テッド・ナジェントの「Street Rats:ストリート・ラッツ」で、1976年アルバム『Free-for-All:ハード・ギター爆撃機』ですね。邦題が懐かしい。
今では「テッド・ニュージェント」と呼ばれるこの名ですが、76年9月5日に放送されたNHK・FMの渋谷陽一氏が担当する『ヤングジョッキー』初回放送では、「テッド・ナジェント」として曲が紹介。もう50年前の話になりますね。
この日の放送では、ブライアン・フェリーからスタートし、エリック・クラプトン、モントローズ、そしてテッド・ニュージェントと。渋谷陽一さんが取り上げることで新しい音楽との出会いがあり、当時私は一気にその魅力に惹きこまれて盲信。(今振り返るとそう思う)
高校時代のことなので懐かしく思い返しますが、その当時はレコードを手に入れるのが簡単ではなく。アルバイトが校則で禁止されていたこともあり、集められるお金といえば小遣いやお年玉くらい。加えて、登山にも夢中だったのでお金は無い。
この頃に力を発揮したのがラジオ、叔父から譲り受けたFMレシーバーとラジカセを手に、音質のキレイでクリアなFM放送を必死でロック音楽を聴き込んでいた。
ラジオで流れる新曲や新しいバンドは、翌日の学校で仲の良いロック友との話題の中心となるもので、かなり刺激を受けたことを思い出。放課後にはレコード店を覗いたものの、限られた小遣いでは簡単に購入できず、ため息ばかりの日々でした。それでも気持ちは常に、「次こそこのアルバムを買うぞ!」と情熱に満ちていた、純粋…それが今じゃ、配信で聴けるし・反省!
純粋な時代、渋谷陽一さんの『ヤングジョッキー』の紹介のおかげで音楽に対する好奇心がさらに広がり、ロックとの距離がぐっと縮まった。
このブログでかかる70年代、80年代前半の曲は 渋谷陽一さんの影響モロ受け、ほんと!
このブログ、渋谷陽一『ヤングジョッキー』『サウンドストリート』できている。


スマホから渋谷陽一さんの訃報を目にして、思えば、自分も今年年金がもらえる歳になり、時の移ろいをひしひしと感じさせます………
懐かしい70年代、このテッド・ニュージェントが大好きでした。ハードロックながらメロディアス、好み。力強さが溢れる曲には、当時ブリティッシュロックファン、UKRockハードロックファンと自覚ありでしたが、アメリカンロックも凄いと心をゆさぶられました。
まあ、ボーカルのミート・ローフの写真を見た際には「ロック=カッコいい」という概念が崩れましたが、ある意味、鮮烈な批評が自分の中で生まれたものですが。
渋谷陽一さんの影響は、1979年上京後、音楽、映画、もろもろと広がる興味から、宣伝や映画プロモーションの仕事つき、渋谷さんの評論に、盲目的でなく冷静に拝見できるようになりましたが…
今もロックへの興味は持っていると思う。
三つ子の魂百までロックに!
始まりの始まりに、感謝です。渋谷陽一さん ありがとうございました。
と云うことでおまけは第1回目 渋谷陽一『ヤングジョッキー』でこれもかかった曲で
Ted Nugent ‐ Hammerdown

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