こんばんは。
今年の流行語大賞の候補の中に「二季」という聞き慣れない言葉が入っていました。聞けば、この言葉は「四季」に対応していて、近年、異常気象のために「春」と「秋」がなくなり「夏」と「冬」のふたつの季節になってしまったことを意味するといいます。なるほど、今年も11月中旬には寒波の影響で、北の国では初雪の便りが届き、秋を飛ばして冬がやってきました。
特に朝晩の冷え込みは尋常ではなく、皆さん、どうぞご自愛ください。
ここのところブログの更新が月ごとになってしまっているので、世の中では様々なことが起きています。まず、政治と行政の世界では、国会の首相指名選挙で高市さんが日本初の女性総理に指名されることとなりました。国会での指名選挙までには紆余曲折があり、野党が一致すれば、少数与党の自民党政権が終焉を迎えることとなるため、公明党が連立から離脱したときには一時、騒然となりました。
ところが、自民党は野党である日本維新の会との連立政権を樹立するというウルトラCを演じて指名選挙での高市氏指名を勝ち取ったのです。立憲民主党の野田代表、国民民主党の玉木代表はさぞや悔しい思いをしたことと思います。冷静を装っていたのは政治家の故ですね。
(初の女性総理 高市内閣発足 sannkei.comより)
高市さんは、確かに女性初の総理大臣として注目を集めていますが、政治家としては故安倍総理や麻生元総理の流れをくむ保守本流の政治信条の持ち主です。自民党が最も得意とする景気浮揚と経済効果に目を奪われている間に、日本が過度に右傾化しないよう我々国民がよく目を光らせる必要があると思います。
そして、この秋の最も感動的な話題は、大リーグのワールドチャンピオンシリーズです。
この話をはじめると紙面が尽きてしまいますが、最も感動的だったのはドジャースの山本由伸投手の活躍でした。今年は、32年ぶりのワールドチャンピオンを目指すトロントブルージェイズと連覇を目指すロサンジェルスロジャースの対決となりましたが、予想通り試合は第7戦までもつれ込みました。そして、最後にドジャースが連覇を果たしたのです。
優勝時の胴上げ投手は山本由伸投手、そしてMVPも山本由伸投手です。
山本投手は、初戦を落とした2戦目に先発。1失点で完投し勝利投手となりました。翌日の第3戦は7回の裏にドジャースが同点として延長戦となりました。その後、試合は膠着して18回を迎えます。両チームとも総力戦となり、ロジャースもピッチャーを使い果たしました。
残っていたのは、前日完投を果たした山本投手のみです。そして、山本投手は、18回の裏の攻撃時、「いけます」との声とともにブルペンで投球練習を開始したのです。その姿を見たフリーマンは、「彼に投げさせてはいかない。」と自らの打席でさよならホームランを打って試合を決めたのです。
そして、ブルージェイズが3勝で王手をかけた第6戦。山本投手が再び先発します。この試合も山本は好投を見せ、8回まで投げて1失点に押さえて2勝目をあげます。その日の夜の会見では、「明日も投げますか。」との記者からの質問に「行けと言われれば行きますけど、できれば応援を頑張りたい。」と笑いながら語りました。
3勝3敗で迎えた運命の第7戦。試合はドジャーズビハインドも7回にロハスが1点差にせまる読み勝ちのソロホームラン。そして、9回表の土壇場では捕手のウィル・スミスが起死回生の同点ソロホームランを放ち、試合は延長戦へともつれこみます。そして、9回裏、なんと、前日8回まで投げた山本投手がマウンドへとあがったのです。そして、11回に及ぶ延長戦を制したのはロジャースでした。幕切れは劇的でした。
山本由伸投手は、このシリーズ3勝をあげて、見事MVPを受賞したのです。感動しました!
(山本由伸投手MVPおめでとう! full-countHP)
さて、トピックスはこのくらいにして本題です。
11月も残り1週間となり、いよいよ師走の声が聞こえてきます。日本の師走といえば、なんといってもベートーベンの交響曲第九番「合唱付」ですね。今週は、久しぶりに本屋さんで見つけた「第九本」を読んでいました。
「ベートーヴェン《第九》の世界」
(小宮正安著 岩波書店 2024年)
【第九はなぜ我々に響くのか】
拙ブログに訪問していただける皆さんは、これまでもこのブログでベートーベンと第九について何度か語られていることを覚えている方もいらっしゃるかもしれません。
クラシックは、過去の作曲家が創造した音楽を現代の指揮者と演奏家が奏でる「再現芸術」です。従って、指揮者が変われば楽譜の解釈も変わり演奏時間が変化します。また、オーケストラが変われば、弦の音も管の音もティンパニの音も変化します。
この本の「はじめに」に登場するのは、イギリスの指揮者サイモン・ラトルです。筆者は2000年と2002年にウィーン楽友協会で同じサイモン・ラトル指揮、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団の第九を聞いたそうです。ところが、その演奏が全く別物の演奏だったことに気づいて、その変化に驚いたとのエピソードから話を始めます。
その2000年の演奏ですが、その日は特別な日でした。
この演奏があった日の夕方、オーストリアの「マウトハウゼン」で同じ顔ぶれでの第九の演奏会がありました。マウトハウゼンは、ナチス時代にユダヤ人強制収容所があった場所で、この日は強制収容所解放から55年を迎えた節目の記念日だったのです。主催者は、当時ホロコーストの被害者であったユダヤ人の団体で、そこで演奏された第九は、当時強制収容所で重労働の末にガス室で殺された多くにユダヤ人を追悼するための祈りの演奏でした。
当時、ナチスドイツと合併していたオーストリアにとっては大きな負の遺産であり、ラトルとウィーンフィルがユダヤ人の追悼のために演奏することには内外から様々な意見がありました。賛否両論が世間を賑わせ、さらに緊張と精神的重圧の中、演奏は空前絶後のものだったといいます。
「第九」は、交響曲としてひとつの作品にしか過ぎません。宗教音楽でも賛美歌でもない第九が、なぜこうした場で演奏されるのか。著者はその秘密にせまろうとします。
ご存じのように「第九」の第四楽章には、文豪シラーの「歓喜に寄す」の詩が歌詞として採用され、合唱が付されています。筆者の専門はヨーロッパ文化史、ドイツ文学であり、その深い知識から繰り出される数々の事実が、作曲当時の歴史的背景、シラーの詩と、それに新たな言葉を加えたベートーベンの詩の分析によって明かされていくのです。
(岩波新書「《第九》の世界」amazon.co.jp)
まずは、この本の目次を見てみましょう。
はじめに 西洋音楽史を塗り替えた「第九」
第1章 死者もまた生きるのだ!
-混乱する改革と「第九」への道
第2章 堪え忍べ、よりよい世界のために
-混迷する政治体制と「第九」の萌芽
第3章 その方を星の輝く天幕の彼方に探せ
-理想の希求と「第九」誕生への道
第4章 さあ声を合わせよう、より喜びに満ちた音に
-未知への挑戦と「第九」の誕生
第5章 それができない者は、そっと立ち去るがよい
-初演の経緯と19世紀の「第九」
第6章 進め、兄弟よ、君たちの行く道を
-激動の現代と「第九」の変容
おわりに Move your beautiful body!
ドイツ文学を研究する著者らしく、目次の表題はシラーの「歓喜に寄す」などの詩から選ばれていますが、そのそれぞれに「第九」の歴史とそこに込められた意味が語られています。
【革新的だった第九のパワー】
この交響曲は、第四楽章のクライマックスに男女の壮大な合唱を描きこんだ前例のない楽曲であり、その合唱だけでもその革新性が抜きに出ていますが、それ以外にも演奏時間60分以上の交響曲は、当時他に例がありません。その他にも多くの新機軸が盛り込まれていますが、その革新性は、この本の第四章に余すことなく語られています。
この本の面白さは、シラーがどのように「歓喜に寄す」を創作し、その詩作をなぜベートーベンが交響曲に取り入れ、何を語りたかったかとういう核心を、当時のヨーロッパで起きていた歴史を背景にみごとに分析し尽くしている点です。
シラーが「歓喜に寄す」を書いたのは、1785年。その出版は1786年です。ベートーベンがこの詩を読んだのは20代の頃(1792年頃)と言われています。そして、ベートーベンが第九の作曲に取り組み始めたのは、1822年頃、第九の初演は1824年のことでした。そこには30年もの歳月が流れていました。
この30年、ヨーロッパは怒濤の時代を迎えていました。フランスでは、1789年に民衆が蜂起しバスティーユ牢獄が襲撃され、フランス革命が勃発します。封建制度を否定する民衆が「自由・平等・友愛」を合い言葉に放棄し、1793年にルイ16世と王妃マリー・アントアネットが処刑され民衆による革命が成し遂げられました。しかし、その後、蜂起した民衆の代表たちは分裂し、殺し合い、ジャコバン派による恐怖政治が始まり、「自由・平等・友愛」の精神は雲散霧消してしまうのです。
シラーは、フランス革命前夜のドイツで民衆の自由・平等をめざす革命を応援することを踏まえて「歓喜に寄す」を創作しました。その精神に若きベートーベンも心を動かされました。しかし、フランス革命による反動から恐怖政治が生まれ、革命が必ずしも幸福につながらないことを知り、ベートーベンの思いも複雑であったと想像できます。
そこに現れたのがナポレオンでした。彼は、フランス革命の反動体制を利用して、「自由・平等・友愛」を体現する者としてフランス軍を統べるようになります。そのナポレオンの台頭にベートーベンも再び革命が体現されると期待を持っていたようです。しかし、ナポレオンは反革命からフランスを守るとの大義の下、周辺の国々を征服し、ドイツ、オーストリアの領土を我が物として自らを「皇帝」と称し独裁者となります。
(フランスを熱狂させたナポレオン wikipediaより)
そして、その後ナポレオンの敗北と没落、そしてウィーン会議(1815年)による反動政治と保守政治と時代は大きく動いていくことになります。そんな中で第九の時代がやってきます。
シラーの語る「歓喜」は、現実に至るように見えて潰えた夢とも言えるのです。
しかし、ベートーベンは、革命や反革命という現実を超えて「歓喜」につながる「闘い」を続ければ、その先に幸福と歓喜の世界がやってくるのだ、との想いを胸にこの交響曲第9番を作曲し、さらにその最終章に「歓喜に寄す」を作り出したのだといいます。
そして、著者はそこから現在に至る「第九」の系譜をも語っていくのです。
さて、これまで拙ブログでは「第九」に関して、2冊の本を紹介しました。それは、「交響曲『第九』の秘密-楽聖ベートーヴェンが歌詞に隠した真実」(マンフレッド・クラメス著 ワニブックスPLUS新書 2017年)と「第九 ベートーベン最大の交響曲の神話」 (中川右介著 幻冬舎新書 2011年)の2冊です。(題名をクリックするとブログにアクセスできます。)気になる方は、こちらもご覧ください。
どちらも面白い本でしたが、今回の本は「第九」に通底する歴史をも教えてくれる、とても興味深い本でした。ちなみに本書の著者、小宮正安氏は、14年前に紹介した「モーツァルトを『造った』男 ケッヘルと同時代のウィーン」 (小宮正安著 講談社現代新書 2011年)の著者でもあり、久しぶりにその著に触れて心が躍りました。(同じくクリックでジャンプします。)
12月は第九の季節、皆さんもこの本を読んで第九の予習をしてはいかがでしょう。より深く第九の世界へといざなわれること間違いなしです。
それでは皆さんお元気で、またお会いします。
〓今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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