2020年06月一覧

ジョナス・ブルー&MAX “Naked”



ジョナス・ブルー(本名:ガイ・ジェームズ・ロビン)について・・

生誕 1989年8月2日

出身地 London, England

ロンドンをベースに活動する英国人音楽プロデューサー、DJ、リミキサー、作曲家です

2015年に発売したデビュー・シングル「Fast Car」が全英シングルチャートで2位を記録

2018年5月に発売した「Rise」は全英シングルチャート3位を記録しています

この曲は、2019年に「日本ゴールド・ディスク大賞ベスト3 ニュー・ アーティスト(洋楽)」を獲得しています

BBM – Waiting In The Wings

BBMの「Waiting In The Wings」で、アルバムは94年『Around the Next Dream:白昼夢』ですね。

90年代クリーム、ドラムのドダドダ感は変わらずでしたが、メンバーがちと違い、ジャック・ブルース、ジンジャー・ベイカー、エリック・クラプトンでなく、ゲイリー・ムーアですね。

ジャック・ブルース、ジンジャー・ベイカー、ゲイリー・ムーアでBaker Bruce MooreのBBMでしたが、バンドと言うより、このプロジェクトも短命でしたね。アルバム1枚のみ。まあ、ジャック・ブルースとジンジャー・ベイカーですから(笑)

 


AROUND THE NEXT DREAM-REM


 




クラプトン信望者の小生ですが、もしかするとゲイリー・ムーアの方が上手いかもなんて思っちゃたりしたアルバム(笑) 

60年代と90年代とは録音技術も違うし、ロックの流れも60年代黎明期と90年代もう完成期もしくは惰性期かもですから。

でも、アルバムジャケデザインはカッコいい、そもそもジンジャー・ベイカーのファッションは昔からセンスありでした。一時期はペイズリー柄含め、真似ていた。
若気の至りでなく、奥方に言わせるとバカ気の至り。そもそもバカだそうです(笑)

1曲目はクリームのようにジャック・ブルースのボーカルで決めますが、アルバムが進むにつれ、ゲイリー・ムーアが出てくる。

ゲイリーがブルースの傾注する時期、最高の相手2人だったかもですね。

短命なのは、そもそもクリームでは、クラプトンが弾くことも、なんも気にしないジャック・ブルース、ジンジャー・ベイカーでしたので、相手してくれただけでも、ゲイリー・ムーアを認めた事だったかもです。

と云うことでオールドスタイルのアルバム曲は全部好きですが、定番で

BBM - Where in the World



























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Out in the Fields – The Very Best of Gary Moore

Gary Moore The Very Best of

紙ジャケットのこのギターを描いた絵がカッコ良くて印象的です(^^)/

ゲイリー・ムーアのこのアルバム良いですよ(*^^*)

ギター好きな人には人気があります

ゲイリー・ムーアの82年からの音源を集めた2枚組ベスト・アルバムです

ブルース回帰の90年代以降のナンバーも収録していますが、ハード・ロックの80年代がカッコイイです(*^^*)


『Out In The Fields - The Very Best Of Gary Moore』 disc 1

01."Out in the Fields" (from Run for Cover, 1985)
Gary Moore



02. "Over the Hills and Far Away" (from Wild Frontier, 1987)
Moore



03. "Run for Cover" (from Run for Cover, 1985)
Moore



04. "Parisienne Walkways" (live edit; B-side to "Empty Rooms" single, 1985)
Moore, Phil Lynott



05. "Empty Rooms" (from Run for Cover, 1985)
Moore, Neil Carter



06. "The Loner" (instrumental; from Wild Frontier, 1987)
Max Middleton, Moore



07. "Military Man" (from Run for Cover, 1985)
Lynott



08. "After the War" (single version, from After the War, 1989)
Moore



09. "Cold Day in Hell" (from After Hours, 1992)
Moore



10. "Wild Frontier" (from Wild Frontier, 1987)
Moore



11. "Still in Love with You" (B-side to "Out in the Fields" single, 1985)
Lynott



12. "Wishing Well" (from Corridors of Power, 1982)
John Bundrick, Paul Kossoff, Paul Rodgers, Simon Kirke, Tetsu Yamauchi



13. "Friday on My Mind" (single remix, from Wild Frontier, 1987)
George Young, Harry Vanda



14. "Still Got the Blues (For You)" (single version, from Still Got the Blues, 1990)
Moore



15. "Ready for Love" (single version, from After the War, 1989)
Moore


disc 1 のみご紹介していますm(__)m
Released 1998
Recorded 1982 - 1992
Genre Blues-Rock, Hard Rock


ゲイリー・ムーア(Gary Moore)について・・・

1952年4月4日 - 2011年2月6日

北アイルランド出身のロック・ギタリスト、歌手、作曲家です

1974年のシン・リジィ参加で有名になり、以降1980年代はハードロック、フュージョン等を中心に、1990年代以降はブルースロックを軸に活躍しました

活動期間 1970年 - 2011年


赤い鳥-紙風船

赤い鳥の「紙風船」で、アルバムは72年『パーティー』ですね。

小生がお小遣いで初めてレコード は72年少6の時の吉田拓郎でした。

60年代中期頃グループ・サウンズのブーム、60年代後期から70年代始めにフォークブームがありましたが、これはロックマイブーム前に興味をもった音楽、同世代の多く方々も同じと思いますが。

赤い鳥、そして、これから派生したハイ・ファイ・セット、紙ふうせんも70年代確かに聴きました。ラジオで深夜放送で。

この頃、音楽配信で可になった山口百恵、アン・ルイスを聴いていますが、紐付けのようで、フォーク系のお勧めが、たくさん出てきます。

 


パーティー


 




基本当時、吉田拓郎、井上陽水、オフコースでしたが、NSP他も聴いている。なんでも音楽は好き。

ニューミュージックとか言われたユーミンは中学生にはマスト、クイーンやグラムロックと並走で(笑)

で、当方が10代毛嫌いしていた本場欧米フォーク・ロック、歳を重ねるとCSN&Yに深く感銘、大好きなった今(遅れてますが40年ぐらい)赤い鳥も素晴らしい!

どちらかと言うと赤い鳥はフォークよりはフォーク・ロック、初期アルバム70年『FLY WITH THE RED BIRDS』70年のカバー集のような『RED BIRDS』はそもそもRED BIRDS、欧米フォーク・ロック影響ありで、カウンター・カルチャーもある。

当時は日本でも当り前、そもそも、それがフォークでした。

アルバムもサイケぽい、そして男女混合ですから、ボーカルも多彩でコーラスの絶妙。これがハイ・ファイ・セット、紙ふうせんに繋がるワケです。

今回改て聴くと、好きな曲で当時の記憶が蘇る!
10代多感な時期に聴いた音楽の力に驚きました。その中でも「紙風船」は絶品、感涙でした。

と云うことでおまけは定番「竹田の子守唄」「翼をください」でなく同アルバムからで

赤い鳥 - 特急列車~サザンスペシャル































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グレイ・デイズがついにメジャーリリース

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リンキン・パークのヴォーカル、チェスター・ベニントンが亡くなる直前まで再結成を夢見ていたバンド、グレイ・デイズのメジャー・アルバム『アメンズ』が、6月26日に遂に登場となった。

リンキン・パークのメジャー・デビュー・アルバム『ハイブリッド・セオリー』のリリースから20年、そしてチェスター・ベニントンが天国に逝ってから3年の月日が経つが、チェスターが急逝する直前まで夢見ていたのは、彼の原点ともいえる10代に地元フェニックスで最初に組んだバンド、グレイ・デイズの再結成であり、改めてアルバムをリリースすることだった。

チェスターと共にグレイ・デイズを結成し、その後アリゾナとネバダのCLUB TATTOOの共同経営もしていた本プロジェクトの中心人物ショーン・ダウデル(Dr)に話を訊いた。







1993年、地元フェニックスで結成されたグレイ・デイズは2枚のアルバム『WAKE ME』『NO SUN TODAY』をインディからリリースし、地元でのライヴハウスも満員にするほどの盛況振りを見せていたものの、1998年に解散となった。

その後オリジナル・ギタリストのボビー・ベニッシュが脳ガンと診断された2001年にチャリティー・ショーで再結成を企画したものの、残念ながら実現には至らなかった。

しかしチェスターは、2016年にショーン・ダウデルに電話をかけている。


「チェスターは僕にこう言ったんだ。「ストレートなロック・ミュージックが恋しいよ。また君と一緒に音楽をやりたい。バンドを再結成して、ライヴをしたり、レコーディングもしよう」ってね。それでライヴをやってアルバムも出そうって決めたんだ。ネットで発表して、2017年10月20日にライヴをやることも決まった。そんな時に、あの出来事が起こった」

2017年2月、グレイ・デイズはレコーディングを開始し、2017年6月26日には、チェスターとショーンはフェニックスのマーキー・シアターで再結成公演を行うことを発表する動画をYouTubeに投稿したものの、7月20日にチェスターが他界してしまったのだ。

チェスターの死後、混乱・傷心…そして心にぽっかり穴が開いた状態で、グレイ・デイズはまた1年の再休止状態となった。しかし、未亡人となったタリンダ・ベニントンの後押しを受け、チェスターの念願だったグレイ・デイズ再始動を叶えるべく、2枚のアルバム『WAKE ME』『NO SUN TODAY』から楽曲をセレクト、メイス、クリスティン、そしてエグゼクティヴ・プロデューサーのジェイ・バウムガードナーと共にNRGスタジオに入り、1年かけて再レコーディングを決行した。

アルバムのオープニングを飾るファースト・シングル「シックネス」は、ペイジ・ハミルトン(ヘルメット)の手により、不気味なビートから分厚く狂おしいディストーションへと展開していく。
そして「もっと必要なんだ 助けてくれないか この罪をもっと大きくするんだ さあ 夢中にさせてくれ そいつはオレに呼びかけてる(I NEED MORE.CAN YOU HELP ME? FEED MY SIN.COME AND KILL ME.IT'S CALLING ME.)」と叫ぶチェスターの魅惑的な声が、頭から離れない。



その頃の彼を思い起こし、ショーンは「歌詞が喪失感や失望を描いている時があったと思う。彼は助けを求めていて、自暴自棄になっている叫びだったんだ。彼は自分の実生活を歌っていた。それがわかった瞬間を忘れる事はないよ。俺たちはスタジオで曲を書いていて、彼はそこに遅刻してきた。スタジオに入ってくると、そのままマイクに向かって、このコーラス部分を叫びだしたんだ。歌詞は、彼の人生に起こっている事を歌ったものだった。当時、彼は高校を中退し、彼女とも別れ、俺と一緒に住んでいた。不安と苦悩でいっぱい。それが全ての歌詞に共通する感情だったんだ」

「ジャスト・ライク・ヘロイン」では、「オレもいよいよ潮時だ 床の上で死にかけてる ありのままのオレ自身を眺めて(IT'S MY TIME TO FADE.DYING ON THE FLOOR.SEE MYSELF AS I AM)」と歌い、ダークなブリッジに落ちていくまで、エアリーなベースが曲をリードする。

「言い訳はヘロインみたいだ」とショーンは続ける。「あの頃、俺たちが憧れていたミュージシャン達が皆、ヘロインで死んでいった。そんな事を歌った曲だよ。シャノン・フーン(Blind Melon)、ジョナサン・メルヴォイン(Smashing Pumpkins)、ブラッドリー・ノウェル(Sublime)。皆、オーヴァードーズで死んでいった。彼らの音楽とエモーショナルな繋がりを感じていたから、彼らを亡くして、とても心が痛かった」


厳格で胸を刺す「ソウル・ソング」では、チェスターの息子であるジェイミとブッシュのクリス・トレイナー(G)が初参加を果たし、「B12」には、KORNのヘッドとマンキーがツイン・ギターで参加し、「シャウティング・アウト」ではLP(Vo)のソウルフルな歌声が印象深い。





「何より大切なのは、彼のファンにこういうチェスターを聴いてもらいたいという形で彼を見せていく事だった。俺たちは、チェスターがソロ・アルバムを作ったみたいに感じてもらえる作品にしたかったんだ。彼はバンドを再結成して、世界で通用するやり方でこの音楽を出していきたいと、常に考えていたからね。皆で一緒に始めたのに、最後は俺が彼の為に完成させなきゃいけなかった。全ての言葉に、彼の感情が…そして誠実に語られている事が皆に伝わる形でね」──ショーン・ダウデル

アルバム・タイトルは、ピアノが印象的な「モレイ・スカイ」からとっており、「あの曲は、このプロジェクト全体のムードやエモーションを具現化している。これは締めくくりのひとつだなと思うんだ。彼はもう俺たちと一緒にはいないけど、この音楽を世に出す事で、彼のファンに聴いてもらえる」とショーンは語っている。チェスターの言葉を永遠に響かせるのは、彼を失った穴を少しでも埋める事なのだ。




BARKSより引用しています


私の手元にも予約していたGREY DAZEのCD&DVDが届きました(T_T)

嬉し涙でした・・・

長い間、待ちましたね

グレイ・デイズの皆さん、届きましたよ

ありがとう🌼🌼(*^^*)

哀しみは消えないけれど、チェスターの声が聴けて嬉しいです






















Paul McCartney 「The World Tonight」

ポール・マッカートニー(Paul McCartney)は、「The World Tonight」のミュージックビデオ(アリスター・ドナルド監督版)をアーカイブ公開しました

また同曲のミュージックビデオのジェフ・ウォンフォー監督版を日本時間6月26日(金)深夜25時(27日午前1時)に公開します。

「The World Tonight」にはジェフ・リンが参加しています

1997年のソロ・アルバム『Flaming Pie』に収録されています

『Flaming Pie』はアーカイヴ・コレクションが7月31日に発売されます




amassより引用しています


フィル・ライノットのソロ、「Dedication」


おはようございます(^_^)

この曲大好きです(^_^)

フィル・ライノットのヴォーカルもイイですね~(*^^*)

フィル・ライノットのソロ曲、「Dedication」




Thin Lizzyとフィル・ライノットについて・・・

シン・リジィ (Thin Lizzy) は、アイルランドのロック・バンドです

アイリッシュ音楽を取り入れたツイン・リードスタイルで人気を博し、「アイルランドの英雄」と形容されたアイルランドの国民的グループとして知られています

英国圏では、創始者フィル・ライノット没後30年以上が経過した現在でも、レジェンドとして大きな支持を得ています



1969年、フィル・ライノット(ベース&ボーカル、作詞・作曲 元スキッド・ロウ)を中心に、フィルの学生時代からのバンド仲間であるドラムスのブライアン・ダウニー、元ゼムのギタリスト、エリック・ベルとともにダブリンで結成しました(当初キーボーディストもいましたが、まもなく脱退)

ただし、バンドの初代マネージャーであるテリー・オニールは、シン・リジィが正式に結成したのは1970年であったと言っています


1986年1月4日、フィル・ライノットは、ヘロインの過剰摂取による内臓疾患、敗血症により死亡しています

36歳でした


2005年8月20日、フィル・ライノットのアイルランドへの功績を記念してダブリン市内にブロンズ像が建立され、式典ではゲイリー・ムーアを中心に過去のメンバーが集結してシン・リジィの曲が演奏されました

2019年10月3日に母国アイルランドよりバンド結成50周年を記念する郵便切手が発行されました

活動期間
1969年 - 1984年
1996年 - 2001年
2004年 - 現在


主なメンバー
フィル・ライノット (Vo/B)
スコット・ゴーハム (G)
ブライアン・ダウニー (Ds)
ブライアン・ロバートソン (G)
ゲイリー・ムーア (G)
スノウィー・ホワイト (G)
ジョン・サイクス (G) 等



『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用しています



ご視聴ありがとうございました(^_^)