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【ロック前② 世の中、偶然はなく、すべて必然です。】2011年06月25日を刷新・大幅追記。
【再編集2026】ロック前② 世の中、偶然はなく、
すべて必然です。……その後
― 少年時代から、映画とロックが一本につながった話 ―
テレビ番組 ”木枯らし紋次郎”「かっこいい」とはこう言うことがわかった時期、小6 12才 1972年。フジテレビの土曜日、夜遅くの番組でこの曲にしびれる。(映像は新木枯らし紋次郎となってますがオープニングは同じ)
12歳の土曜の夜、「かっこいい」の定義が決まった
あれは“時代劇”の顔をした、西部劇だった。
そして、主題歌「だれかが風の中で」が流れた瞬間、背中に電気が走った。
映像は、伊那谷の峠道の風景。
左奥に雪をかぶった山が見える。 仙丈ヶ岳だと言われている。
──高校の登山部で、私は実際に仙丈ヶ岳に登ることになる(1977年の夏山合宿)。
この時点で、もう“偶然”の顔をした何かが、人生の前に置かれていたのだと思う。
主題歌「だれかが風の中で」作詞は 和田夏十、作曲は 小室等
あの乾いた孤独と、どこかに“誰か”がいる感じ。
少年の心には、十分すぎるほど刺さった。
「かっこいい」の延長線に、映画があり、仕事があった
自分になかで、「かっこいい」はマカロニウエスタン、木枯らし紋次郎、マッドマックス その憧れの延長で映画が好きになり、仕事になり、「2006三島由紀夫映画祭」にたどり着く。
そこで知り合ったのが、映画プロデューサー 藤井浩明 さんだった。
80年代の前半の大学時代、授業に出ず、新宿・池袋の映画館を徘徊して、毎日映画の日を体現していた私にとっては大プロデューサー、天上人等しいお方。大映のプログラムピクチャー時代(1950~70年)制約があるなかで名作を世に出し、70年代80年代90年代21世紀まで活躍。2014年にお亡くなりました。
大映のプログラムピクチャー時代からだと市川崑、増村保造をはじめ、多くの監督の作品に関わり、フィルモグラフィーは膨大。
市川崑なら
『炎上』(1958)、『鍵』(1959)、『黒い十人の女』(1961)、『破戒』(1962)……
増村保造なら
『巨人と玩具』(1958)、『からっ風野郎』(1960)、『妻は告白する』(1961)、『卍』(1964)、『刺青』(1966)……
原作・監督・主演 三島由紀夫監督『憂国』(1966)でしめます。
(解説を書き始めたら、生きてるうちに終わらない量、ほんとに)
藤井さんは70年代は独立して行動社おこし、76年「大地の子守唄」78年「曽根崎心中」を大映時代から仕事仲間の増村保造監督としていました。
映画界でご活躍以上に驚いたのは、三島由紀夫の築地本願寺で葬式の弔辞を川端康成と役していること。藤井さんが、三島由紀夫原作を映画化している信頼関係を感じましたし、当時は大映社員で、制作・マネジャーまでかかわった『憂国』に加担した間柄も判りました。
映画祭の期間中、私はほぼ毎日のように藤井さんと会っていて。
市川崑、増村保造、三島由紀夫、和田夏十、白坂依志夫、宮川一夫、市川雷蔵──
“名前”だけなら本で読める。
でも、同じ空気の中で語られると、歴史が急にこちらへ歩いてくる。
今悔やんでます。記録しておけばよかった、と。
(ボブ・マーリーの日本公演に行かなかったことも、同じ痛みで思い出す。一生の不覚)
「差し入れ」
由一覚えているのが、問いかけがある。 直球で、「良い映画プロデューサーとは?」と聞いた時のことだ。藤井さんは、柔らかな笑顔を浮かべてこう答えた。「差し入れ」
シンプルだが、あまりにも深い。 予算を組み、キャスティングをし、映画を作る。その全ての根底にあるのは、現場で戦うスタッフや役者の心を鼓舞する細やかな気配り。
「人を動かす」とはどういうことか。その真髄を、私はこの一言で教わった気がする。
偶然じゃない、必然だった──腹落ちした瞬間
私が70年代のTV作品、とりわけ『木枯らし紋次郎』のファンだと知ると、
藤井さんは大映時代の友人で、『木枯らし紋次郎』の制作スタッフの方を連れてきてくださった。あの“オープニングのかっこよさ”が、作り手の言葉で立ち上がってきた。
夢が叶う、というより──
点が線になっていく。
少年の土曜の夜 → 登山 → 映画 → 仕事 → 映画祭 → その人たち。
偶然のふりをした必然 が、腑に落ちた。
“必然”って、
あとから自分の人生に 意味返しをしてくれる言葉 なんだと思う。
かっこよさの系譜と、ロックの居場所
私の中の「かっこいい」は、
マカロニ・ウエスタン、木枯らし紋次郎、マッドマックス。
そしてこの時、「三島由紀夫映画祭」でスクリーンで観ることができた
企画:市川雷蔵、藤井 浩明:三隅研次監督・市川雷蔵主演『剣』(1964)も、そこに加わった。
昔から私は、群れない。友人はいるが、つるまない。
美学と言うほど立派じゃないが、たぶんこれは変わらない“芯”だと思う。
その私に、ロックがあった。
ロックは、群れない人間の背中を押してくれる時がある。
と云うことでおまけはは70年代後半の曲で締めるなら、陰陽で
「だれかが風の中で」 ──かすかな 陽。 孤独の向こうに、誰かいる……
「Message in a Bottle」 ──さびしく 陰。 結局、人は皆、孤独だ。
ロックも、人生も、たぶんそんなものだと思う。
The Police - Message In A Bottle
※本記事内の画像は、作品理解・紹介で引用しています。
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