ダン・ブラウン AIとシンギュラリティを描く

こんばんは。

  ダン・ブラウン氏が描く宗教象徴学者、ラングドン教授シリーズもついに第5作目を迎えました。そのうち3作品はトム・ハンクスがラングドン教授を演じて映画化され、大ヒット作品になっています。前作「インフェルノ」では、フェシリティ・ジョーンズが知的な美女、シエナを演じてすっかり魅了されたことは記憶に新しいところです。今回の作品もこれまでの作品に勝るとも劣らず、素晴らしい謎解きとサスペンスを詰め込んだジェットコースター小説で、一気に読み終わりました。

「オリジン」

(ダン・ブラウン著 越前敏弥訳 上中下巻 2019年)

【我々生命はどのように生まれたのか】

  今回、ラングトン教授が巻き込まれる事件は、ハーヴァード大学での教え子であり友人の科学者エドモンド・カーシュの大発見に起因します。その大発見は、かつてコペルニクスが「それでも地球は回っている。」と唱えた地動説やチャ-ルズ・ダーウィンに「この説が受け入れられるのには種の進化と同じだけの時間がかかりそうだ。」と言わしめた進化論に匹敵するほどの衝撃を我々に与える発見だといいます。それは、まさにパラダイムの変換をもたらすレベルの発見です。

  ダン・ブラウンのラングドン教授シリーズの大きなテーマのひとつは、宗教と科学の葛藤です。我々日本人は、昔から八百万(やおよろず)の神になれており、科学の数だけ神様がいるのでは、程度の認識しかありませんが、一神教を信じる人々には神と科学の葛藤は何よりも重大な問題をはらんでいます。それは、唯一神はいるのか、いないのか、との究極のクエスチョンです。

  現在、日本が誇る小惑星探査機はやぶさ2が、小惑星「りゅうぐう」に到達。小惑星の表層に金属級を打ち込み、内部の岩石流を採取するという世界初の試みが実行されています。タッチダウンと呼ばれる2回の着陸によって、はやぶさ2は小惑星の表層の岩石だけではなく、地中にある深層の岩石までを採取するという快挙に成功したのです。この技術は、世界唯一のものなのです。

  まもなくはやぶさ2は、小惑星を離れ日本への帰路につきます。予定では2020年の年末にはと急に帰還する予定ですが、帰路はまた3億kmの宇宙をたった一人で航行するわけですが、JAXAのプロジェクトメンバーの力を結集して、ぜひとも無事に帰還してほしいと思います。

  さて、このはやぶさ2は、「太陽系の生命の秘密に迫る」ことができるといわれています。我々の地球では、現在数えきれないほどの命が青く美しい星に息づいています。しかし、そもそもこの地球で命はどのように生まれたのか、その謎は解けていません。無機物からなぜ有機物が生まれたのか。科学によるアプローチは行き詰まり、現在では地球で最初の命につながる物質は地球外から隕石によってもたらされたのではないか、との仮説が唱えられています。

  この仮説は何によって実証されるのか。「りゅうぐう」が軌道を回る宇宙の環境は、地球に生命が生まれたと考えられる46億年前と同じ状態にあります。地球の最初の命に隕石がかかわっていたとすれば、その時代と同じ環境にある「りゅうぐう」の岩石には、生命につながる物質が含まれているかもしれない。そして、実際の岩石を研究することで、我々生命誕生の秘密が明かされるかもしれないのです。

  人間を創造したのは、宇宙から飛来した物質なのか、それとも神なのか。それは、宗教と科学が争う最も深遠な問題なのです。我々は、いったいどこから来たのか。今回の「オリジン」の主人公エドモンド・カーシュの発見は、この質問に答えを出すものだったのです。

【AIとシンギュラリティ】

  皆さんはNHKのEテレで、「人間ってなんだ。超AI入門」というプログラムがあるのをご存じでしょうか。この番組は、毎回テーマを設けてテーマに対して現在AIがどこまで技術的に進んでいるのか、を語っていく番組です。例えば「会話する」という場合、相手の言葉を理解して返事をすることができるAIは、人の会話に含まれる「共感」という感性を理解できるのか。会話の中で重要な「共感」とはそもそもどんなものか、AIにその意味が理解できるのか、そのひとつひとつを分析しながら解説していきます。この番組は、すでに3シリーズ目に突入しています。

  この番組のナビゲーターを務めているのが、東京大学大学院教授の松尾豊氏です。松尾氏は、現在のAI開発の最前線にいる最先端の研究者です。その解説はとてもスリリングで、ディープ・ラーニングというAIの開発技術もわかりやすく解説してくれます。AIは、もともとコンピューター技術がその礎となっています。ヒトの脳と同じことをコンピューターでできないか。それがAIの出発点だったのです。

  人間の脳内では、1千億個と言われるニューロンという神経細胞が需要細胞との間でシナプスと呼ばれる電気信号を発することで、様々な活動を行っています。このシナプスという電気信号は数兆という桁で信号の発信を行っていることがわかっています。AIの技術では、脳内の信号のやり取りをコンピューターによって人工的に作り出そうとする試みです。それには、人間の右脳の動きと人間の感情や行動を分析し、シナプスそのものを解析することが必要となります。

  コンピューターを使ったAIでは、数量的に人間の脳に追いつくために爆発的な技術進歩が必要となります。そして、その技術の進歩は、恐ろしいスピードで進んでいます。私の世代は、社会人になるころには携帯電話どころか、パソコンさえ実用的ではありませんでした。職場で使うのは、せいぜいワープロで、よく企画書をワープロで作りました。しかし、1990年代に入るとパソコンが職場に登場し、ウィンドウズ95がOSデビューを果たすや、パソコンは当たり前のように日常に入り込んできました。

  携帯電話も平成の初期にはまだ普及しておらず、もっぱら駅の伝言板で待ち合わせ時の連絡を取っていました。ところが、パソコンと気を同じくしてポケベルに変わって携帯電話が一世を風靡し、携帯電話は10年もたたないうちにジョブスのiPhonにとってかわられたのです。今や世の中はスマホの時代です。発売当初のパソコンでは、ハードディスクの容量もメガバイトの時代でしたが、アッという間にギガバイトの時代へと進化したのです。

  電子機器の進化は倍々ゲームのように速度を速め、パソコンやスマホに使われる集積回路の発展は、20年間で1万倍という拓的進化を遂げるといわれます。(ムーアの法則)。この法則から、未来学者のレイ・カーツワイル氏は「シンギュラリティ」が2045年に出現する、と主張しました。「シンギュラリティ」は数学の用語で「特異点」のことを言います。つまり、その先のことは人知を超えており不明、ということです。なぜ、2045年なのかといえば、そのときにコンピューターの能力が、人間のニューロンが発するシナプスの発信数を上回ることになるからです。

  つまり、コンピューター(AI)が人間の脳を超えたときに何が起きるかは誰にもわからないということなのです。いったい、シンギュラリティを迎えた人類は、その先どこへ行くのでしょうか。この本の主人公エドモンド・カーシュは、新たな発見でこの重要な問いにも答えを出したのです。

  ラングドン教授シリーズ第5弾「オリジン」の主人公、エドモンド・カーシュはラングドン教授の教え子ですが、未来学者、実業家として天才的な発想と技術によって世紀の発見を成し遂げます。それは、「我々はどこから来たのか。そして、どこに向かうのか。」この根源的な疑問に明確な答えをもたらす発見だったのです。

【ラングドン教授の舞台はスペイン】

  ラングドン教授シリーズの魅力は、「宗教と科学」とともに様々な芸術と芸術都市です。その舞台はバチカン、パリ、ローマ、フィレンツェ、ヴェネチア、イスタンブールなど、ヨーロッパの歴史と文化を司った都市となります。ラングドン教授はそうした都市を追われながらもまさに飛んで歩くのですが、今回、舞台となったのはスペインです。スペインは、共和国政府との内戦にフランコ将軍が勝利し、1939年に独裁国となりました。

  フランコ将軍が支配した独裁政権は、1975年、フランコの死まで続きます。そして、フランコの死後、ファン・カルロス1世が国王に即位し、現在のスペイン王国が成立します。新憲法の下で総選挙が行われ、2院生の議会政治が行われていますが、バスク地方やカタルーニァ地方は歴史的に異なる文化を持っており、自治権を持っていますが常に分裂のリスクを抱えています。2014年、ファン・カルロス1世は王位継承に署名して息子のフェリペ6世が王位につきました。

  このシリーズの巻頭には、毎回「事実:この小説に登場する芸術作品、建築物、場所、科学、宗教団体は、すべて現実のものである。」との言葉が掲載されていますが、今回もスペインの現代が余すことなく描かれています。

  スペインのビルバオという街をご存じでしょうか。今回、ラングドン教授が招待されたのはビルバオにあるビルバオ・グッゲンハイム美術館です。グッゲンハイム美術館といえば、ニューヨークにある美術館を思い浮かべますが、美術館を運営するソロモン・R・グッゲンハイム財団は、世界各地に分館を開設しているのです。ビルバオ・グッゲンハイム美術館は、ビルバオの再開発と軌を一にして街の再生の目玉として計画されました。1997年に開設されるや、建築家フランク・オー・ゲイリー氏による斬新な建築が大きな話題となり、年間100万人の観光客が世界中から押し寄せているといいます。

  このシリーズに登場する建物は、どれも小説の舞台として大いなるワンダーをもたらす舞台装置として働きます。このビルバオ・グッゲンハイム美術館もその例にもれませんが、ダン・ブラウン氏はさらに驚きのシチュエーションを作り出します。この美術館の館長となっているのは、美貌かつ才能豊かな美女、アンブラ・ビダルです。アンブラは、次期スペイン国王となるフリアン王子の婚約者なのです。

  ラングドン教授を招待したのは、世界を変える発見をしたエドモンド・カーシュでした。カーシュは、自らが発見した世紀の科学的新事実をこの美術館から全世界に発表しようと企画していたのです。ネタばれはここまでですが、今回もラングドン教授は警察をはじめ、あらゆる組織から追われることになるのですが、この逃避呼応を共にするのがスペインを代表する美女アンブラ・ビダル嬢なのです。

  スペインといえばもっとも有名な芸術家といってもよいのはアントニ・ガウディです。そして、その集大成ともいえる作品が、サクラダ・ファミリア。今回の作品で焦点となる芸術家はガウディです。カーシュが発見した人類最大の謎は、カーシュが敬愛していたガウディにその秘密が隠されているのです。ガウディの有名な建築に現在観覧が可能な住宅、カサ・ミラがあります。この建物は、世界遺産でありながら賃貸住宅であるという変わった建物なのですが、エドモンド・カーシュは、なんとこのカサ・ミラの2フロアを期間限定で賃借し、自宅として利用していたのです。

  このシリーズの例にもれず、ラングドン教授とアンブラはあらゆる組織から追われることになるのですが、このカサ・ミラの居室を探索するシーンは、まるでガウディの部屋の訪問記のようで緊張とワンダーがみごとに融合しています。さらに、カーシュの秘密はサクラダ・ファミリアに眠っていることがわかり、二人は今だ建築中の巨大な教会へと向かいます。

  サクラダ・ファミリアはガウディの思想が凝縮された傑作です。かつて、逢坂剛は、名作「カディスの赤い星」で工事中のサクラダ・ファミリア内での追跡劇を描いており、その緊迫感にページをめくる手に思わず塚らが入りました。あれから30年を経て、ラングドン教授がこの教会のはるかに伸びる階段で刺客と戦うことになるのです。手に汗を握るシーンは、ぜひ本編でお楽しみください。

【そして謎はどこに向かうのか】

  さて、このブログではネタばれを最小限とすることをポリシィーとしていますが、この小説の面白さを損なわない範囲で最も大きな謎を2つお話しします。

  世界にパラダイムの変換をもたらす発見を成し遂げたエドモント・カーシュ。この人物のモデルはスティーブ・ジョブスとも、シンギュラリティの生みの親レイ・カーツワイルとも言われていますが、その有り余る才能は、ある人々に大きな危機感を抱かせます。そして、晴れの舞台、多くの招待者の前で一世一代のプレゼンテーション開催の最中に一発の銃弾によって命を失うことになります。暗殺者は明示されていますが、彼を操っている黒幕は誰なのか。この謎が、小説の全編を貫いています。

  そして、もう一つの謎は、カーシュの発見そのものです。世界を震撼させる世紀の発見とは何なのか。その発見は、我々がどこから来て、どこに向かうのか、という永遠の謎に解を与えるというのです。

  二つの謎と「宗教と組織と芸術」。ラングドン教授シリーズは、汲めども尽きぬ面白さです。また、この文庫版の解説は、あの「超AI入門」でナビゲーターを務める東大大学院教授の松尾豊教授です。その解説もこの小説の楽しみを倍増させてくれます。皆さんお楽しみに。

  ダン・ブラウンの小説は、文句なく面白い!

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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