Bad Company-Silver, Blue & Gold|70年代回想曲

バッド・カンパニーの「Silver, Blue & Gold(シルヴァー・ブルー・アンド・ゴールド)」で、

アルバムは76年『Run with the Pack(ラン・ウィズ・ザ・パック)』ですね。

 


中学から知っていたバドカンが、高1・76年になって、ZEP、パープル、サバス、

ユーライア・ヒープなど知ってからは、かなりPOPなかんじと思うようになったわけですが。
 

当時はアメリカで売れたいと意識しているなんて知らないけど。

 

アルバムリリース情報

  • アルバムタイトル: Run with the Pack
  • 初版(US/UK等)発売年: 1976年
  • 位置づけ: 通算3作目のスタジオ・アルバム。フランスで、ローリング・ストーンズの                モバイル・ユニットを用いてレコーディングを敢行。

ハードロック路線をベースにしつつも、ピアノやストリングス、

アコースティックな響きを大胆にブレンドし、POP化した、

バンドが音楽的成熟したと告げた作品のようだが、好き嫌いは分かれるかも。


まあ、この後の作品の方が、パンクが始まりの世代なんで、

なんだかな~って感じもありました。

でも、小生は、それをオールドウェーブとは、絶対言わなかったけど(笑)

 

 

Run With the Pack

 

 

バッド・カンパニーは、ポール・ロジャース、サイモン・カーク、

ミック・ラルフス、ボズ・バレル、というメンバー。
元フリー、元モット・ザ・フープル、元キング・クリムゾンで、

70年代ブリティッシュロックのブルースロック、グラム、

プログレを合わせてのハードロックも加味なんで、それは自然に同調する、今も(笑)


が、それでも、なんか優しい「Silver, Blue & Gold(シルヴァー・ブルー・アンド・ゴールド)」

は、POPにも聴こえる。


ほんと、ポール・ロジャースのボーカルが俊逸だから、

ここまで聴かせる曲/成立している曲と思いますが。

 

で、その後2000年代になって、クイーン+ポール・ロジャースの登場は小生には違和感ありで、
ロック的に70年代的にありえない…バドカンとクイーンは全然違うロックと…


フリーのようなブルースロック色強しでなくても、

その雰囲気はポール・ロジャースのボーカルの芯。POPぽいと言っても、

ブルースは効いている。
 

そのPOP感とブルース感のバランスが良いアルバムが

『Run with the Pack(ラン・ウィズ・ザ・パック)』と思うのです。

そして、アルバムジャケがカッコイイ! ロックには必要です!

 


私はこう聴きました。
皆さまは、この曲をどう聴きましたか。
今日も読んでいただき、ありがとうございます。
 

と云うことでおまけはミック・ラルフス作で、なんかグラムですね(笑)これも大好き!
 

Bad Company‐Sweet Lil' Sister

 

 

 

 

 

【再編集2026】プロジェクト始動。

 

ロック前

 

 

ロックはここから始まった

 

 

15年「騙されるな」を続けたワケ おまとめページ 第1・2・3部そしてUKRockだった

 

 

15年「騙されるな」を続けたワケ 第4部 Deep Purpleへの思い

 

 

クイーン(Queen)への思い おまとめページ:50年の軌跡をたどる3部作

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Georgia SatellitーKeep Your Hands to Yourself|回想曲

ジョージア・サテライツの「Keep Your Hands to Yourself(キープ・ユア・ハンズ)」で、

アルバムはいちおう1stのバンド名『Georgia Satellites』ですね。

 

日本では一発屋になってしまうのかなと思うジョージア・サテライツ。

私もしっかり忘れておりました。

もう8年やっているスポティファイは勝手に選曲して、

音楽リストを上げてくるのですが、これがなかなかセンスが良い、

AIはほんと凄いと思う。私の好みを分析して合わせる曲と、

興味を持つ曲を上げてくる。

 

この曲も、垢ぬけない曲ですが、パワー全開で、覚えていた。

70年代の曲で、バンド名? では、アウト!

80年代の曲で、ジョージアと名のっているのですから、

サザンロックのくくりかな! 判らん(笑)

 

アルバムリリース情報
アルバムタイトル: Georgia Satellites(邦題:ジョージア・サテライツ)
初版(US/UK等)発売年: 1986年
位置づけ: 通算1作目となるデビュー・アルバム。ソリッドなロック/サザン・ロックを展開。

 

当時のアメリカンロックのPOPハード路線とは一線を画すが、ヒット!

ロックンロールでも80年代で、できるを告げたアルバムになると思う。

 

Georgia Satellites

 

80年代後半という時代は、MTVの隆盛とともに、LAメタルや

ボン・ジョヴィ、ガンズ、そして苦手なスラッシュメタルも盛り上がりで、

私にもできた部下から、お勧めのバンドで、聴かされた感があった、アメリカンロック。

 

個人的にはもう音楽は、ジャズでいいじゃん、

もしくはUKニューウェイブ系のダンスミュージック強しのバンドで

いいじゃねと気分でありましたが(笑)。

 

その中で異質、一発屋と思っていた、

ジョージア・サテライツが放り込んだ「Keep Your Hands to Yourself」、

60年代のストーンズやフェイセズぽく、ジョージアでジョージア・サテライツより、

UKの60年代ぽさで、違和感なしのファニー感、ルーツ感はあったかもで、耳に残った。

 

でも、これ80年代にこれやって、よくヒットしたと思っていたら、

今回ネットで知ったのですが、バンドが84年解散後、カセットでインディ系でUKで、

評判となって、再結成、集まり、1st『Georgia Satellites』につながり、これが当たった。

 

ここらへんが私の共通項があったUKがらみの、

なんか漠然と聴いていた音楽は、やっぱりUKに関わるモノは多いのは事実です。

 

80年代、華やかなロックとヘビィなロックばかりでなく、

シンプルでノリノリのロックンロールをサザン・ブギのグルーヴ感で生かし、

ウケたのかなと思うのです。

 

 

私はこう聴きました。

 皆さまは、この曲をどう聴きましたか。

 今日も読んでいただき、ありがとうございます。

 

 

と云うことでおまけは同アルバムからで

 

Georgia Satellites - Battleship Chains
 

 


 

 

 

 

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Johnny Winter-Stranger |70年代名曲

ジョニー・ウィンターの「Stranger(ハロー・ストレンジャー)」で、

アルバムは74年『John Dawson Winter III(俺は天才ギタリスト)』ですね。


邦題が凄すぎ(笑) これは覚えていなかったけど。


自分で天才ギタリストと言うか、ジョニー・ウィンターはジミヘンを尊敬していたから、

自惚れは無かったと思うけど。あくまでも、当時の日本サイドも期待値のアルバム名と思う。


本名使ってのJohn Dawson Winter III(ジョン・ドーソン・ウィンター3世)のアルバム名

だから、彼のルーツへのリスペクトとジョニー・ウィンターとはの表明のアルバムが近いと思う。

 

 

アルバムリリース情報

  • アルバムタイトル: 『John Dawson Winter III』
  • 初版(US)発売年: 1974年
  • ヒット曲ランキング(英・米): シングルとしてのチャートインは無し                       (※アルバムは全米ビルボード・チャートで最高78位を記録)
  • 他ミュージシャンによるカバー: Edgar Winter (feat. Michael McDonald, Joe Walsh & Ringo Starr)
  • 位置づけ: 自らの本名をタイトルに冠した、通算7枚目のスタジオ・アルバム。テキサス・ブルースから、より洗練されたロック、POPへもアプローチを広げたと評価がされています。

 

俺は天才ギタリスト!

 

スライド・ギター、テキサス・ブルースのジョニー・ウィンターが、

内省的でメロウな寂寥感あるバラードの「Stranger(ハロー・ストレンジャー)」で、

けしてハローではない。


盟友であるリック・デリンジャー参加、泥臭いテキサス・ブルースを聴きやすいロックへ、

小生のように、ブリティッシュロック上がりには、合う。ブルース感とテンポ。
 

でも、今回知りましたが、星取表は厳しいようで。


ジョニー・ウィンターのハード・ブルース路線、ライヴ・パフォーマンスも良いけど、

「Stranger」のように、コンポーザー、ソングライターの才は、

もっと評価されてもいいと思うけど!


アルバムには、ジョニーが信頼のランディ・ジョー・ホブス、

リック・デリンジャー、弟エドガー・ウィンターと旧知ながら、

POPなノリな融合にチャレンジをしたと思う。まあ、カントリーロックもあるけど。
 

白い髪、鋭いギター、テキサス・ブルース、豪快なロックンロールから寂寥感へ、
己の本名のアルバムで、ジョニー・ウィンターの所信のアルバム。


この「Stranger」はエドガー・ウィンターが兄ジョニー・ウィンターへ

捧げた追悼盤2022年『Brother Johnny』にカバー曲として収められている。


マイケル・マクドナルドがヴォーカル、ジョー・ウォルシュがリード・ギター、

リンゴ・スターがドラム、エドガーがピアノ。キーボード。

小生的には、エドガー唄ってよ! ですが。


メロウなAOR風で綺麗な曲で、追悼との意味としてありかなあ~と思っています。
 

と云うことでおまけはそのカバーの曲で

 

Edgar Winter-Stranger

 

 


 

 
 
 
 

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Grand Funk Railroad-Walk Like a Man |70年代名盤

グランド・ファンク・レイルロード:GFRの「Walk Like a Man(ウォーク・ライク・ア・マン)」で、アルバムは73年『We're an American Band(アメリカン・バンド)』ですね。

 

15年やっているブログのAI使った、解析分析は、結局UKRockブログだったわけですが、

でも、なんか振り子の揺り戻し、アメリカンロックを聴いております。

 

それも、キッスに注目する前、先輩から教わった、グランド・ファンク・レイルロードやモントローズ、いや迫力ありますね。

 

ZEPやパープルとは違う、ソウルフルなボーカルと熱い演奏で、迫力と音圧で押してくるバンドがアルバムからでも、伝わる。

 

スリーピースバンドだった、GFRがキーボードを入れての4人バンドに、ハードロックなのに、POP化、メロディアス、プロデューサーにトッド・ラングレン呼んだのが効いている。

 

ハードロック自体はUKRockで、ZEPは(Led ZeppelinⅠ~Ⅳ)もパープル(Machine Head まで)、名盤と言われるものは、出ているから、GFRらしい、パワー全開、迫力に、ボーカル2人マーク・ファーナー(Vocal, Guitar)ドン・ブリューワー(Vocal, Drums)が曲をおのおの作り、ボーカルもとり、これだけでも、彼らだけの特典だったかもです。

 

 


アルバムリリース情報
アルバムタイトル:We're an American Band(アメリカン・バンド)
初版(US)発売年:1973年 
位置づけ:通算7枚目のスタジオ・アルバム。トッド・ラングレンをプロデューサーに迎え、GFRのハードロックから、ハードなアメリカン・ポップ・ロックへと進化させたと言われてる。


個人的には70年『Closer to Home』と路線が違うが、双璧かな? 『We're an American Band』はバンド遍歴の重要盤と、

今は評は多いようで、今回知りました。

 

WE'RE AN AMERICAN BAND-RE

 

70年代初頭のハード&ヘヴィな暴走特急から、よりキャッチーで洗練された聴かせるロックへ、これが次作の大ヒット曲74年「ロコ・モーション」につながりますが、ここから入った、小生は後追い聴く60年代末からのアルバム群と次作『輝くグランド・ファンク』との違いに驚きました。

 

シングルヒットを出し、熱いライブとタフなイメージと、ポップなメロディセンスはトッド・ラングレンが、授けたモノなんでしょうが、微妙であるし、GFR的にはヒット・シングルのグッドなタイミングなったと思うわけです。

 

 

ドン・ブリューワーのハスキーで力強いリードボーカルと、マーク・ファーナーの鋭いギターリフそしてボーカル。

新加入のクレイグ・フロストのハモンドオルガンがノリノリを更に上乗せ、ベースのメル・サッチャーとのシンクロに、アメリカン・ロックの完成形。

 

70年代、どうしてもオンタイムのキッスとエアロスミスを、アメリカンハードロックの筆頭に上げたいのですが、その前に偉大な、もとい、迫力のバンドがいたのは正直な感想かなと、思うのです。

 

1973年のアメリカは、ベトナム戦争の終結やウォーターゲート事件の混迷、揺らいでいた時代と思いますが、

「We're an American Band」という大ヒットタイトルを掲げ、

直球のアメリカン・ロックを鳴らした彼らの存在は、意味あったと…

 

と云うことでおまけは、定番・主題曲で
 

Grand Funk Railroad- We're an American Band

 

 

 

 

 

 

 

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Grand Funk Railroad-Walk Like a Man |70年代の名盤

グランド・ファンク・レイルロード:GFRの「Walk Like a Man(ウォーク・ライク・ア・マン)」で、アルバムは73年『We're an American Band(アメリカン・バンド)』ですね。

 

15年やっているブログのAI使った、解析分析は、結局UKRockブログだったわけですが、

でも、なんか振り子の揺り戻し、アメリカンロックを聴いております。

 

それも、キッスに注目する前、先輩から教わった、グランド・ファンク・レイルロードやモントローズ、いや迫力ありますね。

 

ZEPやパープルとは違う、ソウルフルなボーカルと熱い演奏で、迫力と音圧で押してくるバンドがアルバムからでも、伝わる。

 

スリーピースバンドだった、GFRがキーボードを入れての4人バンドに、ハードロックなのに、POP化、メロディアス、プロデューサーにトッド・ラングレン呼んだのが効いている。

 

ハードロック自体はUKRockで、ZEPは(Led ZeppelinⅠ~Ⅳ)もパープル(Machine Head まで)、名盤と言われるものは、出ているから、GFRらしい、パワー全開、迫力に、ボーカル2人マーク・ファーナー(Vocal, Guitar)ドン・ブリューワー(Vocal, Drums)が曲をおのおの作り、ボーカルもとり、これだけでも、彼らだけの特典だったかもです。

 

 


アルバムリリース情報
アルバムタイトル:We're an American Band(アメリカン・バンド)
初版(US)発売年:1973年 日本盤発売年:1973年(東芝EMI)
位置づけ:通算7枚目のスタジオ・アルバム。トッド・ラングレンをプロデューサーに迎え、GFRのハードロックから、ハードなアメリカン・ポップ・ロックへと進化させたと言われてる。


個人的には70年『Closer to Home』と路線が違うが、双璧かな? 『We're an American Band』はバンド遍歴の重要盤と、

今は評は多いようで、今回知りました。

 

WE'RE AN AMERICAN BAND-RE

 

70年代初頭のハード&ヘヴィな暴走特急から、よりキャッチーで洗練された聴かせるロックへ、これが次作の大ヒット曲74年「ロコ・モーション」につながりますが、ここから入った、小生は後追い聴く60年代末からのアルバム群と次作『輝くグランド・ファンク』との違いに驚きました。

 

シングルヒットを出し、熱いライブとタフなイメージと、ポップなメロディセンスはトッド・ラングレンが、授けたモノなんでしょうが、微妙であるし、GFR的にはヒット・シングルのグッドなタイミングなったと思うわけです。

 

 

ドン・ブリューワーのハスキーで力強いリードボーカルと、マーク・ファーナーの鋭いギターリフそしてボーカル。

新加入のクレイグ・フロストのハモンドオルガンノリノリを更に上乗せ、ベースのメル・サッチャーとのシンクロに、アメリカン・ロックの完成形。

 

70年代、どうしてもオンタイムのキッスとエアロスミスを、アメリカンハードロックの筆頭に上げたいのですが、その前に偉大な、もとい、迫力のバンドがいたのは正直な感想かなと、思うのです。

 

1973年のアメリカは、ベトナム戦争の終結やウォーターゲート事件の混迷、揺らいでいた時代と思いますが、

「We're an American Band」という大ヒットタイトルを掲げ、

直球のアメリカン・ロックを鳴らした彼らの存在は、意味あったと…

 

と云うことでおまけは、定番・主題曲で
 

Grand Funk Railroad- We're an American Band

 

 

 

 

 

 

 

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クイーン(Queen)への思い おまとめページ:50年の軌跡をたどる3部作

「クイーン(Queen)」と出会ってから半世紀。

 

14歳でその音楽に衝撃を受けて以来、共に歩んできた50年間の記憶と

思いを綴った3部作の連載記事を、1つのページにまとめました。

 

1974年・初期3部作への熱狂、1970年代後半〜80年代の過渡期の戸惑い、

1986年映画『ハイランダー』での鮮烈な再会、

そして2018年映画『ボヘミアン・ラプソディ』がもたらした夫婦の絆のシンクロ——。

 

時代ごとの空気感、人生の移り変わり。
その節目節目で、小生の記憶とクイーンの足跡が、不思議なほど同調してきました。

 

同世代の方には懐かしく。
 

若い方には、いまも新しいバンドとして届いている。
今日仕事で会った30代の女性に、「映画『ボヘミアン・ラプソディ』観て、

ファンになりました、聴いています」と言われて、ほんと嬉しかったです!!

 

小生とシンクロしてきた人生のBGM、クイーンの3部作。
 

お楽しみください。

 

【記事リンク(3部作)】

  • 第1回:初期3部作への熱狂とギターの衝撃                                    1974年、14歳での鮮烈な出会い。初期の荒々しくも美しいクイーンロックを語ります。

  • 第2回:『オペラ座の夜』の戸惑いと映画『ハイランダー』での再会                          変わりゆく音楽性への距離感、新宿二丁目での記憶、そして映画館で再び心を撃ち抜かれた奇跡の瞬間。 

  • 第3回:カミング・ホーム 〜映画『ボヘミアン・ラプソディ』と夫婦のシンクロ〜                    フレディの死を経て。時を超え、夫婦で同じ感動を共有できたクイーンというバンドへの感謝と思い。 

 

と云うことでおまけは、この曲で、当時はこのPVは苦手でしたが、今も。

曲は素晴らしいにのに! それでも50年の物語に思いを馳せます。

 

Queen - The Show Must Go On

 

 

 

Innuendo

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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15年「騙されるな」を続けたワケ おまとめページ 第1・2・3部そしてUKRockだった

2011年3月11日、退職の挨拶回りで、東日本大震災、人生でも忘れないキッカケで、

あきしょうが15年ブログを書いてきたと今は思う。

 

カウンターカルチャーと信じてきた(今も)のロック引用して、おかしいと思うことに私見を述べてきた。

最初の頃は、左と言われる方にだいぶアプローチをかけられたことも、あった。

 

心情的には、普通に日本の教育を受けた、一般市民と思っている。

政治・宗教に関して、他の方が信するところに、意見する気持ちは、さらさら無い。

 

ただ、この国のシステムは、私のようなスタンスさえ、上手く利用する輩いる。

他の方へ、気配りと配慮を、既得権益・利権としている。

 

己が信することを具体化するには、選挙に行くことと思っている。

 

 

この15年にどう書いてきたかのブログは振り返りの記事を書きました。

 

少年時代から、興味と好奇心で刷り込まれたロック!

 

 

そして、今は!

 

 

そしてアメリカンロックたくさんUPしていたと思っていたが、

結局はUKRockブログ!

 

 

 

ご覧いただければ幸いです。

 

 

 

アイコンはアキラの金田にしてますが、一時期はThe Wallでした。

 

 

 

と云うことで曲はThe Wallから

 

 

Pink Floyd-Hey You

 

 

 

 

 

 

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クイーン(Queen)への思い・3:カミング・ホーム 〜映画『ボヘミアン・ラプソディ』

【15年「騙されるな」を続けたワケ 第7部】【再編集2026】

ブログを始めて15年。この長い年月の間には、世の中の激変だけでなく、小生自身の生活や家族の風景にも様々な変化がありました。 

 

心臓の病を患ったり、日々の仕事に追われたりする中で、稀にツッコミを入れてくれる同い歳の奥方の存在。 

 

「誰がブログ読むの?? そんな人いる?」 

「一回読んで、つまんないから、もう読まない」の奥方の嫁入りアルバムは、

 ボン・ジョビイのCD、ヨーロッパ、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース、

日本からブルーハーツ、ドリカム、福山雅治などカセット、判らんちんの音楽指向。

 

 今は嵐のラストライブ、毎日観ている。 

 

まあ、同い年なのに、ブリティッシュロックやニュー・ウェイヴに感化されていないのが、

不思議でした。謎。

 

選曲のセンス悪くないと思うけど… でも、唯一共通項は、クイーン! 今回は、

2018年秋に世界的な社会現象を巻き起こした映画『ボヘミアン・ラプソディ』が、

ぼんくら夫婦に、クイーン熱が時を超えてシンクロした、

あの「輝ける日々」まで、振り返りたい。  

 

80年代後半、新宿二丁目で遊びまわっていて、免疫はなくなる病気があると話を耳にした。

まもなく「後天性免疫不全症」英語の「AIDS」一気に知れ渡ることになった。

 

 88年仕事がやっと念願の映画館・興行部になり、地方に転勤となり、

二丁目の遊びもなくなり、静かな生活。 

 

東京に91年に戻り、銀座勤務の頃、フレディ・マーキュリーが1991年11月24日に亡くなった。

 それはインパクトはあった、ジョン・レノンの死と同じように。 

14才から聴いていたロック、ボーカルで4オクターブのフレディはオペラ歌手なみ、

それに多彩な曲風、変調とハードロックにバラード。 

 

ついていけない音楽的なノリもあったが、それでも同世代のロックヒーロー!

 死因のエイズに、やっぱり。

でも、人の嗜好には、なんも言う気もないし、人の生き方は自由。 

なんも言えんし、あるがまま。それは二丁目で遊んで学んだこと。

 

 寂しさ、80年代後半から、クイーンのアルバムをまともに聴いてないなどと、

反省気味にCD『ザ・ミラクル』(1989)『イニュエンドウ』(1991)を買った。

でも、音楽的な感動なく、聴いた認識にアルバムになっていた。

 

遺作がこれとは…… そうこうしているウチ、縁あって、結婚ができ、

一子妊娠中の95年『メイド・イン・ヘヴン』で、ここで遺作、クイーンの最後のアルバムとなった。この時、奥方も聴いていたと思うが、クイーン談義をした事はなかった。 

 

そして、2018年映画『ボヘミアン・ラプソディ』を奥方も観に行く予定の事で、

レイトショーでデート映画。

 

(恐ろしいのが、昨日のような記憶、もう8年前なのに、ジジイだ(汗))

 

ここで、同い歳の奥方と、70年代の中学・高校の頃の話をした。

知ってつもりでも、詳しくはその時の心情はここで明かされた。

4兄弟の末っ子で、家は裕福でないので、中高でレコード買ったことは無かった。

みんな姉・兄のお古のレコードやカセットの音で、音楽を聴いた。

クイーンは姉・兄も好き。それもラジオが中心で、80年代自立するようになって、

CDやカセットを買えるようになった。

 

同世代でも、人それぞれ、生い立ちが違う。

奥方が、ブリティッシュロックやニュー・ウェイヴに感化されていないのでなく、

あるモノを聴いて、音楽を楽しんでたと。

共通項のクイーンは、時代の寵児で、みんな好き、姉・兄のおかげで覚えたと。

 

 

映画『ボヘミアン・ラプソディ』は奥方も大満足、小生は元映画屋なんで、

当時のラジオ・音楽雑誌から知った事とは、微妙だったり、大幅に違っていたり、

無視されていたりとクイーンの誕生からブレイクそして再起もどきの10数年を

一気に見せるには、それなりの脚本・盛り上がりが必要だよと上からの目線の解説に。

 

「満足のくせに、泣いてたくせに」でかたずけられた。

 

音楽総指揮はブライアン・メイ、ロジャー・テイラーですので、

ロック映画・クイーン映画とに、満足は偽りなしでした。

 

あれから、もう8年で、同じ映画制作陣で『マイケル』が始まった。

 

時の移ろい、奥方との映画『ボヘミアン・ラプソディ』でのシンクロで、

奥方これまでの音楽の楽しみ方を知った。

 

そこにクイーンのありがたみを感じた。これはなかなか、他のバンドでは無いこと。

 

同世代、同じ曲・バンド、そして、それぞれの場で聴き方が違った。

 

でも、感動は変らなかった! 

 

これがクイーンへの思いである!

 

 

と云うことで、映画の後、当家、しばらくヘビーローテだった曲で

 

Queen - Somebody To Love

 

 

 

3部作クイーンご覧いただきありがとうございます。あくまでも私見です。

皆さまの好きなバンド・ミュージシャンは、おのおのブログで拝見させていただきます。

 

コメントをいただければ、幸いです。

独りよがりで書いていますので、新しい視点・気づきもなります。

よろしくお願いします。

 

 

 

 

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クイーン(Queen)への思い・2 〜『オペラ座の夜』の戸惑いと『ハイランダー』での再会〜

【15年「騙されるな」を続けたワケ 第6部】【再編集2026】

 

前回は1974年、中2・14歳でのクイーンとの出会い、初期3部作の刷り込みまでを書いた。

今回はその続き。正直に書くと、ここからクイーンと小生の距離は、開いていく話になる(笑)

 

■『オペラ座の夜』―ボヘミアン・ラプソディという変調の嵐

 

1975年、4作目『オペラ座の夜』。「ボヘミアン・ラプソディ」の衝撃は認める。ロックは何でもできるとも思った。

 

ハードロック寄りになっていた高1になると、変調の嵐、オペラ、コーラスの洪水……となると、パープルやツェッペリンの方が、なんか凄い、カッコイイに、男の子はそういうのが多かった。

 

ごたぶんにもれず、そういう少年だった。ロック友でも、ハードロック、プログレの話で盛り上がる。

レコードの貸し借りで、クイーンは女の子とした記憶があるが、小生が借りた。

パープルを貸したと思うのだが、何分50年前の話(笑)

 

でも、そのあとレコードは買ったけど、パープルやツェッペリンのように母に怒られた記憶ないから、正直、あんまり、ステレオにかけなかったアルバムだった。

 

その苦手意識が、氷解して、評を書けたのは、2025年10月24日(金)Queen - The Prophet's Song ついこないだのブログだもん(笑)

 

■ 女の子人気のバンドへ

 

1975年初来日あたりから、日本でのクイーン人気は爆発する。ミュージックライフの表紙とTVの影響。

いちおうプロモが仕事だったので今なら、メディアミックス、やらせとは言いたくないけど、レコード会社・TV・雑誌・プロモーターは合体して、時流に乗った。

 

もちろん、その流れを創る、動かせるクイーンが凄いのだが。

でも、当時の純粋ロック少年としては複雑だった、俺が中2で見つけた「イギリスの新しいバンド」が、女子の話題になっていると(笑)

 

高校に入った小生は、ロックに邁進、後追いでパープル、ツェッペリン、サバス、そしてプログレ、ロキシーミュージック、他たくさんのUK・USのバンドが目白押し。

 

クイーンはビートルズを継ぐイギリスのバンド、とのリンゴ・スターのコメントを信じていたが、クイーン以外に聴きたい、アルバムを買いたいバンドはたくさんあった。

 

■ パンクの嵐、そして『ジャズ』の「ムスターファ」

1977年、パンクが来る。セックス・ピストルズはごたぶんにもれず、ぶっ飛んだ。これは覚えている。週一回の音楽クラブ活動に『勝手にしやがれ』を持ち込み、これが新しいロックと息巻いた。

 

17歳の小生もパンクそしてニュー・ウェイヴへ傾いていく。

 

そんな中でクイーンはアルバム『ジャズ』(1978)、ジャズはアメリカの黒人音楽なのに1曲目が「ムスターファ」。

中東風ワールドミュージック?! なんだこれ(笑)

 

クイーンは器用に何でもやれるバンド、ビートルズと同様な進化なんだろうが、ロック自体が流れで、又大きく変化・革新を求めていた時期と重なり、小生の聴く優先順位からは下がっていった。

 

■ 80年代、テクノPOP化への「なんだかな」

 

80年代。『ザ・ゲーム』のディスコ路線、『ホット・スペース』のファンク・テクノPOP化。

MTVの時代、「Radio Ga Ga」は、小生も同様にラジオで音楽を覚えたので郷愁で同感であったが、UKRock多様化としてとらえていて、新しさではなかった。

 

が、ボウイとの「Under Pressure」と、この頃UKRockが頂点だったと思う85年ライブエイド・ロンドン公演のクイーンは別格として映り、俺が中2で見つけた「イギリスの新しいバンド」は本物だと思った。

 

が、もうメインで聴くロックバンドではなかったのは事実だった。

 

■ 1986年、映画館での再会 ―『ハイランダー 悪魔の戦士』

そして1986年。映画『ハイランダー 悪魔の戦士』。出演クリストファー・ランバート、ショーン・コネリー。

この手の映画が好きだった事もあるが、80年代、MTVのミュージックビデオで名を上げたラッセル・マルケイ監督のカメラワークに興味をもっていて観に行くと。

 

この映画の音楽がクイーンだった。アルバム『A Kind of Magic』(1986)から、「Who Wants to Live Forever」「Princes Of The Universe」等が使われて、サントラだけのアルバムは無かったのですね。

 

現代から過去へパーンして時代が変わる、あの映像転換が大好きで、そこにクイーンの音楽が完璧にハマっていた。

そこで、14才の時初めて聴いた1stと同様な感激、感動が体に流れた。

 

ああ、クイーンはやっぱり凄いバンドだった。

テクノPOPや時流と合わせたのではないと理解しているが、周りの変化も急激で、

埋没感があったバンドが、映画一本で帰ってきた。

ロック少年の意地で距離を置いていただけで、本当は、ずっと好きだったかも(笑)

 

因みに『フラッシュ・ゴードン』(1981)では、感動はありませんでした。こんなサントラをやるんだと思いました(笑)

 

86年頃、小生は新宿二丁目で夜遊びのピーク(ノンケだが)

当時、「有名なロッカーが来るらしい」という話があった。

誰とは具体的でなかった。後年知ることになる。フレディ・マーキュリーだった。

 

ただ小生が常連だったのは「九州男」のような有名店でなく、近所の静かなカフェバー。

ニアミスしていたかも。「九州男」行けば良かったと悔やんでいる。

 

だって2年間ほぼ寝ないで、朝方まで過ごし、肺炎になって強制入院で、危篤状態になるまで、遊んだ(笑)

 

 

次回・最終回「クイーン(Queen)への思い・3」は、悲しみのフレディの死、そして映画『ボヘミアン・ラプソディ』。

同い歳の奥方もクイーン? の話で締めます。

┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄

 

と云うことでおまけは『ハイランダー』からで

 

Queen - Princes Of The Universe

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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クイーン(Queen)への思い・1 〜1974年・初期3部作〜|15年「騙されるな」を続けたワケ

【15年「騙されるな」を続けたワケ 第5部】【再編集2026】

この機会に3回に分けて、小生のクイーンの思いを再編集して書き直します。

 

第4部のディープ・パープルに続き、今回はクイーン。

再編集2026の作業でクイーン記事を数えたら、15年で29本書いていた。

 

このブログでは記事数10位 Queenは1位でない。

 

でも、パープルやツェッペリンとは明らかに違う距離感で、

それでも50年付き合ってきたバンド。

 

なぜか?

 

それはオンタイム。洋楽聴きだしと、自分の成長と同じだったから、

少年から青年(笑)そして大人。

 

共に成長。まあ、日本では1975年来日公演あたりから女性を中心に人気があったけど、

又そうゆう風にTV・音楽雑誌(ミュージックライフだけど)に広められた。

 

新作への期待感と実際聴くと感動だったり、???だったりと心が揺れた。

評論は自分だった!

 

他のビックバンドが微妙に後追いだったが、正にオンタイムはクイーン。

聴いたけど心情的にはアメリカンロックのイーグルス、

そして売れた時期は毛嫌いしたフリートウッド・マックあたりが、

70年代のロックのメインだったと思う。そしてキッスも、小生的にはいれたいが(笑)

 

第1回は1974年、中学2年・14歳の原点から、出会いから書きたい。

 

■ 近所のお兄さんの家で聴いた1st『Queen(戦慄の王女)』

 

親・公務員の関係で、県庁所在地・水戸市に引っ越し。国体の為の臨時(増員)のようだった。
官舎に住めず、最初の家はボロボロの家で、なんと4畳半と台所だったような記憶。

すぐ水害にやられて、又引っ越し。アパート一階、間取りは4畳半と6畳だったような、

これもボロボロ。

 

ステレオも満足に聴けないと思ったのが不憫だったのか、

親がモノラルのラジカセを買ってくれて、

これで当時夢中になった洋楽をラジオでも聴き、録音を始める。

 

テレビでは、愛川欽也さんと今野雄二さんのTV番組『リブ・ヤング!』の影響は大きかった。

いろいろなミュージシャンがいると知る。カーペンターズ、スージー・クアトロ、

ローリング・ストーンズ、そしてグラムロックのT・レックスやデヴィッド・ボウイ、

スレイド、スウィート、そしてクイーン……

 

近所の方は良くしてくれて、無料で塾をしてくれている家に遊びに行けるようになった。
そこのお兄さんに、クイーンの1st『Queen(戦慄の王女)』(1974)を聴かせてもらった。

これが出会い。

印象に残ったのは「Liar」と「Keep Yourself Alive(炎のロックン・ロール)」だった。

 

カッコイイ!!

 

 

■ ハードロックという認識はなかった

 

クイーンって何?その後音楽雑誌で立ち読みする。なんか服装が、

ビートルズ・ストーンズでなく、ボウイのような。これがグラムというのか…

「イギリスの新しいバンド」。それが14歳の率直な受け取り方だった。

ギタリストとして最初に注目したのはブライアン・メイ。
 

よくよく考えると、この後、三大ギタリストなるものに洗脳されるが、

最初のギタリスト、ロックはギターで聴くモノと刷り込ませたのは、

クイーンのブライアン・メイ。

ギタリストとして有名だけど、

三大ギタリスト(エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジ)、

デヴィッド・ギルモア、アルヴィン・リー、ポール・コゾフ。

他にもたくさんいるが、ライバルが多い時代。

ロック隆盛の時期のギタリスト、だからメイなりに変革的なモノをしてきたと、

自前のギターなどと、後日談的に知るし、知ったかぶりでして、ロック談義した。

 

■ 怒涛の3枚 ―『戦慄の王女』『クイーンII』『シアー・ハート・アタック』

 

 

74年3月から12月まで、わずか1年で3枚(日本盤)。多感な中学生に、

この3枚が立て続けに刷り込まれた。後年も小生の答えは変わらない。

 

好きなクイーンのアルバムは初期3部作、特に『シアー・ハート・アタック』。

 

1stから3rdまでは、グラムぽいかなと思ったが、

 

「クイーンはクイーンのロック」だった!

 

この間に、バドカン、フリーも知るのだが、76年高1になると、

後追いで聴く、ディープ・パープル、レッド・ツェッペリン、クリーム、

テンイヤーズ・アフター、そして、プログレ・バンド群。

 

有限のこづかい、買いたいアルバムの多いこと。この頃の夢は、

好きなミュージシャンのアルバムを全部揃えること。

その中でクイーンへの思い入れは、位置づけは、微妙に変わってきた。

これは次回で書きたい!

 

50年後、配信で月額数千円で、全アルバムを聴くことは、ほぼ可能になったが、

あの頃の音楽への渇望感のほうが、価値を感じる。

 

と云うことでおまけは『シアー・ハート・アタック』からで、ハードロックでした(笑)

 

Queen - Stone Cold Crazy

 

 

 


 

 
 
 

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