手嶋龍一 佐藤優 ウクライナ戦争の核心

こんばんは。

  地球上の生命は、環境に適応し順応することで生き残り進化してきました。

  その中でも、我々ホモ・サピエンスはその知性によって言葉を生み出し、言葉によるコミュニケーションによって集団で環境に適応し順応して生き残ってきたのです。しかし、その知性を鈍化させると想わぬ落とし穴に陥り、自らの首を絞めることにもなりかねません。

  我々が数万年かけて築いてきたホモ・サピエンスの繁栄も、数々の戦争や文明進歩によって種の中で憎しみを募らせあい、地球環境を破壊して自らの生存域を狭めつつあります。こうした危機を回避する方法は、我々が行っている行為が人類の繁栄のために資するものか否かを怜悧に分析し、有用な手段を講じることができるかどうかにかかっています。それには、我々一人一人が鈍化することなく、鋭敏に知性を働かせていくことが必要です。

  我々には、生命に必要な順応力があります。しかし、すべての物事が諸刃の剣であるように、物事になれてしまうと知性は鈍化し、観察、分析、対応を放棄してしまうのです。

  ロシアがウクライナに侵攻してから2年が経ちました。戦争はさらなる長期化の様相を呈していますが、この2年間、中東ではパレスチナとイスラエルが戦争を行い、世界中で山火事や大きな災害が発生しています。日本でも能登半島で大規模な地震によって未だに避難を余儀なくされているたくさんの方々が苦しんでいます。そんな中で、我々は、ロシアとウクライナの戦争が日々続いていることを忘れてしまうことはないでしょうか。そのような日常があって良いはずがありません。

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(占拠されたアウディウカの住居 yahoonewsより)

  今週は、佐藤優さん流れで、手嶋龍一さんと佐藤優さんのウクライナ戦争に関するインテリジェンス対談を読んでいました。

「ウクライナ戦争の嘘」

(手嶋龍一 佐藤優著 中公新書ラクレ 2023年)

【ウクライナ戦争におけるインテリジェンス】

  このブログに訪問をいただいている方々には、インテリジェンスはおなじみのお題かと思います。インテリジェンスとは、「諜報」と訳され、国の存亡にかかる戦略に必要不可欠な情報の取得とその情報の分析を言います。手嶋さんと佐藤さんのインテリジェンス対談本は、機会あるごとに出版されており、このブログでも紹介していますが、インテリジェンスが本領を発揮するのは、この世界が大きく揺れ動く時に他なりません。

  そうした意味で、今回は、「ウクライナ戦争」という歴史の転換点と言っても良いほどの動乱をテーマとしており読み応えがあります。新聞やテレビ、ラジオの報道で「真相」という言葉がよく使われますが、目の前で起きている事実から何が読み取れるのかという点で、専門家と称される人々が語る解説はものごとの表面をなぞらえているだけで、我々の「なぜ」には答えてくれていません。それは、「真相」からは遠く離れた単なる評論に他なりません。

  そうした意味で、インテリジェンスによる読みときや見立てのプロフェッショナルであるお二人の指摘は、我々の「なぜ」にストレートに答えてくれるワンダーな内容です。

  さて、まずはこの本の目次をみてみましょう。

まえがき

第1章 アメリカはウクライナ戦争の“管理人

第2章 ロシアが侵攻に踏み切った真の理由

第3章 ウクライナという国 ゼレンスキーという人物

第4章 プーチン大統領はご乱心なのか

第5章 ロシアが核を使うとき

第6章 ウクライナ戦争と連動する台湾危機

第7章 戦争終結の処方箋 日本のなすべきこと

あとがき

  目次を読んだだけでも興味津々ですが、読んでみれば、読んでいる時間を止めたくなるほど、お二人が語る「真相」に夢中になること間違いなしです。

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(「ウクライナ戦争の嘘」中公新書 amazon.co.jp)

(ここから先はネタバレがあります。)

  手嶋さんや佐藤さんのインテリジェンスのプロたる経歴はこれまでもブログでお話ししてきましたが、「真相」を語るときにつきものなのは表面をなぞるだけの誤解による批判です。

  この本でもお二人が大前提として何度も語るのは、この戦争ではロシアが国際法に違反して、主権国家の領土を侵略しているという事実です。さらに、ロシアは罪もないウクライナ市民を何万人も殺傷しており、その罪は決して許されるものではありません。しかし、その罪をどのように糾弾してもそれがウクライナの領土奪回につながることにはなりません。むしろ、ロシアのプーチン大統領はさらに殺戮を広げ、窮地となれば核戦争も辞さないと語っているのです。

  我々は、ロシアの一方的に犯している許されざる犯罪を十分に認識したうえで、冷徹に現状を知って分析を加え、現状で講じることができる最も有効な手段は何なのかを考える必要があります。しかし、冷徹に事実を見つめ、語る過程ではロシアに有利となる事実も語ることになり、短絡的な発想からは、あらぬ批判をもたれることもあります。そうした無為な批判を招かないために、お二人は大前提を確認しながら話を進めていくのです。

【政治家たちの思惑】

  罪もない市民たちが死の恐怖に脅かされている中でも、政治家たちは国家間の戦略と政治的思惑を振りかざして、日々、政治活動を続けています。

  ウクライナ戦争は、民主主義と新たな独裁主義との戦いです。ソ連が崩壊して冷戦が終わった後、世界はアメリカが主導する自由と民主の時代へと大きく舵を切ったようにみえました。ことにソ連の衛星国であった東欧の国々は次々と民主化し、独裁主義的な体制から民主体制へと移り変わりました。そうした中で、ロシアはアメリカやEU主要国のかかげる「自由と民主主義」の理念とは一線を画したスラブ主義ともいえる独裁的な体制を維持し、市民たちも大多数はそれを是と考えています。

  そうしたロシアから見れば、自らの同盟国であった社会主義国として独裁色の濃かった国々がロシア国境に向かって次々と民主化されていくことに一種の恐怖を感じているのではないでしょうか。ロシアがヨーロッパで国境を接している国は、北からフィンランド、エストニア、ラトビア、リトアニア、ベラルーシ、ウクライナとつらなり、さらに黒海をはさんで真南にジョージアとアゼルバイジャンと続きます。1991年ソ連が崩壊しロシアは新たな連邦国家として歩み始めました。

  ソビエト時代、国境を接した国々は、フィンランドを除いてワルシャワ条約機構の同盟国として、ときに独裁的な社会主義体制を取ってきましたが、ソビエトの崩壊によって次々に独立し、民族的な民主主義国家へと変っていったのです。それは、イギリスやアメリカ、フランスなどの掲げる自由と民主の国という民主主義体制でした。ベラルーシとアゼルバイジャンはかろうじてロシアに近い独裁的民族主義的な政権を保っていますが、それ以外の国々は自由と民主を是とする国家へと革命により転換していったのです。

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(ロシア国境のEU加盟諸国  国交省HPより)

  現在、ロシアと中国が独裁組織的民主主義を標榜している国で、アメリカの価値観に対抗していますが、さらにはイスラム教の価値観による法の支配を是とする勢力もアメリカ的民主主義と対峙しています。敵の敵は味方。ウクライナ戦争を抱えるプーチン大統領は、欧米の体制に対抗する勢力と主義主張を超えて手を携えようと考えているようです。

  こうした中で、政治家たちは様々な思惑を胸にこのウクライナ戦争に対応していこうとしています。ウクライナのゼレンスキー大統領は侵略が行われた当初から、すべての領土を回復するまでは戦い抜くとして戦争を続ける姿勢を堅持しています。ゼレンスキー氏の背景には、地政学的にEU諸国に接するウクライナの西側地域、中部地域の市民の支持があります。

  ロシアによる侵略当初、ロシアが企んだと言われたゼレンスキー政権転覆の思惑は阻止されました。アメリカとEU諸国の支援によりウクライナはロシアの侵攻に対して国を挙げての反抗へと転じました。しかし、ロシアの執拗な攻撃は続き、東部三州の独立を宣言してロシアは占領地の既成事実化をはかります。こうして前線は膠着してこの侵略戦争は長期化を余儀なくされたのです。

  アメリカは侵攻前からロシアの侵攻を予告し、侵攻開始から終始西側の先頭に立ってEUとともにウクライナを支援し続けています。このアメリカの体制をお二人は「ウクライナ戦争の管理人」と見立てています。アメリカは、かつて自らの領土内で外国との戦闘を行ったことはなく、モンロー宣言に象徴される孤立主義を貫いてきた歴史を持ちます。バイデン政権もロシアの戦争犯罪を糾弾しながら、直接ロシアと戦闘を行うことを避けています。

  直接の戦闘は、核兵器の使用、世界大戦への拡大を招く要因となるため、アメリカもEU諸国もこの侵略への対応を支援にとどめています。アメリカのバイデン政権はこの侵攻に支援を行うことによってロシアの弱体化を目標にしている、とお二人は見立てているのです。さらに、そこには西側の軍産共同体の経済的利益も大きく関わっているのです。

【侵略の背景 ウクライナの歴史】

  この本の冒頭、手嶋さんは、佐藤さんが侵略戦争の勃発を度のように予見し、見抜いたかを問いかけます。佐藤さんは、「いきなり豪速球ですね。」といいながらも、そのみごとな「見立て」を語っていきます。ここから話は本題へと突入していきます。日本で専門家のみ立てを、政治的思惑などからみごとに骨抜きにしながら対談が進んでいきます。

  第2章と第3章は、日本からは想像すらできないロシアとウクライナの歴史的、地政学的背景を次々と解き明かしてくれます。実はウクライナ人(民族)は、現在の国に至るまでに実に複雑な歴史を抱えているのです。

  まず、ワンダーだったのは歴史の始まりにいきなりモンゴル帝国が登場したことです。ウクライナのクリミア半島には15世紀にモンゴル人(のちにタタールと呼ばれる)によるクリミア・ハン国が建国されました。この国はオスマン帝国に押されながらも独立を維持して16世紀には当時モスクワ公国であったロシアに攻められます。しかし、オスマン帝国(のちのトルコ)との狭間で生き残り、18世紀、ロシア帝国のエカテリーナ2世のときにロシアに併合されました。そのクリミア・ハン国が1657年にモスクワ公国と結んだのがペレヤスラフ協定といい、ポーランドからの攻勢を防ぐためにモスクワ公国の宗主権を認めるという内容でした。

  それから300年後の1957年、ソ連のフルシチョフ書記長は協定締結300年を記念してクリミア半島をウクライナに返還したのです。当時、ウクライナはロシアとは軍事的にも深い関係にあり、まさかウクライナが独立するなどとは想像だにできなかったのでしょう。

  現在のウクライナは、西部、中央部、東部の3つの地域から構成されます。そして、この3つの地域は歴史も民族も大きく異なるといいます。お二人はこの地政学的な成り立ちからインテリジェンスを深めていきます。驚きだったのは、開戦以降、多くのウクライナ人が国内で避難した街、リヴィウを中心とした西部のガリツィア地域がウクライナの領土となったのは第二次世界大戦前後で、それまではポーランドの領土だったという歴史です。

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(ウクライナ全図 コトバンクHPより)

  つまり、ウクライナは古くから親ロシアだった東部地域、近代化工業化の中でロシアに染まっていった首都キーウを含む中部地域、そして、ウクライナの民族運動が最も盛んな西部地域、の3つの地域で成り立っており、それぞれが異なる歴史を持っているというのです。

  こうした歴史を知ることで、この本で語られる数々のインテリジェンスが大きな説得力を持って我々に迫ってくるのです。


  ロシアの一方的な国際法では許されない侵略によって始まったウクライナの戦いは、ついに3年目を迎えました。このブログを書いている現在もウクライナの罪もない人々は命の危機にさらされ、日々亡くなる人々、傷つく人々が増えていきます。確かにロシアの犯罪は明らかであり、プーチン大統領はその戦犯ではあります。しかし、どこかで罪のない市民の殺戮をとどめなければなりません。

  ウクライナの人々の被害と不条理、そして憤りは決して収まることはないでしょう。それでも一度、殺戮の手を止めて、命の大切さを再認識する道を模索することが必要なのではないでしょうか。この本には、そのことの必要性と、前提となる条件へのヒントがちりばめられています。いまこそ、我々はもう一度、冷静になるときなのではないでしょうか。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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