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15年「騙されるな」を続けたワケ 第4部 Deep Purpleへの思い

AIを使ってまでデータ化したブログは英国偏重がバレてしまった(笑)。

で、その英国勢の頂点に立つのがディープ・パープルだ。全4066記事を通して、登場回数なんと58回。堂々の第1位。

76年高1から聴きだして、中学から聴いていたビートルズや、ストーンズ、クイーン、バドカン、フリー、スージー・クアトロより、ディープ・パープルの方が、10代は夢中になった。

 

なぜか?

■ 16歳の衝撃 ── すべては「Black Night」から

 

高1、新入生の最初のクラス会。自己紹介で小生は「ビートルズが好きです、ロックが好きです」と言った。そうしたら、名前順の席次、S君が「ビートルズは子供の音楽、俺はハードロックが好き、ディープ・パープルが」と来た。

 

俺の好きな音楽が、子供の音楽??頭にきた。喧嘩はしないが、なんだこいつ、と。そいつはバンドをやっていて、(高1と思った)リッチー知らないの、『銀嶺の覇者』(1975)とか、当時、登山に夢中で、なんか山岳関係の音楽???

 

その放課後、入ったばかりの登山部、(登山部のくせになぜかロック好きの集まり(笑))

 

自己紹介の一件を先輩に話したら、『24 Carat Purple』(1975)を出してきて「聴いてみな」と。「銀嶺の覇者」はリッチー・ブラックモアだよと。この登山部で、ハードロックとプログレを教わり、レコードを借りた。今の小生のロックの母体だった。

 

『24 Carat Purple』。中学までは、ハードロックはお兄さんが聴く音楽と思っていた。バドカンより「Black Night」の迫力にビックリ、そこから、ほどなく夢中になっていた。

 

■ 心をかっさらわれた ── 『Machine Head』と『Live in Japan』

最初に自分のものとして買ったハードロックのアルバムが『Machine Head』だ。ライブ盤『Live in Japan』を借りたが、スタジオ盤と違い、生々しさに、これも心をかっさらわれた。これも買った。少ない小遣いをためて買ったレコードを、大音量で聴く。

 

母親に「出ていけ」とよく怒られた(苦笑)。その母は52才で亡くなるのだが、『Machine Head』と『Live in Japan』は母を思い出すアルバム。

 

今65才、母は人生を楽しんだのかと、ほろ苦い気持ちになるアルバムになった。

■ ツェッペリン派か、パープル派か ── 第2期派の矜持

 

70年代の高校のロック少年といえば、レッド・ツェッペリン派か、ディープ・パープル派か。

小生は迷わず「パープル、それも第2期派」と公言していた。

 

でも、音楽的に今も感動するのはレッド・ツェッペリン(笑)凄いね! 本音はZEPはビートルズと同等。

 

ディープ・パープルの「Child In Time」「Black Night」「Lazy」「Space Truckin'」でハードロックの鍛錬をした。ハードロックの土台を作った。

 

ここがベースになって、オンタイムでのレインボー、ホワイトスネイク、メタル前のジューダス・プリーストを聴きだしても、

けっこうえらそうに「聴かせてもらおうか、新しいハードロックの性能とやらを」の気分だった(笑)

 

■ 実は隠れ第3期派? ── 『Burn(紫の炎)』の刷り込み

ところが、自称・第2期派と言いながら、ディープ・パープルで一番聴いたのは

『Burn(紫の炎)』(1974)だったりして、隠れ第3期派!?(笑)

 

何も考えずにいると、頭の中に流れてくるハードロックは、ほぼ「BURN」。

相当、刷り込まれている。これはもう、信仰。

 

スタジオ盤の「Burn」は最初「演歌みたいで変だな」と思っていたが、ライブ盤『Made in Europe』の「Mistreated」を聴いたら、「本当に演歌だ!」と。

 

デヴィッド・カヴァデールも侮りがたし。ギランなのに浮気した気分のパープル・ファンになった。昔は演歌調と思ったのは、ブログして、ソウルフルというらしいと知った(笑)

 

■ 第4期と先輩の呪い ── トミー・ボーリンへの再評価

 

オンタイムの小生は、第4期=トミー・ボーリン期は、先輩の「トミー・ボーリン批判」を真に受けて、当時はその風潮があった。先輩は70年代ディープ・パープルの最後の日本公演にいって、トミー・ボーリンにがっかりしてしまい、それは生の話として、信用するし、早く東京でライブを見たいと羨ましさになった。

 

で、そのままリッチーのレインボーへまっしぐら。

 

後年、ちゃんと聴き直してみたら、「なんだ、悪くない。むしろカッコいいじゃないか」と素直に認めることになった。お気に入りブログの皆さまも『Come Taste the Band』(1975)を評価していることを知ったこと、パープル加入前のソロとバンド時代のトミー・ボーリンの素晴らしい曲をいくつも見つけ、長年の偏見はなくなった。

■ しっぺ返し ── リッチーがいなかった来日公演

 

1993年、『The Battle Rages On』ツアー。小生はお世話になっていた方がリッチーのファンと知って、リッチー目当てでチケットを取った。小生は第2期派、リッチーのギター目当てと、その方に調子を合わせて。

会場に着いて席に座る。すると置いてあったのは ── リッチー脱退を告げるチラシ、一枚きり。本人、もういない(笑)。代役はジョー・サトリアーニだという。

 

これには、恥ずかしいやら、自分の責任でないけど、主催者の安易な告知に呆れ、その方としらけたライブを聴いたのでなく、見ただけは、強烈に覚えている。

 

考えてみれば、このバンドの本筋は、リッチーとギラン、二人に振り回され続けた歴史。ギランをクビにし、ジョー・リン・ターナーを入れ、また呼び戻し、ようやく『The Battle Rages On』を作ったと思ったら、ツアーの途中で出ていった。

 

後日、この日本公演は、ジョー・サトリアーニは、東京の空港でメンバーと初めて顔を合わせ、リハーサルはたった一回。来日公演をやり切ったとの話を知ったが、それはどうでもいい事。只、サトリアーニは優秀なミュージシャンなんだと思うだけだった。

 

 

まあ、そう言いながら、2018年公演は後輩に誘われていったが、だって、The Long Goodbye tourだったはず(笑)

 

■ でも、パープル!

 

16歳の衝撃、母親の怒鳴り声、派閥論争、隠れ第3期派の告白、先輩の話のすり込みと解毒 ── 58回ぶんの「思い」が、ここにある。

 

今は、懐かしさの音楽、これがいいんだか、悪いんだか、判らない。

ただ、ストーンズやポール・マッカートニーは新作をだす。

現役感は、こんなところかなと、思う。

 

もちろんパープルの新作はアルバム『SPLAT!』が7月リリースされるのだが…

これ以上書くと批判になりそうなんで止めます(笑)

 

好きなバンドは愛憎あり!

 

パープルは70年代のままかもしれない! 小生の場合は!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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15年「騙されるな」を続けたワケ 第3部なんだかんだと言っても?UKRockブログだった!

「騙されるな」と反原発ブログで、カウンターカルチャーのロックを上げて、もの申すブログのつもりであったが、

気づけば、小生の音楽歴の時代の思い出の、音楽ブログだったような15年間、これもほんとかも(笑)

——そして16年目にして、AIに全ブログ記事を調べさせ、2011年から2025年までをデータ化できた。

 

昨年末あたりから、独学でAIをやり始めて、ChatGPT、ジェミニ、クロード、genspark、Grokの5AIとSHIFTAIなるネット学習にも入った、全て有料・ボンビーなのに、離婚のクライシス!(笑)

 

そして、4066記事データ化(4100と表示は嘘ではありません・26年分はデータ化していない)成功しました。

やく3週間かかりました。これ、人では年単位とかかると思う。依頼したら、数万で済む仕事でない。

 

データは記事的S・A・B三段階評価(AI・クロード)音楽情報と当時社会情報で判断しているみたい、そして再編集の要因仕分けで、再編集化・英語化・note向き・書籍化になっている。

ここらへんは参謀役ChatGPTと相談しながら。

 

で、今日、見ていただきたいのは!

 

70年代からロックはUK、ブリティッシュロックをメインで聴いてきた者だが、

ブログでは、かなり無理して、少ない知識(聴き込みが少ない)アメリカンロックをメインで書いてきたような思い、ファンクも好きだし、ソウルも素晴らしい音楽との思いもあり、アメリカや日本の曲をたくさんUPしている思いがあった。

全方位な音楽ブログ、を書いてきた自負があったと思っていたが…

 

まずミュージシャン順位が

1位 Deep Purple 58記事 

2位 The Beatles 52記事

3位 The Rolling Stones 46記事 

4位 Led Zeppelin 44記事 

5位 The Who 37記事 

6位 Neil Young 34記事 

7位 U2 33記事 

8位 Pink Floyd 32記事 

9位 The Clash 31記事 

10位 Queen 29記事 

11位 Black Sabbath 27記事 

12位 Paul McCartney 27記事 

13位 John Lennon 24記事 

14位 The Doors 23記事 

15位 Metallica 22記事 

16位 The Police 21記事 

17位 David Bowie 21記事 

18位 Uriah Heep 20記事 

19位 Eric Clapton 20記事 

20位 AC/DC 20記事 

21位 Fleetwood Mac 19記事 

22位 KISS 19記事 

23位 Lynyrd Skynyrd 18記事 

24位 George Harrison 17記事 

25位 Guns N' Roses 17記事 

26位 Nirvana 17記事 

27位 Rainbow 17記事 

28位 Van Halen 16記事 

29位 Bob Marley & The Wailers 15記事 

30位 Billy Idol 14記事

(同数記事順位は評価ランク数(AI判定)で順位を決めている。クロードが)

 

で、13位まで、6位ニール・ヤング(カナダ)7位U2(アイルランド・初期UKモノと思っていた)を除き、みんなUK(笑)

 

そうだよね、70年代、これを聴いていたんだもん(笑)

 

自称ディープ・パープルⅡ期派は嘘でなかった!ほっとした(笑)

 

 

17位デヴィッド・ボウイと19位クラプトンがメタリカより下というのはマズイのではないの?

 

まあ、理由はある、スラッシュメタルの登場で、80年代当時ロックが嫌いになり、UKのPOP・ダンスミュージックがメインになった。POPロック的ハードロックではボン・ジョヴィ、ガンズは聴いていたが。

 

ブログしてから、本格的にメタリカは聴きだした。サマーソニック2013にも行った。やっとメロディ追いができるようになった。メガデスも。まあスレイヤー・アンスラックスまでは、聴かなくても良いでしょう、もう66才だし(笑)

 

15年、1,270ミュージシャン

登場ミュージシャン数は、のべ1,270組。重複を整理しても1,200以上。

音楽ソフトRoonで2020年から6年間聴いているミュージシャン数は約3,600組。

ジャズ、フュージョン、クラシック、アンビエント、ワールドミュージックもあるから、

ロック・POPはブログに書いてきたのは、そのうちの約3分の1。妥当な数字だろうと思うことにした(笑)

 

上位200組の国別

 

英国系 98件(約49%)アメリカ 64件(約32%)

日本12件、ジャマイカ6件、アイルランド4件と続く。 ドイツ3件(Scorpions・Alphaville・Propaganda)、カナダ2件(Neil Young・Joni Mitchell)、

オーストラリア1件(AC/DC)、スウェーデン(ABBA)・ギリシャ(Vangelis)・

フランス(Daft Punk)が各1件。

 

これは上位200組の話で、全データ4066件まで広げると、オランダ勢(Shocking Blue・Focus・Golden Earring)、フランス勢(ミッシェル・ポルナレフ、ジャン=ミッシェル・ジャール)、オーストラリア勢(INXS、Men at Work、Midnight Oil、Crowded Houseとオリビア・ニュートン=ジョン英出。ビー・ジーズも)カナダも増えると思う。

 

 

改めて、今気がついたこと

 

私は、POPロックの完成形はビートルズ、70年代スティービー・ワンダー、

スティーリー・ダン、フリートウッド・マックと思っている。今も!

 

でも、フリートウッド・マック(ピーター・グリーン期入れて)21位・19記事

スティーリー・ダン55位・10記事、スティービーは133位・6記事でした。

 

音楽認識とブログ記事にズレがある、その時・時期に思い浮かぶ曲を書いていたのだと再確認しました。

 

反原発やマスコミ批判なりで共鳴した曲を上げていた。UKRockがメインのブログだったようです。カウンターカルチャー・ソングの生地・アメリカより、UKモノを上げていた。

 

勝手なイメージは自身が創ってるモノにもあるのですね、自分だからこそ、勘ちがいに、

客観的データが出るまで気がつかない。人って恐ろしいですね。先入観、怖!

 

このブログ、洋楽大全でなく、いたって個人的なブログだったとの証のデータ結果でした。

そりゃそうだ!!

 

 

と云うことでこのブログでは122位バンドの曲で!

当時はここで周りのロック友は、パンクとニュー・ウェイヴ系、 ハードロック指向のバンド系に別れました。

両方すきだったけど!私は。 ド定番で!

 

Sex Pistols - Anarchy In The UK

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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15年「騙されるな」を続けたワケ 第2部 たぶん年相応、介護と終わり 

この15年、自分の体調と家族の体調、そして父の介護、終わりがあった。

なぜ、ブログを続けられたか、ここにも、意味ある? 定めだったかもと思いある。

 

 

ブログを2011年始めて、自分に劣化があった2015年、55才で心筋梗塞。

 

 

さらに、2017年の師走、私は東京の病院のベッドにいた。急性胆嚢炎。みぞおちの激痛で、消化器系の救急搬送。当家の禁断の得意技。心臓系と消化器系で、これまで二度ほど使った。使わなかったら、デッドだった。

 

 

ブログには病名を書かなかった。「とりあえず、生きてます(笑)」とだけ。息子に頼んでポケットWi-Fiを病室に引き込み、

スポティファイを聴き、私は「入院中に聴くロック」をUP続けた。

一日中寝ていて腰が痛い、なんてことを書きながら。

 

最初に上げたのは、CSNYの 「Ohio」。静かめだけど、しっかりカウンターカルチャー。

翌日はNirvana 「You Know You're Right」、ビートルズ 「Paperback Writer」

ストーンズ 「Let's Spend The Night Together」……

病室で聴くロックは、しみわたり、音が違って聴こえた。

 

その同じ病院に、父が運ばれてきた。茨城の実家で、右足が腫れ上がっていた。蜂窩織炎。

看護師さんの好意と、奥方の機転で、田舎から私と同じ病院へ転院できたのだ。

父と息子が、同じ建物の別の階で、同時に入院していた。

 

このことを、私はブログに一行も書かなかった。なぜか。

 

たぶん、書けなかった。 いま思えば、ここが、私の介護の発火点だった。

私は年末に退院した。父は年が明けて、1月10日に退院した。

 

私はブログにこう書いている。「病後養生終わり、仕事復帰、そして父の介護始まり」。七年間ほぼ毎日続けてきた更新が、これから難しくなる、とも。

 

父は、東京のマンションで私たちと同居することになった。。すべてがうまく回り始めたような気がしていた。

 

 

 

ところが、2018年5月。今度は奥方が倒れた。非結核性抗酸菌症。入院。

私はブログの末尾に、こう書いた。

「奥方が入院。これで父・私・妻・息子・娘、家族五人が、この大学病院のお世話になりました。かなり凹んでおります」。

 

私には茶化しの座右の銘がある。「道は長く険しいものと知れ」。──だが、このときばかりは書き換えた。

「道は短く険しいものと知れ」。人生は限定有限だと、思い知らされた。

 

 

奥方が入院していては、東京で父の在宅介護は続けられない。父を、茨城の実家へ戻す決断をした。ここから、東京と茨城を往復する、六年の遠距離介護が始まる。

田舎で、介護認定をやり直した。そして、週のローテーションを組んだ。

 私が週に1回、妹が1回、介護ヘルプが3回、近所の方・町内に制度があった・2回の週ローテで、父の田舎暮らしを支えた。これが、六年続いた。

 

その間、私自身もへばっていて、2023年、酷暑の中、持病の検査が週一で11月まで続いた。

結局は、心筋梗塞予防治療、五本目のステント。担当医は「今回も運が良かった」と言った。

 

 

2024年6月。父の調子が悪く、歩けなくなった。七年前の蜂窩織炎の影響だという。 病院の予約が取れず、途方に暮れて ── 

当家の禁断の得意技、救急搬送。

 

茨城県南の総合病院。点滴のあと、担当が脳外科に変わっていて、ビビった。慢性硬膜下血腫。頭に血が溜まっていた。

絶句、皮膚病と思っていた浅学の小生の行き当たりばったり人生がまた出た。と落ち込み。
 

父は退院し、介護老人保健施設に入った。

施設に面会に行けば、「なんできた? 帰れ(夕食の時間だ)」と追い返される。

 

そして、気づいてしまった。 施設の方に「何年、入所するのですか?」聴いた時、「1年程」との答えが意味するもの。

1年程で、なくなりますよ、という暗黙の返答。

 

亡くなれば、契約通り翌日には引き取り。

現代の看取りなのだと、60代の息子として、私はただ、静かにウケるしかなかった。

 

昨年の5月、父を見送った。

還暦を過ぎてからの、父の介護と死。

悲しみと相続手続きの作業のなかで、音楽と家族はいつもそばにいる。救われる。

あれから、一年が経つ。

 

2011年、震災と原発事故への怒りから、「騙されるな!」と、このブログを立ち上げた。

持病と親の介護と死という、いたって「個人の現実」そして「誰にでもある現実」に直面して、

社会への怒りもマイルドになったと思いもある。

 

ブログ、16年目へ。

 

父を見送って、身体は相変わらず、満身創痍だが、それでも音楽と家族には救われる。そして、皆様のブログにも。

 

── とりあえず、生きてますので、ブログを続けたい(笑)

 

という事で、大好きな悲しい曲で、寂しい曲かな

 

Queen - All Dead, All Dead 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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15年「騙されるな」を続けたワケ 第1部 カウンターカルチャーソング

2011年5月28日 知的な感性のギターリストDavid Gilmourの記事で始まったブログも15年。

16年目に突入、いやはや、こんなに続くとは。

アキラのバイク、ネオ・トーキョーの夜景

(アキラの金田 のつもり 今も(笑))

 

まあ、15年もやると見えてくるものがある。決して、知的じゃありません、

デヴィッド・ギルモア。

奥さんの尻に敷かれ、ロジャー・ウォーターズと決裂しているようだし。

ギルモア、ミュージシャン同士の関係に奥さんを参入させたら、あかんと思う。

 

まあ、再結成ピンク・フロイドに、望みなんてしてませんが。

昔のレベル、もうできんでしょう。

 

キング・クリムゾンのような演奏会は、私の趣味にあわない。ロックでない。

頭の中には、70年代の最高のアルバムが刷り込まれている。

 

16年目にして、ロック批判(笑)

 

そんな事はありません! ピンク・フロイド、キング・クリムゾンも、

かつて、これ以上の音楽・ロックはあるのだろうか! と70年代、ロック少年は、

心酔した音楽です。

 

ただ、時の移ろいを感じ、いまだに、50年前の音楽・音源にこだわる、己に驚きます(笑)

 

そもそも、旧題名「騙されるな! ロックを聴いていれば全てお見通し」を2025年まで掲げ、

 

このブログは、反原発ブログとして、ロックを引用して、意味は既得権益が、

マスメディア(マスゴミ)を上手に使って、都合の悪いことを誤魔化していく事に、もの申し。

 

それに対抗するため、こちら側の問題として、「騙されるな」という言葉を使った。

 

ロックが1960年代から、手を替え品を替え、ずっと唄ってきた主題だったと信じている。

たとえ産業ロックとか、商業主義とか言われようと、もの申す音楽だと!

 

でも、皆様の方が、お気に入りブログを拝見していると、情報リテラシー・見識含め、私より深いと思う。

 

で、今は、ブログ名も、【騙されるな、ロックを聴いていれば、だいたい人生は見えてくるかも】

に1月から、変えました。

 

51才で始めて、今年66才なんで、少し分別ある大人になりたい気持ちがあったかも(笑)

 

で、AIを使って、4100頁のデータ化は成功しました。ミュージシャン特集・英語版・note掲載等考えています。

 

このブログのテーマ曲は2つ。

フーの「Won't Get Fooled Again」の最後の歌詞 "新しいボスも昔のボスと同じ"

——立場や看板が入れ替わっても支配の構造は変わらない。

 

ピンク・フロイドの「Comfortably Numb」東西冷戦が無くなった90年代以降、日本は麻痺させられた状態——アメリカに!

と思っていましたが。

 

反原発へ短いコメント、原詩の内容でなく、己も思いのブログ含めて、これまでの記事から、

AIが上げてきた曲に、びっくり、こんなにこだわっていたのですね。

 

【2011年:東日本大震災・原発事故直後の怒りと不安】

  • U2 - New Year's Day
  • The Clash - Rock the Casbah
  • Playing for Change - War / No More Trouble
  • Supertramp - Better Days
  • 忌野清志郎 - Love Me Tender
  • 忌野清志郎 - SUMMER TIME BLUES
  • Deep Purple - Mistreated
  • Jimmy Cliff - The Harder They Come
  • Metallica - Blackened
  • Bob Marley & The Wailers - Get Up Stand Up
  • Neil Young - Helpless
  • Tears For Fears - SHOUT
  • Kraftwerk - Radioactivity
  • Bruce Springsteen - Born to Run
  • Bob Marley & The Wailers - Exodus
  • Third World - 96 Degrees in the Shade
  • RCサクセション - スローバラード
  • a-ha - Take On Me
  • Bob Marley & The Wailers - Redemption Song
  • Pink Floyd - Wish You Were Here
  • Pink Floyd - Comfortably Numb
  • The WHo-Won't Get Fooled Again

【2012年:原発反対デモへの参加など】

  • ザ・タイマーズ - メルトダウン
  • ザ・タイマーズ - 原発音頭
  • Echo & The Bunnymen - The Killing Moon
  • 佐野元春 - 警告どおり 計画どおり
  • Black Sabbath - Electric Funeral
  • Playing For Change - Dark Was The Night
  • The Clash - Remote control
  • Bob Marley & The Wailers - Them Belly Full (But We Hungry)
  • U2 - Out Of Control
  • Mute Beat - After the Rain
  • Eric Clapton - Let It Grow
  • Zepparella - When the Levee Breaks
  • The Police - Spirits In The Material World
  • Peter Gabriel - Games without frontiers
  • Led Zeppelin - When the Levee Breaks
  • Peter Tosh - Not Gonna Give It Up
  • John Lennon - Remember
  • The Police - Bring On The Night
  • Jefferson Starship - Jane
  • Lisa Gerrard - Now We Are Free
  • Budgie - Breadfan

【2013年以降:原発再稼働への怒りや、反原発ブログとしての原点回顧】

  • Jefferson Airplane - Wooden Ships
  • Emerson, Lake & Palmer - Lucky Man
  • Bob Marley & The Wailers - Iron Lion Zion
  • RCサクセション - 雨あがりの夜空に
  • Rage Against The Machine - Know Your Enemy
  • Metallica - Welcome home (Sanitarium)
  • 井上陽水 - 傘がない
  • THE BLUE HEARTS - チェルノブイリ
  • Neil Young - My My, Hey Hey (Out Of The Blue)
  • Metallica - One
  • Aswad - Concrete Slaveship
  • Bob Marley & The Wailers - Redemption Song
  • Creedence Clearwater Revival - Effigy
  • Barclay James Harvest - Child Of The Universe

これからも、もの申す、ロックを上げていきたい。

 

と云うことで、今日は、この中から、大好きな曲で若い時、こんなデートができれば、

少しは楽しかったかも。ぜんぜんもてなかった。まあ結婚はできたけど(笑)

 

RCサクセション - スローバラード

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Ramones‐I Wanna Live|80年代回想 ラモーンズの意地

ラモーンズの「I Wanna Live(アイ・ウォナ・リヴ)」で、アルバムは1987年の『Halfway To Sanity(ハーフウェイ・トゥ・サニティ)』ですね。

 

昨日、家に帰ると、奥方、親類の女性陣を呼んで、盛り上がっていた。

「嵐のラストライブ」配信で。小生の音楽ソフトRoon用ノートPCを、息子がライブ配信画面をTVに接続して、観るようにしたらしい。キッス・NYライブ2023の時やってくれよ!と思いましたが。

 

嵐のラストライブ映像、TV画面

女性陣盛り上がりで、そんな事言えない(笑)嵐、最後だったのですね。

 

 

で、80年代後半、「I Wanna Live」生きたいと、これをラモーンズがやると、意味ある。

バンドのメンバー皆同じ、ラモーンは付けているが、デビューからメンバーが入れ替わりもあり、10年以上たった80年代後半、創始のボーカル、ジョーイ・ラモーン、メンバー同士はけしてフレンドリーな関係でなかったとか。それでも、同じトーンの曲風、ソロギターなし、ダウン・ピッキング、スピード感、それで「生きたい」と唄った。

 

アルバムリリース情報 

アルバムタイトル:Halfway to Sanity 

初版(US/UK等)発売年:1987年 

 位置づけ:通算10作目のスタジオ・アルバム。ドラマーのリッチ・ラモーンの最後の作品。

ハードコア・パンクに接近したスピード感と、エッジの効いたギターサウンドが際立つと思う。

 ―――――――――――

ラモーンズ Halfway To Sanity アルバムジャケット

 

Halfway to Sanity

 

メンバー間の確執やプレッシャーがあった時期のアルバム。ベーシストのディー・ディー・ラモーンがコンポーザー、荒れた生活を抱えながらも「I Wanna Live」作って、ジョーイ・ラモーンが唄い、生きることへの執着と絶望、バンドの状態を重ね合わせた。

 

ラモーンズは70年代の初期3作「Blitzkrieg Bop」「Judy Is a Punk」「Sheena Is a Punk Rocker」の若さとパワーの疾走感で、76年頃からFENで覚えたと思いますが、ロックンロールの新しいの奴と思いましたが、これがパンクと知ったのは、UKパンクの後と間抜け。

 

80年代になると、そのアメリカのメインはLAメタル、ポップ・ロックのようなハード、スラッシュメタルの旺盛で、UKしのぐ勢い。

 

ラモーンズ、昔は、先進だったのに、埋没感かなと思いきや、『Halfway To Sanity(ハーフウェイ・トゥ・サニティ)』では、意地魅せて、タフな姿勢は、バンド仲が悪かろうと関係しない。

 

ビートルズや、フリートウッド・マック同様に、音楽面でバンド仲の関係なしのアルバム創った。

 

同じことを、同じ顔で、同じテンポで、ドラマーは変えたのに、やり、時代から少し外れた場所で いたのも、関係なかったと…

 

これがグリーン・デイやオフスプリングといったパンク系へ繋ぐ、礎になった…と思うのです。

 

ということでおまけは同アルバムから

 

Ramones‐Garden of Serenity 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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五月晴れ 東京




五月晴れ  なのに 紫陽花



真夏のような暑さ

五月晴れ
橋の向こうに
夏が来る



Chilliwack-Lonesome Mary|70年代カナディアンロック

チリワックのLonesome Mary」で、アルバムは『Chilliwack』(1971)ですね、

Chilliwackは、バンクーバー出身のカナダのロック・バンド。

 

日本では、知られてのは80年代前半のヒットからと思いますが、70年代アルバムは日本で発売していたようですが、レコード店で見た記憶がない。

 

でも、「Lonesome Mary」はFEN(極東放送網)で聴いた曲、メロを裏覚えながら、思い出して、スポティファイで気がつき、聴きだしています。

 

70年代当時は、この手のフォークロックやカントリーロックぽいのを蔑んで、聴かず嫌いでしたが、今はカントリーロックも大好きなジジイとなっております。歳を重ねる事も極小いいかも(笑)

 

アルバムリリース情報

アルバムタイトル:Chilliwack 

初版(Canada/US)発売年:1971年 

位置づけ:前身バンド「The Collectors」から「Chilliwack」へと完全に改名・脱皮した後の通算2作目(セルフタイトルとしては2作目)。サイケから、よりポップなアメリカン・ルーツ・ロックへとサウンドへ転換となる2枚組。

Chilliwack 1971年セルフタイトルアルバムジャケット

 

 

Chilliwack

 

80年代には「My Girl (Gone, Gone, Gone)」などでアメリカ、そして日本でも知られるようになるが、「Lonesome Mary」はそのずっと前、サイケやフォークやカントリー・ロックとの融合で、POP。

 

このアルバムは、アメリカン・ルーツミュージックとサイケデリックな実験的なアルバムかもで、UKプログレと違い、ルーツミュージックを起点に置くだけでも、単なるPOPアルバムとは言えない、違いがある。

 

自国カナダチャートでは、このアルバムは10位までいってるようで、バンドのアルバムでは最高位。

 

POP化しても、かなりサイケ・実験的でも、ルーツミュージックよりに舵を切ったので、オリジナルティがあったと思う。

 

70年代カナダのバンド・ミュージシャンで覚えているのは、ニール・ヤング、ザ・バンド、ゲス・フー ステッペンウルフ、ジョニー・ミッチェル、ラッシュ、パット・トラバース、エイプリルワイン、モクシー、バックマン・ターナー・オーヴァードライヴ、トライアンフ、マホガニーラッシュかなと思うけど。

 

当時は、カナディアンロックとういうくくりの意識はなく、単純にカナダ、アメリカの北米ロックと聴いていたと思うのだが……

 

チリワックを聴いて、カナダのロックも、いろいろありとの思いになりました。

 

と云うことでおまけは同アルバムから、お時間ある時どうぞ13分の組曲です。

 

Chilliwack-Changing Reels

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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John Mellencamp - Love and Happiness|90年代回想

ジョン・メレンキャンプの「Love and Happiness」で、まあ、世代的にはジョン・クーガーですが、本名名義のジョン・メレンキャンプとしては、このアルバム『Whenever We Wanted』(1991)が最初のようです。

 

政治的なことは極力書かないブログですが、反原発から始まったブログなので、原発の在り方については言うが。

 

トランプ大統領がイランとの戦闘終結方向でまとまるとのことで、スマホ表示で割り込み、追ってそのあとに、日経平均が6万5000円超えとのニュースが入ってきた。

 

家族、国に騙されて、たぶん奥方と息子、NISAたぶんやってる、微々たる利、今だけある。

小生、ネット会証券社の口座を作りすぎて、どこが主幹か判らずNISAしていない(笑)

 

ちなみに、もう株はしていません。会社を創ろうとして投資するつもりが、退職金をほぼ飛ばしました。奥方はこのブログ読まないと言っていたので、書いちゃった(笑)

 

でも、どうにかこうにか生きている。子供たちが成人になったので助かった。

 

で、90年代、この頃、米は湾岸戦争をしていたと覚えているのだが、ニール・ヤングも反戦をテーマに、同じ年にライブ盤『Weld(ウェルド:ライブ・イン・ザ・フリー・ワールド)』を出している。

 

ロックの反骨、主義主張の反戦を、この時も唄っていた。

 

 

アルバムリリース情報 

アルバムタイトル:Whenever We Wanted 

初版(US)発売年:1991年 

位置づけ:通算11枚目のスタジオ・アルバム。長年親しんだ「クーガー」の名義を完全に廃し、本名「ジョン・メレンキャンプ」名義最初の作品。前作までのアコーディオンやフィドルを多用したフォーク・ロック路線から一転、ツイン・ギターを前面に押し出した硬質な直球ハード・ロック。

ジョン・メレンキャンプ、Whenever We Wanted アルバムジャケット

 

Whenever We Wanted

 

80年代の『Scarecrow』や『The Lonesome Jubilee』では、自国アメリカの地方の人々の哀歓を唄い、それに小生も、共鳴したと思う。

 

ジョン・クーガー、ジョン・クーガー・メレンキャンプ、ジョン・メレンキャンプと変わり、90年代に入り、より本人の意思に近づいた。「Love and Happiness」は、それを告げる曲。

 

とにかく、ソリッドなギターの激しさと、それに追随するドラムに圧倒される。

本日、家で爆音で聴いて、90年代もこんなロックがあったのだと、再確認。

 

アメリカは湾岸戦争の勝利に浮かれ、メディアのクリーンな戦争報道との操作のなか、本人名義で、「TVに映る平和」と現実に流される血、そして人々の思いの対比を、怒り、叫びながら、アルバム・曲にしたと。

 

ニルヴァーナやレイジのような新しいロックでなくても、この時代、ジョン・メレンキャンプは、強烈に唄っていたと…

 

アメリカはずぅっと戦争をしてる国。次はキューバなの??? しかし、停めない国だ!

 

ということでおまけは同アルバムから

 

John Mellencamp - Get a Leg Up

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【80年代回想】Siouxsie And The Banshees-Happy House

スージー・アンド・ザ・バンシーズ の「Happy House(ハッピー・ハウス)」で、アルバムは『Kaleidoscope(カレイドスコープ)』ですね。

 

当家、ハッピー・ハウスでなく、めんどうちぃ、相続手続きも終わりましたが、代行会社と1回電話とメール10回もやり取りしていないと思う。それで費用30万ちかく、まあ父の遺産でどうにかこうにか、義兄には「そんなモン一人でできるよ」と、義母の時は大変だったと思うけど、小生の場合、時間が貴重なもんで…言いわけ。

 

これから、相続した不動産どうするか、この世は恐ろしい、登記変更したから、DMそしてDMメールも届くぞ。

個人情報はほんと厳格に管理するのは難しいようで、はあ~(苦笑)

 

で、スージー・アンド・ザ・バンシーズですが、ニューウェイブ好きとして、1st『The Scream(悲鳴)』(1978)の歌詞は意味深でも、デビュー・シングル「Hong Kong Garden(香港庭園)」のPOPな曲は、洋楽好きなら、注目だったと思うけど。

 

なんか暗いし、不協和音的で乗れないし、2nd以降のなんだかなと思いのあったバンド。

 

スージーが応援していたジョン・ライドンのパブリック・イメージ・リミテッドの層流と思えば、ついていく事も可能だったが、当時はなんかな~ メロディが好みでないというかエキセントリックなバンドと聴いたけど(笑)

 

■ アルバムリリース情報

  • アルバムタイトル:Kaleidoscope(カレイドスコープ)
  • 初版(UK)発売:1980年8月1日
  • レーベル:Polydor
  • 全英アルバムチャート:最高位5位(バンド最高位を更新)
  • 先行シングル:「Happy House」(1980年3月7日)/「Christine」(1980年5月30日)
  • 位置づけ:通算3作目のスタジオ・アルバム。前作ツアー中にギターのジョン・マッケイとドラムのケニー・モリスが突如脱退。ギターにマガジンのジョン・マッギオーク、ドラムにスリッツのバッジーを迎えた新体制最初の作品。シンセサイザーやドラムマシン、アコースティック楽器なども実験的に取り入れたと言われた。バンドがここから黄金期と評価なんでしょうが。日本では、厳しかったと思うけど。
Siouxsie and the Banshees Kaleidoscope album cover

 

Kaleidoscope - Siouxsie & The Banshees

 

初期メンバーは抜け、新境地になった、スージーバン(俺だけこう言っていたのは?)新しいメンバー入れて、ジョン・マッギオークが加入で、ニューウェイブのなかでは、評価高いギタリストで、面目躍如だったようですが。

 

当時、覚えたてディスコでは、スージー・アンド・ザ・バンシーズ はやっぱり不協和音ぽいので、ノレないのは、覚えている。エキセントリックなバンドのイメージなんだが、ダンスミュージック向きではない。

 

今回、久しぶり聴いて、ネットでも調べると評価高く、驚いた。もちろん、この後のアルバムも評価されているのです。

どうにかカバー曲がビートルズを引用は嬉しいのですが、スージーバンの「Helter Skelter(ヘルター・スケルター)」(1978/1st『The Scream』収録)と「Dear Prudence(ディア・プルーデンス)」(1983/シングル、全英3位)。

 

ビートルズのホワイトアルバムは小生的には歴代ロックアルバムNO.1と思っている作品から、2曲選曲のスージーバンは近い存在のようで、なかなかメロディアス好みでなく、相思相愛なのに、微妙な違いがありました。

 

聴いていたけど(笑)

 

で、今回知ったのですが、シド・ヴィシャス、バンシーズの初代ドラマーね(笑)

シドをロック神と思っている方もいるけど…UKRock70年代はやっぱり面白い!!

 

 

ということでおまけは同アルバムから好きな曲で

 

Siouxsie And The Banshees-Christine

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Siouxsie And The Banshees-Happy House【80年代回想】

スージー・アンド・ザ・バンシーズ の「Happy House(ハッピー・ハウス)」で、アルバムは『Kaleidoscope(カレイドスコープ)』ですね。

 

当家、ハッピー・ハウスでなく、めんどうちぃ、相続手続きも終わりましたが、代行会社と1回電話とメール10回もやり取りしていないと思う。それで費用30万ちかく、まあ父の遺産でどうにかこうにか、義兄には「そんなモン一人でできるよ」と、義母の時は大変だったと思うけど、小生の場合、時間が貴重なもんで…言いわけ。

 

これから、相続した不動産どうするか、この世は恐ろしい、登記変更したから、DMそしてDMメールも届くぞ。

個人情報はほんと厳格に管理するのは難しいようで、はあ~(苦笑)

 

で、スージー・アンド・ザ・バンシーズですが、ニューウェイブ好きとして、1st『The Scream(悲鳴)』(1978)の歌詞は意味深でも、デビュー・シングル「Hong Kong Garden(香港庭園)」のPOPな曲は、洋楽好きなら、注目だったと思うけど。

 

なんか暗いし、不協和音的で乗れないし、2nd以降のなんだかなと思いのあったバンド。

 

スージーが応援していたジョン・ライドンのパブリック・イメージ・リミテッドの層流と思えば、ついていく事も可能だったが、当時はなんかな~ メロディが好みでないというかエキセントリックなバンドと聴いたけど(笑)

 

■ アルバムリリース情報

  • アルバムタイトル:Kaleidoscope(カレイドスコープ)
  • 初版(UK)発売:1980年8月1日
  • レーベル:Polydor
  • 全英アルバムチャート:最高位5位(バンド最高位を更新)
  • 先行シングル:「Happy House」(1980年3月7日)/「Christine」(1980年5月30日)
  • 位置づけ:通算3作目のスタジオ・アルバム。前作ツアー中にギターのジョン・マッケイとドラムのケニー・モリスが突如脱退。ギターにマガジンのジョン・マッギオーク、ドラムにスリッツのバッジーを迎えた新体制最初の作品。シンセサイザーやドラムマシン、アコースティック楽器なども実験的に取り入れたと言われた。バンドがここから黄金期と評価なんでしょうが。日本では、厳しかったと思うけど。
Siouxsie and the Banshees Kaleidoscope album cover

 

Kaleidoscope - Siouxsie & The Banshees

 

初期メンバーは抜け、新境地になった、スージーバン(俺だけこう言っていたのは?)新しいメンバー入れて、ジョン・マッギオークが加入で、ニューウェイブのなかでは、評価高いギタリストで、面目躍如だったようですが。

 

当時、覚えたてディスコでは、スージー・アンド・ザ・バンシーズ はやっぱり不協和音ぽいので、ノレないのは、覚えている。エキセントリックなバンドのイメージなんだが、ダンスミュージック向きではない。

 

今回、久しぶり聴いて、ネットでも調べると評価高く、驚いた。もちろん、この後のアルバムも評価されているのです。

どうにかカバー曲がビートルズを引用は嬉しいのですが、スージーバンの「Helter Skelter(ヘルター・スケルター)」(1978/1st『The Scream』収録)と「Dear Prudence(ディア・プルーデンス)」(1983/シングル、全英3位)。

 

ビートルズのホワイトアルバムは小生的には歴代ロックアルバムNO.1と思っている作品から、2曲選曲のスージーバンは近い存在のようで、なかなかメロディアス好みでなく、相思相愛なのに、微妙な違いがありました。

 

聴いていたけど(笑)

 

で、今回知ったのですが、シド・ヴィシャス、バンシーズの初代ドラマーね(笑)

シドをロック神と思っている方もいるけど…UKRock70年代はやっぱり面白い!!

 

 

ということでおまけは同アルバムから好きな曲で

 

Siouxsie And The Banshees-Christine

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4100頁、15年の熱量を、今の視点で削り出す。
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