40年もいて初めて

11月26日(火)


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 天気は良いのだが、昨日とは違い風がちょっぴり寒い日だった。種で育てていた銀銭花(朝露草)の苗をポットに植え付けた。これらは休息所に置いている簡易ビニールハウスの中で管理する。


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 私はこの地に来て40年ほどになる。灯台もと暗しというのだろう。近くだというのに鞆の街へは行ったことは無い。本当は何十回も行ったことはあるのだが、全てが車で素通りで町を散策したことは無かった。だから町の様子はテレビでしか知らない。近いので何時でも行けると思うと中々踏ん切りがつかないものである。今日は行ってみることにした。


 だが私の人生と一緒で中々すんなりと思うようにはいかないものだ。我が家から阿伏兎を経由して行くと車で15分か20分で鞆に着く。鞆の街は道路がとても狭い。知っているものは通りたがらないところだ。鞆に入る手前でグリーンラインに入り途中から鞆の街に入るつもりだった。ところがグリンラインから鞆に入るところは通行止めになっていた。仕方がないのでグリーンラインをそのまま走り芦田川に出て鞆に行った。


最初の画像は福禅寺對潮楼から眺める仙酔島の風景だ。ここは吹き曝しなので、冷たい風が吹きとても寒かった。だが海はとても穏やかだった。私の育った日本海では考えられない冬の穏やかな海だ。


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 知らなかった。火曜日は多くのところが休みになっている。ここ太田家住宅も休みで見学できなかった一つだ。維新までは保命酒の蔵元の中村家が隆盛を誇っていた家というので是非見たかったが残念である。次回のお楽しみということにしよう。


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 今日の大本命はここに来ることであった。静観寺前の山中鹿之助の首塚だ。毛利の捕らわれの身となった山中鹿之助は岡山の高梁市で惨殺され、首は当時鞆にいた足利義昭の元に届けられて首実検が行われた。その後首は静観寺に葬られたという。これがその首塚である。どうしても来たかった場所だ。


 私は島根出身だ。島根人は皆山中鹿之助が大好きである。尼子再興の為に命懸けで戦った鹿之助が大好きだ。高梁市の高梁川と成羽川が合流するあたりに惨殺された鹿之助終焉の墓がある。その近くには胴塚がある。以前に両方とも訪れていた。だからどうしてもここにも来たかった。合掌。


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 首塚の傍には小さな小さな、ささやき橋という悲恋の言い伝えがある一跨ぎできるほどの橋がある。


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 スムーズに鞆に行けなかったのは残念であった。だが今のグリーンラインは紅葉がとても美しかった。この時期にあまり走らないので知らなかった。通行止めで得をした。


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