日記一覧

映画はミニシアターが面白い!!

こんばんは。

  今年は、昨年までの灼熱の7月と打って変わり、梅雨時のジメジメとした7月初旬となりました。その代わりに、関東以北では気温は25℃と過ごしやすい日々で助かっています。夕方から夜にかけては、20℃前後と、半袖では少し寒いほどの気温でした。

  今年の夏もさぞ暑いだろうと予想して、73日の金曜日、避暑のために上高地への日帰りバスツアーに申し込んでいました。ところが、今年は例年通りの梅雨前線のおかげでこの日の上高知は午前中雨、午後は曇りという予報でした。標高が高いため、気温は20℃前後と寒い高原となりそうです。

  当日、家を出て駅までは雨が降っていて、リュックに雨具やウィンドブレーカーを詰め込んできて正解と胸をなで下ろしていました。行きの中央線「あずさ」の中でも窓の外は雨模様で、心配していたのです。ところが、松本駅からバスで上高地に向かう途中、不思議や不思議、雲が薄くなって行くではありませんか。そして、大正池の近くでバスを降りると、雲が切れて薄日が差してきたのです。

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(上高地大正池の景色 2026.07.)

  大正池から田代池、かっぱ橋などを4時間、自由に散策するツアーでしたが、歩き出してすぐに太陽が顔を出し、朝、雨傘として利用した傘(雨天兼用の日傘)を干すのにちょうどいい天気となったのです。気温も22℃を超えて、上着なしでちょうどよい絶好のハイキング日和となりました。一体誰が晴れ男(女?)だったのか。とにかく感謝です。

  そして、帰りのバスの中では添乗員の女性が、私の同行したツアーは晴れ続きなんです、とにこやかな笑顔で話していました。ありがとう!!

  さて、今日のブログは、久しぶりに映画の話をしたいと思います。

【ヴィヴァルイディはどんな人?】

  6月のある土曜日、TBSの「王様のブランチ」で、リリコさんの紹介する映画コーナーを見ていました。その日は、久しぶりにミニシアターランキングを放映しており、ロードショー館では上映されない映画マニアに人気の映画が紹介されました。近年は、韓国や台湾などアジア系の作品が多く、この日も多くがアジアの作品でしたが、その中で異彩を放っていたのが「ヴィヴァルディと私」という映画だったのです。

  まずは、映画のプロフィールを紹介します。

(映画情報)

・作品名:「ヴィヴァルディと私」

2025年 伊・仏合作 110分)

(原題:「PRIMAVERA」)

・スタッフ  監督:ダミアーノ・ミキエレット

        脚本:ルドビカ・ランポルディ/ダミアーノ・ミキエレット

・キャスト  チェチリア:テクラ・インソリア

       アントニオ・ヴィヴァルディ:ミケーレ・リオンディーノ

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(映画「ヴィヴァルディと私」ポスター)

  ヴィヴァルディといわれて頭に浮かぶのは、バロック音楽の名作「四季」です。「四季」は、春夏秋冬を音楽で表したヴァイオリン協奏曲ですが、そのみごとな情景描写は、耳にすればすぐにそれとわかる名曲です。とくに、イ・ムジチ合奏団による「四季」の録音は日本でも大ヒットして、1950年代から売れに売れ、まさに一世を風靡しました。しかし、ヴィヴァルディとは、何者なのか。日本ではほとんど知られていません。

  この映画は、イタリアのヴェネチアを本拠地として生きたヴィヴァルディが見いだした、ヴァイオリンを誰よりも美しく奏でる女性を描いています。時代は、18世紀の中頃。舞台は、ヴェネチアの慈善修道院である、ピエタ慈善院です。

  映画は、ピエタ慈善院の回廊から聞こえる子猫の鳴き声から始まります。主人公の若く美しい修道女(?)チェチリアは、仲間の修道女たちと猫の鳴き声のする石塀の隙間を見つけ出します。そこには、数匹の子猫が母猫からおっぱいをもらっており、か細くかわいい鳴き声を響かせています。そこに彼女たちを監督する院長が現れます。その強面の女性は、猫の母親から子猫たちを引き剥がし、麻の袋に詰め込むと、院の裏扉から外に出て、そこに流れる運河に子猫たちの入った麻袋を投げ入れてしまうのです。

  映画はその余韻を残しながら、彼女たちの日常へと進んでいきますが、このソーンはこの院で暮らす修道女たちを象徴しているのです。

  このピエタ慈善院は、「慈善」との名前の通り、ヴェネチアで様々な事情から育てることがかなわない女児を預けに(捨てに)くる慈善院なのです。

  この慈善院には音楽院が付属しています。それは、修道女たちがこの修道院のミサのために音楽を演奏する楽団のメンバーであるためです。慈善院はヴェネチアの貴族たちからの寄付で成り立っています。そして、身寄りのない修道女たちは適齢期になると、貴族たちのもとに嫁いでいきます。貴族たちはその代償に多額の寄付を院に施すのです。ある意味、院はこの寄付によって成り立っていると言っても過言ではありません。

  もう一つの寄付の目玉は、修道女たちが奏でるミサのための音楽です。ヴェネチアには、他にも慈善院が存在し、それぞれが貴族の寄付を目当てに競い合っていますが、貴族たちをつなぎ止める手段の1つが、心に響く音楽の感動なのです。

  ピエタ院で、音楽長を務めていた司祭は、作曲や修道女たちの演奏による貴族たちからの人気が今ひとつでした。その司祭が院を去ることになり、白羽の矢が当たったのが、ヴィヴァルディだったのです。そして、そのヴィヴァルディが主人公チェチリアのヴァイオリンの演奏に才能を見いだします。そこから、二人の師弟関係が進んでいきます。

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(当時作曲された「四季」イ・ムジチ合奏団 amazon.co.jp)

  チェチリアは、ヴァイオリンの演奏の才を磨き、その演奏が人々の心を魅了していきます。その音色は、諸侯の王様の心までも動かすまでに成長します。しかし、チェチリアには、すでに結婚が決まっている貴族がいたのです。貴族が戦争から戻れば、チェチリアは莫大な寄付と引き換えに貴族に嫁がねばなりません。もちろん、音楽の道はそこで捨てる以外ありません。

  映画は、当時のヴェネチアを美しく描きながら、娼婦であった母親から捨てられたチェチリアの心情と喘息持ちのヴィヴァルディの情動をリリカルに描きながら、静かに進行していきます。そして、物語は思いもよらぬ展開を見せていくことになります。

  映画の行く末に救いはあるのか。それは、映画を見て確かめてください。静かな感動が心に響くこと間違いなしです。ヴィヴァルディの音楽も素敵でした。

【キース・ジャレットのケルン・コンサートとは】

  今年の4月にドイツとベネルクス3国に訪問したとき、最初に訪れたのがケルンです。ケルンといえばケルン大聖堂が有名で、その荘厳な美しさは息をのむようでした。そして、ケルンで思い出すのは、ジャズピアニスト、キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」です。

  1970年代、キースはマイルス・デイビスのバンドから離れた後、ソロでピアノ一台を前に完全即興で音楽を奏でるという前代未聞のライブを演奏し始めたのです。このソロ・コンサートの第二弾として発売されたのが、「ケルン・コンサート」でした。この2枚組のレコードLPには、1975124日にケルンで行われた66分に及ぶキース・ジャレットのソロ演奏が収められており、世界はその作品に驚愕したのです。

  まるで、彼の精神世界がそのまま表現される音楽世界は、人々の心を捉え、このアルバムは世界で最も売れたジャズのソロアルバムと言われています。私も大学生の時にこのアルバムに出会い、部室でほぼ毎週聞いていたのをよく覚えています。

  そして、ケルン大聖堂での「ケルン・コンサート」の想いをLINEで友人たちに送ったところ、音楽マニアの友人から、「1975年のケルン・コンサート」という映画が今年封切りになるとの情報が送られてきました。そして先週、上映館を探して、見に行ったのです。

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(映画「1975年のケルン・コンサート」ポスター)

(映画情報)

・作品名:「1975年のケルン・コンサート」

2025年 独・波・白合作 116分)

(原題:「KÖLN75」)

・スタッフ  監督・脚本:イド・フルーク

・キャスト  ヴェラ・フランデス:マラ・エムデ

       キース・ジャレット:・ジョン・マガロ

  この映画は実話を元に制作されたそうですが、あの有名な「ケルン・コンサート」がどのようにしてケルンにて演奏されることになったのかを描いています。

(以下、ネタバレあり)

  驚いたのは、当時、キース・ジャレットをケルンに招いてライブを開催したプロモーターが、18歳の女性だったという事実です。

  しかも、その場所は名門のケルン歌劇場。高校生のヴェラが、ケルン歌劇場を会場として押さえる場面は、傑作でした。歌劇場の支配人との直接交渉。キースが来独して、演奏できる124日。歌劇場では、すでにオペラが上演される予定となっていたのです。ヴェラは忙しい支配人を追いかけ回し、説得の末、オペラの上演が終了した後の2330分から演奏を行うことを承諾させるのです。

  高校生のヴェラがプロモーターになる、いきさつもリアルに描かれています。

  イギリスにロニー・スコットというサックス奏者がいます。この人物がケルンのジャズクラブでライブを行っているとき、たまたまその演奏を聴いていたヴェラは、演奏に魅了されて本人に話しかけて、デートすることになります。そして、その別れ際、ロニー・スコットから次に来るときには君が演奏場所を手配してくれ、と頼んだのです。ヴェラが、「なぜ私に」と聞くと、ロニーは「君に頼まれたら断れそうもないからね。」と、素っ気なく答えます。

  ここからヴェラのプロモーター人生が始まりました。

  そして、プロモーターの仕事を進める中、ベルリンのジャズフェスッティバルでキース・ジャレットの演奏に心を打たれたヴェラは、ケルンでキースのコンサートを行うことを決意するのです。

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(アルバム「THE KÖLN CONCERT」amazon.co.jp)

  この映画は、18歳の女性ヴェラの情熱と行動力を描いているのですが、キース・ジャレットを演じたジョン・マガロの演技にも感動しました。彼は、前夜スイスでのコンサートを終えて、夜中に1台の車に乗って、信頼するプロデューサーの運転でケルンへと向かいます。なぜ、二人きりで車での移動なのか。そこには、驚きの事実があります。

  そして、明け方に大自然の中で佇むキースの姿に感動しました。あの演奏の印象はこれだったのかもしれない、そう思わせる名シーンでした。


  久しぶりに音楽に関わる2本の映画を見ましたが、どちらも心を洗われるよい映画でした。皆さんも機会があればぜひご覧ください。音楽好きにはおすすめです。

  さて、これから厳しい夏が襲いかかってきそうです。皆さん、酷暑日注意報に備えて遮光と水分補給を怠らないように注意しましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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映画はミニシアターが面白い!!

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  今年は、昨年までの灼熱の7月と打って変わり、梅雨時のジメジメとした7月初旬となりました。その代わりに、関東以北では気温は25℃と過ごしやすい日々で助かっています。夕方から夜にかけては、20℃前後と、半袖では少し寒いほどの気温でした。

  今年の夏もさぞ暑いだろうと予想して、73日の金曜日、避暑のために上高地への日帰りバスツアーに申し込んでいました。ところが、今年は例年通りの梅雨前線のおかげでこの日の上高知は午前中雨、午後は曇りという予報でした。標高が高いため、気温は20℃前後と寒い高原となりそうです。

  当日、家を出て駅までは雨が降っていて、リュックに雨具やウィンドブレーカーを詰め込んできて正解と胸をなで下ろしていました。行きの中央線「あずさ」の中でも窓の外は雨模様で、心配していたのです。ところが、松本駅からバスで上高地に向かう途中、不思議や不思議、雲が薄くなって行くではありませんか。そして、大正池の近くでバスを降りると、雲が切れて薄日が差してきたのです。

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(上高地大正池の景色 2026.07.)

  大正池から田代池、かっぱ橋などを4時間、自由に散策するツアーでしたが、歩き出してすぐに太陽が顔を出し、朝、雨傘として利用した傘(雨天兼用の日傘)を干すのにちょうどいい天気となったのです。気温も22℃を超えて、上着なしでちょうどよい絶好のハイキング日和となりました。一体誰が晴れ男(女?)だったのか。とにかく感謝です。

  そして、帰りのバスの中では添乗員の女性が、私の同行したツアーは晴れ続きなんです、とにこやかな笑顔で話していました。ありがとう!!

  さて、今日のブログは、久しぶりに映画の話をしたいと思います。

【ヴィヴァルイディはどんな人?】

  6月のある土曜日、TBSの「王様のブランチ」で、リリコさんの紹介する映画コーナーを見ていました。その日は、久しぶりにミニシアターランキングを放映しており、ロードショー館では上映されない映画マニアに人気の映画が紹介されました。近年は、韓国や台湾などアジア系の作品が多く、この日も多くがアジアの作品でしたが、その中で異彩を放っていたのが「ヴィヴァルディと私」という映画だったのです。

  まずは、映画のプロフィールを紹介します。

(映画情報)

・作品名:「ヴィヴァルディと私」

2025年 伊・仏合作 110分)

(原題:「PRIMAVERA」)

・スタッフ  監督:ダミアーノ・ミキエレット

        脚本:ルドビカ・ランポルディ/ダミアーノ・ミキエレット

・キャスト  チェチリア:テクラ・インソリア

       アントニオ・ヴィヴァルディ:ミケーレ・リオンディーノ

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(映画「ヴィヴァルディと私」ポスター)

  ヴィヴァルディといわれて頭に浮かぶのは、バロック音楽の名作「四季」です。「四季」は、春夏秋冬を音楽で表したヴァイオリン協奏曲ですが、そのみごとな情景描写は、耳にすればすぐにそれとわかる名曲です。とくに、イ・ムジチ合奏団による「四季」の録音は日本でも大ヒットして、1950年代から売れに売れ、まさに一世を風靡しました。しかし、ヴィヴァルディとは、何者なのか。日本ではほとんど知られていません。

  この映画は、イタリアのヴェネチアを本拠地として生きたヴィヴァルディが見いだした、ヴァイオリンを誰よりも美しく奏でる女性を描いています。時代は、18世紀の中頃。舞台は、ヴェネチアの慈善修道院である、ピエタ慈善院です。

  映画は、ピエタ慈善院の回廊から聞こえる子猫の鳴き声から始まります。主人公の若く美しい修道女(?)チェチリアは、仲間の修道女たちと猫の鳴き声のする石塀の隙間を見つけ出します。そこには、数匹の子猫が母猫からおっぱいをもらっており、か細くかわいい鳴き声を響かせています。そこに彼女たちを監督する院長が現れます。その強面の女性は、猫の母親から子猫たちを引き剥がし、麻の袋に詰め込むと、院の裏扉から外に出て、そこに流れる運河に子猫たちの入った麻袋を投げ入れてしまうのです。

  映画はその余韻を残しながら、彼女たちの日常へと進んでいきますが、このソーンはこの院で暮らす修道女たちを象徴しているのです。

  このピエタ慈善院は、「慈善」との名前の通り、ヴェネチアで様々な事情から育てることがかなわない女児を預けに(捨てに)くる慈善院なのです。

  この慈善院には音楽院が付属しています。それは、修道女たちがこの修道院のミサのために音楽を演奏する楽団のメンバーであるためです。慈善院はヴェネチアの貴族たちからの寄付で成り立っています。そして、身寄りのない修道女たちは適齢期になると、貴族たちのもとに嫁いでいきます。貴族たちはその代償に多額の寄付を院に施すのです。ある意味、院はこの寄付によって成り立っていると言っても過言ではありません。

  もう一つの寄付の目玉は、修道女たちが奏でるミサのための音楽です。ヴェネチアには、他にも慈善院が存在し、それぞれが貴族の寄付を目当てに競い合っていますが、貴族たちをつなぎ止める手段の1つが、心に響く音楽の感動なのです。

  ピエタ院で、音楽長を務めていた司祭は、作曲や修道女たちの演奏による貴族たちからの人気が今ひとつでした。その司祭が院を去ることになり、白羽の矢が当たったのが、ヴィヴァルディだったのです。そして、そのヴィヴァルディが主人公チェチリアのヴァイオリンの演奏に才能を見いだします。そこから、二人の師弟関係が進んでいきます。

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(当時作曲された「四季」イ・ムジチ合奏団 amazon.co.jp)

  チェチリアは、ヴァイオリンの演奏の才を磨き、その演奏が人々の心を魅了していきます。その音色は、諸侯の王様の心までも動かすまでに成長します。しかし、チェチリアには、すでに結婚が決まっている貴族がいたのです。貴族が戦争から戻れば、チェチリアは莫大な寄付と引き換えに貴族に嫁がねばなりません。もちろん、音楽の道はそこで捨てる以外ありません。

  映画は、当時のヴェネチアを美しく描きながら、娼婦であった母親から捨てられたチェチリアの心情と喘息持ちのヴィヴァルディの情動をリリカルに描きながら、静かに進行していきます。そして、物語は思いもよらぬ展開を見せていくことになります。

  映画の行く末に救いはあるのか。それは、映画を見て確かめてください。静かな感動が心に響くこと間違いなしです。ヴィヴァルディの音楽も素敵でした。

【キース・ジャレットのケルン・コンサートとは】

  今年の4月にドイツとベネルクス3国に訪問したとき、最初に訪れたのがケルンです。ケルンといえばケルン大聖堂が有名で、その荘厳な美しさは息をのむようでした。そして、ケルンで思い出すのは、ジャズピアニスト、キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」です。

  1970年代、キースはマイルス・デイビスのバンドから離れた後、ソロでピアノ一台を前に完全即興で音楽を奏でるという前代未聞のライブを演奏し始めたのです。このソロ・コンサートの第二弾として発売されたのが、「ケルン・コンサート」でした。この2枚組のレコードLPには、1975124日にケルンで行われた66分に及ぶキース・ジャレットのソロ演奏が収められており、世界はその作品に驚愕したのです。

  まるで、彼の精神世界がそのまま表現される音楽世界は、人々の心を捉え、このアルバムは世界で最も売れたジャズのソロアルバムと言われています。私も大学生の時にこのアルバムに出会い、部室でほぼ毎週聞いていたのをよく覚えています。

  そして、ケルン大聖堂での「ケルン・コンサート」の想いをLINEで友人たちに送ったところ、音楽マニアの友人から、「1975年のケルン・コンサート」という映画が今年封切りになるとの情報が送られてきました。そして先週、上映館を探して、見に行ったのです。

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(映画「1975年のケルン・コンサート」ポスター)

(映画情報)

・作品名:「1975年のケルン・コンサート」

2025年 独・波・白合作 116分)

(原題:「KÖLN75」)

・スタッフ  監督・脚本:イド・フルーク

・キャスト  ヴェラ・フランデス:マラ・エムデ

       キース・ジャレット:・ジョン・マガロ

  この映画は実話を元に制作されたそうですが、あの有名な「ケルン・コンサート」がどのようにしてケルンにて演奏されることになったのかを描いています。

(以下、ネタバレあり)

  驚いたのは、当時、キース・ジャレットをケルンに招いてライブを開催したプロモーターが、18歳の女性だったという事実です。

  しかも、その場所は名門のケルン歌劇場。高校生のヴェラが、ケルン歌劇場を会場として押さえる場面は、傑作でした。歌劇場の支配人との直接交渉。キースが来独して、演奏できる124日。歌劇場では、すでにオペラが上演される予定となっていたのです。ヴェラは忙しい支配人を追いかけ回し、説得の末、オペラの上演が終了した後の2330分から演奏を行うことを承諾させるのです。

  高校生のヴェラがプロモーターになる、いきさつもリアルに描かれています。

  イギリスにロニー・スコットというサックス奏者がいます。この人物がケルンのジャズクラブでライブを行っているとき、たまたまその演奏を聴いていたヴェラは、演奏に魅了されて本人に話しかけて、デートすることになります。そして、その別れ際、ロニー・スコットから次に来るときには君が演奏場所を手配してくれ、と頼んだのです。ヴェラが、「なぜ私に」と聞くと、ロニーは「君に頼まれたら断れそうもないからね。」と、素っ気なく答えます。

  ここからヴェラのプロモーター人生が始まりました。

  そして、プロモーターの仕事を進める中、ベルリンのジャズフェスッティバルでキース・ジャレットの演奏に心を打たれたヴェラは、ケルンでキースのコンサートを行うことを決意するのです。

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(アルバム「THE KÖLN CONCERT」amazon.co.jp)

  この映画は、18歳の女性ヴェラの情熱と行動力を描いているのですが、キース・ジャレットを演じたジョン・マガロの演技にも感動しました。彼は、前夜スイスでのコンサートを終えて、夜中に1台の車に乗って、信頼するプロデューサーの運転でケルンへと向かいます。なぜ、二人きりで車での移動なのか。そこには、驚きの事実があります。

  そして、明け方に大自然の中で佇むキースの姿に感動しました。あの演奏の印象はこれだったのかもしれない、そう思わせる名シーンでした。


  久しぶりに音楽に関わる2本の映画を見ましたが、どちらも心を洗われるよい映画でした。皆さんも機会があればぜひご覧ください。音楽好きにはおすすめです。

  さて、これから厳しい夏が襲いかかってきそうです。皆さん、酷暑日注意報に備えて遮光と水分補給を怠らないように注意しましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2026年 明けましておめでとうございます

令和八年 
 明けましておめでとうございます。

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新春を迎え、
皆様のご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
おかげさまで日々雑記も16年目を迎えます。
これも、ひとえにいつもご訪問くださる皆様のおかげです。
誠に有難うございます。
ウクライナ、ガザ、トランプ旋風と世の中には不穏な風も吹いていますが、良識のある地球号の一員として、対話のある相互に幸せな人生を送っていきたいと思っています。

皆様、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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音楽は豊かで幸福な人生の素

こんばんは。

  前回、日本のジャズ・フュージョン史に燦然と輝く名プロデューサーのアーティスト別エッセイを紹介しました。この本には、渡辺貞夫さんのマネジメントを行った鯉沼利成さんを筆頭にミュージック ラヴァーの面々が日本の音楽の隆盛を作り上げたことがたくさん語られています。

  なぜ人は音楽が好きなのか。音楽には人の生み出す感動があるからです。

【クラシックが生み出す感動】

  2025年も半年が過ぎ、早くも7月が始まりました。この機会に今年上半期に参加したクラシックのコンサートを振り返ってみたいと思います。今年は、身内に不幸があったり、新たな仕事を始めたり、と忙しい毎日で、参加したのは数少ないコンサートでしたが、どのコンサートも感動を味わうことが出来ました。

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(おなじみの所沢ミューズアークホール HPより)

2/09 ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団 指揮:サカリ・オラモ  ピアノ:藤田真央

・プログラム ウエーバー 歌劇「オベロン」序曲 シューマン ピアノ協奏曲 ベートーヴェン 交響曲第7

5/05 NHK交響楽団 指揮:ファビオ・ルイージ ピアノ:リーズ・ドゥ・ラ・サール

・プログラム 武満徹 3つの映画音楽 グリーグ ピアノ協奏曲 ブラームス 交響曲第4

◎5/10 ベルリン放送交響楽団 指揮:ウラディミール・ユロフスキ ピアノ:辻井伸行

・プログラム ベートーヴェン エグモント序曲 ショパン ピアノ協奏曲第2番 ブラームス 交響曲第4

◎6/29 ベルリン交響楽団 指揮:ハンスイェルク・シェレンベルガー ピアノ 石井琢磨

・プログラム ベートーヴェン コリオラン序曲 シューマン ピアノ協奏曲 ベートーヴェン 交響曲第3エロイカ


  いずれも素晴らしいコンサートでしたが、それぞれ異なる感動を味わうことが出来ました。

  これまでも様々なオーケストラの演奏を堪能してきましたが、やはりヨーロッパのオーケストラの音は洗練されていて弦の音も管の音もなめらかで抜けていくような美しさを醸し出します。

  ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団の音もしかり。さすが、ドイツの名門管弦楽団。その弦の音色は力強く、限りなくたおやかな調べを奏でます。さらに、管楽器もなめらかな音でした。藤田真央さんのピアノを聴いたのは2度目です。前回は、ロッテルダム・フィルハーモニーと共演したときのことで、曲目はラフマニノフのピアノ協奏曲第3番です。真央さんの得意な曲ですが、このときには、演奏がとても旨いと感じましたが、あまり心を動かされませんでした。ところが、今回の演奏は心に響きました。彼の繊細なタッチとそのまろやかなピアノの音が、ロマン派のシューマンの曲をみごとに引き立てて素晴らしい演奏を聴かせてくれました。さすが、クララ・ハスキル国際コンクールでの優勝はこの美しい音があってのことだったのですね。

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(ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団公演 所沢ミューズHP)

【2025上期 最も感動した演奏】

  さて、次は今年上半期、最も感動したコンサートです。

  NHK交響楽団は2022年まで、私が最も気に入っている指揮者パーヴォ・ヤルヴィ氏が首席指揮者でしたが、その後を受けたのが、今回登場したイタリアのファビオ・ルイージ氏です。N響は、これまでもサヴァリッシュ、ブロムシュテット、デュトワなど、世界の指揮者たちの薫陶を受けてきましたが、日本では最も美しい音を奏でるオーケストラだと思います。こでまで、世界の名だたるオーケストラのコンサートに接しましたが、ここ数年のN響の音は決して引けを取らない素晴らしい音色を奏でています。

  このコンサートで楽しみにしていた曲があります。

  それは、グリーグのビアノ協奏曲です。グリーグは「ペール・ギュント組曲」で有名なノルウェーの生んだ作曲家です。小学生のときに放送委員という役職を務めていたのですが、朝の放送ではこの組曲の「朝」を毎日かけていました。(ちなみに昼休みはビゼーの「アルルの女」からメヌエットでした。)そのグリーグのピアノ協奏曲をはじめてきいたとき、その冒頭、上から流れ落ちで来る滝のようなピアノの旋律に頭を殴られたような衝撃を覚えました。

  そして、映画にハマッタ中学生のときに映画館で見たのがアメリカのミュージカル映画「ソング・オブ・ノルウェー」でした。この映画は、若き日のグリーグを描いた青春映画でしたが、このミュージカルに通底していたのが、このピアノ協奏曲だったのです。映画の冒頭、ノルウェーの美しい自然が移るスクリーンに冒頭の力強い旋律が鳴り響いたときの感動は忘れられません。

  そして、この日、ピアノ協奏曲を演奏するピアニストは、フランス出身のリーズ・ドゥ・ラ・サールです。

  女性としては大柄ですが、その端正な顔立ちとはうらはらに金色をあしらったファッショナブルで派手なな出で立ちで登場しました。いったいどんなグリーグが飛び出すのかと期待していると、想像を超える力強さで、あの美しい旋律が会場に響き渡ったのです。冒頭から情熱的に奏でられたピアノは、そのまま熱を持って輝くように続いていきます。そのエネルギッシュかつ繊細な演奏は、聞く人の心をわしづかみして離しません。この曲をライブで聞くのは初めてでしたが、このピアニストで聞くことが出来たのは、とても幸せな体験でした。心から感動しました。

  この日のN響は、本当によく鳴っていて、大好きなブラームスの4番もエモーショナルな演奏で久しぶりに心を動かされました。特に、有名な第3楽章のスケルツォともいえる荘厳なソナタには圧倒されました。

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(NHK交響楽団公演 所沢ミューズHPより)

  グリーグが描くノルウェーの美しい森とブラームスの描くドイツの森林。それを彷彿とさせたのが、フルートで奏でられる屹立とした旋律です。この日のフルートは特に際立つ透明な音で鳴っており、演奏後に指揮者のルイージが何度もフルート奏者を指名して起立していたのも頷けます。本当にすべてが素晴らしい演奏でした。

【辻井伸行さんのピアノのすごさ】

  さて、N響で感動した5日後に行ったコンサートが、ウラディミール・ユロフスキ氏率いるベルリン放送交響楽団の演奏会です。この交響楽団の音は、本当にドイツの深みのある美しい音でした。本当に不思議なのですが、ヨーロッパを本拠とする管弦楽団はみな日本のオーケストラとは音が違います。まだコンサートに行く機会が無い頃には、日本の空気が淀んでいるせいだと思っていましたが、実際に来日したオーケストラの音を聞くと日本の空気の中でもやはり彼らの音は違っていました。歴史と伝統がなせる技なのかもしれません。

  今回のお目当ては、ピアノの辻井伸行さんです。実は、辻井さんの名前は日本でとどろいていますが、テレビなどで見る限りでは他のピアニストと何が違うのかがわかりませんでした。ところが、一昨年、ヴァリシ-・ペトレンコ氏を指揮者としてイギリスのロヤルフィルハーモニー管弦楽団が来日したときに辻井さんが共演し、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏しました。これを聴いたときに、辻井伸行さんの表現力に心からの感動を味わいました。

  その演奏は、大胆にして繊細。チャイコフスキーの大地に根ざした壮大さと人の心の動きを表す繊細な音階を見事に弾きこなし、我々の心を揺り動かしたのです。なぜ、辻井さんの演奏はこれほどの感動を生み出すのでしょうか。この曲は、これまでアルゲリッチやリヒテル、ホロヴィッツなど名だたる名盤がありますが、辻井さんがこうした演奏と異なるのは、見事な「間」の取り方です。もちろん、ピアノは楽譜の通りに演奏するので、楽譜に指示されている必要な「間」ではありません。辻井さんの演奏は、佳境に入る流麗さの中に、ふとした「間」が入るのです。

  我々日本人は、これまで歌舞伎や能、浄瑠璃などのなかで、謡と雅楽で音を体験してきました。そこで培われた「間」は、おそらく人の呼吸と関係しているのではないでしょうか。日本の芸能は息継ぎまでの間まで、息の続く限り言葉を謳います。雅楽もその謳いに会わせて間を生み出します。ピアノやヴァイオリンには、息継ぎが必要ないので、楽譜は音が面々と続いています。辻井さんのチャイコフスキーには、日本人ならば聞き慣れている独自の「間」が込められているのです。

  一昨年のコンサートでは、余りに感動したので会場で販売していたチャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番を演奏しているCDを購入しました。(ちなみにCDは、BBCフィルで指揮者は佐渡裕氏でした。)帰ってからそのCDを聴くと、そこには辻井さん独自の「間」がしっかりと表現されていて、コンサートと同じ感動を味わうことが出来ました。

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(辻井伸行 チャイコフスキーCD amazon.co.jp)

  余談ですが、このコンサートでは事件がありました。チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番の第1楽章が終わったとき、通常ならば息を整えてすぐに第2楽章へと移るのですが、辻井さんが席を立ったのです。ご存じの通り辻井さんは目が不自由なため、指揮者のペトレンコ氏がその腕を支えて一緒に歩き出しました。何事かが起きたのです。ペトレンコ氏は歩き出しながら辻井さんの耳元で何かをささやきました。すると、二人は、舞台袖へと歩いている途中、きびすを返してステージの中央へと戻りました。

  辻井さんは、ピアノで体を支えると話を始めました。説明では、弾いていたピアノの鉄線が切れてしまい、修理が必要な状態だというのです。説明を終えると、お二人は楽屋へと引き上げていき、それに変って調律師の方が現れてピアノ弦交換の作業を行いました。時間にすれば5分程度と思いますが、とても永く感じたのを覚えています。

  修理が完了すると、辻井さんがペトレンコ氏とともにステージに戻ってきました。大きな拍手で迎えられたのは言うまでもありません。永くコンサートに足を運んでいますが、こんなアクシデントははじめてでした。いったい、演奏はどうなるのだろう。その心配は杞憂に終わりました。オーケストラも指揮者も、辻井さんも何事もなかったように素晴らしい演奏を繰り広げてくれたのです。

  やはりプロの仕事は素晴らしい、と改めて辻井さんの魅力に感じ入った次第です。

  さて、そんな辻井さんが演奏したショパンのピアノ協奏曲第1番ですが、チャイコフスキーよりも情緒的で、ロマンあふれる名曲です。この曲は、ポーランドを離れる直前にポーランドの聴衆の前で演奏されました。辻井さんのピアノは、その叙情豊かな感性をみごとに表現する素晴らしい演奏を繰り広げました。辻井さんの感動を呼び「間」は、この曲にも現れていました。ベルリン放送交響楽団の弦と管の音色も素晴らしく、こちらにも大いに感動しました。

【上期最後のコンサート】

  さて、6月の29日には、横浜のみなとみらいホールに足を運び、ハンスイェルク・シェレンベルガー氏率いるベルリン交響楽団のコンサートに参加してきました。ベルリンには30近いオーケストラがあるそうですが、この”Berliner Symphoniker”はあの世界的に有名なベルリンフィルとはまったく別のオーケストラ。もとの母体こそ125年前に遡りますが、現楽団は、1961年にベルリンが東西に分かれた際に西側に残った2つのオーケストラが合体して出来たベルリン市民のためのオーケストラです。

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(ベルリン交響楽団公演 e-プラスHPより)

  ピアニストの石井琢磨さんは、現在日本国内でクラシックにとどまらない幅広い活動で名前を知られた演奏家です。会場には石井さんのピアノめあてのファンもたくさん見えていたようです。石井さんの奏でるシューマンの調べは、その美しい旋律を明るく鮮明な音で奏でる明るい音律でした。甘口のスウィートを味わったときの幸福感を感じました。

  ベルリン交響楽団は、楽団員の数が少なく、音の厚みという点では少し迫力に欠けていた気がします。しかし、ヴァイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスが生み出す豊かな弦の響きは、さすがベルリン市民をうならせるだけのことがある美しさがありました。指揮者はもとベルリンフィルの主席オーボエ奏者です。さすがにオーボエをはじめとするクラリネットやフルート、ファゴットの音も澄んだなめらかな音色で感動しました。特にエロイカの第2楽章 葬送行進曲は美しく、心から楽しむことが出来ました。


  さて、今日は音楽の中でもクラシックコンサートの話で終始しましたが、今年の上半期にはクラシック以外でも様々な音楽に触れました。60歳から習い始めたテナーサックスですが、町内で同好会に加入して、月に34回セッションを楽しんでいます。会の名称がJAZZ研究会なので、基本的にはジャズのスタンダード曲を皆でセッションします。何が楽しいかと言えば、今まで聴いたこともなかった有名曲を知り、自分で演奏できるようになるプロセスは何物にも代えがたい幸福な体験です。チャーリー・パーカーって本当にスゴイ人だったんですね。

  この話を始めるといくら紙面があっても足りません。また、機会があればお話ししたいと思います。

  今年の気候はどうやらいつもと異なるようです。日本はすでに亜熱帯のようになっていますが、今年の夏は特段に暑いようです。皆さん、無理せず、我慢せず、エアコンを使って熱中症とならないようくれぐれもご自愛ください。水分補給も忘れずに。

それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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音楽は豊かで幸福な人生の素

こんばんは。

  前回、日本のジャズ・フュージョン史に燦然と輝く名プロデューサーのアーティスト別エッセイを紹介しました。この本には、渡辺貞夫さんのマネジメントを行った鯉沼利成さんを筆頭にミュージック ラヴァーの面々が日本の音楽の隆盛を作り上げたことがたくさん語られています。

  なぜ人は音楽が好きなのか。音楽には人の生み出す感動があるからです。

【クラシックが生み出す感動】

  2025年も半年が過ぎ、早くも7月が始まりました。この機会に今年上半期に参加したクラシックのコンサートを振り返ってみたいと思います。今年は、身内に不幸があったり、新たな仕事を始めたり、と忙しい毎日で、参加したのは数少ないコンサートでしたが、どのコンサートも感動を味わうことが出来ました。

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(おなじみの所沢ミューズアークホール HPより)

2/09 ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団 指揮:サカリ・オラモ  ピアノ:藤田真央

・プログラム ウエーバー 歌劇「オベロン」序曲 シューマン ピアノ協奏曲 ベートーヴェン 交響曲第7

5/05 NHK交響楽団 指揮:ファビオ・ルイージ ピアノ:リーズ・ドゥ・ラ・サール

・プログラム 武満徹 3つの映画音楽 グリーグ ピアノ協奏曲 ブラームス 交響曲第4

◎5/10 ベルリン放送交響楽団 指揮:ウラディミール・ユロフスキ ピアノ:辻井伸行

・プログラム ベートーヴェン エグモント序曲 ショパン ピアノ協奏曲第2番 ブラームス 交響曲第4

◎6/29 ベルリン交響楽団 指揮:ハンスイェルク・シェレンベルガー ピアノ 石井琢磨

・プログラム ベートーヴェン コリオラン序曲 シューマン ピアノ協奏曲 ベートーヴェン 交響曲第3エロイカ


  いずれも素晴らしいコンサートでしたが、それぞれ異なる感動を味わうことが出来ました。

  これまでも様々なオーケストラの演奏を堪能してきましたが、やはりヨーロッパのオーケストラの音は洗練されていて弦の音も管の音もなめらかで抜けていくような美しさを醸し出します。

  ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団の音もしかり。さすが、ドイツの名門管弦楽団。その弦の音色は力強く、限りなくたおやかな調べを奏でます。さらに、管楽器もなめらかな音でした。藤田真央さんのピアノを聴いたのは2度目です。前回は、ロッテルダム・フィルハーモニーと共演したときのことで、曲目はラフマニノフのピアノ協奏曲第3番です。真央さんの得意な曲ですが、このときには、演奏がとても旨いと感じましたが、あまり心を動かされませんでした。ところが、今回の演奏は心に響きました。彼の繊細なタッチとそのまろやかなピアノの音が、ロマン派のシューマンの曲をみごとに引き立てて素晴らしい演奏を聴かせてくれました。さすが、クララ・ハスキル国際コンクールでの優勝はこの美しい音があってのことだったのですね。

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(ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団公演 所沢ミューズHP)

【2025上期 最も感動した演奏】

  さて、次は今年上半期、最も感動したコンサートです。

  NHK交響楽団は2022年まで、私が最も気に入っている指揮者パーヴォ・ヤルヴィ氏が首席指揮者でしたが、その後を受けたのが、今回登場したイタリアのファビオ・ルイージ氏です。N響は、これまでもサヴァリッシュ、ブロムシュテット、デュトワなど、世界の指揮者たちの薫陶を受けてきましたが、日本では最も美しい音を奏でるオーケストラだと思います。こでまで、世界の名だたるオーケストラのコンサートに接しましたが、ここ数年のN響の音は決して引けを取らない素晴らしい音色を奏でています。

  このコンサートで楽しみにしていた曲があります。

  それは、グリーグのビアノ協奏曲です。グリーグは「ペール・ギュント組曲」で有名なノルウェーの生んだ作曲家です。小学生のときに放送委員という役職を務めていたのですが、朝の放送ではこの組曲の「朝」を毎日かけていました。(ちなみに昼休みはビゼーの「アルルの女」からメヌエットでした。)そのグリーグのピアノ協奏曲をはじめてきいたとき、その冒頭、上から流れ落ちで来る滝のようなピアノの旋律に頭を殴られたような衝撃を覚えました。

  そして、映画にハマッタ中学生のときに映画館で見たのがアメリカのミュージカル映画「ソング・オブ・ノルウェー」でした。この映画は、若き日のグリーグを描いた青春映画でしたが、このミュージカルに通底していたのが、このピアノ協奏曲だったのです。映画の冒頭、ノルウェーの美しい自然が移るスクリーンに冒頭の力強い旋律が鳴り響いたときの感動は忘れられません。

  そして、この日、ピアノ協奏曲を演奏するピアニストは、フランス出身のリーズ・ドゥ・ラ・サールです。

  女性としては大柄ですが、その端正な顔立ちとはうらはらに金色をあしらったファッショナブルで派手なな出で立ちで登場しました。いったいどんなグリーグが飛び出すのかと期待していると、想像を超える力強さで、あの美しい旋律が会場に響き渡ったのです。冒頭から情熱的に奏でられたピアノは、そのまま熱を持って輝くように続いていきます。そのエネルギッシュかつ繊細な演奏は、聞く人の心をわしづかみして離しません。この曲をライブで聞くのは初めてでしたが、このピアニストで聞くことが出来たのは、とても幸せな体験でした。心から感動しました。

  この日のN響は、本当によく鳴っていて、大好きなブラームスの4番もエモーショナルな演奏で久しぶりに心を動かされました。特に、有名な第3楽章のスケルツォともいえる荘厳なソナタには圧倒されました。

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(NHK交響楽団公演 所沢ミューズHPより)

  グリーグが描くノルウェーの美しい森とブラームスの描くドイツの森林。それを彷彿とさせたのが、フルートで奏でられる屹立とした旋律です。この日のフルートは特に際立つ透明な音で鳴っており、演奏後に指揮者のルイージが何度もフルート奏者を指名して起立していたのも頷けます。本当にすべてが素晴らしい演奏でした。

【辻井伸行さんのピアノのすごさ】

  さて、N響で感動した5日後に行ったコンサートが、ウラディミール・ユロフスキ氏率いるベルリン放送交響楽団の演奏会です。この交響楽団の音は、本当にドイツの深みのある美しい音でした。本当に不思議なのですが、ヨーロッパを本拠とする管弦楽団はみな日本のオーケストラとは音が違います。まだコンサートに行く機会が無い頃には、日本の空気が淀んでいるせいだと思っていましたが、実際に来日したオーケストラの音を聞くと日本の空気の中でもやはり彼らの音は違っていました。歴史と伝統がなせる技なのかもしれません。

  今回のお目当ては、ピアノの辻井伸行さんです。実は、辻井さんの名前は日本でとどろいていますが、テレビなどで見る限りでは他のピアニストと何が違うのかがわかりませんでした。ところが、一昨年、ヴァリシ-・ペトレンコ氏を指揮者としてイギリスのロヤルフィルハーモニー管弦楽団が来日したときに辻井さんが共演し、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏しました。これを聴いたときに、辻井伸行さんの表現力に心からの感動を味わいました。

  その演奏は、大胆にして繊細。チャイコフスキーの大地に根ざした壮大さと人の心の動きを表す繊細な音階を見事に弾きこなし、我々の心を揺り動かしたのです。なぜ、辻井さんの演奏はこれほどの感動を生み出すのでしょうか。この曲は、これまでアルゲリッチやリヒテル、ホロヴィッツなど名だたる名盤がありますが、辻井さんがこうした演奏と異なるのは、見事な「間」の取り方です。もちろん、ピアノは楽譜の通りに演奏するので、楽譜に指示されている必要な「間」ではありません。辻井さんの演奏は、佳境に入る流麗さの中に、ふとした「間」が入るのです。

  我々日本人は、これまで歌舞伎や能、浄瑠璃などのなかで、謡と雅楽で音を体験してきました。そこで培われた「間」は、おそらく人の呼吸と関係しているのではないでしょうか。日本の芸能は息継ぎまでの間まで、息の続く限り言葉を謳います。雅楽もその謳いに会わせて間を生み出します。ピアノやヴァイオリンには、息継ぎが必要ないので、楽譜は音が面々と続いています。辻井さんのチャイコフスキーには、日本人ならば聞き慣れている独自の「間」が込められているのです。

  一昨年のコンサートでは、余りに感動したので会場で販売していたチャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番を演奏しているCDを購入しました。(ちなみにCDは、BBCフィルで指揮者は佐渡裕氏でした。)帰ってからそのCDを聴くと、そこには辻井さん独自の「間」がしっかりと表現されていて、コンサートと同じ感動を味わうことが出来ました。

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(辻井伸行 チャイコフスキーCD amazon.co.jp)

  余談ですが、このコンサートでは事件がありました。チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番の第1楽章が終わったとき、通常ならば息を整えてすぐに第2楽章へと移るのですが、辻井さんが席を立ったのです。ご存じの通り辻井さんは目が不自由なため、指揮者のペトレンコ氏がその腕を支えて一緒に歩き出しました。何事かが起きたのです。ペトレンコ氏は歩き出しながら辻井さんの耳元で何かをささやきました。すると、二人は、舞台袖へと歩いている途中、きびすを返してステージの中央へと戻りました。

  辻井さんは、ピアノで体を支えると話を始めました。説明では、弾いていたピアノの鉄線が切れてしまい、修理が必要な状態だというのです。説明を終えると、お二人は楽屋へと引き上げていき、それに変って調律師の方が現れてピアノ弦交換の作業を行いました。時間にすれば5分程度と思いますが、とても永く感じたのを覚えています。

  修理が完了すると、辻井さんがペトレンコ氏とともにステージに戻ってきました。大きな拍手で迎えられたのは言うまでもありません。永くコンサートに足を運んでいますが、こんなアクシデントははじめてでした。いったい、演奏はどうなるのだろう。その心配は杞憂に終わりました。オーケストラも指揮者も、辻井さんも何事もなかったように素晴らしい演奏を繰り広げてくれたのです。

  やはりプロの仕事は素晴らしい、と改めて辻井さんの魅力に感じ入った次第です。

  さて、そんな辻井さんが演奏したショパンのピアノ協奏曲第1番ですが、チャイコフスキーよりも情緒的で、ロマンあふれる名曲です。この曲は、ポーランドを離れる直前にポーランドの聴衆の前で演奏されました。辻井さんのピアノは、その叙情豊かな感性をみごとに表現する素晴らしい演奏を繰り広げました。辻井さんの感動を呼び「間」は、この曲にも現れていました。ベルリン放送交響楽団の弦と管の音色も素晴らしく、こちらにも大いに感動しました。

【上期最後のコンサート】

  さて、6月の29日には、横浜のみなとみらいホールに足を運び、ハンスイェルク・シェレンベルガー氏率いるベルリン交響楽団のコンサートに参加してきました。ベルリンには30近いオーケストラがあるそうですが、この”Berliner Symphoniker”はあの世界的に有名なベルリンフィルとはまったく別のオーケストラ。もとの母体こそ125年前に遡りますが、現楽団は、1961年にベルリンが東西に分かれた際に西側に残った2つのオーケストラが合体して出来たベルリン市民のためのオーケストラです。

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(ベルリン交響楽団公演 e-プラスHPより)

  ピアニストの石井琢磨さんは、現在日本国内でクラシックにとどまらない幅広い活動で名前を知られた演奏家です。会場には石井さんのピアノめあてのファンもたくさん見えていたようです。石井さんの奏でるシューマンの調べは、その美しい旋律を明るく鮮明な音で奏でる明るい音律でした。甘口のスウィートを味わったときの幸福感を感じました。

  ベルリン交響楽団は、楽団員の数が少なく、音の厚みという点では少し迫力に欠けていた気がします。しかし、ヴァイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスが生み出す豊かな弦の響きは、さすがベルリン市民をうならせるだけのことがある美しさがありました。指揮者はもとベルリンフィルの主席オーボエ奏者です。さすがにオーボエをはじめとするクラリネットやフルート、ファゴットの音も澄んだなめらかな音色で感動しました。特にエロイカの第2楽章 葬送行進曲は美しく、心から楽しむことが出来ました。


  さて、今日は音楽の中でもクラシックコンサートの話で終始しましたが、今年の上半期にはクラシック以外でも様々な音楽に触れました。60歳から習い始めたテナーサックスですが、町内で同好会に加入して、月に34回セッションを楽しんでいます。会の名称がJAZZ研究会なので、基本的にはジャズのスタンダード曲を皆でセッションします。何が楽しいかと言えば、今まで聴いたこともなかった有名曲を知り、自分で演奏できるようになるプロセスは何物にも代えがたい幸福な体験です。チャーリー・パーカーって本当にスゴイ人だったんですね。

  この話を始めるといくら紙面があっても足りません。また、機会があればお話ししたいと思います。

  今年の気候はどうやらいつもと異なるようです。日本はすでに亜熱帯のようになっていますが、今年の夏は特段に暑いようです。皆さん、無理せず、我慢せず、エアコンを使って熱中症とならないようくれぐれもご自愛ください。水分補給も忘れずに。

それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2025年 明けましておめでとうございます

令和七年 
 明けましておめでとうございます。

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 新春を迎え、皆様のご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げます。

 今年は巳年です。巳は、皮を脱ぎ捨てて新たになることから復活と再生の象徴だと言います。世界ではロシアやイスラエルによる戦争が罪のない平和を祈る人々の日常を無残に蹂躙しています。たとえ、どのような理由があろうと人は幸福になるべく生まれてきたのです。一刻でも早く争いをやめ、平和の復活と再生が成ることを心から祈ります。また、世界では極右政党が各国の議会で多数派となり、保守主義のトランプ氏がアメリカの大統領に復活し、世界の分断が一層大きくなろうとしています。

 「サピエンス全史」の著者ハラリ氏は、新たに上梓した「NEXSUS(絆?)」の中で、「情報」を未来のキーワードとして取り上げています。SNSでは、「嘘」の方が人々の間に広まりやすく、拡散しやすいと述べるとともに、この特性を利用することで、多くの意見が行き交う「民主主義」よりも、ひとつの意見が一方通行で流れる「独裁主義」の方が今後、情報による恩恵を受けやすくなるとも語っています。事実、昨今の選挙ではSNSの特性をうまく利用することが勝利へのカギを握っています。
 さらにハラリ氏は、AI(人口知能)の進化に警鐘を鳴らします。なぜなら、これまでサピエンスが発明したテクノロジーの中で、AIは初めてサピエンスのコントロールから離れて自立性を持つ道具であり、サピエンスにとっては未知の道具となるからです。こうした意味で、今年はサピエンスの歴史分岐となる年になるかもしれません。

 今年も「日々雑記」では、面白い本と音楽を紹介していきます。いつもご訪問頂いている皆様、本当にありがとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 寒さ厳しき折、皆様にはくれぐれもご自愛ください。

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ブルース・リウ 力強いピアノ協奏曲の魅力

こんばんは。

  石破総理が就任早々解散を決断しました。

  政治資金問題で信頼が失墜した自民党のしたたかさは、自民党の歴史の重さが形作ったものなのでしょうか。自民党総裁の任期を迎えて岸田前総理大臣は総裁選不出馬を表明し、新たな総裁選を演出。9人もの候補者が名乗りを上げ、高市さんと石破さんの決選投票の結果、石破さんが総裁の座を射止めました。そして、令和6101日、国会にて第102代総理大臣に指名されました。

  石破さんは、私よりも一つ年上の67才ですが、そのしたたかさは自民党の歴代政治家たちのDNAのおかげだと思います。

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(解散理由を語る石破総理 asahi.comより)

  完全に国民からの信用を失った政治資金規正法(自ら改正した法律)に違反した不記載の巨額な資金隠し。本来ならば、その時点で総辞職して国民に信を問うべきですが、そうすれば自民党は与党から野党に転落するのは明らかです。

  自民党のしたたかさは、総裁任期末まで引き延ばし、新たな総裁選挙で不信に対する弁明を行い、新たな総裁=総理によって解散総選挙を行う、という戦略そのものです。新任の総理大臣は一時的に高い支持率を得ることが出来、即座に解散することで高い支持率の元での衆議院選挙に臨むことが出来るのです。

  このシナリオを実現するためには、昭和の自民党の代表格である石破さんのしたたかさが必要だったのです。そう考えると、9人もの候補者はみそぎのための演出だったと考えるのはうがち過ぎでしょうか。

  一方の野党ですが、自民党の培ってきた政治的したたかさの前になすすべがありません。

  唯一の対抗馬は、かつて民主党政権時代に総理大臣として自民党と見事に対峙し、当時自民党総裁であった安倍晋三氏と党首討論で対等以上に渡り合った野田佳彦氏でした。

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(立憲民主党党首 元総理野田佳彦氏 yomiuri.comより)

  現在は紆余曲折を経て立憲民主党という政党となっていますが、野田さんは党首となり、今回の衆議院選挙では政権交代を訴えて野党勢力の先頭に立ちました。なんだか、時代が一回り戻ったように思えますが、今の自民党に対峙できる経歴を持つ政治家は野田さんしかいないといっても過言ではないと思えます。

  国民全体の総意を推定すると、自民党の持つ金権体質にはNOをつきつけたい気持ちは多々あれど、前回、まともな経済政策を実行できずに経済的低迷を招いた旧民主党の人たちに政権を任せるのは不安このうえない、というのが正直な気持ちなのではないでしょうか。2009年から4年間の民主党政権時代、東日本大震災とそれに伴う原発事故という悲劇にも見舞われましたが、国民は民主党政権に失望したといっても良いのではないでしょうか。

  しかし、時代は刻々と変化しています。

  世界では、成長を続ける国々もあれば、大災害にあえぐ国々もあり、さらに第二次世界大戦後、最も分断し、戦争までも惹起する国々があります。

  日本も今やこうした世界の荒波の中にいます。

  我々日本人も、この平和がほっておいても続くという太平楽な考え方は捨てた方が良いのではないでしょうか。日本の貴重な平和を維持し続けるためには、日本経済の発展と民主主義体制の成熟のために我々国民ひとりひとりが尽力し、世界に伍する高い見識を身につける必要があります。

  今回の衆議院議員選挙は我々の未来のために真に重要な選択なのです。

  にもかかわらず、どの候補者、政党を選択するか以前に、日本の投票率の低さは、そのまま日本人の教養の低さを物語っています。

  白票でも棄権票でも意思表示をすることが重要です。投票率の低さは日本人の意思表示能力の低さを体現しています。皆さん、民主主義平和国家日本の発展のために、ぜひ投票行動を取りましょう。期日前投票もあります。ぜひとも清き一票を投じようではありませんか。

  さて、政治の話はおいて、今日は2021年のショパン国際ピアノコンクールに優勝し、現在、日本を巡るツアーを行っているピアニスト、ブルース・リウをご紹介しようと思います。

【ブルース・リウ氏のプロフィール】

  ブルース・リウ氏は、1997年生まれの27才。中国系カナダ人のピアニストです。

  2021年のショパン国際コンクールといって思い出すのは、このコンクールで第2位を受賞した反田恭平氏と同第4位となった小林愛実さんのダブル受賞です。日本人のあるあるですが、このときのダブル受賞はあらゆるマスコミで取り上げられ、受賞したお二人はすっかり人気者となりました。ところが、優勝者のブルース・リウ氏の話題は我々の記憶にはほとんど残っていません。

  このコンクールで優勝したブルース・リウ氏は、BBCマガジンで「息をのむような美しさ」と絶賛されました。彼のインタビューを読むと、その素顔は「自由な若者」です。彼は、中国人の両親の元、パリで生まれ、カナダのモントリオールで育ちました。ピアノは、8才から始め、モントリオール大学では、アジア人として初めてショパンコンクールで優勝したダン・タイ・ソン氏に師事しているそうです。

  ピアノは人生の様々な選択肢の一つと語っていますが、優勝後には、クラシックの名門ドイツ・グラモフォンと契約、世界を股にかけて演奏活動を行っており、ピアノ以外の時間はあまりなさそうです。好きなピアニストとして、ミケランジェリとキース・ジャレットをあげているのもまたユニークです。

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(ブルース・リウ チャイコフスキー「四季」amazon.co.jp)

  また、ウィキペディアによれば、ブルース・リウというのは芸名で、自らがブルース・リーのファンで、親しみやすい名前を選んだとのこと。自分が子供の頃からブルース・リーに似ているといわれていたこともひとつの動機だったと語っています。発想が自由ですね。

  この10月、フランクフルト放送交響楽団が音楽監督で指揮者のアラン・アルティノグル氏とともに来日しましたが、そのうちの4日間、ピアノ協奏曲のピアニストがブルース・リウ氏でした。

  初日1015日は、サントリーホールで演奏曲は、ベートーベン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」、マーラー 交響曲第5番。翌16日は大阪ザ・シンフォニーホール、18日は愛知県芸術劇場、19日は所沢文化センターミューズ アークホール、という日程です。16日から19日までの演奏曲は、ワーグナー 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲、ベートーベン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」、ラベル編曲 ムソルグスキーの「展覧会の絵」となっていました。

  ちなみに、フランクフルト放送交響楽団とアラン・アルティノグル氏は、その後20日と21日に気鋭のヴァイオリン奏者 庄司紗矢香さんとブラームスのヴァイオリン協奏曲をプログラムに公演を続けました。(こちらも聴きたかったなぁ・・・)

  私が行った公演は、1019日の所沢ミューズでした。

【ブルース・リウ 「皇帝」の素晴らしさ】

  所沢ミューズのアークホールは、音響効果が素晴らしく、世界の名オーケストラが来日しており、その響きは天下一品です。今年、ジャズピアニストの小曽根真さんが所沢ミューズで初めてソロコンサートを行ったときにも、開口一番ピアノを指で鳴らしながら、「本当にこのホールの響きは素晴らしい。また来たいです。」と語っていたのが印象的でした。

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(所沢ミューズ公演 ポスター)

  開演時間の14時過ぎ、満員の聴衆の拍手に迎えられ、フランクフルト放送交響楽団の面々が舞台に登場します。驚いたのは、その人数の多さでした。舞台には所狭しと椅子が並べられ、舞台の奥には大きなハープが2基、さらに大太鼓やドラ、鐘までもが並んでいます。そして、楽団員の登場、第1ヴァイオリン17名、第2ヴァイオリン15名など、総勢109名が舞台を埋め尽くします。奥には、大きなグランドピアノが置かれています。

  いつもオーケストラの音を聴くと思うのですが、なぜ、ヨーロッパで演奏する交響楽団の音色はあれほど美しいのでしょうか。

  昔は、ヨーロッパの空気と日本の空気が異なるせいで音が違うのかと思っていました。しかし、同じ日本で、同じ所沢ミューズで聴いても、やはりヨーロッパのオーケストラが奏でる音は日本のオーケストラの音よりもなめらかで響きも良く、美しいのです。

  フランクフルト交響楽団も例外ではありませんでした。「マイスタージンガー」はワーグナーの数ある楽曲の中でもとりわけワーグナー的な壮麗さを備えた楽曲です。そこで奏でられる弦楽器のまるでビロードのようになめらかで輝くような響き、また管楽器の天空に抜けていくような芳醇な響きは、まさに唯一無二の美しい響きでした。まるで、大寺院で奏でられるような荘厳な序曲は、魔法のように我々の心をとらえたのです。

  曲が終わると、ホールが揺れるほどの大きな拍手が指揮者と109名の団員に送られました。

  ワーグナーが終わると、一度オーケストラは退場し、大きなグランドピアノが後方から運ばれて指揮台の前へと据えられました。ピアノの横には、FAZIOLIのロゴが印刷されています。ブルース・リウは、ショパンコンクールでも始めてファツイオリのピアノを使用して優勝したピアニストでした。そのピアノが所沢にもやってきたのです。

  楽団の登場に続き、指揮者のアランとブルース・リウが登場します。万雷の拍手が収まると、ブルース・リウはピアノに向かい、指揮者がタクトを構えます。

  ピアノ協奏曲第5番「皇帝」の第1楽章を飾る、荘厳な管弦楽がホールに鳴り響きます。そして、その音響の余韻が鳴り止むと同時に、ブルース・リウの指が鍵盤におろされて、流麗なピアノの響きがホールを駆け上がっていきます。これぞ、ベートーベンだ!。

  これまで、数え切れないほど、「皇帝」を聴いてきました。

  家では正月には必ず「皇帝」が流れて、1年が始まります。クラシックをこよなく愛する父親の愛聴盤は、ウィーンフィルをイッセルシュテットが指揮し、バックハウスがピアノを弾いた名演奏です。さらにその1枚と肩を並べるのは、ベルリンフィルをライトナーが指揮し、ウィルヘルム・ケンプがピアノを弾いた名盤です。ウィーンフィルとバックハウスの演奏は、まさに王宮の広大な鏡の間を思わせるようなきらびやかでエモーショナルな演奏。そして、ベルリンフィルとケンプの演奏は、哲学的で思索的な建造物を思い起こさせるような知性あふれる演奏です。

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(ウィルヘルム・バックハウス「皇帝」amzon.co.jp)

  フランクフルト放送交響楽団とブルース・リウの演奏は、ライブで味わうダイナミズムを全身で感じながらも重厚な弦の音響と、しなやかな管楽器の音響と、ピアノの力強くリリカルな音が共鳴し、一体となって、唯一無二の世界を繰り広げていきます。

  この曲の醍醐味は、それぞれの楽章が奏でる緩急と、作品全体の緩急が構築する、荘厳な世界の味わいです。ホールに響き渡るオーケストラの音から、ピアノのピアニッシモに移る瞬間、若きピアニストの指が鍵盤の上に降りおろされて奏でられる音と、そこに生まれる沈黙は、ピアニストの感性を感じさせて、唯一無二の感動を生み出します。

  第2楽章の美しく、緩やかに流れる旋律は、まさにブルース・リウの個性が表現されるリリカルな主題と再生部で、思わず瞳を閉じてしまします。その緩やかな旋律が沈黙すると、その音は第3楽章へと切れ間目なく続いていくのです。そして、第3楽章につながる音と音の間に生まれる沈黙が、ピアニストの個性を際立たせます。

  わずかに静けさに包まれた次の瞬間、6/8拍子の強烈な旋律がピアニストの指の動きとともにホールに響き渡ります。

  「皇帝」は、ベートーベンの「傑作の森」と呼ばれる時期の作品であり、彼の代表作でもあります。この作品はナポレオンがフランス軍を率いてウィーンに攻め込んできた時期に書かれました。王侯たちが慌ててウィーンから避難する中、ベートーベンが地下に立てこもって作品を作り上げたと言われます。第3楽章のテンポに満ちた流麗な旋律は、ベートーベンが何者にも犯されることなく、自らの芸術を守り抜いた精神を体現する音楽だったのです。

  ブルース・リウの演奏は、50年前の巨匠たちの演奏とは異なり、その緩の部分のインプロビゼーションと、急の部分のスピード感が個性的で、現代が解釈したベートーベンと言っても良いのではないでしょうか。

  今回味わったコンサートは、これまでに無い感動を与えてくれました。あまりの感動に、会場でCDを購入し、ブルース・リウ氏のサイン会に参加してしまいました。そのりりしい姿に向かってお礼を言うと”Thank you”と笑顔で握手してくれました。ブルース・リーに似た優しい笑顔がとても印象的でした。

  音楽は我々に心からの感動を与えてくれる素晴らしい芸術です。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2024年 今年もよろしくお願いします。

令和六年 
 明けましておめでとうございます。

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 新春を迎え、皆様のご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
 今年は辰年です。天に駆け上る龍のごとく天空の星に向かって突き進みたいものです。地球上では、悲しいことに戦争と殺戮が続いています。為政者たちが生活する一人一人の苦しみと悲しみに気づき、”平和”の尊さに行動を起こすことを、切に願います。皆さん、平和に向かい心を一つにして一緒に歩み続けましょう。
 今年も「日々雑記」の発信を続けてまいります。いつもご訪問頂いている皆様には、感謝々々です。
 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 本日、北陸石川県能登地方で大きな地震が発生し、津波警報が発令されています。すべての皆様が安全に退避して無事でいらっしゃることを心よりお祈りいたします。どうぞ、ご無事でお大事にしてください。

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今年もライブをありがとう!

こんばんは。

  コロナ禍で音楽ライブがご法度となって3年。今年はそのライブが解禁となりました。今年の年忘れは、11月と12月に参加したライブパフォーマンスを振り返って1年の締めとしたいと思います。

  11月には小曽根真さんのビアノライブ。

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(小曽根真 ソロライブ ポスター)

  小曾根さんは今年も大活躍でした。特に注目だったのは”NO NAME HORSES”のニューアルバムとそれに伴う全国ツアーです。2月にかつしかシンフォニーホールで参加したライブは、大迫力のビックバンドで心の底から感動を味わいました。そして、11月のピアノソロは、まったく違ったソロピアノの魅力を満喫することができました。小曾根さんと言えば、ショパン生誕200周年で発売したショパンアルバムが思い出されます。あれ以来、小曾根さんの奏でるジャズ系クラシックもすっかり定番となりました。この日もコロナ禍の中で、外に出る夢を描いた作品”Need to Walk”をはじめジャズ曲も思う存分堪能しましたが、聴きものだったのは第一部で奏でたモスコフスキーのエチュード8番と第二部で奏でたラフマニノフのピアノコンチェルト第2番でした。原曲のロマンを内に秘めながらジャスの香りをちりばめた演奏にはすっかり心を動かされました。

  12月には、人気のチェロ奏者宮田大さんとピアニスト、ジュリアン・ジェルネさんのコンサート、今は亡きエマーソン・レイク&パーマーのライブ、佐渡裕指揮新日本フィルハーモニーのベートーベンの交響曲第9番合唱付、さらには孤高の名ピアニスト、クリスチャン・ツィメルマンのソロピアノと素晴らしいライブを堪能できました。

  宮田さんのチェロの響きは唯一無二と言ってもよいのびやかで打ち震えるような低音が魅力です。この日には、今年亡くなった坂本龍一さんの”星になった少年”や久石譲さんの”Asian Dreem Song”をはじめ日本の名曲の数々をロマンあふれるチェロで奏でてくれました。そして、第一部の最後に演奏した”リベルタンゴ”は、チェロで奏でていたとは思えないノリを響かせていて思わず体が揺れてしましたした。その素晴らしい演奏に心が震える感動を味わうことができました。

  エマーソン・レイク&パーマーと言えば1970年代のプログレッシブロックをけん引したアイコンです。

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(EL&P来日 ポスター)

  今回、メンバーの唯一の生き残りであるドラマーのカール・パーマーが、今は亡きキース・エマーソン、グレック・レイクの映像と共演するとの趣向で、”最後のEL&P公演”という触れ込みのライブでした。EL&Pと言えば近年NHKの大河ドラマでもその傑作である”タルカス”が使われるなどそのパワフルな楽曲が見直されています。今回は、1992年のロイヤル・アルバート・ホールでのライブパフォーマンスにドラムのカール・パーマーのみがライブで共演するという前代未聞のライブ公演でした。

  その趣向に心配もありましたが、そのパーフォーマンスは素晴らしいものでした。グレック・レイクのラッキーマンから始まったライブは、フィルムとは思えない臨場感があり、全編素晴らしいパフォーマンスが繰り広げられました。特に驚いたのは、同行したギタリスト、ポールとベーシストのサイモンのパフォーマンスです。”タルカス”の演奏は、映像ではなくギタリストとベーシストのトリオでのライブパフォーマンスが繰り広げられました。ギターシンセサイザーが奏でるあのタルカスのキーボード。これは、ライブで参加した人にしか味わうことができない唯一無二のアグレッシブな演奏でした。さらにベーシストは12弦ベースを駆使して、あの”石を取れ”をインプロビゼーションで聞かせます。そのリリカルなベースメロディはすべての聴衆を魅了しました。今回のライブはEL&Pファンの心をつかみ取る素晴らしいパフォーマンスでした。

  そして、年末と言えば”第九”です。

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(佐渡裕 新日フィル”第九”ポスター)

  今回は、新日本フィルの音楽監督に就任した佐渡裕さんが凱旋公演として満を持して指揮をした”第九”です。演奏の前に佐渡さん自身がマイクを持ってあいさつに登壇。第九の魅力を語ってくれました。その第一楽章は、前を向いて人生を突き抜ける情熱を表わしていると言います。人は皆、一度は人生を最高のパフォーマンスで突き抜ける瞬間を持っています。その情熱の人生を語るのです。そして第二楽章。第二楽章は、遮二無二突き抜けた情熱の人生を語る知性の疾走を表わしていると言います。その溌剌としたテーマは、まさに知的な失踪と言っても過言ではありません。そして、流麗に奏でられるたおやかな第三楽章。それは、人生の豊かさを朗々と歌う充実と生命力の静けさに満ち溢れた美しい旋律が我々の心を魅了します。そして、第四楽章。ベートーベンは、それまで奏でてきた三つの楽章を奏でた後で、そのすべてを否定します。”友よこの調べではない”、世界中の人々を兄弟と呼び、この地球(テラ)に生まれて生きることの歓びを互いに喜び歌い尽くそう。そして、兄弟たちよ喜び合うだけではなく抱き合おうではないか。素晴らしい”第九”に自らの人生が走馬灯のように心に巡ります。

  ウクライナに侵攻したロシア、ガザ地区を巡り殺戮を重ねるイスラエルとテロを重ねるパレスチナの為政をなす人々。その最も醜い人間の姿を目の当たりにすると、この”第九”に込められた人類への想いをすべての殺し合う人々に聞いてほしい、と心から願います。

  今年の最後に聴いたのは、クリスチャン・ツィメルマンのソロピアノです。

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(ツィメルマン ピアノリサイタル ポスター)

  ツィメルマンは、1975年に18歳でショパンコンクールで優勝して以来、世界中の名指揮者、名管弦楽団との演奏を重ねてきました。自らピアノの調律するほどピアノ愛する名ピアニストです。この日の公演は、聴いたことのない人のいないションパンのピアノソナタを披露してくれました。どの曲もピアノの発表会などで耳にするソナタばかりですが、ツィメルマンの指から奏でられる音は、知っているショパンのソナタとは異なるリリカルで静かな音でした。これこツィメルマン以外の人出は奏でることのできないショパンでした。心からその音に感動しました。さらにドビッシーの”版画”。その東洋的なメロディラインもドビッシーならではのリリカルな曲。ツィメルマンの繊細なタッチは、ドビッシーの作った音をさらに研ぎ澄ませて心に届けてくれたのです。

  コロナ禍を経験して、我々はコロナ以前よりもいっそう素晴らしい音楽を味わうことができています。皆さんも、今年1年を振り返れば心に触れた数々の出来事があったことと思います。そうしたできごとを心によみがえらせながら今年最後のときを迎えましょう。

  今年も、拙ブログにご訪問頂き本当にありがとうございました。どうぞ、よいお年をお迎えください。

それでは皆さんお元気で、またお会いします。

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600回 本当にw ありがとうございます

こんばんは。

  皆さんのおかげで、人生楽しみのブログも無事に600回を迎えることができました。これも、ひとえに訪問を頂いている皆さんのおかげと心より感謝しております。本当にありがとうございます。

  と言っても、550回目から600回まで丸3年もかかっているのでその更新ペースの遅さには自分でもビックリです。この3年間と言えば、コロナ禍による行動制限の時期とピッタリ重なっています。本来、外出自粛の時期には読書が進むはずなのですが、私の場合には読書時間=通勤時間でしたので、通勤が無くなると自動的に読書の時間も無くなり、すっかりご無沙汰する結果となりました。退職を機会に、これからは読書に時間を割けるのではないかと思っています。

  ところで、先月、退職記念に連れ合いが四国旅行をプレゼントしてくれました。岡山から車で四国に渡り、徳島の鳴門の渦巻き、高松からフェリーで小豆島、高松の父母が浜(チチブガハマ)、愛媛の今治から「しまなみ海道」を北上して大島・大三島・因島をめぐって、福山から帰る、という45日の豪華な旅行でした。

  見所たっぷりの旅行でしたが、おすすめをひとつだけご紹介します。

  香川県の三豊市にある父母が浜は日本のユニ湖として最近映えスポットで有名ですが、そこで宿泊した「咄々々(トツトツトツ)」というペンションは最高のおもてなしをしてくれる、癒やされるお宿でした。古民家を改装した建物は立派な日本建築で、岐阜から移住してきたご夫婦がお客様をもてなしてくれます。予約は一日一組。一泊2食付きで夕食は和食か洋食を選ぶことができますが、どちらも奥様の手料理です。私たちは和食を選んだのですが、懐石風に地元の食材を使った料理が一品ずつ提供されてどれも豊かな味わいのおいしい料理でした。また、日本酒の飲み比べができ、その日は料理に合わせてご主人が仕入れた千葉、長野、香川の本当においしい純米酒を味わうことができました。

  ダイニングと純和室床の間付きのリビングはつながっていて、ゆっくりくつろげます。さらに、別の寝室は青一色に改装されていてアンティーク風にベッド式の洋室となっています。建物や内装もさることながら、食事を運んでいただく間、ご夫婦と、香川の観光情報や地の食材、お酒情報など、様々な会話でホッコリした時間を過ごすことができました。また、宿から車で20分ほど上ったところに「高屋神社」というお社があり、「天空の鳥居」があることで有名です。

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(天空の鳥居 「高屋神社」)

  宿のご主人が「天空の鳥居」の場所を教えてくれ、翌朝、朝食前に「天空の鳥居」を訪れて鳥居から眺める絶景を堪能できました。宿では、鳥居観光から戻る時間に合わせて朝食を用意してくれており、その心遣いもありがたいものでした。朝食は、地の野菜を中心としたクラブサンドイッチで、ご主人が焼いたパンの香ばしさとシットリ感に感激しました。宿は、昼には喫茶店を営んでいて、コーヒーのおいしさも格別でした。瀬戸内海の見所を満喫した旅行でしたが、皆さんも機会があればぜひこの宿を予約してみてはいかがでしょうか。旅が豊かになること間違いなしです。

  それでは、550回から600回までにご紹介した本のベスト10へと話を進めましょう。

  まずは、第10位から第6位までを一気に振り返りましょう。

10位 「残酷な進化論 なぜ『私たち』は『不完全』なのか」(更科功著 NHK出版新書 2019年)

09位 「一軍監督の仕事 育った彼らを勝たせたい」

    (高津臣吾著 光文社新書 2022年)

08位 「よみがえる天才1 伊藤若冲」

    (辻惟雄著 ちくまプリマー新書 2020年)

07 「時代を撃つノンフクション100」

    (佐高信著 岩波新書 2021年)

06位 「天才の思考 高畑薫と宮崎駿」

     (鈴木敏夫著 文春新書 2019年)

   いつも思いますが、読んだ本を見ると自分の興味がどこにあるのかがよくわかります。

   更科功さんは、分子古生物学者という変わった職業についていますが、その専門は遺伝子構造を研究することで、生命の進化を解き明かしていくことです。今回の本は、われわれホモ・サピエンスという種がどのように進化してきたのかを解き明かしていくのですが、今の我々の遺伝子の中にすでに絶滅した人類であるネアンデルタール人の遺伝子が混ざっているという事実に驚きました。さらに、ホモ・サピエンス以外の人類がたくさん存在しており、偶然と必然の連鎖によってホモ・サピエンスのみが生き残ったというワンダーが秀逸です。やっぱり、最新科学は面白い。

  そして、忘れてならないのはスポーツ本です。野球といえば、ワールドベースボールクラシックの感動は忘れることができませんが、この本はヤクルトスワローズを優勝に導いた高津監督が優勝への道筋を書き綴った面白い本でした。今年は、ラグビーそしてバスケットのワールドカップイヤーになります。日本代表の活躍から目が離せない年になりますね。みんなで応援しましょう!

  「伊藤若冲」は、近代日本画のさきがけとなる江戸期の日本画家です。彼が追求したリアリズムはまさに天才ならでは、といえます。作品のリアリティのために画材や技法を究極まで追求し、さらにそこに遊び心までを的確に表現し、見る者の心を動かしていきます。まさに絵画好きの心を射貫く本でした。

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(京都 錦市場 若冲の生家)

  佐高信さんの本は、時代を代表するノンフィクション作品の紹介ですが、心を打つのんふぃくしょんの中心にいるのは一人の人間であり、その人間とそれ以外の人々との関わり合いの真実です。この本は「人」への興味を改めて沸き起こしてくれました。

  スタジオジブリが制作した数々のアニメーション映画は、日本の観客はもちろん、世界中の観客にワンダーと感動を与えてくれました。そこで異彩を放った作家お二人はいったいその才能をどのように発揮していったのか。この本はスタジオジプリで、すべての作品のプロデューサーを務めた鈴木敏夫さんが、戦友でライバルでもあった高畑薫と宮崎駿の軌跡を語ったノンフィクションです。人々の心を動かす映画はどのように生まれるのか、その秘密に興味は尽きません。

  さて、ここからはベスト5の紹介です。

5位  「クオリアと人工意識」

    (茂木健一郎著 講談社現代新書 2020年)

  現在、AIとして最も話題となっているのは、まるで人間のように文章を作成してくれるAI、「Chat GPT」です。これまでのAIは、文章として不完全なものが多く、読めば人間が書いた文章でないことがすぐにわかりましたが、このAIが作成した文章は人が書いた文章と遜色がないのが大きな特徴です。たとえば、ラブレターの代筆や感想文、さらには大学の研究論文や卒業論文など、へたな人間が書くよりも自然な文章となっています。

  大学では、このAIで研究論文や卒業論文を制作することを禁止していますが、基本的には人間が創ったツールに過ぎませんので、問題はAI側にあるのではなく使う人間側にあると思います。そうはいっても、その文章が、見分けがつかないほど洗練されたものなのであれば、一定のルールのもとに利用されることが合理的だといえます。

  画像作成AIも現在人間のお株を奪うほどに洗練されてきていますので、法的に考えれば創作物に対する著作権の問題をきちんと整理し、判例に頼るのではなく、法整備を行うべきなのではないでしょうか。

  イーロン・マスク氏は、様々な危険性が内在していることを理由に、当面の利用を禁止すべきとの見解を公表して話題となっていますが、自らも開発を表明しており、「別次元の発想による開発」と語っていますが、そのうさんくささは天下一品ですね。

  この本は、こうしたAIと人間の問題を脳科学の観点から語ります。著者が語る「クオリア」はいまだに解明されていない、脳が認識する質感のことですが、その仕組みは果たしてAIでも同じように形成されることができるのか、実に興味が尽きない議論が展開されています。

4位 「日本インテリジェンス史」

    (小谷賢著 2022年 中公新書)

  このブログで最も興味深い関心を持っているのは、「インテリジェンス」です。それは、国家の安全、存続に直結する「諜報」のことを意味します。戦前、日本には政府や軍部の垣根を越えてインテリジェンスオフィサーを育成するための「陸軍中野学校」がインテリジェンスの核となる人材を育成していました。しかし、戦後にはすべてが解体され、日本のインテリジェンスはすべてをアメリカにゆだねることとなったのです。それ以来、日本には政府や各省庁、官僚組織を横断するインテリジェンス組織は存在していなかったのです。しかし、この本は、戦後の日本には本気で「インテリジェンス組織」を設立しようとの高い志を持っていた人々がおり、尽力していたのです。

  ブログを始めて12年、日本のインテリジェンスに対して様々にグチをこぼしてきましたが、この本を読んではじめて自らの不明を恥じることとなりました。しかし、現在の日本ではまだまだインテリジェンスが生かされているとは思えません。これからも、このブログではインテリジェンス本を取り上げていきたいと思っています。

3位 「ヒトラーの時代 ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか」(池内紀著 中公新書 2019年)

  この本は、ドイツ文学の研究者であり、同時にエッセイストでもあった池内紀さんの遺作です。現代の世界は、分断の時代を迎えています。さらには、冷戦が終了したにもかかわらず、世界の各国内では民主勢力と軍事勢力の内戦やクーデターが巻き起こり、多くの難民が発生するだけではなく、多くの無垢な命が奪われています。それでも、国家間での戦争は世界大戦に至らずに令和の時代を迎えました。

  ところが、2022223日、ロシアのプーチン大統領はウクライナの国境を越えてウクライナ国内に攻め入ったのです。ロシアはウクライナ国内東部に位置するロシア人地域ないロシア人が虐殺されており、解放する必要があったと述べていますが、いきなりウクライナの首都キーウを攻撃し、傀儡政権を打ち立てようとしたことは、まさに宣戦布告に他なりません。

  いったいプーチン大統領は何を考えて戦争を開始したのか、まさに時代はヒトラーの時代を彷彿とさせる事態にまで及んでいます。この本はそうした時代のエポックを我々に教えてくれるのです。

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(池内紀著「ヒトラーの時代」)

2位 「呉越春秋 湖底の城 九」

   (宮城谷昌光著 講談社文庫 2020年)

  宮城谷昌光さんの古代中国歴史小説は人と人の数奇なつながりと国家の戦略を描いてあますところがありません。これまで春秋時代、戦国時代を描いて数々の名作を上梓してきましたが、その時代を締めくくる大作がこの「呉越春秋 湖底の城」です。全9巻の内容については、それぞれの巻を紹介したブログに譲りますが、この呉越の戦いは宮城谷さんが長年暖めに暖めてきた題材で、あまりに知られすぎている歴史であり、なかなか書き出せなかったと語っています。

  しかし、楚の国王に父と兄を殺された伍子胥の復讐劇を中心に「呉」の国の隆盛を描くとの構想に至ったときにこの小説がはじまりました。そして、伍子胥が素晴らしい仲間に出会い、互いに確固たる団結を作り上げる語りは、まさに宮城谷節が炸裂した氏の真骨頂です。歴史小説の醍醐味を味わいたい方には必読の書に間違いありません。

1位 「たゆたえども沈まず」

   (原田マハ著 幻冬舎文庫 2020年)

  今回、もっとも面白かった本は、このブログでは常連となった原田マハさんのアート小説でした。「たゆたえども沈まず」は、ゴッホを描いた小説ではありますが、これまでとはプロットが異なっており、物語の主人公はゴッホの弟であるテオとゴッホ、そしてテオと同じくパリで美術商を営む日本人の林忠正とその部下の加納重吉なのです。さらに、この小説にはもう一人の主人公がいます。それは、すべての人々が恋い焦がれたパリ。「たゆたえども沈まず」とは、決して沈んでしまうことのないパリとゴッホのことを語っているのです。本作は、人の生み出す絵画とパリを描いた見事なアート小説です。

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(パリで出版された日本美術特集雑誌)

  ちなみに、マハさんの小説が初めてベスト10に顔を出したのは第150回のときに第5位だった「キネマの神様」でした。そして、第250回のときにはルソーを描いたアート小説第1作目の「楽園のカンヴァス」が第1位となっています。その後も第300回に「ジヴェルニーの食卓」が第2位。第400回には「翼をください」が第5位。第500回では「暗幕のゲルニカ」が第3位。前回550回では「モダン」が第9位でした。久々に第1位となった作品をぜひお楽しみください。


  おかげさまで、601回目も無事にお開きとなりました。本は人生の伴侶です。これからもこのブログで人生が楽しくなる本を紹介していきますので、これからも「日々雑記」をよろしくお願いいたします。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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