こんばんは。
2010年に登場した警視庁を舞台にした情報官の活躍を描く濱嘉之氏の「警視庁情報官」シリーズも7冊目を数えました。前作で、警視正に昇進し情報分析室の室長となった黒田純一。その新作が2年ぶりに登場しました。これまでのファンとしては「買わないという選択はないやろう。」とのCMどおり、見つけたその日に手に入れました。
「警視庁情報官 ノースブリザード」
(濱嘉之著 講談社文庫 2019年)
(「警視庁情報官 ノースブリザード」amazon.com)
前回のブログ(2017年)で、主人公の黒田純一がマネジメント職となり、この先、小説としての語り方が変わるのでは、とご紹介しました。その通り、黒田情報室長は、部下200人のうちキャリア職の警部補6名を手足のように使い、彼らを、次世代を担うインテリジェンスオフィサーとして育てていきます。一方で、自らは、これまで培ってきた人脈をフルに活用して、日本を取り巻く東アジアの情勢を諜報していきます。
今回の作品は、スリリングなエンタメ小説を期待する読者にとっては、チョット退屈な小説かもしれません。
【習中華人民共和国の台頭】
インテリジェンスといえば、今、香港では「自由」を守ろうとする住民たちが中国を強く意識する政府に対して、毎週のように大規模なデモを行っています。ことの発端は、現香港政府が逮捕した犯罪者を本国に引き渡す条例を施行しようとしたことでした。
香港がイギリスから中国に返還されたのは、1997年7月1日のことです。返還のもととなったのは、1984年の英中共同宣言でした。共同宣言では、1)外交、安全保障を除いて大幅な自治権を認める。2)資本主義制度と生活様式も50年間変えない、という「一国二制度」が合意されました。その宣言に基づいて、1990年には、香港特別行政区の憲法ともいえる香港基本法が中国の全国人民代表大会で採択されました。
この年の前年に中国では悪名高き天安門事件が発生しています。香港基本法の採択は、天安門事件を契機に香港からの移民希望者が急増したことや国際社会からの非難を踏まえてのものとも考えられます。返還までの間、中国政府と香港行政庁(長官はイギリスから派遣)間では返還後の自治権により二制度をどのように維持するかで協議が続けられました。そんな中1991年には、香港立法評議会(国会)の選挙が実施され、結果は民主派勢力の圧倒的な勝利となります。
この結果に警戒感を強めた中国は、1995年、150人からなる香港返還準備委員会を発足させ、民主化派が多くを占める香港立法評議会に変わる臨時立法会の設置と400名からなる推薦委員会の設置を定めました。ちなみに英中共同宣言では、「香港の最高責任者である香港特別行政区長官は、選挙または協議によって選出され、中央人民政府が任命する」とされています。
香港返還20周年を機に長官に選出された林鄭氏。香港特別行政区の長官は、定数1200人からなる選挙委員会によって選出されますが、この選挙委員会はそのメンバーの3/4が新中国派で占められており、今回の選挙でも林鄭氏は、新中国派から777票を獲得して長官となりました。この選挙でリベラル派の曽氏が獲得した票は365票です。ちなみに世論調査では、曽氏の支持率は56%、林鄭氏の支持率は30%でした。
(1997年の香港返還式典 news.line.me)
犯罪者引渡条例に反対する市民デモは、日に日にその参加者が増大。数万人規模のデモは、6月には200万人にまで拡大しました。中国は、人民解放軍を隣の杭州市に配置し、訓練を行うなど香港市民への圧力を強めていますが、今のところ香港行政府によるデモの鎮静化を第一義としています。デモの拡大と混乱(空港の占拠など)に苦慮した林鄭氏は政府として犯人引渡条例の撤廃を表明しましたが、時すでに遅く、デモの要求は民主化に向けてさらにエスカレートしています。
先日、ついに香港自治政府の警察官がデモ参加の若者に対して拳銃を発砲し重傷を負わせました。さらに昨日は続いて私服警官がデモ隊に発砲し市民にけがを負わせたのです。デモ市民の一部が暴徒化し、最初の銃撃も警官が鉄パイプを持った若者に襲われたことから身を守るために発砲した正当防衛である、と香港政府は発表しています。しかし、拳銃を使った銃撃は明らかに弱者への脅迫であり、殺人未遂です。拳銃が素手の暴力に対する正当防衛であるはずはありません。
(若者に発砲する警察官 sankei.com)
中国は、自らが自国内と宣言している地域が香港以外にもあります。それは、中華民国と呼ばれている台湾です。呼ばれているというのは、台湾は、アメリカが現在の中国と国交を樹立し、1971年公式に国連を脱退したことから、国際社会では「中国」と認識されなくなったことを指しています。台湾は、現在、15か国との間で国交を保っていますが、日本もアメリカに倣いすでに国交は断絶しています。
台湾は当然ながら中国からは独立していると主張していますが、中華人民共和国である中国は、台湾を自国の一地域と考えています。問題は、台湾がそれを受け入れるか否かです。以前、中国の経済力が弱かったころに、台湾は中国の数倍の経済力を有していました。ところが、鄧小平氏の政策により経済特区が設定されるや中国は驚くほどの経済成長を実現し、アッという間に世界第2位の経済大国となったのです。
台湾にとって、よりどころであった経済的優位を失ったとき、中国は本物の脅威として目前に立ちはだかることとなったのです。民主主義、資本主義を根本とする台湾。50年間の資本主義制度を保証された香港。香港で自由が保障されるか否か、は台湾に直結する問題となったのです。中国がこの二つの地域をどのように自らの中に取り込んでいくのか。戦争を仕掛けるわけにはいかない同胞に対して、中国はどのような姿勢で臨むのか。民主主義、自由主義を標榜する自由な国、日本にとって中国のメンタリティと方針は、もっともインテリジェンスセンスが問われる問題なのです。
【日本のインテリジェンス】
さて、現在の日本にとって東アジアでの課題は、朝鮮半島と中国との距離です。
朝鮮半島では、今、日本は北朝鮮も韓国も敵に回した状況となっています。良い悪いの問題はおいておくとして、徴用工問題に端を発した日韓の問題は今や泥沼といってもよい状態に陥っています。政府同士が不仲でも民間同士で交流が途切れなければまだ救いがあります。韓国では、日本製品の不買運動が蔓延し日本製品を買うには相当な勇気が必要なようです。人気が高い日本製ビールの輸出量は、対前年比で97%減と壊滅的です。さらに日本への韓国旅行者の数も7月には7.6%減少しています。
北朝鮮との間には日本人拉致問題が横たわっており、この問題で解を見つけられないがぎり、日本は北朝鮮と関係を持つことはできません。北朝鮮は、今や核実験を何度も行い、単距離長距離ロケットの発射も行った結果、核兵器を使用する能力を獲得したと思われます。北朝鮮と韓国の間は、現在休戦中であり、朝鮮戦争はいまだに続いている状態は解決されていません。韓国の文政権はさかんに南北統一を口にしていますが、北朝鮮にしてみれば絵にかいた餅ほどの実現性も感じていないというのが現実ではないでしょうか。
核兵器を開発した時点で、北朝鮮は対話の相手をアメリカに絞りました。アメリカとの対話のためにピョンチャンオリンピックと韓国を利用して、みごと仲介者として味方にすることに成功し、今や韓国を全く無視して、アメリカと3度の首脳会談を行うことに成功しています。その北朝鮮のバックにいるのは、今や世界に2国となった共産主義国の中国です。北朝鮮は、一時期、親中国派の高官を粛正するなど独裁化段階で中国の不興を買いましたが、アメリカとの交渉の過程で中国側の顔を大いに立てて、その関係を修復しました。
現在、中国はその数千年の知恵から、敵対するアメリカの同盟国である日本を自らの陣営に近づけようと親日外交を繰り広げていますが、経済的利益の連帯以外で日本とは相いれるものではありません。その意味で、日本の外交は、常にアメリカの掌の中にあるといっても過言ではありません。では、日本はアメリカと同じ穴の中にいれば安泰なのでしょうか。
そんなわけはありません。
よく言われることですが、トランプ大統領は北朝鮮のロケットがアメリカ本土に届かなければ、単距離ミサイルが何度打ち上げられようが痛くもかゆくもないといえます。しかし、日本は単距離ミサイルであっても本土を攻撃される距離に存在しているのです。しかも、韓国はこともあろうに日本との防衛協定であるGSOMIAの継続を拒絶しました。日本は、原発施設を攻撃されれば壊滅的被害を受けます。(もちろん、人為的に選挙される恐れもありますが・・・)
(大統領府のGSOMIA破棄発表 tokyo.np.co.jp)
中国や朝鮮半島は、地政学的に日本とつながっています。そうした意味で、日本は国を守るためのインテリジェンスを磨いていく必要があるのです。
日本は、戦後、民主主義を標榜する国へと転換しました。その転換は同時に権力による国民への監視を弱める変化をもたらします。国民への監視を弱めることは、イコール外国人への監視を弱めることにもつながります。平成に日本では一度も武力を使った紛争、戦争が起こりませんでした。しかし、日本は本当に安全なのでしょうか。そこでは、大震災が起き、地下鉄サリン事件が起き、国民の危機が発生しています。
そうした危機が、人為的に起こされる危険はないのか。日本が平和利用を目的として開発した技術が盗まれて軍事転用されるリスクはないのか。世界中が日本の原子力技術やロケット技術、はたまたAI技術、遺伝子技術をのどから手が出るほど欲しがっているのです。
日本は、冷戦のさなかからスパイ天国と揶揄されます。現在のテロリストたちが徘徊する世界を認識したとき、日本に接待に必要なのはカウンターインテリジェンスをになう情報機関です。今回の本は、改めて私たちのその危機感を思い起こさせてくれます。
【ノースブリザードとは?】
今回の小説を小説と呼ぶかどうか、議論が分かれるところかと思います。というのも、第3章くらいまで、小説にはほとんど展開がないからです。黒田情報官は室長と言う立場もあって、今回は北海道やアメリカに諜報のために出張します。そこで、ロシアのエージェントやイスラエルのエージェントに北朝鮮情勢をヒアリングします。そこで交わされる会話は、現在の東アジア情勢の最前線に他なりません。
そこでは、ほとんど見立てと諜報へのうんちくが延々と語られます。私のようなインテリジェンスオタクには思わずのめりこむような話なのですが、面白い小説ファンにとっては何の展開もなく、まったくワクワクしない語りだと思います。
しかし、第4章から物語は動き始めます。北朝鮮の諜報員が日本に潜入していることが黒田情報官の活躍で判明します。ここからの展開は、これまでのシリーズをほうふつとさせる展開が待っています。やはりこのシリーズは、日本のインテリジェンス小説としては秀逸なのではないでしょうか。インテリジェンスに対するうんちくに興味のある方は手に取ってみることをお勧めします。
スパイ小説に意外性や意外な展開を求める方には、第3作目あたりがおすすめです。
ところで、またまたラグビーワールドカップの話です。サモア戦、迫力満点でしたね。この勝利を見ると日本の強さが本物であることがよくわかります。フィジカルが強く、ペナルティねらいのサモアに対して、日本は本当に冷静かつ力強い戦いを繰り広げました。後半13分頃まで、26対19。日本とサモアの点差は7点差。ワントライで同点です。それでも日本は4トライによる勝ち点1までも狙っていたのです。最後の連続スクラムからの松島選手のトライには、体が震えるほど感動しました。
(松島選手のラストトライ asahi.com)
「ONE TEAM」の合言葉通りの闘いに熱烈喝采です。ガンバレ、日本!!
それでは皆さんお元気で、またお会いします。
〓今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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