小説(日本)一覧

真山仁 富永検事、沖縄で何が・・・

こんばんは。

  名探偵は事件を呼ぶといいますが、名検事もしかり。

  真山仁さんの富永検事シリーズは、「証拠」と「真実」に徹底的にこだわる主人公が国家に関わる巨悪に挑んでいく物語が綴られます。

  真山仁さんが山崎豊子さんの「白い巨塔」を読んで感動し、緻密で膨大な取材に基づいた小説を作りたいと志した話は有名です。「ハゲタカ」シリーズをはじめ、日本の原子力発電技術を描いた「ベイジン」、さらには日本の政治と総理大臣を描いた「コラプティオ」など、その小説の面白さは独自の色彩を放っています。

  その小説の面白さは、ひとりひとりの人間をキチンと描いていく描写力と、その登場人物たちが巻き込まれていくリアルな状況が、息つく暇もなく新たな状況を生み出していく、手に汗を握るストーリーテリングの妙にあります。

  この富永検事シリーズもそんな真山マジック満載の傑作です。

  今回は、昨年文庫化された第三作を読んでいました。

「墜落」(真山仁著 文春文庫 2025年)

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(真山仁著文庫版「墜落」 amazon.co.jp)

【まるで小説のような解散総選挙】

  ところで、28日に行われた衆議院の解散に伴う総選挙。60年ぶりの真冬の衆議院選挙となりましたが、東北や北陸の豪雪地域では短期間の公示期間で、選挙ポスターでの公示や投票券の発送など、必死の準備に奔走した自治体職員の皆様には感謝しかありません。

  解散は国会開催日の123日、公示が同27日、選挙投票日が28日。解散から投票日まで16日間という日程は前代未聞ですが、この深く吟味する余地を与えない電光石火の選挙が高市早苗総理大臣の決断力と行動力の無謀さを物語っています。

  結果は、前代未聞の自民党大勝利だったので、高市さんの作戦勝ちというほかはありません。

  それにしても、解散時の自民党の衆議院での議席は198議席、選挙後の議席は316議席。衆議院の総定数は465議席ですので、過半数割れの状況から一気に「3分の2」を超える議席を獲得することを誰が予想し得たでしょうか。

  一方で、今回の解散総選挙に伴って、衆議院の旧立憲民主党と旧公明党が合体して結成した「中道改革連合」は、解散時167議席あった議席数が、49議席に激減するという、こちらも前代未聞の大敗北となりました。

  この結果を投票した我々も驚いている、というのが正直なところです。

  今回の選挙には、日本人の特異性がそのまま反映されているのではないでしょうか。

  それは、熱しやすく冷めやすい「ええじゃないか」気質と言ってよいと思います。今回の選挙の投票率は、56%程度だそうですので、これまでの選挙の中では比較的多くの国民が投票したことになります。これは、これまで政治に関心が薄かった人たちが、「高市推し」に向かったことが大きな要因だと思います。

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(江戸時代末期「ええじゃないか」の図 wikipediaより)

  現在日本では、疲れた日々を癒やしてくれる「推し」が大きなブームになっています。それは、アイドル推し、BL推し、アニメ推し、ドジャース推し、サムライジャパン推し、サウナ推し、などなど人の数だけ推しがあるといっても過言ではありません。

  もともと、生き物には「共感」するという本能が備わっており、「生きる」ことに有利となるように同じ種が「共感」することで、厳しい社会を生き抜いていくことができるようです。この「共感」が癒やしを生んで「推し活」がストレスを解消することになります。

  特に日本人は、弥生時代の昔から村社会を形成して、村一丸となって物事を成し遂げるモデルを作り上げてきました。江戸幕府はこの「共感」を逆手にとって村単位での監視社会や、士農工商非民という階層を作ることで、不満のガス抜きを行ってきました。日本人は数千年にわたって「共感」能力を磨き続けてきたのです。それは、熱しやすく冷めやすい民族を作り出す元となりました。

  その気質は、例えば、江戸時代末期に「ええじゃないか」と音頭をとりながら町を踊り歩く行動が一大ブームとなり、日本各地で熱狂的な踊り狂いが社会現象となりました。また、戦前には「ほしがりません勝つまでは」とのスローガンに象徴されるように、軍のプロパガンダにすべての日本人が踊らされ、日本は「戦争」一色に染まりました。さらに戦後には、アメリカの統治下にて、すべての日本人が「民主主義万歳」を唱えることとなりました。

  ことほどさように、我々日本人は「共感力」が高く、「熱しやすく冷めやすい」のです。

  我々の「推し活」もこの「共感力」に支えられていますが、今回の解散総選挙はこうした「高市推し活」を巧みに利用した高市解散がもののみごとに奏功したのではないのでしょうか。確かに、高市総理は「強い経済、強い日本」を再び取り戻すために、「働いて、働いて、働いて、働く」と公約しています。

  しかし、民主主義は数の世界ですので、戦前の日本やドイツをみればわかるとおり、政治が多数を握れば熱狂を生み、破滅へと向かっていくこともあり得ます。ドイツの人たちもワイマール共和国の時代にまさか独裁者が生まれるとは思っていなかったはずです。日本もしかり。

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(1936年ナチス政権下開催のベルリンオリンピック)

  我々も我が国の政治家たちが数の論理で走り出さないよう、よく見極める必要があると思います。「現実は小説よりも奇なり」、とは真実を言い当てているのです。

【富永検事、沖縄に赴任する】

  さて、小説の話に戻ります。

  真山仁さんの小説は、真山チームによる稠密な取材に基づいて構築されており、毎回、現代日本が抱える大きな課題を浮き彫りにしてくれます。さらに、エンターテイメントとして、それを読む面白さを兼ね備えているところにその魅力があります。

  今回、真山氏が自らの分身とも言える富永検事の活躍の場に選んだのは沖縄です。

  昨日、第二次内閣を発足させた高市総理ですが、昨年117日の衆議院予算委員会で台湾有事に対する答弁により中国の怒りを買い、日中関係は尖閣諸島の問題以来の厳しい状況となっています。中国は、日本の水産品の輸入自粛や日本への渡航自粛を自国民にほぼ強要するのみではなく、国連や国際会議の場でも日本の発言を日本の再軍備化の象徴であるがのごとき初弁を繰り返しています。

  沖縄は、台湾に最も近い場所に位置しており、そこには在日米軍基地が集中しています。その敷地は、日本の0.6%にすぎませんが、米軍基地の70%が沖縄に集中しており、その面積は沖縄本島の15%を占めています。

  そして、中国は常に尖閣諸島を中心に領海、領空付近に中国人民解放軍を派遣しています。

  領空に関しては、日常茶飯事のごとくに中国人民軍の主力戦闘機が出没します。彼らの目的は、日本のカウンター能力を確認することだと言われていますが、台湾発言で揺れている昨今は、その頻度が増えているようです。今回、小説のメインストーリーは、この自衛隊のスクランブル発進で利用されている米国製高速度ジェット戦闘機F-77を巡って繰り広げられる物語となります。

  さて、このシリーズは、毎回、多彩な登場人物たちの視点から物語が進行していくことが大きな魅力の一つとなっていますが、今回はその語りによる面白さはますます際立っています。

  まず、スクランブル発進する航空自衛隊のエースパイロット、我那覇瞬。その操縦技量と沈着冷静な判断は群を抜いており、まさにエースです。そして、防衛大学を首席で卒業し、抜群の技量を持つ女性パイロット荒井涼子。二人は、スクランブル発進の時にチームを組んでいます。

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(自衛隊最新戦闘機F-35 wikipediaより)

  一方、沖縄では米軍基地に土地を貸している「軍用地主」は、多額の賃料を受け取っています。小説の登場人物である金城昇一と長男の一(はじめ)は、養豚事業やレストラン経営で成功して巨万の富を築き、さらには軍用地主として年間3億円もの賃料を得ている大富豪です。

  こうした沖縄基地を巡るの複雑な事情の一方で、沖縄には松山という歓楽街があり、そこには新宿歌舞伎町のトーヨコのように未成年の男女が大勢集まっています。そこでは、10代の女性が身を売って日々を暮らし、10代にして子供を産む女性も多くいるといいます。しかし、トーヨコと異なっているのは、そこにいるティーンエージャーたちが皆、とても明るく騒いでいる光景です。

  小説の重要な登場人物として登場する金城一の妻、華はそうした女性の一人です。10代にして、金城一の子供を産み、若くして3児の母なり、今は、沖縄で身寄りのない子供たちの面倒を見ているフローレンスこども園の手伝いをしています。華もかつてこのこども園で生活しており、家族の愛情に人一倍あこがれを抱いている女性なのです。

  ここに、登場するのが、那覇地方検察庁への異動が決まった富永検事が赴任してくるのです。過去、東京地検特捜部で巨悪の検挙に奔走した富永は、アメリカ大使館員の不正ビザ発給詐欺を追っていましたが、同盟国の事件をもみ消そうとする日本政府からの圧力によって「事件はなかったことにする。」との結論を最後に、東京地検特捜部から異動することになったのです。

  その富永を待っていたのは、前任者が残したある殺人事件でした。それは、沖縄の大富豪、金城昇一の跡取り息子が、自宅のマンションで殺害されるという殺人事件でした。その犯人は、被害者である金城一の妻、華だったのです。警察官が現場に駆けつけたとき、華は無残な死体の前に血だらけで佇んでいました。その手には血のついた包丁が握られていたのです。

  そして、物語は、様々な登場人物が物語を織りなしていき、進んでいきます。そのみごとなスト-リーテリングに、思わずページをめくる手を押さえたくなります。

  そんなとき、中国の戦闘機がまたしても領空区域に接近します。24時間体制で監視している沖縄基地の管制塔からスクランブル発進の指令が発せられ、ジエ板野の戦闘機F772機が発信し、領空区域にて中国機に警告を発します。その日、中国機にはこれまで知られていない彼我不明機(アンノウン)が一緒に飛行していたのです。アンノウンを追尾するF-77機。しかし、中国機は、日本領空を犯すことなく引き返していきました。さらに米軍機までもが登場し、F-77には、帰投指令が発せられます。

  しかし、事態は思わぬ方向へと動いていきます。帰投すべきF-77は、突然急降下をはじめ、一直線に墜落してしまったのです。

  そして、事件は、アメリカ軍基地、本土の防衛庁、沖縄県知事を巻き込んで大きなうねりへと発展していきます。さらに、そこに前作で富永検事と渡り合った暁星新聞の敏腕記者、神林裕太までが登場し、物語は息もつかせぬ展開を見せていくのです。


  この小説は、これまでのシリーズの中でも、最も読み応えのある作品です。後半には、現防衛大臣である小泉大臣を思わせる防衛大臣も登場し、我々を存分に楽しませてくれます。そして、物語の最後を飾る思いがけない真実。そこには、今、最も旬な話題であるAI(人工知能)も関わってくるのです。

  皆さんも是非この本で、社会派小説の面白さと問題提起を味わってください。その深さに時間を忘れて引き込まれること間違いなしです。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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松岡圭祐 007は二度死んだ!?

こんばんは。

  第二次世界大戦中にイギリス海軍の諜報機関で仕事をしていたイアン・フレミングは、終戦後、新聞社に勤務する傍ら、休暇時にはジャマイカの別荘で小説を執筆していました。その小説が、後にベストセラ-となり、映画化された007シリーズでした。

  第一作「カジノ・ロワイヤル」が発表されたのは、1953年。フレミングは、ここから年1作のペースで007の作品を執筆し、1964年に上梓されたシリーズ11作目の作品が「007は二度死ぬ」です。この間に、フレミングと007を取り巻く環境は大きく変わっています。

  まず、1961年にアメリカのライフ誌に掲載された当時のケイネディ大統領がお気に入りの本に、第5作に当たる「ロシアより愛をもめて」が入っていたことから、この作品がベストセラーとなり、フレミングは一躍有名人の仲間入りをしました。

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(イアン・フレミングのブロンズ像 wikipediaより)

  さらに、1961年、第6作目「ドクター・ノー」を原作とした映画が公開され、大ヒットして、フレミングは007の生みの親として、全世界にその名を知られることとなったのです。ちなみに、日本で公開された映画の邦題は「007は殺しの番号」でしたが、その後、リバイバル上映時に「ドクター・ノー」と改題されています。

  こうして、イアン・フレミングが描いたジェームズ・ボンドは、シャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンに並んで世界のアイコンとなったのです。

  残念なことに、彼は1964年、第12作目の作品「黄金の銃を持つ男」を校正している最中に心臓麻痺でかえらぬ人となり、それ以降、ジェームズ・ボンドの新作は読むことがかなわなくなったのです。しかし、ジェームズ・ボンド愛は消えることはありませんでした。その後も、イアン・フレミング財団がふさわしい作家を選定し、007の新作を発表し続けています。

  そして、日本にもジェームズ・ボンドを心から愛する作家がいたのです。

  今週は、日本を舞台に描かれた007の物語を読んでいました。

「タイガー田中」(松岡圭祐著 角川文庫 2024年)

007の日本での活躍】

  007好きの皆さんは、日本を舞台にした007作品といえばすぐにその名がよみがえってくると思います。そうです。その作品が1963年に発表された第11作「007は二度死ぬ」なのです。

  この作品は、1967年にジェームズ・ボンドシリーズの第5作目として映画化されました。ここまでボンドを演じてきたショーン・コネリーはこの作品を持ってジェームズ・ボンド役から一度引退することになります。映画の舞台も原作通り日本となっており、映画はそのほとんどのシーンが日本ロケで撮影され、当時も大きな話題となりました。

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(「007は二度死ぬ」映画ポスター 007-seris.com)

  今回の本の題名「タイガー田中」とは、まさにこの作品における日本側の諜報機関(公安外事査閲局)の責任者である田中虎雄そのひとなのです。

  田中虎雄は、その名前からか外国人からタイガーと呼ばれており、映画では当時、丹波哲郎が演じていました。そして、彼ら諜報員の訓練場となっていたのが姫路城でした。この映画では、東京オリンピック開催後のモダンな東京の姿も描かれていましたが、タイガー田中率いる諜報員たちは、忍者の伝統を受け継いでおり、日本の柔道に代表される武道や剣術、手裏剣などが登場し、やはり日本はタイピカルに描かれるのだな、と感じさせるものでした。

  しかし、監督のルイス・ギルバートは、アクション映画も得意としており、007映画の魅力を存分に描いてくれました。ジェームズ・ボンドといえば、ボンド・ガールですが、日本の女優、若林映子と浜美枝が抜擢されました。特に浜美枝は、宿敵プロフェルドが拠点とする離島に潜入するために偽装結婚する離島の海女を演じており、映画の鍵を握る女性となります。

  そして、ボンド映画を彩る新兵器。毎回、ボンドに新たな兵器を引き渡すのは、おなじみQと呼ばれる諜報員です。今回Qが持ち込むのは、一人乗りの小型ヘリコプター(正しくはオートジャイロト呼ぶそうです。)「リトル・ネリー」です。4つのトランクから取り出された「リトル・ネリー」にタイガー田中は「おもちゃのヘリコプターか?」と驚きますが、実は強力な装備を備えていたのです。

  機首には、7.7ミリ機関銃が2門。機体の下に熱感知追尾式のミサイル2基を搭載。さらには、後方に向けた火炎放射器と煙幕発射装置、そして、落下傘投下方式の空中爆雷を備えているスーパーオ-トジャイロなのです。映画では、敵基地を飛び立った数機のヘリコプターとの空中戦が繰り広げられ、ボンドはオートジャイロの武器で敵を壊滅させるのです。

  この日本を舞台にした007作品は、痛快でジェームズ・ボンドの魅力が詰まった楽しい映画でした。

  今回ご紹介する本は、「007は二度死ぬ」の後日談となる物語なのです。

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(文庫「タイガー田中」 amazon.co.jp)

【映画は原作に忠実なのか?】

  さて、小説「タイガー田中」は、確かに「007は二度死ぬ」の後日談として、ジェームズ・ボンドを描く小説なのですが、それは、映画の後日談なのではなく、小説「007は二度死ぬ」の後日談です。

  イアン・フレミングのボンド小説は、第12作目までとなりますが、そのストーリーは引き継がれる形となって進んでいきます。例えば、小説としての「007は二度死ぬ」は第11作目となりますが、そのストーリーは10作目の作品「女王陛下の007」を引き継ぐ形で語られていきます。

  「女王陛下の007」で、ボンドはコルシカマフィアのボス、マルク=アンジェ・ドラコの娘であるトレーシーと恋に落ちて、物語の最後に結婚することになります。ところが、結婚式を挙げ、新婚旅行に向かう車が、悪の組織スペクターの首領であるプロフェルドに急襲され、トレーシーは銃撃によって殺されてしまうのです。

  「007は二度死ぬ」でのボンドは、前作で妻を殺され、失意のうちに酒浸りとなり007としての仕事ができなくなってしまいます。そこで、上司のMが彼を立ち直らせようと、007の名称を7777号と改めて、日本が開発した暗号機「マジック44」の受け取りという任務のため、日本に送り込むのです。小説「007は二度死ぬ」はこうして始まることになります。

  ところが、映画では、「女王陛下の007」よりも「007は二度死ぬ」が、先に制作されました。つまり、妻が死んだ話から話をつなげるわけにはいかないのです。(ちなみに次作の「女王陛下の007」ではほぼ原作通りのストーリーが展開しています。)

  映画は、小説とはまったく異なる設定となり、プロフェルドは米ソの宇宙衛星をそれぞれ拉致して、米ソに戦争を引き起こさせようと企むことになります。そして、そのためのスペクターの基地が日本の離島に存在するとの物語となったのです。

  ですので、今回の小説「タイガー田中」の主人公である田中虎雄は、丹波哲郎演じたタイガー田中とは異なり、原作通りに諜報機関の責任者らしい慎重かつ、大胆、さらに経験豊富な諜報員の長という設定になっています。

【タイガーとボンドの活躍 in NIPPON

  原作「007は二度死ぬ」では、九州の鹿児島から離れた黒島にあるプロフェルドの基地に侵入したボンドが、プロフェルドとの一騎打ちとなり、プロフェルドを倒します。しかし、そのときに受けた刀傷が原因で記憶喪失となり、黒島で偽装結婚したキッシー鈴木と結婚生活を送ることになりのです。そして、キッシー鈴木はボンドの子供を身ごもることになるのですが、ある日、太郎と名前を変えたボンドは新聞記事にあった「ウラジオストック」という地名に衝撃を受けます。そこには記憶を呼び覚ます何かがあるはずだ。太郎(ボンド)は、そこに行けば何かを思い出すはずだ、と感じてウラジオストックに向かうのです。

  と、小説「007は二度死ぬ」はここで終わります。

  そして、いよいよ今回の小説「タイガー田中」の幕が開くことになるのです。

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(緊迫の舞台 神戸ポートタワー prtimes.jpより)

(以下、ネタバレあり。)

  物語は、北海道の稚内港から始まります。

  ここで登場するのは、公安外事査閲局の課長宮澤とその部下、斗蘭(トラン)となのる若い女性局員。そして、原作、映画にも登場した話し好きのオーストラリアの外交官ヘンダーソンです。3人は、埠頭に停泊している連絡船を監視しているのです。その連絡船は、ウラジオストックに向かう船。3人は、ウラジオストックに渡ろうとしている太郎ことジェームズ・ボンドがこの船に乗るとの情報を得て、張り込んでいるのです。

  そして、ボンドが現れます。連絡船に乗り込むボンド。斗蘭はボンドを追いかけて連絡船に乗り込むや、その後を追って船内を駆け巡り、彼を追い詰めます。しかし、拳銃を彼に向けあきらめるように説得しようと語った刹那、突然、船内で爆発が起こり、そこに乗じたボンドは狭い窓から海へと身を翻します。それを追って斗蘭も海へと飛び込みますが、ボンドを取り逃がしてしまうのです。

  小説は、いきなりアクションシーンから始まります。

  斗蘭は、田中虎雄の娘。ロンドンで生まれ、父親とはほとんど一緒に暮らすことはなく日本に戻り、なぜか父親の部下となっているのです。ここから、田中虎雄は、記憶を失ったボンドが太郎として暮らしていた黒島で、夫婦であったキッシー鈴木と面談し、ここまでのいきさつが語られることになります。

  ボンドは、プロフェルドと差し違えて死んだ。そう報告されていましたが、実は黒島で生きていたのです。ボンドが生きている、との情報はアメリカにもソ連にも伝えられ、アメリカは元CIAのフェリックス・ライター(「ドクター・ノオ」に登場した仲間)を日本に送り込みました。そして、ソ連の暗殺組織スラッシュは組織NO.2の暗殺者、アキム・アバーエフを、ボンド抹殺指令の下、日本に送り込んだのです。

  そして、そこにコルシカマフィアのボス、マルク=アンジェ・ドラコが娘のとむらい合戦に参戦すべく日本にやってきます。

  さらに、黒島の古城でボンドに殺されたと思われていたプロフェルドは、どうやって逃げたのか、田中たちの前に現れ、スペクターとして当時の総理大臣池田勇人あてに恐るべき要求を突きつけてきたのです。その要求を聞かなければ、大規模破壊によって多くの人命が失われる、との脅迫状を送りつけてきたのです。

  記憶を失ったボンドを巡り、交錯する米ソ、ボンドはみつかるのか。そして、日本政府を脅迫するプロフェルドの本当の狙いは何なのか。そして、なぜか日本側の情報が米ソ、そしてプロフェルド側に漏れている、一体、それは何者の仕業なのか。

  諜報合戦と、銃撃戦、そしてど派手なアクションシーン。小説は、息つく暇もなく次から次へと新たな展開を続け、我々はそこに巻き込まれていくのです。

  こんなに面白い小説は、久しぶりに読みました。皆さんも、日本を舞台にした手に汗握るスパイ小説を味わってみてはいかがでしょうか。時間を忘れて読みふけること間違いなしです。


  今年は、温暖化の影響か、寒暖の差が著しく感じます。皆さんも体調に気をつけて、どうぞご自愛ください。2025年もあとわずかです。皆さん、どうぞよいお年をお迎えください。

それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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辻村深月 人の心をつなぐ使者再び

こんばんは。

  近年、春夏秋冬の区切りが曖昧になってきて、日本の四季も徐々になくなりつつあるように思えます。今年も2月から3月にかけて冷え冷えする日もあれば、夏日と言われる気温が話題となる日もあり、「春」の立ち位置がどんどん霞んできている気がします。

  それでも、我々の心を癒やしてくれる桜(ソメイヨシノ)の開花は今年も我々を楽しませてくれます。

  温暖化によるソメイヨシノが咲かなくなる、との話題も世間を賑わせていますが、今年も桜前線は順調に日本を北上しており、私の住むサイタマも3月31日現在、見事な満開の桜に恵まれました。幸せなことに、近所にはお花見のメッカと言われる神社と公園があり、毎日、気軽に桜を楽しむことが出来ます。公園は、浦和駅から住宅地への途中にあり、たくさんの人が公園を通勤通学経路として利用しています。

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(つきのみや公園 満開のソメイヨシノ)

  この通路の中央あたりで立ち止まり、ぐるりと体を巡らせれば、360度満開の桜を目にすることができ、まさに楽園の気分を味わうことが出来ます。今の時期は、老若男女すべての人々がこの通路の途中で立ち止まり、スマホ片手に写真を撮っています。もちろん、私も毎日つられてシャッターを切ることになります。

  本当に幸せなひとときを味わうことが出来ます。寒いけど春です。

  「桜」と言えば、今週読んだ小説でも桜が感動を呼ぶアイテムとなっていました。

「ツナグ 想い人の心得」

(辻村深月著 新潮文庫 2024年)

【故人との縁をツナグ使者】

  小説「ツナグ」は、2010年に上梓された辻村深月さんの作品で、2011年にはこの小説で吉川英治文学新人賞を受賞しています。さらに著者は翌年に短編集「鍵のない夢を見る」で直木賞を受賞し、辻村深月ブームといえるほど多くの読者に読まれました。

  私もその一人で、2012年に文庫本が発売されると、映画化の話題にもつられて購入し、一気に読みました。そのときの感動は、201211月の拙ブログで紹介しています。

  深月さんの小説の魅力は、そこに描かれる人物たちのまさに琴線と言ってもよい繊細な心の動き方です。読者は、その小説の登場人物とひとつになって、一緒に心を動かされ、読み終わると喜び、悲しみ、哀愁、切なさを感じることになります。前作「ツナグ」では、5つの作品がそれぞれの登場人物の一人称で描かれ、それぞれが異なる感動を我々に残してくれました。

  あれから10年以上が経ってもその感動の余韻は心に残っています。本屋さんの平積みでその続編を見たとき、迷わずのカウンターへと走ったのは当然のことでした。

(以下、ネタバレあり)

  さて、小説の題名である「ツナグ」は、漢字で書くと「使者」と表されます。いったい何の使者なのか。それは、今はこの世にはいない故人と生きている人とをつなぐ使者なのです。死者と生者をつなぐ死者。まるでオカルト小説かSF小説に出てきそうな設定ですが、深月さんの「筆」にかかると、それはまさにリアルな今そのものとなるのです。

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(文庫版「ツナグ」 amazon.co.jp)

  我々は、何らか故人に会わなければならない縁(えにし)が生じたときに、どこからともなく「ツナグ」の携帯電話の番号を知ることになります。そして、疑心暗鬼となりながらもその番号に連絡を取り、心に葛藤を秘めながらも故人に会いたいとの申し入れを行います。

  この使者とは、霊界の人なのか。

  さにあらず、「ツナグ」は「秋山家」という永く続いてきた占い師の一族に託された役目です。なるほど陰陽師の家であれば、ありそうな話ではあります。秋山家では、代々この「ツナグ」を継承してきました。前作では、秋山家から渋谷家に嫁いだ75歳となる渋谷アイ子がツナグを務めていましたが、心臓に病気を抱えており、その役目を孫の渋谷歩美に引き継ぐことが語られます。

  「ツナグ」は、ご縁があり、ツナグへの携帯電話番号へと連絡が来た人から、誰に会いたいのかを聴きます。その相手はすでに故人である死者。「ツナグ」は、秋山家に伝えられる特殊な鏡を使って死者の世界に連絡を取り、依頼人が会いたい死者に依頼人が面会を希望していることを伝えます。死者は、生者とは一度しか会うことが出来ないので、面会を断ることが出来ます。

  死者から面会を断られた場合、「ツナグ」はその旨を依頼人に伝えます。依頼人は、あきらめてもよいし、他の死者との面会を希望することも出来ます。

  前作の最終編は、この「ツナグ」の物語でした。

  17歳、高校生の渋谷歩美(男性です)はすでに両親を亡くしています。父親は、かつてツナグでしたが、母親とともにあるときに亡くなっています。アイ子は、亡くなった息子からツナグを引き継いだのですが、そこには哀しいいきさつがありました。そのいきさつは、ぜひ前作を読んで味わってください。感動すること間違いなしです。

【ツナグ続編の面白さ】

  さて、この連作には作品ごとに「○○の心得」という題名が付されています。

  前作では、「アイドルの心得」、「長男の心得」、「親友の心得」、「待ち人の心得」、「使者の心得」の5つの題名がならびますが、この題名は、どんな人が依頼人または故人であるのかのヒントになっています。最終編の「使者」とは、まさに「ツナグ」のことです。

  今回の5つの続編にも、シリーズどおりの題名が付されています。「プロポーズの心得」、「歴史研究の心得」、「母の心得」、「一人娘の心得」、「想い人の心得」。

  前作では、5つの物語はそれぞれ異なる依頼人からの独立したエピソードが並んであり、最終話において語り手が「ツナグ」を引き継ぐ渋谷歩美が務めることで、作品全体をまとめるとの体裁を取っていました。続編である本作で、著者はさらなる創意工夫をほどこしています。

  前作紹介のブログで、深月さんの自由自在な一人称使いの妙を紹介しましたが、この作品はそれぞれの物語で語り手が異なります。基本的には、依頼人が語り部となっているのですが、この続編ではその手法を踏襲しながらも、著者の手腕はさらに進化を果たしています。

  今回の最初の物語「プロイポーズの心得」は、お約束通り依頼者である若き役者が語り部となります。この役者は、特撮ヒーローものの主役を演じたことから世間に知られることとなった若者です。(余談ですが、深月さんは映画化されたツナグの主役、松坂桃李さんをイメージしてこの人物を描いたそうです。)彼は、とあることで知り合った女性に心を引かれているのですが、その女性は「ツナグ」の存在を知っており、彼女からその連絡先を聞いて電話しました。

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(映画「ツナグ」ポスター)

  オープニングからワンダーが飛び出します。

  それは、主人公が日比谷の街角にある公園で、突然名前を呼ばれるところから始まります。彼は、声の主を確かめますが、そこに立っていたのは小学校低学年と思われる少女でした。大切な待ち合わせをしていた彼は、少女の扱いに困ります。にもかかわらず、その少女は言います。「ご心配なく、私が、あなたが待っていたツナグです。」

  読んだ瞬間、「あぁ、そうそうこのワンダーだ。」 心の中で、快哉の声を上げました。

  前作のオープニングのワンダーは、ツナグと待ち合わせていた女性が、ボーイズラブ的な高校生から「私がツナグです。」と告げられるシーンでした。本作のワンダーな場面とまさに符合するのです。さらに読み進めていくと、この主人公が心引かれている彼女の名前がどこかで聞いたことがある名前であることに思い当たりました。

  美砂という彼女の名前、記憶をたどれば前作で、とある死者との面会をツナグに依頼した女性の名前と同じではないか。そのフルネームは、嵐美砂。著者の仕組んだワンダーにまんまとはめられてしまったのです。気がついたときには、第一編を「一気に読み終わっていました。

【変幻自在な語りの妙】

   さて、オープニングで登場するツナグですが、8歳の女の子の名前は、秋山杏奈。なんと驚くなかれ、彼女は由緒正しき秋山家の正当な当主なのです。いったいなぜ彼女が歩美の代わりにツナグとなっていたのか。そのいきさつはこの本で解き明かされます。

  この続編のもう一つの押しは、主人公渋谷歩美の成長です。前作では高校生であった歩美ですが、続編では前作から7年が経過しています。ということは、歩美はすでに社会人になっています。いったいツナグと言う役目をこなしつつ、どんな職業についているのか。

  それは、花の渋谷区、代官山にある「つききの森」という木材を使ったおもちゃを取り扱うメーカーです。そこにつながる縁は、この本を読んでもらうとして、歩美はこの会社の企画担当者として仕事をしているのです。この本の第2編から、「つみきの森」で仕事をする歩美の生活が語られていくのです。

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(文庫版「ツナグ 想い人の心得」amazon.co.jp)

  皆さん、教養小説というジャンルをご存じでしょうか。

  代表的な教養小説は、ゲーテの「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」が代表昨と言われますが、トーマス・マンの「魔の山」やディケンズの「ディビッド・コパフィールド」などの名が知られています。

 教養小説は、未熟で純粋な若者が様々な人々との交流や多くの経験を経て、人間として成長していく過程を描いている小説を指すとされています。

  前作から7年。この小説では、ツナグとしても役目をこなしながら、「つみきの森」で仕事をする歩美の姿が、各作品の中で描かれていくことになります。そこには、著者が忍び込ませた絶妙な伏線が張られています。7年前にはすでに亡くなっていた歩美の父親は、祖父に反対されながらもふりーのインテリアデザイナーでした。「つみきの森」が仕事を依頼する木工工房には、歩美の父親もデザイナーとして通っていたのです。その工房では、父親がデザインした椅子が今でも大切に使われており、工房の人たちも歩美の訪問を快く受け入れているのです。

  そして、この続編では、作品が続くごとに歩美の仕事の様子が描かれ、それと同時に歩美の周囲で様々な出来事が巻き起こることになるのです。第4編 一人娘の心得、そして、第5編 想い人の心得では、ツナグの役目を通じて歩美が成長する姿が感動とともに描かれることになるのです。

  この本の表題ともなっている第5編 想い人の心得は、このシリーズの中でも、白眉といってもよい作品となっています。そこでは満開の「桜」が感動を呼ぶアイテムとなるのです。

  小説が好きな方もそうでない方も、ぜひこのツナグシリーズを手にとって読んでみてください。心が洗われるようなワンダーを味わえること間違いなしです。小説を読む楽しみは、この本の中にも宿っていることに間違いありません。


  桜は満開となりましたが、まだまだ花冷えの日々も多くなりそうです。皆さん、どうぞご自愛ください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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辻村深月 人の心をつなぐ使者再び

こんばんは。

  近年、春夏秋冬の区切りが曖昧になってきて、日本の四季も徐々になくなりつつあるように思えます。今年も2月から3月にかけて冷え冷えする日もあれば、夏日と言われる気温が話題となる日もあり、「春」の立ち位置がどんどん霞んできている気がします。

  それでも、我々の心を癒やしてくれる桜(ソメイヨシノ)の開花は今年も我々を楽しませてくれます。

  温暖化によるソメイヨシノが咲かなくなる、との話題も世間を賑わせていますが、今年も桜前線は順調に日本を北上しており、私の住むサイタマも3月31日現在、見事な満開の桜に恵まれました。幸せなことに、近所にはお花見のメッカと言われる神社と公園があり、毎日、気軽に桜を楽しむことが出来ます。公園は、浦和駅から住宅地への途中にあり、たくさんの人が公園を通勤通学経路として利用しています。

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(つきのみや公園 満開のソメイヨシノ)

  この通路の中央あたりで立ち止まり、ぐるりと体を巡らせれば、360度満開の桜を目にすることができ、まさに楽園の気分を味わうことが出来ます。今の時期は、老若男女すべての人々がこの通路の途中で立ち止まり、スマホ片手に写真を撮っています。もちろん、私も毎日つられてシャッターを切ることになります。

  本当に幸せなひとときを味わうことが出来ます。寒いけど春です。

  「桜」と言えば、今週読んだ小説でも桜が感動を呼ぶアイテムとなっていました。

「ツナグ 想い人の心得」

(辻村深月著 新潮文庫 2024年)

【故人との縁をツナグ使者】

  小説「ツナグ」は、2010年に上梓された辻村深月さんの作品で、2011年にはこの小説で吉川英治文学新人賞を受賞しています。さらに著者は翌年に短編集「鍵のない夢を見る」で直木賞を受賞し、辻村深月ブームといえるほど多くの読者に読まれました。

  私もその一人で、2012年に文庫本が発売されると、映画化の話題にもつられて購入し、一気に読みました。そのときの感動は、201211月の拙ブログで紹介しています。

  深月さんの小説の魅力は、そこに描かれる人物たちのまさに琴線と言ってもよい繊細な心の動き方です。読者は、その小説の登場人物とひとつになって、一緒に心を動かされ、読み終わると喜び、悲しみ、哀愁、切なさを感じることになります。前作「ツナグ」では、5つの作品がそれぞれの登場人物の一人称で描かれ、それぞれが異なる感動を我々に残してくれました。

  あれから10年以上が経ってもその感動の余韻は心に残っています。本屋さんの平積みでその続編を見たとき、迷わずのカウンターへと走ったのは当然のことでした。

(以下、ネタバレあり)

  さて、小説の題名である「ツナグ」は、漢字で書くと「使者」と表されます。いったい何の使者なのか。それは、今はこの世にはいない故人と生きている人とをつなぐ使者なのです。死者と生者をつなぐ死者。まるでオカルト小説かSF小説に出てきそうな設定ですが、深月さんの「筆」にかかると、それはまさにリアルな今そのものとなるのです。

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(文庫版「ツナグ」 amazon.co.jp)

  我々は、何らか故人に会わなければならない縁(えにし)が生じたときに、どこからともなく「ツナグ」の携帯電話の番号を知ることになります。そして、疑心暗鬼となりながらもその番号に連絡を取り、心に葛藤を秘めながらも故人に会いたいとの申し入れを行います。

  この使者とは、霊界の人なのか。

  さにあらず、「ツナグ」は「秋山家」という永く続いてきた占い師の一族に託された役目です。なるほど陰陽師の家であれば、ありそうな話ではあります。秋山家では、代々この「ツナグ」を継承してきました。前作では、秋山家から渋谷家に嫁いだ75歳となる渋谷アイ子がツナグを務めていましたが、心臓に病気を抱えており、その役目を孫の渋谷歩美に引き継ぐことが語られます。

  「ツナグ」は、ご縁があり、ツナグへの携帯電話番号へと連絡が来た人から、誰に会いたいのかを聴きます。その相手はすでに故人である死者。「ツナグ」は、秋山家に伝えられる特殊な鏡を使って死者の世界に連絡を取り、依頼人が会いたい死者に依頼人が面会を希望していることを伝えます。死者は、生者とは一度しか会うことが出来ないので、面会を断ることが出来ます。

  死者から面会を断られた場合、「ツナグ」はその旨を依頼人に伝えます。依頼人は、あきらめてもよいし、他の死者との面会を希望することも出来ます。

  前作の最終編は、この「ツナグ」の物語でした。

  17歳、高校生の渋谷歩美(男性です)はすでに両親を亡くしています。父親は、かつてツナグでしたが、母親とともにあるときに亡くなっています。アイ子は、亡くなった息子からツナグを引き継いだのですが、そこには哀しいいきさつがありました。そのいきさつは、ぜひ前作を読んで味わってください。感動すること間違いなしです。

【ツナグ続編の面白さ】

  さて、この連作には作品ごとに「○○の心得」という題名が付されています。

  前作では、「アイドルの心得」、「長男の心得」、「親友の心得」、「待ち人の心得」、「使者の心得」の5つの題名がならびますが、この題名は、どんな人が依頼人または故人であるのかのヒントになっています。最終編の「使者」とは、まさに「ツナグ」のことです。

  今回の5つの続編にも、シリーズどおりの題名が付されています。「プロポーズの心得」、「歴史研究の心得」、「母の心得」、「一人娘の心得」、「想い人の心得」。

  前作では、5つの物語はそれぞれ異なる依頼人からの独立したエピソードが並んであり、最終話において語り手が「ツナグ」を引き継ぐ渋谷歩美が務めることで、作品全体をまとめるとの体裁を取っていました。続編である本作で、著者はさらなる創意工夫をほどこしています。

  前作紹介のブログで、深月さんの自由自在な一人称使いの妙を紹介しましたが、この作品はそれぞれの物語で語り手が異なります。基本的には、依頼人が語り部となっているのですが、この続編ではその手法を踏襲しながらも、著者の手腕はさらに進化を果たしています。

  今回の最初の物語「プロイポーズの心得」は、お約束通り依頼者である若き役者が語り部となります。この役者は、特撮ヒーローものの主役を演じたことから世間に知られることとなった若者です。(余談ですが、深月さんは映画化されたツナグの主役、松坂桃李さんをイメージしてこの人物を描いたそうです。)彼は、とあることで知り合った女性に心を引かれているのですが、その女性は「ツナグ」の存在を知っており、彼女からその連絡先を聞いて電話しました。

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(映画「ツナグ」ポスター)

  オープニングからワンダーが飛び出します。

  それは、主人公が日比谷の街角にある公園で、突然名前を呼ばれるところから始まります。彼は、声の主を確かめますが、そこに立っていたのは小学校低学年と思われる少女でした。大切な待ち合わせをしていた彼は、少女の扱いに困ります。にもかかわらず、その少女は言います。「ご心配なく、私が、あなたが待っていたツナグです。」

  読んだ瞬間、「あぁ、そうそうこのワンダーだ。」 心の中で、快哉の声を上げました。

  前作のオープニングのワンダーは、ツナグと待ち合わせていた女性が、ボーイズラブ的な高校生から「私がツナグです。」と告げられるシーンでした。本作のワンダーな場面とまさに符合するのです。さらに読み進めていくと、この主人公が心引かれている彼女の名前がどこかで聞いたことがある名前であることに思い当たりました。

  美砂という彼女の名前、記憶をたどれば前作で、とある死者との面会をツナグに依頼した女性の名前と同じではないか。そのフルネームは、嵐美砂。著者の仕組んだワンダーにまんまとはめられてしまったのです。気がついたときには、第一編を「一気に読み終わっていました。

【変幻自在な語りの妙】

   さて、オープニングで登場するツナグですが、8歳の女の子の名前は、秋山杏奈。なんと驚くなかれ、彼女は由緒正しき秋山家の正当な当主なのです。いったいなぜ彼女が歩美の代わりにツナグとなっていたのか。そのいきさつはこの本で解き明かされます。

  この続編のもう一つの押しは、主人公渋谷歩美の成長です。前作では高校生であった歩美ですが、続編では前作から7年が経過しています。ということは、歩美はすでに社会人になっています。いったいツナグと言う役目をこなしつつ、どんな職業についているのか。

  それは、花の渋谷区、代官山にある「つききの森」という木材を使ったおもちゃを取り扱うメーカーです。そこにつながる縁は、この本を読んでもらうとして、歩美はこの会社の企画担当者として仕事をしているのです。この本の第2編から、「つみきの森」で仕事をする歩美の生活が語られていくのです。

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(文庫版「ツナグ 想い人の心得」amazon.co.jp)

  皆さん、教養小説というジャンルをご存じでしょうか。

  代表的な教養小説は、ゲーテの「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」が代表昨と言われますが、トーマス・マンの「魔の山」やディケンズの「ディビッド・コパフィールド」などの名が知られています。

 教養小説は、未熟で純粋な若者が様々な人々との交流や多くの経験を経て、人間として成長していく過程を描いている小説を指すとされています。

  前作から7年。この小説では、ツナグとしても役目をこなしながら、「つみきの森」で仕事をする歩美の姿が、各作品の中で描かれていくことになります。そこには、著者が忍び込ませた絶妙な伏線が張られています。7年前にはすでに亡くなっていた歩美の父親は、祖父に反対されながらもふりーのインテリアデザイナーでした。「つみきの森」が仕事を依頼する木工工房には、歩美の父親もデザイナーとして通っていたのです。その工房では、父親がデザインした椅子が今でも大切に使われており、工房の人たちも歩美の訪問を快く受け入れているのです。

  そして、この続編では、作品が続くごとに歩美の仕事の様子が描かれ、それと同時に歩美の周囲で様々な出来事が巻き起こることになるのです。第4編 一人娘の心得、そして、第5編 想い人の心得では、ツナグの役目を通じて歩美が成長する姿が感動とともに描かれることになるのです。

  この本の表題ともなっている第5編 想い人の心得は、このシリーズの中でも、白眉といってもよい作品となっています。そこでは満開の「桜」が感動を呼ぶアイテムとなるのです。

  小説が好きな方もそうでない方も、ぜひこのツナグシリーズを手にとって読んでみてください。心が洗われるようなワンダーを味わえること間違いなしです。小説を読む楽しみは、この本の中にも宿っていることに間違いありません。


  桜は満開となりましたが、まだまだ花冷えの日々も多くなりそうです。皆さん、どうぞご自愛ください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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本城雅人 ロシアの暗く深い森

こんばんは。

  トランプ大統領が就任してからはや10日が経ちました。

  トランプ大統領と言って思い出すのは、1980年代に大ヒットした映画「バック トュー ザ フューチャー」です。天才的なマッドサイエンティストであるドクが発明した空飛ぶスーパーカー「デロリアン」号で、高校生のマーティが時空を旅する物語は、世界を席巻しました。

  この映画の魅力は、マーティが住んでいる家や街を舞台にして、その家族の物語を描くことで観客にリアリティと親近感を感じさせたことです。マーティは、アメリカのどこにでもいる高校生で、第1作は、マーティが1955年、両親が恋に落ちた時代にタイムトラベルすることから物語が始まります。そして、こともあろうに自分のお母さんに一目惚れされてしまう、というワンダーなシチュエーションに観客は引き込まれてしまうのです。

  若き母親の息子への恋が深まるに従って、持ってきた現代の写真からマーティの姿がかすれていく映像にドキドキが高まっていったことをよく覚えています。

  トランプ大統領が登場するのは、第2作。とは言っても本人が出演しているわけではなく、そこに登場するビフと称するボスキャラのモデルとなっているのです。この映画はタイムパラドクスがテーマとなっているのでややこしいのですが、主人公とボスキャラのビフは、第1作で描かれた1955年から第2作の舞台である2015年まで、相対する運命にあります。

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(映画”Back to the futureⅡ” movie walkerより)

  2015年のビフ老人は、マーティが出来心で買った「スポーツ年鑑」がゴミ箱に捨てられているのを見つけ、それを拾います。そして、隙を見てデロリアン号を借用し1955年へとタイムワープ。その時代の自分に、その「スポーツ年鑑」を手渡したのです。その本には、1950年から2000年までの様々なスポーツの結果が掲載されていたのです。

  マーティが元の1985年に戻ってみると、そこでは億万長者となったビフが、ヒルバレーに君臨し、我が物顔に振る舞っていたのです。そこでは、「ビフのカジノパレス」と呼ばれる27階建ての高層ビルを本拠とするビフが、街を支配していました。彼は、こともあろうにマーティの父親を殺害し、昔恋していたマーティの母親と無理矢理再婚していました。

  この1985年のビフのモデルが当時(1989年)のドナルド・トランプだったというのです。

  この映画に出てくる、「ビフのカジノパレス」は、1985年にトランプ氏が建築した「トランプ・プラザ・ホテル・アンド・カジノ」に似ており、そこに住むビフは、当時、ニューヨークで派手な再開発事業を展開し、「アメリカの不動産王」と呼ばれたトランプ氏を思わせるものだったのです。

  映画で描かれる1985年のビフは、欲しいものを手に入れるためには殺人さえいとわない極悪人ですが、トランプ氏とは全く異なるキャラクターです。しかし、大統領選挙で負けると選挙結果がいかさまだとして受け入れず、こともあろうに支持者たちが連邦議会に乱入することまでも煽動する姿を見ると、そのイメージが重なって見えるのは私だけでしょうか。

  トランプ氏は、いくつもの裁判で違法行為を問われ続けながらも、「アメリカ・ファースト」を掲げて支持者たちに夢を与えることを想起させ、みごと第47代アメリカ大統領へと返り咲きました。就任して10日間で、国連世界保健機構から脱退、パリ協定からの脱退、議会乱入者への恩赦、自らの政策に反対する連邦職員の解雇、関税機構の新設、財政政府効率化省新設、などなど矢継ぎ早に大統領令への署名を行いました。

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(大統領令に署名するトランプ大統領 yomiuri.com)

  ウクライナ戦争やイスラエル戦争の停戦にも意欲を見せますが、その語り方は尋常ではありません。イスラエルには、停戦が実現しなければ「双方にとってひどいことになる。」、ロシアには関税課税をちらつかせるなど、ほぼ脅迫とも思えるような発言が続きます。

  トランプ大統領は、実業家として何度となく倒産、破産を経験しており、その都度、復活してきた経歴を持っています。さらには、2004年からはNBCの「アプランティス」というTV番組のホストを務め、この番組は10年以上継続し、大人気を博しました。その押し出しの強さ、カリスマ性は、大統領選でもアメリカ国民の人気を博するのに十分な魅力を醸し出していました。

  トランプ大統領の就任に当たって、世界中の国々がその言動を注目しています。

  それは、警戒の域を超えて、恐れているようです。しかし、トランプ氏は、2期目の大統領であり、大統領の任期は憲法で24年までと定められています。トランプ大統領は、最後の4年間で自らを偉大な大統領として歴史に名を残したいと考えているに違いありません。それは、決して「汚名」ではないはずです。果たして、アメリカを偉大な国に復活させ、世界に平和と新たな秩序を打ち立てることが出来るのか、その手腕には大いに注目が集まります。

  さて、前振りが長くなりましたが、今週読んだ本の紹介です。

  このブログは、ご承知のとおり「インテリジェンス」に眼がありません。今週は、そのポップに「今読むべき本物のインテリジェンス小説!」との文字を目にして、思わず購入してしまった本を読んでいました。

「崩壊の森」(本城雅人著 文春文庫 2022年)

【混沌の中のインテリジェンス】

  この小説の主人公は、中堅新聞社の特派員である土井垣侑(たすく)です。

  著者の本城雅人氏は2009年にデビュー作の「ノーバディノウズ」で、松本清張賞候補になるとともに、翌年、同作で第1回サムライジャパン野球文学賞を受賞しています。その後の作品でも、大藪春彦賞や直木賞の候補に挙がっており、2017年には、「ミッドナイト・ジャーナル」で吉川英治文学新人賞を受賞した、実力派の推理小説作家です。

  氏は、20年間スポーツ新聞の記者を経験した後に退社して小説家となり、野球や新聞記者を題材とした推理小説を得意にしています。今回文庫化された「崩壊の森」は、新聞記者を題材とした小説です。

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(文庫「崩壊の森」 amazon.co.jp)

(以下、ネタバレあり)

  主人公、土井垣侑は大学で、ロシア語を専攻して新聞社に入社した記者で、ロシア語専攻の理由を受験者が少なく合格しやすそうだった、としながらもロシア語を生かして特派員の仕事をこなそうと密かに海外特派員を狙っていました。侑は、1987年の4月にモスクワ支局へと赴任します。年齢は34歳。記者としてそろそろ脂がのってくる頃の赴任です。未だ共産主義国として世界に君臨するソビエト連邦。小説では、徹底的に統制された共産国ソビエト連邦のモスクワに降り立ち、支局へと向かう場面が描写されていきます。

  支局には、先輩駐在員の新堀が土井垣を待っており、引き継ぎが行われます。我々は、二人のやりとりから当時のソビエト連邦の状況と新聞記者の仕事とは何かを知ることになるのです。例えば、「特ダネ禁止」の原則です。共産主義国では、プレス発表にしても、マスコミから流れる情報にしても、すべては政府に統制された情報であり、特ダネと思って本国に配信しても、すべてはソ連に利することになる。それを戒める意味で、「特ダネ禁止」が不文律となっているのです。

  土井垣がモスクワに降り立ったとき、ソ連ではちょうどゴルバチョフが共産党書記長に就任し、「ペレストロイカ」を打ち出していました。時代は、まさに激動の時を迎えていました、土井垣は、新堀の言葉を心に秘めつつ、自らの情報網を培おうと、毎晩、夜のモスクワを徘徊して酒を飲み交わす日々を送ることになります。

  ロシア人は、共産主義の元で無口ではありますが、信頼されれば心からの友となる、と言います。友となるためには、ウォッカを浴びるように飲むことが必要です。ロシアでは、つぶれるほどに飲んでも正気でいられる人間だけが信頼されるのです。

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(クレムリンと赤の広場 travei walkerより)

  ここから小説は、インテリジェンス小説の様相を呈することになります。

  スパイ小説には、必ず謎の美女が登場します。(ダニエル・ビアンキのような) この小説に登場するのはハンナ・グリンカ。フィンランドの実業家ですが、祖父母がロシア人でフィンランドにいたときに革命が起きて帰国できなかった移住者だと言います。土井垣がソ連外務省主催の海外記者懇談会のためにベラルーシに飛ぶ飛行機で、息をのむような美女に出会います。

  空港の持ち物検査で別室に連れて行かれたとき、検査室で男性の検査官に検査されていたのが彼女でした。検査官は、彼女のワンピースの裾から手を入れて太ももの奥まで触ろうとします。土井垣が止めようと声を出そうとすると、彼女は毅然とした顔で土井垣をテで制します。止めれば検査が長引くことになるからです。機上ででは、たまたま彼女が隣の席となり、土井垣は彼女と親しく話をすることになります。

  さらに、毎晩の人脈作りのための飲酒めぐりの中で、ある日、ラフでおしゃれな服装の雑誌記者から声をかけられます。その男の名前は、ボリス・カルビン。彼は、「青年と未来」という雑誌の記者で、モスクワの若者文化に精通しています。ボリスは、タスクと親しくなり、若者たちが集まるアングラディスコ(怪しげな建物の地下にあります。)に連れて行ってくれたり、様々な情報を流してくれたりする、貴重な情報源となります。

【クーデターとソビエト連邦の崩壊】

  小説は、淡々と土井垣の取材を追いながら徐々に歴史的瞬間へと近づいていきます。この小説のクライマックスは、19918月の共産党内でのクーデターとそれに続く12月のソビエト連邦消滅、ロシア連邦の成立です。

  ソビエト消滅と言えば、思い出すのは佐藤優氏の作品です。

  当時佐藤優氏は、モスクワの日本大使館に勤務する外交官でした。しかし、その使命は、情報分析を専門に行うインテリジェンスオフィサーでした。その作品とは、氏がえん罪で服役し、出所した後に上梓した「自壊する帝国」(新潮文庫)です。

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(文庫「自壊する帝国」amazon.co.jp)

  氏は、19918月のソビエト連邦におけるクーデター勃発時モスクワで勤務しており、モスクワで培っていた人脈からの情報で、当時誰も知り得なかったゴルバチョフの消息(生存と居場所)を突きとめ、世界中の誰よりも早く日本にその情報を送ったことで知られています。この小説の解説は、その佐藤優氏が筆を執っています。

  実は、この小説にはモデルがいます。その新聞記者は、この事件の前、ゴルバチョフ書記長が、共産党の一党独裁を放棄して多党制を認める瞬間をスクープしていました。なぜ、そんなことが可能だったのか。そのサスペンスが、この小説で語られています。もちろん、小説はフィクションです。しかし、そのリアリティは、綿密な取材によってまさに再現されているのです。

  佐藤優氏は、実際にモスクワでこの記者と交流を持っていました。そして、この小説の中にも佐藤さんを思わせる人物が、小田垣の情報源のひとりとして描き出されています。

  我々の想像を超える物語。皆さんもこの小説でそのインテリジェンスの奥深さを堪能してください。日常では味わうことが出来ないサスペンスと感動を味わうこと間違いなしです。エピローグで描かれるロシア連邦でのエピソードは、チェチェン紛争やウクライナ侵攻を予感させ、戦慄を覚えます。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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本城雅人 ロシアの暗く深い森

こんばんは。

  トランプ大統領が就任してからはや10日が経ちました。

  トランプ大統領と言って思い出すのは、1980年代に大ヒットした映画「バック トュー ザ フューチャー」です。天才的なマッドサイエンティストであるドクが発明した空飛ぶスーパーカー「デロリアン」号で、高校生のマーティが時空を旅する物語は、世界を席巻しました。

  この映画の魅力は、マーティが住んでいる家や街を舞台にして、その家族の物語を描くことで観客にリアリティと親近感を感じさせたことです。マーティは、アメリカのどこにでもいる高校生で、第1作は、マーティが1955年、両親が恋に落ちた時代にタイムトラベルすることから物語が始まります。そして、こともあろうに自分のお母さんに一目惚れされてしまう、というワンダーなシチュエーションに観客は引き込まれてしまうのです。

  若き母親の息子への恋が深まるに従って、持ってきた現代の写真からマーティの姿がかすれていく映像にドキドキが高まっていったことをよく覚えています。

  トランプ大統領が登場するのは、第2作。とは言っても本人が出演しているわけではなく、そこに登場するビフと称するボスキャラのモデルとなっているのです。この映画はタイムパラドクスがテーマとなっているのでややこしいのですが、主人公とボスキャラのビフは、第1作で描かれた1955年から第2作の舞台である2015年まで、相対する運命にあります。

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(映画”Back to the futureⅡ” movie walkerより)

  2015年のビフ老人は、マーティが出来心で買った「スポーツ年鑑」がゴミ箱に捨てられているのを見つけ、それを拾います。そして、隙を見てデロリアン号を借用し1955年へとタイムワープ。その時代の自分に、その「スポーツ年鑑」を手渡したのです。その本には、1950年から2000年までの様々なスポーツの結果が掲載されていたのです。

  マーティが元の1985年に戻ってみると、そこでは億万長者となったビフが、ヒルバレーに君臨し、我が物顔に振る舞っていたのです。そこでは、「ビフのカジノパレス」と呼ばれる27階建ての高層ビルを本拠とするビフが、街を支配していました。彼は、こともあろうにマーティの父親を殺害し、昔恋していたマーティの母親と無理矢理再婚していました。

  この1985年のビフのモデルが当時(1989年)のドナルド・トランプだったというのです。

  この映画に出てくる、「ビフのカジノパレス」は、1985年にトランプ氏が建築した「トランプ・プラザ・ホテル・アンド・カジノ」に似ており、そこに住むビフは、当時、ニューヨークで派手な再開発事業を展開し、「アメリカの不動産王」と呼ばれたトランプ氏を思わせるものだったのです。

  映画で描かれる1985年のビフは、欲しいものを手に入れるためには殺人さえいとわない極悪人ですが、トランプ氏とは全く異なるキャラクターです。しかし、大統領選挙で負けると選挙結果がいかさまだとして受け入れず、こともあろうに支持者たちが連邦議会に乱入することまでも煽動する姿を見ると、そのイメージが重なって見えるのは私だけでしょうか。

  トランプ氏は、いくつもの裁判で違法行為を問われ続けながらも、「アメリカ・ファースト」を掲げて支持者たちに夢を与えることを想起させ、みごと第47代アメリカ大統領へと返り咲きました。就任して10日間で、国連世界保健機構から脱退、パリ協定からの脱退、議会乱入者への恩赦、自らの政策に反対する連邦職員の解雇、関税機構の新設、財政政府効率化省新設、などなど矢継ぎ早に大統領令への署名を行いました。

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(大統領令に署名するトランプ大統領 yomiuri.com)

  ウクライナ戦争やイスラエル戦争の停戦にも意欲を見せますが、その語り方は尋常ではありません。イスラエルには、停戦が実現しなければ「双方にとってひどいことになる。」、ロシアには関税課税をちらつかせるなど、ほぼ脅迫とも思えるような発言が続きます。

  トランプ大統領は、実業家として何度となく倒産、破産を経験しており、その都度、復活してきた経歴を持っています。さらには、2004年からはNBCの「アプランティス」というTV番組のホストを務め、この番組は10年以上継続し、大人気を博しました。その押し出しの強さ、カリスマ性は、大統領選でもアメリカ国民の人気を博するのに十分な魅力を醸し出していました。

  トランプ大統領の就任に当たって、世界中の国々がその言動を注目しています。

  それは、警戒の域を超えて、恐れているようです。しかし、トランプ氏は、2期目の大統領であり、大統領の任期は憲法で24年までと定められています。トランプ大統領は、最後の4年間で自らを偉大な大統領として歴史に名を残したいと考えているに違いありません。それは、決して「汚名」ではないはずです。果たして、アメリカを偉大な国に復活させ、世界に平和と新たな秩序を打ち立てることが出来るのか、その手腕には大いに注目が集まります。

  さて、前振りが長くなりましたが、今週読んだ本の紹介です。

  このブログは、ご承知のとおり「インテリジェンス」に眼がありません。今週は、そのポップに「今読むべき本物のインテリジェンス小説!」との文字を目にして、思わず購入してしまった本を読んでいました。

「崩壊の森」(本城雅人著 文春文庫 2022年)

【混沌の中のインテリジェンス】

  この小説の主人公は、中堅新聞社の特派員である土井垣侑(たすく)です。

  著者の本城雅人氏は2009年にデビュー作の「ノーバディノウズ」で、松本清張賞候補になるとともに、翌年、同作で第1回サムライジャパン野球文学賞を受賞しています。その後の作品でも、大藪春彦賞や直木賞の候補に挙がっており、2017年には、「ミッドナイト・ジャーナル」で吉川英治文学新人賞を受賞した、実力派の推理小説作家です。

  氏は、20年間スポーツ新聞の記者を経験した後に退社して小説家となり、野球や新聞記者を題材とした推理小説を得意にしています。今回文庫化された「崩壊の森」は、新聞記者を題材とした小説です。

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(文庫「崩壊の森」 amazon.co.jp)

(以下、ネタバレあり)

  主人公、土井垣侑は大学で、ロシア語を専攻して新聞社に入社した記者で、ロシア語専攻の理由を受験者が少なく合格しやすそうだった、としながらもロシア語を生かして特派員の仕事をこなそうと密かに海外特派員を狙っていました。侑は、1987年の4月にモスクワ支局へと赴任します。年齢は34歳。記者としてそろそろ脂がのってくる頃の赴任です。未だ共産主義国として世界に君臨するソビエト連邦。小説では、徹底的に統制された共産国ソビエト連邦のモスクワに降り立ち、支局へと向かう場面が描写されていきます。

  支局には、先輩駐在員の新堀が土井垣を待っており、引き継ぎが行われます。我々は、二人のやりとりから当時のソビエト連邦の状況と新聞記者の仕事とは何かを知ることになるのです。例えば、「特ダネ禁止」の原則です。共産主義国では、プレス発表にしても、マスコミから流れる情報にしても、すべては政府に統制された情報であり、特ダネと思って本国に配信しても、すべてはソ連に利することになる。それを戒める意味で、「特ダネ禁止」が不文律となっているのです。

  土井垣がモスクワに降り立ったとき、ソ連ではちょうどゴルバチョフが共産党書記長に就任し、「ペレストロイカ」を打ち出していました。時代は、まさに激動の時を迎えていました、土井垣は、新堀の言葉を心に秘めつつ、自らの情報網を培おうと、毎晩、夜のモスクワを徘徊して酒を飲み交わす日々を送ることになります。

  ロシア人は、共産主義の元で無口ではありますが、信頼されれば心からの友となる、と言います。友となるためには、ウォッカを浴びるように飲むことが必要です。ロシアでは、つぶれるほどに飲んでも正気でいられる人間だけが信頼されるのです。

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(クレムリンと赤の広場 travei walkerより)

  ここから小説は、インテリジェンス小説の様相を呈することになります。

  スパイ小説には、必ず謎の美女が登場します。(ダニエル・ビアンキのような) この小説に登場するのはハンナ・グリンカ。フィンランドの実業家ですが、祖父母がロシア人でフィンランドにいたときに革命が起きて帰国できなかった移住者だと言います。土井垣がソ連外務省主催の海外記者懇談会のためにベラルーシに飛ぶ飛行機で、息をのむような美女に出会います。

  空港の持ち物検査で別室に連れて行かれたとき、検査室で男性の検査官に検査されていたのが彼女でした。検査官は、彼女のワンピースの裾から手を入れて太ももの奥まで触ろうとします。土井垣が止めようと声を出そうとすると、彼女は毅然とした顔で土井垣をテで制します。止めれば検査が長引くことになるからです。機上ででは、たまたま彼女が隣の席となり、土井垣は彼女と親しく話をすることになります。

  さらに、毎晩の人脈作りのための飲酒めぐりの中で、ある日、ラフでおしゃれな服装の雑誌記者から声をかけられます。その男の名前は、ボリス・カルビン。彼は、「青年と未来」という雑誌の記者で、モスクワの若者文化に精通しています。ボリスは、タスクと親しくなり、若者たちが集まるアングラディスコ(怪しげな建物の地下にあります。)に連れて行ってくれたり、様々な情報を流してくれたりする、貴重な情報源となります。

【クーデターとソビエト連邦の崩壊】

  小説は、淡々と土井垣の取材を追いながら徐々に歴史的瞬間へと近づいていきます。この小説のクライマックスは、19918月の共産党内でのクーデターとそれに続く12月のソビエト連邦消滅、ロシア連邦の成立です。

  ソビエト消滅と言えば、思い出すのは佐藤優氏の作品です。

  当時佐藤優氏は、モスクワの日本大使館に勤務する外交官でした。しかし、その使命は、情報分析を専門に行うインテリジェンスオフィサーでした。その作品とは、氏がえん罪で服役し、出所した後に上梓した「自壊する帝国」(新潮文庫)です。

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(文庫「自壊する帝国」amazon.co.jp)

  氏は、19918月のソビエト連邦におけるクーデター勃発時モスクワで勤務しており、モスクワで培っていた人脈からの情報で、当時誰も知り得なかったゴルバチョフの消息(生存と居場所)を突きとめ、世界中の誰よりも早く日本にその情報を送ったことで知られています。この小説の解説は、その佐藤優氏が筆を執っています。

  実は、この小説にはモデルがいます。その新聞記者は、この事件の前、ゴルバチョフ書記長が、共産党の一党独裁を放棄して多党制を認める瞬間をスクープしていました。なぜ、そんなことが可能だったのか。そのサスペンスが、この小説で語られています。もちろん、小説はフィクションです。しかし、そのリアリティは、綿密な取材によってまさに再現されているのです。

  佐藤優氏は、実際にモスクワでこの記者と交流を持っていました。そして、この小説の中にも佐藤さんを思わせる人物が、小田垣の情報源のひとりとして描き出されています。

  我々の想像を超える物語。皆さんもこの小説でそのインテリジェンスの奥深さを堪能してください。日常では味わうことが出来ないサスペンスと感動を味わうこと間違いなしです。エピローグで描かれるロシア連邦でのエピソードは、チェチェン紛争やウクライナ侵攻を予感させ、戦慄を覚えます。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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沢木耕太郎 人生の「在り方」を描く

こんばんは。

  久しぶりに沢木耕太郎さんの作品を読み終えました。

  沢木さんと言えば、日本を代表するノンフィクションライターですが、今回読んだ本は上下巻に渡る小説です。この小説は、佐藤浩市さんと横浜流星さんの主演で映画化され、昨年公開されたのでご存じの方も多いのではないでしょうか。

「春に散る」(沢木耕太郎著 朝日文庫上下巻 2020年)

【ボクシングを描いたフィクション】

  この小説は、ある初老の男の最後の1年間を描いているのですが、その主人公、広岡仁一は、かつて世界チャンピオンを目指してアメリカに渡った元プロボクサーなのです。

  沢木耕太郎さんについては、迫真の著書、「キャパの十字架」を紹介したときに記しましたが、その独自の手法から紡ぎ出されるノンフィクションの文章は、我々の胸に迫ってくるものがあります。それは、取材の対象そのものに迫るためのアクションの見事さからはじまり、その中から生まれてくる言葉を、自ら第三者の目でとらえなおして、綴られる文章であり、そのアプローチの方向と深いところにまでたどり着く感性が読者の心に響いてくるのです。

  2000年以降、沢木さんは小説も上梓していますが、これまで、沢木さんの小説にはあまり興味がわきませんでした。しかし、ボクシングを題材とした小説であれば話は別です。

  沢木さんが、自らのノンフィクションへのアプローチ方法を深めて上梓した作品が、1981年に上梓された傑作ノンフィクション「一瞬の夏」でした。この作品に描かれたのがまさにボクシングの世界だったのです。

  はじまりは、沢木さんが2冊目の作品として上梓したノンフィクション作品集「敗れざる者たち」に収められた小編「クレイになれなかった男」でした。

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(文春文庫「敗れざる者たち」 amazon.co.jp)

  「敗れざる者たち」は、スポーツノンフィクションの先駆けとなる作品集でしたが、この本の最初を飾った作品が「クレイになれなかった男」と名付けられたあるボクサーのノンフィクション作品でした。当時は、ルポルタージュと呼ばれていました。主人公は、かつてミドル級の東洋チャンピオンだったカシアス内藤、というプロボクサーです。

  彼は、かつて、6人の日本人世界チャンピオンを育て上げた名トレーナー、エディ・タウンゼントから世界チャンピオンとなった藤猛や海老原博幸よりもボクシングがうまく、才能があると呼ばれたほどのボクサーでした。そして、東洋チャンピオンにまで駆け上がりました。

  そのリングネーム、「カシアス」は世界最強のボクサーと言われたカシアス・クレイから命名された名前です。カシアス・クレイは、その後モハメッド・アリと改名しました。しかし、カシアス内藤はその才能にもかかわらず、東洋チャンピオンのタイトルを韓国のボクサー柳済斗に奪われます。そして、この作品では、柳済斗との4度目のタイトル戦が描かれますが、それはすでに柳のコンディションのための対戦ととらえられていました。

  しかし、取材する沢木さんは、カシアス内藤がすべての力を出し切って燃え尽きることを願っていたのです。その後、彼はボクシングの表舞台に姿を現さなくなりました。

  そして、ここから沢木さんにとっての第2章がはじまります。

  カシアス内藤は、1978年にプロボクシングの試合に突然復帰します。そして、そのカシアス内藤を沢木光太郎は徹底的に取材します。その取材は、決して外からの取材ではなく、カシアス内藤とそのトレーナーと一体となって、生活を共にし、練習から試合のマッチアップまでをすべてともに作り上げていくという、自分までもルポルタージュの対象としてしまうプロセスになったのです。

  その「『私』ノンフィクション」ともいえる物語は、1981年に「一瞬の夏」という素晴らしいノンフィクション作品に結実します。

  沢木さんは、1978年に上梓した「テロルの決算」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞し、思わぬ印税収入を手にしました。「一瞬の夏」は、その印税を復帰するカシアス内藤との生活に使おうと決意する場面がとても印象的でした。

  いったい、世界に届くだけの才能を認められたプロボクサーがなぜ燃え尽きるまでボクシングを極めることができなかったのか。その疑問に対する、数え切れないほどの要素が、毎日の生活のうちに垣間見ることができます。しかし、トレーナーとボクサーと沢木の3人は、すべてのことを乗り越えて、ボクシングに対する情念を燃焼し尽くすことを目標に邁進していきます。

  そして、ついに因縁のソウルで、時の東洋王者であった朴鐘八とタイトルを懸けて戦うことになるのです。

  沢木さんの「一瞬の夏」は、読みすすむうちに心を突き動かされ、共感し、感動する、初めて味わうノンフィクションの名作でした。ここから、沢木耕太郎さんの大ファンとなったことに間違いはありません。そして、この本は沢木さんに第1回新田次郎文学賞をもたらしました。

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(新潮文庫「一瞬の夏 上巻」amazon.co.jp)

  そして、沢木さんは、かつてすべてを注ぎ込んだボクシングを舞台にして小説を書き上げました。

【小説の感動は細部にこそ宿る】

  沢木さんは、この小説を一人の男の生き方でも死に方でもなく、在り方を描こうと思ったと語っています。

  その言葉は、最後の章を読み切ったときに始めて納得できます。主人公の広岡仁一の在り方を描いて、感動を生む物語ですが、小説が人の心を動かすのは、そこにリアルがなければなりません。そして、リアルを生み出すのは、日常生活では気づくことがない感情や出来事を積み重ねていくプロセスに他なりません。

  そして、ボクシングとボクサーの世界を知り尽くした沢木さんだからこそ、感動を生む物語を創造することができたのではないでしょうか。

  以下、ネタバレとなります。

  広岡仁一は、かつてボクシングの世界チャンピオンになるために日本を飛び出して、アメリカに渡りました。そこで、3試合を戦い、無敗のまま世界ランキング5位までランクを上げます。しかし、4試合目にTKO 負けを喫してボクシングをやめてしまします。その後は、まさに底辺を味わいながら苦労に苦労を重ねてホテルのオーナーにまで登りつめ、食べるのに困らない暮らしを手に入れました。

  物語は、広岡が心臓発作を起こし手術を受けなければ命が危ないと宣告されるところから始まります。いったい自分は何を望むのか。キーウェストを訪れた広岡は、遙か遠くにかすむキューバの島影を見ながら、突然、40年ぶりに日本に帰ることを決意します。

  ここから、濃密な小説世界が展開されていくことになります。

  小説は本当に読み応えのある作品なのですが、それは、沢木さんが培ってきたボクシングに対する造形とボクサーの心の繊細な描写のたまものです。

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(朝日文庫「春に散る 上巻」amazon.co.jp)

  例えば、広岡が日本に帰ることを決断するキーウェストで、たまたま寄った街のカフェでボクシングの試合が放映されていました。ボクシングに距離をおいてきた広岡ですが、ナカニシというアナウンスを耳にして、その試合に日本人がマッチしていることに惹かれてその試合に目を向けます。

  試合は、1818勝世界ランク1位の黒人選手ブラウンとナカニシと呼ばれる元日本チャンピオンとの一戦でした。ナカニシは、次にチャンピオン戦にチャレンジするであろう黒人選手のかませ犬として試合が組まれているのは明らかでした。

  試合は予想通どおり第1ラウンドからブラウンが一方的にパンチを繰り出し、ナカニシはディフェンス一方の展開になります。ブラウンのパンチは強力でディフェンスの上からでも威力があり、ナカニシは徐々に追い込まれていきます。しかし、ナカニシは第5ラウンドまでディフェンスに徹して、しのぎきります。第6ラウンド、業を煮やしたブラウンは、ラッシュを懸けてナカニシをロープに追い込みます。

  誰もがブラウンのノックアウト勝ちを確信します。ブラウンが後ろにのけぞるナカニシに最後の一撃とばかりにボディに渾身のフックを打ち込みます。その瞬間、ブラウンの左ボディにナカニシのカウンターが打ち込まれました。ブラウンはスピンスするように回転し、マットに沈みました。そして、一度起き上がりかけたブラウンですが、再度床に落ち、10カウントが数え終わります。

  ナカニシは、カウンターの右フックを打ち込んだ直後、さらにフックをブラウンのあごにたたき込んだのです。ナカニシは、インタビューで、ブラウンの試合をビデオで何度も何度も見て、ラッシュの時に左のディフェンスが下がる癖があることを見つけた、ブラウンのディフェンスが空くのはこのときだけ、そこに1%の勝機を懸けました、そう語りました。

  それは、まるでアリがフォアマンを倒した試合の再現のようでした。広岡は、ボクシングの奥深さに改めて心を奪われるとともに自らのボクシングを顧みることになるのです。

  序章からいきなりこうしたエピソードが語られ、我々はボクシングの深遠な世界へと引き込まれていくことになります。

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(映画「春に散る」ポスター)

  物語は、何の当てもなく日本に帰ってきた広岡が、かつて所属した真拳ジムを訪れ、その近所に古いアパートを借りるところから展開していきます。

  沢木さんの筆は、広岡の視点と記憶から様々のディテールを描き込んでいきます。真拳ジムに広岡が入所したとき、同時期に4人のプロがジムに所属して合宿生活を送っていました。ジムではこの四天王と呼ばれた4人を世界チャンピオンに育て上げるとの目標を掲げていました。この4人の存在感がこの小説を面白くしていきます。広岡以外の3人の人生もさることながら、40年前の姿までがリアリティを持ちます。広岡のクロスカウンター、佐瀬健三のジャブ三段打ち、藤原次郎のインサイドアッパー、星弘のキドニー寸前のボディフック、それぞれが必殺技を持ち、その個性が際立っているのです。

  この小説は、その長さをまったく意識させない面白さにあふれています。小説には、欠かせない愛すべきキャラクターも登場します。その名は、土井佳菜子。彼女は若い女性でふとしたことから知り合うのですが、彼女には研ぎ澄まされた第六感が備わっています。いったいなぜ?その人生の秘密は下巻の第17章で明らかになります。お楽しみに。

  さらには、小説の終わり近くには、世界チャンピオンのベルトを持ちながら23才で交通事故のため夭折したボクサー、大場政夫の名前も語られます。

  長編小説には、その小説の独自な時間が流れています。この小説にはボクシングを触媒にして、ある人生を築いてきた男の1年間の「在り方」が語られています。そこに刻まれる時間は、我々をワンダーな世界へと運んでくれます。


  皆さんもこの小説で、時間を忘れて主人公の、さらには沢木耕太郎さんの語る人生の在り方を味わってみてはいかがでしょうか。自分のこれからの人生を見直してみたくなること間違いなしです。

それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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沢木耕太郎 人生の「在り方」を描く

こんばんは。

  久しぶりに沢木耕太郎さんの作品を読み終えました。

  沢木さんと言えば、日本を代表するノンフィクションライターですが、今回読んだ本は上下巻に渡る小説です。この小説は、佐藤浩市さんと横浜流星さんの主演で映画化され、昨年公開されたのでご存じの方も多いのではないでしょうか。

「春に散る」(沢木耕太郎著 朝日文庫上下巻 2020年)

【ボクシングを描いたフィクション】

  この小説は、ある初老の男の最後の1年間を描いているのですが、その主人公、広岡仁一は、かつて世界チャンピオンを目指してアメリカに渡った元プロボクサーなのです。

  沢木耕太郎さんについては、迫真の著書、「キャパの十字架」を紹介したときに記しましたが、その独自の手法から紡ぎ出されるノンフィクションの文章は、我々の胸に迫ってくるものがあります。それは、取材の対象そのものに迫るためのアクションの見事さからはじまり、その中から生まれてくる言葉を、自ら第三者の目でとらえなおして、綴られる文章であり、そのアプローチの方向と深いところにまでたどり着く感性が読者の心に響いてくるのです。

  2000年以降、沢木さんは小説も上梓していますが、これまで、沢木さんの小説にはあまり興味がわきませんでした。しかし、ボクシングを題材とした小説であれば話は別です。

  沢木さんが、自らのノンフィクションへのアプローチ方法を深めて上梓した作品が、1981年に上梓された傑作ノンフィクション「一瞬の夏」でした。この作品に描かれたのがまさにボクシングの世界だったのです。

  はじまりは、沢木さんが2冊目の作品として上梓したノンフィクション作品集「敗れざる者たち」に収められた小編「クレイになれなかった男」でした。

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(文春文庫「敗れざる者たち」 amazon.co.jp)

  「敗れざる者たち」は、スポーツノンフィクションの先駆けとなる作品集でしたが、この本の最初を飾った作品が「クレイになれなかった男」と名付けられたあるボクサーのノンフィクション作品でした。当時は、ルポルタージュと呼ばれていました。主人公は、かつてミドル級の東洋チャンピオンだったカシアス内藤、というプロボクサーです。

  彼は、かつて、6人の日本人世界チャンピオンを育て上げた名トレーナー、エディ・タウンゼントから世界チャンピオンとなった藤猛や海老原博幸よりもボクシングがうまく、才能があると呼ばれたほどのボクサーでした。そして、東洋チャンピオンにまで駆け上がりました。

  そのリングネーム、「カシアス」は世界最強のボクサーと言われたカシアス・クレイから命名された名前です。カシアス・クレイは、その後モハメッド・アリと改名しました。しかし、カシアス内藤はその才能にもかかわらず、東洋チャンピオンのタイトルを韓国のボクサー柳済斗に奪われます。そして、この作品では、柳済斗との4度目のタイトル戦が描かれますが、それはすでに柳のコンディションのための対戦ととらえられていました。

  しかし、取材する沢木さんは、カシアス内藤がすべての力を出し切って燃え尽きることを願っていたのです。その後、彼はボクシングの表舞台に姿を現さなくなりました。

  そして、ここから沢木さんにとっての第2章がはじまります。

  カシアス内藤は、1978年にプロボクシングの試合に突然復帰します。そして、そのカシアス内藤を沢木光太郎は徹底的に取材します。その取材は、決して外からの取材ではなく、カシアス内藤とそのトレーナーと一体となって、生活を共にし、練習から試合のマッチアップまでをすべてともに作り上げていくという、自分までもルポルタージュの対象としてしまうプロセスになったのです。

  その「『私』ノンフィクション」ともいえる物語は、1981年に「一瞬の夏」という素晴らしいノンフィクション作品に結実します。

  沢木さんは、1978年に上梓した「テロルの決算」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞し、思わぬ印税収入を手にしました。「一瞬の夏」は、その印税を復帰するカシアス内藤との生活に使おうと決意する場面がとても印象的でした。

  いったい、世界に届くだけの才能を認められたプロボクサーがなぜ燃え尽きるまでボクシングを極めることができなかったのか。その疑問に対する、数え切れないほどの要素が、毎日の生活のうちに垣間見ることができます。しかし、トレーナーとボクサーと沢木の3人は、すべてのことを乗り越えて、ボクシングに対する情念を燃焼し尽くすことを目標に邁進していきます。

  そして、ついに因縁のソウルで、時の東洋王者であった朴鐘八とタイトルを懸けて戦うことになるのです。

  沢木さんの「一瞬の夏」は、読みすすむうちに心を突き動かされ、共感し、感動する、初めて味わうノンフィクションの名作でした。ここから、沢木耕太郎さんの大ファンとなったことに間違いはありません。そして、この本は沢木さんに第1回新田次郎文学賞をもたらしました。

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(新潮文庫「一瞬の夏 上巻」amazon.co.jp)

  そして、沢木さんは、かつてすべてを注ぎ込んだボクシングを舞台にして小説を書き上げました。

【小説の感動は細部にこそ宿る】

  沢木さんは、この小説を一人の男の生き方でも死に方でもなく、在り方を描こうと思ったと語っています。

  その言葉は、最後の章を読み切ったときに始めて納得できます。主人公の広岡仁一の在り方を描いて、感動を生む物語ですが、小説が人の心を動かすのは、そこにリアルがなければなりません。そして、リアルを生み出すのは、日常生活では気づくことがない感情や出来事を積み重ねていくプロセスに他なりません。

  そして、ボクシングとボクサーの世界を知り尽くした沢木さんだからこそ、感動を生む物語を創造することができたのではないでしょうか。

  以下、ネタバレとなります。

  広岡仁一は、かつてボクシングの世界チャンピオンになるために日本を飛び出して、アメリカに渡りました。そこで、3試合を戦い、無敗のまま世界ランキング5位までランクを上げます。しかし、4試合目にTKO 負けを喫してボクシングをやめてしまします。その後は、まさに底辺を味わいながら苦労に苦労を重ねてホテルのオーナーにまで登りつめ、食べるのに困らない暮らしを手に入れました。

  物語は、広岡が心臓発作を起こし手術を受けなければ命が危ないと宣告されるところから始まります。いったい自分は何を望むのか。キーウェストを訪れた広岡は、遙か遠くにかすむキューバの島影を見ながら、突然、40年ぶりに日本に帰ることを決意します。

  ここから、濃密な小説世界が展開されていくことになります。

  小説は本当に読み応えのある作品なのですが、それは、沢木さんが培ってきたボクシングに対する造形とボクサーの心の繊細な描写のたまものです。

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(朝日文庫「春に散る 上巻」amazon.co.jp)

  例えば、広岡が日本に帰ることを決断するキーウェストで、たまたま寄った街のカフェでボクシングの試合が放映されていました。ボクシングに距離をおいてきた広岡ですが、ナカニシというアナウンスを耳にして、その試合に日本人がマッチしていることに惹かれてその試合に目を向けます。

  試合は、1818勝世界ランク1位の黒人選手ブラウンとナカニシと呼ばれる元日本チャンピオンとの一戦でした。ナカニシは、次にチャンピオン戦にチャレンジするであろう黒人選手のかませ犬として試合が組まれているのは明らかでした。

  試合は予想通どおり第1ラウンドからブラウンが一方的にパンチを繰り出し、ナカニシはディフェンス一方の展開になります。ブラウンのパンチは強力でディフェンスの上からでも威力があり、ナカニシは徐々に追い込まれていきます。しかし、ナカニシは第5ラウンドまでディフェンスに徹して、しのぎきります。第6ラウンド、業を煮やしたブラウンは、ラッシュを懸けてナカニシをロープに追い込みます。

  誰もがブラウンのノックアウト勝ちを確信します。ブラウンが後ろにのけぞるナカニシに最後の一撃とばかりにボディに渾身のフックを打ち込みます。その瞬間、ブラウンの左ボディにナカニシのカウンターが打ち込まれました。ブラウンはスピンスするように回転し、マットに沈みました。そして、一度起き上がりかけたブラウンですが、再度床に落ち、10カウントが数え終わります。

  ナカニシは、カウンターの右フックを打ち込んだ直後、さらにフックをブラウンのあごにたたき込んだのです。ナカニシは、インタビューで、ブラウンの試合をビデオで何度も何度も見て、ラッシュの時に左のディフェンスが下がる癖があることを見つけた、ブラウンのディフェンスが空くのはこのときだけ、そこに1%の勝機を懸けました、そう語りました。

  それは、まるでアリがフォアマンを倒した試合の再現のようでした。広岡は、ボクシングの奥深さに改めて心を奪われるとともに自らのボクシングを顧みることになるのです。

  序章からいきなりこうしたエピソードが語られ、我々はボクシングの深遠な世界へと引き込まれていくことになります。

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(映画「春に散る」ポスター)

  物語は、何の当てもなく日本に帰ってきた広岡が、かつて所属した真拳ジムを訪れ、その近所に古いアパートを借りるところから展開していきます。

  沢木さんの筆は、広岡の視点と記憶から様々のディテールを描き込んでいきます。真拳ジムに広岡が入所したとき、同時期に4人のプロがジムに所属して合宿生活を送っていました。ジムではこの四天王と呼ばれた4人を世界チャンピオンに育て上げるとの目標を掲げていました。この4人の存在感がこの小説を面白くしていきます。広岡以外の3人の人生もさることながら、40年前の姿までがリアリティを持ちます。広岡のクロスカウンター、佐瀬健三のジャブ三段打ち、藤原次郎のインサイドアッパー、星弘のキドニー寸前のボディフック、それぞれが必殺技を持ち、その個性が際立っているのです。

  この小説は、その長さをまったく意識させない面白さにあふれています。小説には、欠かせない愛すべきキャラクターも登場します。その名は、土井佳菜子。彼女は若い女性でふとしたことから知り合うのですが、彼女には研ぎ澄まされた第六感が備わっています。いったいなぜ?その人生の秘密は下巻の第17章で明らかになります。お楽しみに。

  さらには、小説の終わり近くには、世界チャンピオンのベルトを持ちながら23才で交通事故のため夭折したボクサー、大場政夫の名前も語られます。

  長編小説には、その小説の独自な時間が流れています。この小説にはボクシングを触媒にして、ある人生を築いてきた男の1年間の「在り方」が語られています。そこに刻まれる時間は、我々をワンダーな世界へと運んでくれます。


  皆さんもこの小説で、時間を忘れて主人公の、さらには沢木耕太郎さんの語る人生の在り方を味わってみてはいかがでしょうか。自分のこれからの人生を見直してみたくなること間違いなしです。

それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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原田マハ 俵屋宗達は海を越えていた

こんばんは。

  久しぶりに時間を忘れて小説を読みふけりました。

  その小説は、アート小説の名手、原田マハさんが挑んだ日本美術を代表する画家、俵屋宗達を描く圧倒的な物語でした。

「風神雷神 Jjppiter,Aeoloce」(上下巻)

(原田マハ著 PHP文芸文庫 2022年)

【俵屋宗達とは何者か】

  本屋さんでこの本をみつけたとき、上下巻二冊というそのボリュームに一瞬たじろぎました。これまで印象派をはじめとする西欧絵画を数多く描いてきた原田さんですが、日本美術を題材にした小説は知りませんでした。しかも、国宝である「風神雷神図」がその表題となっています。いったいどんな小説なのか。棚で見つけて、その場で購入したもののしばらくは、愛用のPCの前に積まれたままでした。

  そして、久しぶりにマハさんのアート小説を読みたいと思ったとき、最初のページをめくったのです。それが運の尽き。その面白さに目も心も奪われて、一気に上下巻を読み通してしまいました。

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(文庫「風神雷神」上巻 amazon.co.jp)

  この小説の主人公は、俵屋宗達です。

  「俵屋宗達」と聞いてピンとくる方は、日本美術に造形の深い方だと思います。恥ずかしながら、代表作である「風神雷神図」こそ知っているものの、昔、日本史の教科書で見たことがある程度の認識しかありませんでした。

  室町時代、他の文化と同じく日本画は狩野派や土佐派に代表され、絢爛な屏風絵やふすま絵はたまた天井画などが生み出されました。特に狩野派の頭領であった狩野永徳は、織田信長が天下統一をなす時に建造した安土城の内装の装飾画を一手に引き受けたことでその名を知られています。

  俵屋宗達は、伝統的な手法から脱却し、自由な発想で独自の画風を築いたといわれています。江戸期になって尾形光琳が独自のデザイン的な発想で琳派を確立したと言われますが、その琳派の開祖と目されているのが俵屋宗達なのです。その代表作は屏風絵として描いた「風神雷神図」に他なりません。

  この「風神雷神図」は、金色の広々とした空間に蒼緑の肌の風神を右に、白い肌の雷神を左に配置した大胆な構図となっており、今にも動き出しそうな神々をみごとに描ききっています。特に白い肌の雷神は通常赤で表されており、なぜ白で描かれているのか、美術界の謎の一つになっています。この絵は、よほど当時の人々に感動を与えたようで、後に尾形光琳、そして琳派を引き継いだと言われる江戸後期の酒井抱一も光琳の「風神雷神図」を模写しており、江戸期の画家たちがいかに宗達の絵画に心を動かされたのかがよくわかります。

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(風神雷神図屏風 wikipediaより)

  そんな俵屋宗達ですが、実は生没年さえわかっていない謎の絵師だといわれています。宗達の事績として最も古いものは、1602年に福島正則が願い出た平家納経の修復において、一部宗達が修復に関わったといわれています。その交友関係から、その生まれは1570年頃ではないかといわれ、死後の法要記録から1643年より少し前に亡くなったと推定されています。

  「俵屋」とは不思議な名字ですが、この名字は屋号とわかっています。宗達は、「俵屋」という絵画工房を主催しており、扇などに絵を描いており、その扇が京都では評判になっていたことが当時の書き物に残されています。

  謎に包まれた宗達ですが、安土桃山時代に生れ、江戸初期にはすでに評判となっていたことは間違いないようです。

  謎に包まれた人物は、小説にするにはもってこいの主人公なのです。

【知られざる天正遣欧使節の一員】

  この小説には、もう一人主人公がいます。その名は、原マルティノ。

  この名前を聞いてピンと来る方は、よほどの日本史マニアだと思います。そう、彼は、安土桃山時代にイタリアのバチカンに居した、カトリック教会の頂点に立つ教皇グレゴリウス13世の元に日本から遣わされた、天正遣欧使節のひとりなのです。

  日本におけるキリスト教は、1549年にフランシスコ・サビエルが布教のために日本にたどり着いて以降、イエズス会が日本への布教のため多くの司教を日本に派遣し、布教に尽力した結果、ポルトガルとの貿易による利益も相まって、九州を中心に多くのキリシタン大名が生れました。さらに天下統一を目前にしていた織田信長は、未知の西欧文化に大いに興味をそそられて、イエズス会による布教を容認していました

  そうした中、さらなる布教の強化をすすめようとするイエズス会の思惑とさらなる西欧との貿易や文化交流を広げようとする信長やキリシタン大名の思惑が見事に一致し、企図されたのが天正遣欧使節だったのです。

  当時、九州では大友宗麟、有馬晴信、大村純忠がキリスト教に帰依してキリシタン大名となり、領地内での布教を支援していました。遣欧使節に選ばれたのは、セミナリオと呼ばれた神学校に入学した領主たちにつながる4人のキリシタンの少年たちでした。

  主席正使は、大友宗麟の名代となる伊東マンショ、さらに正使として木村純忠の名代として千々石ミゲル、副使として肥後国中浦城主の息子中浦ジュリアン、もうひとりの副使がセミナリオきっての秀才であった今回の主人公原マルティノです。

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(天正遣欧使節団の4少年 wikipediaより)

  原マルティノはこの小説の進行役であり、語り部でもあります。

  彼らは1582年(天正10年)2月にポルトガルの帆船に乗り、長崎港から遙かに遠いローマに向かって出発しました。その経路は、マカオからインドを経由してアフリカの喜望峰を回り、リスボンに到着したのは15848月でした。さらにローマで教皇に接見できたのは、翌年の3月。なんと片道3年かけての命がけの行程だったのです。織田信長が本能寺の変で亡くなったのは彼らが出港してから4ヶ月後の出来事でした。

  さて、この遣欧使節団には、我々が知らない同行者がいました。当時、日本では印刷技術は無く、書物を複製するには人手による写本しか手段がありませんでした。しかし、ヨーロッパではすでにグーテンベルグ印刷機による活版印刷が実用化されていたのです。この使節団は活版印刷の技術をヨーロッパから持ち帰ることも目的の一つとしていました。そのために、同行者の中には印刷技術を持ち帰るための技術要員がいたのです。その名は、アゴスティーノと言います。

【マカオの教会で発見された古文書】

  小説のプロローグは、現在の京都国立博物館から始まります。(ここからネタバレあり)

  望月彩は、京都国立博物館の研究員です。その専門は俵屋宗達。宗達の代表作「風神雷神図屏風」は、鎌倉時代から続く古刹、建仁寺の所有ですが、現在は京都国立博物館に寄託されているのです。折しも彩が企画する俵屋宗達の展覧会に付随して宗達の講演会を行っていました。そこにマカオ博物館の学芸員を名乗る人物から面会の申し入れがありました。

  サスペンス仕立てのプロローグ。いったい、彩のもとを訪れたマカオ博物館の学芸員レイモンド・ウォンはどんな情報をもたらしたのか。レイモンドは博物館に持ち込まれたある資料を綾に見てほしいのだ、と語ります。その資料は博物館に保管されており、彩にマカオまで来てもらい是非資料を鑑定してほしいと言うのです。

  彩に依頼があるからには、資料は宗達に関するものに違いありません。彩は急遽マカオに飛び立ちます。博物館できかされた経緯は驚くべきものでした。

  資料は、ある青年が持ち込んだものでしたが、その青年は長年育ててくれた祖父が亡くなるときに青年に残したものだといいます。祖父は以前、建設作業員をしており、ある現場で素晴らしい絵画を目にしてつい持ち帰ってしまったというのです。その絵画には古文書が付随しており、青年は、死の床で祖父からそれを返してほしいと頼まれたのだと言うのです。

  レイモンドは、その資料は1990年に発掘調査が行われた世界遺産、聖ポール天主堂(教会)の調査時にみつかったものと確信しました。そして、その資料が天正遣欧使節に随行した原マルティノに関係するものと考えました。そして、その鑑定を行うに当たり、望月彩に協力を依頼してきたのです。原マルティノは、天正遣欧使節が1590年に帰国した後、マカオに追放されており、聖ポール天主堂に埋葬されたとの記録があるのです。

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(マカオの世界遺産 聖ポール天主堂 Wikipediaより)

  こうして物語は、はるか450年前の九州有馬の地へとタイムワープすることになります。

  そして、原マルティノが有馬のセミナリオで勉学に励むある晩、眠れぬ夜に月を眺めようと浜辺に出て、不可解な少年と出会います。その少年は京の都からはるばる九州のセミナリオまでやってきたといいます。そして、その名を訪ねると彼は「宗達」と名乗ったのです。物語は、二人の出会いから大きく動き始めることになるのです。そして、この少年はキリシタンではありませんが、別の名前を持っていました。その名前は、アゴスティーノ。

【渾身の歴史アート物語の感動】

  この本を読んで思い出したのは、マハさんの小説、「翼をください」でした。

  「翼をください」は、1939年、太平洋戦争が始まる直前、日本の誇る帝国海軍の九六式陸上攻撃戦闘機を改造した旅客機「ニッポン号」が、世界で初めて航空機による赤道を回る世界一周を成し遂げた快挙を描いた作品です。

  このプロジェクトは毎日新聞社が企画した民間事業であり、「平和と夢」を運ぶことを目的とした平和事業でした。世界一周の間に立ちよった各国からは大きな歓迎を受け、親善大使として大いに役割を発揮しました。しかし、太平洋戦争が始まるや日本は「戦争一色」に染まり、この記念碑的大事業も歴史の狭間にうもれてしまったのです。毎日新聞社は、プロジェクト80周年を記念して小説の執筆をマハさんに依頼したといいます。

  以前、ブログでこの作品を紹介しましたが、今回の小説を読んで改めてマハさんの想像力と創作力の素晴らしさに心を動かされました。我々が知る歴史は、すべて「人」が成し遂げてきた事実です。その出来事を成し遂げた人々はどんな気持ちで、どんな行動を起こし、そのことを成し遂げたのか。そこへのアプローチにはノンフィクションとフィクションの両方の手法があります。

  マハさんは、詳細な調査によって確認した史実に基づいて、その余白の部分を想像力と確かな筆致で埋めていきます。その小説に登場する主人公たちは、そのメンタリティと果敢なる行動で我々に大きな感動を与えてくれるのです。


  今回の小説は、少年時代の俵屋宗達と原マルティノが世界を股にかけて躍動します。そして、さらなるワンダーは、最後に伝説の画家カラヴァッジョが登場することです。皆さんも、この歴史とアートが織りなす感動をぜひ味わってください。心が震えること間違いなしです。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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瀬尾まいこ そして、バトンは渡された

こんばんは

  皆さんの性格は誰から引き継いだものだと言われますか。

  人の性格は、なくて七癖と言われるほど個性がありますが、考えてみれば祖父母や両親から受け継いでいる性質もあれば、環境や教育によってはぐくまれた性格もあります。

  こんなことを考えたのは、今週、珍しく本屋大賞を受賞したベストセラー小説を読んでいたからなのです。

「そして、バトンは渡された」

(瀬尾まいこ著 文春文庫 2020年)

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(文庫版「そして、バトンは・・・」 amazon.co.jp)

【家系から引き継いだもの】

  自分の家系を鑑みると、第一に残念なのは運動神経です。自分としては運動は大好きで、小学校の頃には特に水泳の時間が大好きで、プール教室は3年間、皆勤賞でしたし、臨海学校でも伊豆の土肥海岸で、3kmの遠泳に2年連続で参加し、完泳しました。しかし、タイムは常に最下位に近く、大会には潜水種目以外に選ばれたことがありません。

  今年、ワールドカップが沖縄で開催されるバスケットも、中学の3年間、一度も休むことなく合宿も練習も参加し、人一倍練習に打ち込みました。しかし、バスケの男子はめちゃくちゃもてるので、一学年に部員が30人近くいて、レギュラーを勝ち取るのは容易ではありません。学年では、当然ながらレギュラーにはなれず、3軍あたりに在籍していました。

  しかし、努力を見てくれている人がいて、3年生最後のインターハイの地区予選。顧問の監督が後半のスターティングメンバーに抜擢してくれ、試合に出ることができました。後半の2分ほどマンツーマンディフェンスしたところで交代でしたが、それまでの努力が報われたこともあり、今でも自分の中では誇らしい実績のひとつになっています。

  事ほどさように、運動神経に関しては皆無といってもよい家系で、このDNAは確実に子供たちにも引き継がれていて、3人の子供たちもバトミントンはできないわ、徒競走はビリだわ、申し訳ない限りでした。ただ、一番下の男の子は頼もしく、中学では運動部で陸上の中距離走に挑戦し続け、高校ではフェンシング、大学では再び陸上と個人種目ながら、たゆまぬ努力を続けていたので、我が子ながらその点には敬服しています。

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(バスケと言えば 映画 「スラムダンク」ポスター)

  さて、身体能力は遺伝的要素が強いのですが、性格や考え方は遺伝的要素と環境的要素の両方が要因となって形成されているに違いありません。

  例えば、人からしかられたときに、理由はともかく納得することなく自己正当化する人もいれば、しかられたことを素直に反省し、改善につなげることができる人もいます。また、「おはよう」、「こんにには」、「いただきます」、「ごちそうさま」、「どうもありがとう」などの言葉は、自然に口に出てくる人もいれば、口に出すのはとても苦手な人もいます。

  挨拶をしたり、食事を残さなかったり、困った人を助けたり、などの行動は、家系もさることながら、生れてから後、育ってきた環境が大きな影響を及ぼしていると思います。それは家族からの言葉もさることながら、日頃から接していた家族の言動が大きく影響していると思うのは私だけでしょうか。

  今の自分を作り上げてきたのは、遺伝なのか、環境なのか・

  今回読んだ小説は、高校生の驚くようなシチュエーションを淡々と語っていくのですが、読んでいると、思わず学生時代の自分のことを顧みてしまうのです。

【人は何を頼りにして生きるのか】

  小説の主人公、森宮優子は何の変哲も無い、普通の高校生です。

  その悩みは、なんと「困ったことが何もない」ことなのです。ところが、小説はすごいことを語っていきます。高校生には、将来をどうするかを相談する進路指導があります。小説は、ベテランで頼りになる女性教師向井先生の進路指導の場面から始まります。そこで語られるのは、森宮優子の数奇な人生です。彼女は、生れてからここまで、4つの名字を名乗っていたという普通ではない人生を生きてきたのです。

  生れたときに名字は水戸、次の名字は田中、それから泉ヶ原、そして現在の森宮。優子の身にはいったい何が起きていたのでしょう。

  この小説の現代性は、「それが何か」、と語るような不思議な「語り」なのです。

  向井先生は、優子の生い立ちをいくばくかは知っており、置かれた状況が普通ではないので、優子が多少は無理して暮らしているのではないかと気にかけています。しかし、「その明るさは悪くないとは思うけど、困ったことやつらいことは話さないとわからないわよ。」との問いを受けて、優子は困ってしまいます。それは、本当に「困ったことがない」からなのです。

  そして語られる森宮優子の生活は、確かに変わっています。優子の父親は、再婚によって優子の父親になるのですが、すぐに離婚してしまい、全く血がつながらないにもかかわらず、30代で思春期の娘を持つ父親になっているのです。しかも、彼は東大を卒業後、超一流企業に就職したエリートで、しかも眉目秀麗なイケメンなのです。

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(映画「そして、バトンは・・・」ポスター)

  しかも、彼の趣味は料理です。しかも、まじめ。確かに優子は困ったことになりようがないのです。

  小説は、優子のこれまでの生い立ちと、現在の高校生活を淡々と優子を語り部として語っていきます。その語りは、小説を通して淡々としていて、彼女を取り囲む育ての親たちは、持てる愛情のすべてをそれぞれのやり方で優子に注いでいくのです。

【そのプロットの巧みさ】

  小説が「いのち」を持つためには、リアリティのある「エピソード」が必要不可欠です。この本は、読み始めると「あれれ」と思うまもなく、ページが進んでいきます。それは、その巧みな「エピソード」とその軽やか語り口です。

  まず、第一にイケメンエリートの父親の創る料理エピソード。彼は、優子の父親として彼女の生活を支えていくことに決意を燃やしています。それは、会社から帰宅して作る夕飯やデザートの数々です。

  新学期の始まりの日には、験を担いで朝からカツ丼が登場します。その肉は脂身のないヒレ。しかも前日には、柔らかくするために、徹底的にたたきます。また、優子が学校で親友たちとの仲違いで元気がなくなると、元気がないときには餃子が一番、とニンニクもりもりの大判餃子を大量に作って優子を元気づけます。そして、優子の悩みが解決するまでは、と毎日餃子レシピを続けるのです。餃子は優子が飽きることのないようにアレンジレシピで続きます。例えば、餃子の具をポテトサラダにしたり、ほうれん草やエビの餡にしてみたり、延々と餃子の日が続いていきます。

  そして、2番目の母親である「梨花さん」のエピソードも強烈です。彼女は、優子を愛する気持ちという意味で誰よりも大きな愛情を持っています。そのすごさはぜひ本編で味わってほしいのですが、その多彩なエピソードには思わず笑ってしまいます。

  その登場の時には、梨花さんの語る人生訓がなるほどなのです。それは、「優子ちゃんもにこにこしてたら、ラッキーなことがたくさんやってくるよ。」「女の子は笑ってれば3割増しかわいく見えるし、どんな相手にも笑っていれば好かれる。人に好かれるのは大事なことだよ。楽しいときには思い切り、しんどいときでもそれなりに笑っておかなきゃ。」という言葉です。そう語る梨花さんの優子を愛するそのすごさはこの小説のあらゆる場面でその真価を発揮していきます。

  さらにこの小説の面白さは優子の高校生活にもあります。誰にでも学生時代に経験がある、恋愛、クラス対抗スポーツ大会、クラス対抗合唱大会です。優子の高校生活がどのような彩りを人背に加えていくのかは小説を読んでのお楽しみですが、そこに語られる体験は、読む人すべてのなつかしい体験を呼び起こしてくれるに違いありません。

  ひとつだけネタばれを許してもらえれば、キーワードはピアノです。

  ピアノといえば、最近大リーグ中継の前後にBS1で放送されている「空港ピアノ」、「駅ピアノ」と題された番組をご存じでしょうか。世界中の空港や駅に置かれているピアノに小型カメラを設置してピアノを演奏する人々を紹介する番組なのですが、見ていると、人類のピアノ文化度の高さに驚かされます。リストのカンパネラやショパンの子犬のワルツなどはもちろん、ビリー・ジョエルやエルトン・ジョン、はたまた「私を月に連れていって」まで、素晴らしい演奏が心を癒やしてくれます。音楽は人の心を支え、我々に元気を与えてくれることは間違いありません。

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(NHKBS1 空港ピアノマルタ編 amass.jp)

  この小説でもピアノが活躍します。優子は、クラス対抗の合唱コンクールでピアノ伴奏を担当することになり、音楽の先生の指導を受けて練習に励みます。ピアノ伴奏には、各クラスの腕に覚えのあるピアニストが登場します。中には、その音色を聞くだけでピアノの音に心を奪われるような素晴らしい演奏を繰り広げる男子もいます。

  優子は、ピアノの演奏が大好きです。彼女のピアノ演奏には彼女と何人もいる両親との歴史がつまっていたのです。

  そうです。ピアノは優子に、さらにはこの小説に大きな物語をもたらしてくれるのです。そのいきさつ、そして顛末はぜひこの本を読んで楽しんでください。心を動かされること間違いなしです。

【人が生きるとはどういうことか】

  この世には、幸せなことに数え切れないほどの小説が満ちあふれています。読書好きの中には、難しい小説や複雑な小説、はたまた本格的な謎解きミステリーなどが大好物な読者も多いと思います。私もどちらかといえば重厚な作品の方が好みです。

  今回の小説は、重厚さとも難しさとも複雑さともまったく無縁な小説です。

  そこに描かれるのは、どこにでもいる人々とどこにでもある生活です。奥様は魔女のナレーションではありませんが、優子は普通の高校生で、普通にご飯を食べ、普通に学校に通い、普通に暮らしています。ただ一つ違っていたのは、彼女には二人の母親と三人の父親がいることなのです。そこには、人や世に悪意を持っている人は一人も登場しません。さらに小説では驚くような事件はひとつも起きることがありません。

  読む人は、軽やかに優子の歩む、変哲のない人生を一緒に生きていきます。しかし、我々が毎日生活を送るとは、まさにそのことです。この小説は、我々に当たり前に生きることの大切さを教えてくれると同時に、人間は、決して捨てたものではない存在であることを教えてくれます。

  さて、最後にもう一つだけネタばれをお許しください。この小説の主人公は、森宮優子なのですが、実はもう一人の主人公が存在しています。その登場人物とは、プロローグで語り部として登場するその人です。果たして何者でしょうか。


  本屋大賞を受賞する本は、本屋さんの店員さんが本当に面白いと感じた本です。その意味で、やっぱり「外れ」はないのだ、と改めて感じました。皆さんもぜひこの「そして、バトンは渡された」で、人のあたたかさを味わってください。心が癒やされることに間違いがありません。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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