辻村深月 建物に刻まれた人々の記憶(その1)

こんばんは。


  今年、定年を迎えた友人は、仕事を辞めて悠々自適の生活に入りました。


  最後の出勤日、今後の悠々自適生活について語りましたが、彼にはいくつかの人生計画がありました。その中の一つに、「歴史的建物の徒歩による探訪」が含まれていました。


  友人は、一級建築士の資格を持ち、かつて某ゼネコン(総合建設業)に籍を置いていましたが、30年前にわが金融業界へと転職してきたのです。その建物への造形の深さはもちろんなのですが、彼には、高血糖値の持病があり、糖尿病予備軍として体調管理を医師から言い渡されているのです。つまり、取得するカロリーを抑えて、消費するカロリーを増やすことを課せられているわけです。


  そのために最も適しているのがウォーキングです。生活習慣病予備軍にとって、一日一万歩は健康への道標です。しかし、我々は何の目的もなく歩くのには忍耐力を要します。最近はPokemon GOのような歩くこと自体で報酬をもらえるスマホゲームが人気を呼んでおり、街にはスマホを片手に歩き回る高齢者たちをよく見かけるようになりました。


  話は逸れましたが、その友人は退職後、ウォーキングを継続的に行う目的として歴史的建造物を巡り、街を歩くことにしたわけです。確かに、東京近県には様々な歴史を包含した名建築が数多く残されています。東京では、東京駅や丸の内の三菱一号館美術館、上野に行けば東京国立博物館、国立西洋美術館、国立科学博物館など、数え切れないほどの名建築がひしめいています。それを巡るウォーキングは、人生の楽しみと健康の両方を満喫する一石二鳥の計画と言えるのではないでしょうか。


  こんなことを思い出したのも先週から読んでいるある小説のワンダーのためです。


「東京會舘とわたし(上)旧館」(辻村深月著 文春文庫 2019年)


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(「東京會舘とわたし(上 旧館)」 amazon.co.jp)


【レトロ建築に秘められたワンダー】


  東京會舘と言えば、現在はリニューアルにより最新の建物に生まれ変わりましたが、建物の中には1920年(大正11年)の初代東京會舘から継承された様々な内装や造作が今も残されており、我々にその歴史に秘められた記憶を呼び起こしてくれるのです。


  閑話休題


  最近は、NHKの番組を見ることが多く、家族からはNHKオタクと呼ばれてあきれられています。特に動物写真家岩合光昭さんの「世界ネコ歩き」とEテレの「クラシック音楽館」は面白い。そのNHK Eテレに「美の壺」という番組があることをご存知でしょうか。この番組はあらゆる美術の鑑賞マニュアルとの副題のとおり、毎回様々なアートを取り上げてその鑑賞ノウハウを伝えてくれます。


  その番組で「レトロ建築」が取り上げられました。しかも90分のスペシャル版。見ごたえがありました。この番組では、レトロ建築を味わうための5つのツボを紹介してくれます。


■レトロ建築のツボ その1:建物で味わう世界旅行

  まず紹介されるのは、新宿区にある木造建築「小笠原伯爵邸」です。この建物は旧小倉藩主で伯爵であった小笠原当主が1927年に建築した歴史的建造物であり、東京都選定歴史的建造物にも認定されています。旧小倉藩と聞くと木造数寄屋造りの建物が想像されますが、さにあらず。この建物は、鉄筋コンクリート2階建て、スパニッシュ様式で建てられたヨーロッパが香るようなファサード、そして優雅な内装に魅了されます。さらに応接間の内装にはアラビアを思わせる装飾が施され、異国情緒に満ち溢れています。


  レトロ建物めぐりが大好きという女優内田有紀さんの案内で建物の中で世界旅行気分を味わいます。その他にもレンガ造りの旧事務所、三菱1号館美術館、ギリシャ様式の柱を配置した明治生命ビル、白金にあるアールデコ様式の旧朝香宮邸と見どころ満載の建物が紹介されます。


■レトロ建築のツボ その2:時代を映す、店の顔

  日本には多くの外国人がいますが、あの大ヒットアニメ「君の名は」の背景を描いたアーティストがポーランドの方とは知りませんでした。その名もマテウシュ・ウルバノヴィッチさん。現在、ウルバノヴィッチさんは東京の古き良き商店の建物をデッサンし独自のイラストを制作しているのだそうです。イラストは、「東京店構え」との題名で本にもなっているといいます。


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(書籍「東京店構え」 amazon.co.jp)


  番組では、築地にある築地木村家というサンドイッチ専門店の店構えに魅せられたウルバノヴィッチさんが、木村家の4代当主を訪ね、その店構えを独特のタッチでイラストに仕上げるまでを紹介してくれます。その古さに風情がある看板は秀逸な出来です。


  さらに番組は、東京小金井市にある「江戸東京たてもの園」を訪問します。その中には、実際に使われていた商店6件を移築した一角があり、どれも個性あふれる建物です。


■レトロ建築のツボ その3:時が重ねた心地よさ

  次に番組が訪れたのは、なんと「銭湯」です。今や家庭には必ず内風呂がある時代。銭湯はもはや一部のファンの楽しみとなりましたが、昭和30年代には「内風呂」があっても広く大きなお風呂屋さんの湯舟を味わいたくて家族でお風呂屋さんを訪れました。驚いたことに都内には、総木造り、宮構えのお風呂屋さんが現役で営業しているのです。


  かつて、家族ドラマとして「時間ですよ」というTV番組が放映されていました。その舞台は銭湯。そこの住込みの使用人堺正章が、冒頭に「おかみさーん。時間ですよー。」と声を挙げて始まる番組は、一世を風靡し、皮肉なことに番組が始まると銭湯から人がいなくなると言われるほどでした。(「戦後すぐのラジオ番組「君の名は」みたいですが・・・。」


  ともあれ、この昭和32年に建築されたという銭湯は、吹き抜けを見上げれば、織り上げ格天井(おりあげごうてんじょう)が広く施され、昔、パーマ屋さんにあった、座ってドームをかぶる方式のドライヤーまで設置されてレトロ感満載です。


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(大田区のレトロ銭湯 Tokyosentou.com)


  いつもはナレーションを務める木村多江さんが、あこがれだったと語る番台に座って、男湯も女湯も見渡し、その建築のすばらしさを紹介してくれました。続いて、木村さんが訪れるのはフランク・ロイド・ライトと弟子の遠藤新が設計した名建築「自由学園明日館」です。


  この建築は、大正10年(1910年)に建てられたといいます。すでに100年以上を経ているのですが、驚くことにこの建物は「動態保存」という保存方法を用いており、現在も現役として利用されつつ保存されているのです。もともと学園ですので、子供たちの教育の場なのですが、光がふんだんに入る講堂やすべての人々が対面して食事をとる食堂は、まるでハリーポッターに出てくるフォグワースを思わせる様々な工夫に溢れています。


  番組では、この建物の中で開催されているオカリナの市民講座の様子を映しており、高齢の受講者たちがここに通ってくることを楽しみにしながら、永年オカリナを葺いている姿に感動しました。


  いよいよ番組も佳境に入っていきます。次なるレトロ兼特は、こだわりの職人技が光る建築物となります。


■レトロ建築のツボ その4:手仕事が生み出す華やぎ

  京都に銭湯?その意外な銭湯は北区所在の「船岡温泉」です。こちらの銭湯もレトロと言えば負けていません。大正昭和の香りをまとった内装はなつかしさでいっぱいで、京都らしく木船医師のある露天風呂や脱衣所を囲むように彫り込まれた京の祭りの欄干など見どころに溢れています。しかし、番組で紹介するのは、職人技と言えるマジョリカタイルの美しさです。


  マジョリカ焼とは、イタリアのマヨリカ焼が発祥の彩色タイルのことですが、19世紀半ばにイギリスのミルトン社、ウエッジウッド社が制作したマジョリカタイルが世界に流行しました。日本でも輸入されましたが、その値段が硬化であることから和製摩距離方いるが開発され、大正から昭和10年代にかけて多く生産されました。大半は輸出されましたが、2から3割は国内の建築に利用されました。そのレトロな美しさは、我々の心を捉えて離しません。


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(船岡温泉のマジョリカタイル funaokaonnsen.net)


  そして、もう一つの職人技。これこそフランク・ロイド・ライトによって図面が起こされた旧帝国ホテルのテラコッタです。テラコッタとは粘土を素焼きにしたものをさし、彫刻や土器などに利用されますが、建築に使う装飾としても使われます。


  旧帝国ホテルの本館では、ライトが作図したテラコッタが450万個も使われるため、このテラコッタ製造のために常滑市に「帝国ホテルレンガ製作所」という会社を作り、テラコッタの制作に当たったのです。実は、この会社が現在のINAX社(旧伊那製陶社)に変わったというのはワンダーでした。さらに驚いたことに、この製作所の職人たちの気質は求道的で、実際に焼きあがったテラコッタはライトの作図したものよりも複雑で合理的な造形だったというのです。


  そういえば、人気番組テレ東の「開運 なんでも鑑定団」に旧帝国ホテルのテラコッタが出品され、本人評価額20万円のところ、鑑定結果が250万円となり、本物であることも驚きでしたが、その金額にも驚きました。


  このテラコッタと旧帝国ホテル本館のファサードは現在愛知県犬山市の明治村に移築され、いつでも見ることができます。


  さて、最後のツボは、「■レトロ建築のツボ その5:レトロを未来へ」なのですが、本の紹介に至る前に紙面が尽きてしまいました。最後のツボのご紹介は次回に繋げたいと思います。


【建物の歴史は人が紡いでいく】


  さて、今回の小説は、辻村さんが「東京會舘」が大正11年に創業されてから現在に至るまでの物語です。


  東京會舘の建物は、その間に2度の建て替えを行っています。大正11年、創業時の本館はルネサンス様式の洋館で、帝国劇場と並んでモダンで壮麗な建築でした。「民間初の社交場」とのコンセプトで創業された東京會舘は、ホテルの認可が下りずに宿泊施設こそありませんが、バンケットホール、バー、レストランを兼ね備えただれでも利用できる會舘として、長きにわたり日本人に愛されてきた會舘です。しかし、新築1年もたたないうちに會舘は関東大震災に襲われます。未曾有の地震に建物は耐えられたのか。その結末はこの小説でお楽しみください。


  この本館が老朽化のために建て替えられたのは、昭和47年のこと。(ちなみに2度目の建て替えは平成27年(2015年)からはじまり、この文庫本が上梓された平成31年(2019年)に地上30階建てのビルとして竣工しました。)


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(竣工当時の東京會舘と帝国劇場 wikipediaより)


  上巻には、創業時から昭和39年までの5つの短編小説が収められています。


  辻村さんの筆は、人の心の動くさまを見事なタッチで描きだします。東京會舘の歴史を創ってきたのは、この會舘にかかわったすべての人々です。辻村さんは、その時代の會舘の出来事とそこにかかわる人たちのエピソードを語るのですが、それぞれの時代、人の心が動く瞬間を見逃しません。


  第一話。大正1254日、帝国劇場で素晴らしい演奏会が催されました。当時、世界で最も有名な演奏家、ヴァイオリニストのフリッツ・クライスラーが来日し、5日間の公演を行ったのです。作家志望の寺井は、この公演を聴くために都落ちした故郷の金沢から東京へと夜行列車に乗ってやってきます。そして、様々な想いが交錯する中で、寺井はクライスラーのヴァイオリンが奏でる音に心の底から感動します。


  いったい帝国劇場で聞いた奇跡のような音楽は、どこで東京會舘と交わるのか。寺井は、そのクライスラーの演奏に勝るとも劣らない感動を東京會舘で味わうことになるのです。そのワンダー。皆さんぜひこの小説で味わってください。


  他にも「民間の社交場」が戦争激化の中で、東京會舘が政府に徴用されることの無念。戦時下の東京會舘で結婚式を挙げた花嫁はどのように戦争を終えたのか。東京會舘で伝説となったバーテンダーはどのように生まれたのか。高度成長期に新たなスウィーツの開発に尽力した東京會舘の事業部長と菓子職人の意地と信念のぶつかり合い。この小説には、東京會舘と言う建物の中で繰り広げられた人々の心の様々なムーヴメントが詰まっています。


  辻村さんの確かな筆致に感動です。


  新型コロナウィルスは新たなデルタ株の侵攻で四度目の感染拡大フェイズに進んでいます。我々にできることは、手洗い、消毒、そして密の回避です。皆さん、一致団結してこの危機を乗り越えましょう。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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