映画はミニシアターが面白い!!

こんばんは。

  今年は、昨年までの灼熱の7月と打って変わり、梅雨時のジメジメとした7月初旬となりました。その代わりに、関東以北では気温は25℃と過ごしやすい日々で助かっています。夕方から夜にかけては、20℃前後と、半袖では少し寒いほどの気温でした。

  今年の夏もさぞ暑いだろうと予想して、73日の金曜日、避暑のために上高地への日帰りバスツアーに申し込んでいました。ところが、今年は例年通りの梅雨前線のおかげでこの日の上高知は午前中雨、午後は曇りという予報でした。標高が高いため、気温は20℃前後と寒い高原となりそうです。

  当日、家を出て駅までは雨が降っていて、リュックに雨具やウィンドブレーカーを詰め込んできて正解と胸をなで下ろしていました。行きの中央線「あずさ」の中でも窓の外は雨模様で、心配していたのです。ところが、松本駅からバスで上高地に向かう途中、不思議や不思議、雲が薄くなって行くではありませんか。そして、大正池の近くでバスを降りると、雲が切れて薄日が差してきたのです。

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(上高地大正池の景色 2026.07.)

  大正池から田代池、かっぱ橋などを4時間、自由に散策するツアーでしたが、歩き出してすぐに太陽が顔を出し、朝、雨傘として利用した傘(雨天兼用の日傘)を干すのにちょうどいい天気となったのです。気温も22℃を超えて、上着なしでちょうどよい絶好のハイキング日和となりました。一体誰が晴れ男(女?)だったのか。とにかく感謝です。

  そして、帰りのバスの中では添乗員の女性が、私の同行したツアーは晴れ続きなんです、とにこやかな笑顔で話していました。ありがとう!!

  さて、今日のブログは、久しぶりに映画の話をしたいと思います。

【ヴィヴァルイディはどんな人?】

  6月のある土曜日、TBSの「王様のブランチ」で、リリコさんの紹介する映画コーナーを見ていました。その日は、久しぶりにミニシアターランキングを放映しており、ロードショー館では上映されない映画マニアに人気の映画が紹介されました。近年は、韓国や台湾などアジア系の作品が多く、この日も多くがアジアの作品でしたが、その中で異彩を放っていたのが「ヴィヴァルディと私」という映画だったのです。

  まずは、映画のプロフィールを紹介します。

(映画情報)

・作品名:「ヴィヴァルディと私」

2025年 伊・仏合作 110分)

(原題:「PRIMAVERA」)

・スタッフ  監督:ダミアーノ・ミキエレット

        脚本:ルドビカ・ランポルディ/ダミアーノ・ミキエレット

・キャスト  チェチリア:テクラ・インソリア

       アントニオ・ヴィヴァルディ:ミケーレ・リオンディーノ

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(映画「ヴィヴァルディと私」ポスター)

  ヴィヴァルディといわれて頭に浮かぶのは、バロック音楽の名作「四季」です。「四季」は、春夏秋冬を音楽で表したヴァイオリン協奏曲ですが、そのみごとな情景描写は、耳にすればすぐにそれとわかる名曲です。とくに、イ・ムジチ合奏団による「四季」の録音は日本でも大ヒットして、1950年代から売れに売れ、まさに一世を風靡しました。しかし、ヴィヴァルディとは、何者なのか。日本ではほとんど知られていません。

  この映画は、イタリアのヴェネチアを本拠地として生きたヴィヴァルディが見いだした、ヴァイオリンを誰よりも美しく奏でる女性を描いています。時代は、18世紀の中頃。舞台は、ヴェネチアの慈善修道院である、ピエタ慈善院です。

  映画は、ピエタ慈善院の回廊から聞こえる子猫の鳴き声から始まります。主人公の若く美しい修道女(?)チェチリアは、仲間の修道女たちと猫の鳴き声のする石塀の隙間を見つけ出します。そこには、数匹の子猫が母猫からおっぱいをもらっており、か細くかわいい鳴き声を響かせています。そこに彼女たちを監督する院長が現れます。その強面の女性は、猫の母親から子猫たちを引き剥がし、麻の袋に詰め込むと、院の裏扉から外に出て、そこに流れる運河に子猫たちの入った麻袋を投げ入れてしまうのです。

  映画はその余韻を残しながら、彼女たちの日常へと進んでいきますが、このソーンはこの院で暮らす修道女たちを象徴しているのです。

  このピエタ慈善院は、「慈善」との名前の通り、ヴェネチアで様々な事情から育てることがかなわない女児を預けに(捨てに)くる慈善院なのです。

  この慈善院には音楽院が付属しています。それは、修道女たちがこの修道院のミサのために音楽を演奏する楽団のメンバーであるためです。慈善院はヴェネチアの貴族たちからの寄付で成り立っています。そして、身寄りのない修道女たちは適齢期になると、貴族たちのもとに嫁いでいきます。貴族たちはその代償に多額の寄付を院に施すのです。ある意味、院はこの寄付によって成り立っていると言っても過言ではありません。

  もう一つの寄付の目玉は、修道女たちが奏でるミサのための音楽です。ヴェネチアには、他にも慈善院が存在し、それぞれが貴族の寄付を目当てに競い合っていますが、貴族たちをつなぎ止める手段の1つが、心に響く音楽の感動なのです。

  ピエタ院で、音楽長を務めていた司祭は、作曲や修道女たちの演奏による貴族たちからの人気が今ひとつでした。その司祭が院を去ることになり、白羽の矢が当たったのが、ヴィヴァルディだったのです。そして、そのヴィヴァルディが主人公チェチリアのヴァイオリンの演奏に才能を見いだします。そこから、二人の師弟関係が進んでいきます。

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(当時作曲された「四季」イ・ムジチ合奏団 amazon.co.jp)

  チェチリアは、ヴァイオリンの演奏の才を磨き、その演奏が人々の心を魅了していきます。その音色は、諸侯の王様の心までも動かすまでに成長します。しかし、チェチリアには、すでに結婚が決まっている貴族がいたのです。貴族が戦争から戻れば、チェチリアは莫大な寄付と引き換えに貴族に嫁がねばなりません。もちろん、音楽の道はそこで捨てる以外ありません。

  映画は、当時のヴェネチアを美しく描きながら、娼婦であった母親から捨てられたチェチリアの心情と喘息持ちのヴィヴァルディの情動をリリカルに描きながら、静かに進行していきます。そして、物語は思いもよらぬ展開を見せていくことになります。

  映画の行く末に救いはあるのか。それは、映画を見て確かめてください。静かな感動が心に響くこと間違いなしです。ヴィヴァルディの音楽も素敵でした。

【キース・ジャレットのケルン・コンサートとは】

  今年の4月にドイツとベネルクス3国に訪問したとき、最初に訪れたのがケルンです。ケルンといえばケルン大聖堂が有名で、その荘厳な美しさは息をのむようでした。そして、ケルンで思い出すのは、ジャズピアニスト、キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」です。

  1970年代、キースはマイルス・デイビスのバンドから離れた後、ソロでピアノ一台を前に完全即興で音楽を奏でるという前代未聞のライブを演奏し始めたのです。このソロ・コンサートの第二弾として発売されたのが、「ケルン・コンサート」でした。この2枚組のレコードLPには、1975124日にケルンで行われた66分に及ぶキース・ジャレットのソロ演奏が収められており、世界はその作品に驚愕したのです。

  まるで、彼の精神世界がそのまま表現される音楽世界は、人々の心を捉え、このアルバムは世界で最も売れたジャズのソロアルバムと言われています。私も大学生の時にこのアルバムに出会い、部室でほぼ毎週聞いていたのをよく覚えています。

  そして、ケルン大聖堂での「ケルン・コンサート」の想いをLINEで友人たちに送ったところ、音楽マニアの友人から、「1975年のケルン・コンサート」という映画が今年封切りになるとの情報が送られてきました。そして先週、上映館を探して、見に行ったのです。

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(映画「1975年のケルン・コンサート」ポスター)

(映画情報)

・作品名:「1975年のケルン・コンサート」

2025年 独・波・白合作 116分)

(原題:「KÖLN75」)

・スタッフ  監督・脚本:イド・フルーク

・キャスト  ヴェラ・フランデス:マラ・エムデ

       キース・ジャレット:・ジョン・マガロ

  この映画は実話を元に制作されたそうですが、あの有名な「ケルン・コンサート」がどのようにしてケルンにて演奏されることになったのかを描いています。

(以下、ネタバレあり)

  驚いたのは、当時、キース・ジャレットをケルンに招いてライブを開催したプロモーターが、18歳の女性だったという事実です。

  しかも、その場所は名門のケルン歌劇場。高校生のヴェラが、ケルン歌劇場を会場として押さえる場面は、傑作でした。歌劇場の支配人との直接交渉。キースが来独して、演奏できる124日。歌劇場では、すでにオペラが上演される予定となっていたのです。ヴェラは忙しい支配人を追いかけ回し、説得の末、オペラの上演が終了した後の2330分から演奏を行うことを承諾させるのです。

  高校生のヴェラがプロモーターになる、いきさつもリアルに描かれています。

  イギリスにロニー・スコットというサックス奏者がいます。この人物がケルンのジャズクラブでライブを行っているとき、たまたまその演奏を聴いていたヴェラは、演奏に魅了されて本人に話しかけて、デートすることになります。そして、その別れ際、ロニー・スコットから次に来るときには君が演奏場所を手配してくれ、と頼んだのです。ヴェラが、「なぜ私に」と聞くと、ロニーは「君に頼まれたら断れそうもないからね。」と、素っ気なく答えます。

  ここからヴェラのプロモーター人生が始まりました。

  そして、プロモーターの仕事を進める中、ベルリンのジャズフェスッティバルでキース・ジャレットの演奏に心を打たれたヴェラは、ケルンでキースのコンサートを行うことを決意するのです。

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(アルバム「THE KÖLN CONCERT」amazon.co.jp)

  この映画は、18歳の女性ヴェラの情熱と行動力を描いているのですが、キース・ジャレットを演じたジョン・マガロの演技にも感動しました。彼は、前夜スイスでのコンサートを終えて、夜中に1台の車に乗って、信頼するプロデューサーの運転でケルンへと向かいます。なぜ、二人きりで車での移動なのか。そこには、驚きの事実があります。

  そして、明け方に大自然の中で佇むキースの姿に感動しました。あの演奏の印象はこれだったのかもしれない、そう思わせる名シーンでした。


  久しぶりに音楽に関わる2本の映画を見ましたが、どちらも心を洗われるよい映画でした。皆さんも機会があればぜひご覧ください。音楽好きにはおすすめです。

  さて、これから厳しい夏が襲いかかってきそうです。皆さん、酷暑日注意報に備えて遮光と水分補給を怠らないように注意しましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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映画はミニシアターが面白い!!

こんばんは。

  今年は、昨年までの灼熱の7月と打って変わり、梅雨時のジメジメとした7月初旬となりました。その代わりに、関東以北では気温は25℃と過ごしやすい日々で助かっています。夕方から夜にかけては、20℃前後と、半袖では少し寒いほどの気温でした。

  今年の夏もさぞ暑いだろうと予想して、73日の金曜日、避暑のために上高地への日帰りバスツアーに申し込んでいました。ところが、今年は例年通りの梅雨前線のおかげでこの日の上高知は午前中雨、午後は曇りという予報でした。標高が高いため、気温は20℃前後と寒い高原となりそうです。

  当日、家を出て駅までは雨が降っていて、リュックに雨具やウィンドブレーカーを詰め込んできて正解と胸をなで下ろしていました。行きの中央線「あずさ」の中でも窓の外は雨模様で、心配していたのです。ところが、松本駅からバスで上高地に向かう途中、不思議や不思議、雲が薄くなって行くではありませんか。そして、大正池の近くでバスを降りると、雲が切れて薄日が差してきたのです。

minitheat03..JPG

(上高地大正池の景色 2026.07.)

  大正池から田代池、かっぱ橋などを4時間、自由に散策するツアーでしたが、歩き出してすぐに太陽が顔を出し、朝、雨傘として利用した傘(雨天兼用の日傘)を干すのにちょうどいい天気となったのです。気温も22℃を超えて、上着なしでちょうどよい絶好のハイキング日和となりました。一体誰が晴れ男(女?)だったのか。とにかく感謝です。

  そして、帰りのバスの中では添乗員の女性が、私の同行したツアーは晴れ続きなんです、とにこやかな笑顔で話していました。ありがとう!!

  さて、今日のブログは、久しぶりに映画の話をしたいと思います。

【ヴィヴァルイディはどんな人?】

  6月のある土曜日、TBSの「王様のブランチ」で、リリコさんの紹介する映画コーナーを見ていました。その日は、久しぶりにミニシアターランキングを放映しており、ロードショー館では上映されない映画マニアに人気の映画が紹介されました。近年は、韓国や台湾などアジア系の作品が多く、この日も多くがアジアの作品でしたが、その中で異彩を放っていたのが「ヴィヴァルディと私」という映画だったのです。

  まずは、映画のプロフィールを紹介します。

(映画情報)

・作品名:「ヴィヴァルディと私」

2025年 伊・仏合作 110分)

(原題:「PRIMAVERA」)

・スタッフ  監督:ダミアーノ・ミキエレット

        脚本:ルドビカ・ランポルディ/ダミアーノ・ミキエレット

・キャスト  チェチリア:テクラ・インソリア

       アントニオ・ヴィヴァルディ:ミケーレ・リオンディーノ

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(映画「ヴィヴァルディと私」ポスター)

  ヴィヴァルディといわれて頭に浮かぶのは、バロック音楽の名作「四季」です。「四季」は、春夏秋冬を音楽で表したヴァイオリン協奏曲ですが、そのみごとな情景描写は、耳にすればすぐにそれとわかる名曲です。とくに、イ・ムジチ合奏団による「四季」の録音は日本でも大ヒットして、1950年代から売れに売れ、まさに一世を風靡しました。しかし、ヴィヴァルディとは、何者なのか。日本ではほとんど知られていません。

  この映画は、イタリアのヴェネチアを本拠地として生きたヴィヴァルディが見いだした、ヴァイオリンを誰よりも美しく奏でる女性を描いています。時代は、18世紀の中頃。舞台は、ヴェネチアの慈善修道院である、ピエタ慈善院です。

  映画は、ピエタ慈善院の回廊から聞こえる子猫の鳴き声から始まります。主人公の若く美しい修道女(?)チェチリアは、仲間の修道女たちと猫の鳴き声のする石塀の隙間を見つけ出します。そこには、数匹の子猫が母猫からおっぱいをもらっており、か細くかわいい鳴き声を響かせています。そこに彼女たちを監督する院長が現れます。その強面の女性は、猫の母親から子猫たちを引き剥がし、麻の袋に詰め込むと、院の裏扉から外に出て、そこに流れる運河に子猫たちの入った麻袋を投げ入れてしまうのです。

  映画はその余韻を残しながら、彼女たちの日常へと進んでいきますが、このソーンはこの院で暮らす修道女たちを象徴しているのです。

  このピエタ慈善院は、「慈善」との名前の通り、ヴェネチアで様々な事情から育てることがかなわない女児を預けに(捨てに)くる慈善院なのです。

  この慈善院には音楽院が付属しています。それは、修道女たちがこの修道院のミサのために音楽を演奏する楽団のメンバーであるためです。慈善院はヴェネチアの貴族たちからの寄付で成り立っています。そして、身寄りのない修道女たちは適齢期になると、貴族たちのもとに嫁いでいきます。貴族たちはその代償に多額の寄付を院に施すのです。ある意味、院はこの寄付によって成り立っていると言っても過言ではありません。

  もう一つの寄付の目玉は、修道女たちが奏でるミサのための音楽です。ヴェネチアには、他にも慈善院が存在し、それぞれが貴族の寄付を目当てに競い合っていますが、貴族たちをつなぎ止める手段の1つが、心に響く音楽の感動なのです。

  ピエタ院で、音楽長を務めていた司祭は、作曲や修道女たちの演奏による貴族たちからの人気が今ひとつでした。その司祭が院を去ることになり、白羽の矢が当たったのが、ヴィヴァルディだったのです。そして、そのヴィヴァルディが主人公チェチリアのヴァイオリンの演奏に才能を見いだします。そこから、二人の師弟関係が進んでいきます。

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(当時作曲された「四季」イ・ムジチ合奏団 amazon.co.jp)

  チェチリアは、ヴァイオリンの演奏の才を磨き、その演奏が人々の心を魅了していきます。その音色は、諸侯の王様の心までも動かすまでに成長します。しかし、チェチリアには、すでに結婚が決まっている貴族がいたのです。貴族が戦争から戻れば、チェチリアは莫大な寄付と引き換えに貴族に嫁がねばなりません。もちろん、音楽の道はそこで捨てる以外ありません。

  映画は、当時のヴェネチアを美しく描きながら、娼婦であった母親から捨てられたチェチリアの心情と喘息持ちのヴィヴァルディの情動をリリカルに描きながら、静かに進行していきます。そして、物語は思いもよらぬ展開を見せていくことになります。

  映画の行く末に救いはあるのか。それは、映画を見て確かめてください。静かな感動が心に響くこと間違いなしです。ヴィヴァルディの音楽も素敵でした。

【キース・ジャレットのケルン・コンサートとは】

  今年の4月にドイツとベネルクス3国に訪問したとき、最初に訪れたのがケルンです。ケルンといえばケルン大聖堂が有名で、その荘厳な美しさは息をのむようでした。そして、ケルンで思い出すのは、ジャズピアニスト、キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」です。

  1970年代、キースはマイルス・デイビスのバンドから離れた後、ソロでピアノ一台を前に完全即興で音楽を奏でるという前代未聞のライブを演奏し始めたのです。このソロ・コンサートの第二弾として発売されたのが、「ケルン・コンサート」でした。この2枚組のレコードLPには、1975124日にケルンで行われた66分に及ぶキース・ジャレットのソロ演奏が収められており、世界はその作品に驚愕したのです。

  まるで、彼の精神世界がそのまま表現される音楽世界は、人々の心を捉え、このアルバムは世界で最も売れたジャズのソロアルバムと言われています。私も大学生の時にこのアルバムに出会い、部室でほぼ毎週聞いていたのをよく覚えています。

  そして、ケルン大聖堂での「ケルン・コンサート」の想いをLINEで友人たちに送ったところ、音楽マニアの友人から、「1975年のケルン・コンサート」という映画が今年封切りになるとの情報が送られてきました。そして先週、上映館を探して、見に行ったのです。

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(映画「1975年のケルン・コンサート」ポスター)

(映画情報)

・作品名:「1975年のケルン・コンサート」

2025年 独・波・白合作 116分)

(原題:「KÖLN75」)

・スタッフ  監督・脚本:イド・フルーク

・キャスト  ヴェラ・フランデス:マラ・エムデ

       キース・ジャレット:・ジョン・マガロ

  この映画は実話を元に制作されたそうですが、あの有名な「ケルン・コンサート」がどのようにしてケルンにて演奏されることになったのかを描いています。

(以下、ネタバレあり)

  驚いたのは、当時、キース・ジャレットをケルンに招いてライブを開催したプロモーターが、18歳の女性だったという事実です。

  しかも、その場所は名門のケルン歌劇場。高校生のヴェラが、ケルン歌劇場を会場として押さえる場面は、傑作でした。歌劇場の支配人との直接交渉。キースが来独して、演奏できる124日。歌劇場では、すでにオペラが上演される予定となっていたのです。ヴェラは忙しい支配人を追いかけ回し、説得の末、オペラの上演が終了した後の2330分から演奏を行うことを承諾させるのです。

  高校生のヴェラがプロモーターになる、いきさつもリアルに描かれています。

  イギリスにロニー・スコットというサックス奏者がいます。この人物がケルンのジャズクラブでライブを行っているとき、たまたまその演奏を聴いていたヴェラは、演奏に魅了されて本人に話しかけて、デートすることになります。そして、その別れ際、ロニー・スコットから次に来るときには君が演奏場所を手配してくれ、と頼んだのです。ヴェラが、「なぜ私に」と聞くと、ロニーは「君に頼まれたら断れそうもないからね。」と、素っ気なく答えます。

  ここからヴェラのプロモーター人生が始まりました。

  そして、プロモーターの仕事を進める中、ベルリンのジャズフェスッティバルでキース・ジャレットの演奏に心を打たれたヴェラは、ケルンでキースのコンサートを行うことを決意するのです。

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(アルバム「THE KÖLN CONCERT」amazon.co.jp)

  この映画は、18歳の女性ヴェラの情熱と行動力を描いているのですが、キース・ジャレットを演じたジョン・マガロの演技にも感動しました。彼は、前夜スイスでのコンサートを終えて、夜中に1台の車に乗って、信頼するプロデューサーの運転でケルンへと向かいます。なぜ、二人きりで車での移動なのか。そこには、驚きの事実があります。

  そして、明け方に大自然の中で佇むキースの姿に感動しました。あの演奏の印象はこれだったのかもしれない、そう思わせる名シーンでした。


  久しぶりに音楽に関わる2本の映画を見ましたが、どちらも心を洗われるよい映画でした。皆さんも機会があればぜひご覧ください。音楽好きにはおすすめです。

  さて、これから厳しい夏が襲いかかってきそうです。皆さん、酷暑日注意報に備えて遮光と水分補給を怠らないように注意しましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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