小説(日本)一覧

三上延 ビブリア古書堂 祝11歳!

こんばんは。

  ロシアの引き起こした侵略戦争は3ヶ月を超え、ウクライナでの殺戮を続けています。

  人間の欲望は止まるところがありません。アジアには、「足るを知る」という考え方があります。それは、幸福とは今現在の幸福を正しく知ることが必要だという教えです。自己顕示欲や権力欲、支配欲が異常に高い人々は、誰よりも自分が多くの権力と多くの富と多くの領土を手に入れなければ幸福を感じることができません。そこには限度がないのです。

  そして、自らの欲望を満たすためには、他人の苦しみ、命さえも顧みないのです。

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(ロシアにより破壊されたセベロドネツク nhk.or.jp)

  プーチン大統領は、決して自らの欲望のためにウクライナ軍事作戦を始めたのではない、言うに違いありません。しかし、その中心には間違いなく己の欲望があります。それは、自らの力でかつてのロシア帝国や旧ソビエト連邦が手にしていた領土や国家を取り戻し、自らの名前をロシアと世界の歴史に刻みたいという欲望です。

  足るを知らないプーチン大統領は最も不幸です。

  一方で、第二次世界大戦の前と後では、戦争犯罪に対する重みは大きく異なります。それは、人類が自らを滅亡させるに足る力を手に入れたことによる違いです。古代から人を殺めること、人を傷つけることは犯罪として認識されています。そして、最も古い償いは同じ苦しみを与えることです。本来であれば、ウクライナに先に手を出したロシアに対して、その報復はロシア国内に攻め入ることです。しかし、それは世界大戦と世界の破滅を意味します。

  ロシアの卑劣さは、「おまえたちは人類を滅亡させる引き金を引くのか?」との問いを投げ掛けることで、ウクライナへの侵攻を局地化させようとするその思考です。

  新たな時代の民主(のふり)帝国主義に対して、我々はどのように対峙するのか。一人でも多くの人間がプーチン大統領の思想や行動は、人には受け入れられない卑劣な殺戮であることを広く声高に語り、広げていくことが必要です。

  このことは他に転嫁することができない、我々人類が背負った宿題なのです。

  いらだちは尽きませんが、今週は11年目を迎えた本にまつわるミステリィで大人気シリーズとなった文庫の最新刊を読んでいました。

「ビブリア古書堂の事件手帖Ⅲ 扉子と虚ろな夢」

(三上延著 メディアワークス文庫 2022年)

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(ビブリア古書堂最新刊 amazon.co.jp)

【本はこの世からなくなるのか】

  最近、電車の中で文庫本を読んでいる人が少なくなりました。

  多くの人たちは、スマホを片手にゲームにいそしんでいます。時々、タブレットやスマホで何かを読んでいる人もいます。その人たちは、最近よくテレビのCMで見かける電子レンタルマンガで漫画を読んでいます。そして、たまに電子書籍を読んでいる姿も見かけます。

  こうして世代が変わっていくと、紙に印刷された本はやがて世界から消えていくのか、と殺伐とした気持ちになります。

  かつては、「華氏451度」のように、国家権力による焚書坑儒によって地球上から本がなくなってしまう恐怖が描かれていましたが、現実には、国家による統制ではなく、我々人類自らが本を必要としなくなる時代が来るのかもしれません。

  しかし、それは想像もできないはるか未来のこととなるに違いありません。

  なぜなら、日本の学校教育がデジタル化を阻んでいるからです。その証拠に試験が近くなると電車では参考書や辞書を片手にマーカーで色鮮やかになった文字を一生懸命覚えている若者たちを多く見かけるからです。

  うちの息子は小学校の教諭をやっているのですが、小学校にiPadが導入されたとき、タブレットの扱い方を知っている教諭がだれもおらず、子供のころからPCオタクだったうちの息子が校長に頼まれて、タブレットのマニュアル作りに奔走しました。ところが、せっかくマニュアルを作っても誰もそれを読まず、タブレットを使う段になると、ほぼ全員がトラブルを起こし直接きいてくるそうです。聞く前にマニュアル読んでほしい、と嘆いていました。

  その小学校は神奈川県内でも教育レベルが高いことで知られている文京都市にある公立校なのですが、そこでさえも教諭のデジタルリテラシーは極めて低く、アナログがすべてを支配しているのです。

  そうした環境で教育を受けてきた子供たちは、仕事をするために必要な知識を得るときにはおそらく「本」を読むことで物事を知ろうとするに違いありません。つまり、本はなくなることはないというわけです。本をこよなく愛する私としては、安心してよいのか、心配した方が良いのか、複雑な思いの今日この頃です。

【古書堂店主が解き明かす本ミステリィ】

  さて、大人気シリーズだった「ビブリア古書堂の事件手帖」は、2017年に古書堂の女性店主篠川栞子さんとアルバイト店員だった五浦大輔くんが結婚するという大団円で幕を閉じました。

  しかし、著者三上延さんの古書愛は止まることを知りませんでした。

  昨年、待望の新シリーズが始まったのです。このシリーズでは、三上さんがテーマとして取り上げた本や、その著者がまさに主人公と言ってもよいのですが、長編では、さらにそれが面白さの中心となります。例えば、シリーズ初の長編譚では、江戸川乱歩の希少本を巡るいくつもの謎解きが我々を小説世界へといざなってくれ、時を忘れました。第6巻では、太宰治の「走れメロス」をモチーフとした太宰治の希少本を巡る人間劇が語られます。

  そして、最終巻では、なんとシェークスピアの、世界で初めて刊行された全集であるファーストフォリオが主人公となったのです。

  このシリーズは本好きにとっては、思わず顔がほころんでしまう唯一無二の物語なのです。

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(ビブリア古書堂事件手帖10周年記念 amazon.co.jp)

  2021年から始まった第二シリーズでは、いよいよ栞子さんと大輔くんの愛娘、扉子さんが登場します。前作は、日本のミステリィ小説のレジェンド、横溝正史の作品が謎解きの中心となりました。そこに登場する篠川扉子さんは高校生。しかし、思春期の彼女はプロローグで少し垣間見えるのみで、物語はすぐに現在へと戻ります。前作は、新シリーズのスタートにふさわしい全作品中一、二を争う面白さでしたが、その構成にはいくつもの時制が重なっており、若き栞子さんをほうふつとさせる高校生の扉子さんはまださわりのみの登場でした。

  本作では、その扉子さんが前半戦大活躍します。

  今回の作品は、長編でありながらもいくつかのエピソードがつながっていく、三上さん得意のプロットで展開していきます。

  まず、全編を貫くのは、神奈川県藤沢駅前のデパートで開催される古本市です。この伝統ある古本市は、今回が60回目を数え、古本マニアたちが毎回楽しみにしているイベントです。我らが「ビブリア古書堂」もこの古本市の参加店の一つ。古本市の開催は3日間となります。

  今回の物語では、この3日間にいくつものサスペンスが盛りこまれていくのです。

  今回、栞子さんに持ち込まれた依頼は、古くからつきあいのある同業者、古本店「虚貝堂」にまつわるものでした。(このさきネタバレあり。)

  虚貝堂はビブリア古書堂が店を構える北鎌倉と同じ沿線、戸塚駅前で50年以上も営業しているなじみの古書店です。古書店の店主は、すでに70歳を超える年齢ですが、息子と一緒に店を切り盛りしており、店を譲ろうと考えていました。ところが、その息子は急性の胃がんの発見が遅れ、亡くなってしまいます。

  亡くなった虚貝堂の若旦那には、一人息子がいました。しかし、13年前に離婚して、息子は母親に引き取られ、母親の下で育てられました。今回の依頼主は、亡くなった若旦那が13年前に別れた奥様だったのです。そして、依頼の内容は、驚くべきものでした。

  虚貝堂のご主人は、息子の蔵書を売りさばこうとしている、というのです。依頼主の奥様は、亡くなったご主人の一人息子こそ、ご主人の蔵書の相続人であり、蔵書の処分については相続人が判断すべきであり、なんとか蔵書を売ることを止めてほしい、というのです。

  さらに、古書堂を兼ねた篠川家で栞子さんがこの依頼を受けていたとき、ちょうど学校から帰宅した扉子は、この話を立ち聞きしてしまいました。丁度、母親智恵子さんのロンドンでの仕事で出張しなければならなかった栞子さんは、意を決して、扉子を藤沢で開催される古書市に送り込むことにします。

  篠川扉子は、本を巡る謎を解く名手栞子さんと同じく、その手腕を発揮するのでしょうか。

【古書市にはワンダーがいっぱい】

  以前にもブログに紹介しましたが、浦和駅西口にある伊勢丹、コルソから延びる「さくら草通り」を西に向かって抜けていき、旧中山道を渡った広場では、月に1回、「浦和宿古本いち」が開催されています。県内の古本屋さんが選りすぐりの古本を販売してくれるうれしいイベントです。

  散歩で浦和界隈を毎日歩いているのですが、この「いち」がたっていると、そこで1時間以上足止めとなります。それぞれの出品本をみていると興味が尽きません。単行本や文庫本、新書の棚には100円から200円で豊富な本が数百冊もならびます。こちらをくまなく見るのも楽しみなのですが、それ以外にも嬉しい品物が並んでいます。

  まず、目を凝らすのはCDコーナーです。

  最近は、テナーサックスの教室に通っているので、その名曲を集めたベスト盤はタワーレコードなどでは見つかりません。先日も「JAZZ TENOR SAX」なるベスト盤をみつけました。なんと、デクスター・ゴードンの「チーズケーキ」、ジョン・コルトレーンの「インナセンチメンタルムード」、ソニー・ロリンズの「ラウンドミッドナイト」など名手の9曲が収められており、1000円は超お得で、狂喜乱舞しました。

  さらに日本で行われた美術展のカタログも必ずチェックします。

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(2010年 ボストン美術館展カタログ)

  先日は、2008年に名古屋市美術館で開催された「モネ『印象日の出』展」のカタログを見つけ、思わず手に入れてしまいました。なんとその額300円。嬉しい買い物です。さらには、2010年に森アーツセンターギャラリーと京都美術館で開催された「ボストン美術館展」のカタログ。ルノワールをはじめモネ、コロー、シスレー、ピサロと名だたる印象派の巨匠たちの名作が次から次へと登場します。こちらも300円。あまりの感動にしばらくは毎日眺めてほくそえんでいました。

  もちろん、これまで買い逃していた映画のパンフレットや単行本、文庫、新書も。訪れるたびに新たなワンダーを味わうことができます。

  さて、そんな古書市で繰り広げられる謎解きの数々、みなさんもぜひ味わってください。

  今回、取り上げられているのは東宝映画のパンフレット「怪獣島の決戦 ゴジラの息子」、そして樋口一葉の「通俗書簡文」、さらには夢野久作「ドグラ・マグナ」。3日間で繰り広げられる謎解きの妙。今回も篠川栞子、五浦大輔、篠川扉子、そして篠川智恵子が大活躍です。お楽しみに。


  首都圏では、またもコロナの新規感染者が増加しつつあります。皆さん、手洗い、消毒、密回避とマスク着用(熱中症には要注意です。)を励行して拡大防止に努めましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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辻村深月 建物に刻まれた人々の記憶(その2)

こんばんは。


  東京オリンピックが始まりました。


  世界中からアスリートたちが集い、平和と多様性の調和の下、これまで培ってきた自らの力を最大限発揮して競技に臨みます。


  スケートボードでの日本最年少金メダリストの誕生や13年ぶりのソフトボール女子の金メダル。はたまた卓球混合ダブルスで絶対王者中国を破っての初の金メダル、などなど、毎日が感動の連続でアスリートたちの姿に元気をもらう毎日です。


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(スケートボード日本最年少金メダル 西矢選手 cnn.co.jp)


  一方で、今回のオリンピックは、新型コロナウィルスとの闘いが続き中での開催となり、一部の地域を除いて、無観客での開催となりました。開会式をはじめほとんどの協議では、大会関係やと選手たちの拍手が響くのみですが、1年間延期となった不安を払しょくして日夜鍛えてきた選手たちには、一層の集中力を持って戦ってもらいたいと思っています。


  オリンピックの報道に隠れてしまったように感じるコロナ禍ですが、デルタ株などの変異型ウィルスは世界中で猛威を振るい、日本でもこれまで以上の勢いで第5波にさらされつつあります。


  高齢者へのワクチン接種も順調に進み、ワクチン効果が期待されましたが、今回の第5波は、その多くが20代から50代のまだワクチン接種に至っていない世代が新規感染しています。日本では、行動の自由が憲法により明確に定められており、強制的な行動制限を行うことはできません。さらに酒類を販売する飲食店を筆頭に自営業の方々やその従業員の方々は、自粛によって生活自体を脅かされる状況となっています。

   

  経済活動の維持と人流抑制は二律背反の課題です。


  しかし、新型コロナウィルスと人類の闘いは死ぬか生きるかの戦争と言っても過言ではありません。我々は「自由」と「責任」について、ここでじっくり考えてみるべきではないでしょうか。これまで感染していない方々は、マスク、手洗い、消毒が十分なのか、不要不急の外出を自粛しているのか、改めて真剣に考えてみるべきだと思います。


  オリンピックに人生をかけて戦うアスリートの姿を見るにつけ、我々も毎日を、緊張感を持って過ごしていく必要があると身が引き締まる思いがします。


  さて、今回は前回に引き続き、東京會舘を描いた辻村さんの本を紹介します。


「東京會舘とわたし(下 新館)」(辻村深月著 文春文庫 2019年)


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(文庫「東京會舘とわたし 下巻」 amazon.co.jp)


  東京會舘は、東京日比谷の皇居に面した場所に帝国劇場と並んで大正11年に建設されました。


  そのコンセプトは、「民間初の社交場」。それは、貴族のためでも富裕階級のためでもない、誰もが集うことができる建物をめざした建物だったのです。


  大正11年(1922年)に建築された旧館は、大正時代末期の大賞デモクラシーも相まって、様々な市民によってにぎわっていました。上巻(旧館)での短編を見ると、


第一章 クライスラーの演奏(大正12年)

第二章 最後のお客様(昭和15年)

第三章 灯火管制の下で(昭和19年)

第四章 グッドモーニング、フィズ(昭和24年)

第五章 しあわせな味の記憶(昭和39年)


と、日本の激動の時代に東京會舘とそこにかかわる人々が織りなす世界を描きます。


  旧館は、建築後1年もたたずして関東大震災に見舞われ、1階部分は大きく破損し、外壁が崩れ落ちて鉄骨がむき出しになりました。周囲にあった帝国劇場や警視庁は火災によって焼失しましたが、東京會舘は火災からは免れて建物は大きな被害を受けながらも生き残りました。しかし、その復旧には19カ月の歳月を要し、その間休業を余儀なくされたのです。


  上巻、第二章には、その歴史と、そしてさらに日中戦争下で国に徴収された東京會舘の従業員たちの想いが描かれます。


【レトロ建築に刻まれた人々の想い】


  前回、NHKEテレ「美の壺」のスペシャル版で紹介された「レトロ建築」のすばらしさを語りましたが、最後の「ツボ」を語るところで紙面が尽きてしまいました。


■レトロ建築のツボ その5:レトロを未来へ

  上野駅からほど近い上野公園は、近代レトロ建築の宝庫です。


  まず、上野駅から正面に位置するのは、前川國男が設計した東京文化会館です。この建物は1961年の竣工ですが、そのエントランスは、コンクリートの大きな庇の下に大きなガラス張りの入り口がそびえ公園の入り口にふさわしい建物となっています。建物に入ると一面に敷き詰められた茶系のタイルが秋の落ち葉を思わせ、公園の一部であることを感じさせます。


  そして、そこから公園に進んでいくとフランス近代建築の巨匠ル・コルビュジェ設計の国立西洋美術館が見えてきます。ここで開催される数々の美術展は目を離せないのですが、毎回訪れるたびにこの建築のエントランスとファサードには感慨を抱きます。この建物は、2016年に世界遺産に登録されています。


  さらに上野公園には、東京国立博物館という近代建築の代表が存在します。表慶館は1908年に建てられた丸い屋根を持つモダン建築。本館は銀座和光を設計した渡辺仁による古典主義の荘厳な建築。東洋館の建築は1968年谷口吉郎の作品。法隆寺宝物殿は1999年に谷口吉生による近代的建築。ここでは、明治、昭和、平成の建物をみることができるのです。


と、前置きが長くなりましたが、「美の壺」で取り上げられたレトロ建築は、その先にあります。


  その建物の名前は、「国際こども図書館」。名前を聴くとレトロ建築とは結びつきませんが、その前身は「旧帝国図書館」だったのです。その建物が建てられたのは、1906年(明治39年)。まるで、パリやベルリンを思わせるヨーロッパ風石造りの瀟洒な建物です。


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(国際こども図書館全景 kodomo.go.jpより)


  この建物が「レトロを未来へ」として取り上げられたのは、この建物が2000年からのリニューアル工事によって改修されたにもかかわらず、旧帝国図書館の建物が見事に保存されているところにあります。この保存のために設計にかかわったのは国際的にも有名な安藤忠雄さんです。安藤さんは、建物内に自然の光を導きいれることによって、建物に生命力を与える設計で知られています。


  安藤さんは、この改修において、旧帝国図書館の建物をガラスの器によって覆うことで、旧建築のファサードを見事によみがえらせました。特に建物の裏側には、外壁をカラスによっておおわれた回廊が設置されており、ラウンジでは旧帝国図書館の外壁に直接触れることができる光あふれる設計がなされています。


  このリニューアルには、まさにレトロ建築を未来につなぐ心が満ち溢れています。


  さて、次なるレトロ建築の所在地は新潟県上越市高田地区となります。


  その建築は、なんと現役の映画館です。どのくらいレトロかと言えば、この建物が営業を開始したのは、1911年(明治44年)なのです。最初は劇場としてスタートした建物が映画館へと変わったのは1916年。なんと、105年を経て今もなお映画館として営業を続けているのです。その映画館の名前は「高田世界館」。


  この映画館は、地元のブランティア(というか映画と建物のファン)の方々が愛情を持って運営しており、その内部も客席も建築当時の面影を残しています。ホールの座席は1階席と2階席に分かれ、その雰囲気は「ニューシネマパラダイス」をほうふつとさせます。その体験は、「映画を見る」というよりも「映画館で映画を見る」ことではないかとある方が語っていました。


  そして、この映画館のお隣には、地区90年の古い町屋をリニューアルした「世界ノトナリ」というカフェが映画を楽しんだ皆さんの憩いの場となっています。


  この映画館は、経済産業省の近代化産業遺産にも認定された文化財ですが、レトロ建築は、現役で使われてこそ更なる価値が生まれ、未来へと引き継がれていくのです。


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(「高田世界館全景 takadasekaikan.comより)


【東京會舘を巡る感動の物語】


  大正11年にうぶ声を挙げた東京會舘は、昭和47年に建て替えが完了し、東京會舘新館として新たなスタートを切りました。


  「東京會舘とわたし」の下巻には、新たにスタートした新館での物語5編と文庫本に加えられた1編の物語が収められています。東京會舘は、2019年に2度目の建て替えを行い、近隣の富士ビルヂィング、東京商工会議所ビルと一体で地上30階建ての高層ビルに変貌しました。東京會舘は、その地下3階から地上4階まで、そして7階の宴会場が東京會舘となっており、そのエントランスや吹き抜けの宴会場は伝統と新しさを兼ね備えた建物となっています。


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(新新館に引継がれた初代シャンデリア kaikan.co.jp)


  この本の最終章は、竣工した三代目の東京會舘が紹介されています。


  下巻の短編は二代目東京會舘に込められた人々の想いがそれぞれの章に込められた秀作ぞろいです。


第六章 金環のお祝い(昭和51年)

第七章 星と虎の夕べ(昭和52年)

第八章 あの日の一夜に寄せて(平成23年)

第九章 煉瓦の壁を背に(平成24年)

第十章 また会う日まで(平成27年)

新 章 「おかえりなさい、東京會舘」(平成31年)


  この本を読むと、歴史的な建物に込められているのは、そこで繰り広げられる様々な出来事にかかわった人々の心の記憶なのだと気づきます。


  下巻でも辻村さんの描く人々の心象風景が我々の心に迫ってきます。


  この本にはひとりの作家の物語も含まれています。


  プロローグと第九章、そして最終章には小椋真護(おぐらまもる)という小説家が登場します。実は、この物語の作者はこの小椋真護なのです。第九章では、東京會舘のシルバールームにある煉瓦色の壁が登場します。その壁の前では、芥川賞と直木賞の受賞会見が行われます。それまで、4度直木賞の候補に上がり落選していた小椋が5度目に直木賞を受賞したその日がここに描かれているのです。


  この小説には小椋が持つ1本の万年筆が登場します。その万年筆のキャップには「M.Ogura」「2012.7.17」と刻まれています。小椋とその万年筆に秘められた長い年月の秘められた物語。そのカギとなったのが東京會舘そのものだったのです。


  その他にも、東京會舘にこよなきあこがれをもっていた夫を亡くし、金婚式のその日に一人で東京會舘を訪れた未亡人の物語、東京會舘で毎年ディナーショウを開いていた日本を代表するシャンソン歌手越路吹雪と岩谷時子。そのディナーショウのそでで付き添っていた若きフロアマンの姿を描く「星と虎の夕べ」。東日本大震災の夜、帰宅困難者であふれかえった東京で、東京會舘で一夜を過ごした女性の人生の絆を描く物語。


  どの作品をとっても心を動かされる名短編が我々の胸を熱くしてくれます。


  皆さんもこの本で辻村さんの描くムーヴメントを味わってください。殺伐としたコロナ禍の現代。まるでろうそくの灯を見るような癒しを感じること間違いありません。


  オリンピックと緊急事態宣言。一見相いれないように見える出来事ですが、これをむすびつけることは必ずしも正解とは思えません。手洗い、消毒、蜜の回避という自己の「責任」と日本のアスリートへの熱き声援。皆さん、その両方を大切に熱き戦いから勇気をもらいましょう。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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辻村深月 建物に刻まれた人々の記憶(その2)

こんばんは。


  東京オリンピックが始まりました。


  世界中からアスリートたちが集い、平和と多様性の調和の下、これまで培ってきた自らの力を最大限発揮して競技に臨みます。


  スケートボードでの日本最年少金メダリストの誕生や13年ぶりのソフトボール女子の金メダル。はたまた卓球混合ダブルスで絶対王者中国を破っての初の金メダル、などなど、毎日が感動の連続でアスリートたちの姿に元気をもらう毎日です。


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(スケートボード日本最年少金メダル 西矢選手 cnn.co.jp)


  一方で、今回のオリンピックは、新型コロナウィルスとの闘いが続き中での開催となり、一部の地域を除いて、無観客での開催となりました。開会式をはじめほとんどの協議では、大会関係やと選手たちの拍手が響くのみですが、1年間延期となった不安を払しょくして日夜鍛えてきた選手たちには、一層の集中力を持って戦ってもらいたいと思っています。


  オリンピックの報道に隠れてしまったように感じるコロナ禍ですが、デルタ株などの変異型ウィルスは世界中で猛威を振るい、日本でもこれまで以上の勢いで第5波にさらされつつあります。


  高齢者へのワクチン接種も順調に進み、ワクチン効果が期待されましたが、今回の第5波は、その多くが20代から50代のまだワクチン接種に至っていない世代が新規感染しています。日本では、行動の自由が憲法により明確に定められており、強制的な行動制限を行うことはできません。さらに酒類を販売する飲食店を筆頭に自営業の方々やその従業員の方々は、自粛によって生活自体を脅かされる状況となっています。

   

  経済活動の維持と人流抑制は二律背反の課題です。


  しかし、新型コロナウィルスと人類の闘いは死ぬか生きるかの戦争と言っても過言ではありません。我々は「自由」と「責任」について、ここでじっくり考えてみるべきではないでしょうか。これまで感染していない方々は、マスク、手洗い、消毒が十分なのか、不要不急の外出を自粛しているのか、改めて真剣に考えてみるべきだと思います。


  オリンピックに人生をかけて戦うアスリートの姿を見るにつけ、我々も毎日を、緊張感を持って過ごしていく必要があると身が引き締まる思いがします。


  さて、今回は前回に引き続き、東京會舘を描いた辻村さんの本を紹介します。


「東京會舘とわたし(下 新館)」(辻村深月著 文春文庫 2019年)


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(文庫「東京會舘とわたし 下巻」 amazon.co.jp)


  東京會舘は、東京日比谷の皇居に面した場所に帝国劇場と並んで大正11年に建設されました。


  そのコンセプトは、「民間初の社交場」。それは、貴族のためでも富裕階級のためでもない、誰もが集うことができる建物をめざした建物だったのです。


  大正11年(1922年)に建築された旧館は、大正時代末期の大賞デモクラシーも相まって、様々な市民によってにぎわっていました。上巻(旧館)での短編を見ると、


第一章 クライスラーの演奏(大正12年)

第二章 最後のお客様(昭和15年)

第三章 灯火管制の下で(昭和19年)

第四章 グッドモーニング、フィズ(昭和24年)

第五章 しあわせな味の記憶(昭和39年)


と、日本の激動の時代に東京會舘とそこにかかわる人々が織りなす世界を描きます。


  旧館は、建築後1年もたたずして関東大震災に見舞われ、1階部分は大きく破損し、外壁が崩れ落ちて鉄骨がむき出しになりました。周囲にあった帝国劇場や警視庁は火災によって焼失しましたが、東京會舘は火災からは免れて建物は大きな被害を受けながらも生き残りました。しかし、その復旧には19カ月の歳月を要し、その間休業を余儀なくされたのです。


  上巻、第二章には、その歴史と、そしてさらに日中戦争下で国に徴収された東京會舘の従業員たちの想いが描かれます。


【レトロ建築に刻まれた人々の想い】


  前回、NHKEテレ「美の壺」のスペシャル版で紹介された「レトロ建築」のすばらしさを語りましたが、最後の「ツボ」を語るところで紙面が尽きてしまいました。


■レトロ建築のツボ その5:レトロを未来へ

  上野駅からほど近い上野公園は、近代レトロ建築の宝庫です。


  まず、上野駅から正面に位置するのは、前川國男が設計した東京文化会館です。この建物は1961年の竣工ですが、そのエントランスは、コンクリートの大きな庇の下に大きなガラス張りの入り口がそびえ公園の入り口にふさわしい建物となっています。建物に入ると一面に敷き詰められた茶系のタイルが秋の落ち葉を思わせ、公園の一部であることを感じさせます。


  そして、そこから公園に進んでいくとフランス近代建築の巨匠ル・コルビュジェ設計の国立西洋美術館が見えてきます。ここで開催される数々の美術展は目を離せないのですが、毎回訪れるたびにこの建築のエントランスとファサードには感慨を抱きます。この建物は、2016年に世界遺産に登録されています。


  さらに上野公園には、東京国立博物館という近代建築の代表が存在します。表慶館は1908年に建てられた丸い屋根を持つモダン建築。本館は銀座和光を設計した渡辺仁による古典主義の荘厳な建築。東洋館の建築は1968年谷口吉郎の作品。法隆寺宝物殿は1999年に谷口吉生による近代的建築。ここでは、明治、昭和、平成の建物をみることができるのです。


と、前置きが長くなりましたが、「美の壺」で取り上げられたレトロ建築は、その先にあります。


  その建物の名前は、「国際こども図書館」。名前を聴くとレトロ建築とは結びつきませんが、その前身は「旧帝国図書館」だったのです。その建物が建てられたのは、1906年(明治39年)。まるで、パリやベルリンを思わせるヨーロッパ風石造りの瀟洒な建物です。


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(国際こども図書館全景 kodomo.go.jpより)


  この建物が「レトロを未来へ」として取り上げられたのは、この建物が2000年からのリニューアル工事によって改修されたにもかかわらず、旧帝国図書館の建物が見事に保存されているところにあります。この保存のために設計にかかわったのは国際的にも有名な安藤忠雄さんです。安藤さんは、建物内に自然の光を導きいれることによって、建物に生命力を与える設計で知られています。


  安藤さんは、この改修において、旧帝国図書館の建物をガラスの器によって覆うことで、旧建築のファサードを見事によみがえらせました。特に建物の裏側には、外壁をカラスによっておおわれた回廊が設置されており、ラウンジでは旧帝国図書館の外壁に直接触れることができる光あふれる設計がなされています。


  このリニューアルには、まさにレトロ建築を未来につなぐ心が満ち溢れています。


  さて、次なるレトロ建築の所在地は新潟県上越市高田地区となります。


  その建築は、なんと現役の映画館です。どのくらいレトロかと言えば、この建物が営業を開始したのは、1911年(明治44年)なのです。最初は劇場としてスタートした建物が映画館へと変わったのは1916年。なんと、105年を経て今もなお映画館として営業を続けているのです。その映画館の名前は「高田世界館」。


  この映画館は、地元のブランティア(というか映画と建物のファン)の方々が愛情を持って運営しており、その内部も客席も建築当時の面影を残しています。ホールの座席は1階席と2階席に分かれ、その雰囲気は「ニューシネマパラダイス」をほうふつとさせます。その体験は、「映画を見る」というよりも「映画館で映画を見る」ことではないかとある方が語っていました。


  そして、この映画館のお隣には、地区90年の古い町屋をリニューアルした「世界ノトナリ」というカフェが映画を楽しんだ皆さんの憩いの場となっています。


  この映画館は、経済産業省の近代化産業遺産にも認定された文化財ですが、レトロ建築は、現役で使われてこそ更なる価値が生まれ、未来へと引き継がれていくのです。


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(「高田世界館全景 takadasekaikan.comより)


【東京會舘を巡る感動の物語】


  大正11年にうぶ声を挙げた東京會舘は、昭和47年に建て替えが完了し、東京會舘新館として新たなスタートを切りました。


  「東京會舘とわたし」の下巻には、新たにスタートした新館での物語5編と文庫本に加えられた1編の物語が収められています。東京會舘は、2019年に2度目の建て替えを行い、近隣の富士ビルヂィング、東京商工会議所ビルと一体で地上30階建ての高層ビルに変貌しました。東京會舘は、その地下3階から地上4階まで、そして7階の宴会場が東京會舘となっており、そのエントランスや吹き抜けの宴会場は伝統と新しさを兼ね備えた建物となっています。


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(新新館に引継がれた初代シャンデリア kaikan.co.jp)


  この本の最終章は、竣工した三代目の東京會舘が紹介されています。


  下巻の短編は二代目東京會舘に込められた人々の想いがそれぞれの章に込められた秀作ぞろいです。


第六章 金環のお祝い(昭和51年)

第七章 星と虎の夕べ(昭和52年)

第八章 あの日の一夜に寄せて(平成23年)

第九章 煉瓦の壁を背に(平成24年)

第十章 また会う日まで(平成27年)

新 章 「おかえりなさい、東京會舘」(平成31年)


  この本を読むと、歴史的な建物に込められているのは、そこで繰り広げられる様々な出来事にかかわった人々の心の記憶なのだと気づきます。


  下巻でも辻村さんの描く人々の心象風景が我々の心に迫ってきます。


  この本にはひとりの作家の物語も含まれています。


  プロローグと第九章、そして最終章には小椋真護(おぐらまもる)という小説家が登場します。実は、この物語の作者はこの小椋真護なのです。第九章では、東京會舘のシルバールームにある煉瓦色の壁が登場します。その壁の前では、芥川賞と直木賞の受賞会見が行われます。それまで、4度直木賞の候補に上がり落選していた小椋が5度目に直木賞を受賞したその日がここに描かれているのです。


  この小説には小椋が持つ1本の万年筆が登場します。その万年筆のキャップには「M.Ogura」「2012.7.17」と刻まれています。小椋とその万年筆に秘められた長い年月の秘められた物語。そのカギとなったのが東京會舘そのものだったのです。


  その他にも、東京會舘にこよなきあこがれをもっていた夫を亡くし、金婚式のその日に一人で東京會舘を訪れた未亡人の物語、東京會舘で毎年ディナーショウを開いていた日本を代表するシャンソン歌手越路吹雪と岩谷時子。そのディナーショウのそでで付き添っていた若きフロアマンの姿を描く「星と虎の夕べ」。東日本大震災の夜、帰宅困難者であふれかえった東京で、東京會舘で一夜を過ごした女性の人生の絆を描く物語。


  どの作品をとっても心を動かされる名短編が我々の胸を熱くしてくれます。


  皆さんもこの本で辻村さんの描くムーヴメントを味わってください。殺伐としたコロナ禍の現代。まるでろうそくの灯を見るような癒しを感じること間違いありません。


  オリンピックと緊急事態宣言。一見相いれないように見える出来事ですが、これをむすびつけることは必ずしも正解とは思えません。手洗い、消毒、蜜の回避という自己の「責任」と日本のアスリートへの熱き声援。皆さん、その両方を大切に熱き戦いから勇気をもらいましょう。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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辻村深月 建物に刻まれた人々の記憶(その1)

こんばんは。


  今年、定年を迎えた友人は、仕事を辞めて悠々自適の生活に入りました。


  最後の出勤日、今後の悠々自適生活について語りましたが、彼にはいくつかの人生計画がありました。その中の一つに、「歴史的建物の徒歩による探訪」が含まれていました。


  友人は、一級建築士の資格を持ち、かつて某ゼネコン(総合建設業)に籍を置いていましたが、30年前にわが金融業界へと転職してきたのです。その建物への造形の深さはもちろんなのですが、彼には、高血糖値の持病があり、糖尿病予備軍として体調管理を医師から言い渡されているのです。つまり、取得するカロリーを抑えて、消費するカロリーを増やすことを課せられているわけです。


  そのために最も適しているのがウォーキングです。生活習慣病予備軍にとって、一日一万歩は健康への道標です。しかし、我々は何の目的もなく歩くのには忍耐力を要します。最近はPokemon GOのような歩くこと自体で報酬をもらえるスマホゲームが人気を呼んでおり、街にはスマホを片手に歩き回る高齢者たちをよく見かけるようになりました。


  話は逸れましたが、その友人は退職後、ウォーキングを継続的に行う目的として歴史的建造物を巡り、街を歩くことにしたわけです。確かに、東京近県には様々な歴史を包含した名建築が数多く残されています。東京では、東京駅や丸の内の三菱一号館美術館、上野に行けば東京国立博物館、国立西洋美術館、国立科学博物館など、数え切れないほどの名建築がひしめいています。それを巡るウォーキングは、人生の楽しみと健康の両方を満喫する一石二鳥の計画と言えるのではないでしょうか。


  こんなことを思い出したのも先週から読んでいるある小説のワンダーのためです。


「東京會舘とわたし(上)旧館」(辻村深月著 文春文庫 2019年)


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(「東京會舘とわたし(上 旧館)」 amazon.co.jp)


【レトロ建築に秘められたワンダー】


  東京會舘と言えば、現在はリニューアルにより最新の建物に生まれ変わりましたが、建物の中には1920年(大正11年)の初代東京會舘から継承された様々な内装や造作が今も残されており、我々にその歴史に秘められた記憶を呼び起こしてくれるのです。


  閑話休題


  最近は、NHKの番組を見ることが多く、家族からはNHKオタクと呼ばれてあきれられています。特に動物写真家岩合光昭さんの「世界ネコ歩き」とEテレの「クラシック音楽館」は面白い。そのNHK Eテレに「美の壺」という番組があることをご存知でしょうか。この番組はあらゆる美術の鑑賞マニュアルとの副題のとおり、毎回様々なアートを取り上げてその鑑賞ノウハウを伝えてくれます。


  その番組で「レトロ建築」が取り上げられました。しかも90分のスペシャル版。見ごたえがありました。この番組では、レトロ建築を味わうための5つのツボを紹介してくれます。


■レトロ建築のツボ その1:建物で味わう世界旅行

  まず紹介されるのは、新宿区にある木造建築「小笠原伯爵邸」です。この建物は旧小倉藩主で伯爵であった小笠原当主が1927年に建築した歴史的建造物であり、東京都選定歴史的建造物にも認定されています。旧小倉藩と聞くと木造数寄屋造りの建物が想像されますが、さにあらず。この建物は、鉄筋コンクリート2階建て、スパニッシュ様式で建てられたヨーロッパが香るようなファサード、そして優雅な内装に魅了されます。さらに応接間の内装にはアラビアを思わせる装飾が施され、異国情緒に満ち溢れています。


  レトロ建物めぐりが大好きという女優内田有紀さんの案内で建物の中で世界旅行気分を味わいます。その他にもレンガ造りの旧事務所、三菱1号館美術館、ギリシャ様式の柱を配置した明治生命ビル、白金にあるアールデコ様式の旧朝香宮邸と見どころ満載の建物が紹介されます。


■レトロ建築のツボ その2:時代を映す、店の顔

  日本には多くの外国人がいますが、あの大ヒットアニメ「君の名は」の背景を描いたアーティストがポーランドの方とは知りませんでした。その名もマテウシュ・ウルバノヴィッチさん。現在、ウルバノヴィッチさんは東京の古き良き商店の建物をデッサンし独自のイラストを制作しているのだそうです。イラストは、「東京店構え」との題名で本にもなっているといいます。


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(書籍「東京店構え」 amazon.co.jp)


  番組では、築地にある築地木村家というサンドイッチ専門店の店構えに魅せられたウルバノヴィッチさんが、木村家の4代当主を訪ね、その店構えを独特のタッチでイラストに仕上げるまでを紹介してくれます。その古さに風情がある看板は秀逸な出来です。


  さらに番組は、東京小金井市にある「江戸東京たてもの園」を訪問します。その中には、実際に使われていた商店6件を移築した一角があり、どれも個性あふれる建物です。


■レトロ建築のツボ その3:時が重ねた心地よさ

  次に番組が訪れたのは、なんと「銭湯」です。今や家庭には必ず内風呂がある時代。銭湯はもはや一部のファンの楽しみとなりましたが、昭和30年代には「内風呂」があっても広く大きなお風呂屋さんの湯舟を味わいたくて家族でお風呂屋さんを訪れました。驚いたことに都内には、総木造り、宮構えのお風呂屋さんが現役で営業しているのです。


  かつて、家族ドラマとして「時間ですよ」というTV番組が放映されていました。その舞台は銭湯。そこの住込みの使用人堺正章が、冒頭に「おかみさーん。時間ですよー。」と声を挙げて始まる番組は、一世を風靡し、皮肉なことに番組が始まると銭湯から人がいなくなると言われるほどでした。(「戦後すぐのラジオ番組「君の名は」みたいですが・・・。」


  ともあれ、この昭和32年に建築されたという銭湯は、吹き抜けを見上げれば、織り上げ格天井(おりあげごうてんじょう)が広く施され、昔、パーマ屋さんにあった、座ってドームをかぶる方式のドライヤーまで設置されてレトロ感満載です。


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(大田区のレトロ銭湯 Tokyosentou.com)


  いつもはナレーションを務める木村多江さんが、あこがれだったと語る番台に座って、男湯も女湯も見渡し、その建築のすばらしさを紹介してくれました。続いて、木村さんが訪れるのはフランク・ロイド・ライトと弟子の遠藤新が設計した名建築「自由学園明日館」です。


  この建築は、大正10年(1910年)に建てられたといいます。すでに100年以上を経ているのですが、驚くことにこの建物は「動態保存」という保存方法を用いており、現在も現役として利用されつつ保存されているのです。もともと学園ですので、子供たちの教育の場なのですが、光がふんだんに入る講堂やすべての人々が対面して食事をとる食堂は、まるでハリーポッターに出てくるフォグワースを思わせる様々な工夫に溢れています。


  番組では、この建物の中で開催されているオカリナの市民講座の様子を映しており、高齢の受講者たちがここに通ってくることを楽しみにしながら、永年オカリナを葺いている姿に感動しました。


  いよいよ番組も佳境に入っていきます。次なるレトロ兼特は、こだわりの職人技が光る建築物となります。


■レトロ建築のツボ その4:手仕事が生み出す華やぎ

  京都に銭湯?その意外な銭湯は北区所在の「船岡温泉」です。こちらの銭湯もレトロと言えば負けていません。大正昭和の香りをまとった内装はなつかしさでいっぱいで、京都らしく木船医師のある露天風呂や脱衣所を囲むように彫り込まれた京の祭りの欄干など見どころに溢れています。しかし、番組で紹介するのは、職人技と言えるマジョリカタイルの美しさです。


  マジョリカ焼とは、イタリアのマヨリカ焼が発祥の彩色タイルのことですが、19世紀半ばにイギリスのミルトン社、ウエッジウッド社が制作したマジョリカタイルが世界に流行しました。日本でも輸入されましたが、その値段が硬化であることから和製摩距離方いるが開発され、大正から昭和10年代にかけて多く生産されました。大半は輸出されましたが、2から3割は国内の建築に利用されました。そのレトロな美しさは、我々の心を捉えて離しません。


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(船岡温泉のマジョリカタイル funaokaonnsen.net)


  そして、もう一つの職人技。これこそフランク・ロイド・ライトによって図面が起こされた旧帝国ホテルのテラコッタです。テラコッタとは粘土を素焼きにしたものをさし、彫刻や土器などに利用されますが、建築に使う装飾としても使われます。


  旧帝国ホテルの本館では、ライトが作図したテラコッタが450万個も使われるため、このテラコッタ製造のために常滑市に「帝国ホテルレンガ製作所」という会社を作り、テラコッタの制作に当たったのです。実は、この会社が現在のINAX社(旧伊那製陶社)に変わったというのはワンダーでした。さらに驚いたことに、この製作所の職人たちの気質は求道的で、実際に焼きあがったテラコッタはライトの作図したものよりも複雑で合理的な造形だったというのです。


  そういえば、人気番組テレ東の「開運 なんでも鑑定団」に旧帝国ホテルのテラコッタが出品され、本人評価額20万円のところ、鑑定結果が250万円となり、本物であることも驚きでしたが、その金額にも驚きました。


  このテラコッタと旧帝国ホテル本館のファサードは現在愛知県犬山市の明治村に移築され、いつでも見ることができます。


  さて、最後のツボは、「■レトロ建築のツボ その5:レトロを未来へ」なのですが、本の紹介に至る前に紙面が尽きてしまいました。最後のツボのご紹介は次回に繋げたいと思います。


【建物の歴史は人が紡いでいく】


  さて、今回の小説は、辻村さんが「東京會舘」が大正11年に創業されてから現在に至るまでの物語です。


  東京會舘の建物は、その間に2度の建て替えを行っています。大正11年、創業時の本館はルネサンス様式の洋館で、帝国劇場と並んでモダンで壮麗な建築でした。「民間初の社交場」とのコンセプトで創業された東京會舘は、ホテルの認可が下りずに宿泊施設こそありませんが、バンケットホール、バー、レストランを兼ね備えただれでも利用できる會舘として、長きにわたり日本人に愛されてきた會舘です。しかし、新築1年もたたないうちに會舘は関東大震災に襲われます。未曾有の地震に建物は耐えられたのか。その結末はこの小説でお楽しみください。


  この本館が老朽化のために建て替えられたのは、昭和47年のこと。(ちなみに2度目の建て替えは平成27年(2015年)からはじまり、この文庫本が上梓された平成31年(2019年)に地上30階建てのビルとして竣工しました。)


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(竣工当時の東京會舘と帝国劇場 wikipediaより)


  上巻には、創業時から昭和39年までの5つの短編小説が収められています。


  辻村さんの筆は、人の心の動くさまを見事なタッチで描きだします。東京會舘の歴史を創ってきたのは、この會舘にかかわったすべての人々です。辻村さんは、その時代の會舘の出来事とそこにかかわる人たちのエピソードを語るのですが、それぞれの時代、人の心が動く瞬間を見逃しません。


  第一話。大正1254日、帝国劇場で素晴らしい演奏会が催されました。当時、世界で最も有名な演奏家、ヴァイオリニストのフリッツ・クライスラーが来日し、5日間の公演を行ったのです。作家志望の寺井は、この公演を聴くために都落ちした故郷の金沢から東京へと夜行列車に乗ってやってきます。そして、様々な想いが交錯する中で、寺井はクライスラーのヴァイオリンが奏でる音に心の底から感動します。


  いったい帝国劇場で聞いた奇跡のような音楽は、どこで東京會舘と交わるのか。寺井は、そのクライスラーの演奏に勝るとも劣らない感動を東京會舘で味わうことになるのです。そのワンダー。皆さんぜひこの小説で味わってください。


  他にも「民間の社交場」が戦争激化の中で、東京會舘が政府に徴用されることの無念。戦時下の東京會舘で結婚式を挙げた花嫁はどのように戦争を終えたのか。東京會舘で伝説となったバーテンダーはどのように生まれたのか。高度成長期に新たなスウィーツの開発に尽力した東京會舘の事業部長と菓子職人の意地と信念のぶつかり合い。この小説には、東京會舘と言う建物の中で繰り広げられた人々の心の様々なムーヴメントが詰まっています。


  辻村さんの確かな筆致に感動です。


  新型コロナウィルスは新たなデルタ株の侵攻で四度目の感染拡大フェイズに進んでいます。我々にできることは、手洗い、消毒、そして密の回避です。皆さん、一致団結してこの危機を乗り越えましょう。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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宮城谷昌光 呉越春秋ついに最終巻!

こんばんは。

  宮城谷昌光さんが描く中国の春秋時代。その魅力は尽きることがありません。

  今週は、ついに最終巻を迎えた文庫版「呉越春秋」を読んでいました。

「呉越春秋 湖底の城 九」

(宮城谷昌光著 講談社文庫 2020年)

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(文庫版「呉越春秋 第9巻」 amazon.co.jp.)

【ライフワークともいえる大作】

  宮城谷さんと言えば、12年の歳月をかけて書き上げた「三国志」はまさにライフワークと言ってもよい作品ではありますが、この「呉越春秋」も匹敵する面白い作品です。

  「小説現代」に作品の連載がはじまったのは、2009年7月号のこと。そこから単行本を経て最初の文庫本が発売されたのが、2013年のことでした。雑誌への連載は、営々と書き進められていき、最終回を迎えたのは2018年8月号のことでした。実に書き続けられたのは、9年間。まさにライフワークと言っても過言ではありません。

  さらなる驚きは、その奥深さと面白さです。

  9巻に渡る文庫本の発売は、完結までに7年を費やしました。呉の宰相であった伍子胥(ごししょ)を描く巻が6冊、越の宰相である范蠡(はんれい)を描いた巻が3冊。その壮大な物語には、宮城谷さんのエッセンスがすべて盛り込まれています。

  宮城谷さんは、生きた物語を描くことを信条にされています。この「呉越春秋」もはじめには「范蠡」を主人公に物語を開始するはずでした。物語の「あとがき」には、この小説の開始に当たってなかなか書き出しを定められなかったご苦労が語られています。

  「・・・ひとつのイメージにこだわった。少年の范蠡が、のちに暗殺者となる呉の鱄設諸(せんせつしょ)と会うシーンからはじめたい。だが、このシーンには暗さがつきまとっている。冒頭が暗ければ、小説全体が暗くなってします。それがわかるので筆が竦んでしまうのである。」

  宮城谷さんの小説は、常に凛とした颯爽とした気分が全体を支配しています。今回の「呉越春秋」は水を意識して書いている、と著者が語っていますが、その水は濁っているものではなく、常に淡い透明度を保ちながら、しなやかに時には激しい潮流を生み出しているように思えます。そうした意味で、あとがきにかかれているこのご苦労のおかげで、この小説はこれだけ長きにわたり語られることになったのです。この面白さを導き出してくれた伍子胥に感謝です。

  ここで語られる幼い范蠡と鱄設諸が会うシーンとは、小説の第4巻に描かれているのですが、確かにそこには、そこはかとない暗さがつきまといます。しかし、このシーンはこの物語に范蠡が初めて登場する重要な場面となるのです。以前のブログを読んだ方はご存知ですが、鱄設諸は伍子胥を腹心とする呉王闔閭が前王を暗殺する、まさにその暗殺者となる人物なのです。

  そして、その鱄設諸が訪れるのは、楚の国で大きな力を持つ商人(賈人)である范氏の屋敷です。伍子胥の命を受けた鱄設諸は、范氏に黄金の盾の制作を依頼するために楚の国まで赴いたのです。そして、このエピソードがはるか後、范蠡が越の国の宰相となり、越が最後の復讐を成し遂げる場面への伏線へとつながっていくのです。

  その伏線の妙はぜひ最終巻で存分に味わってください。

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(「呉越春秋」の登場人物関係図  文庫本付録より)

  全巻を読み終えてみると、1巻から6巻までの伍子胥編、7巻から9巻までの范蠡編、それぞれの宰相の徳と個性の違いを味わうことができる長い物語でした。

  伍子胥は、一族が代々楚国の王室を助ける役目を担ってきた中では、最も大きな徳を備えた宰相でした。楚への復讐という目的はありましたが、呉の王、闔閭の側近として政治と軍事を支え、楚を滅ぼすほどの国力を実現しました。一方。呉への復讐をなすために越の政治と軍事を支えた范蠡は、代々商家を営んできた一族の末裔であり、政治家や官僚、軍人たちよりもその視野は広く、さらに懐が大きな人物として描かれています。

  呉と越の長年にわたる抗争もついに終わりの時を迎えます。その2国を支えた伍子胥と范蠡の物語も。この第9巻でいよいよ最後を迎えます。

【復讐するは我にあり】

  今回の大長編作は、一言でいってしまえば壮大な復讐の物語です。

  復讐と言えば、「復讐するは我にあり」という題名が有名ですが、この言葉は新訳聖書からの引用だそうです。言葉から受ける印象は、復讐を成すべく、決意を披露したように受け止められますが、この言葉は、神が人に向かって語った言葉なのです。それは、復讐は神に任せなさい、と諭したことに神が答えた台詞です。つまり、悪人への「復讐(報復)」は神がおこなう、という意味なのです。

  人は心に負った深い傷を、それを負わせた相手に復讐することで晴らそうとします。

  これまで、呉越春秋の物語で壮大な復讐劇を演じるのは、呉の王と越の王でした。「臥薪嘗胆」とはこの物語から発せられた言葉。それは、恨みを忘れないために薪の上に寝て痛みを思い出し、苦い肝をなめてその苦さで恨みを思い出す、という意味です。

  楚の国から亡命した伍子胥は、流浪の末、呉の国の公子光の右腕として仕えましたが、公子光は時の王をクーデターで暗殺し王となり、闔閭と名乗りました。闔閭は参謀の伍子胥と孫武とともに楚に攻め込み、滅亡の淵に追い詰めます。しかし、その都を制圧し楚王を追撃する最中、本国が越に攻め込まれたとの急報に接します。急ぎ引き返した闔閭は、越の王、允常率いる軍を追い払うことに成功します。

  このことを恨みに思った闔閭は、10年後、允常の跡を継いだ勾践が王となった越へと攻め込みます。しかし、待ち構えていた勾践の策略にはまり、敗退。撤退時に負った弓矢の傷によって闔閭は亡くなります。闔閭は死に際に跡継ぎの夫差を呼び、必ず越の勾践に復讐せよ、と遺言したのです。夫差は父親の恨みを忘れることがないよう薪のうえで寝たということです。

  夫差は、国力を蓄えちゃくちゃくと復讐の準備を整えます。このままでは、富国強兵の呉に攻め込まれると考えた勾践は、先手を取って呉に攻め込もうと計画します。しかし、情報収集にも疎漏のない伍子胥は、この計画を事前に察知します。そして、準備万端整えた呉軍は、攻め込んできた越を迎え討ち、見事勝利を収めました。降伏した勾践は、命乞いをします。処刑を主張する伍子胥の言を夫差は受け入れず、勾践の命を救いました。

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(「呉越春秋」時代の中華 文庫本付録より)

  勾践は、捕虜となって呉の国に幽閉され、奴隷同様の生活を送ります。しかし、その苦難を飲み込んで、表向きは呉への忠誠を誓い、復讐の心をひた隠しにしてすべてを耐え忍びます。勾践は、その恨みを忘れることがないよう、幽閉を解かれ越に帰還してからも自らは倹約に倹約を重ね、越の民を富ませ、兵力を増強することに全力を注ぎます。そして、苦い肝をなめてこの恨みを忘れないように肝に銘じたのです。

  この長編、呉越春秋は臥薪嘗胆の物語なのですが、宮城谷さんが描いたのは、決して夫差と勾践の復讐の物語ではありません。

  そこに描かれたのは、伍子胥が実現したあまりにも巨大な復讐劇と范蠡の復讐を超えた身の処し方なのです。

【伍子胥と范蠡の壮大な復讐劇】

  宮城谷さんは、これまでも数々の古代中国を描く小説で、人の志の大きさと人が織りなす世の不思議さを描いてきましたが、今回の「呉越春秋」も伍子胥と范蠡を中心に据えて、様々な人々の心の在り方とその交流を描いています。

  曰く、「伍子胥を楚都の津(みなと)に立たせることに決めると、小説世界がむりなくひらけた。」と語っています。楚の名門、連尹家の次男として生まれた伍子胥には、人を魅了するパワーに満ち溢れています。

  小説の伍子胥編は、最初から最後まで伍子胥の人としての大きさと、その魅力にほれ込んだ多くの人々によってその小説世界が構築されています。

  小説の始まりは、楚の国で大臣を務め王子の教育係をまかされる父、五奢と兄の五尚のもとで過ごす伍子胥の旅姿からはじまります。そして、父のライバルである費無極の陰謀と讒言によって、父と兄は平王から死を賜ることになります。伍子胥は、旅の中で慕ってきた仲間たちとともに、処刑場に連行された父と兄の救出を試みますが、その分厚い警護に阻まれて、寸でのところで救出に失敗します。

  こうして、伍子胥は慟哭し、楚の平王に対する復讐劇がはじまるのです。

  第1巻から第6巻までに語られる伍子胥の物語は、復讐が目的ではありながら、一人の人間が人々の間で成長を遂げ、ついには一国の宰相までに押し上げられていく姿が語られています。その姿は、かつて宮城谷さんが描いた流浪の王、際の重耳(ちょうじ)の姿に重なります。そして、その戦略のみごとな様は、これまた名作である、中山国を守り抜いた名将楽毅の姿を彷彿とさせます。それは、復讐と言うよりも人生そのものと言ってもよいのではないでしょうか。

  そして、今回の最終巻では、伍子胥のライバルともいえる越の宰相である范蠡の物語も完結することになるのですが、そこでは悲しい伍子胥の最後も描かれます。。

  さて、范蠡の復讐とはどのようなものでしょうか。

  范蠡は楚の国で商家を営む范家の出身です。しかし、范家はある日何者かによって襲撃を受け、蓄えた財産をすべて奪われてしまします。そのときに伍子胥が政策を依頼した黄金の盾も行方が分からなくなってしまったのです。さらに、親族はすべて殺され、范蠡は天涯孤独の身となるのです。范蠡には幼くして婚約した相手がいました。その名は西施。後に絶世の美女といわれた彼女は幼き日に范蠡と言い名付けだったのです。

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(越の国へと引き渡される西施 文庫本挿絵より)

  ところが、運命は二人を引き裂きます。その後西施は、その美貌から越王の側室となりますが、越王が呉の夫差に敗れたとき、人質の一人として夫差のもとに入ります。范蠡は、元の婚約者の存在を心に留めながらも、なすすべなく過ごすしかありませんでした。

  心に大きな傷を負った范蠡ですが、越王 勾践が嘗胆の末に呉に勝利し、夫差が自死した後には、その復讐を成し遂げるチャンスが巡ってくるのです。しかし、呉から戻ってきた西施は、一度呉王のものとなったために越王から疎まれ、越に帰国するや幽閉され、あまつさえ、邪魔な存在として湖に沈められることになるのです。

  生死と父親の敵。范蠡の復讐劇がどのような形で終わるのか、その顛末が最終巻では語られることになるのです。

  そして、そのあざやかな身の処し方は感動的です。

  宮城谷さんの本を語ると話はいつまでも続きますが、紙面もつきました。本日はここでお開きとします。皆さん、どうぞ最終巻をお楽しみに。

 

  昨年に続き、今年のゴールデンウィークもコロナウィルスに翻弄され、外出もままなりません。しかし、ワクチン確保もめどが立ち、まさに、ここが我慢のしどころです。皆さん、手洗い、消毒、マスク、密回避を徹底し、ウィルスに打ち勝ちましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。

 

 

今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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原田マハ たゆたえども沈まず、とは?

こんばんは。

  原田マハさんの書いたゴッホ小説をついに読みました。

「たゆたえども沈まず」

(原田マハ著 幻冬舎文庫 2020年)

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(原田マハ 「たゆたえども沈まず」amazonより)

【アート小説とフィクションの妙】

  マハさんの小説の魅力は何度となくこのブログで紹介してきましたが、またまたアートの世界を描く素晴らしい小説が上梓されました。今回、マハさんが挑んだのはあのフィンセント・ファン・ゴッホです。その「ひまわり」の絵が数十億と言う金額で取引され、なんどとなく美術展が開催される孤高の画家ゴッホ。そのゴッホを原田さんはどのように描くのか。興味は尽きません。

  マハさんのアート小説は、変幻自在です。

  初めてのアート小説である「楽園のカンヴァス」は、本格的な謎解きを織り込んだ素晴らしいミステリー小説でしたが、そこに描かれていたのはアンリ・ルソーの作品に対する限りない愛情とリスペクトでした。かの有名なルソーの「夢」に描かれた女性、その名前はヤドヴィガです。いったいルソーはどのように宿ヴィかと出会い、彼女を描いたのか。そして、ルソーの絵に新たな絵画の力を感じ取った若き日のピカソ。ピカソはルソーを応援するために自ら選択戦と呼ばれたアトリエに仲間を呼んで「夜会」を催しました。

  かの有名な夜会も題材とした謎解きの小説はアート小説に新境地を切り開きましたが、それはその後の序章にしか過ぎなかったのです。

  その後、マハさんは次々とアート小説の傑作を世に問うて行きます。画家たちにかかわりのある女性たちの視点から印象派の巨匠たちを描いた中短編集「ジュヴェルニーの食卓」では、印象派の絵にも通ずる抒情と感性を作品に昇華しました。さらにニューヨーク近代美術館を舞台とした短編集「モダン」でのコント。スペイン内戦の時代から第二次世界大戦までのパリ時代のピカソを描いた「暗幕のゲルニカ」では、ピカソの愛人を語り部としながらピカソの「ゲルニカ」の作品としての変遷を語りました。

  若くして夭折した天才オーブリー・ビアズリーとオスカー・ワイルドの邂逅を描き、最後には読者の背筋をぞっとさせるスリラータッチの作品「サロメ」は、記憶に新しいところです。

  そんなマハさんがこの作品ではどんなワンダーを味合わせてくれるのか、本当に文庫本になるのが待ち遠しい作品でした。

  そして、期待をたがえることなく、今回も新たな手法で我々を驚きと感動の世界に導いてくれました。それは、大胆な着想によるゴッホと日本の物語だったのです。

【炎の人 ゴッホとは?】

  皆さんは、ゴッホと聞いて何を思うでしょうか。

  「炎の人ゴッホ」との名称は、映画の題名です。ゴッホの伝記映画としては昨年制作された「永遠の門 ゴッホの見た未来」が話題になったのは記憶に新しいですが、この題名は1956年に名匠ヴィンセンt・ミネリ監督が撮った映画の邦題となります。この映画は牧師であった父親の後を継ごうと聖職者を目指した青年時代から亡くなる37歳までを描いた力作で、ゴッホを演じたのはカーク・ダグラス。ゴーギャンを演じたアンソニー・クインはこの映画でアカデミー助演女優賞を受賞しています。

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(「炎の人ゴッホ」DVD  amazonより)

  この映画は、かつて日曜映画劇場で観て感動した映画で、私の中ではゴッホといえば「炎の人」という印象が定着略してしまいました。実は原題は「Lust For Life」との題名で、これは「生への渇望」を意味しています。原題通りであれば、ゴッホへの印象も大きく変わったと思われます。

  映画の題名はともかく、ゴッホの絵は確かに我々を魅了してやみません。鮮やかで現職のようなエキゾチックな色使いもさることながら、油絵の具をまるで3Dのように画布に盛り上げて表現する技法は独自のもので、見る者に強烈な迫力を持って迫ってきます。

  これまで、美術展では数多くのゴッホを見てきました。

  いったいなぜゴッホの絵はこれほど我々を魅了するのでしょうか。印象派の絵が我々を魅了するのは、描かれている対象が単なる風景なのではなく、作家の目や心に映った光や事象であり画家の心がそこに反映されているからに違いありません。ゴッホやセザンヌ、ゴーギャンなどの作品は、ポスト印象派と呼ばれています。それは、シスレーやピサロ、マネなどの印象派をもう一歩進めた作品を描いたという意味でもあります。

  印象派が「眼」に映った光のうつろいをカンヴァスに写し取るのに対して、ゴッホは「眼」よりも「心」に作り上げた事象をカンヴァスに焼き付けようとしています。花瓶に生けられたひまわりを何度も何度もカンヴァスに描くには、自らの心にあるひまわりと、カンヴァスに焼き付けたひまわりにギャップがあるからに違いありません。

  マハさんがこの小説で究極のゴッホとして描いているのは「星月夜」と言う作品です。晩年、アルル北東にあるサン=レミ・ド・プロヴァンス村のサン=ポール・ド・モゾル療養所で生活していたゴッホがその部屋から見える糸杉をモチーフに数々の作品を書き残しました。「星月夜」は、明け方のまだ三日月が残る夜空を背景に黒い糸杉が夜空に身かって伸び、渦巻く夜に向かって佇む姿を描いています。その迫力は唯一無二の作品です。

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(ゴッホ「星月夜」wikipediaより)

  これまで、様々な場面で見たゴッホの絵は、いかにして自分の心をそこに映し出そうかと苦悩しているように思えます。コスモポリタン美術館展で観た「糸杉」は、昼の淡い青空に黒く大きな糸杉が屹立していて、糸杉の命に自らを託しているように見えました。また、最晩年に麦畑に種まきを飛び交うカラスを描いた作品では、暗い夕日を背景に飛ぶカラスが黒く描かれており、ゴッホが自らを塗りつぶしてしまいたいと思っている心が見えてくるようでした。

  ゴッホと言えば病的なまでにつきつめた精神性と緊迫感を思い出しますが、これまで見たゴッホの中で一番好きな作品は、松方コレクションの一枚で、現在では上野の国立西洋美術館に収蔵されている「ばら」という作品です。

  この小説には、アルルでゴーギャンとの共同生活が破たんして耳の一部を切り落とす事件の後、「星月夜」を描いた療養所からパリに一時帰った時のゴッホの姿が描かれています。結婚して、優しい奥さんと子供(子供の名前は、ゴッホの名と同じフィンセントです。)に恵まれた弟テオのもとを訪れたゴッホは、本当に穏やかで幸せな3日間を過ごします。この「ばら」を見ると、その静謐な筆致の中にテオの新居を訪れて幸福感の中にいるゴッホが思い起こされます。

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(ゴッホ「ばら」国立西洋美術館HPより)

  37年の間に素描も含めて2100もの作品を残し、最後は自らを銃で打ち抜いたエキセントリックな生涯。マハさんがその絵画と生涯をどのように描いたのか、読み逃すわけにはいきません。

【ゴッホと日本と浮世絵と】

  マハさんの中短編集「ジヴェルニーの食卓」に「タンギー親父さん」を描いた作品が収められています。タンギー親父さんはパリの画装具店の店主です。彼は若き芸術家が大好きで、その店には絵具代を払えない画家たちが後払いで絵具を買っていき、支払の代わりに作品を置いていくのでまるでギャラリーのようになっていたのです。

  ゴッホも絵具代の代わりに「タンギー親父」の肖像画を描いているのですが、その背景にはたくさんの浮世絵が飾られており、ゴッホはその浮世絵を描いています。ゴッホを始めとする印象派やポスト印象派の画家たちは、当時「ジャポニズム」が流行するパリにいて、日本の浮世絵の手法に大きな影響を受けていたのです。当時、パリには熱狂的な日本の美術収集家がおり、その人たちは「ジャポニザン」と呼ばれていました。

  1986年の3月、ゴッホは当時「グーピル商会」という画商のパリ支店の支配人であった弟のテオを頼ってパリにやってきます。そこで、ゴッホは浮世絵に出あいその技法の虜となります。丁度その年の5月、流行の絵入り雑誌「パリ・イリュストレ」で日本特集が組まれ、発売されました。その特集の表紙を飾ったのは渓斎英泉の浮世絵「雲龍打掛の花魁」だったのです。この浮世絵は、「タンギー親父さんの肖像」の背景に描かれたのはもちろんですが、ゴッホはこの絵を模写しているのです。

  実は、この「パリ・イリュストレ」の日本美術の特集記事は日本人によって書かれた記事が掲載されています。その記事の執筆者は林忠正。この雑誌が発売された19865月、林忠正はパリで美術商を営んでいたのです。その美術勝の名は、「若井・林商会」。林忠正は、その美術勝の社長としてパリの美術界で辣腕をふるっていたのです。

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(雑誌「パリ・イリュストレ」wikipediaより)

  丁度この時期、フィンセント・ファン・ゴッホの弟であるテオは、当時ヨーロッパ屈指の美術商である「グーピル商会」のモンマルトル大通り支店の支配人を務めていたのです。そして、テオは、画家を志す兄フィンセントに仕送りを行い、兄の画業をささえていました。フィンセントは、テオの仕送りによってまったく売れるあてのない絵を好きなだけ描くことができたのです。しかし、一家の長兄であるフィンセントは無一文で稼ぎのない厄介者である自分を常に苛んでいたのも事実でした。

  マハさんが描くゴッホは、同じ時代にパリの空の下にいた日本美術を扱う美術商林忠正とその下で働く加納重吉、フィンセントとテオドールたちの間で繰り広げられる絵画の物語なのです。果たして、ゴッホはどのようにして日本の浮世絵と出会ったのか。フィンセントとテオの兄弟は、パリでどのように過ごしていたのか。現在、我々が知るゴッホの絵のほとんどは、この浮世絵との出会い以降に描かれた絵となります。マハさんはこの小説で、ゴッホが自らの絵画に目覚めた理由を我々に提示してくれるのです。

【ゴッホにかかわる数々の謎】

  ゴッホは周囲の人たちにたくさんの手紙を書いており、多くの手紙が現代に残されています。とりわけゴッホの生活費のほとんどを仕送りによって賄っていた弟テオとの間で交わされた手紙は、「ゴッホの手紙」として上梓されており、多くの研究者がゴッホの人生を追っています。

  にもかかわらず、ゴッホには多くの謎が残されています。

  特に、死の直接の原因となった行為、リボルバーによって自らの腹を打ち抜いたとされる行為は謎につつまれています。そこには目撃者はおらず、真実は藪の中にあります。そもそも、彼が手にしていたリボルバーはどこから現れたものなのか。果たして、その日にゴッホは本当に一人だったのか。研究者の中には、それは自殺なのではなく他殺だったとの説を唱える人さえいるほどです。

  さらに、ゴッホが最後まで追求してやまなかった絵画。彼が目指した絵はどんな絵だったのか。

  今回の小説は、ミステリー小説ではありません。しかし、この小説ではその謎がみごとに解き明かされています。そして、セーヌ川に囲まれ、そのセーヌ川に翻弄されたパリ。「たゆたえども沈まず」とはパリを表わす言葉ですが、マハさんは、そこに人が生きていく想いを幾重にも重ね合わせてこの小説を完成させています。

  絵画が好きな方もそうでない方も、一度この本を手に取ってみて下さい。ゴッホの秘密の一端が皆さんの心を開いてくれるに違いありません。

  新型コロナウィルス封じ込めのための緊急事態宣言が続いています。皆さん、くれぐれも手洗い消毒、マスク着用、脱3密を心がけ、脱コロナ禍を実現しましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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三上延 ビブリア古書堂の事件手帖 Ⅱ

こんばんは。

  SNSの世界では、動画が最も熱いアイコンとなっています。

  デジタルの世界での中国の存在感は今や際立つものとなっています。14億の人口(この間まで13億だったのですが、今や13.9億人)ですから、そこから吸い上げられる富は底なしの井戸のようなものです。自由経済を取り込み、人民が富を蓄えることが可能となり、携帯のファーウェイ、電子決済のアリババ、動画配信のTikTok など、バーチャルプラットホームの世界では国境を越えて世界を席巻しているといっても過言ではありません。

  もちろん、中国が共産主義であることも事実であり、自由主義圏である我々は国防の問題もおろそかにはできません。

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(世界を席巻するTikTok nikkei.comより)

  それにしても、動画という直観的なコンテンツに慣れてしまうと、瞬間的な会館の連鎖がエスカレートして、立ち止まって考えるという習慣が失われてしまうことが危惧されます。ヨーロッパの教育現場では、幼いころから自ら考え自ら行動し、自らの責任を自覚する、との教育が過程においてもなされており、思考を深めることが求められています。残念ながら日本では、複数の答えのある設問に対して相対的な回答を導き出す力が鍛えられていない、との現実があります。

  大学入試などにおいても、採点の問題もあり、思考なくして回答する設問がほとんどです。

  逆に企業ではグローバリゼーションに対応できなければ生き残れません。そこでは、職員一人一人が自ら考え、自ら学び、自ら行動することが常に求められています。そうした環境では、瞬間的な動画や映像への反応だけでは、仕事を効果的に進めることは難しいと言わざるを得ません。そこに必要なのは、思考やコミュニケーションの手段となる言葉です。

  合理的な思考は、言葉によって語られることで共有化が可能です。我々が創造してきた弁証法や演繹法による理論付けや科学を探求する前提となる仮説(課題)の形成には、積み重ねていく言葉が必要不可欠です。そして、そのために必要なのは、自国語を操る能力です。国際的なコミュニケーションのためにはバイリンガルであることが求められますが、自国語に精通していなければ多国語を効果的に使うことができません。

  そして、自国語である言葉に精通するためには、言葉を知ることが必要不可欠です。

  言葉による思考の深みを身に付けるには、本を読むことが重要です。

  かつては、新聞のコラムや社説を読むことが、言葉による利起承転結を学ぶには最も有効と言われましたが、いまや若い人たちには「新聞」は死語に近いのではないでしょうか。今は、「検索」すればすべてが数秒のもとに簡略に表現されて出現します。こうした中で、「本」が手に取られるためには、本を読むことが面白くなければいけません。

  「本が面白い」これが、言葉を深めるための原点です。

  と、前ぶりがやたらと長くなりましたが、「本」への感動とリスペクトを題材にした物語が再び始動しました。さっそく読みましたが、あの面白さが帰ってきました。

「ビブリア古書堂の事件手帖 Ⅱ ~扉子と空白の時~」  

(三上延著 メディアワークス文庫 2020年)

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(三上延「ビブリア古書堂 Ⅱ」amazon.co.jp)

【篠川栞子さんは今!】

  北鎌倉駅かプラットホームから見える古書店の名前は、「ビブリア古書堂」。そこの若き女性店主、篠川栞子の物語は、2010年に始まりました。ちょうどこのブログを始めた時期と重なるので、とてもよく覚えています。

  就職浪人をしていた時にアルバイトとしてこの古書店で働くようになった五浦大輔。物語は、その始まりから我々を魅了しました。五浦大輔くんがまだ高校生のころ、この古書店でみかけた美しい女性。アルバイト先に来てみると、何とその美少女がこの店の主人だったのです。ところが、この女主人は、その美しいプロポーションや容貌とは似合わない、強度の人見知り体質だったのです。

  しかし、ほとんど人と話すことができない栞子さんが「本」のかかわるとき、彼女はスーパーウーマンへと一瞬にして変身します。彼女は部類の本好きで、こと本のことに関しては古今東西知らないことがないほどの博識。さらには、「本」の話になると人見知りであることも忘れて、いつまでも話し続けるのです。

  そして、その本好きがいつのまにか本に関する謎を呼び寄せることになるのです。

  初めての事件は、自らが巻き込まれた太宰治の初版本にかかわる犯罪でしたが、「本」にかかわる謎を次々に解き明かすうちに、人が人を呼び、いつしか本にかかわる事件が起きると、その相談が「ビブリア古書堂」に舞い込むことになったのです。

  このシリーズは、みごとな舞台設定とひとつひとつの物語のプロットが秀逸で、テレビドラマにもなり、映画化もなされました。最初のシリーズは、栞子さんと大輔くんが知り合ってから2年間に起きた数々の事件をもの語り、二人の家族にまつわる謎を含めて展開。その謎が解き明かされるにしたがって二人の中も進展し、最終話で二人はみごとにゴールインしたのです。

  主人公は、女店主である栞子さんですが、このもの語りの語り部は、基本的に五浦大輔くんでした。大輔くんは、不思議な体質で「本」が好きなのにもかかわらず、長時間本を読むと気分が悪くなり目が回ってしまう、という体質です。しかし、本の話を聴くのは大好きで、栞子さんが本の話を始めるといくらでも身を乗り出して聞き入るので、栞子さんも嬉しそうに話をいつまでもし続けるのです。その二人は、まるでシャーロック・ホームズとワトソン医師との関係の様でもあります。

  このシリーズは、数々の謎を我々に解き明かしつつ、第7巻を持って2017年に終了しました。

  今回、そのシリーズが再び始動したのです。

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(文庫本のおまけカードの栞子さん)

  その舞台は、2021年。まさに現在なのですが、著者の三上さんのプロットは一筋縄ではいきません。この第二シリーズには、二人の間に生まれた一人娘、篠川扉子(五浦くんは、篠川家に婿に入ったのです。)が登場します。実は、プロローグで登場する扉子はなんと高校生なのです。

  あれ、おかしくない?2012年に結婚したのなら、扉子が生まれたのは2013年のはず。高校生ならば、15歳。とすると、プロローグの年は、2028年でなければおかしいのです。そうです。ここが、著者の時間をあやつるワンダーなプロットとなるのです。そのタネあかしは、この本を読んでのお楽しみです。

【横溝正史は、家庭小説作家?】

  今回の謎解きの題材は、江戸川乱歩と並んで日本のミステリーの扉を開いた立役者、横溝正史です。

  横溝正史と言えば金田一耕助が即座に思い浮かびますが、私の中では、角川映画でシリーズ化された石坂浩二演じる金田一耕助が横溝正史のイメージそのものとなっています。残念ながら、横溝作品は一冊も読んだことがありません。

  市川崑監督の「犬神家の一族」が制作されたのは1976年ですが、この年に私は高校生でした。その頃は、SF小説にはまっていて小松左京、筒井康隆、星新一、平井和正などの作品やホーガン、フレドリック・ブラウン、アシモフ、ハインラインなどを読みさっていました。実は、ミステリーにも手を伸ばし始めていたのですが、そのヒーローはアルセーヌ・ルパンでした。なぜアルセーヌ・ルパンかといえば、彼が殺人を犯さないことをポリシーとしていたことがとても魅力的だったからです。いわいる義賊で人を傷つけることなく、人を苦しめる人間から意表を突く方法で盗み取る、なんとも格好良いヒーローでした。

  横溝正史の金田一ものは、殺人事件が盛大に起きるという印象が強く、あまり読む気がしなかったのです。映画を見ても確かに連続殺人事件が起こるのですが、市川崑監督は主演を石川浩二とすることにより作品から血なまぐささを消し去りました。さらに、金田一耕助の推理は犯人の人としての悲しい生きざまへの理解を前提としており、その意外性も相まって本当に面白い作品でした。

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(映画「犬神家の一族」ポスター)

  今回、著者が取り上げた横溝正史は、映画ですっかり日本人におなじみとなった作家であり、作品は成功しています。

  この物語で取り上げられる横溝の作品は、最もメジャーな金田一ものとは異なります。それは、「雪割草」という横溝正史らしくない「家庭小説」なのです。さらに今回の作品にはいくつものワンダーが仕掛けられています。

  この作品の構造として、4つの時間軸が内包されているところが読みどころとなります。まず、プロローグとエピローグで語られる扉子が高校生の世界(2028年?)、そして、最初の事件が起きるのは、前のシリーズが終了した直後の2012年。さらには、2021年の10月には扉子は小学生になっています。そして、2012年に起きた事件の続きとなる第4の時制は、2021年の11月。

  横溝正史の作品にまつわる3つの章は、前回シリーズに勝るとも劣らない構成でその面白さは抜群です。

  ネタバレとはなりますが、その面白さの一端をご紹介すると、第一話と第三話は、同じ本を題材とした物語となっています。今回の事件の依頼者は、鎌倉に住む旧家の娘です。上島家は古くから続く華族の家のようです。当主は未亡人であった女主人ですが、彼女には双子の妹がいました。双子の妹のうちのひとりは、生まれてすぐに親戚である井浦家に養子として出され井浦姓となりましたが、戦後には井浦家と上島家は同じ鎌倉の屋敷に住んでいたのです。

  上島家は、戦争で男たちが亡くなり、戦後には長姉の秋世と双子の妹春子と井浦初子が残りました。今回の依頼人はその井浦初子の娘、井浦清美です。そして、その依頼とは盗まれた横溝正史の本を探してほしい、というものだったのです。その本の名前は「雪割草」。ところが、横溝正史の著作の中に「雪割草」という本はないというのです。いったいどういうことなのか。しかも、その本を盗んだのは、依頼人の母親である井浦初子だというのです。

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(横溝正史 幻の「雪割草」)

  いったいどういうことなのか。その「雪割草」は長姉の秋世がとても大事にして蔵の保管庫に大切にしまっていたもので、秋世が亡くなって初七日の日に盗まれたのです。いったい、出版されていない幻の「雪割草」とはどのような本なのか。その本はどのように蔵から持ち出されたのか。真犯人は本当に井浦初子なのか。謎は尽きません。

  第一話は謎を残して終わります。そして、その謎は2021年に第三話で解き明かされることになるのです。

  今回の第二シリーズは一段と趣向を凝らしたワンダーな展開が楽しめます。

  実は、2年程前に「ビブリア古書堂」のスピンオフ作品が上梓されました。その本には二人の子供である扉子が初登場するのですが、スピンオフのためか語り部がこれまでの大輔くんではありませんでした。そのためとは言いませんが、残念ながらシリーズほどの切れ味がなく、とてもがっかりしたのです。

  それが、今回の再始動では大輔くんの語りが戻ってきたのです。

  今回の「ビブリア古書堂」は、シリーズの中でも上位にあがる面白さにあふれています。少々難点があるとすれば、登場人物の心の機微の描き方が少し浅い気がするのですが、この点を差し引いてもその面白さは抜群です。

  過去からのファンも、初めての方も今回の「ビブリア古書堂」に触れてみて下さい。今回も栞子さんの名推理に舌を巻くこと間違いなしです。

  首都圏には2度目の緊急事態宣言が発出されました。我々にできることはこれまでと変わりありません。手洗い、消毒を常に行い、家族以外の密を回避することに尽きます。みんなで心を一つにし、この感染拡大に歯止めをかけましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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宮城谷昌光 後漢王朝統一の大司馬を描く

こんばんは。

  菅内閣が仕事を始めてから「行政改革」がひとつのキーワードになっています。

  行政改革担当大臣の河野さんのキャラクターもひと役かって、発足初期に特有の「何かやるぞ」感を漂わせています。そんな中、日本学術会議の次期構成員を巡って議論が巻き起こっています。これまで日本学術会議のメンバーは、会議から推薦された内定者を総理大臣が任命することと規定されおり、総理大臣は推薦者をそのまま任命する形を続けてきました。

  ところが、菅総理は推薦された内定者のうち6名を任命しなかったのです。

  日本学術会議とは、日本の学者の集まりで210名の会員と約2000名の連携会員によって運営される国家組織です。そもそもは、戦後の日本において、科学は文化国家の基礎との認識から、行政、産業及び国民生活に科学を浸透させることを目的として、国の予算をもって設立された団体です。この会議の在り方については、これまで何度となく論議が行われてきた経緯があるようですが、近年ではその活動が形骸化しているのではないか、とも言われているようです。

  総理が推薦者の任命を行わないことが、政府の考え方の変更だ、とか、法令違反に値する、とか、様々な議論が行われています。総理大臣が日本学術会議の内定者を任命することには、「科学」を国家の指針、さらに財産とする強い決意があったのだと思いますが、戦後75年が過ぎて「科学」への取り組みから自体が変化しているのではないでしょうか。

  憲法では、宗教、学問、職業など国民が自ら選択できる自由への国家の介入を否定しています。しかし、日本学術会議のメンバーが国家公務員である以上、憲法の保障する自由の枠外であることは明らかです。そうした意味で、総理が推薦者の任命を認めないこと自体に問題はないと思います。問題は、日本学術会議の構成員に何を求めるか、ではないでしょうか。

  このブログでも近代史への新たな視点からの教育を本にした「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」の著者である加藤陽子氏は、「科学技術基本法」が改訂され、「人文科学」が法的に科学技術として謳われたタイミングで、日本学術会議のメンバー選定から「人文科学分野」の6名がはずされたことに追記如何を感じる、と述べています。

  確かに、政府が民間の科学分野や研究に介入したのであれば言語道断ですが、個人的には70年以上も続いている、税金を使う組織において、その構成員を「科学者たち」だけで決めるのはいかがなものか、と感じます。人間は、数が増えれば増えるほど、良貨が駆逐されていくとの原則があります。そうした意味で、日本学術会議の人選手段も見直す時期に来ているのではないでしょうか。

  さらに、日本の行政機関が、既得権益を守ることによって存続している事実です。確かに行政機関で働く人たちも消費者の一員であり、日本経済に貢献をしているわけですが、一度、成立した外郭団体が行政機関の退職後の受け皿となり延々と存続したり、名前を変えて生き残ったり、と国の組織ではあまりにも税金が惰性で使われていると思われてなりません。

  日本学術会議が無駄とは言いませんが、今回の議論を機会に日本学術会議は一度、各大学や企業の拠出制にし、民営化する、という案は非現実的なのでしょうか。かつて、日本は敗戦国で学問の徒はなかなか地位を維持することが難しく、会議には国として経済的にも支援すべき、という側面もあったかもしれません。しかし、現代は産学協同によって、企業からノーベル賞学者が排出される時代になっています。科学アカデミーが国の機関であることは逆にナンセンスなのかもしれません。

  もちろん、その存在が国民に貢献するのであれば、税金から補助金を払えばよいではありませんか。今回任命から外れた方々は、加藤陽子先生をはじめ、皆さん素晴らしい実績をお持ちと拝察します。そうした方々は、国家公務員にこだわる必要があるのでしょうか。総理が任命する、しないをあげつらうよりも、これを機に科学アカデミーのあるべき姿を徹底討論してはいかがでしょうか。

  さて、またしても世間話になってしまいましたが、今週は愛読書でもある宮城谷昌光さんの本を読んでいました。やはり、宮城谷さんの中国古代史小説は面白かった。

「呉漢」 (宮城谷昌光著 中公文庫上下巻 2020年)

【劉邦から劉秀に引き継がれた漢王朝】

  昔、人生50年と言われましたが、いまでも人の命は長くても100年程度です。世の中、なかなか200年生きた人はいません。

  人間の寿命は短いのか、長いのか。

  本来哺乳類の一員として人間の寿命は30年程度と聞いたことがあります。確かに、物理的な人の成長は18歳で止まり、あとはすべての機能が衰えていくばかり、というのは事実のようです。しかし、歴史を見ると一つに時代を作った英雄は、人生が50年もあれば十分と言う生き様を示しています。アレキサンダー大王にしても、ナポレオンにしても英雄は若くして頂点に君臨しました。

  中国の王朝を建てた英雄たちも人間であることに変わりはありません。人は、寿命があるからその業績の偉大さをなおさら感じるのかもしれません。

  宮城谷さんは、これまで中国の春秋戦国時代の英雄たちを描いてきましたが、ここ数年は「漢」の時代に焦点を当ててその英雄たちの姿を描いてきました。一つの王朝が倒れ、新しい国が生まれるときに、そこには必ず英雄が現れます。王朝が倒れるときには、腐った王権に反旗を翻す反乱が全土に広がっていきます、

  全国を統一して王朝を建てた秦は、始皇帝が亡くなるとすぐに混乱し、陳勝・呉広の乱が勃発します。乱は全国に及び、その混乱に乗じて西楚王を名乗った項羽が反乱を起こします。陳勝・呉広の乱は秦の将軍、章邯によって鎮圧されますが、章邯は項羽に敗れ、項羽はいよいよ秦に攻め入ります。ここで項羽軍から離脱し、反旗を翻したのは劉邦でした。

  項羽と劉邦の闘いは、楚漢戦争とも呼ばれ、紀元前209年に勃発した陳勝・呉広の乱から数えて6年にわたって中国全土の闘いが続いたのです。そして、最後に漢王朝を建てたのは劉邦でした。時に紀元前202年、劉邦は高祖として漢王朝を開いたのです。

  以前にブログでも紹介した宮城谷さんの「劉邦」は、司馬遼太郎さんの「項羽と劉邦」とは異なる史観で見事な小説世界を我々に味合わせてくれました。

  宮城谷さんは、「劉邦」を執筆する以前、劉邦の前漢の後に後漢の祖となる光武帝を主人公とする小説を上梓しています。小説の名は、「草原の風」。2011年の作品です。劉邦が建国した漢は約200年続きましたが、劉秀が再統一を果たした後漢も約200年続きました。漢王朝は約400年続いたわけですから劉邦と劉秀の築いた礎は英雄の所作と言ってもよいと思います。

  ちなみに単独王朝では7世紀に始まった唐は289年続き、最長の王朝と考えられます。

  さて、宮城谷さんの「漢」をめぐる物語は、どうやら「三国志」に端を発しているようです。というのも宮城谷三国志は、「三国志演義」とは異なり、史書である三国志を基本としており、その始まりは後漢の退廃からはじまっているからです。「前漢」から続く「漢王朝」は、三国志の「魏」によって最後の王が廃されて「漢」は滅亡します。

  宮城谷さんが「草原の風」を描こうと考えた動機は「三国志」にあったのではないでしょうか。後漢の最後を描いた宮城谷さんには、その始まりである劉秀(光武帝)を描くことが必然と感じられたに違いありません。そして、後漢の始まりを描くうちに劉秀の祖である劉邦を描くことが必然だと感じたのだと思います。

【光武帝の武を担った呉漢の物語】

  宮城谷さんの最新作「呉漢」を本屋さんで見つけた時には小躍りしました。その帯には、次の文字が刻まれています。「作家生活30周年記念 光武帝・劉秀が行った中国全土統一、後漢建国事業。天下の平定と、光武帝のためにすべてを捧げた武将の闘いを描く。」

  すでに「草原の風」で光武帝の天下統一を描いた宮城谷さんが、いったいどのような視点で光武帝の将軍であった呉漢という人物を描いていくのか、興味が尽きません。

  最後の行を読み終えての感想は、宮城谷さんの小説に終わりはない、という感慨でした。

  司馬遼太郎さんから歴史作家のバトンを引き継いだと言われる宮城谷さんですが、司馬さんが1987年の「韃靼疾風録」以降、64歳で小説を卒業し、以後はもっぱらエッセイでその史観を語ったこととは異なり、70歳を超えてなお、旺盛に小説を描き続けています。もちろん、司馬さんはもともとジャーナリストであり、そこから小説家になったという経歴の違いもありますが、はじめから小説家としてスタートした宮城谷さんが、今もなお尽きずに物語を語り続けてくれていることにうれしさを感じるのは私だけでしょうか。

  今回の「後漢」は、宮城谷さんらしく、登場人物や時代の背景をしっかりとした史観で支えつつも小作農家出身の後漢がどのようにして光武帝の右腕として王朝の軍事部門を司る大司馬まで登りつめたのか、をあますことなく描きだしています。

  それにしても今や宮城谷さんの物語は名人の域に達しています。

  その物語は、人と人の出会いと時と、そして人とのつながりを語ることによって次々とワンダーが深まっていき、我々はその世界へとのめりこんでいくのです。

  今回、物語のはじまりは小作農の次男である呉漢が、自作農では食べていけず出稼ぎで農地を耕す仕事をしている場面です。呉漢は、無口で黙々と仕事をこなすどこにでもいる、雇われ農民でした。しかし、自然からの賜りものである土地に真摯に向き合い、まじめに仕事をこなしていました。そんな呉漢に声をかけてきた人物がいます。潘臨と名乗った男は、まじめに働く呉漢に目を止め、夜になったら話をしたいと声をかけました。

  もちろん、呉漢には初めてあった男に心を開くような余裕はありません。そのこぎれいな男につっけんどんな態度をしめします。しかし、夜、呉漢を月が照らす外へと誘い、男はこんな言葉を告げたのです。

「農場で働いている者の中で、あなただけが天に背をむけつづけていた。それほど休まずに働いていたともいえますが、あなたには希望がまったくない、とも見えました。たまには天を仰ぐべきです。といっても、あなたはそうしないでしょうから、それならそれで、地をうがつほどみつめることです。ぼんやりながめていてはいけません。人が念(おも)う力とは小石を黄金に変えるのです。」

  この言葉が、その後呉漢の生涯の道しるべとなります。

  このときに呉漢が働いていた農地の地主は、郡の太守を勤めている彭宏です。潘臨は、その息子である彭寵の学友でした。潘臨は、学友の将来のためにその農地で働く者の中に彭寵を助けるような人材がいないか、探していたのです。そこで、目を付けたのが呉漢の懸命で真摯な働きぶりだったのです。

  呉漢は、この後、隣の州で募集している割の良い墾拓の仕事に応募しますが、そこで、二人の男と出会うことになります。ひとりは、その開墾仕事の裏側を知る郵解という男。彼は今回の仕事が新たな王朝・新を建てる王莽からの仕事だと語ります。そして、もう一人が祇登(きとう)と名乗る胡散臭い男。祇登は、呉漢に今回の開墾話のさらなる背景と王莽の世界を語りかけてきます。

  さて、宮城谷さんのファンならすぐにピンとくるはずです。

  そうです、この彭寵、郵解、祇登はこれから17年後の光武帝即位、そして天下統一まで呉漢とともにこの歴史物語におおきくかかわっていくことになるのです。

  呉漢の徳とは、土地を知ること、そして常に周りから知を学び取ること、にあります。そして、土を知ることは、終生仕えることになる光武帝との共通の「徳」となるのです。

  この物語は、宮城谷中国の中でも一段と練達な語りが際立ちます。皆さんもぜひお読みください。やはり、物語は人が創るものだと、改めて感動すること請け合いです。

  まだまだコロナ禍は続きそうです。手洗い、消毒、3密の回避に励みましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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原田マハ 魔性の女「サロメ」とは何者か?

こんばんは。

  皆さんは、「魔性」と聞いてどんなことを思い浮かべるでしょうか。

  この小説を読んで思い出したのは、シューベルトの歌曲「魔王」です。

  低音のピアノのリフで始まる「魔王」は、4つの異なる登場人物によって謳われます。もちろん、通常は一人のテノール歌手によって謳われるのですが、その詩には4つの視点から語られるのです。その主人公は「魔王」。

  ある晩高熱を出した息子を医者に診せるために父は夜の闇の中、息子を抱いて馬を走らせます。疾走する暗闇の中、魔王は熱にうなされる息子をいざなうように語りかけます。「かわいい坊や、一緒においで、楽しくに遊ぼう。綺麗な花も咲いて、黄金の衣装もあるよ。」

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(楽譜「魔王」の挿絵 wikipediaより)

  息子は、父親に「魔王が見えないの?魔王がささやきかけてくるよ。」と訴えます。疾走する父は、「息子よ、あれはただの霧だよ。」と諭して安心させようとします。しかし、魔王は執拗に息子を誘います。「素敵な少年よ。一緒においで、私の娘が君の面倒を見よう。歌や踊りを披露させよう。」息子は救いを求めます。「お父さん、お父さん。見えないの?暗がりにいる魔王の娘たちが。」父「息子よ。確かに見えるよ。あれは灰色の古い柳だ。」

  歌曲は、おどろおどろしいピアノと4つのテノールによって、緊迫の中をカタストロフへと突き進んでいきます。魔王ついに本性をさらけ出します。「お前が大好きだ。いやがるのなら、力づくで連れていくぞ。」息子は抗います。「お父さん、お父さん!魔王が僕をつかんでくるよ。魔王が僕を連れていくよ。」恐ろしくなった父親は、息子を抱える腕に力を込めて一層速度を上げて闇の中を突き進みます。

  たどり着いた時に息子は息絶えていたのです。

  この魔王の持つ蠱惑的な言葉と破滅に導く力こそ、我々が「魔性」とよぶものです。

  今週は、文庫化された原田マハさんの新たな絵画小説を読んでいました。

「サロメ」(原田マハ著 文春文庫 2020年)

【原田マハの新たな絵画小説とは?】

  「サロメ」と言えば、旧約聖書の物語ですが、過去からあまたの画家が「サロメ」の姿を描いてきました。古くは、宗教改革のルターの盟友であったドイツ画家の巨匠クラーナハが描いたサロメが有名ですが、近年では象徴主義の大家である、ギュスターヴ・モローも「サロメ」を題材とした名画の数々を世に送り出しています。特に1876年に発表された「出現」は、宙に浮かぶ預言者ヨハネの首を指し示す妖婦サロメが描かれた傑作です。

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(ギュスターヴ・モロー「出現」wikipediaより)

  しかし、今回原田マハさんが描いたのは、「サロメ」を描いた画家オーブリー・ビアズリーのエピソードでした。あえてエピソードとしたのは、この小説が物語ではなく「魔性」が出現したその瞬間を描くために執筆された小説だからです。

  皆さんも、オーブリー・ビアズリーの絵を一度は目にしたことがあると思います。あえて「画家」と書きましたが、彼の職業は挿絵画家でした。その最初の仕事は、トマス・マロリーが描いた「アーサー王の死」と題された本の挿絵画家としてでした。しかし、もっとも有名な絵は、オスカー・ワイルドが書いた戯曲「サロメ」の挿絵です。

  この本の表現を借りるならば、その挿絵は。「女はまるで亡霊さながら、おどろおどろしい横顔をしてぽっかりと宙に浮かんでいる。そしてその両手に掲げられているのは、麗しき髪と秀でた眉、永遠に瞼を閉じた男の生首。/女は男の首をかき抱き、たったいま、暗い池の中から空中に飛び出してきたかに見える。いや、池に見えるのは生首からしたたり落ちる黒い血だまり。女は血の池に浮かび上がる妖艶なのだろうか。」

  それは、魔性の美女「サロメ」そのものを蘇らせる魔力を備えた絵だったのです。

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(オーブリー・ビアズリー「サロメ」挿絵)

  白と黒だけを使ったペン画にこれほどの魅力が備わっているとは、オーブリー・ビアズリーの天才はいったいどこから生まれ出たのか。その進化の秘密がこの小説に託されたひとつのテーマなのです。

  今回の小説はこえまでのマハさんの絵画小説とは一線を画した趣向にあふれています。

【ビアズリーとオスカー・ワイルド】

  オスカー・ワイルドは19世紀末のイギリスの作家。その代表作は、「ドリアン・グレイの肖像」です。昔から肖像画はそのモデルとなった人間が乗り移るものだと言われていましたが、この小説は不気味な小説です。ある日、画家のバジルは、友人のドリアン・グレイから肖像画を依頼され、その美貌あふれる姿を絵に収めました。この絵の美しさを見たドリアンの友人ヘンリー卿はその美しさをほめるとともに、ドリアンにこの世の常識にとらわれることなく、その美貌に似つかわしい自由奔放な生き方を強く勧めます。その誘惑に乗ったドリアンは、自分の代わりに肖像画に描かれた自分が年を取ればよいと宣言しました。

  このヘンリー卿は明らかにオスカー・ワイルド自らの生き方を語る本人の傀儡です。その言葉にそそのかされたドリアンは、その後、純粋な愛を求める美しき恋人を死の淵へと追いやり、さらそれをなじる画家バジルをも殺してしまいます。しかし、その後も乱れた、奔放な暮らしを続けるドリアン。20年を経てもドリアンは全く老いることなく、その美貌は衰えることを知りません。

  しかし、ドリアンがまったく変わらぬ美貌を保ち続けている間、バジルが描いた彼の肖像画は醜く変貌し、ドリアンに代わって年を取り続けていくのです。

  その結末はこの小説を読むにしかず、ですが、オスカー・ワイルドはこんな猟奇的な小説を描くだけのことはあり、自らが世の常識に従わない自由奔放な男だったのです。

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(オスカー・ワイルド「サロメ」 books.rakutenより)

  イギリスと言えば、ジェントルマンの国です。

  その一方で、長い間、伝統と階級を重んじてきた社会でした。ピューリタン革命の時代から、貴族階級と労働者階級は完全に分かれており、貴族たちは支配階級として帝国に君臨していました。その世界観は特に保守的で厳格。階級が異なれば会って話をすることさえままならない世界が長く続いていたのです。19世紀末は、イギリス帝国の最盛期であり、こうした保守性と厳格さは彼らの誇りでもありました。

  同じころ、ドーバー海峡を渡った先のフランスでは、パリを代表される大敗を賛美し、自由を愛する人々が奔放な芸術活動を続けていました。印象派はもちろんのこと、パリでの芸術的成功を求めて、ピカソやゴーギャン、アポリネールなど若い芸術家たちがやがて来る新時代を前に芸術を語りあかしていました。保守的で厳格なイギリスでもこうした荒廃した世界にあこがれる人々もいました。オスカー・ワイルドは、こうした中、イギリスに颯爽と登場し、その自由奔放な行動と退廃的な芸術性で人気を博していたのです。

  イギリスで生まれたオーブリー・ビアズリーは、こうした退廃的奔放とは無縁な生活を送っていました。彼は、1898年に25歳と言う若さで夭折しますが、その原因は結核でした。彼が初めて結核と診断されたのは、7歳の時です。彼は、母親の収入でとても大切に育てられましたが、早くから芸術に才能を見せていたと言います。ピアノがうまく、文才もあり、絵がうまい。彼の画才はとびぬけていました。

  彼には、細やかな愛情そそいでくれた母と彼を守ることが当たり前のように育ってきた姉がいました。姉の名前はメイベル・ビアズリー。弟の画才を埋もれさせたくなかったメイベルは弟の絵を見せるために、オーブリーを連れて当時イギリスの画壇で名のあったエドワード・バーン・ジョーンズのもとを訪れます。

  このくだりは、この小説のひとつのハイライトですが、ネタバレとなるので小説を楽しみにしておいてください。そのときに、オーブリー・ビアズリーの画才は初めて世に認められることとなるのですが、この場に居合わせたのが、かのオスカー・ワイルドその人だったのです。

  この出会いからオーブリーの運命は大きく転換していくこととなるのです。

【原田マハが描く「魔性」とは】

  「あゝ、あたしはとうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナーン、お前の口に口づけしたよ。」

  クライマックスの「サロメ」のセリフは衝撃的です。サロメは、ヘロデ王の前で「七つのヴェールの踊り」という世にもあでやかで妖艶な舞を踊ったほうびに、ヘロデ王にとらわれていた預言者ヨカナーンの生首を所望したのです。地下の監獄に繋がれたヨカナーンを一目見て恋に落ちてしまったサロメは、ヨカナーンに触れたくて千々に乱れる想いから逃れることができません。しかし、預言者はその思いをきっぱりと拒絶します。

  サロメは、自らの想いを遂げるためにヨカナーンの生首を求めたのです。

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(原田マハ「サロメ」 amason.co.jp)

  この反道徳的で、しかも欲望に満ちた蠱惑は、人の欲望、想いに忠実であろうとするオスカー・ワイルドの想いそのものでした。そして、その桁外れな芸術を全く同じ感性で表現したのが、オーブリー・ビアズリーだったのです。二人は、余人には理解しえない魔性を共有します。

  今でこそ「LGBT」や「ジェンダ-」などの言葉で、同性愛の存在は知性ある人々に受け入れられつつありますが、19世紀末のイギリスでボーイズラブが受け入れられるわけもありません。オスカー・ワイルドは、劇場やアトリエ、さらには社交場に若くて美しい男性を数多く引き連れて訪問していました。それは、言外にボーイズラブを公言している行動です。

  そして、畢生の芸術である「サロメ」をめぐって、男たちの三角関係が繰り広げられていきます。それは禁断の世界であるとともに、芸術としてはまさに「魔性」の世界です。オーブリー・ビアズリーもその才能ゆえにその渦中へと巻き込まれていくのです。

  しかし、このボーイズラブの世界がこの小説の新機軸なのではありません。確かに、原田マハさんと「魔性」の世界はこれまで融合することはない世界でした。ところが、この小説はそれほど単純ではありません。

  これまで、マハさんは常に女性の視点に立って自立した女性の物語を語ってきました。絵画小説においても主人公のひとりは必ず颯爽とした女性でした。そう、今回の小説も例外ではありません。オーブリー・ビアズリーに最も近い女性は誰でしょうか。

  それは、結核の患う弟を守り、その絵画の才能を世に出し、自らも女優としての道を歩もうとするオーブリーの姉、メイベル・ビアズリーその人です。

  そして、今回描かれる「魔性」とは、これまで語られてきたオスカー・ワイルドとオーブリー・ビアズリーの間に生まれた禁断の魔性以上に「人間の性(さが)」そのものに肉薄するような「魔性」なのです。

  小説「サロメ」には、これまでの絵画小説のような謎解きやワンダーなプロットは使われていません。そうしたものはなくても、ラストのどんでん返しに皆さんは衝撃を受けるに違いありません。そして、その衝撃の伏線は、プロローグから周到に用意されているのです。

 皆さんも、この「サロメ」で、これまでとは一線を画す新たな原田マハの魅力に触れて下さい。その「魔性」に背筋がゾッとするに違いありません。


  世の中では、首都圏のコロナ新規感染者の数が急増しています。首都圏の皆さん、3密を避け、ソーシャルディスタンスを保ちましょう。感染対策が万全のお店で飲むときでも、声高に飛沫を飛ばすことなく、穏やかな会話を楽しみましょう。ここが我々の踏ん張りどころです。私も含め、皆さんの一つ一つの行動が日本と世界を救うのです。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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真山仁 東京地検特捜部検事富永 再び!

こんばんは。

  4月16日に宣言された全国の緊急事態宣言が解除されました。

  5月25日。北海道および首都圏が残されていた緊急事態宣言がすべて解除されました。あれから1週間がたち、飲食店やフィットネスクラブ、そして映画館、商業施設などが感染対策を徹底したうえで再開され始めました。

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(宣言解除翌日の渋谷駅前 asahi.com)

  これからの合言葉は「With Corona」ですが、この言葉の意味をキチンと咀嚼する必要があります。これまでの世界の感染者数は560万人を超え、死者は36万人を超えています。その感染力の強さは驚異的であり、高齢者や既往症のある方の死亡率は非常に高くなっています。

  その事実を踏まえると、職場や施設内で感染者が発生した場合に、感染者と感染源の特定を可能な状態にするにはどうすればよいのか、発見すればすぐに休業ができる体制になっているのか。こうしたことを十分に準備して日常活動を再開することが必須要件だと思います。

  それよりも大切なのは、我々一人一人が感染しない、させないことを意識した生活を送ることです。仕事や飲食、健康維持の体力づくりなどをしていく中で、いかに感染を意識して生活をしていくことができるのか、が新型コロナとの共生なのだと確信します。それには、習慣を見直すことが大切です。マスクをすることが当たり前、公共の場所でもトイレがあれば手洗いする。施設に入るときには両手を消毒する。匿名で訪れたいような場所には行かない。

  こうしたことが習慣になれば、少なくとも市中での感染は著しく少なくなり、万一感染した場合でも感染源を特定できる確率が高くなります。この日常を守るためにも、ワクチンが開発され、それが廉価にいきわたるようになるまでは新たな習慣を大切にしましょう。

  さて、そんな中で読んでいた本は、真山仁さんが描く東京地検特捜部、富永検事の活躍を描くシリーズ第2弾を読んでいました。

「標的」(真山仁著 文春文庫 2019年)

【検察庁のフリーランス部隊とは】

  このシリーズは、産経新聞に連載されたシリーズ小説です。真山さんと言えば「ハゲタカシリーズ」がつとに有名ですが、意外なことにシリーズものはこれ1作だけだそうです。そして、作家10周年に至って何か新たなシリーズを書き始めたいと考えたのが、富永検事の小説だったといいます。真山さんと言えば、綿密な取材に基づいて現実以上にリアルに小説世界を描き出しますが、政治の世界も得意分野のひとつです。

  真山仁さんが政治を描いた小説では、日本の総理大臣の理想と腐敗を描きあげた「コラプティオ」が思い浮かびますが、政治と密接に関係している検察庁の物語は、真山ワールドに非常に親和性の高いテーマだと思います。

  かつて、日本の文学では「社会性」を描くことは普遍性を保つことができないという意味で、ある種、際物的に取り扱われていました。今でも「芥川賞」では、文学表現の独自性と斬新さが重視されており、社会的事象を取り扱うことは不似合だといえます。しかし、かつてのソビエト連邦でソルジェニーツィン氏が告発したような政治世界は、文学の先進性を見事に表現していました。イギリスやフランスから発し、アメリカに大きな繁栄をもたらした民主主義と自由主義経済の体制は、かのクロムウェルから数えれば300年にも及ぶ歴史を有しており、すでに普遍的な理念と言ってもよいのではないでしょうか。

  真山仁さんは、綿密な取材と真実性を兼ね備える小説を描くという意味で、あの山崎豊子さんを目標にしていると言います。

  今回、奇しくも安倍内閣が次期検事総長候補の検察検事長の黒川氏の定年の延長を、検察庁法を無視して閣議決定し、あまつさえ今国会で後出しジャンケンのごとく検察庁法の改正案を提出してその正当化を図りました。この法律改正案は、識者の猛反発を惹起して、SNSは大炎上。さらには、もと検察庁OBたちの反対直訴にまで及びました。

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(反対意見書を提出した元検事総長 manichi.com)

  この出来事は、黒川氏が自粛期間中にもかかわらず、某所で複数回の賭けマージャンに教師でいた事実が暴露され、検事長を自任するというお粗末な結果となり、法案改正も取り下げられましたが、政治家とは実に執念深い人種であり、検察庁人事への恣意性を条文に盛り込んだ改正はまた国会に提出されるに違いありません。

  こうしたことがなし崩し的に重ならないように我々はキチンとアンテナを立てておく必要があるのではないでしょうか。

  さて、検察官はたった一人でも犯罪者を起訴できるという権限を持っています。もちろん、起訴とは裁判を起こすための要件ですが、刑事裁判の場合、もしも無実であれば事件の被告となった人間は、被疑者として社会的に大きな痛手を被り、大きな損害賠償を請求されることになります。

  ですので、検察官は犯罪者が間違いなく有罪であることを客観的な証拠によって明確に立件できるだけの裏図家調査を求められることになります。もちろん、このことは警察官にも言えるわけですが、警察は逮捕権をもっていますが、訴訟を提起することはできません。起訴ができるのは、あくまでも検察官なのです。

  真山仁さんが描く富永検事は、一人でも捜査、起訴ができる検察官の代表なのです。

【「巨悪を眠らせない」検事】

  巨悪とは何か、それは東京地検特捜部にとっては大きな権力を持つ政治家の巨額の贈収賄事件、横領事件の摘発のことをさします。

  政治家は、逮捕や起訴に対して法令によって守られています。総理大臣は、法務大臣を通じて逮捕への拒否権を発動することができますし、国会議員は国会開催中に逮捕されることはありません。それは、彼らが日本の国益を代表する、行政と立法の代表者だからなのです。

  日本では、権力を持つ行政機関である自衛隊、警察官、検事官は、すべてシビリアンコントロール(文官統治)の下に置かれています。それは、全体主義国家による世界征服に代表されるように国の権力が全体主義に統治されれば、国民の虐殺や他国への侵略が行われることになることが、歴史的に証明されているからです。

  つまり、巨大な権力を有している組織では、その統治者に政治家である行政大臣が置かれているということです。彼らは、政治家であり常に国民のため、国益のために正義の徒であることが前提となっています。しかし、人間である限り、そこには権力欲や物欲、虚栄心があることを否定するわけにはいきません。とくに大臣や総理大臣は大きな権力を有しており、その権力の見返りに巨額の富を築くことも不可能ではありません。

  そのことを止められるのは誰なのか。

  それが、検察庁の中でも特別捜査を行う組織である各行政区にある特別捜査部なのです。特に東京地検特捜部は、その地域内に総理官邸や各省庁舎、国会議事堂を有し、過去にも政治家の利権に絡む数々の事件を捜査、起訴してきました。

  かの「ロッキード事件」では、ピーナッツに摸された巨額の現金が授受されて、時の総理大臣であった田中角栄が起訴され、有罪となりました。また、「リクルート事件」でも株の無償譲渡に関して贈収賄の疑惑が持ち上がり、複数の国会議員や元大臣が逮捕され、時の竹下内閣は総辞職に追い込まれました。

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(田中角栄元首相逮捕の報道紙面ー朝日新聞)

  前回の「売国」は、日本の宇宙開発技術に関する利権に絡んだ諜報的な漏えい疑惑を描いた手に汗を握る小説であり、テレビドラマにもなりましたが、今回のテーマは、次期総理大臣を目指す女性議員、越村みやびの疑惑に富永検事が対峙していくという、聞いただけでその展開に胸が躍るものです。

  実は、今回の小説の中には、前作がテレビドラマ化されたときの題名である「巨悪を眠らせない」との言葉がちょっとしたシャレで登場します。そのネタは後半に登場しますが、ぜひこの面白い小説を読んで確かめて下さい。

【次期総理大臣VS富永検事】

  真山仁さんの小説は、本当によく練られて面白い。

  今回の面白さは、主人公とわき役たちの生き生きとした動きと、それに伴い明らかになっていく事実の緊迫感あふれるワンダーです。

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(文庫版「標的」文春文庫)

  まず、主人公富永検事の陣営ですが、とことん「証拠」にこだわる富永検事の相棒を務めるのは、まだ若いが「割り屋」との異名を取るバイタリティ溢れる女性検事、藤山あゆみです。さらに二人の上司となるのは、強面の副部長である羽瀬検事。羽瀬は、ひと睨みするだけで嫌疑者が口を割るとさえ言われるやり手の検事ですが、やはり上司からの命令には従うという柔軟性も身に着けています。

  そして、迎え撃つ越村みやびは、48歳の国会議員。金沢の老舗酒造家の娘ですが、その人気と手腕はすべての議員が認めるところ。黛総理の懐刀として厚生労働大臣を務め、次期総理の有力候補として名をはせています。もしも、民自党の総裁選で勝てば、日本憲政史上初の女性総理大臣になると、話題となっているのです。

  さらに、東京地検特捜部と言えば欠かすことができないのはマスコミです。今回、ジャーナリストとして登場するのは名門新聞社である「暁光新聞」の記者、神林裕太です。元経済部の記者だった神林は、これまで数々のスクープをものにしてきたやり手記者の東條部長にみこまれて、遊軍ともいえるクロスボーダー部に呼びこまれています。

  さて、小説の中心となるのは、高齢化社会への政策として肝いりで制定された「サービス付き高齢者向け住宅」いわいる「サ高住」です。

  「サ高住」は、老人ホームや介護施設とは異なり、言葉の通りサービスを付加した高齢者向けの住宅のことです。つまり、高齢者向けの住居でありながらそこに医療サービスや介護サービスが付帯されているのです。この政策は、これからの超高齢化社会に向けて高齢者自身がサービスを選択し、自らの住居を選択するという理想的な政策として期待されてきました。

  しかし、補助金を伴う「サ高住」には、利権を求める人々が群がっていました。「サ高住」は、「高齢者の住居の安定確保に関する法律」に定められた住居で、リーマンショック後の不動産業界では、空き地と言えば「サ高住」と言われるほどの大ブームとなり、その補助金を目当てにして新築ブームが出現しました。

  そこには、新たな利権の構造が出来上がり、「サ高住」によって成り上がった勝ち組の業者がたくさん生じました。世の中では、「悪貨は良貨を駆逐する」と言われますが、この制度にも悪徳業者が輩出し、与野社会問題となっています。

  ここに登場したのが、高齢者を食い物にする悪徳業者を駆逐する法律の制定に乗り出した越村みやびだったのです。兼ねてからこの問題に焦点を当てていた越村は、黛総理大臣の庇護のもと厚生労働大臣に任命され、この問題の解決に自ら乗り出したのです。しかし、そこは利権渦巻く世界でした。

  ある日、上司の羽瀬から呼び出された富永と藤山は、羽瀬から越村みやびの捜査を命じられます。そこには、「サ高住」問題解決の法案成立のためにある「サ高住」団体から越村みやびが多額の資金を受け取っている、贈収賄の告発があったのです。越村は、「清廉潔白」がトレードマークの政治家。それは次期総理大臣候補の越村みやびからは最も遠い世界の告発でした。

  ここから、我々は手練の真山節の世界へと引き込まれていきます。業師である現職の黛総理の姿がバックに垣間見える中、富永検事の手に汗握る戦いの火ぶたが切って落とされるのです。


  このシリーズは、真山さんにとっても思い入れあふれる作品です。その面白さは天下一品。真山ファンならずともその面白さには時間を忘れます。ぜひ皆さんもお楽しみください。このシリーズが末永く続くこと願ってやみません。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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