【15年「騙されるな」を続けたワケ 第6部】【再編集2026】
前回は1974年、中2・14歳でのクイーンとの出会い、初期3部作の刷り込みまでを書いた。
今回はその続き。正直に書くと、ここからクイーンと小生の距離は、開いていく話になる(笑)
■『オペラ座の夜』―ボヘミアン・ラプソディという変調の嵐
1975年、4作目『オペラ座の夜』。「ボヘミアン・ラプソディ」の衝撃は認める。ロックは何でもできるとも思った。
ハードロック寄りになっていた高1になると、変調の嵐、オペラ、コーラスの洪水……となると、パープルやツェッペリンの方が、なんか凄い、カッコイイに、男の子はそういうのが多かった。
ごたぶんにもれず、そういう少年だった。ロック友でも、ハードロック、プログレの話で盛り上がる。
レコードの貸し借りで、クイーンは女の子とした記憶があるが、小生が借りた。
パープルを貸したと思うのだが、何分50年前の話(笑)
でも、そのあとレコードは買ったけど、パープルやツェッペリンのように母に怒られた記憶ないから、正直、あんまり、ステレオにかけなかったアルバムだった。
その苦手意識が、氷解して、評を書けたのは、2025年10月24日(金)Queen - The Prophet's Song ついこないだのブログだもん(笑)
■ 女の子人気のバンドへ
1975年初来日あたりから、日本でのクイーン人気は爆発する。ミュージックライフの表紙とTVの影響。
いちおうプロモが仕事だったので今なら、メディアミックス、やらせとは言いたくないけど、レコード会社・TV・雑誌・プロモーターは合体して、時流に乗った。
もちろん、その流れを創る、動かせるクイーンが凄いのだが。
でも、当時の純粋ロック少年としては複雑だった、俺が中2で見つけた「イギリスの新しいバンド」が、女子の話題になっていると(笑)
高校に入った小生は、ロックに邁進、後追いでパープル、ツェッペリン、サバス、そしてプログレ、ロキシーミュージック、他たくさんのUK・USのバンドが目白押し。
クイーンはビートルズを継ぐイギリスのバンド、とのリンゴ・スターのコメントを信じていたが、クイーン以外に聴きたい、アルバムを買いたいバンドはたくさんあった。
■ パンクの嵐、そして『ジャズ』の「ムスターファ」
1977年、パンクが来る。セックス・ピストルズはごたぶんにもれず、ぶっ飛んだ。これは覚えている。週一回の音楽クラブ活動に『勝手にしやがれ』を持ち込み、これが新しいロックと息巻いた。
17歳の小生もパンクそしてニュー・ウェイヴへ傾いていく。
そんな中でクイーンはアルバム『ジャズ』(1978)、ジャズはアメリカの黒人音楽なのに1曲目が「ムスターファ」。
中東風ワールドミュージック?! なんだこれ(笑)
クイーンは器用に何でもやれるバンド、ビートルズと同様な進化なんだろうが、ロック自体が流れで、又大きく変化・革新を求めていた時期と重なり、小生の聴く優先順位からは下がっていった。
■ 80年代、テクノPOP化への「なんだかな」
80年代。『ザ・ゲーム』のディスコ路線、『ホット・スペース』のファンク・テクノPOP化。
MTVの時代、「Radio Ga Ga」は、小生も同様にラジオで音楽を覚えたので郷愁で同感であったが、UKRock多様化としてとらえていて、新しさではなかった。
が、ボウイとの「Under Pressure」と、この頃UKRockが頂点だったと思う85年ライブエイド・ロンドン公演のクイーンは別格として映り、俺が中2で見つけた「イギリスの新しいバンド」は本物だと思った。
が、もうメインで聴くロックバンドではなかったのは事実だった。
■ 1986年、映画館での再会 ―『ハイランダー 悪魔の戦士』
そして1986年。映画『ハイランダー 悪魔の戦士』。出演クリストファー・ランバート、ショーン・コネリー。
この手の映画が好きだった事もあるが、80年代、MTVのミュージックビデオで名を上げたラッセル・マルケイ監督のカメラワークに興味をもっていて観に行くと。
この映画の音楽がクイーンだった。アルバム『A Kind of Magic』(1986)から、「Who Wants to Live Forever」「Princes Of The Universe」等が使われて、サントラだけのアルバムは無かったのですね。
現代から過去へパーンして時代が変わる、あの映像転換が大好きで、そこにクイーンの音楽が完璧にハマっていた。
そこで、14才の時初めて聴いた1stと同様な感激、感動が体に流れた。
ああ、クイーンはやっぱり凄いバンドだった。
テクノPOPや時流と合わせたのではないと理解しているが、周りの変化も急激で、
埋没感があったバンドが、映画一本で帰ってきた。
ロック少年の意地で距離を置いていただけで、本当は、ずっと好きだったかも(笑)
因みに『フラッシュ・ゴードン』(1981)では、感動はありませんでした。こんなサントラをやるんだと思いました(笑)
86年頃、小生は新宿二丁目で夜遊びのピーク(ノンケだが)
当時、「有名なロッカーが来るらしい」という話があった。
誰とは具体的でなかった。後年知ることになる。フレディ・マーキュリーだった。
ただ小生が常連だったのは「九州男」のような有名店でなく、近所の静かなカフェバー。
ニアミスしていたかも。「九州男」行けば良かったと悔やんでいる。
だって2年間ほぼ寝ないで、朝方まで過ごし、肺炎になって強制入院で、危篤状態になるまで、遊んだ(笑)
次回・最終回「クイーン(Queen)への思い・3」は、悲しみのフレディの死、そして映画『ボヘミアン・ラプソディ』。
同い歳の奥方もクイーン? の話で締めます。
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と云うことでおまけは『ハイランダー』からで
Queen - Princes Of The Universe
4100頁、15年の熱量を、今の視点で削り出す。
ロック前
ロックはここから始まった
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