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Buckingham Nicks - Frozen Love|70年代回想曲

バッキンガム・ニックスの「Frozen Love(フローズン・ラヴ)」で、
アルバムは73年『Buckingham Nicks(バッキンガム・ニックス)』ですね。
2025年再販になって、配信系でオープンとなった作品です。

 

70年代後半、高校時代、オンタイムで人気の出たフリートウッド・マック、
聴かず嫌いのバッキンガム・ニックス加入のアルバムですが、
80年代になってから、素晴らしい作品だと気がついた。


77年『Rumours(噂)』は、ステレオ機器が新しくなるたび、
リファレンスの音源とするぐらい、絶大な信頼をおいている。

 

バンド関係は男女関係もクロスして、最悪なのに、音楽は最高となった。
色恋沙汰の軋轢はアートにプラスになる証明かも!

 

で、電撃的な変化を与えた2人、

リンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックスが、

色恋が盛り上がっていた頃のアルバムになるのかな、と思う。
 

二人の唯一の『Buckingham Nicks』。

順調なおつき合いの頃の二人、というか。
 

スティーヴィーの80年代のいろいろな色恋沙汰はブログをして知ったけど、
つきあう男も覚悟がいる、たぶん恋多き女性。
リンジーも惑わされたかも。男目線です、スミマセン(笑)

 

で、その『バッキンガム・ニックス』で「Frozen Love(フローズン・ラヴ)」はデュオ作で、最後に置かれた7分16秒。
この曲を聴いて、ミック・フリートウッドが興味を持ち、
フリートウッド・マックに誘ったと言われてますね。
アルバムのなかで、二人の共作名義になっているのは、この曲だけ。

 

 

【リリース情報】
■ 曲名:Frozen Love(フローズン・ラヴ)
■ アルバム:Buckingham Nicks(バッキンガム・ニックス)
■ リリース年(US):1973年
■ 日本盤:1977年
■ 位置づけ:リンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックスの唯一のデュオ・アルバム。本曲はB面ラストの7分16秒、アルバム唯一の共作名義。シングルカットなし。当時はチャート入りせず、2025年9月19日のリマスター再発で初の正規CD化と配信解禁。再発盤は全米アルバム・チャート11位。

Buckingham Nicks アルバムカバー

 

バッキンガム・ニックス (生産限定紙ジャケット仕様)

 

売れなかったアルバムですが、日本盤は73年には出ず、
空前の人気アルバムとなった77年『噂』のあとです。

 

これも有名な話、マック加入条件は、リンジーとスティーヴィーは一緒。
74年の大晦日に、フリートウッド・マックへ入る。

 

迎え入れる、クリスティン・マクヴィー、ジョン・マクヴィー夫婦、

ミック・フリートウッドも、

この7分の曲で、すでに出来上がっていた音楽の相棒だった、と考える。

私だって、そう思う(笑)

 

素晴らしい作品『ファンタスティック・マック』(1975)『噂』(1977)

『牙 (タスク)』(1979)を創りますから、

ここがPOPロックの頂点と思うけど、
メンバーの男女カップル達は『噂』で破綻。

 

で、リンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックスの軋轢は

ついこないだまで、続いていたと思っていまして、
この方々、どちらかが、終わりになるまで、止めないと思っていましたが。

 

なんか情報をすくえなかったようで、なんと、
昨年2025年の人気音楽ポッドキャスト番組『Song Exploder』に
リンジー・バッキンガム(元フリートウッド・マック)が
元パートナーのスティーヴィー・ニックスと共に出演し、
大きな話題となっていたと今回知りました。

 

アルバムは80年代に、聴いた覚えがあるのですが、
今回、ネットラジオで聴いて、スポティファイで調べると2025年となっていて、
バカか! 再販にあわせての配信だったのですね。

 

『Song Exploder』で、この曲の事、リンジーはジミー・ペイジを、ギタリストとしてだけでなく、プロデューサーとして聴いていたと語っている。
「天国への階段」みたいに、途中で景色を変えて、また歌へ戻す。

その組み立て方だ、と。

 

スティーヴィーのほうは、その長い器楽部分を暗いバレエとして捉え、
『白鳥の湖』を連想していた、と。歌の核は彼女。長い真ん中はリンジー。

だから共作になった。

 

題名を直訳すれば「Frozen Love:凍った愛」。

 

長い時を経て、「凍った愛」も溶けたと思いたいのですが、
お互い年齢を重ね、バッキンガム76歳・ニックス78歳で、

物わかりできる御歳ですし、
再販という共通項の経済的音楽的メリットもある…と思う?
 

因みに別収録だったそうです。
お互い連絡するようになったとの話だったようですが(笑)

 

長らく正規CD化されなかった『Buckingham Nicks』も、2025年再販で、
いまは、幻の名盤という評判だけでなく、触れられます。

 

私も超久しぶりに聴いて、
『ファンタスティック・マック』『噂』『牙 (タスク)』の

マザー・母体はあるな~正直な感想でした。


感動とは違います、こんなもんだ! が近いニュアンスかも(笑)

 

私はこう聴きました。
皆さまは、この曲をどう聴きましたか。

 

と云うことでおまけは同アルバムから、

75年『ファンタスティック・マック』にも入った曲で

Buckingham Nicks - Crystal

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Ike & Tina Turner - River Deep – Mountain|60年代名曲

芸術と狂いは、紙一重!

 

アイク&ティナ・ターナーの「River Deep - Mountain High(リヴァー・ディープ・マウンテン・ハイ)」で、

アルバムは66年、同主題『River Deep - Mountain High』ですね。

 

「ウォール・オブ・サウンド」、フィル・スペクターの狂気が生んだアルバム。

 

ティナ・ターナーは才と熱気で、スペクターの強引なプロデュースに負けじと、

耐え忍び、名盤をささえるミュージシャンになった。

名義はアイク&ティナ。でも、この録音の中心はティナ。

 

作詞・作曲は、フィル・スペクター、ジェフ・バリー、エリー・グリニッチ。
プロデュースはスペクター。

 

夫婦の共作でなく!
 

スペクターが、理想の音楽を、革新的な手法でヒットにできると自信を持って、

制作。

小生が先に知ったティナは、76年映画『トミー』の

気持ち悪い役のアシッド・クイーン。
 

アイク&ティナは後追いだった。

 

【リリース情報】
■ 曲名:River Deep - Mountain High(リヴァー・ディープ・マウンテン・ハイ)
■ アルバム:River Deep - Mountain High
■ リリース年:1966年(UK。シングルは5月、アルバムは9月。米国盤は69年)
■ 日本盤:1970年
■ 位置づけ:全英3位。UK盤とUS盤で収録曲が一部違う

アイク&ティナ・ターナー「River Deep」アートワーク

 

River Deep-Mountain High

 

ロサンゼルスのゴールド・スター。66年の春。
何十人も入れて録った、という話で、ミュージシャンが21人、コーラスが21人、

あわせて42人、数字は資料によって揺れるが、スタジオに詰め込んだといわれる。

 

ウォール・オブ・サウンド。
子供向けの小さな交響曲、とスペクターは言ったと。

エコーをかけて、音を壁にする。


その壁の設計図が、ロネッツの「Be My Baby」あたり。

ラジオで70年代でも、よくかかっていた。

 

アイクはスタジオに入れず、2万ドル払って外した。

契約の買い取り説もあるのですね。

どっちにしろ、フィル・スペクターの強権!
録音の中心はティナ。

 

スペクターは、ティナを何度も歌わせた。
汗だくになってシャツを脱いだ、下着で歌った、という話まであるようで。
後年、本人がそう振り返った、ともされていて。


それでも、この曲を聴くとき想像する像は、証言どおり、

スタジオのティナが熱い、というものが判る。

 

で、アメリカではコケたとされ、Hot 100で88位。


ラジオで困った定説が、60年代、黒人向けなのか、白人向けなのか、アメリカで。
ほんと不思議な国、自由をうたうアメリカの現実は、ここらへんのレベルだった。

 

同じレコードなのに、イギリスでは3位。

 

スペクターはこれにかけていたようで、

全米でコケてしばらく表に出なくなったようです。

 

ロック好きの小生には、そのあとの方が、よく見える。

ビートルズ『レット・イット・ビー』、レノン『ジョンの魂』『イマジン』

『ロックン・ロール』、ハリスン『オール・シングス・マスト・パス』。

ロック史に残るアルバムを、しかもビートルズ系を連続でプロデュースした。

 

ジョージ・ハリスンは、『オール・シングス・マスト・パス』

最初から最後まで完璧なレコードだ、と言った、という話も残っているが、

名盤です、これはそう思う。

 

70年代、後追いで。中学生の小生は3枚組アルバムは高価で買えず、

友人宅で聴いたけど。

 

ザ・ロネッツも近い。「Be My Baby」「Baby I Love You」「恋の雨音」。
これはラジオで覚えて、カセットに入れて聴いた。
 

あの曲風、あの音に魅了された。

 

スペクターのテクニックと音楽の才は、録音作法にある。

 

でも、ティナ・ターナー、映画『トミー』のアシッド・クイーンは、

気持ちが悪かった。
ティナ・ターナー 映画『トミー』アシッド・クイーン

映画にはいろいろ文句があるのに、このミュージシャンの姿と歌は残っている。

ティナの存在感。

この時、DVをアイクから受けていたそうで、そんな事当時は、私はつゆ知らず、

ティナ、プロです! リスペクトしています。

 

ティナ・ターナー、名盤『River Deep - Mountain High』をささえたのは、

ティナの情熱と才と、スペクターの狂気。
 

私はこう聴きました。
皆さまは、この曲をどう聴きましたか。

 

と云うことでおまけは、同じウォール・オブ・サウンドの始まりの方で

 

The Ronettes - Be My Baby

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Ace - Why|70年代回想曲

エースの「Why(ホワイ)」で、
アルバムは74年『Five-A-Side(ファイヴ・エー・サイド)』ですね。


このバンドはこのアルバムの「How Long」と思いますが。

13年前にブログ上げた時は、

「UKとはすっかり忘れて、パブロック出ということも。
まあ、未だにUKRockでも、エルヴィス・コステロ、イアン・デューリーは、

得意技でなく、苦手なんで」と書いた。今もそう変わんない(笑)


「How Long」はキャッチなメロディ、AORのようで、
ソウルフルなアメリカンロックと勘違いしたエース。

 

 

【アルバムリリース情報】
アルバム:Five-A-Side(ファイヴ・エー・サイド)
発売年:1974年
位置づけ:通算1作目。本曲はB面1曲目。
プロデューサー:ジョン・アンソニー
チャート:シングル「How Long」は全英20位・全米3位。
アルバムは75年5月にビルボード200で11位。

Aceのアルバム「Five-A-Side」とスタジアムの観客

 

 

Five a Side

曲を書いたのも、歌っているのも、ポール・キャラック。
後のスクイーズ「Tempted」、マイク+ザ・メカニックス。
あの声は、最初からあの声だったのですね。


「How Long」に近い、滑らかなグルーヴの一曲で。

ソウルフルと言うか、ここらへんがアメリカンロックと勘違いでした。

確かに、アメリカでヒットでしたが。

 

50年以上前のアルバムですが、ちゃんと聴くと、

やっぱりアメリカンロック(笑)
 

「Why」は、人生で何度繰り返す、過ちの呵責を歌にしている。

なんかロックぽくない。

このバンド、アルバムは3枚で70年代の短命だったのですね。

 

私はこう聴きました。
皆さまは、この曲をどう聴きましたか。

 

と云うことでおまけは同アルバムから「Why」とは正対となる曲ですね

 

Ace - The Real Feeling

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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The Cure - A Fragile Thing|21世紀新曲感想

ザ・キュアーの「A Fragile Thing」で、2024年、アルバム『Songs Of A Lost World(ソングス・オブ・ア・ロスト・ワールド)』からの曲ですね。

16年ぶりのアルバムのようです。

 

2年前のアルバム、お気に入りブログでも、取り上げていましたが、

私の方が、腑に落ちるまで、消化できるまで、時間がかかる。
最新は本、映画、音楽も、瞬時に咀嚼できないようで…

 

16年間の時間は、普通のバンドなら、再結成や懐メロ・ツアーで

終わっても不思議ではないが、
ロバート・スミスは、ザ・キュアーのまま、

今しか作れない音を持って帰ってきた。

 

このアルバムで、80年代前半、なんか、私の方が、昔を思い出す。
ニューウェーブ頃、東京生活も大学生活も順風満帆と行かず、
不安は日々で、それを倍増するような、キュアーの曲風。

 

このブログでも、キュアーは何度か上げているが、
暗い印象は変わらないのに、POPにもなれる。
その情緒不安定感が合っていた。

 

でも、懐メロではない。2024年の新曲。

静かなピアノで始まり、やがて太いベース、重いドラム、

霞のように広がるギターが重なっていく。

明るいとも暗いとも云い切れない。美しいのに、どこか落ち着かない。

まさしくザ・キュアーで、曲名を訳せば「壊れやすいもの」。

 

【アルバムリリース情報】
アルバム:Songs Of A Lost World
発売年:2024年11月1日(世界同時)
位置づけ:通算14作目のスタジオ・アルバム。前作『4:13 Dream』(2008年)以来16年ぶり。アルバムからの2枚目の先行シングルとして2024年10月9日配信。プロデュース/ミックスはロバート・スミス&ポール・コーケット。全英アルバムチャート1位(『Wish』1992年以来32年ぶり)。全米でも4位。

ザ・キュアー アルバム Songs Of A Lost World ジャケット

 

Songs Of A Lost World - The Cure

 

ロバート・スミス自身は、この曲について、

両立できない複数の要求のあいだで選択を迫られ、

正しい選択をしたはずなのに、後には後悔が残る、と説明。

人生では、どちらも選べない場合がある。そればっか!

 

仕事か、自由か、安定か。

自分らしく生きることか、誰かと一緒に生きることか。

 

どちらを選んでも、時間が解決してくれるとは限らない。

若い頃なら、まだやり直せると自分に納得させていたが…
今は、時間は有限だとは、これはハッキリした。

 

「A Fragile Thing」は人として運命の重さを知った人の歌に聴こえ。

ロバート・スミスの声も、昔と同じではない。

 

その少し震えるような声、かすれる声には、過ぎ去った年月が滲む。

若さを再現するのではなく、
年相応のロバート・スミスが歌うから、響く…と思う。

 

16年ぶりのアルバムは、イギリスで32年ぶりの1位。

ザ・キュアーが、今の音で、聴き手の心を動かした、たいしたものだと思った。

私の中では、売れたけど、キュアーは、

決して明るい前向きなバンドでなかった。

 

今も…かも。

 

私はこう聴きました。
皆さまは、この曲をどう聴きましたか。
 

と云うことでおまけも同アルバムからで

 

The Cure-Drone:Nodrone

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Sea Level - Living In a Dream|70年代回想曲

シー・レヴェルの「Living In a Dream(リヴィング・イン・ア・ドリーム)」で、
アルバムは78年『On the Edge(オン・ジ・エッジ)』ですね。

 

このブログでは、このバンドは初めて。

 

入口は、オールマン・ブラザーズのほう。

「Jessica」の、あの転がっていくピアノ。

このバンドのChuck Leavell:チャック・リーヴェルでした。

 

76年にオールマンがいったん解散して、チャックが、同じくオールマンの

ラマー・ウィリアムズ、ジェイモーらと始めたのがシー・レヴェル:Sea Level。

バンド名は、C. Leavell の語呂合わせなんですね。

 

で、今日の曲は、シー・レヴェルの曲、と言うと、どうもそうでもない。

 

もともとランドール・ブラムレットが、
76年のソロ『Light of the Night』で歌っていた曲。
しかも、そのアルバムにはすでにチャックが参加している。

その後、ブラムレット自身がシー・レヴェルに加入。
ソロ時代の曲を、今度はバンドで取り上げたわけですね。
人も曲も、前からつながっている。ややこしいな(笑)

 

アバウト言うか、おおらかと言うか、

でも、後年揉め事の原因であるよね。

 

 

【アルバムリリース情報】
アルバム:On the Edge
発売年:1978年(米国)
位置づけ:通算3作目。本曲はA面3曲目
プロデューサー:スチュワート・レヴィン
チャート:シングルは79年2月、Billboard Bubbling Under Hot 100で101位

 

On The Edge

 

音は、軽やか。ソフトなベースと、引き締まったドラム。
その上をエレクトリック・ピアノと二本のギターが滑っていく。
サックスも入る。
この時は、ドラムは元ウイングスのジョー・イングリッシュだったようです。

 

ちらっと聴いた事があるなは、前作1977年『Cats on the Coast』の方でした。

これ、今回初めて聴いたアルバムでした。

 

オールマンの最初の解散後、
グレッグ・オールマンとディッキー・ベッツはそれぞれの活動へ。
一方、チャックたちはシー・レヴェルだったのですね。

シー・レヴェルのアルバムを出し始めてから、

オールマン再結成で、お互い別の道だったようですが。

 

シー・レヴェルは、初期ジャム集団というより、ずいぶん整理されて、

熟練のミッション、オールマンの延長というか、同じ集団です(笑)

 

AOR風によっても、サザンロックでしょうはあるし、

その中で「Living In a Dream」はセンスよく聴こえる。

 

昔よく言ったアーバンなんちゃら風の曲になっている。
ランドール・ブラムレットの曲へのこだわりだったのか!

 

でも、チャートは101位。Hot 100のすぐ手前まで、ヒット曲、

という感じではない。やっぱりヒットするは、難しいのですね。

軽やかAOR風にしても。

 

アルバムはギターロックになっていて、

なんかオールマン・ブラザーズは2つに別れても根っこは同じ!

私はこう聴きました。
皆さまは、どう聴きましたか。
 

と云うことでおまけは、前作『Cats on the Coast』からで

 

Sea Level - That's Your Secret

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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もう秋なんですね!

午後、晴れた。8月から毎日、必ず雨が降ってますが、酷暑ではなくなりましたが、

災害は続きます。

この夏は、暑さと水害が続く…思っておりましたが。

 

ちと、近所のショピングセターに買い物に行ったら、

 

金木犀の香りが、もう秋なんですね。

 

 


New Order - This Time of Night|80年代回想曲

ニュー・オーダーの「This Time of Night(ディス・タイム・オブ・ナイト)」で、アルバムは85年『Low-Life(ロウ・ライフ)』ですね。

 

まあ、ニュー・ウェイヴなんで、オンタイムと言うか、

ロック観は70年代モノ半分、80年代モノ半分で、その80年代モノは

ほぼニュー・ウェイヴだもん(笑)

 

『ロウ・ライフ』は、かなりブログで上げているが、

何度か辛辣なことも書いてきた。
 

悪癖なのかよく判らんが、かなり好きなバンドには、愛憎が込み入る。

 

日本初公演の演奏がいかしかたないのは、今ならすんなり納得するが。
当時はこのスカシたリズムが流行って、ディスコからクラブへ変わる時期で、
英国の新しい音楽・曲に、流行りとして期待大だった。


おしゃれなデザイナーズに、黒いモノトーンのファッションに身を包み、
私もそうだった(笑)

 

社会人になったばかりで、ディスコから、クラブで遊び始める時期、
よくかかったニュー・オーダー。

 

【リリース情報】
■ 曲名:This Time of Night(ディス・タイム・オブ・ナイト)
■ アルバム:Low-Life(ロウ・ライフ)
■ リリース年:1985年5月(UK/Factory)
■ 日本盤:1985年5月

■ 位置づけ:通算3作目のスタジオ・アルバム。セルフ・プロデュース。

A面3曲目。本曲のシングルカットは無し。全英アルバム7位。

 

ロウ・ライフ

 

83年「Blue Monday」で、
ニュー・オーダーはすでにダンスでも知られる存在になっていた。
 

でも、「This Time of Night」は、明るく踊らせる曲ではない。

リズムは前へ進む、歌っているほうは、どこにも進めない。
そんな感じ。

 

スティーヴン・モリスが後年、スタジオに入った時点では、
この曲は「あいまいなアイデア」だった、と語っていたそうです。

 

ニュー・オーダーの曲は、悲しいのか、怒っているのか、
境目がはっきりしない…と、当時。

その曖昧さと不思議さのテクノバンドだと思っていた。

 

この頃も、まだジョイ・ディヴィジョンから
抜けきっていなかった、かも。

 

その中で、『Low-Life』は、ロック・バンドで、
ギター、ベース、ドラム、シンセ、シーケンサー。
人と機械を、どちらも捨てずに載せた!?

 

全英7位。アメリカでもチャートに乗った。
Factoryでありながら、
クインシー・ジョーンズのQwestレーベルから米盤も出した。

売れないバンドではない。


83年『権力の美学』、85年『ロウ・ライフ』、86年『ブラザーフッド』あたりが、
意気込みを感じられ、いちばん聴いたし、濃いかなと。

 

「This Time of Night(ディス・タイム・オブ・ナイト)」は、
派手な代表曲ではないけれど、
ニュー・オーダーというバンドの本質が!見えてくる曲。
 

私はこう聴きました。
皆さまは、この曲をどう聴きましたか。

 

と云うことでおまけは同アルバムから、これも好きな曲で

 

New Order - Sunrise

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Jerry Garcia - Sugaree|70年代回想曲

ジェリー・ガルシアの「Sugaree(シュガリー)」で、
アルバムは72年『Garcia(ガルシア)』ですね。

 

グレイトフル・デッドの曲だと思って聴いている人も多いと思う。
小生も、長いあいだ、そう区別と言うか、判らんかった。

 

70年代デッドは日本では人気がないほうだったと思う。
この時期に聴いていた方はかなりロック通。

 

存在は、70年代後半高校生の頃、サイケは好きになって、

デッドは知ったがバンド名ぐらいで、ようわからん、

カントリー・ロックなのか!?ぐらい。

 

当時、洋楽情報でも、あまり目にしなかったか、感じなかった。

 

79年上京して、東京の友達ができると、輸入盤を聴いてる奴とか、

UKRockの流れでロックを聴いていない、アメリカンロックを主にしてる奴の

つきあいで、グレイトフル・デッドが認識できた、正直なところ。
それはフランク・ザッパも同様だった。

 

本格的に聴いたのは90年代前半、もうロック熱が醒めた30代で、

仕事でドキュメンタリー映画に関わることになって。
77年作品『Grateful Dead Movie』。本邦初公開の時、仕事として聴いた。
 

当時はあえて言えば、ピーンと来なかった。カントリー??? 

ほんわかなロック?

 

で、今日はグレイトフル・デッド名義ではない。
創始メンバー、ジェリー・ガルシアのソロ1stです。「Sugaree」は、その3曲目。

 

アルバムリリース情報

アルバム:Garcia
発売年:1972年1月(米国/Warner Bros.、BS 2582)
位置づけ:ジェリー・ガルシア初のソロ・アルバム。ドラムはグレイトフル・デッドのビル・クルーツマン、ほかはガルシア自身がギター、ベース、キーボードまで多重録音。作詞はロバート・ハンター。本曲はA面3曲目。シングル「Sugaree / Eep Hour」は1972年4月、Billboard Hot 100で94位。アルバムは全米35位。収録曲のうち6曲が、のちにグレイトフル・デッドのレパートリーになった。

 

Garcia (50th Anniversary Edition) [Gold Nugget] [Analog]

 

 当時、私の部下は皆優秀で、この時点で

「曲・歌はみんなの物としているバンド、文化は共有物」と解説してくれた。
このバンドは、ライブで録音に規制をかけず、流通しても、

それを活かしていたと。その時は海賊盤を認めていたのかと思ったが。

 

今の配信時代を顧みると、60年代からそれを実行して、ライブの集客へつなげ、

ライブで観るバンドのグレイトフル・デッドとなった。
さらにレコード会社へはマスターテープはバンドの権利を獲得していたようです。

 

なるほど、ほんわかでなく、音楽を生で聴かせるバンドだったのですね。
やっと、60才超えて、判った(笑)

 

 

この曲、グレイトフル・デッドの曲、でもありますので、ややこしいな!
出発点は、こっちですね。

 

ソロ・アルバムといっても、ガルシアとクルーツマン。
あとはガルシアが重ねていく。音は、意外なほど素朴。

ゆっくりしたリズム。
ところが、ギターが少しずつ身体に入ってくる。

 

タイトルだけ見ると、甘い女性の名前みたいにも聴こえる「Sugaree」。

ロバート・ハンターの詞は、そんな単純なものではないらしい。

当初の題名は「Stingaree」。エイの一種だという。

「俺の名前を出すな」という歌。
逃走して、追っ手に、つきあいのあった女性に願ってる歌のようで(笑)
 

ハンターは、若い頃に危ない連中とまじわり時分の言葉が、

この歌につながっていると。

 

面白いのは、ソロ・アルバムの発売より前に、

デッドがもう演奏しているようです。
1971年7月31日、Yale Bowl。デッドでの初演とされている。

 

つまり最初から、ガルシアとグレイトフル・デッドのあいだを往来していた曲。

 

スタジオは約6分。ライブになると、そこから曲が伸びていく。

同じ曲なのに、演奏するたびに景色が変わる。
これこそデッドではあるが。

 

ここらへんが当時の日本では全く気がつかんところ、アルバムでは。
そこを即興重ねるバンドとは、気がつかんし、判らんかった、

まあ私の場合ですが。

 

私はこう聴きました。
皆さまは、この曲をどう聴きましたか。

 

と云うことでおまけは同アルバムから、これもデッドのレパートリーになった曲で

 

Jerry Garcia - Bird Song

 

今日も読んでいただき、ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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