明日へのアンサンブルと伝説の名指揮者たち

こんばんは。

  28日金曜日、安倍総理大臣の辞任会見には驚きました。

  第一次内閣の時にも同じ病で辞任に至りましたが、憲政史上最も長い在位を記録した総理大臣の辞任。来年の9月まで自民党総裁の任期を残しての辞任には、非常に悔しい想いがあるものと思います。それまで半年ごとに交代し、世界中からあきれられていた日本の政治でしたが、久しぶりに腰を据えて日本の政治を行った功績は大変大きなものがあったと敬意を表するばかりです。

  個人的には、やはり70年余り政権の座にあった自民党の人材の厚さに野党はかなわないのかな、と思いつつ、日本の未来に明るい指針を与える総理大臣が誕生することを切に願っています。それには、まず選挙の投票率を80%程度にすることが国民の責務だと痛感します。

  ところで、今年の223日、サックスフォン四重奏のクワチュオール・ザイールと日本の女性サックス四重奏のルミエ・サックスフォンカルテットの素晴らしい8重奏を味わって以来、予約したすべてのコンサートとライブがキャンセルとなりました。思い出すほどに無念です。

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(クワチュオール・ザイールコンサート チラシ)

  新型コロナウィルスの猛威を考えれば当たり前なのですが、さすがに東京JAZZをはじめ楽しみにしていたライブがすべてなくなってしまうと悲しくなります。人がその心を表現する演奏を味わうのは、歌にせよ楽器にせよ、奏でる人と聞く人のコラボレーションに他なりません。奏でる人のムーブメントが聞く人に語りかけ、聞く人がそれを受け止めて自らのムーブメントとして感動する。そして、演奏が終わった後にはその感動を大きな拍手と歓声で答えるのです。

  確かにチケット代はキャンセルによって帰ってくるわけですが、お金ではこの心の穴を埋めることはできません。

  一日も早く音楽ライブが再開することを願う中で、先日心を動かされる音楽番組を目にしました。

【孤独と明日へのアンサンブル】

  その番組は、NHKで放送された「明日へのアンサンブル」と題した音楽番組でした。

  緊急事態宣言のさなか、日本フィルを始めとして日本中の交響楽団の演奏者は人前での演奏を封じられ、自粛する中で自宅で練習を重ねる以外に演奏の場を持つことがありませんでした。いったい彼らは何を思い、何を糧にして自粛期間を過ごしたのでしょうか。

  NHKでは、首都圏の名だたる交響楽団の団員たちが自宅で演奏する様子を2度にわたって放送しました。その番組が「孤独のアンサンブル」と題された番組です。出演者は名だたるプロフェッショナルたちです。楽団は、NHK交響楽団をはじめとして、東京都交響楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団。日本フィルハーモニー管弦楽団などのコンサートマスターや首席演奏者たちがリモート演奏を聞かせてくれました。

  2回にわたった番組では、ヴァイオリン、チェロ、ホルン、トランペット、フルート、オーボエ、クラリネット、など管弦楽を構成する一流のプレイヤーたちがソロで演奏する楽曲に、ひとりひとりの様々な思いが込められており、どの演奏からもあふれる心の旋律が響いていました。

  そして、自粛期間中に一人一人で演奏してきた孤独のプレイヤーたちが、緊急事態宣言の解除を受けて、感染対策を万全に取りながら一堂に会することとなったのです。その番組名は「明日へのアンサンブル」。アンサンブルを構成するのは、「孤独のアンサンブル」を彩った13名の管弦楽奏者です。

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(13人の演奏者が集結 NHKondemanndoより)

  ヴァイオリンでは、N響の第一コンサートマスターの篠崎さん、神奈川フィルの首席ソロ・コンサートマスターの石田さん、東京都響のソロ・コンサートマスターの矢部さん。チェロでは日本フィルから菊池さん。フルートは、東京フィルの神田さんとN響の梶川さん(お二人はご夫婦です。)、ファゴットは東京フィルの石井さん、ホルンは読売響の日橋さん、トランペットはN響の長谷川さん、などなど、その一流のメンバーに驚嘆します。

  「明日へのアンサンブル」は、他のメンバーと音と息を合わせながら演奏ができない長い孤独な時間の果てにたどりついたアンサンブルの世界です。番組は、演奏家たちそれぞれの対談、そして、「孤独のアンサンブル」で演奏したソロの想いを紹介し、続けてアンサンブルでの演奏が奏でられます。舞台の上で13名が和になって一つの曲を演奏する。そして、その演奏の間には、人々が三々五々に歩く街や公園の風景がバックに流れていくのです。

  例えば、エルガーの「威風堂々」。バッティングセンターで打撃に興じる演奏家が映し出されます。彼は野球の大ファン。しかし、コロナ禍でプロ野球の開幕は延期され、ファンとして観客で応援することがかないません。選手や監督と一体となって野球に熱狂する。そんな夢を乗せて、黙々と「威風堂々」を練習するホルン奏者。その紹介を受けて13人で一体となって演奏する「威風堂々」が流れていきます。まさにその演奏が彼の想いを我々に届けてくれるのです。

  クラリネットの吉野さんは、「孤独のアンサンブル」でくるみ割り人形から「花のワルツ」を演奏しました。くるみ割り人形は、バレエ音楽ですが、その演奏はオーケストラでなされます。オーケストラで主旋律を奏でるのはヴァイオリンやホルンです。クラリネットも重要な役割を担いアンサンブルに欠かすことはできませんが、オーケストラではけっして主役ではありません。

  「花のワルツ」は、チャイコフスキーの魅惑的な主旋律が様々な楽器で次々と引き継がれ、変奏されていき、すべての楽器がひとつになってその世界を創造していきます。吉野さんは、クラリネットで他の楽器が奏でる主旋律を変奏しながら奏で、たった一人で「アンサンブルの音を再現したのです。その演奏には、一日も早く皆で演奏がしたいとの思いが詰まっていたのです。

  アンサンブル演奏の当日、この演奏をテレビで見ていた他のメンバーが、いよいよ「花のワルツ」をみんなで演奏できることとなったことを心から楽しみにしている、と声をかけて吉野さんの笑顔を誘っていました。13人が心を一つに合わせた「花のワルツ」は心から感動を覚える見事な演奏でした。

 その他にもフルートの神田さん、梶川さんが変奏する「ケ・セラ・セラ」やエンリオ・モリコーネの名曲「ニュー・シネマ・パラダイス」、3人のコンサートマスターがトリオで奏でる「エニグマ変奏曲」など、それぞれの演奏家の思いがこもったみごとなアンサンブルが披露されました。そして、最後の曲は、オーケストラで壮大に奏でられる「展覧会の絵」の終曲「キエフの大門」です。13人の心からアンサンブルを楽しむ思いは決してオーケストラに勝るとも劣らず、我々の心に勇気と癒しを運んでくれたのです。

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(コンサートマスター3人が集う spice.eplus.jp)

  インタビューの中で、「自粛期間中一人で演奏しているといろいろな思いが湧き出ます。音楽よりもおにぎりひとつの方が大切なのかもしれない、とか、でもこの音楽を心から待っていてくれる人もいるとも思えます。」とある演奏家が語っていましたが、音楽は間違いなくコロナ禍で委縮してしまった我々の心を解きほぐして、明日に向かう心を取り戻してくれました。

20世紀を彩った名指揮者たち】

  さて、「明日へのアンサンブル」が放送された前の週、毎週日曜日に放送されるEテレの「クラシック音楽館」をご覧になった方はいるでしょうか。

  驚いたことに番組は、ドイツの映像プロダクションの保管庫から始まりました。そのプロダクションでは、昔の貴重な35mmフィルムをマイナス4℃で冷凍保管しているというのです。どうやらNHKが今力を入れている「8K」放送の目玉とする目的で、この貴重なコレクションから「伝説の名演奏」を借り出してきたようなのです。そのフィルムには驚きの映像が保存されていました。

  皆さんもご存知のまさに伝説の指揮者たちの演奏です。

  永くベルリンフィルの首席指揮者を務め「クラシックの帝王」とまで称されたヘルベルト・フォン・カラヤン。ミュージカル「ウェストサイド・ストーリー」を作曲し、世界を股に掛けた指揮者レナード・バーンスタイン。最後の巨匠と称されウィーンフィルを率いて来日を果たしたカール・ベーム。はたまた、完全主義者の名をほしいままにし、その演奏回数の少なさから「伝説の指揮者」と呼ばれたカルロス・クライバー。

  この名前を聴いただけで、その映像と演奏に限りない期待で胸がいっぱいになりませんか。

  いすれも1970年から1991年までの脂がのっていたころの演奏です。カラヤンが指揮するのはチャイコフスキーの交響曲第4番。残念ながらEテレでは第一楽章だけでしたが、その華麗な音は「ベルリンフィルの帝王」の名にふさわしい華麗な演奏でした。番組ではカラヤンの最後の弟子となった指揮者の高関健さんが解説をしてくれ、その映像に対するカラヤンのこだわりが半端ないことを語ってくれワンダーでした。

  さて、次に登場するのはバーンスタインのベートーベン交響曲第9番合唱付です。これは感動しました。映像は1979年にウィーンフィルを指揮した演奏ですが、そのエネルギッシュな姿は、ウィーンフィルとウィーン国立歌劇合唱団を一体にまとめあげ「喜びの歌」を歌い上げる素晴らしい演奏です。残念ながら第四楽章のみの放送でしたが、最も脂がのっていたころのバーンスタインのすごみがそのえんそうに凝縮されていて、終わった瞬間に思わず拍手してしまいました。ブラヴォー!

  バーンスタインは1989年にベルリンの壁が崩壊したときに、その「自由」を記念してベルリンで特別公演を行い、その際に第九を演奏しています。第九の歌詞である“Freude(歓喜)”を“Freiheit(自由)”に変えて歌い上げたとのエピソードでも知られていますが、このとき、バーンスタインはゆっくりとしたテンポで壮大な第九として表現しており、その演奏は78分に及びました。このときの演奏はその場にいればその荘厳さに心を打たれると思うのですが、CDで聞くとそのテンポの遅さが気になってしまいます。

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(第九を振るバーンスタイン mainichi.com)

  しかし、今回発見された1979年の映像では、そのテンポの良さは明らかです。確かに演奏時間も70分と8分も短く、その歯切れの良さと緩急の妙が本当に素晴らしく、思わず演奏に引き込まれてしまいました。

  ベームの指揮は、巨匠ならではの安定した美しさが際立ちます。演奏されたモーツアルトの40番は彼のオハコですが、その解説がワンダーでした。ベームはその飄々とし指揮ぶりで有名なのですが、が演奏する楽団員にとっては油断できないのだそうです。そのわけは、鋭いひと睨みです。ベームは淡々と指揮を続ける最中に、ここぞというポイントでは要となる演奏す兄するどいひと睨みを聴かせる、というのです。番組ではその証拠とばかりにベームがひと睨みする瞬間を映像で確認していました。確かにストップモーションの瞬間、彼は楽団員をひと睨みしています。

  このひと睨みは、「そうそうちゃんと演奏がまとまるだろう。」と言っているというのですが、確かに演奏中にひと睨みを浴びた演奏者は、おもわず背筋が伸びでベストパフォーマンスを演じるに違いありません。なるほど納得でした。

  今回のハイライトは、何と言ってもカルロス・クライバーのブラームスの交響曲第2番の全曲演奏でした。カルロス・クライバ-と言えば、ベートーベンの交響曲第7番の演奏は伝説となっており、そのしなやかでタイトな名演は、7番と言えばクライバーと言われるほど完璧奏です。今回のブラームスは1991年の映像ですが、驚きました。

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(伝説の指揮者クライバー wikipedeiaより)

  彼の演奏会はめったに開かれることがなく幻とまで呼ばれていましたが、その指揮ぶりを映像で見るのはこれが初めてでした。その姿には、「華麗で壮観」との言葉がピッタリです。指揮者は、先の未来を示している、とは先日チコちゃんが述べた言葉ですが、彼の示す未来は華やかです。その量腕の振りは鮮やかで、まるで指揮台のうえでダンスを演じているようにも見えます。その演奏たるや一部の隙もないほど一音一音に緊迫感があるのですが、映像では彼の指揮ぶりに目を奪われてしまいます。

  なるほど、完璧な音作りには完璧な演技も必要なのかと改めて感動しました。


  感染対策に自粛は欠かせませんが、素晴らしい音楽は我々に明るい未来と希望を提示してくれます。人数制限やソーシャルディスタンスなど、感染対策のスタンダードを確立して、一日も早くライブコンサートが日常として楽しめることを心から待ち望んでいます。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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