550回を迎えてますます感謝です!

こんばんは。

  先日、500回のご挨拶をしたばかりですが、皆々様のおかげで「日々雑記」も550回を迎えました。

  こうして毎回、新たな気持ちでブログが続けられるのも、いつもご訪問していただく皆様のおかげです。回を重ねるごとに、皆さんのご訪問に改めて感謝する今日この頃です。

  本当に、いつもありがとうございます。

  この50回を振り返ると、最近の「日々雑記」は日記の登場が多くなり、相対的に本の紹介が減っているというのが印象です。自分で記事を書いていて言うのもなんですが、この50回で「日記」として書いた記事は15回を数えます。それは、「人生楽しみ」の時間の塩梅(あんばい)が思ったようにいかないことの証左ですね。

  というのも、最近人生の楽しみが増えたせいもあり、なかなか時間の配分がうまくいきません。本を読むことは今でも一番の楽しみなのですが、昨年はそれに加えて見に行きたい美術展が目白押し。さらに連れ合いと二人の旅行も行きたい場所だらけ。大好きな音楽ライブやコンサートもネタが尽きません。そのせいで、あおりをうけているのは映画です。今年は、映画を見る機会が減りました。特に、シアター系の映画はこちらから情報を得て上映館を探して見に行く必要があり、どうしても機会が減ってしまします。

【テナーサックス奮闘記】

  さらに還暦を機に新たな取り組みに手を染めたいと考えて、テナーサックスを習い始めました。学生時代にはギターをたしなんでいて、しろうとバンドで楽しんでいたのですが、あくまで遊びで、五線譜や音符とは無縁でした。その意味で、新たな楽器を演奏することはまさにチャレンジです。

  なぜ、テナーサックスがと言えば理由は簡単です。私の最も好きなアーティストがマイケル・ブレッカーだからです。テナーサックスは最も人間の声に近い音を奏でる楽器、と言われていますが、はじめてレッスンでドミソを吹いた時、その音色のすばらしさに心から感動しました。この話を始めると、またいくら紙面があっても足らなくなるのでほどほどにしますが、習い始めて4か月でヤマハのYTS-82Zを手に入れたときには、その体全体に響き渡る低音に、大袈裟なようですが「生きていてよかった。」と心が震えました。

  テナーサックスは、ピアノやギターなどのハ調(C)を基本にした楽器と異なり、ロ調(B♭)で作られた楽器なので、移調楽器と呼ばれます。そのため、ジャズなどでは半音階が多用されてすべての指を瞬時に動かす必要が生じ、フラットとシャープに翻弄されます。ピアノの黒鍵でおなじみですが、音階は全音と半音で成り立ちます。例えば、ドの上はレですが、その間にド♯の音が入り込むわけです。そこで、楽譜を読むときに恐ろしいことが起きます。それは、ドの半音階上の音は、レの半音階下の音と同じ音であるという当たり前のことです。

  つまり、ド♯とレ♭は、表記は異なるにもかかわらず音符では同じに書かれ、鳴らす音も(当たり前ですが、)同じなのです。楽譜が読める方には「だから何なんだ。」としかられそうなのですが、楽譜が読めない人間は、サックスを吹くときに音符の下にカタカナで音を表記し、それを見て曲の練習を行います。すると曲が変調するとド♯と書かれていた音符表記が、レ♭に変わるのです。

  サックスを抑える指使いは、ド♯もレ♭も同じであり鳴らす音も同じなのですが、人の生業からして表記が変われば指使いも変わるのが当たり前、と脳は理解しています。ドとレだけならば、まだ脳みそもうまく対応してくれますが、この現象は、ミにもファにもソもラにもシにも生じる現象なのです。今取り組んでいる課題曲は、「煙が目にしみる」と「いつか王子様が」なのですが、前者ではソ♭と表記されている音が、後者ではファ♯と表記されているのです。

  曲が変わると「アレッ」と考えてしまい、息が止まります。

  そのたびに先生はニヤニヤして、「難しいですよね。」と言ってはくれますが、その目は明らかに「これが普通に吹けないと曲は吹けません。」と語っています。バンドでテナーサックスを吹いていた友人にそのことを話すと、「確かにサックスを吹くと、なんでこんなに♯と♭ばっかり出てくるんだ、と嫌になるね。」となぐさめてくれますが、♯や♭と仲良くなるまでには、もう少し時間が必要なようです。

500回以降のベスト10は?】

  さて、話を戻すと、最も大きな悩みはどうやって時間をやりくりするかです。突発的な出来事に対応するのであれば、寝る時間を減らすとか、食事を抜くとか、やりくりがきくのですが、日常的なことなので、なかなか妙案が浮かびません。あまつさえ、エリック・アレキサンダーやダイアナ・クラール、キング・クリムゾン、プラハ管弦楽団、樫本大進などが来日すると最優先でチケットを確保するわけですから、ますます時間は無くなります。

  という具合で、なかなか1週間に2度ブログを更新するのが難しい状況が続いているのです。早く仕事をリタイヤして「人生楽しみ」に専念したいのですが、とかくこの世は住みにくい。しばらくサックスは仕事がお休みの日に通うしかありません。週休4日の暮らしをしてみたいものです。

  550回記念が嘆きのブログで申し訳ありません。気を取り直して、550回のまとめに入りたいと思います。読書の方は、もともとが本屋巡りとセットとなった楽しみですので、読む本はアドリブ的に多様なジャンルの本となります。今年も、野球、映画、音楽と面白い本もありましたが、こうした分野の本は趣味が偏りがちです。

  読んだ本のすすめベスト10を語ろうとすると、どうしてもスポーツ本、音楽本は圏外となってしまいます。今年も同様となりますが、前置きはこのくらいにして本題に戻りましょう。(いつものように「題名」をクリックするとブログにリンクします。)

10位 「下山事件完全版-最後の証言」(柴田哲孝著 祥伝社文庫 2007年)

  ノンフィクション分野は、これまでにも沢木幸太郎さんや佐野眞一さんなど素晴らしいライターの本をご紹介してきましたが、この本もまたノンフィクションのワンダーを我々に教えてくれる面白い一冊です。下山事件といえば、GHQ占領下の19467月、東京で起きた国鉄総裁下山定則の拉致殺害事件です。この事件は犯人を特定することができず、迷宮入りとなったのですが、そこにまつわる戦後を彩った様々な人間模様から何者かの指示により暗殺されたとの憶測がまことしやかに流され続けてきました。

著者はノンフィクションライターですが、実はこの事件の実行犯の一人として疑いがあった人物の孫だったのです。自らの祖父は犯人だったのか。幼いころの祖父の印象は、殺人者からは程遠いものでした。この本は、自らの出生から端を発した迫真のルポルタージュです。ぜひお読みください。

9位 「モダン」(原田マハ著 文春文庫 2018年)

  原田マハさんの美術小説は、すべて傑作ぞろいです。この作品は、マハさんの美術の原点といってもよいニューヨーク近代美術館を舞台に繰り広げられる物語です。マハさんの絵画にまつわる物語は、その絵画にかかわる人間ドラマが描かれて感動的なのですが、ここに収められた5編の主人公たちもみな美術館と美術を愛する人々です。ぜひさわやかな読後を味わってください。

8位 「須賀敦子の旅路」(大竹昭子著 文春文庫 2018年)

  この本は、2つの物語が同時に並行して進む小説のような趣を持っています。それは、美しく流れる文章で我々を読むたびに魅了してくれる須賀敦子さんの描く世界とその須賀さんが描いた世界を自らの足でたどっていく大竹昭子さんの気持ちが寄り添うように描かれていくからです。大竹さんの文章は須賀さんの言葉に呼応するように記されており、その想いが重なるようで心を動かされます。

7位 「生死(しょうじ)の覚悟」

   (高村薫 南直哉著 新潮社新書 2019年) 

  現代の日本では、立ち止まって自らを考えることがとても少ないのではないでしょうか。本来、人と人が共鳴するのは、互いが自らのことを認識し、自らの情報を確認し、その情報を分かち合うことからはじまるからです。SNSが本来の共鳴と異なるのは、分かち合うことをしないことが大きな要因なのではないでしょうか。分かち合うとは相互作用ですが、SNSは自己満足の連続が場を支配していく世界です。

  この対談は、文学や宗教を通じて自らの異質さを認識してきたお二人が、その認識を相互に確認し合うことで対話の価値を高めていきます。この本の中には、間違いなく現代社会が失いつつある共鳴が鳴り響いており、我々に今を考えさせてくれます。良書でした。

6位 「日本問答」(田中優子 松岡正剛著 岩波新書 2017年)

  皆さんは、「日本」が何からできているのか、考えたことがありますか。この本は、「日本」を様々な視点から考え続けてきた知のマイスターお二人が、日本を徹底的に問答する対談です。最高の対談は、ネットサーフィンのように関連する話題が次々に繋がっていき、広がると同時にテーマの掘り下げがどんどん深まっていく会話が連なります。お二人の対談はまさにそれで、ボーッと読んでいると、チコちゃんに叱られること間違いなしです。ぜひ、お楽しみください。

5位 「ドナルド・キーン自伝-増補新版」(ドナルド・キーン著 角地幸男訳 中公文庫 20193月)

  「碧い目の日本人」というと、キーンさんは私の目は碧くないよ、と返されるに違いありません。いったい日本とは何なのか。「源氏物語」に魅せられて、1953年から65年にわたってにほんをあいしつづけてくれたキーンさん。その愛情が、この本にギッシリとつまっています。軽妙な語り口、時に見せるウィットとアイロニーは、我々日本人も見習いたいニューヨーカーです。これほど日本に魅せられた人物は、日本人にも稀有なのではないでしょうか。今、テレビのコメンテイターは、日本語を話す外国人で連日盛り上がっていますが、その草分けがキーンさんだと思うと感慨もひとしおです。

4位 「呉越春秋 湖底の城 八」(宮城谷昌光著 講談社文庫 2018年)

  文庫好きの宮城谷ファンに昨年は嬉しい年でした。この50回のなかでも久しぶりに秦による中華統一後を描いた小説が文庫となり、また、呉越春秋も伍子胥編の後を受けて始まった范蠡編、第7巻。さらにその続編である第8巻と宮城谷ワールドを満喫しました。宮城谷さんの小説は、どれを読んでも面白いのですが、今回はいよいよ范蠡がその才能を発揮しはじめる第8巻としました。こうして振り返ってみると、小説「劉邦」と「呉越春秋」には不思議な共通点があります。それは、主人公の背景に250年の時を超えて大きな「楚」の国が横たわっているということです。紀元前450年を描いた呉越でいえば、呉の宰相として越を迎え撃つ伍子胥は、もともと「楚」の宰相の息子でした。そのライバルである越の宰相范蠡は「楚」の賈(商人)の出身なのです。「劉邦」で描かれた項羽は、言わずと知れた「楚王」の子孫で新への復讐のために立ち上がったのです。皆さんもこうした観点で、宮城谷さんの本を読むと、一味違った楽しみが湧き出てくるのではないでしょうか。

3位 「オリジン」(ダン・ブラウン著 越前敏弥訳 上中下巻 2019年)

  ダン・ブラウン氏の作品は前作「インフェルノ」がとても面白く、また映画化された作品もフィレンツェ、ヴェネチア、イスタンブールとその世界遺産そのものの映像も含めてエンターテイメントとして一流の作品でした。まさか、それを超える面白さの作品が登場しようとは思いませんでした。今回ラングドン教授が活躍する舞台は、あこがれのスペインです。そこには、ダン・ブラウン氏らしく、最新のスペイン近代美術館から世界遺産のガウディまで、スペインの名所が次々に登場します。さらにテーマが「神はいるのか」ですから、その小説がつまらないはずはありません。これまで、イタリア以外を描いた小説は映画化されていませんが、スペインを舞台としたこの小説は映画化されるでしょうか。ぜひ、映画化を期待したいものです。

2位 「007 逆襲のトリガー」(アンソニー・ホロビッツ著 駒月雅子訳 角川文庫 2019年)

  これまで、海外小説がベスト32冊も入ることはありませんでしたが、やっぱり007の魅力には偉大なものがあります。確かに1960年代が舞台の小説を第2位とするのは単なるノスタルジーなのでは、との疑問もごもっともです。しかし、エンターテイイメントとスパイ小説が合体するときに007の力は絶大でした。この小説は舞台から言っても年代から言っても映画化されたときには、ショーン・コネリーしか演ずることができないと思います。それほど、当時の007小説に男のロマンがやどっていたといってもいいと思います。ここに登場する007は、女性から見てもアイドルではないでしょうか。皆さん、だまされたと思って一度この小説を手に取ってください。第2位の理由に納得すると思います。

1位 「蜜蜂と遠雷」(恩田陸著 幻冬舎文庫上下巻 2019年)

  今回のダントツ第1位はこの小説です。その分厚さも第1位なのですが、読み始めてから読み終わるまでの時間は最も短いに違いありません。それほど、恩田さんのプロット、キャラクター、舞台設定が素晴らしく、読み始めれば一気に最後まで読み続けてしまうのです。この小説は、ある年のピアノコンクールの模様を4人のコンテスタントの人生と重ねて描いていくのですが、その4人のコンテスタントの造形が見事です。スポーツものならいざ知らず、普通、芸術系のコンクールは羨望と嫉妬と中傷のるつぼとなることが想像されます。しかし、恩田さんの世界は違います。なぜならば、ここに登場する4人は皆、音楽の神様に祝福されており、世俗と人知を超えてピアノを弾いているからです。そうはいっても、この4人にはヒエラルキーがあります。

  音楽の神から最も祝福されているのは、風間塵。ピアノという楽器の落とし子のような塵は、自らの中にあふれる、風のような音をそのままピアノの音として鳴らしてしまうのです。そのあまりの才能に、聴く側は驚いてしまい、この才能を持て余してしまうのです。しかし、他の3人は音楽の神に近い塵を同じ演奏家として受け入れていきます。塵は第3位となります。

  風間塵の次に神に近いのは、天からいくつもの贈り物をあたえられているようなマサル・カルロス・レヴィ・アナトールです。マサルは、現代のピアニストが演奏に特化してしまったことに疑問を持っており、作曲家としても一流のピアニストをめざす青年です。幼馴染の亜夜との再会と一流の恩師の教えを受けて彼は、人知の及ぶ最高の音を奏でて、みごとコンクールに優勝します。

  そして、マサルと紙一重のところで我々に近いのは、唯一の女性主人公、栄伝亜夜です。彼女は幼い時からピアニストとしての技量に恵まれていましたが、その心の糧であった母親を失って、演奏することの意味を見失ってしまいます。亜夜は、このコンクールで自らの原点を探ろうとしてコンクールに参加します。彼女が、3人のピアニストの狭間で自らを取り戻し、コンクールに挑む姿はこの小説のハイライトのひとつです。順位は、第2位です。

  もう一人の主人公、高島明石は楽器店の従業員でありながらピアニストでもあり、自らの夢をつらぬこうと「生活者のピアノ」を掲げて、コンクールに挑戦しています。このコンクールではオリジナル曲として作曲家、菱沼忠明の作品「春と修羅」を演奏することが二次予選の課題曲となっています。高島は、宮沢賢治の詩を深く解釈して楽譜を自らの音楽として展開します。そして、コンクールでこの曲のために設定された賞、菱沼賞を受賞します。

  この4人の造形は見事です。ところで、実は今ここに書いたコンクールの順位や個人賞は、小説では語られていません。小説の終了後、結果は記事として子掲載されているだけなのです。この小説のすごさは、音楽の神様と我々人間のせめぎ合いを全編で示すことによって、結果に対しての興味を感じさせないところにあります。我々読者は、恩田さんの仕掛けと筆の力によって、4人の人生に引き込まれ、結果は二の次になるのです。小説が終わった後に「ああ、そうだったのか。」とホッとするところが、この小説のすばらしさといってもよいと思います。

  ぜひ、この素晴らしい小説を楽しんでください。


  それでは、これからも「日々雑記」をよろしくお願いいたします。皆さんどうぞお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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550回を迎えてますます感謝です!

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  先日、500回のご挨拶をしたばかりですが、皆々様のおかげで「日々雑記」も550回を迎えました。

  こうして毎回、新たな気持ちでブログが続けられるのも、いつもご訪問していただく皆様のおかげです。回を重ねるごとに、皆さんのご訪問に改めて感謝する今日この頃です。

  本当に、いつもありがとうございます。

  この50回を振り返ると、最近の「日々雑記」は日記の登場が多くなり、相対的に本の紹介が減っているというのが印象です。自分で記事を書いていて言うのもなんですが、この50回で「日記」として書いた記事は15回を数えます。それは、「人生楽しみ」の時間の塩梅(あんばい)が思ったようにいかないことの証左ですね。

  というのも、最近人生の楽しみが増えたせいもあり、なかなか時間の配分がうまくいきません。本を読むことは今でも一番の楽しみなのですが、昨年はそれに加えて見に行きたい美術展が目白押し。さらに連れ合いと二人の旅行も行きたい場所だらけ。大好きな音楽ライブやコンサートもネタが尽きません。そのせいで、あおりをうけているのは映画です。今年は、映画を見る機会が減りました。特に、シアター系の映画はこちらから情報を得て上映館を探して見に行く必要があり、どうしても機会が減ってしまします。

【テナーサックス奮闘記】

  さらに還暦を機に新たな取り組みに手を染めたいと考えて、テナーサックスを習い始めました。学生時代にはギターをたしなんでいて、しろうとバンドで楽しんでいたのですが、あくまで遊びで、五線譜や音符とは無縁でした。その意味で、新たな楽器を演奏することはまさにチャレンジです。

  なぜ、テナーサックスがと言えば理由は簡単です。私の最も好きなアーティストがマイケル・ブレッカーだからです。テナーサックスは最も人間の声に近い音を奏でる楽器、と言われていますが、はじめてレッスンでドミソを吹いた時、その音色のすばらしさに心から感動しました。この話を始めると、またいくら紙面があっても足らなくなるのでほどほどにしますが、習い始めて4か月でヤマハのYTS-82Zを手に入れたときには、その体全体に響き渡る低音に、大袈裟なようですが「生きていてよかった。」と心が震えました。

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(マイケル・ブレッカー LIVE  amazon.co.jp)

  テナーサックスは、ピアノやギターなどのハ調(C)を基本にした楽器と異なり、ロ調(B♭)で作られた楽器なので、移調楽器と呼ばれます。そのため、ジャズなどでは半音階が多用されてすべての指を瞬時に動かす必要が生じ、フラットとシャープに翻弄されます。ピアノの黒鍵でおなじみですが、音階は全音と半音で成り立ちます。例えば、ドの上はレですが、その間にド♯の音が入り込むわけです。そこで、楽譜を読むときに恐ろしいことが起きます。それは、ドの半音階上の音は、レの半音階下の音と同じ音であるという当たり前のことです。

  つまり、ド♯とレ♭は、表記は異なるにもかかわらず音符では同じに書かれ、鳴らす音も(当たり前ですが、)同じなのです。楽譜が読める方には「だから何なんだ。」としかられそうなのですが、楽譜が読めない人間は、サックスを吹くときに音符の下にカタカナで音を表記し、それを見て曲の練習を行います。すると曲が変調するとド♯と書かれていた音符表記が、レ♭に変わるのです。

  サックスを抑える指使いは、ド♯もレ♭も同じであり鳴らす音も同じなのですが、人の生業からして表記が変われば指使いも変わるのが当たり前、と脳は理解しています。ドとレだけならば、まだ脳みそもうまく対応してくれますが、この現象は、ミにもファにもソもラにもシにも生じる現象なのです。今取り組んでいる課題曲は、「煙が目にしみる」と「いつか王子様が」なのですが、前者ではソ♭と表記されている音が、後者ではファ♯と表記されているのです。

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(低音器 YAMAHA YTS-82Z)

  曲が変わると「アレッ」と考えてしまい、息が止まります。

  そのたびに先生はニヤニヤして、「難しいですよね。」と言ってはくれますが、その目は明らかに「これが普通に吹けないと曲は吹けません。」と語っています。バンドでテナーサックスを吹いていた友人にそのことを話すと、「確かにサックスを吹くと、なんでこんなに♯と♭ばっかり出てくるんだ、と嫌になるね。」となぐさめてくれますが、♯や♭と仲良くなるまでには、もう少し時間が必要なようです。

500回以降のベスト10は?】

  さて、話を戻すと、最も大きな悩みはどうやって時間をやりくりするかです。突発的な出来事に対応するのであれば、寝る時間を減らすとか、食事を抜くとか、やりくりがきくのですが、日常的なことなので、なかなか妙案が浮かびません。あまつさえ、エリック・アレキサンダーやダイアナ・クラール、キング・クリムゾン、プラハ管弦楽団、樫本大進などが来日すると最優先でチケットを確保するわけですから、ますます時間は無くなります。

  という具合で、なかなか1週間に2度ブログを更新するのが難しい状況が続いているのです。早く仕事をリタイヤして「人生楽しみ」に専念したいのですが、とかくこの世は住みにくい。しばらくサックスは仕事がお休みの日に通うしかありません。週休4日の暮らしをしてみたいものです。

  550回記念が嘆きのブログで申し訳ありません。気を取り直して、550回のまとめに入りたいと思います。読書の方は、もともとが本屋巡りとセットとなった楽しみですので、読む本はアドリブ的に多様なジャンルの本となります。今年も、野球、映画、音楽と面白い本もありましたが、こうした分野の本は趣味が偏りがちです。

  読んだ本のすすめベスト10を語ろうとすると、どうしてもスポーツ本、音楽本は圏外となってしまいます。今年も同様となりますが、前置きはこのくらいにして本題に戻りましょう。(いつものように「題名」をクリックするとブログにリンクします。)

10位 「下山事件完全版-最後の証言」(柴田哲孝著 祥伝社文庫 2007年)

  ノンフィクション分野は、これまでにも沢木耕太郎さんや佐野眞一さんなど素晴らしいライターの本をご紹介してきましたが、この本もまたノンフィクションのワンダーを我々に教えてくれる面白い一冊です。下山事件といえば、GHQ占領下の19467月、東京で起きた国鉄総裁下山定則の拉致殺害事件です。この事件は犯人を特定することができず、迷宮入りとなったのですが、そこにまつわる戦後を彩った様々な人間模様から何者かの指示により暗殺されたとの憶測がまことしやかに流され続けてきました。

       著者はノンフィクションライターですが、実はこの事件の実行犯の一人として疑いがあった人物の孫だったのです。自らの祖父は犯人だったのか。幼いころの祖父の印象は、殺人者からは程遠いものでした。この本は、自らの出生から端を発した迫真のルポルタージュです。ぜひお読みください。

9位 「モダン」(原田マハ著 文春文庫 2018年)

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(原田マハ「モダン」amazon.co.jp)

  原田マハさんの美術小説は、すべて傑作ぞろいです。この作品は、マハさんの美術の原点といってもよいニューヨーク近代美術館を舞台に繰り広げられる物語です。マハさんの絵画にまつわる物語は、その絵画にかかわる人間ドラマが描かれて感動的なのですが、ここに収められた5編の主人公たちもみな美術館と美術を愛する人々です。ぜひさわやかな読後を味わってください。

8位 「須賀敦子の旅路」(大竹昭子著 文春文庫 2018年)

  この本は、2つの物語が同時に並行して進む小説のような趣を持っています。それは、美しく流れる文章で我々を読むたびに魅了してくれる須賀敦子さんの描く世界とその須賀さんが描いた世界を自らの足でたどっていく大竹昭子さんの気持ちが寄り添うように描かれていくからです。大竹さんの文章は須賀さんの言葉に呼応するように記されており、その想いが重なるようで心を動かされます。

7位 「生死(しょうじ)の覚悟」

   (高村薫 南直哉著 新潮社新書 2019年) 

  現代の日本では、立ち止まって自らを考えることがとても少ないのではないでしょうか。本来、人と人が共鳴するのは、互いが自らのことを認識し、自らの情報を確認し、その情報を分かち合うことからはじまるからです。SNSが本来の共鳴と異なるのは、分かち合うことをしないことが大きな要因なのではないでしょうか。分かち合うとは相互作用ですが、SNSは自己満足の連続が場を支配していく世界です。

  この対談は、文学や宗教を通じて自らの異質さを認識してきたお二人が、その認識を相互に確認し合うことで対話の価値を高めていきます。この本の中には、間違いなく現代社会が失いつつある共鳴が鳴り響いており、我々に今を考えさせてくれます。良書でした。

6位 「日本問答」(田中優子 松岡正剛著 岩波新書 2017年)

  皆さんは、「日本」が何からできているのか、考えたことがありますか。この本は、「日本」を様々な視点から考え続けてきた知のマイスターお二人が、日本を徹底的に問答する対談です。最高の対談は、ネットサーフィンのように関連する話題が次々に繋がっていき、広がると同時にテーマの掘り下げがどんどん深まっていく会話が連なります。お二人の対談はまさにそれで、ボーッと読んでいると、チコちゃんに叱られること間違いなしです。ぜひ、お楽しみください。

5位 「ドナルド・キーン自伝-増補新版」(ドナルド・キーン著 角地幸男訳 中公文庫 20193月)

  「碧い目の日本人」というと、キーンさんは私の目は碧くないよ、と返されるに違いありません。いったい日本とは何なのか。「源氏物語」に魅せられて、1953年から65年間にわたって日本を愛しつづけてくれたキーンさん。その愛情が、この本にギッシリとつまっています。軽妙な語り口、時に見せるウィットとアイロニーは、我々日本人も見習いたいニューヨーカーです。これほど日本に魅せられた人物は、日本人にも稀有なのではないでしょうか。今、テレビのコメンテイターは、日本語を話す外国人で連日盛り上がっていますが、その草分けがキーンさんだと思うと感慨もひとしおです。

4位 「呉越春秋 湖底の城 八」(宮城谷昌光著 講談社文庫 2018年)

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(宮城谷昌光「湖底の城八」amazon.co.jp)

  文庫好きの宮城谷ファンに昨年は嬉しい年でした。この50回のなかでも久しぶりに秦による中華統一後を描いた小説が文庫となり、また、呉越春秋も伍子胥編の後を受けて始まった范蠡編、第7巻。さらにその続編である第8巻と宮城谷ワールドを満喫しました。宮城谷さんの小説は、どれを読んでも面白いのですが、今回はいよいよ范蠡がその才能を発揮しはじめる第8巻としました。こうして振り返ってみると、小説「劉邦」と「呉越春秋」には不思議な共通点があります。それは、主人公の背景に250年の時を超えて大きな「楚」の国が横たわっているということです。紀元前450年を描いた呉越でいえば、呉の宰相として越を迎え撃つ伍子胥は、もともと「楚」の宰相の息子でした。そのライバルである越の宰相范蠡は「楚」の賈(商人)の出身なのです。「劉邦」で描かれた項羽は、言わずと知れた「楚王」の子孫で秦への復讐のために立ち上がったのです。皆さんもこうした観点で、宮城谷さんの本を読んでみると、一味違った楽しみが湧き出てくるかもしれません。

3位 「オリジン」(ダン・ブラウン著 越前敏弥訳 上中下巻 2019年)

  ダン・ブラウン氏の作品は前作「インフェルノ」がとても面白く、また映画化された作品もフィレンツェ、ヴェネチア、イスタンブールとその世界遺産そのものの映像も含めてエンターテイメントとして一流の作品でした。まさか、それを超える面白さの作品が登場しようとは思いませんでした。今回ラングドン教授が活躍する舞台は、あこがれのスペインです。そこには、ダン・ブラウン氏らしく、最新のスペイン近代美術館から世界遺産のガウディまで、スペインの名所が次々に登場します。さらにテーマが「神はいるのか」ですから、その小説がつまらないはずはありません。これまで、イタリア以外を描いた小説は映画化されていませんが、スペインを舞台としたこの小説は映画化されるでしょうか。ぜひ、映画化を期待したいものです。

2位 「007 逆襲のトリガー」(アンソニー・ホロビッツ著 駒月雅子訳 角川文庫 2019年)

  これまで、海外小説がベスト32冊も入ることはありませんでしたが、やっぱり007の魅力には偉大なものがあります。確かに1960年代が舞台の小説を第2位とするのは単なるノスタルジーなのでは、との疑問もごもっともです。しかし、エンターテイイメントとスパイ小説が合体するときに007の力は絶大でした。この小説は舞台から言っても年代から言っても映画化されたときには、ショーン・コネリーしか演ずることができないと思います。それほど、当時の007小説に男のロマンがやどっていたといってもいいと思います。ここに登場する007は、女性から見てもアイドルではないでしょうか。皆さん、だまされたと思って一度この小説を手に取ってください。第2位の理由に納得すると思います。

1位 「蜜蜂と遠雷」(恩田陸著 幻冬舎文庫上下巻 2019年)

  今回のダントツ第1位はこの小説です。その分厚さも第1位なのですが、読み始めてから読み終わるまでの時間は最も短いに違いありません。それほど、恩田さんのプロット、キャラクター、舞台設定が素晴らしく、読み始めれば一気に最後まで読み続けてしまうのです。この小説は、ある年のピアノコンクールの模様を4人のコンテスタントの人生と重ねて描いていくのですが、その4人のコンテスタントの造形が見事です。スポーツものならいざ知らず、普通、芸術系のコンクールは羨望と嫉妬と中傷のるつぼとなることが想像されます。しかし、恩田さんの世界は違います。なぜならば、ここに登場する4人は皆、音楽の神様に祝福されており、世俗と人知を超えてピアノを弾いているからです。そうはいっても、この4人にはヒエラルキーがあります。

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(映画「蜜蜂と遠雷」ポスター)

  音楽の神から最も祝福されているのは、風間塵。ピアノという楽器の落とし子のような塵は、自らの中にあふれる、風のような音をそのままピアノの音として鳴らしてしまうのです。そのあまりの才能に、聴く側は驚いてしまい、この才能を持て余してしまうのです。しかし、他の3人は音楽の神に近い塵を同じ演奏家として受け入れていきます。塵はコンクール第3位となります。

  風間塵の次に神に近いのは、天からいくつもの贈り物をあたえられているようなマサル・カルロス・レヴィ・アナトールです。マサルは、現代のピアニストが演奏に特化してしまったことに疑問を持っており、作曲家としても一流のピアニストをめざす青年です。幼馴染の亜夜との再会と一流の恩師の教えを受けて彼は、人知の及ぶ最高の音を奏でて、みごとコンクールに優勝します。

  そして、マサルと紙一重のところで我々に近いのは、唯一の女性主人公、栄伝亜夜です。彼女は幼い時からピアニストとしての技量に恵まれていましたが、その心の糧であった母親を失って、演奏することの意味を見失ってしまいます。亜夜は、このコンクールで自らの原点を探ろうとしてコンクールに参加します。彼女が、3人のピアニストの狭間で自らを取り戻し、コンクールに挑む姿はこの小説のハイライトのひとつです。コンクールでの順位は、第2位です。

  もう一人の主人公、高島明石は楽器店の従業員でありながらピアニストでもあり、自らの夢をつらぬこうと「生活者のピアノ」を掲げて、コンクールに挑戦しています。このコンクールではオリジナル曲として作曲家、菱沼忠明の作品「春と修羅」を演奏することが二次予選の課題曲となっています。高島は、宮沢賢治の詩を深く解釈して楽譜を自らの音楽として展開します。そして、コンクールでこの曲のために設定された賞、菱沼賞を受賞します。

  この4人の造形は見事です。ところで、実は今ここに書いたコンクールの順位や個人賞は、小説では語られていません。小説の終了後、結果は記事として掲載されているだけなのです。この小説のすごさは、音楽の神様と我々人間のせめぎ合いを全編で示すことによって、結果に対しての興味を感じさせないところにあります。我々読者は、恩田さんの仕掛けと筆の力によって、4人の人生に引き込まれ、結果は二の次になるのです。小説が終わった後に「ああ、そうだったのか。」とホッとするところが、この小説のすばらしさといってもよいと思います。

  ぜひ、この素晴らしい小説を楽しんでください。


  それでは、これからも「日々雑記」をよろしくお願いいたします。皆さんどうぞお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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