真山仁 民主主義 選挙で勝利するには

こんばんは。

  選挙制度は民主主義の根幹となる重要な仕組みに違いありません。

  早いもので選挙権が認められる年齢が20歳から18歳に引き下げられてから2年が経とうとしています。この間、高校や大学で18歳になる若者たちに選挙の意味を考えてもらうための動機付けや模擬投票などが行われ、投票を通じて政治に参加することの意義を醸成していました。

  ちなみに、最近選挙のたびに納得感がないのは日本の投票率の低さです。

  先日の統一地方選挙でも投票率は過去最低を記録し、その平均は50%前後だと報じられています。そのとき、大阪府知事と大阪市長選挙において、大阪維新の会が松井知事と吉村市長の辞任、入れ替え立候補で、県民、市民に大阪都構想の信を問うという手段に打って出ました。結果、大阪維新の会はこの選挙に勝利したのですが、松井さんはこの勝利の後投票率に触れ、「約半分の方の意見は反映されていないので、都構想については引き続き丁寧に説明していきたい。」と述べていました。良識のある発言に納得です。

  近いところでは、安倍政権の信を問うた2017年の衆議院選挙でも全体の投票率は53.68%と、選挙によって安倍政権が全国民に支持されたとはとても語れないような投票率でした。

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(2017年記者会見に向かう安倍首相 sankei.com)

  この選挙における世代別の投票率は、10代が40.49%、20代が33.84%、30代が44.75%、40代が53.52%、50代が63.32%、60代が72.04%、70代以上が60.94%となっています。これを見ると「未来志向の明るい日本」といくら叫んでも、未来を担う若者は投票に来ないという矛盾がうかがわれます。逆に言えば、そろそろ定年が見えてくる50才代から年金支給が見えてくる60才代以降の票を取り込んだ候補が当選すると言う、極めて皮肉な結果が見えてくるのです。

  総務省の統計を見ると、昭和61年以前の総選挙で投票率は70%前後と極めて高い民度を示していたのですが、平成2年の73.31%をピークとして投票率は下落の一途をたどります。特に安倍政権となってからは60%を切り投票率の低下は歯止めがかかりません。安倍首相は長期政権と胸を張りますが、国民の半分の支持しかない内閣が日本国民を代表してすべての政策を是として良いのでしょうか。日本人の民度の低さに危機感を感じます。

  現実的な解決策として、投票しない有権者からは罰金税を徴収する、投票率が50%未満となった選挙は無効としそれに必要な税金を別途徴収する、など多少の荒業を使ってでも日本国民の民度を上げることを検討しても良いのではないでしょうか。もちろん、そんなことをしなくとも投票率が70%以上にもどり、それが当たり前になって欲しいのですが・・・。

  さて、民主社会において政治家は選挙によって市民や県民、国民に選ばれることになるのですが、この選挙が小説に描かれるとすればどのように描かれると思いますか。

  今週は、選挙の内幕を描いた小説を読んでいました。

「当確師」(真山仁著 中公文庫 2018年)

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(単行本「当確師」真山仁 amazon.co.jp)

【選挙コンサルタントとは?】

  真山さんの小説は、フィクションをリアルに描くために取材に基づいた事実が基礎となって描かれています。その小説によって描かれる対象は異なりますが、それぞれがリアリィティを持って読者に迫ってくるのは、そうした理由に拠ります。

  これまで、「ハゲタカ」から始まるゴールデン・イーグルと呼ばれる鷲津政彦を主人公とした経済小説シリーズ、中国を舞台に原子力発電所の安全性を描いた「ベイジン」、メディアの裏側を描いた「虚構の砦」、エネルギー問題を鋭く抉る「マグマ」、日本の農業問題に一石を投じた「沈黙」と多彩な小説を発表し続けている真山仁氏ですが、今回は政治をテーマにした作品です。

  氏の政治をテーマとした小説と言えば、日本の総理大臣を描いた「コラプティオ」が思い出されます。本来、政治とは権謀術策が飛び交う権力をめぐる巣窟との印象がありますが、その本質は国と国民の幸せを実現するために理想を掲げて政策を進める人物が政治を目指すことにあると思います。この小説は、日本の国の行く末を自ら切り開こうとの志を持った政治家が首相の地位に就き政治を仕切る物語です。

  真山氏は、小説のテーマに「正義」をいろいろな形で忍ばせているのですが、この小説は珍しく正義を正面から描こうとしています。しかし、権力とは魔物であり、どれほど理想を掲げようとも権力は腐敗していきます。理想を掲げた政治家が、最後にカタストロフを迎えるところで、改めてこの小説の面白さが浮き立ちました。

  その真山さんが再び政治の世界に挑んだのがこの「当確師」です。

  今回の作品の帯には、「政治版『ハゲタカ』」との文字が躍っていますが、この言葉はいたずらにベストセラーにあやかろうと書かれているわけではありません。氏は、この小説が上梓されたときのインタビューで、作品の作り方には二通りのやり方があり、ひとつはテーマから入って登場人物を配置してストーリーを創っていく方法。もうひとつは、個性豊かな主人公がいて、その主人公が動き出してストーリーが創られていくとの方法です。

  「ハゲタカ」は、後者の作品。イヌワシ(ゴールデン・イーグル)のあだ名を持つ投資ファンドの雄、鷲津政彦という個性的なキャラクターがあってあの面白い小説が出来上がったと言います。

  確かに、鷲津は登場したときから悪役を演じ続けています。しかし、内に秘めているのは「今の日本に喝を入れる。」との信念に貫かれています。自ら勝者となることによって結果として日本の伝統を救い、日本の技術立国であるステイタス企業を救い、弱者を助けます。ジャズピアノにまつわる様々なエピソードは、このシリーズの大きな魅力となっています。(ピアニストとして渡米するキャリアのはじまりが、「スパイラル」で見事に描かれています。)

  今回の「当確師」について、真山氏は、「ハゲタカ」と同様にこの小説は個性的な主人公から物語が創りだされたと述べています。その主人公の名前は、聖達磨。職業は選挙コンサルタントです。彼のモットーは、「選挙は戦争だ。」というものです。その手腕は確かなもので、彼が手がけた選挙ではクライアントが必ず勝利を収めるのです。あれ?

  法律に明るい方は、その職業が公職選挙法に抵触するのでは、と疑問に思うのではないでしょうか。確かに選挙期間中に候補者からコンサルタント料をもらえば公職選挙法違反となることは間違いありません。そこはコンサルタント業。聖達磨は、選挙候補者の公示日にはすでに仕事を完了しています。つまり、選挙の結果は候補者の公示日にはすべて決まっているということです。小説では、コンサルタントフィーに関するノウハウもキチンと語られており、リアルにコンサルタント業の内幕を語ってくれるのです。

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(2019 大阪知事・大阪市長選挙に勝利 news.livedoor)

  「当確師」とは、確実に選挙で当選させることを仕事とする選挙コンサルタントのことを言うのです。

【選挙に勝つためのノウハウ】

  真山仁氏の小説は基本的に緻密な表現力に支えられた重厚な作品です。それでも最近は、ハードボイルド、ミステリー風味の作品が発表されています。この「当確師」は、どちらかと言えば重厚な作品というよりもサスペンス風味がただようエンターテイメント系の小説となります。選挙での勝利を依頼された聖が、様々な人脈や戦略を講じることによって劣勢が明らかな候補者に逆転勝利を呼び込む醍醐味が小説を面白くしています。

  今回描かれる選挙はある都市の市長選です。

  真山氏の小説作法はすでにベテランの味がします。ピカレスク的な主人公、聖達磨という名前も、選挙コンサルタントという職業も、読者にははじめて耳にする名前です。今回、真山氏は第一章でいきなり「選挙」の現場を描写します。(以下、ネタバレあり)

  第一章の舞台は、市長選が繰り広げられている平成市です。平成市の市長選挙は現職の市長が圧倒的な強さを誇り、聖がコンサルタントを引き受けている対抗候補は票読み段階では当選が覚束ない状態で、苦戦を強いられています。対抗候補を恩師と慕っている若きボランティア関口健司は恩師の選挙戦を手伝っています。

  健司の兄は現職の市長に将来を約束されており、その権力にすり寄り、現職市長に張り付き選挙の応援要員となっています。健司はかつて事業に失敗して多大な借金にあえいだことがあり、そのときに兄に借金を肩代わりしてもらった過去がありました。そして、今回の選挙戦では兄から対抗候補側をスパイするように脅されていました。気の弱い健司は恩師の応援に本気で取り組んでいましたが、面と向かって兄に脅されるとどうしても恩師側の情報を兄に漏らしてしまいます。

  現職市長はその権力に物を言わせて市内の有力者たちをその陣営に取り込んでいます。選挙告示がなされる前にコンサルタントの聖はこの選挙に勝利を得るだけの票読みを完成させなければなりません。

  聖は健司を自らの運転手に指名して、車を預けます。そして、平成市で老舗の料亭へと車を向かわせます。その料亭で聖は、翌日に現市長側についている有力者たちとの会合について、女将と打ち合わせていました。その動きを健司から聞いた市長側は、料亭に盗聴器を仕掛けるように健司に命令します。市長側のプレッシャーに負けた健司は言われたとおりに盗聴器を仕掛けます。

  聖は、有力者たちと何を話したのか。盗聴器から聞こえてくる話は、当たり障りのない世間話ばかりです。しかし、料理が終わると聖はお客を庭園へと誘い出し、何かを離しました。その会話を聞くことはできません。すべてが終わった帰り、聖は料亭の出口で客をお送りしますが、その時に風呂敷に包んだ土産を手渡して何かを囁きました。

  聖はいったい市長側の組織票を握る有力者に何を話し、何を渡したのか。

  そして、平成市の市長選挙は聖がコンサルタントを務めた候補が大逆転で勝利し、現職候補は敗れ去りました。いったい何が起きたのか。それは、本書を読んでのお楽しみです。結果として市長側に踊らされた健司でしたが、聖は「おれは正直者がすきなんだ。」と言ってそのまま健司を運転手として雇うことにしました。そして、小説はいよいよ政令指定都市における本題の選挙へと突入していくのです。

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(2017年 横浜市長選挙に勝利した林市長)

  聖は、かつて選挙を手伝った大物衆議院議員ら呼び出されます。

  大物議員は聖に意外な仕事を依頼してきたのです。それは、1年後に行われる政令指定都市、高天市の市長選挙で2期市長を続けた鏑木次郎市長を追い落としてほしいとの依頼でした。その議員はかつて鏑木を応援し当選させた張本人です。鏑木市長は、前市長に勝利してから前市長の癒着政治を浄化し、数々の改革を行って高天市の発展に貢献してきた実績があり、市長選に出馬さえすれば圧倒的な勝利間違いなしと言われています。

  あまつさえ、その依頼には市長の対立候補さえ決まっておらず、候補者選びの段階から聖にコンサルタントを依頼したいと言うのです。果たして、聖はこの不可能とも思える依頼を引き受け、ゼロから鏑木市長に挑戦するのでしょうか。


  小説は始まりからワンダーの連続で、息を切らせぬ展開が我々を小説世界へと引き込んでいきます。高天市で最も有力な財閥である小早川一族。その当主の娘、瑞穂は市長の配偶者であり、二人の仲は睦まじいものです。さらに聖のかつての妻、三枝操が鏑木次郎の選挙コンサルタントを務めているのです。そこに高天市民の組織票を牛耳るカトリック系、仏教系の宗教団体も加わり、小説は予期せぬ展開が続いていきます。

  この小説は、政治をテーマとしていますが間違いのないエンターテイメント小説です。真山さんのファンの中には、その小説に深さを求める方もいると思いますが、この小説にはそれを求めるべきではないかもしれません。面白い小説が読みたい方は、ぜひこの本を手に取ってください。ページをめくる手がもどかしくなること間違いなしです。

  日がすっかり長くなりました。短い夜にはぜひ面白い小説をお楽しみください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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