こんばんは。
ユヴァル・ノア・ハラリ氏の「サピエンス全史」の日本語訳が出版されたのは2016年。かれこれ8年前になりますが、当時、ビジネス書として大きな話題となり、本屋さんでは最も目立つ場所に展示されていました。
この本は、各界で絶賛され、ビジネス書大賞など多くの賞を受賞しました。
ハラリ氏は、イスラエルの歴史学者、哲学者です。略歴によると1976年生まれとなっていますので、現在は40代後半と最も活躍する世代のひとりです。この本がヘブライ語で上梓されたのは2011年ですので、この本の執筆時、氏は30代であり、まさに時代を引っ張るオピニオンリーダーを担う世代でした。この本は、66カ国で出版され、世界では2500万部を超える大ベストセラーになっているといいます。
そして、ついにこの著作が文庫本で発売されたのです。これを読まないわけにはいきません。
イスラエルといえば、昨年の10月にパレスチナの武装組織ハマスがガザ地区から国境を越えてイスラエルに侵入し、多くのイスラエル人を殺し、200人以上の人質を奪っていきました。そして、イスラエルは、このテロの報復としてパレスチナのガザ地区に、ハマスの武装解除を目的として侵攻しました。その結果、何万人ものパレスチナの市民が殺され、何百万人もの人々が非難を強いられています。ウクライナに続いて、ガザ地区においても何の罪もない市民たちが苦悩と死の恐怖にさらされているのです。
(瓦礫の山と化したガザ地区 asahiデジタルより)
こうした中、ハラリ氏はイスラエル人の歴史学者として世界中の様々なメディアに起稿して、世界中の人々に発信しています。
昨年の10月20日には、テレビ朝日の報道ステーションにリモートで出演し、30分以上にわたるインタビューに答えていました。
インタビューでハラリ氏は、自分は当事者であり、友人や家族のことを思うと客観的になることはできない、と語りながらも、歴史学者として多くの示唆に富んだ発言を述べていました。その中で、心に残ったのは、歴史が語ってくれている人類の愚かさと知恵についての言葉です。ホモ・サピエンスの歴史を見れば、戦争は「絶対的正義」という価値観を持つことによって引き起こされてきた、といいます。戦いは、友人や家族を失うという悲しみによってさらにエスカレートし、ついには核兵器までが使用されることとなり、地球の壊滅にもつながります。そして、「和平」とは、当事者が「絶対的正義」から譲歩することでしか生れないといいます。
憎悪の連鎖を生む戦争は、短い期間で和平に至ることは難しいのですが、長期的に見ればイスラエルとドイツの歴史が示すとおり和平を超えて友好的な関係を築くことが狩野なのだと言います。我々人類は「愚かさ」を持ち、性懲りも無く戦争を繰り返します。しかし、一方で人類には「知恵」があり、平和な時代も築いてきました。いまこそ、我々は人類が持つ「家族への愛情」、「友情」、「平和を愛する心」、「働くことの喜び」などといった共有できる価値観を大切にして、グローバルな秩序の構築をまざすべきなのだ。本当に力強いメッセージでした。
(報道ステーション インタビュー AMEBAHPより)
ということで、今週はハラリ氏のベストセラーとなった著作を読んでいました。
「サピエンス全史(上) 文明の構造と人類の幸福」
(Y・N・ハラリ著 柴田弘幸訳 河出文庫 2023年)
【なぜ「ホモ・サピエンス」なのか】
この本の面白さは、ハラリ氏の人類観にあります。
20世紀までの人類は、この宇宙の中(地球上)で、最も優れた存在だと自負し続けてきました。科学の心がめばえ、生命がこの宇宙の中で偶然生れたことが判明し、生命が進化の歴史を経て人間が生れ、人間はすべての生命の頂点に立っているという認識です。「人類の進歩と調和」という1970年の万国博覧会のテーマは、まさに我々人類の達成した成果への参加に他なりません。
しかし、21世紀の現在、マスコミは「SDGs」というメッセージ一色に染まっています。
「SDGs」とは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称です。これは、国連によって提唱された人類が今後、生き延びていくための17の目標です。その中には、地球環境の改善や地球にはぐくまれた生命の維持保全、我々人類内での課題解決など、我々がこれからも持続的に生きていくための目標が掲げられています。キーワードにひとつは、「多様性」です。
端的に言えば、人類の位置づけを「征服者」から「加害者」へと転換する目標ではないでしょうか。
人類は、決して「選ばれた生物」でも「生命の頂点」でもありません。ハラリ氏の人類観は、人類をこれまでの価値観から解放し、地球上に生じたたんなる一生命としてとらえることから始まっています。
生物学では、生物の分類ルールが定められています。
人類の始まりを語りはじめる箇所。著者は生命学者が、進化の樹木に従って生物を「科」、「属」、「種」に分類することを述べていきます。例えば、ネコ科には、ライオン、チータ、イエネコなどが存在します。科のもとには、属があります。例えば、ライオンやヒョウ、トラなどヒョウ属の仲間です。さらに分類は種へと分かれていきます。ライオンは、ヒョウ属の中のひとつの種なのです。
そして、生物学では、学名を属と種をラテン語で表した言葉で名付けます。ライオンであれば、ヒョウ属のラテン語「パンテラ」とライオンの「レオ」をつなげて、「パンテラ・レオ」と呼ぶことになります。我々人類と言えば、ホモ(ヒト)科、ホモ(ヒト)属、サピエンス(賢い)種に位置づけられるので、我々は「ホモ・サピエンス」と呼ばれます。
さて、「人類」とは実を言うとホモ属全般をさす言葉です。以前、ブログで紹介した「絶滅の人類史」という本を紹介しましたが、人類と呼ばれるホモ属には、我々現生人類であるサピエンス種の他にもたくさんのホモ属が存在していたのです。それは我々とも混血したことがわかっているネアンデルターレンシス種やルドルフェンシス種、エレクトス種、デニソワ種などなど多くの人類が存在していました。
ところが、驚くことにホモ属の人類たちは、我々ホモ・サピエンス(現生人類)を除いてすべて絶滅してしまったのです。ハラリ氏は、現生人類を語るときにはサピエンスとよび、サピエンス以外の種も含めて語るときには人類とよぶとこの本の冒頭でことわっています。そして、サピエンスを語るときには、我々を生命全体の中の単なるひとつの「種」にすぎないとの認識を貫いているのです。
(「サピエンス全史(上巻)」amazon.co.jp)
【サピエンスの飛躍はどう起きたのか】
さて、さっそくこのユニークな歴史書の目次を見てみましょう。
この目次をみれば、我々が知っている歴史教科書とかけ離れた独自の視点にワクワクします。
イギリスの文化は、チャーチルやディケンズが体現しているように常にアイロニーにあふれています。ハラリ氏は、イギリスのオクスフォード大学で歴史学を学びました。その影響かどうかはわかりませんが、この本を貫く皮肉にあふれる語り口はまさに独自のものです。
目次の第2章には「虚構」との言葉が使われています。この歴史書を貫く認識は、サピエンスは「認知革命」によって地球を制するような進化を遂げたとの考え方です。それは、多くの人類の中で唯一生き残った要因といっても過言ではありません。道具や言葉はサピエンスを大きく躍進させた要因に他なりませんが、道具も言葉も火も他の人類も使用していました。では、他の人類のすべてが絶滅する中で、唯一生き残ったサピエンスが持っていたものは何なのでしょうか。それこそが「虚構」を作り出す能力だったのです。
「言葉」はコミュニケーションに必要な道具ですが、それは単なる音声に過ぎません。サピエンスはそこに「虚構」を付加することで、「認知革命」を引き起こしたのです。この進化はどのように起きたのか。これには2つの説があります。
ひとつは、柔軟で複雑に言葉を操る能力。例えば、「ライオンに気をつけろ!」だけであれば、鳥でも猿でも音を送ることで表現します。しかし、サピエンスは、「あそこの川の上流にライオンがいるので避けて通れ。」と柔軟で複雑な情報を共有できるように進化した、という説です。
もうひとつの説は、「噂話」が進化を生んだというものです。我々が毎日使っているSNSや電子メール、手紙でのやりとりの内容は、そのほとんどが噂話です。特に、共通の知人に関する噂話ほど盛り上がる話題はありません。お隣の子供のお兄さんが東京大学に入って、妹は東京女子大にはいったという事実は、いつの間にか町内会で知れ渡ります。いったいどの塾に通って一流大学に合格したのか、はたまた生れながらに頭脳明晰なDNAを備えていたのか、噂話はつきることがありません。
いずれにしても我々サピエンスは、「認知革命」によって、「虚構」を創り、「虚構」を信じることにとよって、全人類の中で突出した存在となり、他の人類を駆逐し、ときには他の生物たちも駆逐して生き残り、繁栄への糧を手にすることとなったのです。
(3万2000年前の象牙ライオン人間像 wikipedia)
そして、サピエンスの物語は、「狩猟」から「農業」への革命を迎えることになります。そして、さらなる「統一」へと向かっていくのです。
「農業革命」で、ハタリ氏が描く世界はアイロニーに充ち満ちています。我々は、穀物を育てて定期的な収穫を得、さらに牧畜によって食料を蓄えることによって1カ所に定住して、コミュニティを生み出すことになります。しかし、この「農業革命」は、サピエンスに何一つ幸福を招かなかったというのです。
我々は、食料を蓄えコミュニティを創ることによってヒエラルキーを生み出します。支配者と被支配者、資産家と労働者、富裕層と貧困層、男と女、あらゆる差別のはじまりは、農業革命を景気としているという説があります。また、より肥沃な地域や蓄えた食料を奪う目的で、コミュニティ間での争いはエスカレートしていき、戦争へと発展していきます。農業革命で唯一サピエンスに有利に働いたことは、この革命によりサピエンスの数がまたたく間に増大し、地球上を席捲し地球の支配者になったことだったのです。
この本の上巻の最後のフレーズは、まさにチャーチルの有名な言葉と響き合います。
サピエンスは、人類を統合していく過程でいくつもの帝国を生み出しました。最後にハタリ氏は言います。「キュロス大王以来の2500年間に、無数の帝国が全人類のために普遍的な政治秩序を打ち立てることを約束した。だが、それはすべて口先だけのことで、残らず失敗に終わった。真に普遍的な帝国は1つもなく、全人類のために本当に尽くした帝国も、皆無だった。未来の帝国は、果たしてそれよりはましだろうか?」
なるほど、読んでみればこの本がベストセラーになる訳がよくわかります。これほど、皮肉に満ち、これほど示唆に富んだ歴史書は読んだことがありません。皆さんもぜひこの本を読んで、我々サピエンスがどれだけ皮肉な存在かを味わってみてください。明日からの生き方が少し変るかもしれません。次回は、この本の下巻を語りたいと思います。
それでは皆さんお元気で、またお会いします。
〓今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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