技術力を身に着け、一度に大量の命を奪うことができる兵器を手にしてしまいました。銃弾による殺戮、戦車や装甲車による衣食住や命の殲滅、航空機による空からの爆撃、海上では戦艦や空母による地上への砲撃、さらにはミサイルやICBMによる遠距離殺戮。

 20世紀の戦争は、まさにそうした大量殺りく兵器によって世界が分断され、ある統計資料によれば、第一次大戦で亡くなった人は約852万人、第二次世界大戦では約912万人もの人々が戦争によって命を落としたといいます。

 一口に912万人と言えば、それは単なる数値に聞こえますが、そこには亡くなった一人一人の人生、物語があります。我々は、コロナや災害で亡くなった方々には父親や母親、愛する娘や息子、そしていとおしい孫がいることを知っています。そして、人が生きている限り、そこに関わるたくさんの友人たちが取り巻いてくれているのです。

 人はいくら生きても200年は生きられません。命は必ず尽きますが、命が続く間、我々は大勢の人々とかかわりながらなすべきことをなし、最後の瞬間まで命を燃やします。ところが、戦争は自らの意志、もっと言えば自然から授かっている寿命と関係なく、人の命を奪っていくのです。それは、そこに関わるすべての人の幸福を奪い、悲しみと苦しみのどん底へと叩き落す残酷な行為に他なりません。

 理不尽な殺戮で大量の幸福を奪い、大量の不幸と絶望を生み出す人類の冒す最大の罪、それが戦争なのです。

20世紀 我々は何を学んだのか】

 第二次世界大戦で生み出された最終兵器は核兵器です。

 科学は、この宇宙が創りだした物質の謎を次々に解き明かし、ついに原子をつなぎとめている途方もないパワーを引き出す技を手に入れました。実際に核爆弾は第二次大戦で我々の国、日本に投下され、広島では一瞬にして9万人以上の命が一瞬にして消え去りました。さらに、原爆の放射能により、その後、56万人もの人々が放射線に苦しんだとも言われています。さらに長崎にも原爆が投下され、7万人もの人々が亡くなりました。そして、被爆した方々は16万人以上に及んでいます。

 核兵器は、一つの都市を地上から消し去るだけではなく、放射能により世界を不毛の大地と化してしまう恐ろしい兵器です。現在、核兵器を保有する国はアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、そして北朝鮮であり、その数は13,000発と言われており、その90%をアメリカとロシアが保有しています。この数は、地球上の人類を35回以上殺戮できる数だとの計算もあります。

 かつて、アメリカとソ連の冷戦下では、ソ連がキューバに核を持ち込むとの事件が持ち上がり、当時のケネディ大統領は核の使用さえも覚悟し、あわや核戦争にいたる一歩手前まで、事態は進みました。しかし、ソ連のフルシチョフ第一書記が最後の最後にキューバへのミサイル配備を取りやめるという理性ある判断に至たり核戦争は回避されました。

 このときにアメリカ大統領とソ連書記長の間に直通のホットラインが敷かれたのは有名な話です。

russia02.jpg

(キューバ危機後のフルシチョフケネディ会談)

 こうして核兵器は世界大戦の抑止力となりました。

 しかし、核兵器が抑止力となった後も、世界では地域紛争が絶えることはありません。

 1991年にゴルバチョフソ連大統領が辞任し、ソビエト連邦は崩壊しました。ソ連に変わりロシアが復活しましたが、それは共産主義ではなく共和国でした。アメリカとソ連の2極化した世界で繰り広げられた冷戦は終焉を迎え、世界にはアメリカ主導の平和が訪れると期待した人もいます。

 アメリカは、冷戦終了後も戦争と紛争に明け暮れていました。

 クウェートに侵攻したフセイン大統領の野望をくだくべく国連公認のもと連合軍を率いて行った湾岸戦争。21世紀に入ってからは、アルカイダによって仕掛けられた同時多発テロへの報復として、アフガニスタンへと攻め入り、タリバン政権を崩壊させ、民主政権を樹立させました。それに続いて、イラクのフセイン大統領が大量破壊兵器を隠し持っている証拠があるとの理由で、イラクに攻め入るや嵐のような空爆でフセイン大統領を逮捕し、死刑に処したのです。

 21世紀のアメリカの戦争は、まさに「報復」ですが、アフガニスタンでは民主政権がイスラム国やタリバンの反抗、反撃に耐えられず、長くアメリカ軍が駐留し政権を支えてきました。しかし、昨年、バイデン政権がアメリカ軍を撤退するや否や、アッという間にアルカイダが各都市を占領。結局、アフガニスタンではアルカイダの政権が返り咲いたのです。

 さらに、イラク戦争では、攻め入って勝利を得たアメリカ連合軍ですが、実はイラクに大量破壊兵器は存在していなかったというお粗末な結果が公表されました。

 アメリカだけではなく、新たな共和国を立ち上げたロシアもアメリカに負けず劣らず紛争に明け暮れています。

 崩壊後のソ連では、ロシア共和国を巡って権力の座に就いたエリツイン大統領は、自らの健康不安のために、後継者にプーチン氏を指名し、20005月にプーチン大統領が誕生しました。皮肉なことに後継者を指名した理由が、プーチン氏が民族主義者であると同時にエリツイン大統領の言うことに素直に従いそうだ、というものでした。しかし、元KGBのプーチン大統領は、まれにみる切れものだったのです。

russia03.jpg

(大統領就任式のプーチン氏 wikipediaより)

 プーチン大統領は「強いロシアの復活」をかかげ、まず、国内で独立のために兵を挙げたチェチェン紛争に対し、徹底的な戦闘による力での解決で臨みました。チェチェンでは、多くの市民がこの内戦に巻き込まれ亡くなりましたが、ロシア政府軍は強大な軍事力でチェチェン独立派に『打ち勝ち、チェチェン紛争を抑え込んだのです。

 さらに、エネルギー政策により経済力を回復させたプーチン大統領は、反民主主義へと大きく舵を切り始めます。アサド政権が強権を発動するシリアでは、イスラミックステイツや反政府軍の攻勢などが複雑に絡み合い、欧米が反政府軍を支援しましたが、プーチン大統領はアサド政権の政府軍を支援し、シリアでの空爆を遂行しました。

 はたして我々人類は、二つの世界大戦を経験した20世紀の間に何を学んできたのでしょうか。

【侵略戦争はあってはならない暴挙】

 今回のウクライナ侵攻の下地は、2014年にロシアがクリミア半島を併合しようとしたことがことの始まりのように見えます。

 クリミア半島は、ロシア帝国の時代からロシアの貴重な不凍港のひとつとして、重要な戦略的役割を果たしてきました。しかし、ロシア帝国とオスマントルコ帝国の争いでクリミア戦争が起こり、その帰属はめまぐるしく変わり、さらには第一次世界大戦、そしてロシア革命を経て旧ソ連共和国の自治区の一つとしてウクライナの一部となりました。ところが、ソ連が崩壊したのち、2004年の選挙で親ロシア政権の大統領が当選しましたが、ウクライナ国民はその選挙に不正があったとして、再選挙を求めました。この運動はオレンジ革命とも呼ばれますが、再選挙によってロシアに距離を置く政権が発足しました。これ以降、ウクライナの大統領はあるときには西側の支援を受け、あるときには親ロシアの政策をかかげることを繰り返してきました。

russia04.jpg

(オレンジ革命時の首都キエフ wikipediaより)

 クリミア半島はと言えば、歴史的に多くのロシア人が流入して居住していましたが、ソ連時代の1954年、ウクライナ出身のフルシチョフ書記長が主導し、当時のウクライナ・ソビエト社会主義共和国の州としてウクライナに帰属することとしたのです。これ以降、クリミア半島はウクライナ領とされてきましたが、そこに住むロシア人たちは、ソ連崩壊後、西側に揺れ動いていくウクライナの政権に反感を覚えていたことは想像に難くありません。

 そして、2014年、クリミア州はクリミア自治共和国としてセヴァストプリ特別区とともに自らロシア連邦と一員となるとする条約に調印し、ロシアへの併合が行われました。

 さらに今回、ロシアのプーチン大統領は軍事侵攻の前々日、ウクライナ国内のロシア人居住地であるドネツク州を「ドネツク人民共和国」、ルガンスク州を「ルガンスク人民共和国」として独立承認することを閣議決定し、独立を承認する大統領令に署名しました。

 そして、224日、ウクライナがロシア人に対してジェノサイド(大量虐殺)を行っており、ロシア人の命を守るためにウクライナに侵攻する、と宣言しベラルーシ国境近くの北側とクリミア半島から、そして、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国からの軍事派遣要請に従って東側からウクライナ国内に侵攻を行ったのです。

russia05.jpg

(独立承認を発表するプーチン大統領 mainichi.com)

 それは、ロシアの一方的な宣言によって行われ、首都キエフにはロシア軍が迫り、南部や東部の中核都市が一斉にロシア軍に侵略されるという事態に至りました。

 ウクライナとロシアの間には歴史的にも近年にも領土をめぐる紛争があったことは事実ですが、ドネツクやルガンスクの東部では紛争停戦のため、2015年にミンスク合意が締結されました。にもかかわらず、ロシアはこれを無視して一方的にウクライナに攻め入ったのです。

 ウクライナという国際的にもその主権が認められた国家に理由はともあれ、一方的に軍事浸入を行い、国家、国民を殺戮することは国際ルールを無視した一方的な宣戦布告に他なりません。これは、これまでの国際法に照らしても国際ルールをすべて無視する暴挙、国家侵略としか言いようがありません。

【一日も早く市民の殺戮をとめなくては】

 ウクライナの市民は、突然蹂躙された国家がロシアに征服されないために高齢者や子供とその母親を除いてすべての国民がロシアと闘う決意を固めています。そして、欧米からの軍事支援も効果を挙げて、ウクライナはロシアのキエフ侵攻を強い抵抗によって食い止めている状況です。

 恐らく侵攻後、数日でキエフを制圧し、ロシアの傀儡政権を打ち立てようともくろんだプーチン大統領の戦略は、ウクライナ国民の予想外の頑強な抵抗により侵攻後1カ月以上も遅れ、破たんしつつあります。このため、ロシアはロシア国内黒海に進出した戦艦から数百発ものミサイルを発射し、ウクライナの主要都市を空爆しています。その初期には、軍事施設を攻撃していたミサイル郡ですが、思わぬ抵抗へのイラダチと停戦をできる限り優位すすめるとの目的で、学校や病院、避難先である劇場など、市民が避難している施設への無残な攻撃を続けています。

russia06.jpg

(ミサイル攻撃を受けた避難先の劇場 news.yahooより)

 ソ連崩壊後にロシア共和国の大統領に就任して以来22年間、プーチン大統領は極めて冷静で的確な政策を強力に推し進めることにより、ロシアをエネルギー大国に押し上げてその経済を立て直し、チェチェン独立に対しても強権を発動して軍事力で制圧して国内をまとめてきました。しかし、旧ソ連時代の衛星国が次々に革命のために民主主義政権へと移行し、その最後の砦がベラルーシであり、ジョージアやモルドヴァなども独立し、確かにウクライナはクリミアも含めてロシアにとっては死守すべき砦となったとき、プーチン大統領はその戦略を誤ったとしか思えません。

 市民を狙い、無差別殺戮を行うプーチン大統領は、もはやかつてロシアを侵略したナポレオンやヒトラーと何ら変わらない犯罪人、殺戮者に成り下がりました。

 心ある国際社会の国々とその市民は、あらゆる手段を使ってロシアの暴挙を止めることが必要です。東部の都市マリウポリでは、40万人の住民が避難もできず、電気、ガス、水道も止まり、食料さえもなくなっていると言います。あまつさえ、ロシアはマリウポリに降伏を申し入れ、さらなるミサイル攻撃を続けています。ウクライナ市民は降伏を拒否しましたが、この都市の市民を救うためにもプーチン大統領に不毛な戦争の停止を選択させる必要があります。

 皆さん、ウクライナ市民のためにも、我々の未来のためにも、心を一つにしてこの戦争にNOを言い続けましょう。

 それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ

にほんブログ村⇒プログの励み、もうワンクリック応援宜しくお願いします。




ロシア プーチン翁の老いの妄執

<PR>

music.jp

こんばんは。

 平和と調和、そして多様性の祭典である北京オリンピックが閉会し、第2幕である北京パラリンピックの開会式が待たれる間隙の合間を縫って、ロシア軍が隣国ウクライナに侵攻し、事実上の戦争を仕掛けました。今もウクライナでは罪なき市民がロシアの攻撃によって殺戮され、死の恐怖に直面しています。

russia01.jpg

(ミサイル攻撃を受けたハリコフの住宅 jiji.com)

 我々人類は、ここまで4000年の歴史の中で常に闘いに明け暮れていました。しかし、産業革命以降、我々は大いなる技術力を身に着け、一度に大量の命を奪うことができる兵器を手にしてしまいました。銃弾による殺戮、戦車や装甲車による衣食住や命の殲滅、航空機による空からの爆撃、海上では戦艦や空母による地上への砲撃、さらにはミサイルやICBMによる遠距離殺戮。

 20世紀の戦争は、まさにそうした大量殺りく兵器によって世界が分断され、ある統計資料によれば、第一次大戦で亡くなった人は約852万人、第二次世界大戦では約912万人もの人々が戦争によって命を落としたといいます。

 一口に912万人と言えば、それは単なる数値に聞こえますが、そこには亡くなった一人一人の人生、物語があります。我々は、コロナや災害で亡くなった方々には父親や母親、愛する娘や息子、そしていとおしい孫がいることを知っています。そして、人が生きている限り、そこに関わるたくさんの友人たちが取り巻いてくれているのです。

 人はいくら生きても200年は生きられません。命は必ず尽きますが、命が続く間、我々は大勢の人々とかかわりながらなすべきことをなし、最後の瞬間まで命を燃やします。ところが、戦争は自らの意志、もっと言えば自然から授かっている寿命と関係なく、人の命を奪っていくのです。それは、そこに関わるすべての人の幸福を奪い、悲しみと苦しみのどん底へと叩き落す残酷な行為に他なりません。

 理不尽な殺戮で大量の幸福を奪い、大量の不幸と絶望を生み出す人類の冒す最大の罪、それが戦争なのです。

【20世紀 我々は何を学んだのか】

 第二次世界大戦で生み出された最終兵器は核兵器です。

 科学は、この宇宙が創りだした物質の謎を次々に解き明かし、ついに原子をつなぎとめている途方もないパワーを引き出す技を手に入れました。実際に核爆弾は第二次大戦で我々の国、日本に投下され、広島では一瞬にして9万人以上の命が一瞬にして消え去りました。さらに、原爆の放射能により、その後、56万人もの人々が放射線に苦しんだとも言われています。さらに長崎にも原爆が投下され、7万人もの人々が亡くなりました。そして、被爆した方々は16万人以上に及んでいます。

 核兵器は、一つの都市を地上から消し去るだけではなく、放射能により世界を不毛の大地と化してしまう恐ろしい兵器です。現在、核兵器を保有する国はアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、そして北朝鮮であり、その数は13,000発と言われており、その90%をアメリカとロシアが保有しています。この数は、地球上の人類を35回以上殺戮できる数だとの計算もあります。

 かつて、アメリカとソ連の冷戦下では、ソ連がキューバに核を持ち込むとの事件が持ち上がり、当時のケネディ大統領は核の使用さえも覚悟し、あわや核戦争にいたる一歩手前まで、事態は進みました。しかし、ソ連のフルシチョフ第一書記が最後の最後にキューバへのミサイル配備を取りやめるという理性ある判断に至たり核戦争は回避されました。

 このときにアメリカ大統領とソ連書記長の間に直通のホットラインが敷かれたのは有名な話です。

russia02.jpg

(キューバ危機後のフルシチョフケネディ会談)

 こうして核兵器は世界大戦の抑止力となりました。

 しかし、核兵器が抑止力となった後も、世界では地域紛争が絶えることはありません。

 1991年にゴルバチョフソ連大統領が辞任し、ソビエト連邦は崩壊しました。ソ連に変わりロシアが復活しましたが、それは共産主義ではなく共和国でした。アメリカとソ連の2極化した世界で繰り広げられた冷戦は終焉を迎え、世界にはアメリカ主導の平和が訪れると期待した人もいます。

 アメリカは、冷戦終了後も戦争と紛争に明け暮れていました。

 クウェートに侵攻したフセイン大統領の野望をくだくべく国連公認のもと連合軍を率いて行った湾岸戦争。21世紀に入ってからは、アルカイダによって仕掛けられた同時多発テロへの報復として、アフガニスタンへと攻め入り、タリバン政権を崩壊させ、民主政権を樹立させました。それに続いて、イラクのフセイン大統領が大量破壊兵器を隠し持っている証拠があるとの理由で、イラクに攻め入るや嵐のような空爆でフセイン大統領を逮捕し、死刑に処したのです。

 21世紀のアメリカの戦争は、まさに「報復」ですが、アフガニスタンでは民主政権がイスラム国やタリバンの反抗、反撃に耐えられず、長くアメリカ軍が駐留し政権を支えてきました。しかし、昨年、バイデン政権がアメリカ軍を撤退するや否や、アッという間にアルカイダが各都市を占領。結局、アフガニスタンではアルカイダの政権が返り咲いたのです。

 さらに、イラク戦争では、攻め入って勝利を得たアメリカ連合軍ですが、実はイラクに大量破壊兵器は存在していなかったというお粗末な結果が公表されました。

 アメリカだけではなく、新たな共和国を立ち上げたロシアもアメリカに負けず劣らず紛争に明け暮れています。

 崩壊後のソ連では、ロシア共和国を巡って権力の座に就いたエリツイン大統領は、自らの健康不安のために、後継者にプーチン氏を指名し、2000年5月にプーチン大統領が誕生しました。皮肉なことに後継者を指名した理由が、プーチン氏が民族主義者であると同時にエリツイン大統領の言うことに素直に従いそうだ、というものでした。しかし、元KGBのプーチン大統領は、まれにみる切れものだったのです。

russia03.jpg

(大統領就任式のプーチン氏 wikipediaより)

 プーチン大統領は「強いロシアの復活」をかかげ、まず、国内で独立のために兵を挙げたチェチェン紛争に対し、徹底的な戦闘による力での解決で臨みました。チェチェンでは、多くの市民がこの内戦に巻き込まれ亡くなりましたが、ロシア政府軍は強大な軍事力でチェチェン独立派に『打ち勝ち、チェチェン紛争を抑え込んだのです。

 さらに、エネルギー政策により経済力を回復させたプーチン大統領は、反民主主義へと大きく舵を切り始めます。アサド政権が強権を発動するシリアでは、イスラミックステイツや反政府軍の攻勢などが複雑に絡み合い、欧米が反政府軍を支援しましたが、プーチン大統領はアサド政権の政府軍を支援し、シリアでの空爆を遂行しました。

 はたして我々人類は、二つの世界大戦を経験した20世紀の間に何を学んできたのでしょうか。

【侵略戦争はあってはならない暴挙】

 今回のウクライナ侵攻の下地は、2014年にロシアがクリミア半島を併合しようとしたことがことの始まりのように見えます。

 クリミア半島は、ロシア帝国の時代からロシアの貴重な不凍港のひとつとして、重要な戦略的役割を果たしてきました。しかし、ロシア帝国とオスマントルコ帝国の争いでクリミア戦争が起こり、その帰属はめまぐるしく変わり、さらには第一次世界大戦、そしてロシア革命を経て旧ソ連共和国の自治区の一つとしてウクライナの一部となりました。ところが、ソ連が崩壊したのち、2004年の選挙で親ロシア政権の大統領が当選しましたが、ウクライナ国民はその選挙に不正があったとして、再選挙を求めました。この運動はオレンジ革命とも呼ばれますが、再選挙によってロシアに距離を置く政権が発足しました。これ以降、ウクライナの大統領はあるときには西側の支援を受け、あるときには親ロシアの政策をかかげることを繰り返してきました。

russia04.jpg

(オレンジ革命時の首都キエフ wikipediaより)

 クリミア半島はと言えば、歴史的に多くのロシア人が流入して居住していましたが、ソ連時代の1954年、ウクライナ出身のフルシチョフ書記長が主導し、当時のウクライナ・ソビエト社会主義共和国の州としてウクライナに帰属することとしたのです。これ以降、クリミア半島はウクライナ領とされてきましたが、そこに住むロシア人たちは、ソ連崩壊後、西側に揺れ動いていくウクライナの政権に反感を覚えていたことは想像に難くありません。

 そして、2014年、クリミア州はクリミア自治共和国としてセヴァストプリ特別区とともに自らロシア連邦と一員となるとする条約に調印し、ロシアへの併合が行われました。

 さらに今回、ロシアのプーチン大統領は軍事侵攻の前々日、ウクライナ国内のロシア人居住地であるドネツク州を「ドネツク人民共和国」、ルガンスク州を「ルガンスク人民共和国」として独立承認することを閣議決定し、独立を承認する大統領令に署名しました。

 そして、2月24日、ウクライナがロシア人に対してジェノサイド(大量虐殺)を行っており、ロシア人の命を守るためにウクライナに侵攻する、と宣言しベラルーシ国境近くの北側とクリミア半島から、そして、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国からの軍事派遣要請に従って東側からウクライナ国内に侵攻を行ったのです。

russia05.jpg

(独立承認を発表するプーチン大統領 mainichi.com)

 それは、ロシアの一方的な宣言によって行われ、首都キエフにはロシア軍が迫り、南部や東部の中核都市が一斉にロシア軍に侵略されるという事態に至りました。

 ウクライナとロシアの間には歴史的にも近年にも領土をめぐる紛争があったことは事実ですが、ドネツクやルガンスクの東部では紛争停戦のため、2015年にミンスク合意が締結されました。にもかかわらず、ロシアはこれを無視して一方的にウクライナに攻め入ったのです。

 ウクライナという国際的にもその主権が認められた国家に理由はともあれ、一方的に軍事浸入を行い、国家、国民を殺戮することは国際ルールを無視した一方的な宣戦布告に他なりません。これは、これまでの国際法に照らしても国際ルールをすべて無視する暴挙、国家侵略としか言いようがありません。

【一日も早く市民の殺戮をとめなくては】

 ウクライナの市民は、突然蹂躙された国家がロシアに征服されないために高齢者や子供とその母親を除いてすべての国民がロシアと闘う決意を固めています。そして、欧米からの軍事支援も効果を挙げて、ウクライナはロシアのキエフ侵攻を強い抵抗によって食い止めている状況です。

 恐らく侵攻後、数日でキエフを制圧し、ロシアの傀儡政権を打ち立てようともくろんだプーチン大統領の戦略は、ウクライナ国民の予想外の頑強な抵抗により侵攻後1カ月以上も遅れ、破たんしつつあります。このため、ロシアはロシア国内黒海に進出した戦艦から数百発ものミサイルを発射し、ウクライナの主要都市を空爆しています。その初期には、軍事施設を攻撃していたミサイル郡ですが、思わぬ抵抗へのイラダチと停戦をできる限り優位すすめるとの目的で、学校や病院、避難先である劇場など、市民が避難している施設への無残な攻撃を続けています。

russia06.jpg

(ミサイル攻撃を受けた避難先の劇場 news.yahooより)

 ソ連崩壊後にロシア共和国の大統領に就任して以来22年間、プーチン大統領は極めて冷静で的確な政策を強力に推し進めることにより、ロシアをエネルギー大国に押し上げてその経済を立て直し、チェチェン独立に対しても強権を発動して軍事力で制圧して国内をまとめてきました。しかし、旧ソ連時代の衛星国が次々に革命のために民主主義政権へと移行し、その最後の砦がベラルーシであり、ジョージアやモルドヴァなども独立し、確かにウクライナはクリミアも含めてロシアにとっては死守すべき砦となったとき、プーチン大統領はその戦略を誤ったとしか思えません。

 市民を狙い、無差別殺戮を行うプーチン大統領は、もはやかつてロシアを侵略したナポレオンやヒトラーと何ら変わらない犯罪人、殺戮者に成り下がりました。

 心ある国際社会の国々とその市民は、あらゆる手段を使ってロシアの暴挙を止めることが必要です。東部の都市マリウポリでは、40万人の住民が避難もできず、電気、ガス、水道も止まり、食料さえもなくなっていると言います。あまつさえ、ロシアはマリウポリに降伏を申し入れ、さらなるミサイル攻撃を続けています。ウクライナ市民は降伏を拒否しましたが、この都市の市民を救うためにもプーチン大統領に不毛な戦争の停止を選択させる必要があります。

 皆さん、ウクライナ市民のためにも、我々の未来のためにも、心を一つにしてこの戦争にNOを言い続けましょう。

 それでは皆さんお元気で、またお会いします。

 

今回も最後までお付き合いありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ

にほんブログ村⇒プログの励み、もうワンクリック応援宜しくお願いします。


北京オリンピック 心からの感動

こんばんは。

 今年の冬季オリンピックは、東京オリンピックに引き続いてコロナ禍の中での開催となりました。

 中国は一党支配の国であり、共産党の威信にかけてこのオリンピックを成功させようと万全の体制を敷いてきました。そのバブル政策は徹底していて、選手はもちろん取材陣もその滞在力は一歩も外に出られない隔離を行っています。その徹底ぶりはすさまじく、民主国家ではとてもマネできない強制的な仕組みです。

 そのおかげもあり、一部のスタッフに入国後の検査で陽性者も出ましたが、それぞれの会場は安全が保たれ、出場選手たちは思う存分実力を発揮できたのではないでしょうか。

 その政治的思惑はともかく、北京オリンピックもこれまでのオリンピック以上に我々の心に熱い感動を生んでくれました。

【心に刻まれた日本選手たち】

 フィギアスケートでは、初の団体銅メダルという快挙もありましたが、なんといっても注目は、男子フィギアの面々です。

 今回のオリンピックで、日本は過去最多のメダルを獲得しました。そのうち4つのメダルはフィギアスケートで獲得。日本選手の層の厚さが際立ちました。男子フィギア陣は2つのメダルに輝きました。銀メダルに輝いた新星、鍵山優真選手と銅メダルを獲得した宇野昌磨選手です。メダル獲得のカギを握ったのはやはり4回転ジャンプでした。もちろん、前提としては芸術点につながる全身を使った大きな演技やステップ、そしてスピンなどのしなやかさや正確性が求められるわけですが、最後にポイントとなったのはやはり4回転ジャンプでした。

 宇野昌磨千選手は前回大会に銀メダルを取得し、その後一時期、完璧なジャンプが飛べない時期もありました。しかし、自らの迷いを振り切り、前回大会のリベンジに燃えるアメリカのネイサン・チェン選手の演技や元オリンピアンの父親がコーチのつく鍵山選手の躍進を肌で感じながら、自らの技に磨きをかけ、納得のいく演技を目指しました。そして、新たなコーチ、ステファン・アンビエールしとの出会いが自らを覚醒させたと語って言います。

 そのフリーのプログラムは、4回転ジャンプが5本入るという超高難度。まさに自ら高い目標を掲げて果敢に挑戦する姿勢に感動します。

 そして、今回新たにオリンピックに登場した18歳の鍵山優真選手。そのジャンプは高さも回転スピードも美しく、その技のすばらしさは特別です。

 そんな鍵山選手にも大きな課題がありました。

 それは、演技を魅せる力の不足です。オリンピアンの解説者たちは、大きく伸びやかな演技、世界観を表わす表現、華麗なステップなど、様々な表現で語りますが、オリンピアンは確かにその演技に表現すべき世界観を持っています。フリーの演技に独自の世界が必要と考えた鍵山親子は、浅田真央選手の振り付けも担当したロシアの振付師、ローリー・ニコルさんに振り付けを依頼します。その振り付けは、「アバター」でした。そう、ジェイムス・キャメロン監督の傑作SF映画の世界観を表現した振り付けです。

 NHKBSの「スポーツ&ヒューマン」の中に鍵山優真選手親子に密着したドキュメンラリーがありました。その題名は「殻をやぶるなら、いま フィギアスケート 鍵山優真」。厳しい練習、厳しいアリンピアンスケーターだった父の指導。そして、覚醒。この番組の中で、はじめは鍵山の演技に細かすぎるほどの注文を付け続け、限りないダメ出しを続けるローリー・ニコルさんが、覚醒しつつある景山選手の演技の変化を、リモートの画面で観ながら、「まるでリンクの横で見ているような素晴らしい演技をみせてくれた。」と感動したのです。

 そして、初出場のオリンピックでみごと齗メダルに輝いたのです。

 さらに、メダルには届きませんでしたが、メダルとは別の感動を我々に届けてくれたのが、フィギアスケートの象徴ともいえる羽生弓弦選手でした。

 羽生選手がはじめてオリンピックで金メダルに輝いたのは2014年のソチオリンピック。このとき19歳だった羽生選手は、アジア男子初の金メダル、そして、史上二人目の十代での金メダリストとなったのです。そして、2018年のピョンチャンオリンピックでは、右足にけがをかかえながらも完ぺきな4回転ジャンプと演技を見せてオリンピック連覇を成し遂げました。

 北京オリンピックでは3連覇かと期待が高まる中、彼が挑んだのは新たなる挑戦への道でした。

 それは、フィギアスケート界で前人未到の4回転アクセルへの挑戦です。

 オリンピックといえば、すべてのアスリートたちが目標とするのは金メダルです。それ故に大会ではどの国がどれだけのメダルを獲得したかが話題となります。しかし、羽生選手は違いました。それは、9歳のころから自らの夢であった「アクセルジャンプを極める」ことの実現だったのです。その挑戦がどれほど険しいものだったのか。それは、オリンピック演技後の羽生選手のコメントからもうかがい知ることができます。

 4回転アクセルは、前を向いた状態からジャンプに踏み切るために回転数は実際には4回転半となります。キチンと着氷し、演技を連続させるためにはこれまでよりも半回転多く飛ぶ必要があるのです。そして、この挑戦は5回転にもつながる挑戦ともいえるのです。それゆえに女子フィギア界でも3回転アクセル(トリプルアクセル)が選手の代名詞となる大技と呼ばれるのです。

 羽生選手は、9歳のころに手ほどきを受けていた都築さんが語っていた「アクセルジャンプは王者のジャンプだ」との言葉を胸に、競技を続けてきました。そして、会見では、「僕の中にいる9歳の自分が4回転アクセルと飛べとずっと言っている。」とも語っています。しかし、前人未到の4回転半は、羽生選手をしてもはるかに高みの目標だったのです。

 様々なインタビューでも、「練習でもまるで壁に向かって飛んでいるようなもの。」、「まぜこんなに苦しい思いをするのか、初めてスケートをやめたいとまで思った。」、「やっと壁にほんの少しのとっかかりを見つけつあります。」など体を酷使し、血のにじむような努力を続けていたことをうかがい知ることができます。そして、北京オリンピック後のインタビューでは、「努力が報われないことがあると思った。」とまで語っています。

 今回、ショートプログラムでは氷についた傷穴にエッジがはまり、最初の4回転が1回転になってしまいショートプログラムは8位。さらにフリーの練習で足をくじき、痛み止めの注射で感覚を麻痺させてフリーに臨んだと言います。それでも羽生選手は、フリーの演技で4回転アクセルを飛びました。そのジャンプは着氷できず、転倒という結果となりましたが、その後の演技を完璧にやり遂げ、4位となりました。最後まで滑り切ったその姿に、羽生選手の覚悟と生き方を見ることができました。そして、心から感動しました。

 その4回転アクセルは、国際スケート連盟主催の大会ではじめて「4回転アクセル」として認定され、歴史のその名を刻みました。

 世界から注目を集めた羽生選手は、その後の合同記者会見で、「みんな生活の中で何かしら挑戦していると思います。それが生きることだと思いますし、守ることだって挑戦です。何一つ朝鮮じゃないことは存在していないと思うから、」と語りました。いったい世界中のどれだけの人々がこの言葉に勇気づけられたことでしょうか。まさに生きる力を思い出させてくれる一言でした。

 今回のオリンピックでは、目標に届かなかった人たちの姿にも心を動かされました。

 スノーボードでは、アメリカのレジェンド、ジョーン・ホワイト選手が引退を表明した最後のオリンピックになりました。これまで2大会、彼の姿を追いかけて2度金メダルを阻まれて連続齗メダルとなっていた平野歩選手が、人類最強の技を携えてハーフパープに挑戦し、みごとな金メダルに輝きました。2回目の演技で前人未到の技を成功させたにもかかわらず、2位の得点であった歩選手が、「怒り」を力に変えて3回目の演技で最高得点をたたき出した姿は涙ものでした。

 さらに感動したのは、この決勝の部舞台に日本人選手が4人もいたことです。歩夢選手の弟の海祝選手、戸塚優斗選手、平野流佳選手。すべての選手が果敢におおきなトリックに挑戦しました。これまで、ショーン選手と平野歩選手の間で行われていた切磋琢磨が日本人の中で行われるのかと思うと、より大きな感動が呼び起こされます。

 スノ-ボードと言えば、スノーホード女子ビッグエアでは村瀬心椛選手が最年少で銅メダルに輝きました。もちろん、1回目、2回目と素晴らしいトリックを成功させた姿に心を動かされましたが、同じく決勝に残った岩淵麗楽選手、そして鬼塚雅選手の演技には感動しました。岩淵選手は、村瀬選手と同じく1回目、2回目で得点を確保するトリックを手堅く決めましたが、3回目に繰り出したのは、大技「トリプルアンダーフリップ(後方3回宙返り)でした。技はおしくも着地に失敗しましたが、演技を終えた岩淵選手の下に各国の選手が駆け寄って、大技に挑戦した岩淵選手を抱き合い、たたえる姿には本当に心を動かされました。

 そして、鬼塚雅選手です。彼女は19歳の時にピョンチャン大会の日本代表に選抜され、はじめてのオリンピックでは思うような成果は上げられませんでした。そのくやしさをバネにすべてを費やして練習を重ね、2020年のXゲームでは「キャブダブルコーク1260」(縦2回転横3回転半)を決めて優勝していました。前回のリベンジを期した鬼塚選手は、守りに入ることなく、1回目から果敢にこの技に挑戦してきました。

 しかし、北京のビッグエア着地点は角度が急激で着地点を見極められずに転倒し、斜面に頭から突っ込みました。ふつう、頭からの転倒を味わうと怖さが出てしましますが、彼女は、第2回、第3階と果敢にこの技に挑戦したのです。その姿は、順位や結果を超えて我々に大きな感動を感じさせてくれました。

【リベンジを目指したオリンピアン】

 今年の日本代表には、前回から引き続いて出場した選手たちが多くいました。

 コロナ禍の中、この北京オリンピックをめざして費やしてきた4年と言う歳月。それを背負った彼らの闘いは、我々に勇気と希望を与えてくれました。

 スキージャンプでは、ピョンチャンオリンピックで7位だった小林陵侑選手が、この4年間で培ってきた技術力と体力をみごとに表現し、ノーマルヒルで金メダル、ラージヒルでの銀メダルの2冠に輝きました。

 女子では、前回銅メダルを獲得した日本のエース高梨沙羅選手が北京に臨みます。

 高梨選手は、ピョンチャンオリンピックでこれまで作り上げてきた自分のスキージャンプではこれ以上の飛躍にはつながらない、と冷静に判断し、オリンピック終了後に自らのジャンプをゼロベースで見直す取り組みに着手しました。にもかかわらず、ワールドカップではしっかりと優勝回数を更新し、昨年は通算優勝60勝の記録を打ち立てました。しかし、今回のオリンピックでは高梨選手を不運が襲います。

 女子スキージャンプの第2回目では、3位の選手にわずか0.3ポイント差で4位となりメダルを逃しました。3位の選手の飛距離は94m、高梨選手の飛距離は100mでしたが、高梨選手の時にはわずかに向かい風なっており、風補正と飛型点の得点差によって4位となってしまったのです。さらに団体戦。高梨選手は103mの大ジャンプを決めて首位になりましたが、スーツ規定にひっかかり失格となってしまったのです。今までの努力を知る我々にはなんとも納得のいかない判定でした。

 審判やジャッジは絶対、ルールは守ることがフェアなプレーの基本ですが、そこには透明性が必要と考えるのは私だけでしょうか。

 しかし、高梨選手はその時こそ『涙にくれていましたが、オリンピック後に気持ちを切り替えて、次のワールドカップへと転戦しています。その姿に我々も再び心を動かされます。

 スピ-ドスケートでは、前回大会でも活躍した高木美帆選手の4つのメダル獲得には胸が躍りました。中でも、世界記録保持者でもある1500mが齗メダルで悔しい思いをした後の1000m。オリンピック記録をたたき出す会心のレースでみごと金メダルを勝ち取った姿は、やりきった明るい表情が素晴らしく、心が晴れやかになりました。

 ここでもメダルの画下に不運が潜んでいました。高木美帆選手の姉で3大会出場を果たした高木菜那選手を襲った出来事です。前回大会、高木兄弟と佐藤綾乃選手は女子スピードスケート団体パシュートでみごと世界新記録をたたき出し、金メダルを獲得しています。また、高木菜那選手はマススタートで金メダルを獲得し、2種目を制覇しました。

 ところが、今年のパシュートでは、決勝でカナダと対戦、最終コーナー残り100mまで日本はトップを走っている、まさに2連覇が目の前でした。ところが、最終のカーブをまわるときに最後を走る高木菜那選手のエッジが氷面からはずれ、痛恨の転倒となってしまったのです。菜那選手にとってはまさに悲しみの齗メダルでした。しかし、涙にくれる七選手に無言で寄り添い方を抱き合っていた高木美帆選手と佐藤綾乃選手。そして、その3人を囲むように静かに見守るチーム日本の面々。そこにこれまで築き上げてきた努力を共有してきた人々の温かい想いを感じて、胸が熱くなりました。

 驚くことに高木菜那選手は、その後の2連覇がかかるマススタートの予選でも、パシュートと同じカーブにさしかかったとき同じように転倒し、予選敗退となりました。しかし、高木菜那選手は、今回の大会で今まで気づかなかった大切なものに気づかされたと語りました。それこそが、支えてきてくれたチームの人々の心の絆だったのです。

 さて、北京オリンピックの感動を語りだすとキリがありませんが、最後に前回大会に続き日本代表として出場し、涙と笑顔と元気で見事に銀メダルを獲得した女子カーリングの「ロコ・ソラーレ」が今回の大会の有終の美を飾ってくれました。ロコ・ソラーレは、本大会、予選で9チームと総当たりの試合で54敗。予選敗退と思ったところが、予選最終戦で韓国がスウェーデンに敗退、奇跡のように決勝にコマを進めました。決勝でのスイスとの闘いは、まさに氷を読み切りすべてのショットがはまった会心の試合でした。

 今回のオリンピックで、最も長時間観戦したのがカーリングでした。すべての試合で興奮と感動を呼ぶ素晴らしい時間を過ごすことができ、ロコ・ソラーレの皆さんに感謝しています。

 オリンピックには参加した選手の数だけドラマが秘められています。

 それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ

にほんブログ村⇒プログの励み、もうワンクリック応援宜しくお願いします。