トニー・バンクスの「Angel Face」。 収録アルバムは1991年の**『Still』**。
Tony Banks(トニー・バンクス)は、ジェネシス創始期から在籍した紛れもない中核メンバー。
その彼が90年代に発表したこのソロ作は、今振り返れば非常に象徴的な、
ある種の「時代の節目」に位置していた。
成功者たちの影で──トニー・バンクスという「もう一つの車輪」
ジェネシスは70年代のプログレ路線から、80年代のポップ──あえて言えばダンス寄り路線までを鮮やかに乗り切った稀有なバンドと思う。
ピーター・ガブリエル
フィル・コリンズ
マイク・ラザフォード
他のメンバーはソロでも華々しい成功を収め、とりわけフィル・コリンズは時代そのものを象徴する“メジャー・アーティスト”となり、その陰で、どこか地味に見えてしまうのがトニー・バンクス。
ジェネシスのポップ路線を牽引したのはフィルだと思われがちですが、実際にはトニーもまた両輪の一角。フィルのソロがジェネシスと地続きでヒットしたのに対し、同じ方向を向いていたはずのトニーのソロは、なぜか「いまひとつ」届かなかった。そんな印象がある。
アルバム『Still』と、Fish、ニック・カーショウの個性
久しぶりに『Still』を聴き返してみると、ゲスト・ヴォーカル陣の存在感が光ります。 Fish(フィッシュ)やニック・カーショウ。彼らの歌声には確かな個性があり、トニーの構築する世界を彩っています。
ただ正直に言えば、全体は「ジェネシスの亜流」と感じてしまう瞬間があるのも事実。
しかし、それは決して否定的な意味ではないと言いたい。
1991年という年。あれほど巨大な人気を誇ったジェネシスが、実質的な最終章に差し掛かったと感じさせた
**『We Can’t Dance』**が発表された年。
『Still』は、まるでその終りに呼応するかのように、ジェネシス終盤の空気を静かに、そして真摯に引き受けているように思える。
1991年、小さな音量で語られた「幕引き」
巨大な成功のあとに、声を張り上げるのではなく、小さな音量で自らの歩みを語ろうとしたアルバム。 1991年の『Still』を聴くと、それは70年代でも80年代でもない、UKロックの一つの到達点に立っているような気がします。
21世紀に復活したジェネシスには、フィルの衰えが否応なく見えてしまい、正直なところ「懐メロ」以上の何かを見出すことはできませんでした。 旬の頃のミュージシャン、旬の頃のバンドをリアルタイムで体験してきた者にとって、時の移ろいはただ感慨を深めるだけのものでした。ポール・マッカートニーやストーンズが、別枠、凄いのかもしれないが。
と云うことでおまけは、アルバムの最後を飾る曲を。
直訳すれば**「幕が下りる(The Final Curtain)」**。
トニー・バンクス自身、この時すでに、何かの終わりを自覚していたのか。
Tony Banks -- The Final Curtain
編集後記
ブログを書き始めて、もうすぐ15年。 4500頁もの熱量を積み重ねてきた中で思うのは、
音楽は単なる「過去の思い出」ではなく、今この瞬間も続く「人生の途中経過」です。
こうした少しマイナーな、しかし愛すべき作品を聴く時間が、幸せでもあります。
今回もインターネットラジオ「Radio Paradise」で気がつきました。
皆さんの「1991年の記憶」の頃のロック、POP、もちろん日本の曲でも、知りたいです。
4500頁、15年の熱量を、今の視点で削り出す。
【再編集2026】プロジェクト始動。
ロック前







