【再編集2026】ビートルズ編②1974年冬、上映会の幻惑『ストロベリー・フィールズ』の迷宮

4500頁、15年の熱量を、今の視点で削り出す。
 【再編集2026】プロジェクト始動。

 

ビートルズ 「Strawberry Fields Forever」

――「サージェント」のあとで、まだまだ世界は広いと感じ始めた――

 

「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」。

アルバムでは1968年『Magical Mystery Tour』
に収められている一曲ですが、この曲は、「迷宮」となった。


1974年冬、上映会という幻惑

中2で初めて聴いた『サージェント・ペパーズ』の衝撃が、

まだ体のどこかに残っていた1974年の冬。

ファンクラブの集いで、ビートルズのTV映画Magical Mystery Tour
を上映会で観る機会に恵まれた。

極彩色のバスが走り、支離滅裂なイメージが連なっていく。

ビートルズ、マジカル・ミステリー・ツアーのメンバー

いまなら、
“ロングPV的な先進的映像作品”と評価されている。

だが当時は、意味不明、判らんちん、駄作――
そんな低評価の言葉ばかりが、わずかな情報として伝わってきていた。

正直、心は少し怖気づいた。

 

それでも、
動くビートルズを観られる
 

それだけで、十分に幸福だった。上映中は無我夢中だった。
ただ、「もっと観たい」その思いだけが、強く残っている。

 

50年後、歩きながら、電車で、映像を観られる時代が来るなど、
当時の誰が想像できただろう。


そして始まる「迷宮」

ここで、問題が起きる。アルバム『マジカル・ミステリー・ツアー』に入っている
「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」が、

TV映画『マジカル・ミステリー・ツアー』には存在しない。

中学2年の少年には、チンプンカンプン、ビートルズの「迷宮」。

 

いまなら、検索一つで答えは出る。

「この曲は67年、『サージェント』のアルバム候補だったが、

シングルとしてリリースされた」

だが当時は、青盤(ベスト盤)も手に入っていない。

事の次第が分かるまで、長く時間がかかった。

――いまは便利だ。
だが、そのぶん探求心は失われたのかもしれない。


でも、その幻惑が、面白さを倍増させた

この少年を幻惑させた「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」。

リバプールの街を幻想的に描いた日本語訳、リバプールへの想像。

そして摩訶不思議な旋律。それらすべてが、

ビートルズの面白さを、何倍にも膨らませた。

 

オープニングのメロトロンの音色は、のちに夢中になる
キング・クリムゾン、レッド・ツェッペリン、

ロキシー・ミュージックへの
予行演習になっていたのだから、恐れ入る。


マイルス・デイヴィスというシメ

この曲を語るうえで、思い出すエピソードがある。

ジャズの帝王、Miles Davis

晩年、彼が自らのトリビュート的ライブで
選んだ曲の一つが、「Strawberry Fields Forever」だった。

 

1990年、東京ドームで行われたジョン・レノン追悼コンサートで、

マイルスが演奏「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」だった。

こびへつらわないマイルス。観客に背を向けるように吹くトランペット。

その音が、妙に焼き付いている。

少年時代、「なぜ映画にないのか」と迷走したあの感覚が、よみがえる。

 

偶然ではなく、必然として

ジャズという枠すら飛び越えた巨人が、なぜ、この曲を選んだのか。

 

そして私は、ビートルズと自分の距離感を「本物だった」

とどこかで信じている。

 

うぬぼれた幸せがあった。

 


The Beatles - The Beatles - Strawberry Fields Forever (Official Music Video) [2015 Mix]

 

 

ブログ15年分の記憶をいまの視点で削り出していると、
音楽は「思い出」ではなく、人生の途中経過だったのだと気づきました。

 

あなたにも、迷わせてくれた一曲が、あると思います。

それは、どんな曲でしたか。

 

 

 

 

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Blue Öyster Cult-In Thee

Blue Öyster Cult:ブルー・オイスター・カルトの「In Thee」で、アルバムは79年『Mirrors :ミラーズ』ですね。

 

日本では、BOCというと――
76年「(Don't Fear) The Reaper(死神)」と、77年「Godzilla(ゴジラ)」。
この2曲が、70年代の代表曲としてまず浮かぶ気がします。

で、彼らって本来、ジャケットも“妙に凝ってる”。
幾何学だったり、戦闘機だったり、オカルトだったり。
バンドのマーク(例のフック&クロス)も含めて、
「気持ち悪いのに、知的で、ロック」みたいな匂いがある。

Blue Öyster Cult アルバムジャケット集

© Blue Öyster Cult / Columbia Records  ※本画像は非商用・レビュー目的で使用しています

 

ところが――『Mirrors』だけは異質。
ジャケが普通(笑)。
もちろんマークはいる。でも、雰囲気が違う。

Blue Öyster Cult Mirrors アルバムジャケット

 

 

Mirrors

 

 

だからこそ、このアルバムは1979年を反映しているかも。

70年代後半、米ハードロックは分岐点に立っていた。

プログレはもう呆られた? パンクする? ディスコは売れている。その狭間で、多くのバンドが
AOR風なり、POPなり 特にアメリカンロックは、この選択をしたのかなと思う。

 

In Thee ―― POPで、AORで、でもBOCらしい

このアルバムの中でも、「In Thee」はとりわけ異質で、そして面白い。AOR的。メロウ。
派手なリフも、ない。

 

でもでも、ここらへんのロック踊り場を、今思えば、そりゃあ、ニュー・ウェイヴ を聴いてしまうのも納得(笑)

 

久しぶりにBlue Öyster Cultの『Mirrors :ミラーズ』聴いて、ブルー・オイスターや、

あえて言わせてくださいドゥービー・ブラザーズが迷い道になったのが、判るような気になった(笑)

 

キッスは偉い!仲悪くても売れ筋ディスコティックしても、

ハードロックの素は残ってずーと継続していた…

 

と云うことでおまけは、代表曲で15年目で初めてあげます。

 

Blue Öyster Cult- (Don't Fear) The Reaper (1976)

 

 

 

あなたにとって好きだった“バンドが迷った1枚”って思ったアルバムがありますか?

 

 

 

 

 

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ロックはここから始まった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【再編集2026】ビートルズ編① 14歳の衝撃「A Day In The Life」

ビートルズ「A Day In The Life」

――すべては『サージェント・ペパーズ』から始まった

 

「A Day In The Life:ア・デイ・イン・ザ・ライフ」で、アルバムは67年『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band:サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』ですね。

ビートルズ『サージェント・ペパーズ』のメンバー4人

 

 

サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド

 

今さら言うまでもない名盤だが、
近年の**Rolling Stone誌「オールタイム・ベストアルバム500」では、
かつて1位だったこのアルバムが、2020年版で
24位**まで順位を下げた。

名盤であることに疑いはない。
だが、正直に言えば――この下げ、ポリコレの影響じゃないの?
と、思わなくもない。アートや芸術には、時代評価とは別に、絶対値がある
これは持論だ。

 

ちなみにそのランキング上位を見ると、

1位 Marvin Gaye『What’s Going On』2位 The Beach Boys『Pet Sounds』

3位 Joni Mitchell『Blue』4位 Stevie Wonder『Songs in the Key of Life』

5位 The Beatles『Abbey Road』6位 Nirvana『Nevermind』
7位 Fleetwood Mac『Rumours』8位 Prince and the Revolution『Purple Rain』

9位 Bob Dylan『Blood on the Tracks』10位 Lauryn Hill『The Miseducation of Lauryn Hill』

……まあ、普通に全部聴いている(笑)。

正直に言えば、『Pet Sounds』は今でもそこまで好きじゃない。それでも2024年のSpotifyではトップ再生した。

『Rumours』に至っては、いまでも自宅のネットワーク・ステレオを仕上げていくためのリファレンス音源

 

小生的な感覚で言えば、1位はホワイト・アルバム、2位にクラプトン絡み、3位『Abbey Road』
『サージェント・ペパーズ』は体感的に10位以内

 

でも言わせてほしい。

『サージェント・ペパーズ』を24位にした責任者、出てこい。
延髄斬りからノーザンライトボム、かましてやる(笑)


それでも――【再編集2026】ビートルズ編は、
**完全に個人的な「メモリー・アルバム」**として始めたい。

その起点が、『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』


ポール・マッカートニー、ビートルズ『サージェント・ペパーズ』収録

親の仕事の都合で、1973〜75年の前半、中学校を学年ごとに3校転校した。

今思えば、これが自分の「孤独」や「ソロ」に強く惹かれる性格の原点かもしれない。

 

10歳の時にビートルズの「Let It Be」を聴き、中1〜中2(1973〜74年)頃から
本格的に洋楽・ロックを聴き始めた。

 

だがその頃、ビートルズはすでに解散していた。

リアルタイムで知っていたのは、カーペンターズ、スージー・クアトロ、

ローリング・ストーンズ、そしてグラムロックのT・レックスやデヴィッド・ボウイ。

 

愛川欽也さんと今野雄二さんのTV番組『リブ・ヤング!』の影響は大きかった。
スレイド、スウィート、そしてクイーン……
70年代前半のUKロックは、正直、永遠にブログが書けそう(笑)


初めて買ったLP(昔はこう言った)は、少し浮気して

ローリング・ストーンズ『Goats Head Soup』(1973)

理由は単純で、「悲しみのアンジー」が好きだったから。

だが正直に言えば、それ以外の曲は、当時ほとんど分からなかった。

いまでは「Doo Doo Doo Doo (Heartbreaker)」が大好き。
人の好みというのは分からない。(また横道にそれた・笑)


当時のビートルズ体験は、
「Yesterday」「Help!」「Let It Be」「Hey Jude」など、シングル中心だった。

LPレコードは高価で、お小遣いでは簡単に買えない。頼りはFMラジオだった。

中2の時、ようやくラジカセ(モノラル)を買ってもらい、
ラジオやテレビ放送を録音して、カセットテープのライブラリーを作り始めた。

だが、アルバム全体を通して聴く体験には、なかなか辿り着けなかった。


転校先の中2の学校で、秀才の友人ができた。

彼は洋楽好きで、『サージェント・ペパーズ』のLPを持っていた。

彼の家でそれを聴いたとき、ラジオで聴いていたロックンロールや
メロディアスなバラードとはまるで違う音楽に、言葉を失った。

 

曲と曲の間が途切れず、音楽が一つの“流れ”として続いていく。

「Lucy in the Sky with Diamonds」で心を奪われ、アルバム終盤、
「Sgt. Pepper’s Reprise」のロックギターに痺れていたところに――

 

「A Day In The Life」が始まる。

二人のボーカルが交差し、「ハーハー」という不思議な声。
当時の英語力では「A Day In The Life=人生の一日」くらいしか分からない。

豪華なライナーノーツの歌詞を、英語教師だった友人のお父さんが訳してくれた。

 

最初はニコニコ読んでいたのに、後半になるにつれ、急に真剣な顔になったのを覚えている。

結局、詳しい意味は分からないままだった。

 

――昨日の夕飯を何を食べたか忘れているのに、
この記憶「大人が真に黙り込んだ空気」だけは、なぜか消えない。


メロディがいい、リズムがいい、そういう次元ではなかった。

こんな音楽が、この世にあったのか。

まだ聴いていない曲、知らないアルバムをとにかく聴きたい。

ここで、自分の中の「音楽の扉」が本気で開いたのだと思う。


その後すぐ、ビートルズ映画『Let It Be』や『Magical Mystery Tour』を
上映会で観る機会にも恵まれた。

 

新しい音を求めること、未知の音楽に出会うこと――
それ自体が、ロックだった。そして、その後に知っていくUKロックは、
すべてが革新的で、すべてが新しかった。

 

これが、
マイ・ブリティッシュ・インヴェイジョン

起点は、
『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』。

そして原点は、
間違いなく――「A Day In The Life」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Jackson Browne- Doctor My Eyes

 ジャクソン・ブラウンの「Doctor My Eyes:ドクター・マイ・アイズ」で、アルバムは72年『Jackson Browne:ジャクソン・ブラウン・ファースト』ですね。動画は2023年、Playing For Changeの「 Song Around The World」として、参加して唄ってる、素晴らしい!チャーさんも演奏してるし!

 

 

ジャクソン・ブラウン debut album cover

 

 

ジャクソン・ブラウン・ファースト

 

昨年のスポティファイの聴いたミュージシャンでトップアーティストがジャクソン・ブラウンで驚き!

UKRockファンとしては、昨年亡くなった、オジー・オズボーンを聴いていた体感としては、違うようで……

 

70年代はブリティッシュロック、ハードロックがメインで、聴いていたが、米のカントリーロック、フォークロックを聴かず嫌いで、なかば柔い音楽として、バカにしていたような。

 

若気の至りでなく……

小生の場合、バカ気のいたり。

 

当時やっと知っていた事は、少し後追いで聴いたイーグルスの72年「テイク・イット・イージー」が、グレン・フライとジャクソン・ブラウンの共作ぐらい知識。

 

大きく興味を持つようになったのは30代になってから、95年映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』の挿入歌「Running on Empty:孤独なランナー」に痺れた! ここも孤独がつく、ほんと、孤高とかソロとか、ついて回る己の志向(笑)

 

 

 

それが、近年、特に、60代に入ると、そもそもメロディー追いなんで、ジャクソン・ブラウンの曲が身に染みると言うか、違和感なしの生活の音に、よく流しで聴いていた。

 

 

— 見えすぎてしまった時代に、目を閉じるという選択 —

 

 70年代アメリカは激動の時代(今もそうだけど、この米国の本質と思う、安定より上昇気運、あつれきもいとわない)

60年代の熱狂が終わり、理想も革命も現実に飲み込まれていく時代へ、「世界を変える」という言葉が、みんな疑いがあるかもと、「自分を守る」と変質していく中で 当時は能天気な音楽では?(あくまで小生の感じ方だが)
そう思わせたウエストコースト・ミュージック。であるが、彼らは苦悩、深考していたかも。
 

「Doctor My Eyes」は、叫ばない強さ、誇示しない深さがある。

派手なギターもない。革命のスローガンもない。だが、耳を澄ますほどに、時代の違和感を唄う。

ジャクソン・ブラウンは、22歳、1972年発表のデビュー作『Jackson Browne』の時点で、
すでに“観て”いた。サウンドは“軽やか”、言葉は“重い”

 

「Doctor My Eyes」は、不思議な曲だ。メロディは明るく、リズムも軽快。だが、歌詞は決して軽くない。

70年代アメリカン・ロックにも、奥ゆかし知性があったのですね。

 

そもそも「ノー・ニュークス」の参加者でした、79年からやってましたジャクソン・ブラウン。

 

ジャクソン・ブラウンの歌は、聴き手に“同意”を求めない。「君はどうだ?」と問いかけている。

「Doctor My Eyes」、このアルバム『Jackson Browne:ジャクソン・ブラウン・ファースト』は、そんな世界への、ロックとしての回答として聴きたい。

 

若かった頃より、今の方が刺さる曲、正直に言えば、この曲は10代・20代の頃より、
年を重ねてからの方が効く

いろいろな事が起きる身の回り そして世界も、 ジレンマがついて回る、生きてるかぎり!

この曲、若い頃と、今とで、どう聴こえていますか。

 

と云うことでおまけは同アルバムから好きな曲で

 

Jackson Browne- A Child in These Hills

 

 

 

 

 

 

 

 

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【再編集2026】少年時代ロック前③もの寂しいメロディー「遠い海の記憶」……その後 

 

※この記事は、ブログ15年目を前に行っている〈再編集2026〉勝手なプロジェクトの一編です。全体の所信表明はこちら 

 

なぜ、私はこれほどまでに“もの寂しいメロディー”に惹かれてきたのだろうか。 15年目となるこのブログを刷新しようと過去の記事を読み返した時、その問いが頭を離れなくなった。幼い私の心の源泉を辿れば、そこには必ず、テレビのブラウン管から流れてきた「子供向けとは思えないほど深く、孤独な旋律」があった。
 
 
 
 

 

■『ウルトラQ』と日常の裏側(1966年〜) 

当時6歳、幼稚園児だった私にとって『ウルトラQ』は、ワクワク感と同時に「得体の知れない恐怖」を植え付けた、夢中に。 音楽は宮内國郎さん。1966年1月2日の放送開始から、今年(2026年)でちょうど60周年を迎える。この事実は、出演されていた桜井浩子さんのインスタグラムで知った。21世紀になってからDVDイベントで桜井さんに直接お会いできたことは、あの頃の自分への素敵なプレゼントのような気がしている。

 

■『ウルトラセブン』と「異邦人の哀しみ」(1967年〜) 

『ウルトラマン』、そして『ウルトラセブン』。冬木透さんの音楽、特に『セブン』は、私の映像表現やストーリーテリングの源流そのもの。 脚本家の金城哲夫氏や上原正三氏が描いた「異邦人の哀しみ」や、正義の狭間での葛藤。

その根底に流れる寂しさを7歳の時にリアルタイムで享受できたことは、後に映画の仕事に就いた際、どれほど幸運だったかと思い知らされた。

 

メトロン星人とちゃぶ台を挟んで対峙した時の、歪んだ日常の静寂。あるいは、満身創痍のモロボシ・ダンが夕闇に消えていく際、劇的に流れたシューマンのピアノ協奏曲。 それらは単なるBGMではなく、私の感性を映像と同化させ、後にロックへと突き動かした**「記憶装置としてのメロディー」**の始まりだった。

 

 

■『怪奇大作戦』と人間の不条理 

円谷シリーズにおいて、もう一つ外せないのが『怪奇大作戦』だ。 人の業や不条理を30分に凝縮した物語。社会の闇を見つめる少年の目を釘付けにし、大人になる一歩手前のヒリつくような緊張感を与えてくれた。この時から惹かれていた俳優・岸田森さんについても、後にイベントを通じて実兄の方とお話しする機会を得た。すべては、あの旋律に導かれた縁のように思える。

 

 

■NHK少年ドラマシリーズと文学への扉(1972年〜)

そして70年代、NHK少年ドラマシリーズが決定打となる。 『タイム・トラベラー』で筒井康隆氏の世界を知り、私の文学への興味が始まった。2006年、今敏監督の映画『パプリカ』の初日舞台挨拶で筒井先生とお会いできたことは、己の人生の線が必然であったことの証でもあった。

 

また『つぶやき岩の秘密』(1973年)では、原作の新田次郎氏に心酔。そこから山岳小説へとのめり込み、『孤高の人』『栄光の岩壁』『銀嶺の人』を読み耽り、10代後半は本気でクライマーを夢見たこともあった。 夢そのものは潰えたが、そこで育まれた「孤高」「ソロ(単独)」という精神性は、やはり“もの寂しいメロディー”として私の中に定着した。それが70年代後半、ブリティッシュ・ロックにのめり込む土台となったのは、私にとって必然のものだ。

 

■カタルシスの原点 

以前のブログ(ロック前②)で触れたマカロニ・ウエスタンや『木枯し紋次郎』、『マッドマックス』。それらが私にとってのヒーロー像となったその前に、10代以前のテレビ作品から受け取った「もの寂しいメロディーによるカタルシス」があった。それが、後のロック体験をさらに倍増させたのだと思っている。

 

と云うことで、今でもこの曲を聴くと、一瞬でセンチメンタルな10代に戻ることができる。 私のライフ・ビートの原点は、今もここにある。

 

「つぶやき岩の秘密」(最終回)より - ♪ 石川セリ 「遠い海の記憶」

 

 

 

 

 

 

 

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少年時代に刷り込まれた、「もの寂しいメロディー」は、やがて映像のヒーロー像へと姿を変え、私の人生観の背骨になっていった。偶然のように見える出会いが、すべて必然だったと気づくまで――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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タイトル【騙されるな、 ロックを聴いていれば、 だいたい人生は見えてくるかも】に!

2026年になり、このブログも15年目に入りました。ページ数は、気がつけば4000頁を超えています。体系的に読める形にしたい。少しでも読みやすくしたい。そんな思いから、ブログの刷新を考えるようになりました。(※効果は保証なし・笑)

それにあわせて、表題も変えることにしました。

 

これまでのタイトルは、

【騙されるな! ロックを聴いていれば全てお見通し】

そして、これからは、

【騙されるな、ロックを聴いていれば、だいたい人生は見えてくるかも】にします。

 

 

とりあえず、今までのブログタイトルをもとに、動画を作ってみました。

正味30分ほどで、AIに。「ちょっと大袈裟かな」と思いつつも、これは、けっこう衝撃でした。

映画宣伝の現場にいた経験から言っても、かなりレベルが高い。主題意図をきちんと汲み取っている。構成も、コピーも、絵の流れも、「ちゃんと考えて作られている」。

 

30分で、人間はできない。負けた、それも完敗かも????

 

やり方は、
【再編集2026】来年15年目で思うこと・したいこと「じぶんROCK」 
【再編集2026】少年時代ロック前① サイモンとガーファンクル ……その後
――これらを NotebookLM というサイトのアプリに読み込ませ、
動画を生成させました。AIは Gemini。「AIを活用したリサーチ・パートナー」という位置づけだそうです。

 

通常なら、プランナーやコピーライターに依頼し、社内でブレストを重ね、時間と費用をかけて作るものです。

リサーチの前段階で、これを一瞬で出してくる。正直、頭がいいと思いました。

人は直ぐには作ってくれない(ある程度クリエーターにお任せ、選任で短期時間で対応なら、高額な制作費か次回大案件が必要。しないでしょう、リサーチの前段階なら)
 

音声は女性の声。イントネーションも自然。

AIのチャット画面下には「不正確な情報を表示することがあるため、生成された回答を再確認するようにしてください。」
という注意書きがつきますが、本人が確認しましたが大筋どころか、

 

俺が説明するより、動画のほうが判りやすいじゃん(笑)

 

冷静に自分のブログ14年間、振り返りできました。

さらにもう一本、
 
生と死のバラード  Can't Stop編 ブログ4周年!! 
から作った、音楽に救われた話の動画もあります。
 

これも、なかなかです。

二つあわせて、百聞は一見に如かず。

画像にすと

 

正直に言うと、
【騙されるな! ロックを聴いていれば全てお見通し】
というタイトルは、15年目にして少し恐れ多い、と感じるようになりました。

人生をオールマイティに判るなんて、そんなことは言えない。

 

お気に入りのブログの皆さんの方が、私より情報リテラシーも高く博識で、
日々の日記での気づきは楽しく、ルポライター、写真、評論とプロレベルの方もいる。

 

私は映画の興行・宣伝ではプロでしたが、
自分でクリエイトすることは、また別の問題です。


今の自分の立ち位置なら、

【騙されるな、 ロックを聴いていれば、 だいたい人生は見えてくるかも】

このくらいが、ちょうどいい。

 

2026年、正月。私の新しいスローガンは、「ライフ・ビートは止まれない」

素直に、これでいこうと思います。

 

妻には、「口先男」「超アバウト」と言われていますので、
そのあたりはご了承くださいませ(笑)

 

【編集後記】

AIは現在、Gemini(最新版)とChatGPT(5.2)を使っています。

最初は誤字脱字や推敲目的でしたが、原稿案を出すと、思いがけない言葉を返してくる

これは驚きました。画像も、動画も、正直すごい。動画は著作権クリアーしているとの事ですが、驚きました。

私の場合、こだわると音楽、画に著作権料が発生しなくても、

許諾が必要と思いますので、AIの任せの馬なりが安全と思いました。

 

私のブログは営利目的ではありません。
アマゾンへのリンク等も設定してますが音楽や映画を紹介し、ミュージシャンや作品に少しでもプラスになれば、という思いです。アフィリエイト収入も15年で10,000円超えてない。当方に収入となってますが、アメーバーの賃料と思えば、CM媒体の価値としてのプラットフォームに、少しでも返す意味と思ってます。

 

 

 

 

 
 

 

 

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2026年、正月。前略、ピート・タウンゼント様 ライフ・ビートは止まれない!

〜2026年・朝は曇りでしたが、今は晴れの東京の空の下より〜

 

あけましておめでとうございます。

 

 

前略、ピート・タウンゼント様、ロジャー・ダルトリー様

2026年、令和8年の正月。
東京の空の下で、私はいま、あなたたちの爆音を聴いています。

マイ・ジェネレイション+12 - ザ・フー

 

知ってますか。
かつて、あなたたちは「My Generation」で
I hope I die before I get old
――「老いぼれる前に死にたい」なんて、ずいぶん威勢のいいことを歌っていた。

私も10代の頃、70年代ロックを後追いで聴きながら、
それが最高にカッコいいと信じて、あなたたちに憧れて生きてきました。

あれから、もう半世紀以上が過ぎました。

私は今年で66歳になります。

それでもね、ピート。家ではいまだに「8歳レベル」
なんて言われています。

還暦を過ぎ、「知命」の域に入ったはずなのに、
頭の中では、今も「My Generation」のベースラインが
鳴り響いたままです。

 

思えば、2015年の5月。
心臓が悲鳴を上げ、私は一度、あちら側の世界に
片足を引きずり込まれそうになりました。

あの時、病院のベッドで、ふと思ったんです。

「おいおい。ロックを聴いて、世の中を見通してきたつもりだったのに、
心臓の機嫌までは見通せなかったのか」と。

それでも、おかげさまで私は、こうして生きています。

 

あなたたちも、80歳を超えてなお、現役。
その姿は、かつての歌詞への
最高の“裏切り”であり、
最高の“アンサー”です。

 

ロックが「クラシック」と呼ばれ、教科書に載るような時代になりました。
それでも――あなたたちがギターを叩きつけるのをやめない限り、
そして私が「8歳のガキ」のまま
爆音を鳴らし続ける限り、息子に「うるさい音量下げて」言われ続ける限り、
この物語に終止符は打てません。

 

ピート、ロジャー。
15年書き続けてきたこのブログも、2026年からは【再編集】として、
もう一度、リフレッシュして、いくつもりです。

 

2026年、正月。
私の新しいスローガンは、これでいい。

 

草々(笑)

 

 

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