こんばんは。
人類は常に未知の世界を探求し続けています。
未知の世界は無限に広がっています。宇宙の果てはあるのか。そこには未知のエネルギーやダークマターが存在し、その謎には素粒子が大きく関わっています。さらには生命の起源はどこにあるのか、それには未知の深海の探求が欠かせません。さらに人や生命の謎はゲノムの世界からさらに未知の領域が広がっています。その中でも、我々人類の英知すべてを司ると言っても良い脳は未だに謎多き存在に他なりません。
一方で、人生において音楽から得た恩恵は言い尽くすことができないほどに大きなものです。それは、生れた頃から身近にありました。物心つく頃からテレビから流れてきた数々の番組のテーマ曲。アニメ「鉄腕アトム」や「鉄人28号のテーマ」は、いつまでも忘れられません。また、休みの日になると、寝床で聞こえたクラシックの心躍るメロディ。「くるみ割り人形」、「田園」、「アルルの女」、どれも心を明るくしてくれました。また、思春期にはビートルズから始まるロックやポップス、そして歌謡曲やフォークソング。すべての音楽に勇気づけられて生きてきたことに間違いはありません。
(名盤クリュタンス指揮「アルルの女」 amazon.co.jp)
そんな中、先日いつもの本屋巡りをしていると、興味深い題名の本に目がとまりました。手にとって開けてみると、「はじめに」の一文からその世界に引き込まれてしまいました。その本を持って、カウンターへと急いだのは言うまでもありません。
「音楽する脳 天才たちの創造性と超絶技巧の科学」
(大黒達也著 朝日新書 2022年)
【人と音楽の不可分な関係】
確かに音楽は私たちにとってなくてはならない存在ですが、改めてなぜ音楽が我々の心を動かすのか、と問われると、ふと言葉を失います。
かつて、人間のすべての存在は脳が司っていると考えられてきましたが、近年の研究では、人間の各部位、例えば骨や筋肉、大腸や胃などの器官が、それぞれ様々な伝達物質を発生させて他の部位や脳と連携してひとを生かしていることがわかってきました。しかし、こと視覚や聴覚に関する限り、それを司るのはやはり脳だと考えられます。
つまり、音楽を聴いて心が動かされるのは、聴覚に関する脳の働きだと思い当たります。
この本を読む動機の一つは著者の経歴です。
1986年、青森県生まれ。医学博士。東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構特任助教。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。オックスフォード大学、ケンブリッジ大学勤務などを経て現職。専門は音楽の神経科学と計算論。現代音楽の制作にも取り組む。
まさに音楽と脳の科学における最先端の研究者の著作なのです。
目次を見ると、さらにワクワク感が増大します。
はじめに
第1章 音楽と数学の不思議な関係
第2章 宇宙の音楽、脳の音楽
第3章 創造的な音楽はいかにして作られるか
第4章 演奏家たちの超絶技巧の秘密
第5章 音楽を聴くと頭がよくなる?
あとがき
音楽は我々ホモ・サピエンスが誕生した数十万年前から我々の身近に存在しました。人類の飛躍的な進化は言葉によってなされたことがよく語られますが、この本は言葉以前にコミュニケーションの手段であり、言葉の原型となったと想定されることが語られています。
今や我々にとってなくてはならない音楽。この本はその音楽と脳の関係を語ってくれるのです。
(朝日新書「音楽する脳」 amazon.co.jp)
【音楽は脳とともに進化した?】
音楽は、我々にとって親しい友人ではありますが、気むずかしくもあります。
ビートルズに代表されるロックバンドには解散がつきものです。解散の理由として最も多く語られるのは、「めざす音楽の方向性の違い」。恋人同士や夫婦は、「性格の不一致」で分かれますが、我々の脳は、何を持って音楽や性格の違いを認識するのでしょうか。
この本は、まず人の脳にとって「音楽」とは何なのかを語ります。
5年前、退職を機にテナーサックスを始めました。ブログでもおわかりの通り、音楽には目がなく、クラシックをはじめロックもジャズもフュージョンも、人が作り奏でる音楽とそのパフォーマンスが何よりも好きで、ライブで味わうグルーブと湧き出るミュージシャンの情念に心からの感動を覚えます。学生時代にはアマチュアバンドでサイドギターを弾いていたので、演奏にも多少の自信がありました。
ところが、聴くと吹くとは大違い。ことにテナーサックスは、楽譜を読むと同時に腹式呼吸でリードを振るわせて音をコントロールし、さらにはすべての指を使って12の音を縦横無尽に押さえる必要があります。ゆっくりとした童謡ならばともかく、少し複雑でスピード感のある音楽を演奏しようとすると、リズムに併せてサックスをよく響かせるのは至難の業です。
サックスの先生も、いつも「聴くのと吹くのは違う。」と話していました。はじめて「私のお気に入り」を必死に練習していたとき、早いアドリブについていけず、何日も何日も同じ箇所を吹いていて、あまりのできの悪さについ弱音を吐きました。すると、「私も厳しい練習を毎日毎日やっていて、しまいには大好きだった曲が、聴くのもいやになったことがあるので、練習もほどほどにした方がいいでしょうね。」と諭されました。
確かに、趣味で音楽をやっているのに好きな曲を嫌いになったら本末転倒です。
幸い、いまでも「私のお気に入りは」マイベストソングではありますが、練習していたアドリブパートフレーズは未だに苦い思い出になっています。
(愛器 漆黒のテナー 「Canonnball T5-M」)
音楽を認識して理解し、心が動かされる。さらに、音楽を創る、そして、確かな技術で演奏する。当たり前のように思っていますが、考えてみれば不思議なことです。「音楽」と「雑音」はどこが違うのか。バッハやモーツアルト、ジョン・レノンやマイルス・デイビスはどうして我々が感動する音楽を創り出せるのか。小曽根真やハービー・ハンコック、ラファウ・プレハッチはなぜ素晴らしい技術で音楽を奏でることができるのか。
「音楽」に関わるすべては、我々の脳が司っているのです。そして、「音楽」は人間と脳の進化とおおきく関わっています。この本は、そのことを脳科学の見地から語ってくれるのです。
【音が音楽となる歴史とは?】
皆さん、カラオケは好きですか。
人はそれぞれ歌うことができるキーが異なります。その点、カラオケは便利で、ボタンひとつで歌のキーを変えることができます。この当たり前と思える移調ですが、実は人類の画期的な発明だったのです。移調したときに同じメロディが維持されるのは、我々の音楽が「平均律」という音律でできているからです。平均律とは、あのバッハの鍵盤楽器用の作品「平均律クラヴィーア曲集」の平均律です。
この本によれば、「平均律」を最初に考案したのは、あのガリレオ・ガリレイの父でリュート奏者だったヴィンチェンツォ・ガリレイだそうです。彼は、リュートの制作に当たって音のピッチが平均となるようなフレットを作るために1581年に平均律を考案しました。そして、その後、平均律を現代のピッチにしたのが数学者のシモン・ステヴィンという人だそうです。
第1章で語られる音律の歴史と人間の脳との関係はワンダーでした。
そもそも音律(全音と半音の12音階)を考案したのは、紀元前ギリシャ時代の数学者ピタゴラスでした。ピタゴラスが発見したのは、音の中にある音律と音程です。それは、「ピタゴラス音律」と呼ばれ、現在の音律の基礎となっています。音律とは、低いドと高いドの間、1オクターブに存在するドレミファソラシドのことで、音程はその音の高さの程度を言います。
ピタゴラス音律は、張った糸の長さによって響く音で考案されたため、一音がアバウトな周波数で定められており、ドミソを和音にしたときには美しい和音になりません。そこで、和音を美しく鳴るようにしようと、周波数の比率を整数倍となる音であらわそうとする「純正律」が考案されました。「純正律」は、ひとつの音階がもつ自然倍音列という周波数比率が整った音を定めることで、和音の響きをより美しくすることができます。バッハやモーツアルトはこの「純正律」で作曲したそうです。
(ギリシャの数学者ピタゴラス wikipediaより)
ところが、この「純正律」には困った点がありました。一つ一つの音は周波数を整えたことで和音が調和するのですが、移調したときにはそれぞれの音の周波数がばらけてしまうため、全く違うメロディになってしまうのです。そこで考案されたのが、現在我々が使っている「平均律」です。我々は「平均律」のおかげで、カラオケで好きなキーを設定しても同じメロディを歌うことができるのです。
一方、我々の脳は数百年にわたってこの「平均律」を当たり前の音として認識してきました。例えば、現代の耳で「純正律」で作曲されたバッハの曲を聴いたときには、別の音楽が聞こえてくると著者は書いています。さらに、石器時代の人類が今の音楽を聴いても感動するどころか、まったく訳のわからない音に困惑することになると言うのです。
つまり、現代の音楽はその音に慣らされた現代人の脳ならではの音楽なのです。
【脳は音楽をどう認知しているのか。】
そして、この後、著者はいよいよ我々の脳と音楽の関係を科学的知見によって語っていきます。
我々の脳はどのように音楽を聴いているのでしょうか。
脳は様々な部位の知覚が連動して動くことによって、我々に顕在的な認識を生み出します。音楽の場合には、まず耳から入った音を一時聴覚野が認識して音の大きさや高さなどを知覚します。その後、シナプスにより情報は後方側と横則側に回っていきます。脳を巡る中で、音は空間情報(音程や和音)と時間情報(リズム)として認識されて、音楽として情動や記憶と結びついていくと考えられています。
ここで、ワンダーなのは、脳の持つ「統計学習」と呼ばれる自動計算機能です。人の脳は、よりよく「生きる」ために学習していきますが、そのプロセスにおいて、自動的に次に起きることの確率を無意識のうちに計算するという機能を備えているというのです。
例えば、階段を上がるときにつまずいたとすると脳はその要因を認識し、次にそれが起きるであろう確率を自動的に計算して整理します。この脳の働きは普遍的な能力で、起きているときも寝ているときも常にあらゆる事象に対して確率計算と整理を繰り返していると言われています。
この機能は「音楽」とどのような関係があるのでしょうか。
それは、我々が感動する音楽が、時代とともにクラシック、ジャズ、ロック、ラップ、ダンスミュージックと変化していくことにも大きく関わっているようなのです。さらには、偉大な作曲家の能力や超絶技巧の演奏家にもこの能力がおおきく影響しているというのです。
そのワンダーは、ぜひこの本で味わってください。音楽が大好きな人もそうでない人も、この本が語る人の脳と音楽の関係にワンダーを感じること間違いなしです。我々の脳にモーツアルトの音楽が大きなプラス効果を生み出すとは、本当なのでしょうか。その答えも記されています。
季節はいよいよ春を迎えますが、能登地震の被災地ではまだまだ厳しい避難生活を強いられている方々がたくさんいらっしゃいます。心から寄り添いたいと思います。皆で応援していきましょう。
それでは皆さんお元気で、またお会いします。
〓今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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