
現役の監督では、世界TOPと思いますが、好き嫌い、両極端な作品がある私には。
コレは、良いかも!
趣味の音楽(ロック)や映画などの雑記を記してます
リトル・フィートの「Texas Twister(テキサス・ツイスター)」で、
アルバムは90年『Representing the Mambo
(レプリゼンティング・ザ・マンボ)』ですね。
このブログでは、リトル・フィートはあげている。
72年『Sailin' Shoes(セイリン・シューズ)』は
ローウェル・ジョージがいた頃の曲で、
大好き。これは今でも、頭に浮かぶ。叫び声。
でも、ブリティッシュ・ロック好きの小生には、
リトル・フィートは、なかなか近づけないバンドでありました。
ブルースやロックンロールをもとに、メロもあれば、音色は豊かなんだけど、
UKとはずいぶん違うものに聴こえた。
土着と言うか、アメリカンロックをセンスよくした土地の音楽が
見え隠れするロック。
まあ、一番は、ネオン・パークのジャケットが苦手だったけど!!
当時も今もセンス、判んねえ(笑)音楽はいいのに!?
聴き込んだ『ディキシー・チキン』までに、外見では、ちと痛いと思った。
耳より先に、目が偏見を持っていたかも。
【アルバムリリース情報】
アルバムタイトル:Representing the Mambo(邦題『レプリゼンティング・ザ・マンボ』)
初版発売年:1990年
位置づけ:通算9作目のスタジオ・アルバム。88年『Let It Roll』に続く、再始動後の2作目。本曲は冒頭を飾る第1弾シングルで、米ビルボードのロック・ラジオ部門「Album Rock Tracks」(現在のMainstream Rock)で1位。
アルバムは全米45位。プロデュースはジョージ・マッセンバーグとビル・ペイン。

で、今日は、その70年代から時が流れ、
ローウェル亡きあと、長い空白を挟み、
クレイグ・フラーらを迎えて、88年『Let It Roll』で復活。
その次に出たのが、この『Representing the Mambo』。
「Texas Twister」は、アルバムの1曲目ですね。
歌っているのは、ポール・バレア。
ギターにキーボードが絡んで、リズムがぐいぐい進む。
それぞれの音はよく聴こえるのに、ばらばらにならず、
バンドごと動いているようなカンジ。
品あるギターロックになっている。
アルバム全体に言えるのですが、AOR風でも有り、素朴でも有り、
聴いていると、自然に身体が揺れる。
リトル・フィートの強さと思うが…
音の作りには、確かに80年代の時流があります。
70年代の盤より、すっきり整理されて聴こえるし!
あと、アルバムジェケが相変わらずセンスねえと思わせるし!
ローウェルがいた頃の、ひと癖ある味は思い浮かべてしまうが、
それは無い…と思う(苦笑)
野暮と思うけど、それはローウェルが類稀なきセンスありを、
確認することになっちまった!
で、今も現役。
しかも2027年1月には「The Last Farewell Tour」で日本にもやって来るという。
半世紀以上続いたツアー生活に、そろそろ区切りをつけるらしい。
70年代の名盤の話ばかりしていると、つい見落としてしまうけれど、
この時期のリトル・フィートも、ちゃんと聴かれていたわけですね。
私はこう聴きました。
皆さまは、この曲をどう聴きましたか。
今日も読んでいただき、ありがとうございます。
と云うことでおまけは同アルバムから主題曲でこれはこれで面白い!
Little Feat - Representing the Mambo
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ジェイムス・ギャングの「Collage(コラージュ)」で、
アルバムは1969年『Yer' Album(イエ・アルバム)』ですね。
このアルバムは2回目で、前回は「Funk #48」で、
GFR、ヴァニラ・ファッジと並べて、
アメリカン・ヘビィ・ロックで熱くなった記事でした(笑)
やっぱり英米 69年はロック当たり年と言うか、まだロックが自由で、
真っ白なキャンバスになんでも描けた時期、ほんとのフリーハンドが
あったと思う。
で、シングル「Funk #48」のB面が、この「Collage」。
表がヘビィ、裏が静か。
69年はジョー・ウォルシュは、もう両方持っていた。
【アルバムリリース情報】
アルバムタイトル:Yer' Album(邦題『イエ・アルバム』)
初版発売年:1969年
位置づけ:通算1作目のデビュー・アルバム。プロデュースはビル・シムジクで、後にジョー・ウォルシュのソロ、イーグルスを手がける人。本曲はジョー・ウォルシュとパトリック・カリーの共作。シングル「Funk #48」のB面。全米ビルボード200で83位。シングルはチャート外。

曲自体は、アコースティックのつま弾きから入って、
後半でストリングスとギターが重なってくる。
ハードロックの3ピースが、デビュー盤でこれをやる。
で、69年。
英国はツェッペリンのⅠ・Ⅱ、キング・クリムゾン。ビートルズ、ストーンズ、
他にもいるけど!
米国はGFR、ジェイムス・ギャング。英米同時に、ロックが発露した年。
小生のブリティッシュ・ロック1969年最強説も、
前回、負けそうと書いた(笑)
ロックがまだ、何をしてもよかった時代。
ブルースも、サイケも、フォークも、ストリングスも、
全部試して、それをロックに仕立てる。
才能のある方の、旬の時期、ジョー・ウォルシュは、ここがスタート。
プロデューサーのビル・シムジクも、ここでウォルシュと出会い、
イーグルスまで一緒に行った。69年の小さなスタジオから、
70年代のビックバンドへ。
新しい90年代のロックも聴いているのですが、30年前の作品だけど(笑)
やっぱりしっくり来るのが、ここらへんのバンド、アルバム。
69年は9歳だから、もちろん後追いなんですが… まあ、原典は超強い!かな~
私はこう聴きました。
皆さまは、この曲をどう聴きましたか。
今日も読んでいただき、ありがとうございます。
と云うことでおまけは同アルバムから、これも好きな曲で、
James Gang - Fred
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パティ・スミス・グループの「Pissing In a River
(ピッシング・イン・ア・リヴァー)」で、
アルバムは1976年『Radio Ethiopia(ラジオ・エチオピア)』ですね。
前作75年『Horses(ホーセス)』のあと、名義がパティ・スミスから
パティ・スミス・グループになった2枚目。
プロデュースはジャック・ダグラスで、70年代ロック系でも、ジョン・レノン、
エアロスミスを手がけていた人、詩人のパティが、ロック寄りに寄せた。
よくよく考えてみると、76年はパンクが世界的に爆発する直前で、
このアルバムは凄い。
いろいろなミュージシャンと交流し、付き合いで、詩人が音楽に目覚め、
成し遂げた。
【アルバムリリース情報】
アルバムタイトル:Radio Ethiopia(邦題『ラジオ・エチオピア』)
初版発売年:1976年10月
位置づけ:通算2作目。初の「Patti Smith Group」名義。本曲はアルバムからの第1弾シングル。作詞作曲はパティ・スミスとイヴァン・クラール。全米ビルボード200で122位。全英アルバム・チャート入りなし。シングルも主要チャート外。

曲自体は、静かなピアノから入って、後半で声とギターがせり上がる。
題名が「Pissing In a River」なので、
今も、当時もラジオにはかからないでしょう。
「お小水を川に流す」——かなり、日本語は美化しました。
もっとフランクで、直訳だと下品と思うけど(笑)
「Come back」と繰り返す恋の切迫と、タイトルの生々しさが、
同じ曲の中でぶつかっている。
で、評価は。
1976〜77年、『Radio Ethiopia』は『Horses』のあとに出たせいで、
かなり冷たく扱われたそうです。
ローリング・ストーン誌は、方向性のなさを叩いた。
よく判らん。トガってるじゃん!
まあ、小生も、80年代になって、パンクはセックス・ピストルズばかりでなく、
なんか同時期に多くのバンドがいた、と知りましたので、
偉そうには言えない。(笑)
賛否はあるが、商業的にも全米122位で、ヒット盤にはならなかった。
が、新しい曲風で、いきなり大ヒットは難しかった。
この曲は、題名のせいでラジオでオンエアしにくい位置にいた、
と後年の解説に書かれているそうです。
映画サントラで使われ始め、トーリ・エイモスは94年『Under the Pink』の「Space Dog」で、この曲に触れている。
Is she still pissing in the river now?
(彼女は今でも川にオシッコをしているの?)
Heard she'd gone, moved into a trailer park.
(どこかへ行って、トレーラーハウスへ、引っ越したらしいね)
信念を永遠に持ち続けることは難しい。私もあなたも!
文学寄りに言えば、「人生のサウンドトラック」として残り、
映画・TVドラマ等に使われている。
アルバムは『Horses』の影に置かれがちだが、
「売れない2作目の、ラジオに乗らないシングル」から、
今、評価される曲へ、なっているそうです。
道理でネットラジオ(曲への偏見なしと思う)でかかり、
思い出しに、久しぶりにアルバムごと聴きました。
私はこう聴きました。
皆さまは、この曲をどう聴きましたか。
今日も読んでいただき、ありがとうございます。
と云うことでおまけは同シングルのB面で。
Patti Smith Group - Ask the Angels
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ハワード・ジョーンズの「Equality(イクオリティ)」で、
アルバムは84年『Human's Lib(かくれんぼ)』ですね。
このアルバム、原題は「Human's Lib」なのに、日本盤の邦題は『かくれんぼ』。
「かくれんぼ」はアルバム4曲目「Hide And Seek」の邦題で、
84年2月に英国でシングルになって全英12位まで行った曲。
日本のレコード会社は、そのヒット曲の邦題をそのままアルバムの顔にした。
おまけに原題の「Human's Lib」の方は、アルバムの最後、10曲目に同じ題名の曲として入っている。ややこしいな~(笑)
このアルバム「かくれんぼ」だから、なんか楽しい幼少期に思いの曲になって、
勝手に妄想していたが……
Equality(イクオリティ)は日本語では「平等」だそうで、
英国では、シングルになっていないようで、
1984年、南アフリカだけで7インチが出ていたそうです。
アパルトヘイト期の、その南アフリカだけで。
それだけで、この曲とアルバムの置き方が違って見えたと云うか、
洗脳に近い感じで、このアルバム名の邦題「かくれんぼ」刷り込まれていますが、
原題「Human's Lib」の日本語解釈は「人間の解放」とか
「人間の自由」だそうで、テクノPOP、シンセPOPでも
主義主張はしていたのですね。
ピコピコサウンドで、ダンスミュージックと、そんな音楽と思っていた。
アルバム情報
アルバムタイトル:Human's Lib(邦題『かくれんぼ』)
初版発売:1984年
位置づけ:デビュー・アルバム。英国からのシングル4枚はすべて全英トップ20。「Equality」は英国ではシングル未発売、南アフリカのみ7インチ。
チャート:全英アルバムチャート初登場1位(1位在位2週/通算57週)

当時は、絶大な人気があったのに、80年代のうちに4枚のアルバムを出して、
90年までには急激に目立たなくなった印象の強い、ハワード・ジョーンズ。
90年代以降は、チャートの表通りからは遠ざかった。
2019年『Transform(トランスフォーム)』が出て、
2023年はデビュー40年で、ビルボードライブ東京・大阪で演っていた。
後日知った。
見たいと思うより、ディスコでこのアルバムに入っている「New Song」の
ウゥウゥと友人と叫んでいた事を思い出す。
2024年、この1stが新ミックスで再発され、英国アルバム・チャートに
24位で再登場した。本国でも忘れられていなかった。
当時いちばん新しい音、シンセでも、歌っている歌詞はロックでしたが、
聴く方は、新しい曲風とダンスミュージック的という捉え方で、
ギャップがあったと思う。
歌詞はあんまり気にしなかったのが、正直なところでした。
私はこう聴きました。
皆さまは、この曲をどう聴きましたか。
今日も読んでいただき、ありがとうございます。
と云うことでおまけは同アルバムから、アルバム名の曲で。
Howard Jones - Human's Lib
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R.E.M.(アール・イー・エム)の「Electrolite(エレクトロライト)」で、アルバムは96年『New Adventures in Hi-Fi(ニュー・アドヴェンチャーズ・イン・ハイ・ファイ)』ですね。
このバンドも、ブログではけっこう上げているが、明らかに世代感があり、
小生の世代より、10歳から20歳下の方々に絶大な人気がある。
昔は、オフ会のような、ライブハウスでお会いするお気に入りブログの方との
ロック談義では、R.E.M.が何度か話題に、そこで、世代間の違いも、
感じましたし、
もうちと真剣に聴こうと思いにもなりました。
小生はやっぱり80年代の大人気になるアルバムの、前のモノを聴いたし、
思いもあるしで、ブログでもその時期のアルバムで書いていた。
流れで、UKのニューウェイヴのような、暗さのある内省的ロックと解釈していた。
90年代の盤は、91年『Out of Time』、92年『Automatic for the People』を
上げていた。レムと呼んでいたし(笑)
オルタナティヴ・ロックって何??は、今もあまり変わらないというか、
判らない(笑)
アルバムリリース情報
アルバムタイトル:New Adventures in Hi-Fi
(邦題『ニュー・アドヴェンチャーズ・イン・ハイ・ファイ』)
初版発売年:1996年
位置づけ:通算10作目のスタジオ・アルバム。
1995年『Monster』ツアー中の録音が中心。
翌97年、オリジナル・ドラマーのビル・ベリーが脱退する前の、
4人体制最後のスタジオ作。全英アルバム1位。全米アルバム2位。

このアルバム『New Adventures in Hi-Fi(ニュー・アドヴェンチャーズ・イン・ハイ・ファイ)』の頃は仕事が忙しく、余裕もなく、
あんまり感銘との思いはない。
第一子が生まれ、嬉しいのと仕事も手一杯で、ここらへんが、
男性陣が音楽、映画から距離感が出る時期かもですね。
一応映画が仕事でしたので、サントラなり、音楽情報を入れてましたが。
アルバムの最後に置いてあるのが、この「Electrolite」。
スタジアムを回っていた時期の盤にしては、静かなピアノから入る。
R.E.M.は「自分ロック」だと思うし、暗いというか、内省的な、
私音楽ロックでしょう。
これが、R.E.M. 華々しいフィナーレ、というカンジでもない。
20世紀の終わりへのノスタルジックなお別れ曲集のアルバムかもで!
今は、暗さにぐっと来る。
私はこう聴きました。
皆さまは、この曲をどう聴きましたか。
今日も読んでいただき、ありがとうございます。
と云うことでおまけは同アルバムから、パティ・スミス参加曲でなく
このアルバムで一番好きな曲で、才あります!
R.E.M. - Leave
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よく身内許したのなとの気持ちも。まあ、40年以上の前の話ですが!
私も、いちおう父なんで、もう大人になった娘と反りが合わず、
なんか身につまされる。
もちろん、我が家では暴力なんてありえませんが、神経戦。
タイミング良いと言うか、
今日、久しぶり家に来る、娘との話し合いです。(笑)
人生とは、こんなもんですね。
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アニー・レノックスの「Why(ホワイ)」で、
アルバムは1992年『Diva(ディーバ)』ですね。
ユーリズミックスは、このブログで何度か上げている。
2011年始まり「Sweet Dreams」、Here Comes The Rain Again」、
アレサ・フランクリンとの「Sisters Are Doin' It for Themselves」、
「Miracle Of Love」。
前身バンド、ザ・ツーリストも2017年に上げた。
アニーのソロは、2025年にカバー集95年『Medusa(メドゥーサ)』の
「Don't Let It Bring You Down」を上げている。
ニール・ヤングのカバーで、映画『アメリカン・ビューティー』のサントラで
遅れて注目していた。
ソロ1作目のこの『Diva』は、上げてなかった。
小生にとってユーリズミックスは、やっぱり83年「スイート・ドリームス」の
テクノPOPなダンスミュージックに痺れた。
テクノポップと言えば一番はユーリズミックス、とアホなことを書いてしまった記事もある(笑)
アニーの歌唱力と色々な曲調のシンセ・POPロックの交差なのに。
アルバムリリース情報
初版発売年:1992年
位置づけ:ユーリズミックス活動休止後のソロ第1作。
プロデュースはスティーヴン・リプソン。
先行シングル。全英シングル5位、アルバムは全英1位。

ユーリズミックスの86年『Revenge』あたりはアコギでナチュラル指向で、
シンセPOPよりは、スウィング・アウト・シスターやシャーデーと同じく、
アニーのブルージーなソウルフルな唄が、大人につもりの当時の小生に響いた。
で、90年にユーリズミックスは一旦休止。
デイヴ・スチュワートと組んできたアニーが、ひとりで出した1stがこの『Diva』。
ソロの第一歩に選んだのが、派手なダンス・ナンバーではなく「Why」。
自分自身との対話であり、コミュニケーション、あるいはその無さについての
歌だ、と語っているそうです。
ユーリズミックス時代、ユニセックスのヴィジュアルで目立っていた人が、
ソロ1作目の顔を、わざわざ作り物の歌姫にした。
インスタのフォロワーですが、今もロッカーとしての主義主張しているのようで、
単純な歌姫でないのも、アニー・レノックスならではで、応援しています。
ユーリズミックスのテクノPOPから始まった者からすると、
ソロ1作目がアニーらしい大人のシンセPOPなのは、歌唱力の賜物と今になっても、納得でした。
私はこう聴きました。
皆さまは、この曲をどう聴きましたか。
今日も読んでいただき、ありがとうございます。
と云うことでおまけは同アルバムからで
Annie Lennox - Walking on Broken Glass
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デペッシュ・モードの「Policy of Truth(ポリシー・オブ・トゥルース)」で、
アルバムは1990年『Violator(ヴァイオレイター)』ですね。
このアルバム、2012年に「Enjoy The Silence」で上げています。
同じ盤の、次の曲。こっちは上げてなかった。
■ ディスコで出会った「People Are People」
小生にとってデペッシュ・モードは、ニュー・ウェイヴ系をかけるディスコ
での84年「People Are People」が印象大。
退廃的なカンジで、一発屋かなと思ったら、この手のBandではNo1。
「People Are People」までは、かなりピコピコサウンドのテクノPOPで、
それもスカスカの音のカンジでした。
初期のメンバーにはイレイジャーのヴィンス・クラークがいたりで、
その頃では流行りのテクノなのに、ダークなカンジのあるバンドでした。
少し遅れて出てきて、80年代後半、メインストリームになった。
■ 音が、どんどん密になっていく
で、86年『Black Celebration』でアンビエント系なテクノに挑戦、
87年『ミュージック・フォー・ザ・マスィズ』で音がさらに密になった。
プロデューサーが変わっておりました。
テクノPOPが今で云うインダストリアルと区分されるが、
デペッシュ・モードはかなりPOPよりでも、カッコつけるテクノ。
道理でディスコからクラブに変わる東京の夜のシーンに、
かかる音楽になったのも納得。
ただ、小生が80年代中頃から、ニューウェイヴ熱は冷めていた。
エレクトロニカなりシーケンサーサウンド、ダンスでトランスになるユーロビート前、真剣に聴く音楽か??
アルバムリリース情報
アルバムタイトル:Violator(邦題『ヴァイオレイター』)
初版発売年:1990年
位置づけ:プロデュースはデペッシュ・モードとフラッド。作詞作曲はマーティン・L・ゴア。全英アルバム2位、全米ビルボード200で7位。デペッシュ・モードが米国で初めてミリオン。

■ あのフレーズ
ピコピコのスカスカではない。あのリードのフレーズ、
スライドギターだそうで、100以上の候補を試した末にここへ落ち着いたとか。
英版ウィキに受け売り(笑)
カッコつけるテクノ、と以前書いたけど、カッコのつけ方がここまで執念深いとは思わんかった(笑)
唄は初めからロックとしてしっかり、
この曲は特に、テクノなのにロックで聴ける。
タイトルは「真実の方針」といったところでしょうか。
正直に云えば傷つく、そんな話にも聴こえる。
■ その先にあった『Violator』
87年『ミュージック・フォー・ザ・マスィズ』からのデペッシュ・モードが、
アメリカで売れ筋追求前の、テクノロックの完成形で、その先にあるのが、
この『Violator』ということ。
聴くけど、バンドへは批判的でもありでしたが、一途に、
テクノ系を革新、変化させていた。
英国ではこの手のロック・バンドでは、ダンスミュージックとしては、
深み無しに聴こえたそうでも、デペッシュ・モードは奮闘していた。
その頑張りの一枚が、この『Violator』だったのですね。
私はこう聴きました。
皆さまは、この曲をどう聴きましたか。
今日も読んでいただき、ありがとうございます。
と云うことでおまけは同アルバムから、もっとギターが出てる方で
Depeche Mode - Personal Jesus
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ジェフ・ベックの「Gets Us All in the End(ゲッツ・アス・オール・イン・ジ・エンド)」で、アルバムは1985年『Flash(フラッシュ)』ですね。
小生、ロック・ファンでありながら、苦手は存在するもので、
UKではイエスのジョン・アンダーソンの声、聴くけど(笑)
あとジェフ・ベックのギターの音色と言うか…60年代後半から70年代は好きな方ですが…
でも、3大ギタリストのジェフ・ベック、エリック・クラプトン、
ジミー・ペイジのヤードバーズの流れとかあるし、
ギター好きな方の前では、苦手は公言できんかった。
ブログ始めた頃から、このブログで独白(笑)
もちろん75年『ブロウ・バイ・ブロウ』76年『ワイアード』は思い切りひたれたけど。
理屈、頭で理解しようとする小生の悪癖で、
ジェフ・ベックの音楽的立ち位置が中ぶらりん状態と感じたと思う、
初期のハードロックが、何故、継続しなかったと、80年代は思っていた(笑)
で、85年の『Flash』聴き込みしたような記憶はないが、
80年代、シンセと打ち込みが全盛のニュー・ウェイヴも終息の頃、
ちと違いを見せる、ベック先生が飛び込んできた。
ロッド・スチュワートがゲストでの「People Get Ready」だけのアルバム感もあるが(笑)
当時、最高潮のナイル・ロジャース、アーサー・ベイカーも関わっている。
メインストリーム寄り、と言うか、モロそのもの!
アルバムリリース情報
アルバムタイトル:Flash(邦題『フラッシュ』)
初版(US/UK等)発売年:1985年7月
位置づけ:1980年『There & Back』から5年ぶり。シンセと打ち込みが支配する80年代ポップへ飛び込んだ、メインストリームの一作。
「Gets Us All in the End」は、作曲はアーサー・ベイカーとティナB。プロデュースもアーサー・ベイカー。歌はジミー・ホール。
アーサー・ベイカーといえば、アフリカ・バンバータの「Planet Rock」
なんかでも知られる、80年代クラブ・サウンドのプロデューサー。
ここらへんはヒップホップとは判らず、ソウルなテクノと思っていた。
ジミー・ホールは、ウェット・ウィリーのヴォーカリスト。
ソウルとサザン・ロックを背負った、太く力強い声。
さらにナイル・ロジャースは、整えられたサウンドに、ダンスミュージックもできるギタリストのロジャース効果もある。
70年代の『Blow by Blow』や『Wired』がありきには、当時は『Flash』は耳さわりは良かったが、時代合わせと感じたかも。
でも今、改めて「Gets Us All in the End」を聴くと、少し違う。
流行の服を着せられても、ジェフ・ベックはジェフ・ベックだった。
作られた80年代サウンドの中に置かれたからこそ、
誰にも似ていないギター、いっそう際立つ!!
やっぱり凄いギタリストだったのですね、今頃(笑)
私はこう聴きました。
皆さまは、この曲をどう聴きましたか。
今日も読んでいただき、ありがとうございます。
と云うことでおまけは同アルバムから、ヤン・ハマー作曲のインストで、
フュージョンの残り香もあるアルバムでした。
Jeff Beck - Escape
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