【再編集2026】ビートルズ編②1974年冬、上映会の幻惑『ストロベリー・フィールズ』の迷宮

4500頁、15年の熱量を、今の視点で削り出す。
 【再編集2026】プロジェクト始動。

 

ビートルズ 「Strawberry Fields Forever」

――「サージェント」のあとで、まだまだ世界は広いと感じ始めた――

 

「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」。

アルバムでは1968年『Magical Mystery Tour』
に収められている一曲ですが、この曲は、「迷宮」となった。


1974年冬、上映会という幻惑

中2で初めて聴いた『サージェント・ペパーズ』の衝撃が、

まだ体のどこかに残っていた1974年の冬。

ファンクラブの集いで、ビートルズのTV映画Magical Mystery Tour
を上映会で観る機会に恵まれた。

極彩色のバスが走り、支離滅裂なイメージが連なっていく。

ビートルズ、マジカル・ミステリー・ツアーのメンバー

いまなら、
“ロングPV的な先進的映像作品”と評価されている。

だが当時は、意味不明、判らんちん、駄作――
そんな低評価の言葉ばかりが、わずかな情報として伝わってきていた。

正直、心は少し怖気づいた。

 

それでも、
動くビートルズを観られる
 

それだけで、十分に幸福だった。上映中は無我夢中だった。
ただ、「もっと観たい」その思いだけが、強く残っている。

 

50年後、歩きながら、電車で、映像を観られる時代が来るなど、
当時の誰が想像できただろう。


そして始まる「迷宮」

ここで、問題が起きる。アルバム『マジカル・ミステリー・ツアー』に入っている
「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」が、

TV映画『マジカル・ミステリー・ツアー』には存在しない。

中学2年の少年には、チンプンカンプン、ビートルズの「迷宮」。

 

いまなら、検索一つで答えは出る。

「この曲は67年、『サージェント』のアルバム候補だったが、

シングルとしてリリースされた」

だが当時は、青盤(ベスト盤)も手に入っていない。

事の次第が分かるまで、長く時間がかかった。

――いまは便利だ。
だが、そのぶん探求心は失われたのかもしれない。


でも、その幻惑が、面白さを倍増させた

この少年を幻惑させた「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」。

リバプールの街を幻想的に描いた日本語訳、リバプールへの想像。

そして摩訶不思議な旋律。それらすべてが、

ビートルズの面白さを、何倍にも膨らませた。

 

オープニングのメロトロンの音色は、のちに夢中になる
キング・クリムゾン、レッド・ツェッペリン、

ロキシー・ミュージックへの
予行演習になっていたのだから、恐れ入る。


マイルス・デイヴィスというシメ

この曲を語るうえで、思い出すエピソードがある。

ジャズの帝王、Miles Davis

晩年、彼が自らのトリビュート的ライブで
選んだ曲の一つが、「Strawberry Fields Forever」だった。

 

1990年、東京ドームで行われたジョン・レノン追悼コンサートで、

マイルスが演奏「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」だった。

こびへつらわないマイルス。観客に背を向けるように吹くトランペット。

その音が、妙に焼き付いている。

少年時代、「なぜ映画にないのか」と迷走したあの感覚が、よみがえる。

 

偶然ではなく、必然として

ジャズという枠すら飛び越えた巨人が、なぜ、この曲を選んだのか。

 

そして私は、ビートルズと自分の距離感を「本物だった」

とどこかで信じている。

 

うぬぼれた幸せがあった。

 


The Beatles - The Beatles - Strawberry Fields Forever (Official Music Video) [2015 Mix]

 

 

ブログ15年分の記憶をいまの視点で削り出していると、
音楽は「思い出」ではなく、人生の途中経過だったのだと気づきました。

 

あなたにも、迷わせてくれた一曲が、あると思います。

それは、どんな曲でしたか。

 

 

 

 

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