※この記事は、ブログ15年目を前に行っている〈再編集2026〉勝手なプロジェクトの一編です。全体の所信表明はこちら ◀
■『ウルトラQ』と日常の裏側(1966年〜)
当時6歳、幼稚園児だった私にとって『ウルトラQ』は、ワクワク感と同時に「得体の知れない恐怖」を植え付けた、夢中に。 音楽は宮内國郎さん。1966年1月2日の放送開始から、今年(2026年)でちょうど60周年を迎える。この事実は、出演されていた桜井浩子さんのインスタグラムで知った。21世紀になってからDVDイベントで桜井さんに直接お会いできたことは、あの頃の自分への素敵なプレゼントのような気がしている。
■『ウルトラセブン』と「異邦人の哀しみ」(1967年〜)
『ウルトラマン』、そして『ウルトラセブン』。冬木透さんの音楽、特に『セブン』は、私の映像表現やストーリーテリングの源流そのもの。 脚本家の金城哲夫氏や上原正三氏が描いた「異邦人の哀しみ」や、正義の狭間での葛藤。
その根底に流れる寂しさを7歳の時にリアルタイムで享受できたことは、後に映画の仕事に就いた際、どれほど幸運だったかと思い知らされた。
メトロン星人とちゃぶ台を挟んで対峙した時の、歪んだ日常の静寂。あるいは、満身創痍のモロボシ・ダンが夕闇に消えていく際、劇的に流れたシューマンのピアノ協奏曲。 それらは単なるBGMではなく、私の感性を映像と同化させ、後にロックへと突き動かした**「記憶装置としてのメロディー」**の始まりだった。
■『怪奇大作戦』と人間の不条理
円谷シリーズにおいて、もう一つ外せないのが『怪奇大作戦』だ。 人の業や不条理を30分に凝縮した物語。社会の闇を見つめる少年の目を釘付けにし、大人になる一歩手前のヒリつくような緊張感を与えてくれた。この時から惹かれていた俳優・岸田森さんについても、後にイベントを通じて実兄の方とお話しする機会を得た。すべては、あの旋律に導かれた縁のように思える。

■NHK少年ドラマシリーズと文学への扉(1972年〜)
そして70年代、NHK少年ドラマシリーズが決定打となる。 『タイム・トラベラー』で筒井康隆氏の世界を知り、私の文学への興味が始まった。2006年、今敏監督の映画『パプリカ』の初日舞台挨拶で筒井先生とお会いできたことは、己の人生の線が必然であったことの証でもあった。
また『つぶやき岩の秘密』(1973年)では、原作の新田次郎氏に心酔。そこから山岳小説へとのめり込み、『孤高の人』『栄光の岩壁』『銀嶺の人』を読み耽り、10代後半は本気でクライマーを夢見たこともあった。 夢そのものは潰えたが、そこで育まれた「孤高」「ソロ(単独)」という精神性は、やはり“もの寂しいメロディー”として私の中に定着した。それが70年代後半、ブリティッシュ・ロックにのめり込む土台となったのは、私にとって必然のものだ。
■カタルシスの原点
以前のブログ(ロック前②)で触れたマカロニ・ウエスタンや『木枯し紋次郎』、『マッドマックス』。それらが私にとってのヒーロー像となったその前に、10代以前のテレビ作品から受け取った「もの寂しいメロディーによるカタルシス」があった。それが、後のロック体験をさらに倍増させたのだと思っている。
と云うことで、今でもこの曲を聴くと、一瞬でセンチメンタルな10代に戻ることができる。 私のライフ・ビートの原点は、今もここにある。
「つぶやき岩の秘密」(最終回)より - ♪ 石川セリ 「遠い海の記憶」
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少年時代に刷り込まれた、「もの寂しいメロディー」は、やがて映像のヒーロー像へと姿を変え、私の人生観の背骨になっていった。偶然のように見える出会いが、すべて必然だったと気づくまで――
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