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Tom Petty‐the Too Good to Be True|90年代回想曲 GW散歩2

トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの「Too Good to Be True」、アルバムは1991年の『Into the Great Wide Open』ですね。表題は字数の問題で、ザ・ハートブレイカーズを省略しています。「Tom Petty & The Heartbreakers」を入れると、曲名が入りきらない。

 

89年のトム・ペティのソロ名義『Full Moon Fever』の流れを受けたような作品で、ジェフ・リンのプロデュース。ロックンロールのざらつきというより、トム・ペティらしさ、音楽が楽しいアルバム。

 

アメリカは2017年に薬物禍でトム・ペティを失った事を反省してほしいよ、世界の音楽の宝だよ!

 

この「Too Good to Be True」は、その整った音が逆に効いている。タイトルは「話がうますぎる」「本当とは思えない」ぐらいの意味か。

 

内省的な事をPOPに唄うところも、明るいメロディに見せかけて、冷えている、トム・ペティらしい。

 

 

 

■アルバムリリース情報

アルバムタイトル: Into the Great Wide Open(イントゥ・ザ・グレイト・ワイド・オープン)

  初版(US)発売年: 1991年

 位置づけ: バンド名義としては8枚目のスタジオ・アルバム。前作のソロ活動から引き続きジェフ・リンがプロデューサー。クリアなサウンドですね。 全英アルバムチャート3位で英の方が、評価された。全米ビルボード13位

トム・ペティ、アルバム「Into the Great Wide Open」カバー

 

Into the Great Wide Open [Analog]

 

■GW散歩2

 

義兄の一周忌も昨日、参列。田舎の名家なんで、葬儀の時は参列者は多数でしたが、今回は親類のみのようですが、それでも30名近い。当家の父の一周忌、5人参加とは違う。

田舎の本家のご威光を感じたが、内心は大変…

 

今日も仕事は休みで、近所を散歩。大学があるのだが、オープンキャンパスで散歩、子供たちが遊べるようになっており、バスケのスリー・オン・スリーできるコーナーもある。ようできている。

当家の息子は歩いて500Mのところの大学は落ちて(笑)、2時間以上かけて埼玉にある大学に通学していた。人生とはそんなもんだ!「話がうますぎる」ようにはいかない!(笑)

 

鯉のぼりが泳ぐ花壇とビル

 

オフィスビル前の彫刻と緑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ASIAN KUNG-FU GENERATION – ループ&ループ|GW 散歩

ASIAN KUNG-FU GENERATION:アジアン・カンフー・ジェネレーションの「ループ&ループ」で、アルバムは2004年『ソルファ』ですね。

 

 

アジアンカンフージェネレーション ソルファ アルバムアート

 

Sol-Fa [Import]

 

もう22年前のアルバムですね。この頃、アニメのソングになったアジカンの曲をせっせと、端末に入れて、アニメ曲を子供たちの為に、聴かせていました。子供たちは30歳前、アジカンは、もう聴かないようになりましたが、私はまだ聴いている(笑)UKRock好きなら、ノイジィーでノレると思う。

 

このブログでも、アジカン6曲UP。4100記事中です、日本の今のバンド(20年前でありますが)では多いと思う。

 

AIを使った、再編集も構想1年 作業計画半年ところ実働2か月でデータ化・分析できました。

5月が15年目ですので、その時、いろいろお披露目できればと良いと思ってます。

アメリカンロックばっかりとか、なんだかんだと言っても、ブリティッシュロック・ブログでした。

言っちゃた(笑)仔細は月末ぐらいに。

 

GWは先週25日、父の一周忌、明日は義兄の一周忌。昨年、5月のバタバタ感を思い出しましたが、今日は、『ソルファ』聴きながら、ゆっくり散歩。

都会と花々、川の風景

真夏の天気

アジカン「ソルファ」聴きながら散歩、景色が良い

日光浴つもりが暑い、無理3分で退散

晴海鉄道橋と高層ビル群、青空

ここにも、観光用とまでいかないけど、旧晴海鉄道橋の遊歩道化の散歩道。

極小ですが都民税と区民税は払っている。歩く権利あり。

 

視察に、都知事だけファーストが来たような記憶が。

お台場の噴水ショーよりは、ほんのチョットいいかも。

 

遊歩道風は通れど声通らず (笑)

 

東京スカイツリーと水辺の街並み

お決まりですがスカイツリー。なんか赤みかかる。中華スマホの限界か。

 

暑い日でしたが、思っていたほど、ひと気なく、ゆっくり歩けました。

 

 

 

 

 

 

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Foghat – Stone Blue|70年代回想曲 気になった曲

フォガットの「Stone Blue」で、アルバムは同名1978年『Stone Blue』ですね。

 

ブギーロックは中学生の頃70年代前半、スージー・クワトロ(米人)の英バンドで親しみました。

 

フォガットは75年「スロウ・ライド」のヒットで気がつきましたが、この頃は英には、いろいろなバンドがいる、ビートルズ、ストーンズ、バドカン、クイーン、ハードロック系、プログレ系それ以外にも、たくさんバンドがいるような。

 

そのなかでも、なんかアメリカンのようなフォガット、本家ZZ TOPも知った時も同じ頃、ブルース・ブギーロックのノリノリの曲で、勢いがあると。

 

ギターロックで、これも興味もったのですが、当時、聴くロックは多すぎて、先ずハードロック、プログレで手一杯。

ヒット曲しか知らなくて、70年代後半になるとニュー・ウェイヴで、そちらも興味をもつわけで、私のなかでは、エアポケットに入ってしまった感のフォガットですが。

 

■ アルバムリリース情報

アルバムタイトル: Stone Blue(ストーン・ブルー)

  初版(US)発売年: 1978年 日本盤発売年: 1978年

 位置づけ: 通算7枚目のスタジオ・アルバム。プロデューサーにエディ・クレイマー(ジミ・ヘンドリックスやZEP)を起用。ブギ路線プラス、ロック・サウンドに。全米アルバムチャート25位、日本ではそれほど人気があったと覚えていない。

フォガット Stone Blue アルバムジャケット

 

Stone Blue

 

アメリカでは、ヒットアルバムが前作1977年『フォガット・ライブ』もあり、この『Stone Blue』で、カバー曲とオリジナル曲ほどよく、アルバムで、なるほど、ジミヘンのエンジニアのサポートもあって、パワー全開。

 

ロバート・ジョンソンのカバーにスライドギターも効き目あり。エルモア・ジェームスの曲もで、根っこは米ですよと言っているようなアルバム。

 

英バンドで、この手の曲風では、ステイタス・クォーと二分していたが、面白いのは、今になって、フォガットが米用に作り上げていたのですね。で、ステイタス・クォーが英ご用達でなっていたと判る。

 

ロッド・プライスのスライド・ギター、地響きのようなリフへとスライドならではの「うねり」でノリノリのロックが、なんかノスタルジックであるが、英ならではトランスされて、センスあり。

 

70年代後半、ニュー・ウェイヴで頭いっぱいでしたが、オールド・ウェイヴとは言いえませんが、ブルース・ハードロックをこのように昇華していたフォガット、久しぶり聴いて大感激でした。

 

日本ではメジャーでないバンドでも、素晴らしいブリティッシュロック・バンドはいますね。

 

ということでおまけは同アルバムから好きな曲で

 

Foghat ‐ Midnight Madness

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Dave Mason – We Just Disagree|70年代名曲 追悼

デイヴ・メイスンの「We Just Disagree(ウィ・ジャスト・ディスアグリー)」で、アルバムは1977年『Let It Flow(流れるままに)』ですね。

 

お気に入りブログの皆さまでも、上がっていましたが、デイヴ・メイスンがお亡くなりになったそうで… ブリティッシュロックが主の私も、メインではないけど、70年代から知っていた、ミュージシャン。

 

当時はPOPしているのですが、後追い聴いた60年代のトラフィック、大好きなスティーヴ・ウィンウッド、ジム・キャパルディ、クリス・ウッドらとデイヴ・メイスンで、「Feelin' Alright?」のコンポーザー、バンドから抜けたり入ったりで、70年代からソロ。

 

他のメンバーとはあんまり仲が良くなかったと特に、スティーヴ・ウィンウッドとは合わないとネット記事を読んだような、うろ覚えですが。

 

初版(US)発売年: 1977年 

日本盤発売年: 1977年 

位置づけ: 通算6枚目のソロ・スタジオ・アルバム。デイヴ・メイスンの大ヒット・アルバム。洗練された音へ、スワンプ・ロックから、より洗練されたポップ・ロック(AOR)へと昇華したと評価されているようです。

デイヴ・メイソン Let It Flow アルバムカバー

 

Let It Flow

 

 

 ソロで、70年・1st『Alone Together』の評価は高いのですが、ブログするようになって、デイヴ・メイスンのヒット・アルバムは『Let It Flow(流れるままに)』のようです。

 

70年代は、60年代トラフィックのサイケぽいのから、POPとの思いもありましたが、AOR化というか、大人のPOPロックというか、ソロのデイヴ・メイスンだったと思えますね。今となっては大人のロック的なニュアンス的解釈なら、あてはまると。

 

この「ウィ・ジャスト・ディスアグリー」は、デイヴ・メイスンのキャリアにおいて最も愛されている楽曲。この曲のコンポーザーはデイヴ自身ではなく、バンドのギタリストであったジム・クルーガー。デイヴのハスキーで温かみのある歌声で、覚えある名曲となった。

 

コーラスやウエストコースト・サウンドぽさも、英米のミックスチャーで受けたしるしかもですね。

 

 50年後に素直に聴ける大人のリスナーとなったのか と自問もありますが、ブログしてからもPOP指向強しの小生に、

名曲と覚えとなり、デイヴ・メイスンに感謝となりました。

 

と云うことでおまけは同アルバムから好きな曲で

 Dave Mason -Mystic Traveler

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Jackson Browne – For America|昔も今もアメリカは変らん!

ジャクソン・ブラウンの「For America(フォー・アメリカ)」で、アルバムは1986年『Lives In The Balance(ライヴズ・イン・ザ・バランス)』ですね。

 

70年代はアメリカンロック、特にフォークロック系を毛嫌い、聴かず嫌いの偏見ロックキッズでしたが、ラジオFENで知っていたジャクソン・ブラウンはメロは良いが、その頃はハードロック、プログレで頭いっぱい、さらにパンクの始まりでブリティッシュロックに首ったけ!

 

真剣に聴きだしたのは、30代、1995年『フォレスト・ガンプ 一期一会』の映画。映画はアメリカ現代史、サントラはアメリカPOPロック史になっていて、感激。

 

挿入歌のジャクソン・ブラウンの77年『孤独なランナー』から聴きだして、今ではニール・ヤングと同じくらい好きになりました。メロディ追いにたまらん音楽の才があると思います。

 

ヒップホップ化メインストーリーのアメリカンミュージック界において、ブルース・スプリングスティーンと両頭。一言居士でも。

 

■アルバムリリース情報 

アルバムタイトル: Lives in the Balance(ライヴズ・イン・ザ・バランス) 

初版(US)発売年: 1986年 日本盤発売年: 1986年 

位置づけ: 通算8枚目のスタジオ・アルバム。Billboard 200で23位、ローリング・ストーン誌の「80年代ベスト100アルバム」

第88位。内省的痛みを歌ってきた過去作から一転、レーガン政権下のアメリカ外交政策や中米情勢に対する痛烈な批判。

最も政治色の強いコンセプト・アルバムかも。自由の女神もデフォルメ調。

ジャクソン・ブラウン『Lives In The Balance』アルバムカバー

 

Lives in the Balance

 

【このブログ、反原発で始まったブログです。時々、私見があります】

内省的フォークロックのジャクソン・ブラウンの印象は70年代のイメージですが、思想的には行動の人。そもそもジャクソン・ブラウンは元祖反原発、「ノー・ニュークス」師匠のような方で、この時は79年スリーマイル島原子力発電所事故でした。

1985年スティーヴ・ヴァン・ザントの「サン・シティ」に参加、そしてこのアルバム『ライヴズ・イン・ザ・バランス』ですね。

 

より主義主張をのせた政治的なアルバムだったようで、「フォー・アメリカ」も如何にも意味深な詩だし、アルバムジャケが自由の女神がデフォルメされて、前向き明るめと思えない。

 

前アルバム83年『Lawyers In Love(愛の使者)』あたりから政権批判だったようですが、今回Wikiで知ったのですが、ブラウンは民主党支持者で、時のレーガン政権に批判的だったことが曲に反映されたと。

 

80年代の8年間、今も中東、中南米の紛争は40年前から続いていて、軍事的なアメリカへの批判だったのですね。

 

私は日本人ですから、二大政党の米国のノリは判らないのですが、それでも、当時ブルース・スプリングスティーンも1984年『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』を出しています。私は、アメリカ人が祖国を讃えている曲ではないと気がつきましたが、当時は日本も、そして米国も、賛歌のような風潮もありました。スプリングスティーンも民主党支持者。

 

現トランプが共和党ですから、スプリングスティーンの来月の新作『ライヴ・フロム・アズベリー・パーク2024』も昔から活動・思いが源泉にあった。

 

まあ、それでもそれぞれ政治的信条がありますから、私は冷静に見ていますが、ロックがロックらしく主義主張するところは、リスペクトします。

 

そしてアメリカは今も昔も、体制は変わらん。何の権利があって他国に介入するの?

 

それは儲ける為です。

 

それでも、アメリカ文化に自助努力があることを極小ですが、知っています。

 

でも、変わんない!ということも知ってます。

 

ということでおまけも同アルバム、タイトル曲で、これもセンスある曲で、

Jackson Browne – Lives in the Balance

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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父の1周忌、終え 父の好きだったレストランへ

一周忌 早い 霊園の方から、来年 三回忌の案内があった  今回も家族と妹のみ


終わり 父の好きレストランを思い出し、みんなで食事

子供達も十数年ぶり  淡い記憶があるようです







Robin Trower -Alethea|70年代UKRock

ロビン・トロワーの「Alethea」で、アルバムは75年『For Earth Below(遙かなる大地)』ですね。

 

これも70年代に夢中になって聴いたロビン・トロワー。ジミヘンの影響を受けたギタリストとして聴いた、というのが最初の入り方で、キッカケはラジオ、それもFMだったと思う。

 

当時夢中になって聴いたレコードは74年『Bridge of Sighs(魂のギター)』と、ライブ盤の76年『Robin Trower Live!(ロビン・トロワー・ライヴ!)』。

 

ブリティッシュロックには多くのギタリストがいたが、「ジミヘンを継ぐ者」というキャッチコピーが効いて、ブルースとの融合を軸にしたロック寄りの曲風で、己がロック・マニアになったかと錯覚できたミュージシャンだった。

 

アルバムリリース情報

  • アルバムタイトル: For Earth Below(遙かなる大地)
  • 初版(UK/US)発売年: 1975年
  • 日本盤発売年: 1975年
  • 位置づけ: ソロ3作目。前作『Bridge of Sighs』の世界的ヒットを受け、本作は全米アルバムチャートで最高5位を記録した黄金期の傑作。元スライ&ザ・ファミリー・ストーンのドラマー、ビル・ローダンが加入。それまでの叙情性に、「タメ」と「うねり」のグルーヴが加わった。

ロビントローラー「For Earth Below」ジャケット

 

 

For Earth Below

 

 


で、ギターロックと思っていたロビン・トロワーのソロアルバムだが、好きだった74年『Bridge of Sighs(魂のギター)』より、この『遙かなる大地』の方がアメリカで受けて全米5位まで上がっている。

 

昔は多くのロックミュージシャンがいて、簡単にベスト10に入るのは、ビッグバンドでも容易な事ではなかった。夢中になって聴いたけど、一般受けする曲風ではないと今でも思っている。が、やっぱり70年代はロック時代、聴衆がいた。

 

この「Alethea」は、アルバム『For Earth Below』のB面1曲目を飾るミドル・テンポ。ロビン・トロワーは前作のヒットで得た名声に甘んじることなく、ドラマーをビル・ローダンに替えた。ヘヴィなサウンド指向にグルーヴ感が加わる。

 

そこにジェームス・デュワーのソウルフルな歌声が乗り、トロワーの歪んだギターと交じり合う。

 

■ ビル・ローダンの効くビート

 

スライ・ストーンの元で修練したビル・ローダンのドラミングが、ホワイトブルース・ロックをさらに映えさせる。この「Alethea」でトロワーのギターに、また新しさを授けている。

 

ここらへんが70年代の進化とミクスチャーと、今なら語れる。

 

アルバム自体はヒットとなった。「Alethea」はシングルではないが、トロワー流「ファンク・ロック」と呼べるかもしれない。

グルーヴとジミヘンのフォロアー(今のセリフ)ギター・ワークの融合。

 

ハードロックでさえ自由な模索ありの、1970年代ロックシーンだなと思えます。


と云うことでおまけは同アルバムから

 

Robin Trower-Shame The Devil

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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熱海は40年ぶり?




人見知り、なかなか団体行動向きではないですが、ここまで連れて来てくれた。

前の時は、80年代。
感謝。



 



Spooky Tooth – I Am the Walrus|忘れられないロック・POP

スプーキー・トゥースの「I Am the Walrus(アイ・アム・ザ・ウォルラス)」で、アルバムは1970年『The Last Puff(ザ・ラスト・パフ)』ですね。カバーですがヘビィロックです。

 

あんまりカバーを上げるブログでないが、今や「アイ・アム・ザ・ウォルラス」はビートルズが偉大である証拠となる曲ですね。後にU2のボノ、オアシスも唄っていた。

 

60年代後半から70年代になるが、サイケ・ヘビィロックのスプーキー・トゥースがアルバムを出していた。アメリカのミュージシャン、ゲイリー・ライトが加入して、バンド名をアートからスプーキー・トゥースに変えたのですね。知らなんだ! Wikiに書いてあった。

 

ゲイリー・ライトも単発であったが、75年『The Dream Weaver(夢織り人 - ドリーム・ウィーヴァー)』は大好きでした、

70年代を代表するアルバムと思う。初期電子音楽POPとして。

 

でも、このアルバムは最初の解散間際で楽曲提供1曲のみの、ちゅうぶらりん状態で、演奏には参加せず、ヘビィロック風の「アイ・アム・ザ・ウォルラス」だったようで。

 

■ アルバムリリース情報

アルバムタイトル The Last Puff(ザ・ラスト・パフ)

初版(UK)発売年1970年 

位置づけ

通算4枚目のアルバム

前作『Ceremony』での実験的な試みの後、バンドは一度解散状態、ゲイリー・ライトは制作前に脱退。マイク・ハリスンを中心とした「Spooky Tooth featuring Mike Harrison」名義のプロジェクトに近い立ち。初期ヘヴィ・サイケ路線、アートロックの残り香

Spooky Tooth The Last Puff アート                 

 

The Last Puff

 


■ 聴きどころと時代背景

原曲のビートルズ版は1967年、そこから3年後の1970年になると、ロックはずいぶん様相を変えて、いろいろなバンドが起動、アートはサイケ、ヘビィがハード、そしてプログレ登場にストーンズが生きる道を探しあてる時代と思う。

 

Spooky Toothのこのカバーは、まさにその変化を詠んだと思うけど、原典がヘビィというか、簡単にいかない曲をバンドのノリで体現した。好き嫌い別れると思う。

 

小生は絶賛ではなかった初聴きは、60年代の幻覚を、70年代のバンドが、試行錯誤で曲にした、そんな感じかな~

 

60年代末ブリティッシュ・ロックの過当競争のなかで、生まれた多様性の空振りとヒットの交差かなと、その中で少し後追いで、日本では精錬された質の高いバンドが聴れていた。そのアルバムを手に入れることが難しかった。10代。

 

ミュージシャンとして捨て駒でないのですが、量があるからこそのいろいろな曲風があったアルバムの『The Last Puff(ザ・ラスト・パフ)』と思うのでした。


 

と云うところでおまけは同アルバム曲で、ゲイリー・ライトがコンポーザーの曲で

 

Spooky Tooth – The Wrong Time

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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