2025年09月一覧

Becoming Led Zeppelin

小生の ブリティッシュロック:UKRock最強は69年説は証明された(笑)

行ってきました、普通、行く、観ないと、たくさん観たい映画があるが、9月定期健診と個別持病の年次検診が2つもあり、暇そうでも相続の手続き中、一応社会人の雰囲気だしているので、ほんと時間が無い状態で、1日1回上映に行ってきた。


よく参照している映画サイトには、厳しい評もありましたが、
「何言ってるの?? 書いてあるじゃん、Becoming 起源と」が小生の意見です。
こないだネット記事で、現国・文の読解力のない人が増えたと嘆きのコラムを読みましたが、なるほど(笑)

history Led Zeppelin でなく Becoming Led Zeppelinです。 名は体を表す…と思う。

まあ、10代70年代崇めていたレッド・ツェッペリンですから、いちゃもんつけちゃダメ(笑)

76年高1で登山部入部でしたが、何故か部員がロック好きで、ここで多くレコードを貸してもらい買えなかったバンドを聴けたのが、その後、音楽鑑賞が一生の趣味になった起源だと思う。あとラジオのおかげ。

高2・77年には、69年『レッド・ツェッペリン I』『レッド・ツェッペリン II』70年『レッド・ツェッペリン III』71年『レッド・ツェッペリン IV』73年『聖なる館』75年『フィジカル・グラフィティ』76年『プレゼンス』を巡り、登山部内でどれがNO1アルバムかの論争が1年かけて勃発、登山部なのに(笑)

最後は『IV』も退き、『Ⅰ』と『 II』で熱き戦いの論争があった10代って、やんぱり感性があったのですね、この映画『Becoming Led Zeppelin』を観て、つくづく思った。
ホンモノ、熱い真がやっぱり感動するものだと。そりゃあ『レッド・ツェッペリン IV』『フィジカル・グラフィティ』『プレゼンス』も聴き倒しましたが、小生は始めから『Ⅰ』押しは変わらなかった。

UKRock最強は69年説『レッド・ツェッペリン I』『レッド・ツェッペリン II』ビートルズの『アビイ・ロード』ストーンズの『『レット・イット・ブリード』キング・クリムゾン『クリムゾン・キングの宮殿』ですから、正確は69年から72年ぐらいまでがUKRock最強と思う。
時勢に乗った音楽がロックだったと言うことでしょうか…

で、高校生の時はディープ・パープルⅡ期派が、登山部内で立ち位置でしたが(笑)

60代になると、ビートルズ=ストーンズ=レッド・ツェッペリン 派かな、
もちろんパープル、サバス、ピンクフロイド、クイーン、ポリス、クラッシュも大好きですが…

やっぱりすげなと思ったレッド・ツェッペリンでした。

と云うことでおまけは『Ⅰ』から、
何回も上げていますが、映画プロモしている時、取引先・提携先で現国・文の読解力のない人と交渉している時に思い浮んだ曲で、この頃はなくなりました、コミュニケーションをしていない難しい仕事はしていないということかも(笑)

Led Zeppelin - Communication Breakdown



さらにおまけは、バンド名レッド・ツェッペリン名づけ親のキース・ムーンのザ・フーの映画が同時日公開だったの!?

誰ブッキングした奴、バッテッイングと思うけど、70年代ロックなんってクラシック・ロックと言われているのに、スポティファイでシェアは0パーセント以下と言われているのに、マーケティングとかやってるのか? とか余計な心配しますが………観たい!(笑) 時間作らないと!
































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The Mighty Lemon Drops- Inside Out

マイティ・レモン・ドロップスの「Inside Out:インサイドアウト」で、アルバムは88年『World Without End:終わりなき世界』ですね。

80年代、多様化しすぎで陳腐化と思っていたUKロック(持論です)(笑)
でも、80年代にはシンプルなバンド、マイティ・レモン・ドロップスがありました!
70年代末に、今では一発屋もどきの「マイ・シャローナ」のザ・ナックもシンプルなロックで、こちらは大ヒットでしたが、マイティ・レモン・ドロップスはそれほど注目を集めませんでした。

 ネットラジオで流れてきたのをきっかけに久しぶりにアルバムごと『終わりなき世界』を聴いてみると、素晴らしい作品だと改めて感じました。60年代・70年代のロックが好きだった者へ、80年代にリファレンスした歪みの少ない音のシンプルロックを届けていたことに気がつきました。ノイジーな音色が好きだったので、当時は評価していなかったかもしれませんが、相変わらず何十年前のアルバムの優秀さを今になってやっと気がつくという、鈍い感性の持ち主です(笑)


 


World Without End


 


アルバムジャケット、ファッションもいかにもロックンロール。このバンド、今ではネオサイケ、ポストパンクと言われるようです。当時はそんな言葉は使わなかったです、私。

エコー&ザ・バニーメンの次席のバンドのような評価だったようですが、全く覚えていない。
マイティ・レモン・ドロップスはリバプールのバンドで、70年代末から80年代にかけて、ビートルズの故郷からもロックが生まれていましたが、メジャーにはなれず、そうしたバンドがいくつもあったと思います。その流れのバンドだったと思う。

英国は土地が広くない国ですが、ロンドン、リバプール、マンチェスターなど各地からロックが派生します。

マイティ・レモン・ドロップスはギターロックでPOPロックですが、インディーズ時代はニューウェイヴ的なスタイル、それを清廉化してシンプルなロックに徹したのが『World Without End:終わりなき世界』かなと。93年には解散し、インディーズとメジャー時代のアルバムが5枚ありますが、これにハマっています。音が誠実なんですね。たまにはノイジーが少なく、歪みが少ないギターも良いかな~と。

ということで、おまけとして同じアルバムから好きな曲で日本の歌謡曲っぽい感じがあり、出所が日本なのか英国なのか面白い

The Mighty Lemon Drops - Fall Down (Like A Rain)





























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Don Henley – The Last Worthless Evening

ドン・ヘンリーの「The Last Worthless Evening:最後の無駄な夜」で、アルバムは89年『The End of the Innocence :エンド・オブ・ジ・イノセンス』ですね。

ドン・ヘンリーは小生にとって、ドラマーよりはボーカリストの方と思いが強いかもで、イーグルスの75年「呪われた夜」77年「ホテル・カリフォルニア 」のすり込みが効いている。

82年イーグルスの解散の後でも、何気なくソロ、82年『アイ・キャント・スタンド・スティル』
ヒット曲になった「ボーイズ・オブ・サマー」の効果で聴いた84年『ビルディング・ザ・パーフェクト・ビースト』と、この『エンド・オブ・ジ・イノセンス』は覚えありですが。

流れなのか、ソロの2作目までは、なんかイーグルスのままの雰囲気があったような、それぐらい70年後半イーグルスはドン・ヘンリーとグレン・フライの仕切りであったのでようで、ソロになっても各自ドン・ヘンリーとグレン・フライは、イーグルスの延長線上の曲風だったかなと。


 


The End Of The Innocence


 


そのなかでやっとAOR風でも、ソロとしてボーカルリストで、聴かせるアルバムが『エンド・オブ・ジ・イノセンス』かなと思う。

 スティーヴィー・ニックスの81年『麗しのベラ・ドンナ』のデュエット「レザー・アンド・レース」も俊逸でしたが、この時は二人は恋仲で、同アルバムで、もう1曲デュエット曲「嘆きの天使」のトム・ペティは、全く相手にされず、後にボヤキの曲を唄いましたね。ここらへんのウエスト・コーストサウンドは複雑(笑)

80年代後半になるとぐっと落ち着いてのロックで『エンド・オブ・ジ・イノセンス』で、ドン・ヘンリーの本当のソロとして認知だったかもです。主題もヒット曲になりましたが、アルバムはバラードも含めて、ちと大人になった当時の小生に相性があったアルバムかもで、特別な一枚になったと思う。

これで感化でされ、再結成されたイーグルスの日本公演たびには出向く事になりましたが、14年前、最後が2011年3月6日 東日本大震災前のだった。

ただ、その時は球場席で音がぐるぐる回ってしまい、正直“音楽を聴く”というより“観た”ライブって感じだったのを思い出した、ホント、大会場でのライブでの良い音は難しいです。

と云うことでおまけは同アルバムから

Don Henley - The Heart Of The Matter























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U2 – The Fly

U2の「The Fly:ザ・フライ」で、アルバムは91年『Achtung Baby:アクトン・ベイビー』ですね。

70年代のハードロック志向・指向のロック少年(言わせてください、10代だもん(笑))が、70年代末にはパンク、ニュー・ウェイヴで、バンドでは、ポリス、クラッシュ、そしてU2で80年代は乗り換える。

UKRock・ハードロックファンとして、アイアン・メイデンなりニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィメタルのバンドも聴きましたが、ライブも行きましたが…メインはU2になった。

U2の初期の3作、80年『Boy:ボーイ』81年『October:アイリッシュ・オクトーバー』83年『WAR:闘』のプロデューサーのスティーヴン・リリーホワイトのキラキラサウンド(に聴こえた)が新鮮で、それまで聴いたことないサウンド! 若いロックンロールのロックでもあり、同世代のシンパシーも感じられ、物申すロックであった。さらにライブ盤83年『Under a Blood Red Sky:ブラッド・レッド・スカイ=四騎=』を聴いたときの衝撃も忘れられない。


 


アクトン・ベイビー - U2


 


その後の続くアルバム、84年『he Unforgettable Fire:焰』 87年『The Joshua Tree:ヨシュア・トゥリー』 でその頃、アンビエントにも夢中で、崇めていたブライアン・イーノがプロデューサーになり、これも大きかったと思う。

ロックと環境音楽の融合、ロッキシーミュージック風のロックよりバンド、でもあるとの思いに独自性。いろいろなバリエーション、多面体のバンド! これがアメリカでも受け、売れ、ビックバンドになったが…

90年代になると、己も30代、偏屈な男になるわけで(笑)音楽指向も変わるわけで、UKRockに翳りの感じるようになり(U2はアイルランドです) あれだけ好きだった、ご贔屓のバンドでU2が91年『Achtung Baby:アクトン・ベイビー』が境に冷めて聴く雰囲気が…

『Achtung Baby』を聴いた時、ストーン・ローゼズやソニックユースの方が斬新だと思わされ。このアルバムについては「ここまで変化させるの?」とか「迎合する必要がある?」といったを感じ、魅了されていたU2への熱量や感動を見失ってしまった気分。

83年の『WAR(闘)』や87年の『ヨシュア・トゥリー』が含んだ、熱、相反するような静謐な感動ロック(伴奏下手だけど、ライブ経験しております)がしぼんだ、霞んでしまった…

その頃から、U2は80年代の作品を中心に評価される「一般的な大物バンド」と位置づけたかも、それでも愛着が残っているれど(笑)

同世代のバンドへの同時性、想い入れのシンパシーは、ずっと一緒でないことを大好きなバンドU2から、教わった事かなと。当時は音楽は進化し、好きなバンドもいつか変化せざるを得ない、それも教えてくれたのかなと、今では思う。

 ブログを始めた後は、『Achtung Baby』を柔軟な気持ちで聴くようになり、手間を掛け込んだ作品だと感じるようになって、当時に感じていた刺々しい抵抗感は薄れていますが、これもまた30年以上前の作品についての話。不思議なくらい自分の「体内音楽時間」が、時の流れとは一致しない(笑)

と云うことでおまけは同アルバムから、何種のリミックスがあるよですが、スティーヴン・リリーホワイトがかかわった曲で

U2 - Even Better Than The Real Thing





















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