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Y・N・ハラリ サピエンスが生み出した虚構たち

こんばんは。

  今回は、前回に引き続いてイスラエルの歴史学者の世界的ベストセラー「サピエンス全史」の下巻を紹介します。

  閑話休題

  人は誰もが死を迎えます。つい先日、グラミー賞6度の受賞を誇る名サックスプレイヤー、デビッド・サンボーン氏が亡くなりました。78歳。まだまだ早い死と残念ですが、彼は前立腺がんと戦っており、死の直前までみごとなライブパフォーマンスを披露していたと言います。

  彼はジャズ・フュージョンのプレイヤーでしたが、なんと言ってもその名前が広まったのは、1979年に発表したフュージョンアルバムの名作「ハイダウェイ」でした。ファンキーでなおかつ、ソフト&メロウな響きには一撃で心を打ち抜かれ、そのアルバム以来、ずっと彼のアルバムを聞き続けてきました。特に1980年代は大ヒットアルバムを連発し、86年の「ストレイト・トゥー・ザ・ハート」から89年の「クローズ・アップ」まで4年連続でグラミー賞を受賞しています。

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(グラミー賞受賞「ダブル・ビジョン」 amazon.co.jp)

  私が結婚したのは1988年でしたが、披露宴のBGMとして、「ささやくシルエット」、「ア・チェンジ・オブ・ハート」、「クローズ・アップ」の3枚のアルバムから厳選したバラードを流してもらい、心に残る披露宴となったのは忘れられない思い出です。

  2018年にブルーノートでのライブに参加しましたが、このときにはかなり容体が悪かったようで、舞台に上がるのにも支えられて、ステージでも机に寄りかかって演奏していました。にもかかわらず、その演奏は往時と全く変らず、ブルースが中心のセットリストの中で、なつかしい曲も交えて素晴らしいパフォーマンスを聴かせてくれたのは驚きました。さすがでした。

  数あるアルバムの中でも、今でもよく聴いているのはマルチピアニストのボブ・ジェームスとコラボした「ダブル・ビジョン」です。オープニングの「マプート」は、ベーシストのマーカスミラーが送った曲で、ボブ・ジェームスとデビッド・サンボーンのリリカルな演奏が心に響く名曲です。2011年、東京ジャズにこの二人が登場し、そこで二人が奏でた「マプート」を聴いたときには心が揺り動かされる感動の時間を味わうことができました。

  近年のブルースアルバムも含めて、しばらくはサンボーンの音色に浸りたいと思います。

【農業革命のもたらしたもの】

  さて、余談が長くなりましたが、「サピエンス全史」の名調子もいよいよ後半に向かい、中世から近世へと時代は動いていきます。

  上巻では、サピエンスをサピエンスたらしめた「認知革命」が最初のワンダーを我々に見せてくれました。ハラリ氏は、サピエンスという単なる一種にすぎない生物の躍進は、我々が噂話と虚構を表現する能力を得たことによって、他の生物たちとの差別化が現実となったのだと語ります。人類最初の洞窟壁画にはその革命が現れていると言います。

  例えば、たくさんの手のひらが描かれているものは自らの存在を次に残そうとする次世代の認知、動物や地図は仲間にその存在や位置を伝えようとする「認知」「虚構」の象徴的なものだといえます。それは、「アニミズム」、「言葉」、「音楽」などでコミュニティを形作っていく大きな基礎となったのです。

  そして、石器時代と呼ばれる狩猟採集時代は、必要なものを自ら栽培し、畜産する農業革命によって農耕畜産時代へと変っていきました。「農業革命」の出現です。サピエンスは、250万年続いた移動しながらの狩猟採集生活から、1万年ほど前にひと所で栽培、畜産を行う新たな生活様式へと変っていきました。しかし、この革命はサピエンスにとって何一つ良いことはなかったと言います。

  この歴史書の特徴は、年号と出来事を並べないところにあります。

  「農業革命」以降、サピエンスは有史の時代を迎えます。我々が習う世界史の教科書は、時系列でいつ何が起きて、次につながったのかを並べていきます。この本は、歴史を我々が持つ生物学的制約とその制約を超えてその種を増やしていった要因にスポットを当てて語っていきます。

  「農業革命」は、サピエンスに何をもたらしたのか。第二部の各章ではそのことが実証的に語られていきます。誤解を恐れずに端的に表せば、「繁栄」、「神話の誕生」、「言葉を記録する(書記)」、そして、「生れた差別」です。例えば、「神話」の章で、著者は有名なハムラビ法典とアメリカの独立宣言を取り上げます。そこでは、我々サピエンスがどのように「虚構を作り上げて、共有化する」能力を発揮して「神話」を構築し、歴史をすすめてきたのかがみごとに語られます。

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(「サピエンス全史 上巻」 amazon.co.jp)

  そして、歴史はいよいよ第3部に当たる「人類の統一」へと向かっていきます。

【そして統一へ】

  上巻の最後では、どのように人類が構築された規範を集積して統合し、地域ごとの部族や民族をつくりあげていったのか。そして、統一を促していった要因はいったい何だったのかが語られていきます。

  ハラリ氏は、人は生れた瞬間から死ぬまでの間、その地域で創られた規範を刷り込まれながら生きていくと言います。そこで形作られる規範を「人工的な本能」と呼びます。そして、それぞれの部族や民族で共有される「文化」を人工的な本能によるネットワークと定義します。かつて、文化とはそれぞれの部族や民族特有のものであり変化しない、と考える時代もあったものの、現在では様々な文化がまじりあうことで、文化は常に変っていくと考えられています。

  歴史は一つの方向性を持っており、文化は絶えず干渉し合うことで変化を続け、大きな固まりへと統合されていくと言います。

  事実、我々の世界は石器時代から古代、中世、近世と統合と統一を積み重ねてきました。

  第3部 人類の統一で、著者はサピエンスの文化が統合されていく最も本質的な要素を語っていきます。それは、「貨幣」、「帝国」、そして「宗教」です。上巻では「帝国」までが語られますが、その最後の皮肉に満ちた言葉を前回の最後に紹介しました。その鋭い視点は上巻で我々の目からうろこを落として、そのままの勢いで下巻へと向かっていきます。

  まずは、下巻の目次に目を通しましょう

第3部 人類の統一

 第12章 宗教という超人間的秩序

 第13章 歴史の必然と謎めいた選択

第4部 科学革命

 第14章 無知の発見と近代科学の成立

 第15章 科学と帝国の融合

 第16章 拡大するパイという資本主義のマジック

 第17章 産業の推進力

 第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和

 第19章 文明は人間を幸福にしたのか

 第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ

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(「サピエンス全史 下巻」amazon.co.jp)

【受験には絶対出てこない世界史】

  さて、中世から近世、そして近代から現代まで、まさに世界史では封建制国家の時代からルネッサンスを経て市民の時代に変っていく歴史となるわけですが、この本では、かつて「一夜国見たコロンブス」と覚えた、1492年のコロンブスの西インド諸島への到着も全く新たな観点から語られることとなるのです。

  ハタリ氏は、サピエンスの超飛躍的な進歩の要因は「科学革命」にあると思考し、第4部を「科学革命」と位置づけたのです。

  では、「科学革命」はどのように起きたのか。それは、無知の発見です。

  未知のことがあれば、知りたい。知らない場所に行ってみたい。今日から明日に進んでいこう。今では当たり前となっているこの考え方は、「科学革命」の原点。それが、ハタリ氏が語る「科学革命」なのです。

  「無知であることを知らない」、今の我々には言われてもよくわからない言葉です。しかし、中世という時代、人は知らないことがなかったというのです。神は全知全能であり、すべては神が知っているので我々は何も知らないことが当たり前でした。この世界は、地上と天空で構成されており、地上の果てがあることは誰でも知っていました。月と太陽は果てのある地上の上を規則正しく動いており、それは当たり前のことだったのです。

  近代科学の発端は、我々はすべてを知っているわけではないという前提に立つと同時に、知っていると思っていることについても、さらなる知識を獲得するうちに誤りがあると判明する場合がある、と考えることから始まります。科学は、観察や実験に基づいて仮説を立てることから始まります。「科学」で重要なのは、仮説を証明するために数学を利用するという点だと言います。

  それは、木から落ちるリンゴから重力があることに気づき、それを数式で表したニュートンを祖とする物理学。ベンジャミン・フランクリンは雷の正体が電気であるとの仮説を立て、たこによる実験によりその仮説を裏付けて避雷針を発明し、神からの天罰の正体を明らかにしました。ハラリ氏が語る第14章は、現代に続くサピエンスの爆発的な増殖の要因をあますことなく解析してくれます。

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(ニュートン著「プリンシピア」 amazon.co.jp)

  そして、科学の力は帝国や資本主義と見事に結びつき、この地球を席捲していきます。

  昔、世界史を専攻していたときに近世ヨーロッパ大航海時代の覇権について、長い長い戦争の末に、ポルトガルからスペイン、スペインからオランダ、オランダからイギリスへと世界の覇権が交代していく様を学びました。そして、受験のためにそれぞれの海戦の名前と年代を暗記しましたが、なぜ覇権を握る国が次々に変っていくのかがずっと謎でした。

  50年を経た今、この本によってその答えを知ることになるとは思いませんでした。それぞれの国が科学革命によって新たな世界を知ったことはもちろん理由の一つなのですが、その科学が資本主義や帝国の規範と結びついた時に新たなスパイラルが次々と生まれ出ていたのです。そのスパイラルの大きさこそが、覇権国家が次々と変遷したことの大きな要因だったのです。まさに目から鱗が落ちました。

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(オランダ勝利 べラスケス「ブレダの開城」wikipedia)

【現在の世界はどこに向かっていくのか】

  ハタリ氏は、第二次大戦後に国家間で起きた戦争は、それ以前の歴史に比して劇的に減少したと言います。確かに、近年では国家間の戦争が、イランイラク戦争、湾岸戦争、9.11以降のアフガン戦争と本当に数えるほどにしか行われていません。

  氏はその要因を4つに集約しています。

  • 核兵器により、超大国間の戦争は人類の集団自殺にも等しくなった。
  • 戦争の代償が高コスト(急騰)となったと同時に、戦争により得られる利益が少なくなった。
  • 一方で、平和からこれまでには比較にならないほどの利益があがるようになった。
  • グローバルな政治文化に構造的な転換が起きた、すなわち、世界のエリート層が「平和」をスローガン挙げるようになった。

  この本が世に出たのは2014年。著者は、これからの未来を新たなサピエンスの時代と語ります。それは、サピエンスが遺伝子操作やサイボーグ化、はたまたコンピューターのシンギュラリティによって進化していくために新しい価値観、規範が生れてくるからだといいます。さらに、文庫化のあとがきでは、チャットGPTをはじめとするAIの進化がその進化をさらに加速させています。

  その一方で、4つの要因による戦争の減少の中、ウクライナに侵攻したロシアやそれに対峙しようとしない中国や北朝鮮をはじめとする諸国の権威主義が、欧米への対立路線を際立たせています。さらにイスラエルとパレスチナの戦争は、すでに罪もない市民を3万人以上も殺戮するという戦争犯罪にも当たる悲劇を出現させています。そこには、AIを組み込んだ新たな殺戮兵器の開発までが現実のものになっています。

  はたして、我々サピエンスは幸福に向かう進化を成し遂げることができるのか。この本は、それを考える上では、最適な一冊であることに間違いありません。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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Y・N・ハラリ サピエンスが生み出した虚構たち

こんばんは。

  今回は、前回に引き続いてイスラエルの歴史学者の世界的ベストセラー「サピエンス全史」の下巻を紹介します。

  閑話休題

  人は誰もが死を迎えます。つい先日、グラミー賞6度の受賞を誇る名サックスプレイヤー、デビッド・サンボーン氏が亡くなりました。78歳。まだまだ早い死と残念ですが、彼は前立腺がんと戦っており、死の直前までみごとなライブパフォーマンスを披露していたと言います。

  彼はジャズ・フュージョンのプレイヤーでしたが、なんと言ってもその名前が広まったのは、1979年に発表したフュージョンアルバムの名作「ハイダウェイ」でした。ファンキーでなおかつ、ソフト&メロウな響きには一撃で心を打ち抜かれ、そのアルバム以来、ずっと彼のアルバムを聞き続けてきました。特に1980年代は大ヒットアルバムを連発し、86年の「ストレイト・トゥー・ザ・ハート」から89年の「クローズ・アップ」まで4年連続でグラミー賞を受賞しています。

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(グラミー賞受賞「ダブル・ビジョン」 amazon.co.jp)

  私が結婚したのは1988年でしたが、披露宴のBGMとして、「ささやくシルエット」、「ア・チェンジ・オブ・ハート」、「クローズ・アップ」の3枚のアルバムから厳選したバラードを流してもらい、心に残る披露宴となったのは忘れられない思い出です。

  2018年にブルーノートでのライブに参加しましたが、このときにはかなり容体が悪かったようで、舞台に上がるのにも支えられて、ステージでも机に寄りかかって演奏していました。にもかかわらず、その演奏は往時と全く変らず、ブルースが中心のセットリストの中で、なつかしい曲も交えて素晴らしいパフォーマンスを聴かせてくれたのは驚きました。さすがでした。

  数あるアルバムの中でも、今でもよく聴いているのはマルチピアニストのボブ・ジェームスとコラボした「ダブル・ビジョン」です。オープニングの「マプート」は、ベーシストのマーカスミラーが送った曲で、ボブ・ジェームスとデビッド・サンボーンのリリカルな演奏が心に響く名曲です。2011年、東京ジャズにこの二人が登場し、そこで二人が奏でた「マプート」を聴いたときには心が揺り動かされる感動の時間を味わうことができました。

  近年のブルースアルバムも含めて、しばらくはサンボーンの音色に浸りたいと思います。

【農業革命のもたらしたもの】

  さて、余談が長くなりましたが、「サピエンス全史」の名調子もいよいよ後半に向かい、中世から近世へと時代は動いていきます。

  上巻では、サピエンスをサピエンスたらしめた「認知革命」が最初のワンダーを我々に見せてくれました。ハラリ氏は、サピエンスという単なる一種にすぎない生物の躍進は、我々が噂話と虚構を表現する能力を得たことによって、他の生物たちとの差別化が現実となったのだと語ります。人類最初の洞窟壁画にはその革命が現れていると言います。

  例えば、たくさんの手のひらが描かれているものは自らの存在を次に残そうとする次世代の認知、動物や地図は仲間にその存在や位置を伝えようとする「認知」「虚構」の象徴的なものだといえます。それは、「アニミズム」、「言葉」、「音楽」などでコミュニティを形作っていく大きな基礎となったのです。

  そして、石器時代と呼ばれる狩猟採集時代は、必要なものを自ら栽培し、畜産する農業革命によって農耕畜産時代へと変っていきました。「農業革命」の出現です。サピエンスは、250万年続いた移動しながらの狩猟採集生活から、1万年ほど前にひと所で栽培、畜産を行う新たな生活様式へと変っていきました。しかし、この革命はサピエンスにとって何一つ良いことはなかったと言います。

  この歴史書の特徴は、年号と出来事を並べないところにあります。

  「農業革命」以降、サピエンスは有史の時代を迎えます。我々が習う世界史の教科書は、時系列でいつ何が起きて、次につながったのかを並べていきます。この本は、歴史を我々が持つ生物学的制約とその制約を超えてその種を増やしていった要因にスポットを当てて語っていきます。

  「農業革命」は、サピエンスに何をもたらしたのか。第二部の各章ではそのことが実証的に語られていきます。誤解を恐れずに端的に表せば、「繁栄」、「神話の誕生」、「言葉を記録する(書記)」、そして、「生れた差別」です。例えば、「神話」の章で、著者は有名なハムラビ法典とアメリカの独立宣言を取り上げます。そこでは、我々サピエンスがどのように「虚構を作り上げて、共有化する」能力を発揮して「神話」を構築し、歴史をすすめてきたのかがみごとに語られます。

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(「サピエンス全史 上巻」 amazon.co.jp)

  そして、歴史はいよいよ第3部に当たる「人類の統一」へと向かっていきます。

【そして統一へ】

  上巻の最後では、どのように人類が構築された規範を集積して統合し、地域ごとの部族や民族をつくりあげていったのか。そして、統一を促していった要因はいったい何だったのかが語られていきます。

  ハラリ氏は、人は生れた瞬間から死ぬまでの間、その地域で創られた規範を刷り込まれながら生きていくと言います。そこで形作られる規範を「人工的な本能」と呼びます。そして、それぞれの部族や民族で共有される「文化」を人工的な本能によるネットワークと定義します。かつて、文化とはそれぞれの部族や民族特有のものであり変化しない、と考える時代もあったものの、現在では様々な文化がまじりあうことで、文化は常に変っていくと考えられています。

  歴史は一つの方向性を持っており、文化は絶えず干渉し合うことで変化を続け、大きな固まりへと統合されていくと言います。

  事実、我々の世界は石器時代から古代、中世、近世と統合と統一を積み重ねてきました。

  第3部 人類の統一で、著者はサピエンスの文化が統合されていく最も本質的な要素を語っていきます。それは、「貨幣」、「帝国」、そして「宗教」です。上巻では「帝国」までが語られますが、その最後の皮肉に満ちた言葉を前回の最後に紹介しました。その鋭い視点は上巻で我々の目からうろこを落として、そのままの勢いで下巻へと向かっていきます。

  まずは、下巻の目次に目を通しましょう

第3部 人類の統一

 第12章 宗教という超人間的秩序

 第13章 歴史の必然と謎めいた選択

第4部 科学革命

 第14章 無知の発見と近代科学の成立

 第15章 科学と帝国の融合

 第16章 拡大するパイという資本主義のマジック

 第17章 産業の推進力

 第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和

 第19章 文明は人間を幸福にしたのか

 第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ

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(「サピエンス全史 下巻」amazon.co.jp)

【受験には絶対出てこない世界史】

  さて、中世から近世、そして近代から現代まで、まさに世界史では封建制国家の時代からルネッサンスを経て市民の時代に変っていく歴史となるわけですが、この本では、かつて「一夜国見たコロンブス」と覚えた、1492年のコロンブスの西インド諸島への到着も全く新たな観点から語られることとなるのです。

  ハタリ氏は、サピエンスの超飛躍的な進歩の要因は「科学革命」にあると思考し、第4部を「科学革命」と位置づけたのです。

  では、「科学革命」はどのように起きたのか。それは、無知の発見です。

  未知のことがあれば、知りたい。知らない場所に行ってみたい。今日から明日に進んでいこう。今では当たり前となっているこの考え方は、「科学革命」の原点。それが、ハタリ氏が語る「科学革命」なのです。

  「無知であることを知らない」、今の我々には言われてもよくわからない言葉です。しかし、中世という時代、人は知らないことがなかったというのです。神は全知全能であり、すべては神が知っているので我々は何も知らないことが当たり前でした。この世界は、地上と天空で構成されており、地上の果てがあることは誰でも知っていました。月と太陽は果てのある地上の上を規則正しく動いており、それは当たり前のことだったのです。

  近代科学の発端は、我々はすべてを知っているわけではないという前提に立つと同時に、知っていると思っていることについても、さらなる知識を獲得するうちに誤りがあると判明する場合がある、と考えることから始まります。科学は、観察や実験に基づいて仮説を立てることから始まります。「科学」で重要なのは、仮説を証明するために数学を利用するという点だと言います。

  それは、木から落ちるリンゴから重力があることに気づき、それを数式で表したニュートンを祖とする物理学。ベンジャミン・フランクリンは雷の正体が電気であるとの仮説を立て、たこによる実験によりその仮説を裏付けて避雷針を発明し、神からの天罰の正体を明らかにしました。ハラリ氏が語る第14章は、現代に続くサピエンスの爆発的な増殖の要因をあますことなく解析してくれます。

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(ニュートン著「プリンシピア」 amazon.co.jp)

  そして、科学の力は帝国や資本主義と見事に結びつき、この地球を席捲していきます。

  昔、世界史を専攻していたときに近世ヨーロッパ大航海時代の覇権について、長い長い戦争の末に、ポルトガルからスペイン、スペインからオランダ、オランダからイギリスへと世界の覇権が交代していく様を学びました。そして、受験のためにそれぞれの海戦の名前と年代を暗記しましたが、なぜ覇権を握る国が次々に変っていくのかがずっと謎でした。

  50年を経た今、この本によってその答えを知ることになるとは思いませんでした。それぞれの国が科学革命によって新たな世界を知ったことはもちろん理由の一つなのですが、その科学が資本主義や帝国の規範と結びついた時に新たなスパイラルが次々と生まれ出ていたのです。そのスパイラルの大きさこそが、覇権国家が次々と変遷したことの大きな要因だったのです。まさに目から鱗が落ちました。

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(オランダ勝利 べラスケス「ブレダの開城」wikipedia)

【現在の世界はどこに向かっていくのか】

  ハタリ氏は、第二次大戦後に国家間で起きた戦争は、それ以前の歴史に比して劇的に減少したと言います。確かに、近年では国家間の戦争が、イランイラク戦争、湾岸戦争、9.11以降のアフガン戦争と本当に数えるほどにしか行われていません。

  氏はその要因を4つに集約しています。

  • 核兵器により、超大国間の戦争は人類の集団自殺にも等しくなった。
  • 戦争の代償が高コスト(急騰)となったと同時に、戦争により得られる利益が少なくなった。
  • 一方で、平和からこれまでには比較にならないほどの利益があがるようになった。
  • グローバルな政治文化に構造的な転換が起きた、すなわち、世界のエリート層が「平和」をスローガン挙げるようになった。

  この本が世に出たのは2014年。著者は、これからの未来を新たなサピエンスの時代と語ります。それは、サピエンスが遺伝子操作やサイボーグ化、はたまたコンピューターのシンギュラリティによって進化していくために新しい価値観、規範が生れてくるからだといいます。さらに、文庫化のあとがきでは、チャットGPTをはじめとするAIの進化がその進化をさらに加速させています。

  その一方で、4つの要因による戦争の減少の中、ウクライナに侵攻したロシアやそれに対峙しようとしない中国や北朝鮮をはじめとする諸国の権威主義が、欧米への対立路線を際立たせています。さらにイスラエルとパレスチナの戦争は、すでに罪もない市民を3万人以上も殺戮するという戦争犯罪にも当たる悲劇を出現させています。そこには、AIを組み込んだ新たな殺戮兵器の開発までが現実のものになっています。

  はたして、我々サピエンスは幸福に向かう進化を成し遂げることができるのか。この本は、それを考える上では、最適な一冊であることに間違いありません。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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Y・N・ハラリ ホモ・サピエンスとは何者なのか

こんばんは。

  ユヴァル・ノア・ハラリ氏の「サピエンス全史」の日本語訳が出版されたのは2016年。かれこれ8年前になりますが、当時、ビジネス書として大きな話題となり、本屋さんでは最も目立つ場所に展示されていました。

  この本は、各界で絶賛され、ビジネス書大賞など多くの賞を受賞しました。

  ハラリ氏は、イスラエルの歴史学者、哲学者です。略歴によると1976年生まれとなっていますので、現在は40代後半と最も活躍する世代のひとりです。この本がヘブライ語で上梓されたのは2011年ですので、この本の執筆時、氏は30代であり、まさに時代を引っ張るオピニオンリーダーを担う世代でした。この本は、66カ国で出版され、世界では2500万部を超える大ベストセラーになっているといいます。

  そして、ついにこの著作が文庫本で発売されたのです。これを読まないわけにはいきません。

  イスラエルといえば、昨年の10月にパレスチナの武装組織ハマスがガザ地区から国境を越えてイスラエルに侵入し、多くのイスラエル人を殺し、200人以上の人質を奪っていきました。そして、イスラエルは、このテロの報復としてパレスチナのガザ地区に、ハマスの武装解除を目的として侵攻しました。その結果、何万人ものパレスチナの市民が殺され、何百万人もの人々が非難を強いられています。ウクライナに続いて、ガザ地区においても何の罪もない市民たちが苦悩と死の恐怖にさらされているのです。

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(瓦礫の山と化したガザ地区 asahiデジタルより)

  こうした中、ハラリ氏はイスラエル人の歴史学者として世界中の様々なメディアに起稿して、世界中の人々に発信しています。

  昨年の1020日には、テレビ朝日の報道ステーションにリモートで出演し、30分以上にわたるインタビューに答えていました。

  インタビューでハラリ氏は、自分は当事者であり、友人や家族のことを思うと客観的になることはできない、と語りながらも、歴史学者として多くの示唆に富んだ発言を述べていました。その中で、心に残ったのは、歴史が語ってくれている人類の愚かさと知恵についての言葉です。ホモ・サピエンスの歴史を見れば、戦争は「絶対的正義」という価値観を持つことによって引き起こされてきた、といいます。戦いは、友人や家族を失うという悲しみによってさらにエスカレートし、ついには核兵器までが使用されることとなり、地球の壊滅にもつながります。そして、「和平」とは、当事者が「絶対的正義」から譲歩することでしか生れないといいます。

  憎悪の連鎖を生む戦争は、短い期間で和平に至ることは難しいのですが、長期的に見ればイスラエルとドイツの歴史が示すとおり和平を超えて友好的な関係を築くことが狩野なのだと言います。我々人類は「愚かさ」を持ち、性懲りも無く戦争を繰り返します。しかし、一方で人類には「知恵」があり、平和な時代も築いてきました。いまこそ、我々は人類が持つ「家族への愛情」、「友情」、「平和を愛する心」、「働くことの喜び」などといった共有できる価値観を大切にして、グローバルな秩序の構築をまざすべきなのだ。本当に力強いメッセージでした。

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(報道ステーション インタビュー AMEBAHPより)

  ということで、今週はハラリ氏のベストセラーとなった著作を読んでいました。

「サピエンス全史(上) 文明の構造と人類の幸福」

Y・N・ハラリ著 柴田弘幸訳 河出文庫 2023年)

【なぜ「ホモ・サピエンス」なのか】

  この本の面白さは、ハラリ氏の人類観にあります。

  20世紀までの人類は、この宇宙の中(地球上)で、最も優れた存在だと自負し続けてきました。科学の心がめばえ、生命がこの宇宙の中で偶然生れたことが判明し、生命が進化の歴史を経て人間が生れ、人間はすべての生命の頂点に立っているという認識です。「人類の進歩と調和」という1970年の万国博覧会のテーマは、まさに我々人類の達成した成果への参加に他なりません。

  しかし、21世紀の現在、マスコミは「SDGs」というメッセージ一色に染まっています。

  「SDGs」とは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称です。これは、国連によって提唱された人類が今後、生き延びていくための17の目標です。その中には、地球環境の改善や地球にはぐくまれた生命の維持保全、我々人類内での課題解決など、我々がこれからも持続的に生きていくための目標が掲げられています。キーワードにひとつは、「多様性」です。

  端的に言えば、人類の位置づけを「征服者」から「加害者」へと転換する目標ではないでしょうか。

  人類は、決して「選ばれた生物」でも「生命の頂点」でもありません。ハラリ氏の人類観は、人類をこれまでの価値観から解放し、地球上に生じたたんなる一生命としてとらえることから始まっています。

  生物学では、生物の分類ルールが定められています。

  人類の始まりを語りはじめる箇所。著者は生命学者が、進化の樹木に従って生物を「科」、「属」、「種」に分類することを述べていきます。例えば、ネコ科には、ライオン、チータ、イエネコなどが存在します。科のもとには、属があります。例えば、ライオンやヒョウ、トラなどヒョウ属の仲間です。さらに分類は種へと分かれていきます。ライオンは、ヒョウ属の中のひとつの種なのです。

  そして、生物学では、学名を属と種をラテン語で表した言葉で名付けます。ライオンであれば、ヒョウ属のラテン語「パンテラ」とライオンの「レオ」をつなげて、「パンテラ・レオ」と呼ぶことになります。我々人類と言えば、ホモ(ヒト)科、ホモ(ヒト)属、サピエンス(賢い)種に位置づけられるので、我々は「ホモ・サピエンス」と呼ばれます。

  さて、「人類」とは実を言うとホモ属全般をさす言葉です。以前、ブログで紹介した「絶滅の人類史」という本を紹介しましたが、人類と呼ばれるホモ属には、我々現生人類であるサピエンス種の他にもたくさんのホモ属が存在していたのです。それは我々とも混血したことがわかっているネアンデルターレンシス種やルドルフェンシス種、エレクトス種、デニソワ種などなど多くの人類が存在していました。

  ところが、驚くことにホモ属の人類たちは、我々ホモ・サピエンス(現生人類)を除いてすべて絶滅してしまったのです。ハラリ氏は、現生人類を語るときにはサピエンスとよび、サピエンス以外の種も含めて語るときには人類とよぶとこの本の冒頭でことわっています。そして、サピエンスを語るときには、我々を生命全体の中の単なるひとつの「種」にすぎないとの認識を貫いているのです。

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(「サピエンス全史(上巻)」amazon.co.jp)

【サピエンスの飛躍はどう起きたのか】

  さて、さっそくこのユニークな歴史書の目次を見てみましょう。

第1部 認知革命
 第1章 唯一生き延びた人類種
 第2章 虚構が協力を可能にした
 第3章 狩猟採集民の豊かな暮らし
 第4章 史上最も危険な種
第2部 農業革命
 第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇
 第6章 神話による社会の拡大
 第7章 書記体系の発明
 第8章 想像上のヒエラルキーと差別
第3部 人類の統一
 第9章 統一へ向かう世界
 第10章 最強の征服者
 第11章 貨幣;グローバル化を進める帝国のビジョン

  この目次をみれば、我々が知っている歴史教科書とかけ離れた独自の視点にワクワクします。

  イギリスの文化は、チャーチルやディケンズが体現しているように常にアイロニーにあふれています。ハラリ氏は、イギリスのオクスフォード大学で歴史学を学びました。その影響かどうかはわかりませんが、この本を貫く皮肉にあふれる語り口はまさに独自のものです。

  目次の第2章には「虚構」との言葉が使われています。この歴史書を貫く認識は、サピエンスは「認知革命」によって地球を制するような進化を遂げたとの考え方です。それは、多くの人類の中で唯一生き残った要因といっても過言ではありません。道具や言葉はサピエンスを大きく躍進させた要因に他なりませんが、道具も言葉も火も他の人類も使用していました。では、他の人類のすべてが絶滅する中で、唯一生き残ったサピエンスが持っていたものは何なのでしょうか。それこそが「虚構」を作り出す能力だったのです。

  「言葉」はコミュニケーションに必要な道具ですが、それは単なる音声に過ぎません。サピエンスはそこに「虚構」を付加することで、「認知革命」を引き起こしたのです。この進化はどのように起きたのか。これには2つの説があります。

  ひとつは、柔軟で複雑に言葉を操る能力。例えば、「ライオンに気をつけろ!」だけであれば、鳥でも猿でも音を送ることで表現します。しかし、サピエンスは、「あそこの川の上流にライオンがいるので避けて通れ。」と柔軟で複雑な情報を共有できるように進化した、という説です。

  もうひとつの説は、「噂話」が進化を生んだというものです。我々が毎日使っているSNSや電子メール、手紙でのやりとりの内容は、そのほとんどが噂話です。特に、共通の知人に関する噂話ほど盛り上がる話題はありません。お隣の子供のお兄さんが東京大学に入って、妹は東京女子大にはいったという事実は、いつの間にか町内会で知れ渡ります。いったいどの塾に通って一流大学に合格したのか、はたまた生れながらに頭脳明晰なDNAを備えていたのか、噂話はつきることがありません。

  いずれにしても我々サピエンスは、「認知革命」によって、「虚構」を創り、「虚構」を信じることにとよって、全人類の中で突出した存在となり、他の人類を駆逐し、ときには他の生物たちも駆逐して生き残り、繁栄への糧を手にすることとなったのです。

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(3万2000年前の象牙ライオン人間像 wikipedia)

  そして、サピエンスの物語は、「狩猟」から「農業」への革命を迎えることになります。そして、さらなる「統一」へと向かっていくのです。

  「農業革命」で、ハタリ氏が描く世界はアイロニーに充ち満ちています。我々は、穀物を育てて定期的な収穫を得、さらに牧畜によって食料を蓄えることによって1カ所に定住して、コミュニティを生み出すことになります。しかし、この「農業革命」は、サピエンスに何一つ幸福を招かなかったというのです。

  我々は、食料を蓄えコミュニティを創ることによってヒエラルキーを生み出します。支配者と被支配者、資産家と労働者、富裕層と貧困層、男と女、あらゆる差別のはじまりは、農業革命を景気としているという説があります。また、より肥沃な地域や蓄えた食料を奪う目的で、コミュニティ間での争いはエスカレートしていき、戦争へと発展していきます。農業革命で唯一サピエンスに有利に働いたことは、この革命によりサピエンスの数がまたたく間に増大し、地球上を席捲し地球の支配者になったことだったのです。

  この本の上巻の最後のフレーズは、まさにチャーチルの有名な言葉と響き合います。

  サピエンスは、人類を統合していく過程でいくつもの帝国を生み出しました。最後にハタリ氏は言います。「キュロス大王以来の2500年間に、無数の帝国が全人類のために普遍的な政治秩序を打ち立てることを約束した。だが、それはすべて口先だけのことで、残らず失敗に終わった。真に普遍的な帝国は1つもなく、全人類のために本当に尽くした帝国も、皆無だった。未来の帝国は、果たしてそれよりはましだろうか?」


  なるほど、読んでみればこの本がベストセラーになる訳がよくわかります。これほど、皮肉に満ち、これほど示唆に富んだ歴史書は読んだことがありません。皆さんもぜひこの本を読んで、我々サピエンスがどれだけ皮肉な存在かを味わってみてください。明日からの生き方が少し変るかもしれません。次回は、この本の下巻を語りたいと思います。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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大黒達也 音楽と脳の幸せな関係

こんばんは。

  人類は常に未知の世界を探求し続けています。

  未知の世界は無限に広がっています。宇宙の果てはあるのか。そこには未知のエネルギーやダークマターが存在し、その謎には素粒子が大きく関わっています。さらには生命の起源はどこにあるのか、それには未知の深海の探求が欠かせません。さらに人や生命の謎はゲノムの世界からさらに未知の領域が広がっています。その中でも、我々人類の英知すべてを司ると言っても良い脳は未だに謎多き存在に他なりません。

  一方で、人生において音楽から得た恩恵は言い尽くすことができないほどに大きなものです。それは、生れた頃から身近にありました。物心つく頃からテレビから流れてきた数々の番組のテーマ曲。アニメ「鉄腕アトム」や「鉄人28号のテーマ」は、いつまでも忘れられません。また、休みの日になると、寝床で聞こえたクラシックの心躍るメロディ。「くるみ割り人形」、「田園」、「アルルの女」、どれも心を明るくしてくれました。また、思春期にはビートルズから始まるロックやポップス、そして歌謡曲やフォークソング。すべての音楽に勇気づけられて生きてきたことに間違いはありません。

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(名盤クリュタンス指揮「アルルの女」 amazon.co.jp)

  そんな中、先日いつもの本屋巡りをしていると、興味深い題名の本に目がとまりました。手にとって開けてみると、「はじめに」の一文からその世界に引き込まれてしまいました。その本を持って、カウンターへと急いだのは言うまでもありません。

「音楽する脳 天才たちの創造性と超絶技巧の科学」

(大黒達也著 朝日新書 2022年)

【人と音楽の不可分な関係】

  確かに音楽は私たちにとってなくてはならない存在ですが、改めてなぜ音楽が我々の心を動かすのか、と問われると、ふと言葉を失います。

  かつて、人間のすべての存在は脳が司っていると考えられてきましたが、近年の研究では、人間の各部位、例えば骨や筋肉、大腸や胃などの器官が、それぞれ様々な伝達物質を発生させて他の部位や脳と連携してひとを生かしていることがわかってきました。しかし、こと視覚や聴覚に関する限り、それを司るのはやはり脳だと考えられます。

  つまり、音楽を聴いて心が動かされるのは、聴覚に関する脳の働きだと思い当たります。

  この本を読む動機の一つは著者の経歴です。

  1986年、青森県生まれ。医学博士。東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構特任助教。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。オックスフォード大学、ケンブリッジ大学勤務などを経て現職。専門は音楽の神経科学と計算論。現代音楽の制作にも取り組む。

  まさに音楽と脳の科学における最先端の研究者の著作なのです。

  目次を見ると、さらにワクワク感が増大します。

はじめに

1章 音楽と数学の不思議な関係

2章 宇宙の音楽、脳の音楽

3章 創造的な音楽はいかにして作られるか

4章 演奏家たちの超絶技巧の秘密

5章 音楽を聴くと頭がよくなる?

あとがき

  音楽は我々ホモ・サピエンスが誕生した数十万年前から我々の身近に存在しました。人類の飛躍的な進化は言葉によってなされたことがよく語られますが、この本は言葉以前にコミュニケーションの手段であり、言葉の原型となったと想定されることが語られています。

  今や我々にとってなくてはならない音楽。この本はその音楽と脳の関係を語ってくれるのです。

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(朝日新書「音楽する脳」 amazon.co.jp)

【音楽は脳とともに進化した?】

   音楽は、我々にとって親しい友人ではありますが、気むずかしくもあります。

  ビートルズに代表されるロックバンドには解散がつきものです。解散の理由として最も多く語られるのは、「めざす音楽の方向性の違い」。恋人同士や夫婦は、「性格の不一致」で分かれますが、我々の脳は、何を持って音楽や性格の違いを認識するのでしょうか。

  この本は、まず人の脳にとって「音楽」とは何なのかを語ります。

  5年前、退職を機にテナーサックスを始めました。ブログでもおわかりの通り、音楽には目がなく、クラシックをはじめロックもジャズもフュージョンも、人が作り奏でる音楽とそのパフォーマンスが何よりも好きで、ライブで味わうグルーブと湧き出るミュージシャンの情念に心からの感動を覚えます。学生時代にはアマチュアバンドでサイドギターを弾いていたので、演奏にも多少の自信がありました。

  ところが、聴くと吹くとは大違い。ことにテナーサックスは、楽譜を読むと同時に腹式呼吸でリードを振るわせて音をコントロールし、さらにはすべての指を使って12の音を縦横無尽に押さえる必要があります。ゆっくりとした童謡ならばともかく、少し複雑でスピード感のある音楽を演奏しようとすると、リズムに併せてサックスをよく響かせるのは至難の業です。

  サックスの先生も、いつも「聴くのと吹くのは違う。」と話していました。はじめて「私のお気に入り」を必死に練習していたとき、早いアドリブについていけず、何日も何日も同じ箇所を吹いていて、あまりのできの悪さについ弱音を吐きました。すると、「私も厳しい練習を毎日毎日やっていて、しまいには大好きだった曲が、聴くのもいやになったことがあるので、練習もほどほどにした方がいいでしょうね。」と諭されました。

  確かに、趣味で音楽をやっているのに好きな曲を嫌いになったら本末転倒です。

  幸い、いまでも「私のお気に入りは」マイベストソングではありますが、練習していたアドリブパートフレーズは未だに苦い思い出になっています。

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(愛器 漆黒のテナー 「Canonnball T5-M」)

  音楽を認識して理解し、心が動かされる。さらに、音楽を創る、そして、確かな技術で演奏する。当たり前のように思っていますが、考えてみれば不思議なことです。「音楽」と「雑音」はどこが違うのか。バッハやモーツアルト、ジョン・レノンやマイルス・デイビスはどうして我々が感動する音楽を創り出せるのか。小曽根真やハービー・ハンコック、ラファウ・プレハッチはなぜ素晴らしい技術で音楽を奏でることができるのか。

  「音楽」に関わるすべては、我々の脳が司っているのです。そして、「音楽」は人間と脳の進化とおおきく関わっています。この本は、そのことを脳科学の見地から語ってくれるのです。

【音が音楽となる歴史とは?】

  皆さん、カラオケは好きですか。

  人はそれぞれ歌うことができるキーが異なります。その点、カラオケは便利で、ボタンひとつで歌のキーを変えることができます。この当たり前と思える移調ですが、実は人類の画期的な発明だったのです。移調したときに同じメロディが維持されるのは、我々の音楽が「平均律」という音律でできているからです。平均律とは、あのバッハの鍵盤楽器用の作品「平均律クラヴィーア曲集」の平均律です。

  この本によれば、「平均律」を最初に考案したのは、あのガリレオ・ガリレイの父でリュート奏者だったヴィンチェンツォ・ガリレイだそうです。彼は、リュートの制作に当たって音のピッチが平均となるようなフレットを作るために1581年に平均律を考案しました。そして、その後、平均律を現代のピッチにしたのが数学者のシモン・ステヴィンという人だそうです。

  第1章で語られる音律の歴史と人間の脳との関係はワンダーでした。

  そもそも音律(全音と半音の12音階)を考案したのは、紀元前ギリシャ時代の数学者ピタゴラスでした。ピタゴラスが発見したのは、音の中にある音律と音程です。それは、「ピタゴラス音律」と呼ばれ、現在の音律の基礎となっています。音律とは、低いドと高いドの間、1オクターブに存在するドレミファソラシドのことで、音程はその音の高さの程度を言います。

  ピタゴラス音律は、張った糸の長さによって響く音で考案されたため、一音がアバウトな周波数で定められており、ドミソを和音にしたときには美しい和音になりません。そこで、和音を美しく鳴るようにしようと、周波数の比率を整数倍となる音であらわそうとする「純正律」が考案されました。「純正律」は、ひとつの音階がもつ自然倍音列という周波数比率が整った音を定めることで、和音の響きをより美しくすることができます。バッハやモーツアルトはこの「純正律」で作曲したそうです。

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(ギリシャの数学者ピタゴラス  wikipediaより)

  ところが、この「純正律」には困った点がありました。一つ一つの音は周波数を整えたことで和音が調和するのですが、移調したときにはそれぞれの音の周波数がばらけてしまうため、全く違うメロディになってしまうのです。そこで考案されたのが、現在我々が使っている「平均律」です。我々は「平均律」のおかげで、カラオケで好きなキーを設定しても同じメロディを歌うことができるのです。

  一方、我々の脳は数百年にわたってこの「平均律」を当たり前の音として認識してきました。例えば、現代の耳で「純正律」で作曲されたバッハの曲を聴いたときには、別の音楽が聞こえてくると著者は書いています。さらに、石器時代の人類が今の音楽を聴いても感動するどころか、まったく訳のわからない音に困惑することになると言うのです。

  つまり、現代の音楽はその音に慣らされた現代人の脳ならではの音楽なのです。

【脳は音楽をどう認知しているのか。】

  そして、この後、著者はいよいよ我々の脳と音楽の関係を科学的知見によって語っていきます。

  我々の脳はどのように音楽を聴いているのでしょうか。

  脳は様々な部位の知覚が連動して動くことによって、我々に顕在的な認識を生み出します。音楽の場合には、まず耳から入った音を一時聴覚野が認識して音の大きさや高さなどを知覚します。その後、シナプスにより情報は後方側と横則側に回っていきます。脳を巡る中で、音は空間情報(音程や和音)と時間情報(リズム)として認識されて、音楽として情動や記憶と結びついていくと考えられています。

  ここで、ワンダーなのは、脳の持つ「統計学習」と呼ばれる自動計算機能です。人の脳は、よりよく「生きる」ために学習していきますが、そのプロセスにおいて、自動的に次に起きることの確率を無意識のうちに計算するという機能を備えているというのです。

  例えば、階段を上がるときにつまずいたとすると脳はその要因を認識し、次にそれが起きるであろう確率を自動的に計算して整理します。この脳の働きは普遍的な能力で、起きているときも寝ているときも常にあらゆる事象に対して確率計算と整理を繰り返していると言われています。

  この機能は「音楽」とどのような関係があるのでしょうか。

  それは、我々が感動する音楽が、時代とともにクラシック、ジャズ、ロック、ラップ、ダンスミュージックと変化していくことにも大きく関わっているようなのです。さらには、偉大な作曲家の能力や超絶技巧の演奏家にもこの能力がおおきく影響しているというのです。

  そのワンダーは、ぜひこの本で味わってください。音楽が大好きな人もそうでない人も、この本が語る人の脳と音楽の関係にワンダーを感じること間違いなしです。我々の脳にモーツアルトの音楽が大きなプラス効果を生み出すとは、本当なのでしょうか。その答えも記されています。


  季節はいよいよ春を迎えますが、能登地震の被災地ではまだまだ厳しい避難生活を強いられている方々がたくさんいらっしゃいます。心から寄り添いたいと思います。皆で応援していきましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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宮脇淳子 「元寇」と「蒙古襲来」の違いとは

こんばんは。

  初めて感じた興味や関心は、年齢に関係なくちょっとしたきっかけでよみがえります。

  日本は周囲を海に囲まれているおかげで、国内での争いはともかく、外敵から攻められるということがきわめてまれな国家です。

  ヨーロッパやユーラシア大陸において、国家はすべて陸地でつながっており、強力な軍事を備えれば容易に隣国に攻め入ることができます。そのために、何百年にもおよぶ戦争が国家間で続くこともまれではありませんでした。

  すでに1年半にも及んでいる、ロシアによるウクライナへの侵略戦争もその地政学的な歴史が大きな要因となっています。その歴史は、有史以前までさかのぼるといっても過言ではなく、両国の歴史はまさに併合と独立運動の繰り返しに他なりません。ウクライナの独立戦争は帝政ロシアの時代から繰り返されており、陸続きであるための悲劇ともいえるのではないでしょうか。

  歴史的な背景とウクライナの東南部に住むロシア人への弾圧がロシアの言い訳ですが、無垢の市民や子供、学校や病院、教会や住宅をミサイルで殺戮するロシアの攻撃は、人類の歴史を100年近くも昔に引き戻す蛮行以外のなにものでもありません。ロシア国内はまるで独裁国家のような情報統制がなされ、「戦争」と口に出す人間を次々と拘束しています。反抗したワグネル代表のブリゴジンが搭乗した自家用飛行機を墜落させ、その命を奪うなどの行為は、まさに独裁政権の本性を現している悪魔のような所行です。反欧米という基軸で中国や北朝鮮はロシアの孤立を阻んでいますが、その殺戮に対して目をつぶるのは、独裁者ヒトラーと手を組もうとした世界観と同じ卑劣な行動に他なりません。

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(ブリゴジン氏の葬儀  nhk.or.jp)

  ウクライナの話になると話がエスカレートしてしまいますね。

  話を戻すと、日本は海に囲まれているおかげで、安全と平和を保つことができたことは歴史的な事実です。それでも、長い歴史の中では他国家からの侵略を受けたことがあります。それは、鎌倉時代末期に起きた「元寇」です。それは「蒙古襲来」と呼ばれ、13世紀に中国を支配した「元」のフビライ・ハンによって企図された日本侵略戦争だったのです。

  今週は、この「元寇」を東アジア側からの視点で解析した本を読んでいました。

「世界史の中の蒙古襲来」

(宮脇淳子著 扶桑社新書 2022年)

【蒙古襲来とは何だったのか】

  以前、250回記念のブログに堺屋太一氏の著した「世界を創った男 チンギス・ハン」を紹介したときに話しましたが、私がはじめて「元寇」に興味を持ったのは、中学校の図書館で「竹崎季長」の本を読んだときでした。皆さんも日本史の教科書で、「蒙古襲来絵詞」という当時記された絵巻物の写真を見たことがあると思います。

  1274年旧暦の10月、元軍は兵船900艘に23000人の兵を率いて日本を侵略します。その軍は、対馬、壱岐の両島を攻め落とし、博多湾へと押し寄せます。日本では、鎌倉幕府の奉行であった少弐家、大友家、松浦党などが迎え撃ちました。そして、その中で御家人として死力を尽くして戦った武士の一人が竹崎季長だったのです。

  当時、武士は一所懸命と言われるとおり、手柄を立て土地を得るために懸命に戦いました。季長も第1回目の元寇、文永の役で博多を守り抜く成果を上げました。彼は自らあげた戦果をみとめてもらうために奉行に申し立てますが、鎌倉では季長に対して何の報償もありません。一族総出で戦った季長は、納得できずに自ら鎌倉に出向き、自らの戦いをアピールしました。その結果、報償の対象となったのです。

  季長は、その7年後に起きた2度目の襲来である弘安の役にも出陣し、元を日本から撃退します。二度の戦役を戦い抜いた季長は、この戦いを絵師に描かせ、自ら詞書きを書き入れました。そして完成したのが、この元寇を今に伝える「蒙古襲来絵詞」なのです。

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(「蒙古襲来絵詞 竹崎季長」)

  それまで日本史では日本は閉じられた世界で、独自の歴史を刻んできたとの印象が強かったのですが、あのチンギス・ハンが創ったモンゴル帝国が日本にも版図拡大の手を伸ばしていたというスケールの大きな歴史に心を動かされました。それ以来、「元寇」、「蒙古襲来」という言葉を聞くたびに反応してしまうのです。

  日本側から見ると、当時の政府は北条氏が執権を振るっていた鎌倉幕府でした。そのときに執権の座についていたのは、「鉢の木」などのエピソードでも有名な北条時頼の息子、北条時宗でした。2001年にはNHKの大河ドラマになりましたが、北条時宗は「元寇」を退けるために生れてきたのか、と思わせる人生を歩みました。

  1268年、はじめて元のフビライ・ハンからの詔書が日本に届きます。そのとき、18歳になっていた時宗は、第8代の幕府執権の座につきます。それから何度かフビライからの詔書が届きますが、時宗はそのすべてを無視します。そして、24歳にして最初の戦い、文永の役が勃発します。そこで元軍を退けた後、再来に備えて九州の防備を固めました。その7年後、時宗31歳の時に元軍は再び日本に攻め入って来るのです(弘安の役)。時宗は、二度の元からの大軍を退けた3年後、病を得て亡くなりました。まさに天が元軍の侵略に立ち向かわせるために時宗を日本に降臨させたと思うような人生です。

  我々の知る「元寇」はまさに「蒙古襲来」そのものであり、日本史から見た海外からの侵略戦争なのですが、この本はそんな我々の常識に異なる視点を与えてくれます。

【東アジア史の中での元寇とは】

  それでは、まずこの本の目次を見てみましょう。

まえがき

第1章 日本人のモンゴル観

第2章 モンゴルとは

第3章 高麗とは

第4章 蒙古襲来前夜

第5章 大陸から見た元寇

第6章 「元寇」後の日本と世界

終  章 国境の島と「元寇」

あとがき

  宮脇さんは、中国、チベット、モンゴル、朝鮮の歴史と言語の研究者で、まさに「蒙古襲来」を語るのには適任です。この本の第一章は、まず日本人のモンゴル感はどこから生れているのか、を解説していきます。

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(「世界史の中の蒙古襲来」 amazon.co.jp)

   はじまりは「義経チンギス・ハン伝説」。駐日モンゴル大使館の方々は、訪問してくる日本人のほとんどが必ず「チンギス・ハン義経伝説」を語るそうで、辟易としているとの話が語られています。モンゴルの人々にとって、チンギス・ハンは世界にその名をとどろかせた英雄のひとりです。その英雄が日本人であるはずもありません。その心中は察するに余りあるといえます。

  そして、チンギス・ハンを描いた井上靖の作品「蒼き狼」。著者は、日本人にチンギス・ハンとモンゴル人のイメージを定着させた作品として紹介しますが、その認識の誤りを次々と指摘していきます。その女々しさは、モンゴル人ではなく日本人そのものだというのです。さらに著者は、北方謙三の「チンギス紀(1)火眼」、浅田次郎の「蒼穹の昴」、司馬遼太郎最後の小説「韃靼疾風録」を取り上げて、そこに描かれるモンゴル、女真族、満州人が間違った印象を我々に与えていることを語ります。

  その語りのいきおいに我々も思わず身を乗り出してしまいます。

  しかし、第一章はこの本の「つかみ」の部分であり、本論ではありません。

  第二章からはじまる13世紀のモンゴル、中国、朝鮮の歴史は、日本史で語られる「元寇」からは想像もできない、東アジアの歴史を踏まえた奥深いものです。

【浮かび上がる「元」と「高麗」】

  この本のワンダーは随所にちりばめられています。

  その一つに中国王朝の歴史があります。皆さんも中国の王朝が、古代から北方にいる騎馬民族に侵略を受ける歴史をご存じと思います。「匈奴」、「鮮卑」、「柔然」、「突厥」、「契丹」など、様々な騎馬民族が中国の王朝に攻め込んでいます。秦の始皇帝からはじまる世界遺産、万里の長城は、こうした北方の騎馬民族の侵入を防ぐために築かれた防壁だったのです。

  この本のモンゴルの歴史を読んで驚いたのは、「隋」や「唐」の皇帝は漢人ではなく、騎馬民族である鮮卑の出身だったという事実です。すると、「晋」以降、漢民族の建てた王朝は「元」の前にあった「宋」だけであり、その前後はすべて騎馬民族の血を引く王朝だったということです。驚きですね。

  ハンガリーからベトナム、朝鮮にまで及んだモンゴル帝国はチンギス・ハン亡き後、5代目のフビライの時代には4つのハン国へと分裂します。そこで、「宋」を南へと追いやって中華を治めたのが「元」を興したフビライ・ハンでした。フビライ・ハンは「南宋」を攻めると同時に、ベトナムにも遠征、さらには朝鮮にあった高麗国を属国とし、日本への遠征を計画します。

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(モンゴル帝国の最大版図  wikipediaより)

  フビライは、日本が黄金の国であるとの情報や火薬の原料となる硫黄が豊富にあることから日本侵攻を決断したといわれていますが、どうもモンゴルに服従した一部の高麗の人々がフビライの意向を忖度して日本への侵攻を積極的に進めた節があるといいます。

  というのも元は支配地を統治するために各地域に「省」という行政組織を立ち上げて、属国となった国にその組織を任せたのです。北部朝鮮地区には「遼陽行省」という組織がありました。フビライは日本を侵略するに当たり、朝鮮半島に新たな組織「征東行省」を新設し、そこに日本への遠征計画をまかせました。ところが、第二次遠征(弘安の役)が日本の反撃と台風のために失敗した後、「征東行省」は廃止されました。しかし、フビライは第三次日本遠征を企て、その計画を「遼陽行省」に任せます。「遼陽行省」ではモンゴル側におもねった高麗の人々が仕事を任されていたのです。その人々は、自らの存在意義をフビライに示すために第三次日本遠征の計画を積極的にすすめたと考えられるのです。

  幸いなことに高齢のフビライが亡くなったため、第三次日本遠征は行われませんでした。

  とはいえ高麗にとってモンゴルはあまりにも無慈悲な征服者でした。

  モンゴル軍が高麗に第一次遠征を行ったのは、2代目オゴタイ・ハンの1231年ですが、その後は1235年から1259年に渡り6回もの征伐軍を迎えることとなり、国内は完全に蹂躙されました。しかし、高麗国の王とその一族はモンゴル軍が侵入してくると迎え撃つことなく、江華島と呼ばれる島に逃げ込み籠城してしまうのです。一般市民はモンゴル軍に好きなように蹂躙され、国内は完全に荒廃したのです。

  モンゴル軍の二度にわたる日本への遠征は、鎌倉時代から長らく「蒙古襲来」と呼ばれてきました。しかし、江戸時代から明治時代にかけて、日本は東アジアの諸国から、日本の「倭冦」によって国が侵害された、とのクレームを受け続けます。それにに対して、日本だって「元寇」に苦しんだのだ、と言い訳するために「元寇」が正式な呼称となったと言います。

  宮脇さんは、高麗国や南宋などモンゴル軍に征服された国を使って行った日本への侵略では、モンゴル人は司令官などほんの一握りの人員が随行したのみで、兵士のほとんどは被征服民だったのではないか、と推定しています。であれば、この遠征は「蒙古(モンゴル)襲来」というよりも、「元」が行った侵略という意味で「元寇」との名称が適切なのではないか、と語るのです。


  この本は、「元寇」について、日本遠征を行った側の歴史や時代の情勢を踏まえた視点から語り尽くしており、これまでにないワンダーを感じることができました。「元寇」に興味のある方もない方も、ぜひ一度この本を手に取ってみてください。日本は決して孤高の国として存在しているわけではないことを改めて感じるに違いありません。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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篠田謙一 遺伝子が語るグレートジャーニー

こんばんは。

  「好奇心」は、我々人類にとって不可欠な要素です。

  2013年に制作された「人類20万年 遙かな旅路」から10年が経ちました。この番組はイギリスBBCが制作したドキュメンタリー番組。医師で解剖学者であり、古代病理学者でもあるジュリア・ロバーツ博士が、アフリカで一人のイヴから生まれたホモ・サピエンスが6万年以上前にアフリカから全世界へと拡散していった足取りを実際にたどっていく、素晴らしい番組でした。

  その旅路は2016年に本となり、その文庫版をブログでも2回にわたって紹介しました。

  当時、ゲノム情報から遺伝子情報を解析して先祖をたどっていく研究が始まっており、世代を経る中でもミトコンドリア内に引き継がれるミトコンドリアDNAは、子々孫々の女性に変わることなく引き継がれていくことがわかっていました。そして、現代人の持つミトコンドリアDNAから起源をさかのぼっていった結果、我々ホモ・サピエンスは人属唯一の種であること、そして我々は20万年前にたった一人のイヴから生まれたことが突き止められたのです。

  そして、世界中へと拡散していったホモ・サピエンスの軌跡を当時最新の考古学の知見を駆使して紹介してくれたのがこの本でした。

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(文庫版「人類20万年 遙かなる旅路」amazon.co.jp)

  あれから10年。科学の世界は人類の「好奇心」を武器に新たな知見を重ねています。

  今週は、人類の起源とグレートジャーニーを、DNAを駆使して解明する最新研究本を読んでいました。

「人類の起源ーDNAが語るホモ・サピエンスの『大いなる旅』」

(篠田謙一著 中公新書 2022年)

【着々と進化する古代DNA解析の現場】

  この本のDNAワンダーは、第一章から第二章にかけて語られます。

  古代人類の歴史と進化は、これまで考古学としての化石の発見によって紡がれてきました。

  我々の学名「ホモ・サピエンス」とは、「賢い人」という意味だそうです。(クロアチア侵攻を考えると学名には大いなる疑問がありますが・・・)学名は、前半が属名、後半が種名となるので、ホモ(人)は属名で、サピエンス(賢い)は種名となります。現在、地球上でこの属名をもつ人類は我々だけとなっています。ホモ(人)属には、ホモ・ネアンデルタレンシス(ネアンデルタール人)、ホモ・エレクトスなどが知られていますが、すべて絶滅し現存していません。

  また、700万年前、チンパンジーから変異した我々は、その後、猿人、原人、旧人、新人という段階を経て進化してきたといいます。

  化石の発掘と解析による古代人類史は、150年に渡る歴史を持ち人類の歴史を解き明かしてきました。化石の発掘と解析に基づいた仮説は、様々に展開され、長い間、ネアンデルタール人や北京原人、ジャワ原人などは我々の祖先であり、ホモ・サピエンスはここから進化してきたと考えられてきました。

  そこに登場してきたのが、遺伝子DNAを利用した古代研究です。

  かつて、ゲノム解析にはとてつもない時間と費用がかかりました。ヒトのゲノムは30億個の塩基を持ちますが、かつてその解析には、13年、4300億円の費用がかかったといわれています。ところが、解析技術は驚くほどの進歩を遂げ、次世代シーケンサーの飛躍的な進化により、現在は数時間、費用も140万円くらいで30億個の塩基の解析が可能となりました。

  かつては、化石の復元や比較などによって行ってきた解析ですが、現在では化石として見つかった骨のゲノム解析を行うことで、様々な仮説を導き出すことが可能になったといいます。しかし、難しいのは古代の化石自体の発見が難しいことと、化石には多くの別のゲノムが混入しているため、解析の正確性を保つことが必要となることです。

  古代DNA解析は、人類の起源解明に新たな光をもたらしています。たとえば、我々とは異なる種であるネアンデルタール人について、デニソワ洞窟の発掘から新たな発見がありました。この洞窟は、ロシアと中国とモンゴルの国境近くアルタイ地方にありますが、ここから2010年に発掘された化石の解析により新たな旧人が発見されたのです。

  発掘されたのは、指の骨と臼歯でしたが、そのDNAを解析した結果、その骨はホモ・サピエンスともネアンデルタール人とも異なる未知の人類の骨だったのです。その人類は洞窟の名を取ってデニソワ人と名付けられました。この洞窟は、ネアンデルタール人、デニソワ人、ホモ・サピエンスの3つの人類によって利用されていたのです。

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(デニソワ人とホモ・サピエンスの関係 nikkeibp.co.jp)

  そして、ネアンデルタール人もデニソワ人も絶滅しているのですが、彼らはホモ・サピエンス以前にグレートジャーニーを行っていたことがわかっています。さらには絶滅前にはホモ・サピエンスとも交雑しており、デニソワ人のDNAはパプアニューギニアの人々に受け継がれているというのです。すでに絶滅した旧人たちの遺伝子は、我々ホモ・サピエンスに引き継がれているのです。

【誕生の地アフリカでのホモ・サピエンス】

  第三章では、アフリカにおける人類の歴史が語られます。

  我々ホモ・サピエンスがアフリカで最初のイヴによってこの世に誕生したことはミトコンドリアDNAの解析から間違いがなさそうですが、その時期については明確にはなっていません。

  というのも、ゲノムデータの解析が進むと、ホモ・サピエンスは、ネアンデルタール人やデニソワ人など、絶滅してしまったホモ属との交雑を続けていることが明らかになり、さらにはホモ・サピエンス同士の結婚でも数10万年を経るうちに環境によって遺伝子の変異が起こっておるため、現代人のゲノムのみから解析できる事実には限界があるためです。

  現在、アフリカで発見されているホモ・サピエンスの最古の化石は30万年前のものですが、それ以前の化石はアフリカでは発見されていないのです。しかも、アフリカは熱帯であり砂漠が多く存在しており、化石人骨にDNAが残りにくいため、古代DNAの解析が進んでおらず、最古のDNA15000年前の人骨からのものといいます。

  現代人のゲノムデータの解析からホモ・サピエンスの世界展開は6万年前以降ということがわかっていますが、アフリカからイスラエル近くまでのアジアではもっと古い化石も発見されており、出アフリカと世界展開とは必ずしもい一致するものではないようです。

  DNA解析によるワンダーは、変異を続けてきたホモ・サピエンスのミトコンドリアDNA(女系継承)とミトコンドリアY染色体(男系継承)をたどることによって、ハブロタイプと呼ばれる特徴を持つ配列を特定してさかのぼることによってその祖先を知ることができるという解析です。

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(篠田謙一著「人類の起源」amazon.co.jp)

  現在、我々ホモ・サピエンスは、世界中を席巻していますが、住む地域によって言語も違えば見た目も異なります。それは、環境や食べ物、生活形態によって遺伝子が変異することで違いが発現するのですが、実は現存するホモ・サピエンスは、すべてが同じ属と同じ種に分類される生き物なのです。

  ホモ・サピエンスが出アフリカを果たすまでには少なくとも10万年以上が経過しており、我々がアフリカ(またはその周辺)で過ごした時間は、世界に展開した時間に比べれば気が遠くなるほど長いのです。その証拠にアフリカの人々は、我々ホモ・サピエンスの持つ遺伝子の多様性のうち85%を備えていることがゲノム解析で判明しているのです。

  このことは、世界の言語のうちアフリカの人々の使う言語は2000種類にのぼり、その種類は世界中の言語の1/3に当たる、という言語学的な数値とも整合しています。こうした事実を知ると、改めてアフリカの人々を奴隷として売り買いし、長きに渡り差別してきた歴史がいかに恥ずべき事実だったのかを思い知らされます。

  この本は、我々が最も長い時間を過ごしたアフリカにおけるホモ・サピエンスのワンダーを分析した後、いよいよ世界へと展開していった我々ホモ・サピエンスの歴史をDNAデータから語っていくことになるのです。

【グレートジャーニーのワンダー】

  これまでの考古学的な研究(遺跡や石器、はたまた化石や骨格)から、我々ホモ・サピエンスは6万年前頃にアフリカを出て、その後数万年を費やして地球上のすべての大陸、そこに連なる島々にまで進出していったことが判明しています。一言で6万年といいますが、「歴史」と言われるホモ・サピエンスの営みはほんの数千年分しか記録されていません。

  我々がアフリカを脱出してグレートジャーニーの旅に出てから、ホモ・サピエンスは旧石器時代、中石器時代、新石器時代、狩猟採集時代、農耕牧畜時代へと進化してきました。そして、その長い時間の間に我々は、様々な交配を繰り返して変異を続けて現代のホモ・サピエンスに変貌してきたのです。地球は、誕生からの長い歴史の中で氷河期と氷間期を繰り返してきたと言われます。直近の氷河期は20万年前から12万年前まで続き、そこを乗り越えてきた我々は、現在、氷間期を生きてきました。しかし、氷間期の間にも寒暖は繰り返されます。たとえば、最終氷期極大期は2万年ほど前に全世界を覆い、地表の25%が氷で覆われ、海面は現在よりも125mも低かったといわれています。

  こうした中で行われたグレートジャーニー。この本では、古代DNA研究によって明らかになった事実を次々と語っていきます。第四章ではヨーロッパへの進出、第五章ではユーラシア大陸から東アジアへの進出、第六章では我々の日本列島への進出、そして第七章ではアメリカ大陸への長い旅をひもといてくれるのです。これまでの考古学で提唱された様々な仮説は、古代DNA解析によって新たな展開を迎えることになったのです。

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(1万年前のイギリス人チェダーマン復元 realsound.jp)

  これまでの考古学的な仮説は、より古い年代のホモ・サピエンスの化石が発見されるたびに新たな仮説へと進化してきました。古代DNA解析も古い時代の遺跡発掘によるDNAが発見されることで新たな発見を加えていくことになります。その発見はまさにワンダーです。

  たとえば、アメリカ大陸におけるホモ・サピエンスの旅は古代DNA解析によって新たな展開を迎えてきました。

  コロンブスがアメリカ大陸を「発見」するまで、アメリカにはアジア人そっくりのインディアンたちが暮らしてきました。彼らは、発掘された遺跡の年代とその骨格研究などから13千年ほど前にベーリング陸橋を渡ってアメリカ大陸へと移動したと考えられていました。彼らは5000人ほどの集団から瞬く間に北アメリカから南アメリカへと移動し、最南端へとたどりついたのです。

  その祖先はどこからやってきたのか。古代DNA解析は驚きの事実を我々に教えてくれるのです。

  北アメリカやアジア側のシベリアの遺跡から発見された古代DNAを解析し、アメリカ先住民の最初の分岐までさかのぼると、祖先は、アフリカから東アジアへと移動してきた集団がさらに北上し、シベリアで24千年前に生まれたことがわかりました。これまでも考古学的な研究からアメリカに移動したとされる13千年という年代とシベリア側で発見された遺跡の24千年前との年代の齟齬は議論されてきましたが、DNA解析により明確となったのです。

  1万年もの間、アメリカ先住民の祖先はシベリアで何をしていたのか。氷で閉ざされたベーリング陸橋。彼らは陸橋が渡れるようになるまでどこかで待っていたのでしょうか。そのなぞは、この本で解読してください。古代DNA解析によってわかる最大のワンダーは、アメリカ文明を「発見」し、古代文明を破壊して彼らを駆逐した15世紀のヨーロッパの人々とアメリカ大陸の先住民は同じDNAを持つホモ・サピエンスであったという事実です。

  我々の歴史は殺戮の歴史です。しかし、この本を読んでわかるのは、殺戮を生んでいるのはたった0.1%のゲノムの違いなのです。それ以外の99.9%は全く同じホモ・サピエンスが0.1%のために殺し合う。その不条理な事実に愕然とします。

  現在侵略戦争をおこなっているロシア人と、無垢な命を奪われているウクライナ人は兄弟だと言われます。それ以上に、我々人類は兄弟をも超えてさらにそのDNAは濃く、同じホモ・サピエンスなのです。我々は、一刻も早くそのことに心を寄せなければならないのです。

  それは皆さんお元気で、またお会いします。


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小谷賢 日本のインテリジェンス組織を語る

こんばんは。

  突然ですが、皆さんヴァイオリニストの樫本大進さんをご存知でしょうか。

  2010年に日本人として2人目のベルリンフィル首席コンサートマスターに就任したヴァイオリンの名手です。ソリストとしても数々の賞を受賞している大進さんですが、いつもはドイツを拠点にしているものの、頻繁に来日し、日本での音楽の普及や若手ヴァイオリンニストの育成のために大活躍しています。

  これまでにもプラハフィルとの来日やベルリン・バロック・ゾリステンとの来日など数々の名演奏を聞かせてくれました。そのときに演奏されたチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、ヴィヴァルディの四季での息詰まるような集中力と、素晴らしい音色には心から感動しました。そして、129日、2年ぶりに大進さんがソナタ演奏のために来日しました。今回は、盟友であるピアニスト、エリック・ル・サージュとの演奏ですが、なんと、シューマンのヴァイオリンソナタ、1番、3番とブラームスのヴァイオリンソナタ2番、3番が演奏されました。

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(樫本大進 ヴァイオリンソナタコンサート)

  シューマンとブラームスのヴァイオリンソナタ。皆さんご存知でしたか。

  恥ずかしながら、私は全く知りませんでした。パンフレットによれば、シューマンは、晩年に友人のヴァイオリニストの勧めで、初めてヴァイオリンソナタを作曲し、第3番の作曲には若きブラームスも加わり、亡くなる前年に完成したそうです。そして、ブラームスのソナタは、彼が最も多作だった時期に作曲されたそうです。

  ブラームスが、交響曲のために多くの習作を書き上げ、あるいは破棄し、あるいは他の楽曲に代わっていったことはよく知られていますが、ヴァイオリンソナタにもその構想の一部は使われていたに違いありません、ブラームスのヴァイオリンソナタは、2番も3番もそのモチーフは敬慕する女性にささげられた優美な旋律に溢れています。しかし、ブラームス特有の重厚な音も見え隠れしており、大進さんのヴァイオリンはその両方の音色をしっかりと表現し、我々の心を揺り動かしてくれました。本当に彼が奏でる音色は唯一無二の音色です。

  至福の時を過ごしました。

  さて、先週は、このブログでも数多く取り上げたインテリジェンスを描いた本を読んでいました。

「日本インテリジェンス史」(小谷賢著 2022年 中公新書)

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(「日本インテリジェンス史」amazon.co.jp)

【SNS時代のインテリジェンス】

  プーチン大統領によるウクライナ侵攻は、恐ろしいことに1年を迎えようとしています。

  21世紀はITの時代と言っても過言ではありませんが、インテリジェンスの世界もインターネットやSNSがその主役の地位を得ようとしています。例えば、イギリスの調査報道ウェブサイトである「ベリングキャット」は、SNS上に公開されているあらゆる映像から隠された真実を導き出すことで、数多くの成果を挙げています。

  彼らが有名になったのは、2014年、ロシアがウクライナのクリミヤ半島を併合したドンバス紛争時に民間機であるマレーシア航空17便が撃墜された事件でした。同年717日定期便であった同機がウクライナ上空を飛行中、何者かに撃墜され乗客283人と乗務員15人の全員が死亡した悲劇でした。

  当時、ロシアはこの民間機をウクライナの戦闘機が撃墜したと発表したものの、現地調査によってミサイルによる撃墜であったとされるや、ウクライナ軍のミサイルによる撃墜だと主張し、映像まで公開しました。ベリングキャットは、インターネットやSNS上に寄せられたあらゆる映像を解析、この撃墜がロシア製の地対空ミサイル「ブーク」によるものであったことを突き止め、さらにはロシアが公開した画像は改ざんされたものであることを発表しました。

  また、べリングキャットは、2018年の亡命ロシアスパイ、セルゲイ・スクリパリ暗殺(毒殺)未遂事件や、2020年、反体制派の上院議員であったアレクセイ・ナワリヌイ暗殺未遂事件において、当局の捜査に協力し、多くの画像解析の結果、容疑者がロシアの工作員チームのメンバーであることを発表しています。

  現在、ウクライナの各都市を占拠したロシア兵が、非人道的な戦争犯罪(捕虜や民間人の拷問や虐殺)にかかわった証拠をあらゆる画像の解析によって進めています。

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(筑摩書房「ベリングキャット」asahi.com)

  インテリジェンス(諜報)の世界では、公開されている情報を収集する手法を「オシント」、偵察衛星や偵察衛星によって撮影された画像から情報を得ることを「イミント」、通信や電子信号を傍受して情報を得る方法を「シギント」と言いますが、21世紀の現在では、こうしたカテゴリーもすべてが錯綜して「諜報」が行われています。

【インテリジェンスとは何か】

  このブログにご訪問の皆さんは、「インテリジェンス」をよくご存知かと思います。

  かつて、インテリジェンスといえば機密情報を得るためのスパイ合戦を思い浮かべました。冷戦時代には、まさにソ連のKGBとアメリカのCIAが丁々発止のスパイ合戦を行っていました。また、イギリスにはジェームズ・ボンドで有名なMI6が海外におけるインテリジェンスを司っていました。小説や映画では、国家の安全保障、世界の安全保障のために自国の国益を守るための諜報活動がアクションを伴って「スパイ映画」として大ヒットしたのです。

  日本のインテリジェンスについて、語ってくれるのは元外務省のインテリジェンスオフィサーだった佐藤優さんと元NHKのワシントン支局長だった手島龍一さんです。佐藤さんは、外務省のロシア駐在としてインテリジェンスに携わり、ソ連崩壊前夜、あのゴルバチョフ大統領が拉致されるという大事件の折、その豊富な人脈とコミュニケーションによってゴルバチョフ大統領の生存を世界の誰よりも早く日本に伝えた人物。

  そして、手島さんは、2001.09.11ワールドトレードセンターへの航空機テロ事件の時のワシントン支局長で、徹夜の同時中継を行った経歴を持ちます。そして、自らの人脈からのインテリジェンスに事づき、「ウルトラ・ダラー」、「スギハラ・ダラー」などのインテリジェンス小説を執筆し、我々にインテリジェンスとは何かを教えてくれました。

  お二人の対談は、いつもインテリジェンスを駆使した見立てで我々に知的刺激をもたらしてくれます。

  そして、前回ご紹介したのがお二人の対談「公安調査庁」です。この本には、日本のインテリジェンスコミニティの中で、いかに公安調査庁が世界のインテイジェンス機関から信頼を置かれているか、その歴史とともに記されていました。

  そして、今回ご紹介する本は、戦後の日本インテリジェンスコミニティの歴史を通史として語ってくれる、これまで書かれたことのないインテイジェンス本なのです。

【日本のインテイジェンスコミニティ】

  インテリジェンスコミニティとは、簡単に言えば「諜報組織」です。つまり、日本国の国益を守るために情報を収集し、集約し、分析する組織のことを言います。映画に出てくるように海外では、国内、対外に分かれ、最高権力者に直結している諜報組織が存在します。アメリカでは国内がFBI、対外がCIA。イギリスではMi5が国内、MI6が対外諜報を担って活動しています。

  ロシアでは、かつてKGBが諜報を一元的に扱っていましたが、ソ連崩壊後には国内をロシア連邦保安庁(FSB)、対外をロシア対外情報庁(SVR)が担当しています。

  翻って日本を見ると、基本的に対外的な諜報組織はありません。さらに官房長内に情報を一元化するために設置された内閣調査室があり、手足となる組織は、警察、自衛隊、外務省、そして、公安警察の各組織内にそれぞれ情報を収集する組織が存在しています。

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(国家安全保障局のある首相官邸 nhk.or.jp)

  これまで、なぜ日本に諜報のための専門組織がないのかを包括的に語ってくれる本は読んだことがありませんでした。今回手に取った本は、まさに日本のインテリジェンスコミニティの歴史を時代の変遷とともに語ってくれる本だったのです。

  その目次を見ると、

まえがき

序章 インテリジェンスとは何か

第1章 占領期の組織再編

第2章 中央情報機構の創設

第3章 冷戦期の攻防

第4章 冷戦後のコミュニティの再編

第5章 第二次安倍政権時代の改革

終 章 今後の課題

あとがき

  かつてこのブログでお話ししたように、確かに日本には保安、軍事、外事を総合的に諜報するとのミッションを担う組織はありません。しかし、この本を読むと、それが不要だと考えている政治家はまったくおらず、戦後75年、心ある人たちは日本に総括的な情報機関をつくろうと志を持って奔走していたのです。

  しかし、戦後、日本を占領したGHQは日本に諜報機関が必要とは考えていませんでした。むしろ、日本をアメリカ諜報の前線基地にして、アメリカ軍に諜報を担わせることを目標にしていたのです。もちろんそのためには日本の警察や警察予備隊にもその一翼を担わせました。

  さらに、戦後の日本国民も諜報機関、治安警察といえば、戦前に諜報統制を行った特別高等警察と情報統制の法的根拠ともなった治安維持法が想起され、国民は拒否反応を起こしてきました。そのため、日本の政府は、諜報組織の必要性を認識しながらも、日米安保条約によるアメリカの庇護のもと、諜報はアメリカにまかせており、総合的な諜報組織がなくてもなんとかなっていたのです。

  冷戦期、諜報に関していえばアメリカ万能の時代でしたが、ソ連が崩壊し、冷戦状況が崩れると世界はテロと多様化の時代に変化していきます。アメリカは、アルカイダを匿うアフガニスタンやイラクなどをならず者国家として敵とみなし、戦争をしかけ、同盟国である日本も海外での協力行動を求められることになります。

  インテリジェンスの世界では、皆さんもご存知のサードパーティルールがあります。それは、「他人から情報をもらった場合、その情報を第三者に提供するときには情報提供者の了解を取る。」というルールです。日本がかつてスパイ大国と呼ばれていた背景の一つには、日本には情報を第三者にわたすときのルールを定めた法律がない、ことでした。

  もちろん、国家公務員には情報漏えい禁止の規定はありましたが、基本的に日本に入ってきた情報は誰に、どこにわたってもおとがめなしだったのです。ここに登場したのが、特定秘密保護法だったのです。

  この本の読みどころは、第4章から第5章にかけてとなります。日本のインテリジェンスに大きな危機感を持っていたのは、各大臣を歴任し、内閣官房長官や衆議院議長を務めたあの町村信孝氏だったのです。さらに、1年前、参議院選挙の応援演説中、銃弾に倒れた安倍晋三元総理大臣が日本のインテリジェンスの一元化に最も貢献した政治家だったというのです。

  そして、日本にはないと言われ続けてきた対外情報機関が、ついに設立されることになります。その組織とはいったいは何なのか。


  これまで知ることのなかった日本のインテリジェンスコミニティの現実をこの本が教えてくれました。本当に面白い本でした。インテリジェンスに興味のある皆さん、ぜひこの本を手に取ってみて下さい。痛快なアクションこそ望めませんが、日本が歩んできたインテリジェンスへの挑戦の歴史を知ることができる貴重な機会になるはずです。

  それでな皆さんお元気で、またお会いします。


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佐高信 時代を撃つノンフィクション

こんばんは。

  ロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻はついに3カ月を超えました。

  21世紀の幕開けとともに始まったロシアのプーチン政権。20年を超える権力はいったい世界に何をもたらしたのでしょうか。

  第二次世界大戦、そしてソビエト連邦の崩壊による冷戦の終結。我々人類は、多くのことを学んできたはずです。ソ連はヒトラーに蹂躙され、無垢の数千万人ともいわれる命を失いました。そして、中国も海外の侵略と清王朝の崩壊、そして内戦と日中戦争によって多くの命が失われました。

  国際連合は、過去、超大国の脱退により国際平和が維持されなかった歴史を繰り返さないために安全保障理事国に「拒否権」を認めました。

  それは、第一次世界大戦後、アメリカの提唱により発足した国際連盟の失敗から教訓を得た仕組みです。第一に国際連盟はアメリカが提唱したにもかかわらず、アメリカの国内世論がアメリカの不干渉主義を守るがために国際連盟への加盟に反対し、アメリカは不参加となりました。さらに、枢軸国と言われたドイツ、イタリア、日本は大国による領土不可侵主義や軍縮の強要に反対して相次いで国際連盟を脱退。世界は再び世界大戦へと突入していったのです。

  ウクライナ侵攻への非難決議は、当事国ロシアの拒否権発動により採択されず、国連安全保障理事会が機能しないことを世界に露呈することとなりました。また、これまで安保理によって採択されてきた北朝鮮のミサイル発射実験に対する制裁決議も、ついに先日、ロシアと中国の拒否権発動によって否決されました。

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(ロシア、中国による拒否権発動 asahi.com)

  その理由は、「経済制裁によって和平を求めることは有効ではない」とのことでした。

  「価値観」と言う点では、79億人を超えた人類はひとりひとりが別の人格なのであり、その多様性が否定されることは悲劇を生む大きな要因となります。しかし、すべての人類にとって決して味わいたくない不幸と言うものは存在します。それは、SDG’sでも謳われるとおり、抑圧、貧困、飢餓ですが、最も不幸なことは理由もなく家族を失うこと。さらには別の人間から殺害されることは誰にとっても悲劇、不幸なことに違いありません。

  21世紀の現在、地域の紛争や内戦で命を失う人々が後を絶たないことは事実ですが、ひとつの国の我がままによって他の国の国民を一方的に蹂躙し、殺害することは、そこにどんな理由があろうとも許されざる行為です。そうした意味で、今回のプーチン大統領の暴挙は、すべての人類にとって犯罪であり、報い、贖罪をすべき最悪の行いであることは明白な事実です。

  第二次世界大戦は、ヒトラーに対して「国家同士の殺戮行為」を避けるためにヨーロッパ各国が譲歩を選択した隙をついて、始まりました。

  バイデン大統領は、核戦争だけは決して起こしてはならないとの決意から、直接ロシアに参戦する口実を与えることになる、自国兵の派遣や、ロシア領土を侵すことになる戦略兵器の貸与を明確に否定しています。この理性は非常に合理的ですが、プーチン大統領が帝国主義的独裁者だとすると、その理性的判断を利用しようとすることも考えられます。

  そうであっても、ウクライナでの市民の殺戮はなんとしても止めなければなりません。

  それには、プーチン大統領の権力内で権力を振るう一部の人たち以外のすべての人間が、ロシアの国民も含めて、自らが数百万人もの不幸や死を見過ごすことに否を宣言することが必要です。

  先日、指揮者の佐渡裕氏が久しぶりに新日本フィルハーモニーの音楽監督に就任し、そのコンサートへと足を運びました。そのアンコール。佐渡さんはチャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」を演奏しました。この曲は、チャイコフスキーがウクライナの民謡の美しさに感動し、そのメロディを変奏し、作曲した素晴らしい旋律の曲です。平和を願うアンコール曲。胸を撃たれましたが、隣の男性が涙を流し、「平和だよ、平和だ。」と声を枯らせていたのが忘れられません。

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(佐渡裕指揮 新日本フィル公演 ポスター)

  すべての人々がこの戦争を止めることを心に定めて、「否」を告げることが必要です。

  さて、本の話です。

  今日ご紹介する本は、日本のノンフィクション100冊が語られる佐高信さんの新書です。 

「時代を撃つノンフクション100」

(佐高信著 岩波新書 2021年)

【政治と時代の評論家が選ぶノンフィクション】

  佐高さんは、テレビへの露出も多くあり、その論評はユニークです。その発言は過激で常に批判的ですが、よく聞いていると保守系のアウトローとの印象があります。自民党の小泉さんや安倍晋三首相への批判は、政権の政策への批判もさることながら強く右傾化した思考や行動に対して嫌悪感を持っているように聞こえます。また、共産党批判の急先鋒にも立っており、護憲派にもかかわらず、ある護憲の会に共産党がかかわってると知ると参加を拒否する、など徹底した批判精神の持ち主に見えます。

  その批判精神とアウトローぶりは徹底していますが、今一つ実態は判然としません。

  その佐高さんが、日本のノンフィクションから100冊を選んで紹介するのが本作です。1冊に見開き2ページで紹介されているのですが、そのユニークさは評論と同じです。なんと、一冊としてその内容を解説したページがないのです。ほとんどは、佐高さん自らが接した著者の姿勢や印象、さらにはその作家がノンフィクションを描くときの背景や動機の紹介に費やされているのです。

  そのため、紹介された本に何が書かれているのかは、想像力でおぎなっていくことになります。

  しかし、佐高さんは、その文章の中に100冊に選んだ理由だけは明確に語っています。

  まずは、どんな思いでノンフィクションが選ばれているのか、目次を見てみましょう。

  まず、「Ⅰ.現代に向き合う」では40冊の本が紹介されます。ここでは6つのカテゴリーで作品が分類されています。

  ■格差社会 ■経済の深層 ■アウトローの世界 

  ■宗教のゆくえ ■現代アジアと日本 ■科学と市民

  そして、「Ⅱ.メディアへの問いかけ」。佐高さんが最も利用したメディアを媒体として26冊の本を挙げていきます。カテゴリーは、2つ。

  ■格闘するメディア ■メディアの中の個性たち

  最後の「Ⅲ.歴史を掘り下げる」では、日本が突入した戦争から近代史を3つのカテゴリーに分類し、34冊の本を挙げています。

  ■戦争を考える ■朝鮮・中国の歴史と日本社会 

  ■近代史を学ぶ

  題名のとおり現代の日本を生きる我々にとって忘れてはならない出来事を、人間を描くことで記録したノンフィクション。興味は尽きません。

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(「時代を撃つノンフィクション100 amzson.co.jp)

【ノンフィクション選定の目線】

  本を選ぶとは、選者の生き方やポリシーがそこに反映される行為です。

  佐高さんの場合には、その紹介の仕方も型破りですが、何と言ってもその本の選び方がまさにアウトロー的なのです。

  このブログでもノンフィクションは大好物で、これまでもカテゴリーを設けて取り上げてきましたが、その紹介数は57冊にしかすぎません。それでもここで書かれている100冊にはよく知った著者名がたくさん出てきます。ところが、その著者の本は、一冊たりとも私の読書歴と重なっていないのです。

  例えば、元ジャーナリストで壮絶無頼なノンフィクション作家であった本田靖春氏。

  氏の代表作はと言えば、金字塔とも呼ばれた「誘拐」です。この本は、昭和38年に起きた誘拐殺人事件を題材としたノンフィクションであり、当時4歳の吉展ちゃんが誘拐され、身代金を失い、未解決のまま23か月後、犯人逮捕に至って解決されるまでの顛末が記されています。この本では、事件の稠密な取材だけではなく、犯人、翻弄され捜査する刑事たち、さらには被害にあった家族など人間そのものの姿が描かれ、時代とは何か、社会とは何か、日本人とは何かが問われる、傑作ノンフィクションでした。しかし、佐高さんはこの本で、「誘拐」ではなく、次の作品である「私戦」を取り上げています。

  「私戦」で取り上げられているのは、「金嬉老事件」です。この事件は昭和432月にライフルを持った金嬉老が金貸しの暴力団員2名を射殺し、その後、静岡県寸又峡温泉の旅館にて、13人を人質として立てこもった事件を指します。事件の特殊性は、籠城した金がかつて警察から受けた韓国人差別への謝罪を要求したことにあります。金は、マスコミを呼び何度も記者会見を開き、これまで受けた差別を語り、警察からの謝罪を求めたためにこの事件は、民族差別事件として報道されることとなります。加熱する報道合戦。果たして事件の本質は何だったのか。

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(本田靖春著「私戦」 amazon.co.jp)

  この本は、ヘイトスピーチが巷間に溢れる現代、在日朝鮮の人々への差別を問いかけた、との文脈で梁英姫氏の「ディア・ピョンチャン」や辺見庸氏の「1937」とともに紹介されています。

  佐高さんの視点は極めて個性的でどの紹介文も楽しめます。そして、まだ読まぬ著名人たちの名作がこの本には詰まっています。

  大下栄治氏の「電通の深層」、辻野晃一郎氏の「グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた」、野坂昭如氏の「赫奕(かくやく)たる逆光」、吉村昭氏の「ポーツマスの旗 外相・小村寿太郎」、城山三郎氏の「鼠」、鴻上尚史氏の「不死身の特攻兵」、西木正明氏の「ルーズベルトの刺客」、石光真人氏の「ある明治人の記録」などなど

  これまで作家の名前こそよく知り、何冊かはその著書も読んだ作家たちの渾身のノンフィクションの名前がここに紹介されています。ぜひ、こうした本を手に取ってこれからの豊かな人生の糧にしたいと思っています。

  皆さんも、この本の中から読みたいノンフィクションを探し当てて下さい。人生が豊かになること間違いなしです。

  そういえば、月曜日のNHK「映像の世紀 バタフライエフクト」は「我が心のテレサ・テン」と題して、台湾出身の歌姫テレサ・テンが中国、香港の若者たちにどれほどの影響を与え、天安門事件に至る歴史の中でどのようなインパクトをもたらしたのか、台湾、香港、中国のチャイニーズとは何なのか、を描き出して感動的でした。奇しくもこの本では、テレサ・テンも歌った「何日君再来」の謎を追った中薗英輔氏のノンフィクション「何日君再来物語」が紹介されています。興味のある方はぜひ、手に取ってみて下さい。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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茂木健一郎 偶然と必然のシンギュラリティ

こんばんは。

  世界中を席巻した新型コロナウィルスは、人類の繰り出すワクチンに対抗してその姿を次々に変化させ、現在はオミクロン株のXE系という新たなフェイズへと変化しています。人類は、巧みな知恵と対応力で対抗し、インフルエンザと同様の共存可能な状況への移行を試みています。

  ヨーロッパやアメリカなどではすでに法的、行政的な規制などは徐々に撤廃され、個人による防衛とそれを基礎とした経済の活性化へとかじを切ろうとしています。

  我々日本も、徐々に海外からの入国規制を緩和し、国内での経済活動の制限も少なくして一人一人の感染防止意識に裁量をゆだねる方向に移行しつつあります。我々がコロナウィルスと共存していくには、すべての年代、あらゆる生活様式において感染対策と防疫消毒行動を理解して日常生活を送ることが求められます。コロナによって死亡、重症化、そして後遺症発症が起きることを踏まえて、自らの命や周囲の大切な人たちの命を守っていくことが必要です。

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(新オミクロン株 XE mainichi.com)

  一日も早く、旅行、会食、交流、イベントができるよう努力を重ねていきましょう。

  一方で、ロシアがウクライナに一方的に軍事侵攻し、戦争を始めてからすでに2カ月がたとうとしています。ウクライナではすでの数万の市井の人々が犠牲となり、あまつさえ、ロシア軍が占領した地域では、市民の虐殺が行われていたことが明らかになりました。

  ウクライナの人々は、劣勢な軍事装備にもかかわらず、ゼレンスキー大統領の下で驚くほどの結束力を堅持して、ついにロシア軍を首都キ-ウ(キエフ)から撤退させました。プーチン大統領は当初首都を制圧し、ゼレンスキー大統領を拘束のうえで罷免し、親ロシア政権を打ち立てようともくろんでいたと思います。しかし、大統領のリーダーシップと欧米各国からの支援、さらにはウクライナ国民の自由への熱い想いは、ロシア軍を首都から撤退させたのです。

  しかし、侵攻したロシア軍は体勢を立て直し、2014年に併合したクリミア半島に陸地から移動できる街道を確保する目的で、東部のドネツク人州をドネツク民共和国、ルガンスク州をルガンスク人民共和国として独立させる目的で趙具地区の制圧へと方針を切り替えたのです。

  ロシアの各都市へのミサイル攻撃は容赦なく罪なき市民を襲い、クリミア半島への交通の要所マリウポリでは、街そのものを壊滅させ、数万人にも上る市民を殺戮しようとしています。我々人類は21世紀に入り、戦争がいかに無益で人類の未来を閉ざすものなのかを学んできたはずです。しかし、長く権力の座に君臨する独裁者には「ロシア帝国」の復活以外のことは目に入らないというのでしょうか。

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(最後の砦 マリウポリアゾフスターリ製鉄所 asahi.com)

  独裁的権力による仮想民主主義者たちは、自らの政権と国家を強くするために領土への野心をとめようとはしません。そして、利害が一致する限り、プーチン大統領の非道に反対することなく、そこへの一体感さえも漂わせているのです。

  欧米各国は、この非道な戦争に対してなんとか地域紛争として世界戦争への広がりを麻恵洋としています。プーチン翁はそれをいいことに「核兵器」をちらつかせて欧米をけん制しています。プーチン翁はこの殺戮である戦争が自らに襲い掛かってきた過去を正しくみつめなければなりません。不毛な侵略によってどれだけのロシア国民が死んでいるのか。一人の権力者の我がままによって何万人もの人々が死んでいくのを見るのは耐えがたいことです。

  我々は、そのことの非道さに決して目をそらせてはなりません。そして、このことの過ちをあらゆる場面で糾弾していかなければなりません。

  さて、本の話です。

  先日、本屋巡りをしているときに新書の棚に「茂木健一郎」という名前をみつけました。一時期、この名前が記されている本はすべて読んでいましたが、途切れていました。久しぶりに見た名前から本の表題を見るとそこに書かれていたのは、「クオリア」という一言。胸を躍らせて手に入れたのはいうまでもありません。

「クオリアと人工意識」

(茂木健一郎著 講談社現代新書 2020年)

【人工知能と人間の脳】

  この本では人工知能における「シンギュラリティ」が語られています。

  茂木さんは脳科学者ですが、もともとは物理学を専攻していました。物理とはこの宇宙を司る法則とその根源を研究する科学です。その研究は、相対性理論を生み出し、すべての物質、宇宙は原子、電子、素粒子によってできていることを解き明かしました。その結果、我々の宇宙はその95%が未知の物質であるダークマターによって満たされていることが分かっています。

  その宇宙の存在と双璧をなすワンダーが生命です。

  ことにこの地球上では究極の脳を持つ人類はどのような存在なのか。人間とは何なのか、人間の脳とはどのようにして人間を人間として存在せしめているのか。

  茂木さんの提唱した「クオリア」の謎を解明すべきとの命題は、きわめて新鮮な問いかけでした。

  我々は生きていくうえで自分の身の回りを五感によって認識しています。例えば、目の前に白い犬がいて、しっぽを振っています。かわいいなあ、と思いつつ、その犬が突然襲い掛かってきたらどうしようかなどと考えます。基本的にはその犬が目で見えていること、その声や息が耳に聞こえていることによって、それが目の前にある事実であることを認識します。我々が認識するその犬に関する質感が「クオリア」と呼ばれるものです。

  現実として目の前に白い犬がいる場合、人がその「クオリア」を感じていることはとてもわかりやすい事象です。人間の不思議さは、白い犬が目の前にいたくてもその白い犬を想い感じることができることです。我々は目をつぶって犬を思い浮かべ、その白い色や毛並みの質感までをも感じることができます。それは我々(の脳)が「クオリア」を創りだしているからだというのです。

  つまり、クオリアのワンダーとは、我々人間が思うことのすべては「脳内現象」であって、外の世界はそこには存在していないという事実なのです。

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(新書「クオリアと人工意識」 amazon.co.jp)

  一方、人工知能における「シンギュラリティ」とは、人工知能が2045年に人の脳の性能を超える状態となり、人類では想定できないことが起きる、ことを指しています。もともと数学の世界では無限大になる「特異点」を意味しますが、その言葉を人工知能に転用したものです。

  具体的には、コンピューターが人間を超えることを意味します。

  我々の脳は、微弱な電気信号を使って神経才能間でのやり取りにより人間の体を動かしています。その電気信号は、シナプスと呼ばれる数億にも上る神経細胞から発せられますが、シナプスとシナプスの間にはニューロンと呼ばれる極小の隙間(空間)があり、ニューロンの数は数兆に上るとも言われています。そして、コンピューター内でやり取りされる電子信号が、我々の脳内のシナプスとニューロンの数を超えるとき、人間以上の人工知能が生まれ、そこで何が起きるかはまったくわからない、というのです。

  果たして「シンギュラリティ」により人工知能は人間を超えるのでしょうか。

【人工知能はクオリアを生み出すのか?】

  茂木さんは、脳科学者としてその命題に挑んでいきます。

  この本で茂木さんは、人間の脳と人工知能の間にどんな課題があるのかを科学的に紐解いていきます。それには、我々の存在を人間として成立させている諸条件を分析することが必要です。

  この本のワンダーはそのプロセスに宿っています。

  まず、重要な認識は、「人間」や「人類」という言葉はあくまでも言葉であって、実際には一人一人の身体性から発せられる意識や知性が「人」であるという考え方です。我々の持っている「意識」、「知性」、「認識」は一つの個体の内側で起きていることであり、外界とは切り離されていると言うことです。

  人工知能が我々人間と同じ次元で成立するためには、人工知能が内側の世界を自ら自律的に確立していることが求められます。

  人工知能には、自ら意識を持った自律的な能力を備えた「強い人工知能」と特定の能力に特化して能力を発揮する「弱い人工知能」があります。皆さんは気づいていると思いますが、この本の題名にあるのは、「人工知能」ではなく「人工意識」です。囲碁や将棋、気象予想やDNA解析、特定の力仕事、短銃作業の連続などなど、「弱い人工知能」はすでに我々人間をはるかに凌駕する能力を備えつつあります。

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(AIで再現された美空ひばりさん sankei.com)

  一方、人工意識を持った自ら認識し、判断する「強い人工知能」はまさに発展途上です。

  「クオリア」の重要性を説く茂木さんは、この本の各章で人工知能に必要な「知性」、「意識」、「意志」について考察を加えていき、人工知能が「人工意識」を身に着け、クオリアにたどり着くことができるのかについて、最新の脳科学による分析を試みていくのです。人工知能が人工意識を持つためには、我々一人一人が持っている意識とは何か、が解き明かされなければ、人工意識の規範を作ることができません。

  しかし、意識とは不可思議な現象なのです。例えば、我々が眠りについた時、「意識」はまるで消えたかのようになくなります。そして、朝起きた時、意識はよみがえります。ところで、寝た時の自分と起きた時の自分が同じ人間であることはなぜ分かるのでしょう。それは、我々の脳が状況証拠を積み重ねて判断できるからなのです。それは、起きた時の状況を認識し、意識を失った時と同じ状況、同じ状態であることを記憶から取り出して初めて連続した自分であることが認識されるのです。

  この本でワンダーだったのは、「意志」とは何かという認識です。

  科学的に考えると、この宇宙はアインシュタインをはじめとした物理学者たちが解き明かしたように、すべて物理的なものから生まれ出されています。つまり、対称性のズレからビッグバンが起こり、素粒子を基とした数々の元素が生まれ出されます。もともと無機的であった元素は、100億年をかけて様々な元素に生まれ変わり、地球という稀有な環境の中で有機的な生命が生まれました。そして、有機的な元素は、驚くべき進化を経て、我々ホモサピエンスが生まれました。

  科学的に言えば、こうしたプロセスはすべて必然であり、なるべくしてなっている、というのです。

  しかし、我々人間はひとりひとり「意志」を持ち、環境の中で自由な意思で選択を行い、自分の今を選択と努力によって勝ち取ってきたと認識しています。それは、偶然が満ち満ちた世界の中で意志による選択があったからだと信じています。

  しかし、本当にそうなのでしょうか。それは単なる思い込みであり、客観的に見ればすべては物理学の方程式、ニューロンとシナプスによって導き出された必然の出来事なのです。

  しかし、茂木さんは、一人一人が自らの意志で生き、努力を重ねることこそが人間の身体性であり、いまだ解き明かせない世界なのだ、といいます。


  はたして、「シンギュラリティ」は出現するのか。皆さんも、この本で最新の人工知能の課題を読み解いてください。ワンダーを感じること間違いなしです。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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手島龍一 佐藤優 公安調査庁とは何か

こんばんは。

  菅総理が総裁選挙に不出馬を表明したことには少なからず驚きました。

  総理は、自ら差配できる戦略である解散総選挙がコロナ禍の中で選択できないとして、最後の手段として自民党の党内人事の改革を打ち出しました。しかし、自民党内からの様々な声を受け止めた総理は、解散も人事も取りやめて満期を迎える自民党の総裁選挙に出馬しないとの選択をし、総理を辞任する道を選んだのです。

  菅総理は、日本の憲政史上最長の任期を務めた安倍総理のもとで7年以上も官房長官をつとめ、安倍総理の突然の辞任を受けて第99代目の内閣総理大臣の座に就きました。菅さんは、官房長官として新型コロナ対策に当たり、その継続を第一義として総理に就任しました。その意味で、菅さんの内閣はまさに実務内閣であり、コロナウィルスが終息すれば、その功績により総理の株も上がって自民党総裁の椅子は引き続き菅さんのものであったと思います。

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(総裁選不出馬を表明する菅総理 asahi.com)

  しかし、コロナウィルスもさるもの、次々に新たな遺伝子を獲得し、インド発のデルタ株はその威力を増して、こともあろうに2020東京オリ・パラ開催を襲ったのです。1年延期をしたにもかかわらず、大会は第5派の最中に行われることとなりました。

  もともと菅さんは、安倍さんの後継として立候補することさえためらっていたのですから、権力に対する妄執は持っていないのではないでしょうか。もちろん、政治家になったからにはその頂点に立ちたい、との人としての志はあったに違いありません。しかし、ワクチン接種によって一定の道筋ができたことによって、菅さんは自らの引き際を潔く判断したのだと思います。

  菅内閣は、携帯電話料金の引き下げ、デジタル庁の発足、東京オリンピック・パラリンピック開催とたった1年間の間に驚くほどの成果を挙げました。望むべくはその先までも先導して成果を挙げることなのですが、政治とは摩訶不思議なもので国民感情、自民党事情は菅さんの継続を望んでいないようです。

  2世議員ばかりが闊歩する中で、庶民宰相として腕を振るった菅総理に心からの拍手を送りたいと思います。

  次期総裁についてはいろいろと思うところがありますが、野球と政治の話は営業マンにはご法度ですので、今回はここまでといたします。

  さて、緊急事態宣言の行方も気になる中、今週は久々に日本のインテリジェンスを語る対談本を読んでいました

「公安調査庁 情報コミュニティの新たな地殻変動」

(手島龍一 佐藤優著 2020年 中公新書ラクレ)

【インテリジェンスのワンダーとは】

  このブログをフォロー頂いている皆さんは、「インテリジェンス」のラベルに34の記事が連なっていることをご存知かと思います。

  最初に「インテリジェンス」と出会ったのは、国際スパイ小説です。

  「インテリジェンス」は「諜報」と訳されることが最も多いので、すぐにスパイを思い浮かべてしまいます。もちろん、そのワンダーは「諜報小説」によるところが大きいのは間違いありません。その手に汗握る面白さはエンターテイメントにうってつけですが、本来の「インテリジェンス」は、その国の存続を左右する最重要の情報を取得することを意味するのです。

  「国の存亡を左右する」と言えば、その最たるものは戦争です。

  例えば、第二次世界大戦における「諜報」は、各国の存亡にストレートに結びついていました。例えば、真珠湾攻撃をめぐる「諜報合戦」は人間ドラマまでも内包した手に汗握るストーリーとして、様々に描かれています。

  代表的な小説は、佐々木襄さんの「エトロフ発緊急電」(新潮文庫 1994年)です。この小説は、スパイ小説というよりも、戦線で友を殺さなければならなくなった日系アメリカ人の若者ケニー・ケンイチロウ・斉藤が、アメリカ海軍によってスパイに仕立て上げられ、真珠湾奇襲の情報を入手し本国へと送るとの密命を遂行する物語です。その物語には幾重もの人間関係が刻まれて、まさに愛憎の中で人々が身もだえる姿が描かれた傑作です。

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(文庫「エトロフ発緊急電」 amazon.co.jp)

  さらに、逢坂剛さんのイベリアシリーズ第2作の「遠ざかる祖国」(講談社文庫 2005年)にも真珠湾奇襲の情報が登場します。このシリーズは、日中戦争中の日本から中立国スペインに送り込まれたスパイ、北都昭平の活躍を描いたエスピオナージです。当時のマドリードは、第二次世界大戦における中軸国と連合国の諜報合戦の中枢でした。そこには、イギリスのMI6、アメリカのOSS、ドイツのアブヴェーアが諜報員を送り込み、丁々発止の諜報戦を演じます。

  日本から送り込まれた北都昭平は、日本の現状で日米開戦に突入すれば日本に勝ち目がないことを見抜き、なんとかアメリカに参戦させたいチャーチルの思惑を背景に日本に開戦を止まらせようと奔走します。その中で、真珠湾攻撃の諜報合戦が繰り広げられるのです。

  真珠湾攻撃と言えば、少し変わったインテリジェンス小説もあります。

  それは、西木明さんのインテリジェンス小説「ウェルカム トゥー パールハーハー」(2011年 角川文庫)です。

  「真珠湾奇襲による日米開戦」は、日本にとっても国の存続を決定づける最重要情報ですが、第二次世界大戦で劣勢に立たされていたイギリス、対ドイツ戦で国土と体制を守らなければならないソ連、国内の世論から中立を貫くことを求められているアメリカ、どの国にとっても国の存亡にかかわるインテリジェンスに間違いありません。

  この小説は、その題名の通りニューヨークに送り込まれた二人の日本人諜報員を主人公に、各国の諜報機関が「日米開戦」をめぐり、スパイ合戦を繰り広げる、本当に面白い小説です。モデルには実在した日本の諜報員が存在しており、そのリアリティが小筒に厚みを加えています。

  話は長くなりましたが、「インテリジェンス」とは一国の存続にかかわる諜報のことを指すのです。

  さて、現代の国際情勢の中でも各国は、インテリジェンスの取得に力を入れています。その代表はパレスチナとの戦闘が常に隣り合わせのイスラエルです。その諜報機関である「モサド」では、イスラエル存続のためにあらゆる諜報に日夜奔走しています。その実態は、「モサド・ファイル イスラエル最強スパイ列伝」(早川ノンフィクション文庫 2014年)や元モサド長官だったハレヴィ氏が著した「イスラエル秘密外交:モサドを率いた男の告白」(新潮文庫 2015年)を読めばその一端にふれることができます。

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(文庫「モサド・ファイル」 amazon.co.jp)

  ところで、日本のインテリジェンスはどうなっているのか。

  現在の日本で、インテリジェンスを語らせれば右に出る者がいないと言ってもよいのは手島龍一氏と佐藤優氏です。お二人は、これまで最新の国際情勢をインテリジェンスの観点から語る本を対談で上梓してきました。

  そのお二人が日本のインテリジェンス機関を語ったのが今回の対談本です。

【時代は公安調査庁に光を当てた】

  さて、日本のインテリジェンス機関と言えば、内閣情報調査室が思い浮かびますが、日本で各省庁に必要な調査機関が存在します。例えば、外務省では国際情報統括官、防衛省では統括情報局のもとに陸上・海上航空それぞれの情報隊、警察庁では警備企画課、海上保安庁にも警備情報課があります。

  省庁それぞれの情報は、内閣情報調査室にあげられて内閣情報会議、合同情報会議へと送られます。そして、最終的には官邸や国家安全保障会議に伝えられることになります。

  内閣情報調査室には、実際に諜報自体を行う人材は配置されておらす、基本的には各省庁から送られてくる情報を取りまとめる組織なのです。日本のインテイジェンス体制の弱点は、ここにあります。つまり、アメリカのFBICIA,、イギリスのMI5MI6、イスラエルのモサドなどのように意思決定者に直接インテリジェンスを伝える組織とは基本的に異なっているのです。

  そんな中で、少し変わった位置づけにあるのが、公安調査庁です。「公安」というからには、公安警察に連なる組織化と思いきや、公安調査庁は法務省に属する情報組織なのです。いったいなぜ法務省が諜報組織を司っているのでしょうか。実は公安調査庁だけが戦前の諜報機関からの歴史を継承する組織だからなのです。

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(煉瓦造の法務省旧本館 moj.go.jp)

  この本では、公安調査庁がかかわった驚くべきインテリジェンスとその成り立ちが語られているのです。

  まず語られるのは、2017年にクアラルンプール空港で暗殺された北朝鮮の最高指導者、金正恩の兄、金正男にかかわる情報です。暗殺から遡ること16年。2001年、金正男が日本の成田空港で拘束されるという事件が起きました。このとき、北朝鮮は金正恩の父、金正日が思考権力者として君臨していました。つまり、この時点で日本が拘束した金正男は最高指導者の長男であり、最右翼の継承者のひとりだったのです。

  拘束された理由は、偽造パスポートによる入国容疑でした。この事件の顛末は、本書に詳しいので読んでいただくとして、日本の入国管理者はなぜ偽造パスポートをみやぶることができたのでしょうか。超優秀だったから?いえ、違います。

  その答えは、事前に偽造パスポートによる金正男の入国を当局が知っていたからなのです。そして、この情報を入手したのが、公安調査庁だったというのです。いったい公安調査庁はどうやってこのインテリジェンスを手に入れたのでしょうか。それは、海外のインテリジェンス機関からのタレこみ情報だったのです。

  そして、情報をもたらしたのはどの国の機関だったのか。

  インテリジェンスの世界では、情報の入手もとは秘匿することが絶対的なルールです。なぜなら、それを漏らした組織は、信用を失い二度とこの世界では活動できなくなるからです。つまり、この情報がどこからもたらされたのかは、永遠の謎です。しかし、著者であるお二人は、得意の見立てによってそのもたらした組織を特定していきます。それは、なんとイギリスのインテリジェンス組織だというのです。

  この事件を語ったのち、お二人は公安調査庁がなぜ、海外のインテリジェンス組織から大きな信用を勝ち得ているのかを、日本のインテリジェンスの実態と合わせて語っていくのです。

  もうひとつだけネタばれです。2014年。シリアでは「イスラム国」がその勢力を拡大し、世界中の若者をテリリストとしてスカウトしていました。そして、日本でも衝撃的なニュースが報道されました。それは、当時の北大生が「イスラム国」と連絡を取り合い外人戦闘員として、イスラム国に渡航するために九空権を入手していた、という事件です。この事件は、事前に警視庁公安部が私戦予備・陰謀の容疑で学生から旅券を押収していたため未遂に終わりました。

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(対談「公安調査庁」 amazon.co.jp)

  この事件を抑えたのも公安調査庁がさまざまな諜報によって日頃から活動し、イスラム国の連絡所となっていた古書店をマークしていたことが功を奏したからでした。

  公安調査庁は、日本のインテリジェンスを担うべき組織なのか。

  答えは、お二人の本で読み解いてください。久々にインテリジェンス話題にのめりこみました。皆さんもこの本で、ぜひ日本のインテイrジェンスに思いをはせて下さい。


  さて、コロナ禍も新規感染者数は減少し、緊急事態宣言も解除されそうな雲行きです。しかし、ワクチンを打っていても感染リウクはあると言います。さらにウィルスは変異します。我々も油断することなく、感染対策を万全にして毎日を過ごしましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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