北中正和 ビートルズとは何者なのか?

こんばんは。

  ロシアを統べる独裁者プーチン大統領。そのしたたかさは、帝政ロシアから旧ソビエト連邦へと綿々と受け継がれてきたロシア帝国の歴史そのもののようです。

  それは、自らの正当性を主張するためには、自らの主張以外のすべてに対して無視するか、「ニエット」と語る、メンタリティそのものです。

  ロシアによるウクライナ侵攻は5ヶ月を超え長期化しています。ウクライナは欧米民主主義の国々から軍事支援を受け、東部、南部での領土奪回をめざし、過酷な闘いを繰り広げています。そうした中で、現在最も国際的な問題となっているのがエネルギー危機と食糧危機です。

  ロシア経済の要は、広大な領土の地下資源である天然ガスです。その液化天然ガスが、EU域内では極めて高いシェアを誇っており、その供給を停止すれば多くの国でエネルギー不足が引き起こされます。欧米諸国はロシアに強烈な経済制裁を課していますが、ロシアは経済の根幹であるエネルギーの供給が滞ることがありません。EU各国、イギリスではロシアからのエネルギーに頼らないよう代替手段を講じつつありますが、それには数年を要する状況です。

  あまつさえ、インドや中国はこれを安価なエネルギー確保の好機ととらえ、ロシアからの液化天然ガスの輸入を大きく増加させています。ロシアはほくそ笑んでいるに違いありません。しかし、世界的に見れば、エネルギー価格は高騰し、多くの国でインフレが進んでおり、ロシアは世界経済を停滞へと導いているのです。

  さらに深刻なのは世界的な食糧危機です。

  ウクライナは豊饒な穀物生産地を有する農業大国です。ウクライナの食糧輸出は、ひまわり油世界1位、大麦は世界第2位、トウモロコシは第3位、小麦は第5位となっており、その輸出先はアフリカ、アジアを含め190か国に及んでいます。(2016年)

  その「世界の食糧庫」が侵攻以来、半年近くも穀物を輸出できていないのです。それは、輸出の出口である黒海をロシアが封鎖しているからです。港湾都市マリウポリ、クリミア半島はロシアに制圧され、ウクライナが唯一輸出可能なオデーサもロシア海軍に封鎖され、ウクライナは身動きが取れません。そうする間にもアフリカなどでは穀物が手に入らず、深刻な飢餓が生じているのです。

  そうした中、722日、トルコと国連がロシア、ウクライナとそれぞれ合意文書を締結する形で、ウクライナの穀物輸出ルートの安全を確保することが合意されました。これは「ウクライナ食糧輸出」のための安全回廊の設置に他なりません。

  しかし、常に自国の優位を戦略としているロシアは、こともあろうにその翌日に合意がなされた港湾都市オデーサにミサイルを撃ち込んだのです。幸いなことに81日、ウクライナのトウモロコシを乗せた貨物船は無事にオデーサを出港し中東に向かいました。

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(穀物輸出第1弾出港 yomiuri.comより)

  常に自らを優位な位置に置くための戦略。すでにウクライナをはじめ民主主義の国々はロシアの語ることを正面切って信じることはありません。ロシアの人々やロシアの歴史、文化をこよなく愛する世界じゅうの人々の想いをプーチン大統領はすべて踏みにじっているのです。

  たとえどれだけの時間が経ち、どれだけの既成事実が現実化しても、我々はそれが侵略と蹂躙と殺人の下に行われた行為であることを決して忘れてはいけません。それは、人が人であるための最も根源的なアイデンティティだからです。

  苛立ちは常にわだかまりますが、本の話題へと移りましょう。

  世界の音楽界に衝撃を与えたバンド、ビートルズが解散してから半世紀が過ぎました。

  しかし、世界じゅうのどこにあっても、彼らの曲が奏でられない日は一日もありません。ビートルズが1962年から解散した1970年までの間に世に送ったオリジナル曲は213曲。そこからは、現代につながる様々な音楽への潮流が生まれました。

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(藤本国彦「ビートルズ213」 amazon.co.jp)

  今回読んでいた本は、「ビートルズ」。題名を見た瞬間に手に入れました。

「ビートルズ」(北中正和著 2021年 新潮新書)

【ビートルズはいつも心を突き動かす】

  皆さんは、カラオケに行ったときにまず何を歌いますか。

  一時、コロナ禍の規制でカラオケは最も感染リスクの高い娯楽のひとつとして悪者扱いされました。しかし、人にとって歌うという行動は、「祈り」にも似てなくてはならない行為です。行動制限がなされなくなった今、感染予防に万全を尽くして家族や親しいひと、はたまた一人カラオケを楽しむ方は復活しました。

  私のカラオケ持ち歌のいちばんは、昔も今も変わらずサザンオールスターズと井上陽水ですが、場が長くなり持ち歌がなくなると、最後には必ずビートルズに行きつきます。はじめのうちはおなじみの「Let It Be」や「Hey Jude」を歌いますが、興に乗ってくるとエスカレートして、「Oh! Daring」や「Lady Madonna」など次々に歌います。

  どちらにせよ周りはあまり聞いていないのですが、何と言っても一番好きな曲は、ジョージが創った「While My Guitar Gently Weeps」です。

  ジョージといえば、「Here Comes The Sun」や「Something」が最も多くカヴァーされている名曲ですが、ビートルズでのジョージの願いはギタリストとしてグループに貢献することでした。例えば、レコードデビュー直前までビートルズのドラマーであったピート・ベストはインタビューでジョージの印象を聞かれると、とにかくギターの練習に熱心で、いつも寡黙にギターと取り組んでいた、と語っています。

  この曲は、ホワイトアルバムに収録されていますが、この2枚組の録音時、4人はそれぞれが自らの音楽と考え方にとらわれていて、グループとしての結束が揺れ動いていました。リンゴスターは、このアルバムの録音途中で、自分の存在価値に疑問を持ち、失踪してしまいます。なんとかリンゴを見つけた3人は、いかにビートルズにリンゴのドラムが必要かを語り、連れ戻しています。

  そんな中で、ジョージは外部からミュージシャンを招きます。そのミュージシャンこそが、この曲でウーマントーンのギターを聴かせてくれるエリック・クラプトンだったのです。この後もジョージはセッションにビリー・プレストンなどを招きますが、ゲストを迎えることでビートルズが緊張を取り戻すとの方法はここから始まりました。

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(The Beatles「ホワイトアルバム」amazon.co.jp)

  最近、楽譜を手に入れてテナーサックスでもこの曲を奏でますが、音符を見ると、とても単純な音の構成にもかかわらず、すばらしいメロディメイクがなされており、改めてジョージの音楽センスのすばらしさに感動します。とくに、サビのパートでは絶妙な転調がなされており、この部分ではグッと心をつかまれるように感じます。

  こうしたジョージの才能の開花も、もとはといえばバンマスであったジョン・レノンの「全員平等」精神の現れです。ジョンは、ビートルズのデビュー時にいくつかルールを決めています。まず、ジョンとポールで作った曲はどんなプロセスで作ろうとレノン=マッカートニーとクレジットすること。そして、アルバムを作成するときには必ずジョージやリンゴの曲を入れること。こうしたジョンのマネジメントがビートルズをより高みへと引き上げたと思うのは私だけでしょうか。

【久しぶりのビートルズ本はいかに】

  このブログで、ビートルズ本を取り上げたのは20169月ですので、あれからかれこれ6年を経ています。そのときも、ビートルズについては、様々な研究本や全記録、さらに自らが語った「アンソロジー」も発売され、もう語るべきことは何もないのでは、と書きましたが、今回も同じ疑問を抱えつつこの本を手に取りました。

  しかし、彼らの曲がさまざまなミュージシャンにカヴァーされ、それぞれの個性に色付けされて新しい音楽へと変貌するように、「ビートルズ」という現象もその切り口が違えばそこには別のビートルズが現れるのかもしれません。

  今回、著者の疑問は、「なぜビートルズだけが、他のミュージシャンとは違うのか。」なのです。

  著者は、ビートルズに関する本が、楽曲の構成やエピソード、そして彼らの日々の行動やエピソードを事細かに記録し、出版され、その記述がどんどん稠密に、詳細に、分析されて行く現実を踏まえ、もっと大きな視点で俯瞰的にビートルズやその周辺を捉えれば、なぜビートルズが特別なのかが見えてくるはず、と語ります。

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(北中正和「ビートルズ」 amazon.co.jp)

まず、目次を見てみましょう。

序章 なぜビートルズだけが例外なのか

1.故郷リバプール 「マギー・メイ」「ペニーレイン」をめぐる章

2.ジョン・レノンはアイルランド人か 「マイ・ボニー」「悲しみはぶっとばせ」をめぐる章

3.ミンストレル・ショウの残影 「ミスター・カイト」「フリー・アズ・ア・バード」をめぐる章

4.スキッフルがなければ 「レディ・マドンナ」「ハニー・パイ」をめぐる章

5.作品の源流はどこに? 「ティル・ゼア・ウォズ・ユー」「イエスタデイ」をめぐる章

6.カヴァー曲、RB、ラテン音楽 「ベサメ・ムーチョ」「ツイスト・アンド・シャウト」をめぐる章

7.カリブ海、アフリカとの出会い 「蜜の味」「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」をめぐる章

8.60年代とインド音楽 「ノルウェーの森」「トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ」をめぐる章

9.ふたつのアップルの半世紀 「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」をめぐる章

⒑ ビートルズはなぜ4人組か 「アイ・アム・ザ・ウォルラス」「ゲット・バック」をめぐる章

  お気づきの通り、音楽評論家である著者は、彼らの楽曲をヒントにしてその歴史的な背景や社会的な背景を踏まえて、「なぜビートルズなのか」を語っていくのです。

  世にいうビートルマニアにとって、この本に出てくるエピソードは、ほとんどが既知の事実であり、そこにワンダーを求める読者にとって、この本はワクワクするような内容ではありません。しかし、著者の音楽への造詣は深く、これまでのポピュラー音楽の歴史の中で、いかに多くの要素を吸収して、それを自らのオリジナルソングに仕上げ、それを音楽界にインフルエンスしていったかがよくわかります。近年、SNS上ではインフルエンサーなる言葉が流行していますが、ビートルズはポピュラー音楽のインフルエンサーだったのです。

  特に面白かったのは、20世紀から今世紀に続くワールドミュージックの隆盛がポールやジョージから始まった、と感じられたところです。ワールドミュージックは、ボブ・マーレイやウェザ―リポートのジョー・ザビイヌルによってインフルエンスしたものと思っていましたが、その源流ははるかにビートルズにあったとはワンダーでした。

  難を言えば、最後の章について、ビートルズファンにとってはあまりに凡庸な結論であったので、拍子抜けをしてしまうのは否めないというところです。

  この本は、現在の音楽に大きなインパクトをもたらし、いまやファンが3世代目に突入したビートルズ、そしてその音楽がどのように成り立ち、どのような役割を果たしたかを教えてくれる貴重な本でした。音楽好きでビートルズ好きの方にはオススメです。


  コロナ禍はついに第7波まで到達しました。いまや自らが家族とともに、あらゆる手段(マスク、消毒、密回避)を通じて感染を防ぐことが当然な時代となりました。感染数はもはや世界レベルに達していますが、皆さん、感染防止に全力を尽くして、お過ごしください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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三上延 ビブリア古書堂 祝11歳!

こんばんは。

  ロシアの引き起こした侵略戦争は3ヶ月を超え、ウクライナでの殺戮を続けています。

  人間の欲望は止まるところがありません。アジアには、「足るを知る」という考え方があります。それは、幸福とは今現在の幸福を正しく知ることが必要だという教えです。自己顕示欲や権力欲、支配欲が異常に高い人々は、誰よりも自分が多くの権力と多くの富と多くの領土を手に入れなければ幸福を感じることができません。そこには限度がないのです。

  そして、自らの欲望を満たすためには、他人の苦しみ、命さえも顧みないのです。

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(ロシアにより破壊されたセベロドネツク nhk.or.jp)

  プーチン大統領は、決して自らの欲望のためにウクライナ軍事作戦を始めたのではない、言うに違いありません。しかし、その中心には間違いなく己の欲望があります。それは、自らの力でかつてのロシア帝国や旧ソビエト連邦が手にしていた領土や国家を取り戻し、自らの名前をロシアと世界の歴史に刻みたいという欲望です。

  足るを知らないプーチン大統領は最も不幸です。

  一方で、第二次世界大戦の前と後では、戦争犯罪に対する重みは大きく異なります。それは、人類が自らを滅亡させるに足る力を手に入れたことによる違いです。古代から人を殺めること、人を傷つけることは犯罪として認識されています。そして、最も古い償いは同じ苦しみを与えることです。本来であれば、ウクライナに先に手を出したロシアに対して、その報復はロシア国内に攻め入ることです。しかし、それは世界大戦と世界の破滅を意味します。

  ロシアの卑劣さは、「おまえたちは人類を滅亡させる引き金を引くのか?」との問いを投げ掛けることで、ウクライナへの侵攻を局地化させようとするその思考です。

  新たな時代の民主(のふり)帝国主義に対して、我々はどのように対峙するのか。一人でも多くの人間がプーチン大統領の思想や行動は、人には受け入れられない卑劣な殺戮であることを広く声高に語り、広げていくことが必要です。

  このことは他に転嫁することができない、我々人類が背負った宿題なのです。

  いらだちは尽きませんが、今週は11年目を迎えた本にまつわるミステリィで大人気シリーズとなった文庫の最新刊を読んでいました。

「ビブリア古書堂の事件手帖Ⅲ 扉子と虚ろな夢」

(三上延著 メディアワークス文庫 2022年)

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(ビブリア古書堂最新刊 amazon.co.jp)

【本はこの世からなくなるのか】

  最近、電車の中で文庫本を読んでいる人が少なくなりました。

  多くの人たちは、スマホを片手にゲームにいそしんでいます。時々、タブレットやスマホで何かを読んでいる人もいます。その人たちは、最近よくテレビのCMで見かける電子レンタルマンガで漫画を読んでいます。そして、たまに電子書籍を読んでいる姿も見かけます。

  こうして世代が変わっていくと、紙に印刷された本はやがて世界から消えていくのか、と殺伐とした気持ちになります。

  かつては、「華氏451度」のように、国家権力による焚書坑儒によって地球上から本がなくなってしまう恐怖が描かれていましたが、現実には、国家による統制ではなく、我々人類自らが本を必要としなくなる時代が来るのかもしれません。

  しかし、それは想像もできないはるか未来のこととなるに違いありません。

  なぜなら、日本の学校教育がデジタル化を阻んでいるからです。その証拠に試験が近くなると電車では参考書や辞書を片手にマーカーで色鮮やかになった文字を一生懸命覚えている若者たちを多く見かけるからです。

  うちの息子は小学校の教諭をやっているのですが、小学校にiPadが導入されたとき、タブレットの扱い方を知っている教諭がだれもおらず、子供のころからPCオタクだったうちの息子が校長に頼まれて、タブレットのマニュアル作りに奔走しました。ところが、せっかくマニュアルを作っても誰もそれを読まず、タブレットを使う段になると、ほぼ全員がトラブルを起こし直接きいてくるそうです。聞く前にマニュアル読んでほしい、と嘆いていました。

  その小学校は神奈川県内でも教育レベルが高いことで知られている文京都市にある公立校なのですが、そこでさえも教諭のデジタルリテラシーは極めて低く、アナログがすべてを支配しているのです。

  そうした環境で教育を受けてきた子供たちは、仕事をするために必要な知識を得るときにはおそらく「本」を読むことで物事を知ろうとするに違いありません。つまり、本はなくなることはないというわけです。本をこよなく愛する私としては、安心してよいのか、心配した方が良いのか、複雑な思いの今日この頃です。

【古書堂店主が解き明かす本ミステリィ】

  さて、大人気シリーズだった「ビブリア古書堂の事件手帖」は、2017年に古書堂の女性店主篠川栞子さんとアルバイト店員だった五浦大輔くんが結婚するという大団円で幕を閉じました。

  しかし、著者三上延さんの古書愛は止まることを知りませんでした。

  昨年、待望の新シリーズが始まったのです。このシリーズでは、三上さんがテーマとして取り上げた本や、その著者がまさに主人公と言ってもよいのですが、長編では、さらにそれが面白さの中心となります。例えば、シリーズ初の長編譚では、江戸川乱歩の希少本を巡るいくつもの謎解きが我々を小説世界へといざなってくれ、時を忘れました。第6巻では、太宰治の「走れメロス」をモチーフとした太宰治の希少本を巡る人間劇が語られます。

  そして、最終巻では、なんとシェークスピアの、世界で初めて刊行された全集であるファーストフォリオが主人公となったのです。

  このシリーズは本好きにとっては、思わず顔がほころんでしまう唯一無二の物語なのです。

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(ビブリア古書堂事件手帖10周年記念 amazon.co.jp)

  2021年から始まった第二シリーズでは、いよいよ栞子さんと大輔くんの愛娘、扉子さんが登場します。前作は、日本のミステリィ小説のレジェンド、横溝正史の作品が謎解きの中心となりました。そこに登場する篠川扉子さんは高校生。しかし、思春期の彼女はプロローグで少し垣間見えるのみで、物語はすぐに現在へと戻ります。前作は、新シリーズのスタートにふさわしい全作品中一、二を争う面白さでしたが、その構成にはいくつもの時制が重なっており、若き栞子さんをほうふつとさせる高校生の扉子さんはまださわりのみの登場でした。

  本作では、その扉子さんが前半戦大活躍します。

  今回の作品は、長編でありながらもいくつかのエピソードがつながっていく、三上さん得意のプロットで展開していきます。

  まず、全編を貫くのは、神奈川県藤沢駅前のデパートで開催される古本市です。この伝統ある古本市は、今回が60回目を数え、古本マニアたちが毎回楽しみにしているイベントです。我らが「ビブリア古書堂」もこの古本市の参加店の一つ。古本市の開催は3日間となります。

  今回の物語では、この3日間にいくつものサスペンスが盛りこまれていくのです。

  今回、栞子さんに持ち込まれた依頼は、古くからつきあいのある同業者、古本店「虚貝堂」にまつわるものでした。(このさきネタバレあり。)

  虚貝堂はビブリア古書堂が店を構える北鎌倉と同じ沿線、戸塚駅前で50年以上も営業しているなじみの古書店です。古書店の店主は、すでに70歳を超える年齢ですが、息子と一緒に店を切り盛りしており、店を譲ろうと考えていました。ところが、その息子は急性の胃がんの発見が遅れ、亡くなってしまいます。

  亡くなった虚貝堂の若旦那には、一人息子がいました。しかし、13年前に離婚して、息子は母親に引き取られ、母親の下で育てられました。今回の依頼主は、亡くなった若旦那が13年前に別れた奥様だったのです。そして、依頼の内容は、驚くべきものでした。

  虚貝堂のご主人は、息子の蔵書を売りさばこうとしている、というのです。依頼主の奥様は、亡くなったご主人の一人息子こそ、ご主人の蔵書の相続人であり、蔵書の処分については相続人が判断すべきであり、なんとか蔵書を売ることを止めてほしい、というのです。

  さらに、古書堂を兼ねた篠川家で栞子さんがこの依頼を受けていたとき、ちょうど学校から帰宅した扉子は、この話を立ち聞きしてしまいました。丁度、母親智恵子さんのロンドンでの仕事で出張しなければならなかった栞子さんは、意を決して、扉子を藤沢で開催される古書市に送り込むことにします。

  篠川扉子は、本を巡る謎を解く名手栞子さんと同じく、その手腕を発揮するのでしょうか。

【古書市にはワンダーがいっぱい】

  以前にもブログに紹介しましたが、浦和駅西口にある伊勢丹、コルソから延びる「さくら草通り」を西に向かって抜けていき、旧中山道を渡った広場では、月に1回、「浦和宿古本いち」が開催されています。県内の古本屋さんが選りすぐりの古本を販売してくれるうれしいイベントです。

  散歩で浦和界隈を毎日歩いているのですが、この「いち」がたっていると、そこで1時間以上足止めとなります。それぞれの出品本をみていると興味が尽きません。単行本や文庫本、新書の棚には100円から200円で豊富な本が数百冊もならびます。こちらをくまなく見るのも楽しみなのですが、それ以外にも嬉しい品物が並んでいます。

  まず、目を凝らすのはCDコーナーです。

  最近は、テナーサックスの教室に通っているので、その名曲を集めたベスト盤はタワーレコードなどでは見つかりません。先日も「JAZZ TENOR SAX」なるベスト盤をみつけました。なんと、デクスター・ゴードンの「チーズケーキ」、ジョン・コルトレーンの「インナセンチメンタルムード」、ソニー・ロリンズの「ラウンドミッドナイト」など名手の9曲が収められており、1000円は超お得で、狂喜乱舞しました。

  さらに日本で行われた美術展のカタログも必ずチェックします。

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(2010年 ボストン美術館展カタログ)

  先日は、2008年に名古屋市美術館で開催された「モネ『印象日の出』展」のカタログを見つけ、思わず手に入れてしまいました。なんとその額300円。嬉しい買い物です。さらには、2010年に森アーツセンターギャラリーと京都美術館で開催された「ボストン美術館展」のカタログ。ルノワールをはじめモネ、コロー、シスレー、ピサロと名だたる印象派の巨匠たちの名作が次から次へと登場します。こちらも300円。あまりの感動にしばらくは毎日眺めてほくそえんでいました。

  もちろん、これまで買い逃していた映画のパンフレットや単行本、文庫、新書も。訪れるたびに新たなワンダーを味わうことができます。

  さて、そんな古書市で繰り広げられる謎解きの数々、みなさんもぜひ味わってください。

  今回、取り上げられているのは東宝映画のパンフレット「怪獣島の決戦 ゴジラの息子」、そして樋口一葉の「通俗書簡文」、さらには夢野久作「ドグラ・マグナ」。3日間で繰り広げられる謎解きの妙。今回も篠川栞子、五浦大輔、篠川扉子、そして篠川智恵子が大活躍です。お楽しみに。


  首都圏では、またもコロナの新規感染者が増加しつつあります。皆さん、手洗い、消毒、密回避とマスク着用(熱中症には要注意です。)を励行して拡大防止に努めましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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佐高信 時代を撃つノンフィクション

こんばんは。

  ロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻はついに3カ月を超えました。

  21世紀の幕開けとともに始まったロシアのプーチン政権。20年を超える権力はいったい世界に何をもたらしたのでしょうか。

  第二次世界大戦、そしてソビエト連邦の崩壊による冷戦の終結。我々人類は、多くのことを学んできたはずです。ソ連はヒトラーに蹂躙され、無垢の数千万人ともいわれる命を失いました。そして、中国も海外の侵略と清王朝の崩壊、そして内戦と日中戦争によって多くの命が失われました。

  国際連合は、過去、超大国の脱退により国際平和が維持されなかった歴史を繰り返さないために安全保障理事国に「拒否権」を認めました。

  それは、第一次世界大戦後、アメリカの提唱により発足した国際連盟の失敗から教訓を得た仕組みです。第一に国際連盟はアメリカが提唱したにもかかわらず、アメリカの国内世論がアメリカの不干渉主義を守るがために国際連盟への加盟に反対し、アメリカは不参加となりました。さらに、枢軸国と言われたドイツ、イタリア、日本は大国による領土不可侵主義や軍縮の強要に反対して相次いで国際連盟を脱退。世界は再び世界大戦へと突入していったのです。

  ウクライナ侵攻への非難決議は、当事国ロシアの拒否権発動により採択されず、国連安全保障理事会が機能しないことを世界に露呈することとなりました。また、これまで安保理によって採択されてきた北朝鮮のミサイル発射実験に対する制裁決議も、ついに先日、ロシアと中国の拒否権発動によって否決されました。

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(ロシア、中国による拒否権発動 asahi.com)

  その理由は、「経済制裁によって和平を求めることは有効ではない」とのことでした。

  「価値観」と言う点では、79億人を超えた人類はひとりひとりが別の人格なのであり、その多様性が否定されることは悲劇を生む大きな要因となります。しかし、すべての人類にとって決して味わいたくない不幸と言うものは存在します。それは、SDG’sでも謳われるとおり、抑圧、貧困、飢餓ですが、最も不幸なことは理由もなく家族を失うこと。さらには別の人間から殺害されることは誰にとっても悲劇、不幸なことに違いありません。

  21世紀の現在、地域の紛争や内戦で命を失う人々が後を絶たないことは事実ですが、ひとつの国の我がままによって他の国の国民を一方的に蹂躙し、殺害することは、そこにどんな理由があろうとも許されざる行為です。そうした意味で、今回のプーチン大統領の暴挙は、すべての人類にとって犯罪であり、報い、贖罪をすべき最悪の行いであることは明白な事実です。

  第二次世界大戦は、ヒトラーに対して「国家同士の殺戮行為」を避けるためにヨーロッパ各国が譲歩を選択した隙をついて、始まりました。

  バイデン大統領は、核戦争だけは決して起こしてはならないとの決意から、直接ロシアに参戦する口実を与えることになる、自国兵の派遣や、ロシア領土を侵すことになる戦略兵器の貸与を明確に否定しています。この理性は非常に合理的ですが、プーチン大統領が帝国主義的独裁者だとすると、その理性的判断を利用しようとすることも考えられます。

  そうであっても、ウクライナでの市民の殺戮はなんとしても止めなければなりません。

  それには、プーチン大統領の権力内で権力を振るう一部の人たち以外のすべての人間が、ロシアの国民も含めて、自らが数百万人もの不幸や死を見過ごすことに否を宣言することが必要です。

  先日、指揮者の佐渡裕氏が久しぶりに新日本フィルハーモニーの音楽監督に就任し、そのコンサートへと足を運びました。そのアンコール。佐渡さんはチャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」を演奏しました。この曲は、チャイコフスキーがウクライナの民謡の美しさに感動し、そのメロディを変奏し、作曲した素晴らしい旋律の曲です。平和を願うアンコール曲。胸を撃たれましたが、隣の男性が涙を流し、「平和だよ、平和だ。」と声を枯らせていたのが忘れられません。

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(佐渡裕指揮 新日本フィル公演 ポスター)

  すべての人々がこの戦争を止めることを心に定めて、「否」を告げることが必要です。

  さて、本の話です。

  今日ご紹介する本は、日本のノンフィクション100冊が語られる佐高信さんの新書です。 

「時代を撃つノンフクション100」

(佐高信著 岩波新書 2021年)

【政治と時代の評論家が選ぶノンフィクション】

  佐高さんは、テレビへの露出も多くあり、その論評はユニークです。その発言は過激で常に批判的ですが、よく聞いていると保守系のアウトローとの印象があります。自民党の小泉さんや安倍晋三首相への批判は、政権の政策への批判もさることながら強く右傾化した思考や行動に対して嫌悪感を持っているように聞こえます。また、共産党批判の急先鋒にも立っており、護憲派にもかかわらず、ある護憲の会に共産党がかかわってると知ると参加を拒否する、など徹底した批判精神の持ち主に見えます。

  その批判精神とアウトローぶりは徹底していますが、今一つ実態は判然としません。

  その佐高さんが、日本のノンフィクションから100冊を選んで紹介するのが本作です。1冊に見開き2ページで紹介されているのですが、そのユニークさは評論と同じです。なんと、一冊としてその内容を解説したページがないのです。ほとんどは、佐高さん自らが接した著者の姿勢や印象、さらにはその作家がノンフィクションを描くときの背景や動機の紹介に費やされているのです。

  そのため、紹介された本に何が書かれているのかは、想像力でおぎなっていくことになります。

  しかし、佐高さんは、その文章の中に100冊に選んだ理由だけは明確に語っています。

  まずは、どんな思いでノンフィクションが選ばれているのか、目次を見てみましょう。

  まず、「Ⅰ.現代に向き合う」では40冊の本が紹介されます。ここでは6つのカテゴリーで作品が分類されています。

  ■格差社会 ■経済の深層 ■アウトローの世界 

  ■宗教のゆくえ ■現代アジアと日本 ■科学と市民

  そして、「Ⅱ.メディアへの問いかけ」。佐高さんが最も利用したメディアを媒体として26冊の本を挙げていきます。カテゴリーは、2つ。

  ■格闘するメディア ■メディアの中の個性たち

  最後の「Ⅲ.歴史を掘り下げる」では、日本が突入した戦争から近代史を3つのカテゴリーに分類し、34冊の本を挙げています。

  ■戦争を考える ■朝鮮・中国の歴史と日本社会 

  ■近代史を学ぶ

  題名のとおり現代の日本を生きる我々にとって忘れてはならない出来事を、人間を描くことで記録したノンフィクション。興味は尽きません。

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(「時代を撃つノンフィクション100 amzson.co.jp)

【ノンフィクション選定の目線】

  本を選ぶとは、選者の生き方やポリシーがそこに反映される行為です。

  佐高さんの場合には、その紹介の仕方も型破りですが、何と言ってもその本の選び方がまさにアウトロー的なのです。

  このブログでもノンフィクションは大好物で、これまでもカテゴリーを設けて取り上げてきましたが、その紹介数は57冊にしかすぎません。それでもここで書かれている100冊にはよく知った著者名がたくさん出てきます。ところが、その著者の本は、一冊たりとも私の読書歴と重なっていないのです。

  例えば、元ジャーナリストで壮絶無頼なノンフィクション作家であった本田靖春氏。

  氏の代表作はと言えば、金字塔とも呼ばれた「誘拐」です。この本は、昭和38年に起きた誘拐殺人事件を題材としたノンフィクションであり、当時4歳の吉展ちゃんが誘拐され、身代金を失い、未解決のまま23か月後、犯人逮捕に至って解決されるまでの顛末が記されています。この本では、事件の稠密な取材だけではなく、犯人、翻弄され捜査する刑事たち、さらには被害にあった家族など人間そのものの姿が描かれ、時代とは何か、社会とは何か、日本人とは何かが問われる、傑作ノンフィクションでした。しかし、佐高さんはこの本で、「誘拐」ではなく、次の作品である「私戦」を取り上げています。

  「私戦」で取り上げられているのは、「金嬉老事件」です。この事件は昭和432月にライフルを持った金嬉老が金貸しの暴力団員2名を射殺し、その後、静岡県寸又峡温泉の旅館にて、13人を人質として立てこもった事件を指します。事件の特殊性は、籠城した金がかつて警察から受けた韓国人差別への謝罪を要求したことにあります。金は、マスコミを呼び何度も記者会見を開き、これまで受けた差別を語り、警察からの謝罪を求めたためにこの事件は、民族差別事件として報道されることとなります。加熱する報道合戦。果たして事件の本質は何だったのか。

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(本田靖春著「私戦」 amazon.co.jp)

  この本は、ヘイトスピーチが巷間に溢れる現代、在日朝鮮の人々への差別を問いかけた、との文脈で梁英姫氏の「ディア・ピョンチャン」や辺見庸氏の「1937」とともに紹介されています。

  佐高さんの視点は極めて個性的でどの紹介文も楽しめます。そして、まだ読まぬ著名人たちの名作がこの本には詰まっています。

  大下栄治氏の「電通の深層」、辻野晃一郎氏の「グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた」、野坂昭如氏の「赫奕(かくやく)たる逆光」、吉村昭氏の「ポーツマスの旗 外相・小村寿太郎」、城山三郎氏の「鼠」、鴻上尚史氏の「不死身の特攻兵」、西木正明氏の「ルーズベルトの刺客」、石光真人氏の「ある明治人の記録」などなど

  これまで作家の名前こそよく知り、何冊かはその著書も読んだ作家たちの渾身のノンフィクションの名前がここに紹介されています。ぜひ、こうした本を手に取ってこれからの豊かな人生の糧にしたいと思っています。

  皆さんも、この本の中から読みたいノンフィクションを探し当てて下さい。人生が豊かになること間違いなしです。

  そういえば、月曜日のNHK「映像の世紀 バタフライエフクト」は「我が心のテレサ・テン」と題して、台湾出身の歌姫テレサ・テンが中国、香港の若者たちにどれほどの影響を与え、天安門事件に至る歴史の中でどのようなインパクトをもたらしたのか、台湾、香港、中国のチャイニーズとは何なのか、を描き出して感動的でした。奇しくもこの本では、テレサ・テンも歌った「何日君再来」の謎を追った中薗英輔氏のノンフィクション「何日君再来物語」が紹介されています。興味のある方はぜひ、手に取ってみて下さい。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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茂木健一郎 偶然と必然のシンギュラリティ

こんばんは。

  世界中を席巻した新型コロナウィルスは、人類の繰り出すワクチンに対抗してその姿を次々に変化させ、現在はオミクロン株のXE系という新たなフェイズへと変化しています。人類は、巧みな知恵と対応力で対抗し、インフルエンザと同様の共存可能な状況への移行を試みています。

  ヨーロッパやアメリカなどではすでに法的、行政的な規制などは徐々に撤廃され、個人による防衛とそれを基礎とした経済の活性化へとかじを切ろうとしています。

  我々日本も、徐々に海外からの入国規制を緩和し、国内での経済活動の制限も少なくして一人一人の感染防止意識に裁量をゆだねる方向に移行しつつあります。我々がコロナウィルスと共存していくには、すべての年代、あらゆる生活様式において感染対策と防疫消毒行動を理解して日常生活を送ることが求められます。コロナによって死亡、重症化、そして後遺症発症が起きることを踏まえて、自らの命や周囲の大切な人たちの命を守っていくことが必要です。

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(新オミクロン株 XE mainichi.com)

  一日も早く、旅行、会食、交流、イベントができるよう努力を重ねていきましょう。

  一方で、ロシアがウクライナに一方的に軍事侵攻し、戦争を始めてからすでに2カ月がたとうとしています。ウクライナではすでの数万の市井の人々が犠牲となり、あまつさえ、ロシア軍が占領した地域では、市民の虐殺が行われていたことが明らかになりました。

  ウクライナの人々は、劣勢な軍事装備にもかかわらず、ゼレンスキー大統領の下で驚くほどの結束力を堅持して、ついにロシア軍を首都キ-ウ(キエフ)から撤退させました。プーチン大統領は当初首都を制圧し、ゼレンスキー大統領を拘束のうえで罷免し、親ロシア政権を打ち立てようともくろんでいたと思います。しかし、大統領のリーダーシップと欧米各国からの支援、さらにはウクライナ国民の自由への熱い想いは、ロシア軍を首都から撤退させたのです。

  しかし、侵攻したロシア軍は体勢を立て直し、2014年に併合したクリミア半島に陸地から移動できる街道を確保する目的で、東部のドネツク人州をドネツク民共和国、ルガンスク州をルガンスク人民共和国として独立させる目的で趙具地区の制圧へと方針を切り替えたのです。

  ロシアの各都市へのミサイル攻撃は容赦なく罪なき市民を襲い、クリミア半島への交通の要所マリウポリでは、街そのものを壊滅させ、数万人にも上る市民を殺戮しようとしています。我々人類は21世紀に入り、戦争がいかに無益で人類の未来を閉ざすものなのかを学んできたはずです。しかし、長く権力の座に君臨する独裁者には「ロシア帝国」の復活以外のことは目に入らないというのでしょうか。

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(最後の砦 マリウポリアゾフスターリ製鉄所 asahi.com)

  独裁的権力による仮想民主主義者たちは、自らの政権と国家を強くするために領土への野心をとめようとはしません。そして、利害が一致する限り、プーチン大統領の非道に反対することなく、そこへの一体感さえも漂わせているのです。

  欧米各国は、この非道な戦争に対してなんとか地域紛争として世界戦争への広がりを麻恵洋としています。プーチン翁はそれをいいことに「核兵器」をちらつかせて欧米をけん制しています。プーチン翁はこの殺戮である戦争が自らに襲い掛かってきた過去を正しくみつめなければなりません。不毛な侵略によってどれだけのロシア国民が死んでいるのか。一人の権力者の我がままによって何万人もの人々が死んでいくのを見るのは耐えがたいことです。

  我々は、そのことの非道さに決して目をそらせてはなりません。そして、このことの過ちをあらゆる場面で糾弾していかなければなりません。

  さて、本の話です。

  先日、本屋巡りをしているときに新書の棚に「茂木健一郎」という名前をみつけました。一時期、この名前が記されている本はすべて読んでいましたが、途切れていました。久しぶりに見た名前から本の表題を見るとそこに書かれていたのは、「クオリア」という一言。胸を躍らせて手に入れたのはいうまでもありません。

「クオリアと人工意識」

(茂木健一郎著 講談社現代新書 2020年)

【人工知能と人間の脳】

  この本では人工知能における「シンギュラリティ」が語られています。

  茂木さんは脳科学者ですが、もともとは物理学を専攻していました。物理とはこの宇宙を司る法則とその根源を研究する科学です。その研究は、相対性理論を生み出し、すべての物質、宇宙は原子、電子、素粒子によってできていることを解き明かしました。その結果、我々の宇宙はその95%が未知の物質であるダークマターによって満たされていることが分かっています。

  その宇宙の存在と双璧をなすワンダーが生命です。

  ことにこの地球上では究極の脳を持つ人類はどのような存在なのか。人間とは何なのか、人間の脳とはどのようにして人間を人間として存在せしめているのか。

  茂木さんの提唱した「クオリア」の謎を解明すべきとの命題は、きわめて新鮮な問いかけでした。

  我々は生きていくうえで自分の身の回りを五感によって認識しています。例えば、目の前に白い犬がいて、しっぽを振っています。かわいいなあ、と思いつつ、その犬が突然襲い掛かってきたらどうしようかなどと考えます。基本的にはその犬が目で見えていること、その声や息が耳に聞こえていることによって、それが目の前にある事実であることを認識します。我々が認識するその犬に関する質感が「クオリア」と呼ばれるものです。

  現実として目の前に白い犬がいる場合、人がその「クオリア」を感じていることはとてもわかりやすい事象です。人間の不思議さは、白い犬が目の前にいたくてもその白い犬を想い感じることができることです。我々は目をつぶって犬を思い浮かべ、その白い色や毛並みの質感までをも感じることができます。それは我々(の脳)が「クオリア」を創りだしているからだというのです。

  つまり、クオリアのワンダーとは、我々人間が思うことのすべては「脳内現象」であって、外の世界はそこには存在していないという事実なのです。

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(新書「クオリアと人工意識」 amazon.co.jp)

  一方、人工知能における「シンギュラリティ」とは、人工知能が2045年に人の脳の性能を超える状態となり、人類では想定できないことが起きる、ことを指しています。もともと数学の世界では無限大になる「特異点」を意味しますが、その言葉を人工知能に転用したものです。

  具体的には、コンピューターが人間を超えることを意味します。

  我々の脳は、微弱な電気信号を使って神経才能間でのやり取りにより人間の体を動かしています。その電気信号は、シナプスと呼ばれる数億にも上る神経細胞から発せられますが、シナプスとシナプスの間にはニューロンと呼ばれる極小の隙間(空間)があり、ニューロンの数は数兆に上るとも言われています。そして、コンピューター内でやり取りされる電子信号が、我々の脳内のシナプスとニューロンの数を超えるとき、人間以上の人工知能が生まれ、そこで何が起きるかはまったくわからない、というのです。

  果たして「シンギュラリティ」により人工知能は人間を超えるのでしょうか。

【人工知能はクオリアを生み出すのか?】

  茂木さんは、脳科学者としてその命題に挑んでいきます。

  この本で茂木さんは、人間の脳と人工知能の間にどんな課題があるのかを科学的に紐解いていきます。それには、我々の存在を人間として成立させている諸条件を分析することが必要です。

  この本のワンダーはそのプロセスに宿っています。

  まず、重要な認識は、「人間」や「人類」という言葉はあくまでも言葉であって、実際には一人一人の身体性から発せられる意識や知性が「人」であるという考え方です。我々の持っている「意識」、「知性」、「認識」は一つの個体の内側で起きていることであり、外界とは切り離されていると言うことです。

  人工知能が我々人間と同じ次元で成立するためには、人工知能が内側の世界を自ら自律的に確立していることが求められます。

  人工知能には、自ら意識を持った自律的な能力を備えた「強い人工知能」と特定の能力に特化して能力を発揮する「弱い人工知能」があります。皆さんは気づいていると思いますが、この本の題名にあるのは、「人工知能」ではなく「人工意識」です。囲碁や将棋、気象予想やDNA解析、特定の力仕事、短銃作業の連続などなど、「弱い人工知能」はすでに我々人間をはるかに凌駕する能力を備えつつあります。

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(AIで再現された美空ひばりさん sankei.com)

  一方、人工意識を持った自ら認識し、判断する「強い人工知能」はまさに発展途上です。

  「クオリア」の重要性を説く茂木さんは、この本の各章で人工知能に必要な「知性」、「意識」、「意志」について考察を加えていき、人工知能が「人工意識」を身に着け、クオリアにたどり着くことができるのかについて、最新の脳科学による分析を試みていくのです。人工知能が人工意識を持つためには、我々一人一人が持っている意識とは何か、が解き明かされなければ、人工意識の規範を作ることができません。

  しかし、意識とは不可思議な現象なのです。例えば、我々が眠りについた時、「意識」はまるで消えたかのようになくなります。そして、朝起きた時、意識はよみがえります。ところで、寝た時の自分と起きた時の自分が同じ人間であることはなぜ分かるのでしょう。それは、我々の脳が状況証拠を積み重ねて判断できるからなのです。それは、起きた時の状況を認識し、意識を失った時と同じ状況、同じ状態であることを記憶から取り出して初めて連続した自分であることが認識されるのです。

  この本でワンダーだったのは、「意志」とは何かという認識です。

  科学的に考えると、この宇宙はアインシュタインをはじめとした物理学者たちが解き明かしたように、すべて物理的なものから生まれ出されています。つまり、対称性のズレからビッグバンが起こり、素粒子を基とした数々の元素が生まれ出されます。もともと無機的であった元素は、100億年をかけて様々な元素に生まれ変わり、地球という稀有な環境の中で有機的な生命が生まれました。そして、有機的な元素は、驚くべき進化を経て、我々ホモサピエンスが生まれました。

  科学的に言えば、こうしたプロセスはすべて必然であり、なるべくしてなっている、というのです。

  しかし、我々人間はひとりひとり「意志」を持ち、環境の中で自由な意思で選択を行い、自分の今を選択と努力によって勝ち取ってきたと認識しています。それは、偶然が満ち満ちた世界の中で意志による選択があったからだと信じています。

  しかし、本当にそうなのでしょうか。それは単なる思い込みであり、客観的に見ればすべては物理学の方程式、ニューロンとシナプスによって導き出された必然の出来事なのです。

  しかし、茂木さんは、一人一人が自らの意志で生き、努力を重ねることこそが人間の身体性であり、いまだ解き明かせない世界なのだ、といいます。


  はたして、「シンギュラリティ」は出現するのか。皆さんも、この本で最新の人工知能の課題を読み解いてください。ワンダーを感じること間違いなしです。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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ロシア プーチン翁の老いの妄執

こんばんは。

 平和と調和、そして多様性の祭典である北京オリンピックが閉会し、第2幕である北京パラリンピックの開会式が待たれる間隙の合間を縫って、ロシア軍が隣国ウクライナに侵攻し、事実上の戦争を仕掛けました。今もウクライナでは罪なき市民がロシアの攻撃によって殺戮され、死の恐怖に直面しています。

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(ミサイル攻撃を受けたハリコフの住宅 jiji.com)

 我々人類は、ここまで4000年の歴史の中で常に闘いに明け暮れていました。しかし、産業革命以降、我々は大いなる技術力を身に着け、一度に大量の命を奪うことができる兵器を手にしてしまいました。銃弾による殺戮、戦車や装甲車による衣食住や命の殲滅、航空機による空からの爆撃、海上では戦艦や空母による地上への砲撃、さらにはミサイルやICBMによる遠距離殺戮。

 20世紀の戦争は、まさにそうした大量殺りく兵器によって世界が分断され、ある統計資料によれば、第一次大戦で亡くなった人は約852万人、第二次世界大戦では約912万人もの人々が戦争によって命を落としたといいます。

 一口に912万人と言えば、それは単なる数値に聞こえますが、そこには亡くなった一人一人の人生、物語があります。我々は、コロナや災害で亡くなった方々には父親や母親、愛する娘や息子、そしていとおしい孫がいることを知っています。そして、人が生きている限り、そこに関わるたくさんの友人たちが取り巻いてくれているのです。

 人はいくら生きても200年は生きられません。命は必ず尽きますが、命が続く間、我々は大勢の人々とかかわりながらなすべきことをなし、最後の瞬間まで命を燃やします。ところが、戦争は自らの意志、もっと言えば自然から授かっている寿命と関係なく、人の命を奪っていくのです。それは、そこに関わるすべての人の幸福を奪い、悲しみと苦しみのどん底へと叩き落す残酷な行為に他なりません。

 理不尽な殺戮で大量の幸福を奪い、大量の不幸と絶望を生み出す人類の冒す最大の罪、それが戦争なのです。

20世紀 我々は何を学んだのか】

 第二次世界大戦で生み出された最終兵器は核兵器です。

 科学は、この宇宙が創りだした物質の謎を次々に解き明かし、ついに原子をつなぎとめている途方もないパワーを引き出す技を手に入れました。実際に核爆弾は第二次大戦で我々の国、日本に投下され、広島では一瞬にして9万人以上の命が一瞬にして消え去りました。さらに、原爆の放射能により、その後、56万人もの人々が放射線に苦しんだとも言われています。さらに長崎にも原爆が投下され、7万人もの人々が亡くなりました。そして、被爆した方々は16万人以上に及んでいます。

 核兵器は、一つの都市を地上から消し去るだけではなく、放射能により世界を不毛の大地と化してしまう恐ろしい兵器です。現在、核兵器を保有する国はアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、そして北朝鮮であり、その数は13,000発と言われており、その90%をアメリカとロシアが保有しています。この数は、地球上の人類を35回以上殺戮できる数だとの計算もあります。

 かつて、アメリカとソ連の冷戦下では、ソ連がキューバに核を持ち込むとの事件が持ち上がり、当時のケネディ大統領は核の使用さえも覚悟し、あわや核戦争にいたる一歩手前まで、事態は進みました。しかし、ソ連のフルシチョフ第一書記が最後の最後にキューバへのミサイル配備を取りやめるという理性ある判断に至たり核戦争は回避されました。

 このときにアメリカ大統領とソ連書記長の間に直通のホットラインが敷かれたのは有名な話です。

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(キューバ危機後のフルシチョフケネディ会談)

 こうして核兵器は世界大戦の抑止力となりました。

 しかし、核兵器が抑止力となった後も、世界では地域紛争が絶えることはありません。

 1991年にゴルバチョフソ連大統領が辞任し、ソビエト連邦は崩壊しました。ソ連に変わりロシアが復活しましたが、それは共産主義ではなく共和国でした。アメリカとソ連の2極化した世界で繰り広げられた冷戦は終焉を迎え、世界にはアメリカ主導の平和が訪れると期待した人もいます。

 アメリカは、冷戦終了後も戦争と紛争に明け暮れていました。

 クウェートに侵攻したフセイン大統領の野望をくだくべく国連公認のもと連合軍を率いて行った湾岸戦争。21世紀に入ってからは、アルカイダによって仕掛けられた同時多発テロへの報復として、アフガニスタンへと攻め入り、タリバン政権を崩壊させ、民主政権を樹立させました。それに続いて、イラクのフセイン大統領が大量破壊兵器を隠し持っている証拠があるとの理由で、イラクに攻め入るや嵐のような空爆でフセイン大統領を逮捕し、死刑に処したのです。

 21世紀のアメリカの戦争は、まさに「報復」ですが、アフガニスタンでは民主政権がイスラム国やタリバンの反抗、反撃に耐えられず、長くアメリカ軍が駐留し政権を支えてきました。しかし、昨年、バイデン政権がアメリカ軍を撤退するや否や、アッという間にアルカイダが各都市を占領。結局、アフガニスタンではアルカイダの政権が返り咲いたのです。

 さらに、イラク戦争では、攻め入って勝利を得たアメリカ連合軍ですが、実はイラクに大量破壊兵器は存在していなかったというお粗末な結果が公表されました。

 アメリカだけではなく、新たな共和国を立ち上げたロシアもアメリカに負けず劣らず紛争に明け暮れています。

 崩壊後のソ連では、ロシア共和国を巡って権力の座に就いたエリツイン大統領は、自らの健康不安のために、後継者にプーチン氏を指名し、20005月にプーチン大統領が誕生しました。皮肉なことに後継者を指名した理由が、プーチン氏が民族主義者であると同時にエリツイン大統領の言うことに素直に従いそうだ、というものでした。しかし、元KGBのプーチン大統領は、まれにみる切れものだったのです。

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(大統領就任式のプーチン氏 wikipediaより)

 プーチン大統領は「強いロシアの復活」をかかげ、まず、国内で独立のために兵を挙げたチェチェン紛争に対し、徹底的な戦闘による力での解決で臨みました。チェチェンでは、多くの市民がこの内戦に巻き込まれ亡くなりましたが、ロシア政府軍は強大な軍事力でチェチェン独立派に『打ち勝ち、チェチェン紛争を抑え込んだのです。

 さらに、エネルギー政策により経済力を回復させたプーチン大統領は、反民主主義へと大きく舵を切り始めます。アサド政権が強権を発動するシリアでは、イスラミックステイツや反政府軍の攻勢などが複雑に絡み合い、欧米が反政府軍を支援しましたが、プーチン大統領はアサド政権の政府軍を支援し、シリアでの空爆を遂行しました。

 はたして我々人類は、二つの世界大戦を経験した20世紀の間に何を学んできたのでしょうか。

【侵略戦争はあってはならない暴挙】

 今回のウクライナ侵攻の下地は、2014年にロシアがクリミア半島を併合しようとしたことがことの始まりのように見えます。

 クリミア半島は、ロシア帝国の時代からロシアの貴重な不凍港のひとつとして、重要な戦略的役割を果たしてきました。しかし、ロシア帝国とオスマントルコ帝国の争いでクリミア戦争が起こり、その帰属はめまぐるしく変わり、さらには第一次世界大戦、そしてロシア革命を経て旧ソ連共和国の自治区の一つとしてウクライナの一部となりました。ところが、ソ連が崩壊したのち、2004年の選挙で親ロシア政権の大統領が当選しましたが、ウクライナ国民はその選挙に不正があったとして、再選挙を求めました。この運動はオレンジ革命とも呼ばれますが、再選挙によってロシアに距離を置く政権が発足しました。これ以降、ウクライナの大統領はあるときには西側の支援を受け、あるときには親ロシアの政策をかかげることを繰り返してきました。

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(オレンジ革命時の首都キエフ wikipediaより)

 クリミア半島はと言えば、歴史的に多くのロシア人が流入して居住していましたが、ソ連時代の1954年、ウクライナ出身のフルシチョフ書記長が主導し、当時のウクライナ・ソビエト社会主義共和国の州としてウクライナに帰属することとしたのです。これ以降、クリミア半島はウクライナ領とされてきましたが、そこに住むロシア人たちは、ソ連崩壊後、西側に揺れ動いていくウクライナの政権に反感を覚えていたことは想像に難くありません。

 そして、2014年、クリミア州はクリミア自治共和国としてセヴァストプリ特別区とともに自らロシア連邦と一員となるとする条約に調印し、ロシアへの併合が行われました。

 さらに今回、ロシアのプーチン大統領は軍事侵攻の前々日、ウクライナ国内のロシア人居住地であるドネツク州を「ドネツク人民共和国」、ルガンスク州を「ルガンスク人民共和国」として独立承認することを閣議決定し、独立を承認する大統領令に署名しました。

 そして、224日、ウクライナがロシア人に対してジェノサイド(大量虐殺)を行っており、ロシア人の命を守るためにウクライナに侵攻する、と宣言しベラルーシ国境近くの北側とクリミア半島から、そして、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国からの軍事派遣要請に従って東側からウクライナ国内に侵攻を行ったのです。

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(独立承認を発表するプーチン大統領 mainichi.com)

 それは、ロシアの一方的な宣言によって行われ、首都キエフにはロシア軍が迫り、南部や東部の中核都市が一斉にロシア軍に侵略されるという事態に至りました。

 ウクライナとロシアの間には歴史的にも近年にも領土をめぐる紛争があったことは事実ですが、ドネツクやルガンスクの東部では紛争停戦のため、2015年にミンスク合意が締結されました。にもかかわらず、ロシアはこれを無視して一方的にウクライナに攻め入ったのです。

 ウクライナという国際的にもその主権が認められた国家に理由はともあれ、一方的に軍事浸入を行い、国家、国民を殺戮することは国際ルールを無視した一方的な宣戦布告に他なりません。これは、これまでの国際法に照らしても国際ルールをすべて無視する暴挙、国家侵略としか言いようがありません。

【一日も早く市民の殺戮をとめなくては】

 ウクライナの市民は、突然蹂躙された国家がロシアに征服されないために高齢者や子供とその母親を除いてすべての国民がロシアと闘う決意を固めています。そして、欧米からの軍事支援も効果を挙げて、ウクライナはロシアのキエフ侵攻を強い抵抗によって食い止めている状況です。

 恐らく侵攻後、数日でキエフを制圧し、ロシアの傀儡政権を打ち立てようともくろんだプーチン大統領の戦略は、ウクライナ国民の予想外の頑強な抵抗により侵攻後1カ月以上も遅れ、破たんしつつあります。このため、ロシアはロシア国内黒海に進出した戦艦から数百発ものミサイルを発射し、ウクライナの主要都市を空爆しています。その初期には、軍事施設を攻撃していたミサイル郡ですが、思わぬ抵抗へのイラダチと停戦をできる限り優位すすめるとの目的で、学校や病院、避難先である劇場など、市民が避難している施設への無残な攻撃を続けています。

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(ミサイル攻撃を受けた避難先の劇場 news.yahooより)

 ソ連崩壊後にロシア共和国の大統領に就任して以来22年間、プーチン大統領は極めて冷静で的確な政策を強力に推し進めることにより、ロシアをエネルギー大国に押し上げてその経済を立て直し、チェチェン独立に対しても強権を発動して軍事力で制圧して国内をまとめてきました。しかし、旧ソ連時代の衛星国が次々に革命のために民主主義政権へと移行し、その最後の砦がベラルーシであり、ジョージアやモルドヴァなども独立し、確かにウクライナはクリミアも含めてロシアにとっては死守すべき砦となったとき、プーチン大統領はその戦略を誤ったとしか思えません。

 市民を狙い、無差別殺戮を行うプーチン大統領は、もはやかつてロシアを侵略したナポレオンやヒトラーと何ら変わらない犯罪人、殺戮者に成り下がりました。

 心ある国際社会の国々とその市民は、あらゆる手段を使ってロシアの暴挙を止めることが必要です。東部の都市マリウポリでは、40万人の住民が避難もできず、電気、ガス、水道も止まり、食料さえもなくなっていると言います。あまつさえ、ロシアはマリウポリに降伏を申し入れ、さらなるミサイル攻撃を続けています。ウクライナ市民は降伏を拒否しましたが、この都市の市民を救うためにもプーチン大統領に不毛な戦争の停止を選択させる必要があります。

 皆さん、ウクライナ市民のためにも、我々の未来のためにも、心を一つにしてこの戦争にNOを言い続けましょう。

 それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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ロシア プーチン翁の老いの妄執

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こんばんは。

 平和と調和、そして多様性の祭典である北京オリンピックが閉会し、第2幕である北京パラリンピックの開会式が待たれる間隙の合間を縫って、ロシア軍が隣国ウクライナに侵攻し、事実上の戦争を仕掛けました。今もウクライナでは罪なき市民がロシアの攻撃によって殺戮され、死の恐怖に直面しています。

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(ミサイル攻撃を受けたハリコフの住宅 jiji.com)

 我々人類は、ここまで4000年の歴史の中で常に闘いに明け暮れていました。しかし、産業革命以降、我々は大いなる技術力を身に着け、一度に大量の命を奪うことができる兵器を手にしてしまいました。銃弾による殺戮、戦車や装甲車による衣食住や命の殲滅、航空機による空からの爆撃、海上では戦艦や空母による地上への砲撃、さらにはミサイルやICBMによる遠距離殺戮。

 20世紀の戦争は、まさにそうした大量殺りく兵器によって世界が分断され、ある統計資料によれば、第一次大戦で亡くなった人は約852万人、第二次世界大戦では約912万人もの人々が戦争によって命を落としたといいます。

 一口に912万人と言えば、それは単なる数値に聞こえますが、そこには亡くなった一人一人の人生、物語があります。我々は、コロナや災害で亡くなった方々には父親や母親、愛する娘や息子、そしていとおしい孫がいることを知っています。そして、人が生きている限り、そこに関わるたくさんの友人たちが取り巻いてくれているのです。

 人はいくら生きても200年は生きられません。命は必ず尽きますが、命が続く間、我々は大勢の人々とかかわりながらなすべきことをなし、最後の瞬間まで命を燃やします。ところが、戦争は自らの意志、もっと言えば自然から授かっている寿命と関係なく、人の命を奪っていくのです。それは、そこに関わるすべての人の幸福を奪い、悲しみと苦しみのどん底へと叩き落す残酷な行為に他なりません。

 理不尽な殺戮で大量の幸福を奪い、大量の不幸と絶望を生み出す人類の冒す最大の罪、それが戦争なのです。

【20世紀 我々は何を学んだのか】

 第二次世界大戦で生み出された最終兵器は核兵器です。

 科学は、この宇宙が創りだした物質の謎を次々に解き明かし、ついに原子をつなぎとめている途方もないパワーを引き出す技を手に入れました。実際に核爆弾は第二次大戦で我々の国、日本に投下され、広島では一瞬にして9万人以上の命が一瞬にして消え去りました。さらに、原爆の放射能により、その後、56万人もの人々が放射線に苦しんだとも言われています。さらに長崎にも原爆が投下され、7万人もの人々が亡くなりました。そして、被爆した方々は16万人以上に及んでいます。

 核兵器は、一つの都市を地上から消し去るだけではなく、放射能により世界を不毛の大地と化してしまう恐ろしい兵器です。現在、核兵器を保有する国はアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、そして北朝鮮であり、その数は13,000発と言われており、その90%をアメリカとロシアが保有しています。この数は、地球上の人類を35回以上殺戮できる数だとの計算もあります。

 かつて、アメリカとソ連の冷戦下では、ソ連がキューバに核を持ち込むとの事件が持ち上がり、当時のケネディ大統領は核の使用さえも覚悟し、あわや核戦争にいたる一歩手前まで、事態は進みました。しかし、ソ連のフルシチョフ第一書記が最後の最後にキューバへのミサイル配備を取りやめるという理性ある判断に至たり核戦争は回避されました。

 このときにアメリカ大統領とソ連書記長の間に直通のホットラインが敷かれたのは有名な話です。

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(キューバ危機後のフルシチョフケネディ会談)

 こうして核兵器は世界大戦の抑止力となりました。

 しかし、核兵器が抑止力となった後も、世界では地域紛争が絶えることはありません。

 1991年にゴルバチョフソ連大統領が辞任し、ソビエト連邦は崩壊しました。ソ連に変わりロシアが復活しましたが、それは共産主義ではなく共和国でした。アメリカとソ連の2極化した世界で繰り広げられた冷戦は終焉を迎え、世界にはアメリカ主導の平和が訪れると期待した人もいます。

 アメリカは、冷戦終了後も戦争と紛争に明け暮れていました。

 クウェートに侵攻したフセイン大統領の野望をくだくべく国連公認のもと連合軍を率いて行った湾岸戦争。21世紀に入ってからは、アルカイダによって仕掛けられた同時多発テロへの報復として、アフガニスタンへと攻め入り、タリバン政権を崩壊させ、民主政権を樹立させました。それに続いて、イラクのフセイン大統領が大量破壊兵器を隠し持っている証拠があるとの理由で、イラクに攻め入るや嵐のような空爆でフセイン大統領を逮捕し、死刑に処したのです。

 21世紀のアメリカの戦争は、まさに「報復」ですが、アフガニスタンでは民主政権がイスラム国やタリバンの反抗、反撃に耐えられず、長くアメリカ軍が駐留し政権を支えてきました。しかし、昨年、バイデン政権がアメリカ軍を撤退するや否や、アッという間にアルカイダが各都市を占領。結局、アフガニスタンではアルカイダの政権が返り咲いたのです。

 さらに、イラク戦争では、攻め入って勝利を得たアメリカ連合軍ですが、実はイラクに大量破壊兵器は存在していなかったというお粗末な結果が公表されました。

 アメリカだけではなく、新たな共和国を立ち上げたロシアもアメリカに負けず劣らず紛争に明け暮れています。

 崩壊後のソ連では、ロシア共和国を巡って権力の座に就いたエリツイン大統領は、自らの健康不安のために、後継者にプーチン氏を指名し、2000年5月にプーチン大統領が誕生しました。皮肉なことに後継者を指名した理由が、プーチン氏が民族主義者であると同時にエリツイン大統領の言うことに素直に従いそうだ、というものでした。しかし、元KGBのプーチン大統領は、まれにみる切れものだったのです。

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(大統領就任式のプーチン氏 wikipediaより)

 プーチン大統領は「強いロシアの復活」をかかげ、まず、国内で独立のために兵を挙げたチェチェン紛争に対し、徹底的な戦闘による力での解決で臨みました。チェチェンでは、多くの市民がこの内戦に巻き込まれ亡くなりましたが、ロシア政府軍は強大な軍事力でチェチェン独立派に『打ち勝ち、チェチェン紛争を抑え込んだのです。

 さらに、エネルギー政策により経済力を回復させたプーチン大統領は、反民主主義へと大きく舵を切り始めます。アサド政権が強権を発動するシリアでは、イスラミックステイツや反政府軍の攻勢などが複雑に絡み合い、欧米が反政府軍を支援しましたが、プーチン大統領はアサド政権の政府軍を支援し、シリアでの空爆を遂行しました。

 はたして我々人類は、二つの世界大戦を経験した20世紀の間に何を学んできたのでしょうか。

【侵略戦争はあってはならない暴挙】

 今回のウクライナ侵攻の下地は、2014年にロシアがクリミア半島を併合しようとしたことがことの始まりのように見えます。

 クリミア半島は、ロシア帝国の時代からロシアの貴重な不凍港のひとつとして、重要な戦略的役割を果たしてきました。しかし、ロシア帝国とオスマントルコ帝国の争いでクリミア戦争が起こり、その帰属はめまぐるしく変わり、さらには第一次世界大戦、そしてロシア革命を経て旧ソ連共和国の自治区の一つとしてウクライナの一部となりました。ところが、ソ連が崩壊したのち、2004年の選挙で親ロシア政権の大統領が当選しましたが、ウクライナ国民はその選挙に不正があったとして、再選挙を求めました。この運動はオレンジ革命とも呼ばれますが、再選挙によってロシアに距離を置く政権が発足しました。これ以降、ウクライナの大統領はあるときには西側の支援を受け、あるときには親ロシアの政策をかかげることを繰り返してきました。

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(オレンジ革命時の首都キエフ wikipediaより)

 クリミア半島はと言えば、歴史的に多くのロシア人が流入して居住していましたが、ソ連時代の1954年、ウクライナ出身のフルシチョフ書記長が主導し、当時のウクライナ・ソビエト社会主義共和国の州としてウクライナに帰属することとしたのです。これ以降、クリミア半島はウクライナ領とされてきましたが、そこに住むロシア人たちは、ソ連崩壊後、西側に揺れ動いていくウクライナの政権に反感を覚えていたことは想像に難くありません。

 そして、2014年、クリミア州はクリミア自治共和国としてセヴァストプリ特別区とともに自らロシア連邦と一員となるとする条約に調印し、ロシアへの併合が行われました。

 さらに今回、ロシアのプーチン大統領は軍事侵攻の前々日、ウクライナ国内のロシア人居住地であるドネツク州を「ドネツク人民共和国」、ルガンスク州を「ルガンスク人民共和国」として独立承認することを閣議決定し、独立を承認する大統領令に署名しました。

 そして、2月24日、ウクライナがロシア人に対してジェノサイド(大量虐殺)を行っており、ロシア人の命を守るためにウクライナに侵攻する、と宣言しベラルーシ国境近くの北側とクリミア半島から、そして、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国からの軍事派遣要請に従って東側からウクライナ国内に侵攻を行ったのです。

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(独立承認を発表するプーチン大統領 mainichi.com)

 それは、ロシアの一方的な宣言によって行われ、首都キエフにはロシア軍が迫り、南部や東部の中核都市が一斉にロシア軍に侵略されるという事態に至りました。

 ウクライナとロシアの間には歴史的にも近年にも領土をめぐる紛争があったことは事実ですが、ドネツクやルガンスクの東部では紛争停戦のため、2015年にミンスク合意が締結されました。にもかかわらず、ロシアはこれを無視して一方的にウクライナに攻め入ったのです。

 ウクライナという国際的にもその主権が認められた国家に理由はともあれ、一方的に軍事浸入を行い、国家、国民を殺戮することは国際ルールを無視した一方的な宣戦布告に他なりません。これは、これまでの国際法に照らしても国際ルールをすべて無視する暴挙、国家侵略としか言いようがありません。

【一日も早く市民の殺戮をとめなくては】

 ウクライナの市民は、突然蹂躙された国家がロシアに征服されないために高齢者や子供とその母親を除いてすべての国民がロシアと闘う決意を固めています。そして、欧米からの軍事支援も効果を挙げて、ウクライナはロシアのキエフ侵攻を強い抵抗によって食い止めている状況です。

 恐らく侵攻後、数日でキエフを制圧し、ロシアの傀儡政権を打ち立てようともくろんだプーチン大統領の戦略は、ウクライナ国民の予想外の頑強な抵抗により侵攻後1カ月以上も遅れ、破たんしつつあります。このため、ロシアはロシア国内黒海に進出した戦艦から数百発ものミサイルを発射し、ウクライナの主要都市を空爆しています。その初期には、軍事施設を攻撃していたミサイル郡ですが、思わぬ抵抗へのイラダチと停戦をできる限り優位すすめるとの目的で、学校や病院、避難先である劇場など、市民が避難している施設への無残な攻撃を続けています。

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(ミサイル攻撃を受けた避難先の劇場 news.yahooより)

 ソ連崩壊後にロシア共和国の大統領に就任して以来22年間、プーチン大統領は極めて冷静で的確な政策を強力に推し進めることにより、ロシアをエネルギー大国に押し上げてその経済を立て直し、チェチェン独立に対しても強権を発動して軍事力で制圧して国内をまとめてきました。しかし、旧ソ連時代の衛星国が次々に革命のために民主主義政権へと移行し、その最後の砦がベラルーシであり、ジョージアやモルドヴァなども独立し、確かにウクライナはクリミアも含めてロシアにとっては死守すべき砦となったとき、プーチン大統領はその戦略を誤ったとしか思えません。

 市民を狙い、無差別殺戮を行うプーチン大統領は、もはやかつてロシアを侵略したナポレオンやヒトラーと何ら変わらない犯罪人、殺戮者に成り下がりました。

 心ある国際社会の国々とその市民は、あらゆる手段を使ってロシアの暴挙を止めることが必要です。東部の都市マリウポリでは、40万人の住民が避難もできず、電気、ガス、水道も止まり、食料さえもなくなっていると言います。あまつさえ、ロシアはマリウポリに降伏を申し入れ、さらなるミサイル攻撃を続けています。ウクライナ市民は降伏を拒否しましたが、この都市の市民を救うためにもプーチン大統領に不毛な戦争の停止を選択させる必要があります。

 皆さん、ウクライナ市民のためにも、我々の未来のためにも、心を一つにしてこの戦争にNOを言い続けましょう。

 それでは皆さんお元気で、またお会いします。

 

今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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北京オリンピック 心からの感動

こんばんは。

 今年の冬季オリンピックは、東京オリンピックに引き続いてコロナ禍の中での開催となりました。

 中国は一党支配の国であり、共産党の威信にかけてこのオリンピックを成功させようと万全の体制を敷いてきました。そのバブル政策は徹底していて、選手はもちろん取材陣もその滞在力は一歩も外に出られない隔離を行っています。その徹底ぶりはすさまじく、民主国家ではとてもマネできない強制的な仕組みです。

 そのおかげもあり、一部のスタッフに入国後の検査で陽性者も出ましたが、それぞれの会場は安全が保たれ、出場選手たちは思う存分実力を発揮できたのではないでしょうか。

 その政治的思惑はともかく、北京オリンピックもこれまでのオリンピック以上に我々の心に熱い感動を生んでくれました。

【心に刻まれた日本選手たち】

 フィギアスケートでは、初の団体銅メダルという快挙もありましたが、なんといっても注目は、男子フィギアの面々です。

 今回のオリンピックで、日本は過去最多のメダルを獲得しました。そのうち4つのメダルはフィギアスケートで獲得。日本選手の層の厚さが際立ちました。男子フィギア陣は2つのメダルに輝きました。銀メダルに輝いた新星、鍵山優真選手と銅メダルを獲得した宇野昌磨選手です。メダル獲得のカギを握ったのはやはり4回転ジャンプでした。もちろん、前提としては芸術点につながる全身を使った大きな演技やステップ、そしてスピンなどのしなやかさや正確性が求められるわけですが、最後にポイントとなったのはやはり4回転ジャンプでした。

 宇野昌磨千選手は前回大会に銀メダルを取得し、その後一時期、完璧なジャンプが飛べない時期もありました。しかし、自らの迷いを振り切り、前回大会のリベンジに燃えるアメリカのネイサン・チェン選手の演技や元オリンピアンの父親がコーチのつく鍵山選手の躍進を肌で感じながら、自らの技に磨きをかけ、納得のいく演技を目指しました。そして、新たなコーチ、ステファン・アンビエールしとの出会いが自らを覚醒させたと語って言います。

 そのフリーのプログラムは、4回転ジャンプが5本入るという超高難度。まさに自ら高い目標を掲げて果敢に挑戦する姿勢に感動します。

 そして、今回新たにオリンピックに登場した18歳の鍵山優真選手。そのジャンプは高さも回転スピードも美しく、その技のすばらしさは特別です。

 そんな鍵山選手にも大きな課題がありました。

 それは、演技を魅せる力の不足です。オリンピアンの解説者たちは、大きく伸びやかな演技、世界観を表わす表現、華麗なステップなど、様々な表現で語りますが、オリンピアンは確かにその演技に表現すべき世界観を持っています。フリーの演技に独自の世界が必要と考えた鍵山親子は、浅田真央選手の振り付けも担当したロシアの振付師、ローリー・ニコルさんに振り付けを依頼します。その振り付けは、「アバター」でした。そう、ジェイムス・キャメロン監督の傑作SF映画の世界観を表現した振り付けです。

 NHKBSの「スポーツ&ヒューマン」の中に鍵山優真選手親子に密着したドキュメンラリーがありました。その題名は「殻をやぶるなら、いま フィギアスケート 鍵山優真」。厳しい練習、厳しいアリンピアンスケーターだった父の指導。そして、覚醒。この番組の中で、はじめは鍵山の演技に細かすぎるほどの注文を付け続け、限りないダメ出しを続けるローリー・ニコルさんが、覚醒しつつある景山選手の演技の変化を、リモートの画面で観ながら、「まるでリンクの横で見ているような素晴らしい演技をみせてくれた。」と感動したのです。

 そして、初出場のオリンピックでみごと齗メダルに輝いたのです。

 さらに、メダルには届きませんでしたが、メダルとは別の感動を我々に届けてくれたのが、フィギアスケートの象徴ともいえる羽生弓弦選手でした。

 羽生選手がはじめてオリンピックで金メダルに輝いたのは2014年のソチオリンピック。このとき19歳だった羽生選手は、アジア男子初の金メダル、そして、史上二人目の十代での金メダリストとなったのです。そして、2018年のピョンチャンオリンピックでは、右足にけがをかかえながらも完ぺきな4回転ジャンプと演技を見せてオリンピック連覇を成し遂げました。

 北京オリンピックでは3連覇かと期待が高まる中、彼が挑んだのは新たなる挑戦への道でした。

 それは、フィギアスケート界で前人未到の4回転アクセルへの挑戦です。

 オリンピックといえば、すべてのアスリートたちが目標とするのは金メダルです。それ故に大会ではどの国がどれだけのメダルを獲得したかが話題となります。しかし、羽生選手は違いました。それは、9歳のころから自らの夢であった「アクセルジャンプを極める」ことの実現だったのです。その挑戦がどれほど険しいものだったのか。それは、オリンピック演技後の羽生選手のコメントからもうかがい知ることができます。

 4回転アクセルは、前を向いた状態からジャンプに踏み切るために回転数は実際には4回転半となります。キチンと着氷し、演技を連続させるためにはこれまでよりも半回転多く飛ぶ必要があるのです。そして、この挑戦は5回転にもつながる挑戦ともいえるのです。それゆえに女子フィギア界でも3回転アクセル(トリプルアクセル)が選手の代名詞となる大技と呼ばれるのです。

 羽生選手は、9歳のころに手ほどきを受けていた都築さんが語っていた「アクセルジャンプは王者のジャンプだ」との言葉を胸に、競技を続けてきました。そして、会見では、「僕の中にいる9歳の自分が4回転アクセルと飛べとずっと言っている。」とも語っています。しかし、前人未到の4回転半は、羽生選手をしてもはるかに高みの目標だったのです。

 様々なインタビューでも、「練習でもまるで壁に向かって飛んでいるようなもの。」、「まぜこんなに苦しい思いをするのか、初めてスケートをやめたいとまで思った。」、「やっと壁にほんの少しのとっかかりを見つけつあります。」など体を酷使し、血のにじむような努力を続けていたことをうかがい知ることができます。そして、北京オリンピック後のインタビューでは、「努力が報われないことがあると思った。」とまで語っています。

 今回、ショートプログラムでは氷についた傷穴にエッジがはまり、最初の4回転が1回転になってしまいショートプログラムは8位。さらにフリーの練習で足をくじき、痛み止めの注射で感覚を麻痺させてフリーに臨んだと言います。それでも羽生選手は、フリーの演技で4回転アクセルを飛びました。そのジャンプは着氷できず、転倒という結果となりましたが、その後の演技を完璧にやり遂げ、4位となりました。最後まで滑り切ったその姿に、羽生選手の覚悟と生き方を見ることができました。そして、心から感動しました。

 その4回転アクセルは、国際スケート連盟主催の大会ではじめて「4回転アクセル」として認定され、歴史のその名を刻みました。

 世界から注目を集めた羽生選手は、その後の合同記者会見で、「みんな生活の中で何かしら挑戦していると思います。それが生きることだと思いますし、守ることだって挑戦です。何一つ朝鮮じゃないことは存在していないと思うから、」と語りました。いったい世界中のどれだけの人々がこの言葉に勇気づけられたことでしょうか。まさに生きる力を思い出させてくれる一言でした。

 今回のオリンピックでは、目標に届かなかった人たちの姿にも心を動かされました。

 スノーボードでは、アメリカのレジェンド、ジョーン・ホワイト選手が引退を表明した最後のオリンピックになりました。これまで2大会、彼の姿を追いかけて2度金メダルを阻まれて連続齗メダルとなっていた平野歩選手が、人類最強の技を携えてハーフパープに挑戦し、みごとな金メダルに輝きました。2回目の演技で前人未到の技を成功させたにもかかわらず、2位の得点であった歩選手が、「怒り」を力に変えて3回目の演技で最高得点をたたき出した姿は涙ものでした。

 さらに感動したのは、この決勝の部舞台に日本人選手が4人もいたことです。歩夢選手の弟の海祝選手、戸塚優斗選手、平野流佳選手。すべての選手が果敢におおきなトリックに挑戦しました。これまで、ショーン選手と平野歩選手の間で行われていた切磋琢磨が日本人の中で行われるのかと思うと、より大きな感動が呼び起こされます。

 スノ-ボードと言えば、スノーホード女子ビッグエアでは村瀬心椛選手が最年少で銅メダルに輝きました。もちろん、1回目、2回目と素晴らしいトリックを成功させた姿に心を動かされましたが、同じく決勝に残った岩淵麗楽選手、そして鬼塚雅選手の演技には感動しました。岩淵選手は、村瀬選手と同じく1回目、2回目で得点を確保するトリックを手堅く決めましたが、3回目に繰り出したのは、大技「トリプルアンダーフリップ(後方3回宙返り)でした。技はおしくも着地に失敗しましたが、演技を終えた岩淵選手の下に各国の選手が駆け寄って、大技に挑戦した岩淵選手を抱き合い、たたえる姿には本当に心を動かされました。

 そして、鬼塚雅選手です。彼女は19歳の時にピョンチャン大会の日本代表に選抜され、はじめてのオリンピックでは思うような成果は上げられませんでした。そのくやしさをバネにすべてを費やして練習を重ね、2020年のXゲームでは「キャブダブルコーク1260」(縦2回転横3回転半)を決めて優勝していました。前回のリベンジを期した鬼塚選手は、守りに入ることなく、1回目から果敢にこの技に挑戦してきました。

 しかし、北京のビッグエア着地点は角度が急激で着地点を見極められずに転倒し、斜面に頭から突っ込みました。ふつう、頭からの転倒を味わうと怖さが出てしましますが、彼女は、第2回、第3階と果敢にこの技に挑戦したのです。その姿は、順位や結果を超えて我々に大きな感動を感じさせてくれました。

【リベンジを目指したオリンピアン】

 今年の日本代表には、前回から引き続いて出場した選手たちが多くいました。

 コロナ禍の中、この北京オリンピックをめざして費やしてきた4年と言う歳月。それを背負った彼らの闘いは、我々に勇気と希望を与えてくれました。

 スキージャンプでは、ピョンチャンオリンピックで7位だった小林陵侑選手が、この4年間で培ってきた技術力と体力をみごとに表現し、ノーマルヒルで金メダル、ラージヒルでの銀メダルの2冠に輝きました。

 女子では、前回銅メダルを獲得した日本のエース高梨沙羅選手が北京に臨みます。

 高梨選手は、ピョンチャンオリンピックでこれまで作り上げてきた自分のスキージャンプではこれ以上の飛躍にはつながらない、と冷静に判断し、オリンピック終了後に自らのジャンプをゼロベースで見直す取り組みに着手しました。にもかかわらず、ワールドカップではしっかりと優勝回数を更新し、昨年は通算優勝60勝の記録を打ち立てました。しかし、今回のオリンピックでは高梨選手を不運が襲います。

 女子スキージャンプの第2回目では、3位の選手にわずか0.3ポイント差で4位となりメダルを逃しました。3位の選手の飛距離は94m、高梨選手の飛距離は100mでしたが、高梨選手の時にはわずかに向かい風なっており、風補正と飛型点の得点差によって4位となってしまったのです。さらに団体戦。高梨選手は103mの大ジャンプを決めて首位になりましたが、スーツ規定にひっかかり失格となってしまったのです。今までの努力を知る我々にはなんとも納得のいかない判定でした。

 審判やジャッジは絶対、ルールは守ることがフェアなプレーの基本ですが、そこには透明性が必要と考えるのは私だけでしょうか。

 しかし、高梨選手はその時こそ『涙にくれていましたが、オリンピック後に気持ちを切り替えて、次のワールドカップへと転戦しています。その姿に我々も再び心を動かされます。

 スピ-ドスケートでは、前回大会でも活躍した高木美帆選手の4つのメダル獲得には胸が躍りました。中でも、世界記録保持者でもある1500mが齗メダルで悔しい思いをした後の1000m。オリンピック記録をたたき出す会心のレースでみごと金メダルを勝ち取った姿は、やりきった明るい表情が素晴らしく、心が晴れやかになりました。

 ここでもメダルの画下に不運が潜んでいました。高木美帆選手の姉で3大会出場を果たした高木菜那選手を襲った出来事です。前回大会、高木兄弟と佐藤綾乃選手は女子スピードスケート団体パシュートでみごと世界新記録をたたき出し、金メダルを獲得しています。また、高木菜那選手はマススタートで金メダルを獲得し、2種目を制覇しました。

 ところが、今年のパシュートでは、決勝でカナダと対戦、最終コーナー残り100mまで日本はトップを走っている、まさに2連覇が目の前でした。ところが、最終のカーブをまわるときに最後を走る高木菜那選手のエッジが氷面からはずれ、痛恨の転倒となってしまったのです。菜那選手にとってはまさに悲しみの齗メダルでした。しかし、涙にくれる七選手に無言で寄り添い方を抱き合っていた高木美帆選手と佐藤綾乃選手。そして、その3人を囲むように静かに見守るチーム日本の面々。そこにこれまで築き上げてきた努力を共有してきた人々の温かい想いを感じて、胸が熱くなりました。

 驚くことに高木菜那選手は、その後の2連覇がかかるマススタートの予選でも、パシュートと同じカーブにさしかかったとき同じように転倒し、予選敗退となりました。しかし、高木菜那選手は、今回の大会で今まで気づかなかった大切なものに気づかされたと語りました。それこそが、支えてきてくれたチームの人々の心の絆だったのです。

 さて、北京オリンピックの感動を語りだすとキリがありませんが、最後に前回大会に続き日本代表として出場し、涙と笑顔と元気で見事に銀メダルを獲得した女子カーリングの「ロコ・ソラーレ」が今回の大会の有終の美を飾ってくれました。ロコ・ソラーレは、本大会、予選で9チームと総当たりの試合で54敗。予選敗退と思ったところが、予選最終戦で韓国がスウェーデンに敗退、奇跡のように決勝にコマを進めました。決勝でのスイスとの闘いは、まさに氷を読み切りすべてのショットがはまった会心の試合でした。

 今回のオリンピックで、最も長時間観戦したのがカーリングでした。すべての試合で興奮と感動を呼ぶ素晴らしい時間を過ごすことができ、ロコ・ソラーレの皆さんに感謝しています。

 オリンピックには参加した選手の数だけドラマが秘められています。

 それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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中村俊輔 サッカーをより楽しむ視点

こんばんは。

 今年は新年早々、オミクロン株による感染拡大が急激に広がり、予断を許さない状況を呈しています。各国とも長引くコロナウィルス対応で、感染の予防、制圧と経済力の維持との間で、その政策に苦戦していますが、オミクロン株の感染力には驚異的なものがあります。岸田総理も早くから水際対策を徹底して入国制限を厳しくしましたが、残念ながらウィルスの進化がまさっていたと言わざるを得ない状況です。

 我々にできることは、日頃の生活で感染対策を徹底することです。

 さて、話は変わりますが、今年はいよいよカタールで、サッカーワールドカップが開催されます。

 そして、我がサムライブルー日本代表の本選出場をかけたアジア最終予選も正念場を迎えます。日本代表は一時、9月のホームで戦ったオマーン戦、10月アウェーでもサウジアラビア戦に敗れ、自力での本戦出場が危ぶまれる展開へと追い込まれていました。しかし、同じく10月に埼玉スタジアムで行われた強敵オーストラリア戦に勝利し、現在、Aグループ第2位の勝ち点を獲得しています。

 オーストラリア戦では、新たに招集された川崎フロンターレからドイツのデュセルドルフに移籍した田中碧選手の先制ゴールによって試合を優位に進め、後半一時同点に追いつかれたものの、最終81分に浅野選手のシュートが相手のオウンゴールを誘い、みごと勝ち点3を手に入れたのです。ここからサムライブルーは息を吹き返し、あと一歩で最終予選を自力で突破派できる位置まで登ってきたのです。

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(オーストラリア戦 田中選手の先制打 sannkei.com)

 最終予選はのこり4試合。ホーム戦での中国、サウジアラビア、アウェイセンでのオーストラリア、ベトナムといずれも予断を許さない戦いとなりますが、これまでの『勢いを維持して本戦へと勝ち進んでもらいたいものです。

 実は、つい先日、日本代表キャプテンの吉田麻也選手がケガをし、ホーム戦の中国船、サウジアラビア戦に欠場するとの心配なニュースが飛び込んできました。守備の要であり、チームの主柱を欠いての闘いは厳しいものになることは間違いありませんが、その選手層の厚さと全員の結束により勝利を手繰り寄せてくれるものと信じています。

 そんな中、新春最初に手にした本は、かのファンタジスタが著したサッカー本です。

「中村俊輔式サッカー観戦術」

(中村俊輔著 ワニブックス新書 2019年)

【究極のワンプレーとは】

 サッカーと言えば、皆さんはNHKのBSで放映されている「サッカーの園」をご存知でしょうか。番組のMCはお笑いコンビ「アンタッチャブル」の柴田さんと元Jリーガーの前園真聖さんですが、毎回テーマを掲げて、そのテーマにマッチするサッカーの「究極のワンプレー」を決定するというサッカーバラエティ番組です。

 前園さんと言えば、「マイヤミの奇跡」を思い出します。

 前回ロシアワールドカップで日本代表を決勝トーナメント(ベスト16)に導いた西野朗監督。1994年。96年開催のアトランタオリンピック出場を目指していたU-21の監督はその西野さんでした。そして、このチームはみごとオリンピック本戦にコマを進めましたが、その予選リーグの初戦に当たったのが金メダル候補であったブラジルでした。日本代表は、このときに初めてブラジルから勝利を挙げたのです。このときに日本代表のキャプテンを務めていたのが前園さんでした。

 一方で、中村俊輔選手と言えば、チームの司令塔として攻撃の要となり、その鮮やかなパス、そして華麗なフリーキックによって「ファンタジスタ」と呼ばれた名選手です。在籍した横浜Fマリノスでの背番号は、チームの代表である「10」番でした。

 今年のお正月。見るともなくNHKBSを見ていると、日付が変わるころに「サッカーの園」がはじまりました。面白いのでそのままみていると、最初のテーマである「PK」が終わると、なぜかまた「サッカーの園」が始まりました。どうやら連続で過去の放送を再度放映しているようです。そのbヴァン組の面白さに引き込まれ、寝るのを忘れてみてしまいました。

 そして、次のテーマは「背番号10」。この回にリモートの取材で登場したのが中村俊輔選手でした。背番号で試合をしているという中村選手。攻守の戦況を見極め、敵を引き寄せ見方へのスペースを見極めると、そこをめがけてゴールにつながるキラーパスをつなげます。そして、ゴールへ。その司令塔としての働きが背番号10なのだ、と言います。

 この日の「究極のワンプレー」には、中村俊輔選手の他、元なでしこジャパンの背番号10澤穂希さん、そして、ジュビロ磐田黄金期の10番、藤田俊哉さんなど、5人がエントリー。それぞれの究極のワンプレーが披露され、その中からこの日の「究極」が選出されます。

 中村俊輔選手が選んだのは、1999年、シドニーオリンピック予選リーグ、カザフスタン戦で放ったワンプレーでした。試合は、前半にカザフスタンの先制ゴールを決められ、後半の70分、日本代表は掘らせ選手のヘディングゴールで同点に追いつきます。しかし、カザフスタンは守備専制の布陣で引き分けを狙いに来たのです。

 固い守りの中後半86分、中村選手のキラーパスがカザフスタンのわずかなスペースめざしてけり出されます。すでにそこに向かっていた平瀬選手が勝越し弾を打ち抜きます。さらにその後中村選手があざやかなFKを決め、みごと31で勝利しました。日本はこの勝利により予選リーグ全勝でシドニーオリンピックの出場権を獲得したのです。

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(1999年 カザフスタン戦の中村選手 youtube.com)

 まさにファンタジスタ!

 ところで、この日のテーマ「背番号10」の究極のワンプレーは誰のプレーだったのか。中村俊輔選手?それとも、その答えは来たるべき再放送をお楽しみください。

【サッカーはこうして観れば面白い!】

 いつもながら前置きが長くて恐縮です。

 ところで皆さんはサッカーを見るときに何を意識してみているでしょうか。

 そう、何と言ってもサッカーの醍醐味と言えば劇的なゴールです。サッカーは人数が多いスポーツなので、全員が自陣に弾いて守備を固めると容易に得点は入りません。事実、ワールドカップの日本代表も強敵に対しては守備に徹し、カウンターでの得点を狙って予選を突破してきました。逆に、Jリーグや海外チームでの経験で豊富な人材が育ってきた日本に対して、格下の国々は手堅く引いて守備固めをし、引き分けを狙ったうえでカウンター攻撃を仕掛けてきました。

 つまり、感動のゴールシーンは極めて数が少なく、一試合で目にすることが少ないのです。

 では、サッカーの試合はスポーツニュースのダイジェストで観れば事足りるのでしょうか。

 決してそういうわけではありません。11人の選手たちはキックオフから前半45分、後半45分、自らのゴールを守り、敵陣のゴールネットを揺らすために常に集中し続けているのです。90分間の試合中、何をよりどころに観戦すればサッカーを楽しめるのか。

 この本は、22年間トップ下でゴールを演出し続けたファンタジスタがサッカーの楽しみ方を我々に語ってくれるという、なんとも贅沢な一冊なのです。

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(ファンタジスタが語るサッカーの視点 amazon.co.jp)

 それでは、この本の構成からご紹介しましょう。

1章 中盤を制すものがゲームを制す。「トップ下」の観戦術

2章 戦術からサッカーを読み解く。「戦術」的な観戦術

3章 ピッチを彩る個の力。「個」の観戦術

4章 セットプレーはパッケージで楽しむ。「セットプレー」の観戦術

5章 感染方法についての考察。「スタジアム」&「映像」での観戦術

(巻末得点) 記憶に残る5つのゲーム

 どの章をとってもそこには中村俊輔選手独自の視点に彩られており、サッカーファンにはたまらない内容です。

 この本が他のサッカー本と異なるのは、まさに現役のトッププロの視点から書かれている点です。例えば、中村選手がこれまでこだわってきた「トップ下」。トップ下とは、FWのすぐ後ろでゲームの司令塔として全体と闘いの流れを把握し、あらゆる戦術を駆使して試合の流れを、決定づけるパスを供給するポジションです。

 トップ下の「トップ」とは、言わずと知れたFWのことを指しますが、皆さんはトップ下が最も効果的に機能するのは2トップのフォーメーションであることをご存知でしたか?2トップのフォーメーションは「442」または「352」となるわけで、鹿島アントラーズはこの「442」のフォーメーションを伝統的に守っていることは有名です。

 トップ下が守備と攻撃の中盤での要の役割を果たし、攻守の局面を切り替え、スペースに飛び込むFWに効果的なパスを供給し決定機を創りだす。この戦術は長くサッカー界で採用されてきました。しかし、現在は1トップのフォーメーションを取るチームが増えてきたと言うのです。

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(セルティックにてFKを打つ中村選手 sportive.co.jp)

 1トップは2トップへの対策として講じられたフォーメーションから始まります。2トップへの対応、それは、守備陣の4バックから3バックへの移行です。2トップで攻めてくるFW3バックで守る利点は、2トップに対してマンツーマンを敷いてマークし、さらに友軍となる一人が2トップに供給されるパスを阻止できることです。そして、スリーバックとなったためにその体制が前線にも影響し、「3421」のフォーメーションが出来上がるのです。

 これまで、テレビなどで解説者が1トップを攻撃的な陣形と話すことに違和感を覚えていました。なぜFWが二人よりも一人の方が攻撃的なのか。この本を読んで、進化の過程で、1トップがその後ろの二人のMFと合わせ、3人で攻撃する体制となることで、より攻撃に厚みが増すということ、だと知ることができたのです。

 そして、「3421」となったとき、これまで中村俊輔選手が担ってきた「トップ下」とおうポジションは機能しなくなってきたと言います。なぜならば、2トップの体制では後ろのMFが直接攻撃に参加せずキラーパスを出す陣形構築、そしてパスの供給に特化しても攻撃が成り立ちますが、1トップの場合には、MFも一緒に攻撃に参加しなければ得点の確率が上がらないためです。

 1トップの時代である現在、中村選手がめざす「トップ下」は、その出番が少なくなったのです。

 この認識は驚きでしたが、同時にサッカーを見る目が変わりました。

 この本には、その他にもをより深くサッカーを楽しめる視点が満載されています。ワールドカップイヤーの今年、日本代表の試合をより楽しむためにもぜひこの本を手に取ってみて下さい。試合の見方が変わること間違いなしです。


 この数日、オミクロン株によるコロナウィルスの感染拡大が爆発的に増加しています。我々もこれまで同様の感染対策をより徹底していくことが必要です。マスクの常時着用とこまめな手洗いと消毒。そして、家族以外の人との飲食をできるだけ控えること。毎日の習慣を続けることが、感染拡大に歯止めをかけることにつながります。

 それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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明けましておめでとうございます

令和四年 
 明けましておめでとうございます。


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 新春を迎え、皆様のご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げます。

 今年も、新たなコロナウィルスとの生活が続いていきます。日本では、お辞儀とマスクの文化で感染対策が奏功しているように見えます。今年も皆さん心を一つにして、感染対策によって新しい世界が開けることをを目指しましょう。

 「日々雑記」も外出自粛の影響もあり、ご無沙汰する日々が多くなりましたにもかかわらず、ご訪問頂いている皆様にはただただ感謝々々です。

 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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女性ピアニストが語るピアノソナタの魅力

こんばんは。

 早いもので、今年も師走がやってきました。

 今年は、コロナの1年でしたが、コロナ対策を打ち続けた菅総理が退陣し、岸田総理が誕生。さらに解散総選挙によって、自民党が選挙に勝つ、第二次岸田政権が誕生しました。この選挙では、若者たちの投票率を高めようと、様々な試みが行われましたが、結局投票率は55.93%と戦後3番目に低い数値になりました。国民の民主主義に対する関心の低さには絶望します。

 ただ、今回の選挙は、大阪で行政改革を行った実績のせいか、日本維新の会への投票数が大きく増加し、国政でも日本維新の会が野党第二党に躍進したことは、国民が「改革」に対して意識をして投票したあかし、と少し安心しました。

 また、今年はオリンピックの開催のおかげでプロ野球は中断があり、11月の末まで日本シリーズが行われ、野球ファンを熱狂させてくれました。

 永年のスワローズファン(私のこと)にとっては、野村監督、若松監督に続き、新たなヒーロー高津監督が日本一を勝ち取り、感無量です。

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(宙に舞うスワローズ高津監督 mainichi.jp)

 今年は、セリーグ、パリーグともに昨年最下位であったチームが優勝し、実力が拮抗した東京ヤクルトスワロースとオリックスバッファローズの対決となりました。6試合のうち5試合が1点差のゲームとなり、すべての試合が手に汗を握る展開で、テレビの野球中継から目が離せませんでした。

 下馬評では、沢村賞を受賞した四冠王の山本投手と活きがいい宮城投手を擁するバッファローズが有利と言われていましたが、そこは野村監督の下、胴上げ投手となった高津監督が率いるスワローズ。投手の心をつかむ起用法で、すべての試合を大接戦へと持ち込み、最後には粘りで優勝をもぎ取りました。奥川投手、高橋投手という若いピッチャーの力、石川投手、小川投手というベテラン投手の力、そして、中継ぎ、リリーフ陣、清水投手、石山投手、スワレス投手、マクガフ投手とすべての投手の力を結集し、バッファローズに立ち向かった采配はみごとでした。

 心から感謝と祝福を送ります!

 さて、コロナ禍で人が集まる音楽活動はすべて自粛となっていましたが、この秋以降、新規感染者が劇的に減少し、音楽界でも感染対策を講じたうえでライブやコンサートが復活してきました。そんなうれしい日常の中で、今週はロシアの女流ピアニストが語ったピアノソナタの魅力満載の本を読んでいました。

「ピアノの名曲 聴きどころ 弾きどころ」

(イリーナ・メジューエワ著 講談社現代新書 2017年)

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(ピアニストが語る名曲たち amazon.co.jp)

【音楽ライブは生音が一番】

 10月から11月にかけて、ついに待望海外からの生音を体験してきました。

 まず、10月にはクラシックの大御所指揮者のコンサート。

 このブログでも何度か紹介していますが、1980年代からNHK交響楽団を指揮して現在は桂冠名誉指揮者となっている指揮者ブロムシュテット。今年、94歳になるマエストロは、コロナ禍の最中、日本の音楽ファンにリモートで必ず日本に戻って皆さんに遠賀気宇をお届けする、と約束してくれていました。

 そして、今年の10月、その約束がついに現実のものとなったのです。

 10月30日(土)1400.所沢ミューズのアークホール。満員の聴衆がかたずをのむ中、ブロムシュテット氏は大きな拍手に迎えられて舞台に現れ、颯爽と指揮台まで歩み、我々に一礼すると登壇しました。そして、楽団の空気が一瞬張り詰めると指揮棒を持たない手刀のようなブロムシュテットの右手が流れるように振り下ろされます。

 1曲目は、指揮者のふるさとともいえるスウェーデンの作曲家ステンハンマルの「セレナード 作品31」です。プログラムを読むと、ステンハンマルはワーグナーの音楽に影響を受け、シベリウスの交響曲に衝撃を受けてスウェーデンの文化を受け継ぐ曲を書いた、とされています。その美しい旋律は、ブロムシュテットによってさらに洗練され、あるいは力強さを増して我々の心をつかみます。印象としては、大好きなブラームスの豊潤さを秘めた心が昂揚する旋律がとても印象的な演奏でした。

 休憩を挟んで、この日の第2部は、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」が披露されました。

 かつて、フルトヴェングラーをはじめとしたマエストロたちは、ベートーヴェンの交響曲に哲学的な重厚さとゆっくりと昂揚していく感情をこめて表現していましたが、ブロムシュテットは、まったく新しいベートーヴェンを聴かせてくれました。

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(ブロムシュテット氏「運命」ポスター)

 ブロムシュテット氏はインタビューの中で、新しいベートーヴェンの創造について、近年新たな研究によって出版されたベートーヴェンの楽譜には、メトロノームによる演奏速度の指定が入っているというのです。演奏速度の指定は、かつて言葉によるものの実でした。例えば、有名な第9交響曲の第2楽章では、「アダージョ・のン・モルト・カンタービレ」と指定されていますが、この意味は、「やや遅く(ゆるやかに)、歌う様に」となります。しかし、この言葉は受け取る側によって速度が変わってしまいます。

 しかし、メトロノームの速度が指定されていれば、速度は客観的に定まります。第9の第2楽章の速度は、♪=60とされているのです。メトロノームの発明は1817年であり、ベートーヴェンは、自分の以前書いた楽譜も含め、このメトロノーム速度を記入していたというのです。ところが、この速度は曲によってあまりに早すぎるケースもあり、今でも論争が続いています。

 ブロムシュテット氏は、楽譜はバイブルと考えており、この速度を再演することにしたのです。

 その「運命」は、これまでの店舗とは異なり、よりソリッドで小気味の良い演奏でした。この指揮のすごいところは、透き通るような音による演奏にもかかわらず、この曲の持つ人生を謳う尊厳な深みがまったくそこなわれていないところです。第3楽章から切れ間なく続き第4楽章。「運命が戸を叩く」と呼ばれる部分からラストに向かって流れるパートでは、驚くようなスピードとテンポでまさに新鮮な「運命」が我々の心に響き渡ったのです。

 その感想は、言葉では言い表すことができない素晴らしさでした。

 ブロムシュテット氏は、演奏後に割れんばかりの拍手にこたえ、何度も何度も舞台に登場し、スタンディングオベーションに手を振っていましたが、横で手を添えて支えるコンサートマスターのマロさんの姿も併せて、その真摯な姿にこれまた深い感動を覚えました。

 本当に生音で味わうコンサートは何物にも代えがたい体験です。

 また、11月から12月にかけて、プログレッシブロックの生きる証言者と言ってもよい、キングクリムゾンが来日し、たっぷりとそのライブ音を日本に響かせてくれました。

 1969年にあの伝説のアルバム「クリムゾン・キングの宮殿」以来、ロックファンにはおなじみのキングクリムゾンですが、その中心であるギタリスト、ロバート・フィリップも早や75歳となります。しかし、2013年以降、新生キングクリムゾンは、今は亡きグレッグ・レイクやジョン・ウェットンに匹敵するボーカリスト兼ギタリストのジャッコ・ジャクジクという素晴らしいボーカリスト、かつての盟友でサックスフォン奏者のメル・コリンズ、ベーシストのトニー・レヴィン、さらには3人のドラムスを擁する超技巧派音楽集団となって活動しているのです。

 このメンバーとなってから、日本には2015年、2018年と来日してきましたが、今年、3度目となるツアーが実現したのです。コロナウィルスによる延期をものともせず、11月下旬から12月上旬にかけて日本全国で「MUSIC IS OUR FRIEND JAPAN 2021」と銘打たれたが行われました。そして、1128日(日)、国際フォーラムでのライブに参加してきました。

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(LIVE「MUSIC IS OUR FRIEND 2021」)

 今回のバンドのコンセプトは、これまでキングクリムゾンが創造してきた数々の作品を、当時以上に充実した技術と音響でより強力に演奏するというものです。

 今回のライブは、メタルキングクリムゾンのもっとも初期の曲、「レッド」からはじまります。あのソリッドにうねるロバート・フィリップのギター音が会場に響き渡ると、観客は一気にクリムゾンの世界へと引き込まれていきます。そこからは、感激の連続。「エピタフ」、「クリムゾン・キングの宮殿」、「アイランド」、「太陽と戦慄Ⅱ」、「堕落天使」、「再び赤い悪夢」とその名曲を底知れぬパワーで我々に披露してくれたのです。

 そのパフォーマンスは、休憩をはさんで2時間にもわたり、そのすばらしさに圧倒されました。

 コロナ禍の中、2年近くも封印されていた生音がよみがえりました。この2つのライブは音楽がいかに人々に勇気を与えてくれるかを改めて教えてくれました。

【ピアノのすばらしさはピアニストに聞け】

 そんな音楽好きがいつもの本屋さんで芽切あったのが今回ご紹介する音楽本です。

 著者は、ロシア出身の女流ピアニスト、イリーナ・メジューエワさんです。彼女は、1992年にオランダで開催されたフリブセ国際コンクールで優勝。その後、ヨーロッパで活動していましたが、1995年からは日本を拠点に活動してきた一流のピアニストです。

 彼女は、毎年、京都でコンサートを開催し、日本国内で数々の賞に輝いています。

 その彼女が日本語の本を上梓したのには驚きですが、そこにはちょっとした仕掛けがありました。それは、この本のために行われた鼎談でした。鼎談のお相手は、音楽プロヂューサーである御主人と、この本を企画した編集者です。筆者が語りたい作曲家とその作品をテーマとして行われた鼎談は、9回に及び、そのすべてが一人語りのかたちでこの本となったのです。

 ここで取り上げられるのは、バッハ、モーツアルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、ショパン、リスト、ムソルグスキー、ドビッシー、ラヴェル。クラシック音楽のファンにはたまらないラインアップです。

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(ショパンのワルツを弾くCD 公式HPより)

 この本の面白さは、各章がピアニストならではの視点に貫かれているところです。各章の構成はほぼ同じです。まず、その作曲家や作品に対して、著者が思い描いている印象や感じ方が記されます。それに続いて作品の紹介が1曲または2曲。そして、最後には紹介した曲の著者が選ぶ名演奏を紹介する、という流れになります。

 例えば、ベートーヴェンの章。

 彼女はピアニストとして、べートーヴェン32作品の全曲演奏に挑んでいます。そこで、経験した印象は、ベートーヴェンがピアノソナタ1曲ごとに、次々と新しいことに挑んでいたという事実でした。我々にとっておなじみの「悲愴」、「月光」、「熱情」などのピアノソナタは、聞く者の心に様々な想いと感動を運んでくれますが、著者は祖の楽譜から常に新しい音にチャレンジするベートーヴェンの姿を感じ取っているのです。

 さらに曲紹介では、ピアノソナタ「月光」と晩年の三部作の一つ「第32番」を取り上げています。我々の知っている月光は、月から静かに降り注ぐ物悲しい月の光が奏でられるのですが、その演奏は技術と言うよりも、3つの楽章を貫く、作曲者の意図をどう表現するのかにかかっているのです。その語りは音楽の用語も飛び交って、難しいのですが、ピアニストならではの視点に、なるほどと唸らせる語りの連続です。

 そして、「月光」のオススメ演奏は、シュナーベル、クラウディオ・アラウ、ヨーゼフ・ホフマンがあげられています。そのオススメの理由はこの本で確かめて下さい。

 この本は、どの章を読んでもロシア出身のピアニストならではの分析とリスペクトがあふれており時間のたつのを忘れます。ピアノと言えばショパン、ですが、ショパンの章の語りはこの本の中でも特出すべき面白さです。ピアニストのショパン弾きとベートーヴェン弾きの違いとは、ショパンがよく弾けるときとはどのような時なのか、ショパン弾きとリスト弾きはどこが違うのか。

 音楽は間違いなく人を幸福にします。皆さんもぜひ著者の音楽愛を楽しんでください。

 少し落ち着いたか見えるコロナ禍ですが、未知の変異オミクロン株もすぐそこに来ています。ご自愛ください。

 それでは皆さんお元気で、またお会いします。


今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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