令和初めの年越しは第九ライブ

こんばんは。

  皆さんにとって今年はどんな年でしたか?

  今年の漢字は「令」。今年は令和初めの年でした。天皇陛下が新たに即位され、日本の新たな歴史が元号とともにスタートしました。なんといっても盛り上がったのは、日本で開催されたラグビーワールドカップです4年前、イギリスで開催された大会で、日本は当時世界ランク3位の南アフリカ代表を逆転で破り「奇跡」と言われました。

  当時、日本代表を率いていたエディー・ジョーンズヘッドコーチは、この勝利の瞬間、「歴史は変わった」と語りました。プールBでは、南アフリカ戦の勝利に続いて強豪サモアも下した日本は、アメリカも撃破してなんと3勝を挙げる快挙をなし遂げたのです。ところが、3勝1敗の日本はなぜか予選リーグで敗退してしまったのです。ラグビーでは、勝ち点のカウントが独特であり、負けても4トライ以上を挙げるか、もしくは7点差以内であれば負けても勝ち点1が加わるのです。この大会で日本は3勝を挙げたにもかかわらず、勝ち点差で3位となり、決勝進出を逃したのです。

  この悔しさを胸にラグビー日本代表はすべてをラグビーにささげて4年間を過ごしてきたのです。そして今年、日本で開催されたワールドカップ。日本代表は予選を全勝で勝ち抜いてみごとベスト8にコマを進めたのでした。対ロシア戦30対10、対アイルランド戦19対12、対サモア戦38対19、対スコットランド戦28対21。試合は、スクラムで打ち勝ち、ジャッカルでボールを奪い、オフロードパスで逆転のトライを奪うという、まさにワンチームで勝利した戦いでした。

  やはり今年のニュースNO.1は、ラグビー日本代表のベスト8への闘いでした。

【令和最初の1年は?】

  さて、個人的に今年はとても充実した1年でした。海外旅行はお休みしましたが、国内では様々な景色を味わいました。4月には、桜が満開の青森の弘前城と秋田の角館を楽しみました。生憎天気は雨で気温が10度前後と寒かったのですが、弘前城では人がまばらで、地元のボランティアの方の案内で2時間も弘前城内を案内してもらうことができました。満開の桜の間にハートが見えるインスタ名所があり、さすがにそこだけが写真待ちだったのが印象的でした。ただし、ボランティアのおじさんは「個人的にはここは案内したくない場所なんだけれど、ここに案内しないと怒られるんだよね。」と伝統とインスタの葛藤を間近に見て不謹慎ながら笑ってしまいました。

  5月にはブログにも書いた伊豆のジオパークめぐり。7月には立山アルペンルートを長野側から入って富山に抜け、黒部ダムの絶景を満喫。宇奈月温泉からトロッコ電車に乗って欅平の渓谷散策も味わいました。

  11月には、久しぶりに栃木県の奥日光から日光、さらに平家の落人で知られる湯西川温泉に行ってきました。例年、湯西川は360度、山が黄色く紅葉して絶景のパノラマを見ることができるのですが、残念ながら今年は長期の雨のせいで不作でした。それでも平家の里に植えられた紅葉はみごとな紅葉をみせてくれ、美しさに心が洗われました。さらに帰りに通った那須のもみじライン(日光塩原有料道路)では、峠を越えて塩原側に入ってからの紅葉が素晴らしく、あざやかな赤と黄色のグラデーションを満喫しました。

  仕事では、広島には月に一度、福岡、高松、静岡、金沢、岐阜と様々なところに出張しましたが、そのついでの寄った場所では、瀬戸内海の直島が素晴らしいところでした。直島は、安藤忠雄さんがそのコンセプトを担った美術の島でした。ベネッセミュージアムを中心に地中美術館やリュウハン美術館などがあり、町全体がアートにあふれています。実は町役場も穴場で、知る人ぞ知る石川和紘氏の設計によるモダンでレトロな建物なのです。直島に渡ったのは朝早かったのですが、美術館の開館が10:00だったので、宮浦港から地中美術館までゆっくりと歩いて、海の景色を満喫しました。その素晴らしい景色とモネをはじめとした美術館のすばらしさは一生の思い出です。

  他にも福岡出張の時に見学した古伊万里の里や岐阜に行ったときに見た関ケ原の合戦の古戦場や首塚など、日本のマイ所を味わうことができました。

【そして、令和元年の締めくくりは】

  さて、人生楽しみな話として、音楽話を外すわけにはいきません。

  年末と言えば、何といっても忘れてならないのは第九です。12月には日本中で数え切れないほどの第九が演奏されます。実を言うと、クラシックコンサートに目がない私ですが、ベートーベンの交響曲第九番は生まれてこの方、まだ生演奏で聞いたことがなかったのです。特に理由はないのですが、亡き父がクラィックの大ファンで我が家では物心ついた時から家でクラシックがなっていました。そして、第九と言えば、かのフルトヴェングラー指揮のバイロイト祝祭楽団の演奏が流れていたのです。

  この第九は、通常の第九の演奏時間が65分前後と言われる中で、74分の重厚長大な音楽世界なのです。フルヴェンの第九はデモーニッシュと言われますが、その人間の精神性を究極まで高めて表現する第九は確かに感動します。その後、いろいろな第九を聴いて、今ではピエール・モントゥーの第九が一番好きなのですが、海外のオーケストラの作品ばかりを聴いていたので、日本のオーケストラが演奏する第九を聴くのがつい億劫になってしまいます。

  第九のコンサートは、できればウィーンやベルリン、ザルツブルグに行って地元のオーケストラで聞きたい。いつも間にかそんなロマンを胸に秘めていたのです。ところが、ヨーロッパに行って有名オーケストラの第九を聴くには驚くほどの金額を出す必要があるのです。チケットはネットで取ればなんとかなるのですが、日本と違い、ヨーロッパでバートーベンの第九は特別な時にしか演奏されません。そして、特別な時には往復の航空代金やホテル代が高額なのです。

  ここ2年程、その夢を胸に年末に第九を聴くことができるツアーを探したのですが、どれも法外な旅行代が組まれています。周囲に相談すると、周到に計画してチケットを予約し、その日に合わせて旅を計画することが必要で今年は無理との話になりました。

  長年の夢であった生で聞く第九。今年は何とか国内で聞きたいと本気になりました。12月に日本で第九を聴くのは簡単です。しかし、これまで永年第九の生演奏を我慢してきた身としては、いつでも聞くことができるオーケストラを聴きに行くことにためらいがあります。そこで、ネットを使い12月に来日するヨーロッパのオーケストラで第九の公演を検索しました。すると、ウクライナ国立歌劇場管弦楽団のコンサートを見つけたのです。

  ウクライナと言えば、近年ロシアのプーチン大統領とクリミヤの領土権について紛争中の国です。そのオーケストラの歴史を調べてみると、その歴史はそうそうたるもので、かのチャイコフスキーが指揮したのみならず、ラフマニノフやショスターコービッチも指揮したこともある伝統ある管弦楽団だったのです。これは危機に行く価値が十分にあると思い、さっそくチケットを手に入れました。

【年末はやっぱり第九が似合います】

  12月27日19:00。上野の東京文化会館大ホールは満員の聴衆で満たされていました。今回は、早い時期にチケットを手配したので座席は6列目真ん中の通路脇と言う絶好の席でした。目の前には、チェロ奏者が座る椅子。その左には、今回の指揮者ミコラ・ジャジューラ氏の指揮台が見えています。場内の照明が落ちてくると、劇場の右側からオーケストラの満々が登場します。最初の演目は「白鳥の湖」。このオーケストラの地元チャイコフスキーです。

  あの誰でもが知る旋律が会場に響き始めます。コンサートマスターは、30代にも見える美しい女性ですが、そのヴァイオリンから流れ出る音色は美しく、これまでにない繊細で力強い響きが会場中を魅了していきます。指揮者もロマンあふれる指揮ぶりで、ロシアのオーケストラの伝統の音色はかくも美しいのかと感動します。

  その音色に聞きほれている間に「白鳥の湖」は幕を閉じ、会場は休憩時間となります。

  そして、いよいよ第九がはじまります。会場に入ってきたのはまず40人を超える合唱団の面々です。



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令和初めの年越しは第九ライブ

こんばんは。

  皆さんにとって今年はどんな年でしたか?

  今年の漢字は「令」。今年は令和初めの年でした。天皇陛下が新たに即位され、日本の新たな歴史が元号とともにスタートしました。なんといっても盛り上がったのは、日本で開催されたラグビーワールドカップです4年前、イギリスで開催された大会で、日本は当時世界ランク3位の南アフリカ代表を逆転で破り「奇跡」と言われました。

  当時、日本代表を率いていたエディー・ジョーンズヘッドコーチは、この勝利の瞬間、「歴史は変わった」と語りました。プールBでは、南アフリカ戦の勝利に続いて強豪サモアも下した日本は、アメリカも撃破してなんと3勝を挙げる快挙をなし遂げたのです。ところが、3勝1敗の日本はなぜか予選リーグで敗退してしまったのです。ラグビーでは、勝ち点のカウントが独特であり、負けても4トライ以上を挙げるか、もしくは7点差以内であれば勝ち点1が加わるのです。この大会で日本は3勝を挙げたにもかかわらず、勝ち点差で3位となり、決勝進出を逃したのです。

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(日本代表ベスト8! spread-sports.jp)

  この悔しさを胸にラグビー日本代表はすべてをラグビーにささげて4年間を過ごしてきたのです。そして今年、日本で開催されたワールドカップ。日本代表は予選を全勝で勝ち抜いてみごとベスト8にコマを進めたのでした。対ロシア戦30対10、対アイルランド戦19対12、対サモア戦38対19、対スコットランド戦28対21。試合は、スクラムで打ち勝ち、ジャッカルでボールを奪い、オフロードパスで逆転のトライを奪うという、まさにワンチームで勝利した戦いでした。

  やはり今年のニュースNO.1は、ラグビー日本代表のベスト8への闘いでした。

【令和最初の1年は?】

  さて、個人的に今年はとても充実した1年でした。海外旅行はお休みしましたが、国内では様々な景色を味わいました。4月には、桜が満開の青森の弘前城と秋田の角館を楽しみました。生憎天気は雨で気温が10度前後と寒かったのですが、弘前城では人がまばらで、地元のボランティアの方の案内で2時間も弘前城内を案内してもらうことができました。満開の桜の間にハートが見えるインスタ名所があり、さすがにそこだけが写真待ちだったのが印象的でした。ただし、ボランティアのおじさんは「個人的にはここは案内したくない場所なんだけれど、ここに案内しないと怒られるんだよね。」と伝統とインスタの葛藤を間近に見て不謹慎ながら笑ってしまいました。

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(弘前城内 ハート桜 インスタ名所)

  5月にはブログにも書いた伊豆のジオパークめぐり。7月には立山アルペンルートを長野側から入って富山に抜け、黒部ダムの絶景を満喫。宇奈月温泉からトロッコ電車に乗って欅平の渓谷散策も味わいました。

  11月には、久しぶりに栃木県の奥日光から日光、さらに平家の落人で知られる湯西川温泉に行ってきました。例年、湯西川は360度、山が黄色く紅葉して絶景のパノラマを見ることができるのですが、残念ながら今年は長期の雨のせいで不作でした。それでも平家の里に植えられたもみじはみごとな紅葉をみせてくれ、美しさに心が洗われました。さらに帰りに通った那須のもみじライン(日光塩原有料道路)では、峠を越えて塩原側に入ってからの紅葉が素晴らしく、あざやかな赤と黄色のグラデーションを満喫しました。

  仕事では、広島には月に一度、その他では福岡、高松、静岡、金沢、岐阜と様々なところに出張しましたが、そのついでの寄った場所では、瀬戸内海の直島が素晴らしいところでした。直島は、安藤忠雄さんがそのコンセプトを担った美術の島です。ベネッセミュージアムを中心に地中美術館やリュウハン美術館などがあり、町全体がアートにあふれています。実は町役場も穴場で、知る人ぞ知る石川和紘氏の設計によるモダンでレトロな建物なのです。直島に渡ったのは朝早かったのですが、美術館の開館が10:00だったので、宮浦港から地中美術館までゆっくりと歩いて、海の景色を満喫しました。その素晴らしい景色とモネをはじめとした美術館のすばらしさは一生の思い出です。

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(直島 地中美術館までの道からの風景)

  他にも福岡出張の時に見学した古伊万里の里や岐阜に行ったときに見た関ケ原の合戦の古戦場や首塚など、日本の名所を味わうことができました。

【そして、令和元年の締めくくりは】

  さて、人生楽しみな話として、音楽話を外すわけにはいきません。

  年末と言えば、何といっても忘れてならないのは第九です。12月には日本中で数え切れないほどの第九が演奏されます。実を言うと、クラシックコンサートに目がない私ですが、ベートーベンの交響曲第九番は生まれてこの方、まだ生演奏で聞いたことがなかったのです。特に理由はないのですが、亡き父がクラシックの大ファンで我が家では物心ついた時から家でクラシックが鳴っていました。そして、第九と言えば、かのフルトヴェングラー指揮のバイロイト祝祭楽団の演奏がいつも流れていたのです。

  この第九は、通常の第九の演奏時間が65分前後と言われる中で、74分の重厚長大な音楽世界なのです。フルヴェンの第九はデモーニッシュと言われますが、その人間の精神性を究極まで高めて表現する第九は確かに感動します。その後、いろいろな第九を聴いて、今ではピエール・モントゥーの第九が一番好きなのですが、海外のオーケストラの作品ばかりを聴いていたので、日本のオーケストラが演奏する第九を聴くのがつい億劫になってしまいます。

  第九のコンサートは、できればウィーンやベルリン、ザルツブルグに行って地元のオーケストラで聞きたい。いつの間にかそんなロマンを胸に秘めていたのです。ところが、ヨーロッパに行って有名オーケストラの第九を聴くには驚くほどの費用を用意する必要があるのです。チケットはネットで取ればなんとかなるのですが、日本と違い、ヨーロッパでベートーベンの第九は特別な時にしか演奏されません。そして、特別な時には往復の航空代金やホテル代が高額なのです。

  ここ2年程、その夢を胸に年末に第九を聴くことができるツアーを探したのですが、どれも法外な旅行代が組まれています。家族に相談すると、周到に計画してチケットを予約し、その日に合わせて旅を計画することが必要で今年は無理との話になりました。

  長年の夢であった生で聞く第九。今年は何としても生で聞きたいと本気になりました。12月に日本で第九を聴くのは簡単です。しかし、これまで永年第九の生演奏を我慢してきた身としては、いつでも聞くことができるオーケストラを聴きに行くことにためらいがあります。そこで、ネットを使い12月に来日するヨーロッパのオーケストラで第九の公演を検索しました。すると、ウクライナ国立歌劇場管弦楽団のコンサートが見つかったのです。

  ウクライナと言えば、近年ロシアのプーチン大統領とクリミヤの領土権について紛争中の国です。オーケストラの歴史を調べてみると、その歴史はそうそうたるもので、かのチャイコフスキーが指揮したのみならず、ラフマニノフやショスターコービッチも指揮したこともある伝統ある管弦楽団だったのです。これは聞きに行く価値が十分にあると思い、さっそくチケットを手に入れました。

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(ウクライナ国立歌劇場フィル第九 ポスター)

【年末はやっぱり第九が似合います】

  12月27日19:00。上野の東京文化会館大ホールは満員の聴衆で満たされていました。今回は、早い時期にチケットを手配したので座席は6列目真ん中の通路脇という絶好の席でした。目の前には、チェロ奏者が座る椅子。その左には、今回の指揮者ミコラ・ジャジューラ氏の指揮台が見えています。場内の照明が落ちてくると、劇場の右側からオーケストラの面々が登場します。最初の演目は「白鳥の湖」。このオーケストラの地元であるチャイコフスキーの名曲です。

  あの誰もが知る旋律が会場に響き始めます。コンサートマスターは、30代にも見える美しい女性ですが、そのヴァイオリンから流れ出る音色は美しく、これまでにない繊細で力強い響きが会場中を魅了していきます。指揮者もロマンあふれる指揮ぶりで、ロシアのオーケストラの伝統の音色はかくも美しいのかと感動します。

  その音色に聞きほれている間に組曲「白鳥の湖」は幕を閉じ、会場は休憩時間となります。

  そして、いよいよ第九がはじまります。会場に入ってきたのは、まず40人を超える合唱団の面々です。合唱は、日本の名門と言ってもよい晋友会合唱団です。合唱の指揮は清水敬一氏。期待に胸が膨らみます。その人数に驚いていると、管弦楽団のメンバーが拍手とともに入場してきます。そして、美貌のコンサートマスターの弓からチューニングがはじまり、その音が静まるといよいよ指揮者の登場です。

  弦とホルンの長い響きが流れ徐々に輻輳していくと、力強いアクセントで第1主題が響き渡ります。これぞ第九。感動に胸が打ち震えます。第1ヴァイオリンの引き締まった美しい音色は管弦楽の流れの中に溶け込んで、一段となった戦慄が、我々の心に響き渡ります。やはり、そのテンポは現代風の速さを保っています。早いながらもしっかりとしたコントラバスの音色に重く響き渡る木簡の音が重なっていきます。

  第1楽章は第1旋律の力強い響きと美しい第二旋律がまくるめくような変奏を繰り返しで終わります。そして、ティンパニィが軽快で印象的なリズムを刻む第2楽章がはじまります。ベートーベンは、リズムが大好きで現代で言えばドラムに当たるティンパニィを多用することで知られています。交響曲第7番は、クラシック界のロックンロールと言われるように、この第2楽章のリズムは本当に魅惑的です。そして、このオーケストラが醸し出す、その旋律とリズムは我々聴衆を第九の世界に引き込んで行きます。

  これまで数え切れないほど第九を聴いてきましたが、これほどみごとな第2楽章を聴いたことがありません。あまりの感動に思わず胸が熱くなりました。

  感動の激しいリズムが終わると、美しい調べに体が流れていくように優美な第3楽章がはじまります。第2楽章の早いスケルツォと第3楽章の緩やかなロンド、まさに計算されつくしたベートーベンの芸術世界に引き込まれていきます。美しい旋律とその変奏は我々を夢の中へと連れていってくれます。そこは、喜びに満ちた平和な世界のようです。

  癒しの旋律が終了し、息を整えた指揮者は一瞬のスキをついて腕を天に振り上げます。

  人類の歓喜を歌い上げる「歓喜の歌」の幕が切って落とされました。第3楽章が始まる前に登場したソリスト4人が大合唱団の前に座っています。第九をライブで聞いて初めて分かったのですが、ベートーベンは「歓喜の歌」の旋律をオーケストラで奏でるときに、感動的な重奏を語らせていました。はじめにコントラバスとチェロで奏でられる歓喜の旋律は、そこにビオラが重なることで重厚に響きます。さらに、木管と金管がそこに旋律を重ねていくことによって旋律は幾重にも重なっていきます。最後に加わるヴァイオリン。ここで、折り重なった旋律は絹のようなしなやかさを身にまとわせ、歓喜が完成するのです。

  そして、オーケストラが主題に戻った刹那、いきなりバスのソロが会場に響き渡ります。「おお友よ、この調べではない。」ここからはじまる、ソリストが奏でる歓喜の声と大合唱はまさに「自由と勇気こそが我々に喜びを生み出すのだ」というシラーとベートーベンの想いを我々に届けるのです。オーケストラが4重の弦と幾重にも重なる木管と金管の調べで変奏を醸し出せば、そこに連なる合唱が「生きる」ことの歓喜を謳いあげます。

 その大円団は、ベートーベンが伝えたかった数十人による歌声が響き渡って完結します。

 第九の感動は、100人を超えようかという人々が心の限り奏でる歌声と旋律によって永遠の詩(うた)として我々の心に生き続けることになるのです。今年の年末は、ウクライナの第九で幸福な想いで終わることができそうです。

 年末の第九は本当に格別です。皆さんも、心豊かによいお年をお迎えください。

 それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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