篠田謙一 遺伝子が語るグレートジャーニー

こんばんは。

  「好奇心」は、我々人類にとって不可欠な要素です。

  2013年に制作された「人類20万年 遙かな旅路」から10年が経ちました。この番組はイギリスBBCが制作したドキュメンタリー番組。医師で解剖学者であり、古代病理学者でもあるジュリア・ロバーツ博士が、アフリカで一人のイヴから生まれたホモ・サピエンスが6万年以上前にアフリカから全世界へと拡散していった足取りを実際にたどっていく、素晴らしい番組でした。

  その旅路は2016年に本となり、その文庫版をブログでも2回にわたって紹介しました。

  当時、ゲノム情報から遺伝子情報を解析して先祖をたどっていく研究が始まっており、世代を経る中でもミトコンドリア内に引き継がれるミトコンドリアDNAは、子々孫々の女性に変わることなく引き継がれていくことがわかっていました。そして、現代人の持つミトコンドリアDNAから起源をさかのぼっていった結果、我々ホモ・サピエンスは人属唯一の種であること、そして我々は20万年前にたった一人のイヴから生まれたことが突き止められたのです。

  そして、世界中へと拡散していったホモ・サピエンスの軌跡を当時最新の考古学の知見を駆使して紹介してくれたのがこの本でした。

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(文庫版「人類20万年 遙かなる旅路」amazon.co.jp)

  あれから10年。科学の世界は人類の「好奇心」を武器に新たな知見を重ねています。

  今週は、人類の起源とグレートジャーニーを、DNAを駆使して解明する最新研究本を読んでいました。

「人類の起源ーDNAが語るホモ・サピエンスの『大いなる旅』」

(篠田謙一著 中公新書 2022年)

【着々と進化する古代DNA解析の現場】

  この本のDNAワンダーは、第一章から第二章にかけて語られます。

  古代人類の歴史と進化は、これまで考古学としての化石の発見によって紡がれてきました。

  我々の学名「ホモ・サピエンス」とは、「賢い人」という意味だそうです。(クロアチア侵攻を考えると学名には大いなる疑問がありますが・・・)学名は、前半が属名、後半が種名となるので、ホモ(人)は属名で、サピエンス(賢い)は種名となります。現在、地球上でこの属名をもつ人類は我々だけとなっています。ホモ(人)属には、ホモ・ネアンデルタレンシス(ネアンデルタール人)、ホモ・エレクトスなどが知られていますが、すべて絶滅し現存していません。

  また、700万年前、チンパンジーから変異した我々は、その後、猿人、原人、旧人、新人という段階を経て進化してきたといいます。

  化石の発掘と解析による古代人類史は、150年に渡る歴史を持ち人類の歴史を解き明かしてきました。化石の発掘と解析に基づいた仮説は、様々に展開され、長い間、ネアンデルタール人や北京原人、ジャワ原人などは我々の祖先であり、ホモ・サピエンスはここから進化してきたと考えられてきました。

  そこに登場してきたのが、遺伝子DNAを利用した古代研究です。

  かつて、ゲノム解析にはとてつもない時間と費用がかかりました。ヒトのゲノムは30億個の塩基を持ちますが、かつてその解析には、13年、4300億円の費用がかかったといわれています。ところが、解析技術は驚くほどの進歩を遂げ、次世代シーケンサーの飛躍的な進化により、現在は数時間、費用も140万円くらいで30億個の塩基の解析が可能となりました。

  かつては、化石の復元や比較などによって行ってきた解析ですが、現在では化石として見つかった骨のゲノム解析を行うことで、様々な仮説を導き出すことが可能になったといいます。しかし、難しいのは古代の化石自体の発見が難しいことと、化石には多くの別のゲノムが混入しているため、解析の正確性を保つことが必要となることです。

  古代DNA解析は、人類の起源解明に新たな光をもたらしています。たとえば、我々とは異なる種であるネアンデルタール人について、デニソワ洞窟の発掘から新たな発見がありました。この洞窟は、ロシアと中国とモンゴルの国境近くアルタイ地方にありますが、ここから2010年に発掘された化石の解析により新たな旧人が発見されたのです。

  発掘されたのは、指の骨と臼歯でしたが、そのDNAを解析した結果、その骨はホモ・サピエンスともネアンデルタール人とも異なる未知の人類の骨だったのです。その人類は洞窟の名を取ってデニソワ人と名付けられました。この洞窟は、ネアンデルタール人、デニソワ人、ホモ・サピエンスの3つの人類によって利用されていたのです。

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(デニソワ人とホモ・サピエンスの関係 nikkeibp.co.jp)

  そして、ネアンデルタール人もデニソワ人も絶滅しているのですが、彼らはホモ・サピエンス以前にグレートジャーニーを行っていたことがわかっています。さらには絶滅前にはホモ・サピエンスとも交雑しており、デニソワ人のDNAはパプアニューギニアの人々に受け継がれているというのです。すでに絶滅した旧人たちの遺伝子は、我々ホモ・サピエンスに引き継がれているのです。

【誕生の地アフリカでのホモ・サピエンス】

  第三章では、アフリカにおける人類の歴史が語られます。

  我々ホモ・サピエンスがアフリカで最初のイヴによってこの世に誕生したことはミトコンドリアDNAの解析から間違いがなさそうですが、その時期については明確にはなっていません。

  というのも、ゲノムデータの解析が進むと、ホモ・サピエンスは、ネアンデルタール人やデニソワ人など、絶滅してしまったホモ属との交雑を続けていることが明らかになり、さらにはホモ・サピエンス同士の結婚でも数10万年を経るうちに環境によって遺伝子の変異が起こっておるため、現代人のゲノムのみから解析できる事実には限界があるためです。

  現在、アフリカで発見されているホモ・サピエンスの最古の化石は30万年前のものですが、それ以前の化石はアフリカでは発見されていないのです。しかも、アフリカは熱帯であり砂漠が多く存在しており、化石人骨にDNAが残りにくいため、古代DNAの解析が進んでおらず、最古のDNA15000年前の人骨からのものといいます。

  現代人のゲノムデータの解析からホモ・サピエンスの世界展開は6万年前以降ということがわかっていますが、アフリカからイスラエル近くまでのアジアではもっと古い化石も発見されており、出アフリカと世界展開とは必ずしもい一致するものではないようです。

  DNA解析によるワンダーは、変異を続けてきたホモ・サピエンスのミトコンドリアDNA(女系継承)とミトコンドリアY染色体(男系継承)をたどることによって、ハブロタイプと呼ばれる特徴を持つ配列を特定してさかのぼることによってその祖先を知ることができるという解析です。

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(篠田謙一著「人類の起源」amazon.co.jp)

  現在、我々ホモ・サピエンスは、世界中を席巻していますが、住む地域によって言語も違えば見た目も異なります。それは、環境や食べ物、生活形態によって遺伝子が変異することで違いが発現するのですが、実は現存するホモ・サピエンスは、すべてが同じ属と同じ種に分類される生き物なのです。

  ホモ・サピエンスが出アフリカを果たすまでには少なくとも10万年以上が経過しており、我々がアフリカ(またはその周辺)で過ごした時間は、世界に展開した時間に比べれば気が遠くなるほど長いのです。その証拠にアフリカの人々は、我々ホモ・サピエンスの持つ遺伝子の多様性のうち85%を備えていることがゲノム解析で判明しているのです。

  このことは、世界の言語のうちアフリカの人々の使う言語は2000種類にのぼり、その種類は世界中の言語の1/3に当たる、という言語学的な数値とも整合しています。こうした事実を知ると、改めてアフリカの人々を奴隷として売り買いし、長きに渡り差別してきた歴史がいかに恥ずべき事実だったのかを思い知らされます。

  この本は、我々が最も長い時間を過ごしたアフリカにおけるホモ・サピエンスのワンダーを分析した後、いよいよ世界へと展開していった我々ホモ・サピエンスの歴史をDNAデータから語っていくことになるのです。

【グレートジャーニーのワンダー】

  これまでの考古学的な研究(遺跡や石器、はたまた化石や骨格)から、我々ホモ・サピエンスは6万年前頃にアフリカを出て、その後数万年を費やして地球上のすべての大陸、そこに連なる島々にまで進出していったことが判明しています。一言で6万年といいますが、「歴史」と言われるホモ・サピエンスの営みはほんの数千年分しか記録されていません。

  我々がアフリカを脱出してグレートジャーニーの旅に出てから、ホモ・サピエンスは旧石器時代、中石器時代、新石器時代、狩猟採集時代、農耕牧畜時代へと進化してきました。そして、その長い時間の間に我々は、様々な交配を繰り返して変異を続けて現代のホモ・サピエンスに変貌してきたのです。地球は、誕生からの長い歴史の中で氷河期と氷間期を繰り返してきたと言われます。直近の氷河期は20万年前から12万年前まで続き、そこを乗り越えてきた我々は、現在、氷間期を生きてきました。しかし、氷間期の間にも寒暖は繰り返されます。たとえば、最終氷期極大期は2万年ほど前に全世界を覆い、地表の25%が氷で覆われ、海面は現在よりも125mも低かったといわれています。

  こうした中で行われたグレートジャーニー。この本では、古代DNA研究によって明らかになった事実を次々と語っていきます。第四章ではヨーロッパへの進出、第五章ではユーラシア大陸から東アジアへの進出、第六章では我々の日本列島への進出、そして第七章ではアメリカ大陸への長い旅をひもといてくれるのです。これまでの考古学で提唱された様々な仮説は、古代DNA解析によって新たな展開を迎えることになったのです。

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(1万年前のイギリス人チェダーマン復元 realsound.jp)

  これまでの考古学的な仮説は、より古い年代のホモ・サピエンスの化石が発見されるたびに新たな仮説へと進化してきました。古代DNA解析も古い時代の遺跡発掘によるDNAが発見されることで新たな発見を加えていくことになります。その発見はまさにワンダーです。

  たとえば、アメリカ大陸におけるホモ・サピエンスの旅は古代DNA解析によって新たな展開を迎えてきました。

  コロンブスがアメリカ大陸を「発見」するまで、アメリカにはアジア人そっくりのインディアンたちが暮らしてきました。彼らは、発掘された遺跡の年代とその骨格研究などから13千年ほど前にベーリング陸橋を渡ってアメリカ大陸へと移動したと考えられていました。彼らは5000人ほどの集団から瞬く間に北アメリカから南アメリカへと移動し、最南端へとたどりついたのです。

  その祖先はどこからやってきたのか。古代DNA解析は驚きの事実を我々に教えてくれるのです。

  北アメリカやアジア側のシベリアの遺跡から発見された古代DNAを解析し、アメリカ先住民の最初の分岐までさかのぼると、祖先は、アフリカから東アジアへと移動してきた集団がさらに北上し、シベリアで24千年前に生まれたことがわかりました。これまでも考古学的な研究からアメリカに移動したとされる13千年という年代とシベリア側で発見された遺跡の24千年前との年代の齟齬は議論されてきましたが、DNA解析により明確となったのです。

  1万年もの間、アメリカ先住民の祖先はシベリアで何をしていたのか。氷で閉ざされたベーリング陸橋。彼らは陸橋が渡れるようになるまでどこかで待っていたのでしょうか。そのなぞは、この本で解読してください。古代DNA解析によってわかる最大のワンダーは、アメリカ文明を「発見」し、古代文明を破壊して彼らを駆逐した15世紀のヨーロッパの人々とアメリカ大陸の先住民は同じDNAを持つホモ・サピエンスであったという事実です。

  我々の歴史は殺戮の歴史です。しかし、この本を読んでわかるのは、殺戮を生んでいるのはたった0.1%のゲノムの違いなのです。それ以外の99.9%は全く同じホモ・サピエンスが0.1%のために殺し合う。その不条理な事実に愕然とします。

  現在侵略戦争をおこなっているロシア人と、無垢な命を奪われているウクライナ人は兄弟だと言われます。それ以上に、我々人類は兄弟をも超えてさらにそのDNAは濃く、同じホモ・サピエンスなのです。我々は、一刻も早くそのことに心を寄せなければならないのです。

  それは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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