「時に愛は」 Cover by Bill Champlin

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すごくお洒落な楽曲です
「時に愛は」を元シカゴのビル・チャンプリンさんがカバーしています

「Love Through Time」
by Bill Champlin



ビル・チャンプリン
(William Bradford "Bill" Champlin )はアメリカのミュージシャン
シカゴの元メンバー
サンズ・オブ・チャンプリンのメンバー
グラミー賞受賞者


生誕 1947年5月21日(74歳)
出身地 アメリカ・カリフォルニア州

ジャンル
ロック
ポップス
blues
R&B

担当楽器
ボーカル
ギター
キーボード

活動期間 1965年 ~現在


■ 『ラブ・ストーリー〜小田和正ソングブック』(Love Story; Kazumasa Oda Songbook)は2003年2月21日にビクターエンタテインメントから発売された、小田和正およびオフコースの楽曲を海外アーティストが英語で歌ったカバー・アルバムです。

解説
本作は、小田和正の楽曲を海外のAOR歌手が歌ったカバー作品集です。
ゲスト・ミュージシャンに小野塚晃、増崎孝司(DIMENSION)らが参加しました。

オフコース通算13作目のオリジナルアルバム『Back Streets of Tokyo』に収録された「Melody」と「Endless Nights」を、両作品の作詞を手がけたランディ・グッドラム(Randy Goodrum)自身によるセルフ・カバーとして収録。
その他の楽曲はギラ・ジルカ(Geila Zilkha)とキャンディ・シラー(Candy Siller)が英詞をつけ、ビル・チャンプリンおよびジェイソン・シェフ(Jason Scheff)らの歌唱にて録音されました。
「My Home Town」以外の収録作品はすべてフジパシフィック音楽出版の管理楽曲であり、本作のブックレットにも同社がクレジットされています。

収録曲
Kira Kira(キラキラ)
ミッキー・トーマス / 作曲:小田和正 / 英詞:ギラ・ジルカ

Sayonara(さよなら)
クリストファー・クロス / 作曲:小田和正 / 英詞:ギラ・ジルカ

Yes-No
ジェイソン・シェフ / 作曲:小田和正 / 英詞:ギラ・ジルカ

Woh Woh
デイヴィッド・ラズリー / 作曲:小田和正 / 英詞:ギラ・ジルカ

Love Story(ラブ・ストーリーは突然に)
ボビー・キンボール / 作曲:小田和正 / 英詞:ギラ・ジルカ

My Home Town
ビル・チャンプリン / 作曲:小田和正 / 英詞:ギラ・ジルカ

Melody(哀しいくらい)
ランディ・グッドラム / 作曲:小田和正 / 英作詞:ランディ・グッドラム

Merry X'mas(君にMERRY X'MAS)
ボビー・コールドウェル / 作曲:小田和正 / 英詞:ギラ・ジルカ

Endless Nights(たそがれ)
ランディ・グッドラム / 作曲:小田和正 / 英作詞:ランディ・グッドラム

Love Through Time(時に愛は)
ビル・チャンプリン / 作曲:小田和正 / 英詞:ギラ・ジルカ

Susan(こころは気紛れ)
ミッキー・トーマス / 作曲:小田和正 / 英詞:キャンディ・シラー

Time Will Tell(秋の気配)
デイヴィッド・ラズリー / 作曲:小田和正 / 英詞:キャンデイ・シラー



Wikipediaより引用しています
ご視聴ありがとうございました


鈴木康博 LIVE

鈴木さんは今どうしているんでしょう
調べていたらYouTube動画がありましたので、ご紹介いたします(*^^*)


■ オフコースデビューから50年、お馴染みの曲から新曲まで、
弾き語りテクニック、コードを大公開。
手元全開なスペシャル映像を随時アップしていきます。

(コンテンツは有料サービスとなります)

yass コメント
以前より皆さんからご要望がありました
「楽譜はないのか?」の声にお答えしようと、
温めていたアイデアを具体化することにしました。

歌のリズムに合わせて、
コードとその押さえ方が分かるような動画を作って、
更に皆さんに、僕の歌に親しんで頂きたい、
できれば一緒に弾き語って頂きたい、
そんな願いが、配信ライブを始めるに当たって
その画像の準備さえしておけば叶えられるぞ、と思いつきました…


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10年ぶりのライブアルバムは3枚組・全47曲収録!

70才を迎えた鈴木康博。
「70thアニバーサリーライブ」を中心に、ツアー中にレコーディングした曲の中から、
本人が厳選した楽曲を加えたライブアルバム。

特設Webサイトで全収録曲の歌詞を公開中!

2021 LIVE INFORMATION
2021年06月12日(土) 兵庫県・神戸市, LiveHouse CASHBOX 【2020/3/20,7/11からの振替公演】YASUHIRO SUZUKI SOLO LIVE 2021@神戸,LiveHouse CASHBOX
2021年06月13日(日) 大阪府・大阪市, Soap opera classics-Umeda- 【2020/11/21からの振替公演】YASUHIRO SUZUKI SOLO LIVE 2021@大阪,Soap opera classics-Umeda-
2021年06月20日(日) 東京都・千代田区, TOKYO FM HALL あじさい2021 ~KAMAKURA NOSTALGIE~@TOKYO FM HALL
2021年06月27日(日) 神奈川県・横浜市, 神奈川県民ホール 小ホール 【1/30からの振替公演】YASUHIRO SUZUKI SOLO LIVE 2021@神奈川県民ホール(小ホール)


弾き語りっていいな by 鈴木康博



上記文章は、こちらより引用しています
http://suzukiyasuhiro.jp/




■ 「縁もゆかりも」-「70th Anniversary Live~男70!! 燃ゆる心あるかぎり〜」 東京・日本橋三井ホールより



■ 「潮の香り」-「70th Anniversary Live~男70!! 燃ゆる心あるかぎり〜」 東京・日本橋三井ホールより



■ 鈴木 康博
(すずき やすひろ、1948年2月18日 - )
日本のシンガーソングライター
オフコースの元オリジナル・メンバー
血液型はB型
身長182.8cm
通称は、ヤス、ヤスさん、yassと英語表記されることもある

出生名 鈴木 康博
出身地 
1948年2月18日(73歳)
静岡県伊豆市

学歴
聖光学院中学校・高等学校卒業
東京工業大学工学部制御工学科卒業

職業
シンガーソングライター
音楽プロデューサー
作曲家

担当楽器
ボーカル
ギター

活動期間 1969年 ~ 現在

横浜市立浜小学校時代に中学受験のために進学塾に通っていた電車(京浜東北線)内で小田和正と出会う。1960年、2人揃って聖光学院に進学した。聖光学院高等部3年時の学園祭では小田、鈴木、地主道夫、須藤尊史(横浜市立大学を経てシェル石油入社。ヨット界で有名)の4人でステージを披露した。これがオフコースの原点となる。

その後、東京工業大学に進学、制御工学(いわゆるロボット工学)を専攻した。小田、地主は東北大学に進学。東京・仙台と離れ離れになったが、頻繁に車(日産・ブルーバード)に楽器(鈴木は当初コントラバスを担当)を積んで行き来して音楽活動を続けていたという。ライブは主に横浜で行っていた。

1969年、小田、地主とともにジ・オフ・コースを結成。ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテストに東北地区から出場。東北から出場したのは「東京だとレベルが高そう。東北のほうが勝ち抜きやすいのでは」という理由だったが、実際に出てみると東北地区も大変レベルが高く、最後まで勝ち抜けるか不安だったという。しかし東北地区1位となり、全国大会でも2位の好成績を残した(1位は赤い鳥)。大学卒業後、鈴木は内定していた安川電機への就職を断り、プロとして音楽の道に進む決意をする。

オフコースは数度のメンバー変遷を経て1972年より小田、鈴木の2人構成、後に清水仁、大間ジロー、松尾一彦を加えた5人構成で活動、一時代を築くグループとなった。この間、鈴木は小田とともに活動を支え続けた。

2000年以降の主な活動
2000年より細坪基佳(ふきのとう元メンバー)、山本潤子(赤い鳥、ハイ・ファイ・セット元メンバー)とユニットSong for Memoriesを結成。和洋問わず幅広いポップス・ナンバーのカヴァー中心に活動、アルバム5枚をリリースしている。

2003年、自ら音楽を担当した「ブルーもしくはブルー」に俳優として出演した。

2010年、所属事務所であるOMGの社長の逮捕の影響で公式サイトが一時アクセス不可能になった。

2011年、所属事務所をユイミュージック(旧ユイ音楽工房)に移籍。

2013年、ソロ活動30周年記念ライブ「たどりついたぜ!! 30年」を9月21日に大和田さくらホール、12月24日に横浜新都市ホールで開催。

2017年11月23日NHKFM「今日は一日“小田和正”三昧」でメッセージの形ではあるが小田と35年ぶりに共演した。


■ 鈴木さんのレア映像をご紹介いたします
画質は非常に悪いですm(__)m


鈴木さんお元気そうで良かったです(^_^)
演奏も歌声も当時と変わっていない様に思います
明るく挑戦的な歌詞とロックな力強い演奏はカッコイイですね♥



資料として引用したサイト
鈴木康博オフィシャルサイト Yasuhiro Suzuki Official Web
Wikipedia

ご視聴ありがとうございました

OFF COURSE 『over』

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『over』(オーヴァー)は、1981年12月1日に発売された通算9作目のオリジナルアルバムです

 前作『We are』のアルバムタイトルとつなげて“We are over”(我々は終わりだ)と読めることから、暗に解散を伝えるメッセージだという噂が広まったが、小田和正は当時のインタビューで「自らを“超えて”いくことを“over”のタイトルに込めた」と答えていた。しかし、この時鈴木康博がグループを離れることが既に決まっており、小田は、鈴木のいないオフコースを続けることはできないという気持ちを強く持っていたことから、実際に解散も考慮されていた。

 1982年の武道館でのコンサートの際、「言葉にできない」が演奏されたとき、バックのスクリーンに“We are over”というメッセージが投影された。

■ amazon musicより引用
 『We are』に引き続きエンジニアにビル・シュニーを起用した、1981年発表のアルバム。タイトル・収録曲から鈴木康弘の脱退を匂わせているが、人気実力ともに絶頂期にあった5人時代オフコースの名盤。「心はなれて」「メインストリートをつっ走れ」「言葉にできない」他、全9曲を収録。

リリース 1981年12月1日
録音
1981年9月12日 - 10月31日
FREEDOM STUDIO 1 & 2


1. 心はなれて Inst

2. 愛の中へ



3. 君におくる歌



4. ひととして



5. メインストリートをつっ走れ



6. 僕のいいたいこと



7. 哀しいくらい



8. 言葉にできない



9. 心はなれて



収録曲 LP盤
SIDE A
全編曲: オフコース
# タイトル 作詞 作曲
1. 「心 はなれて」(Instrumental) 小田和正
2. 「愛の中へ」 小田和正 小田和正
3. 「君におくる歌」 鈴木康博 · 大間仁世 鈴木康博
4. 「ひととして」 小田和正 小田和正
5. 「メインストリートをつっ走れ」 鈴木康博 · 大間仁世 · 安部光俊 鈴木康博
SIDE B
全編曲: オフコース
# タイトル 作詞 作曲 ストリングス編曲 時間
1. 「僕のいいたいこと」 小田和正 · 大間仁世 · 松尾一彦 松尾一彦 鈴木康博
2. 「哀しいくらい」 小田和正 小田和正
3. 「言葉にできない」 小田和正 小田和正 小田和正
4. 「心 はなれて」 小田和正 小田和正 小田和正


クレジット
Produced & Arranged by OFF COURSE

Keyboards KAZUMASA ODA
Guitars YASUHIRO SUZUKI
Electric Bass HITOSHI SHIMIZU
Drums & Percussion HITOSE “Jiro” OMA
Guitars & Harmonica KAZUHIKO MATSUO

Strings TAMANO Strings Section
Saxophone GARY HERBIG
Fluge Horn KANAME TOGASHI

Exective Produder TOSHIFUMI MUTOH
(Assistant MASAHIKO INA)
Recording Engineer SHIROH KIMURA
Mixing Engineer BILL SCHNEE
Assistant Engineer SUSUMU MERA・KAZUYA YOSHIDA
SHIGEHIKO BANNO
Associate Engineer RYOJI HACHIYA

Manager KAZUHIKO HISHIZAWA・HIROSHI UENO
KAZUTOYO KOUCHI・KANAME TOGASHI
Assistant FUMITO YANAI
Recorded at FREEDOM STUDIO 1 & 2 from Sept.12 to Oct.26
Remixed at CHEROKEE STUDIO from Oct.27 to Oct.31
Cutting at THE MASTERING LAB

Graphic Concept, Design HIROYUKI FUKUZATO
Photography MASASHI “TAMJIN” TAMURA
NANAKO NISHIYAMA

「We are」「over」。
もし、この二つのタイトルのカッコを外して並べて見ると、どういう文章になるだろう。“We are over”。

“over”という言葉には、“越える”“終わる”というような意味がある。僕らは越えて行く。あるいは、僕らは終わる。この二枚のタイトルの意味がどっちだったのか。きっと両方の意味があったのだろう。でも、世間の反応はやはり後者だったのではないだろうか。
1981年12月発売。オフコース解散。そんな憶測は、全国を駆けめぐっていった。

 小田和正のファンクラブでもあるFAR EAST CLUBが監修、TOKYO FM出版が出している「地球音楽ライブラリー・小田和正」によると、80年の年末に鈴木康博が「抜けたい」と打ち明けた時、「オフコースとは別の場所で自分の音楽の可能性を試したい」と言ったのだそうだ。更に、「でも僕が抜けた後も4人で続けていって欲しい」と希望したともある。小田和正は、その後の雑誌のインタビューなどでもその時のことを「悲しかった」と短く述懐している。ただ、彼は、このアルバムのレコーディングに入るときには、解散を決めていたと言う。

 このアルバム全編に漂っている張りつめたような切迫感は、そんな背景と無縁ではないだろう。悲しみを抑えたような厳かなストリングスで始まる「心はなれて」はまるでメインテーマのようだ。バンド内のバランスや求めるものの変化。アルバム全曲で歌われる“僕と君”、“僕ら”“俺とお前”。そんな人称の中には、ファンとバンドや男女の恋愛もイメージされてはいるのだろうが、やはり小田・鈴木の関係がいやでも重なってしまう。

 それにしてもこれだけ毅然としてこれだけ誇り高く、これだけ静かな悲しみと強さを内包したアルバムがあっただろうか。作品化するというのはそういうことなのだと思う。個人的な感情におぼれずに客観的な作品として昇華する。そんな背景や経緯を知らない人でも、このアルバムに流れている汚れのない真っ直ぐな想いに胸を打たれるはずだ。(田家秀樹さんの解説より抜粋して引用しております)



前作と同様で涙が溢れて止まらない程の悲愴感でした

哀しい心情を素直に表現しています
変わることのない普遍性
そこがオフコースの魅力でもあると思います


心はなれてInstは音源がありませんでした
資料は、Wikipediaより抜粋しております
ご視聴ありがとうございました


OFF COURSE 『We are』


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私はオフコースのファンなのに、このアルバムはヒット曲しか聴いていません
昨年は、オフコース結成50周年だったのですね
今でも愛され続けているこの頃の彼等の音をもう一度振り返って、改めて聴いてみたいと思います

『We are』(ウィー・アー)は、1980年11月21日に発売されたオフコース通算8作目のオリジナルアルバムです


 1曲目の「時に愛は」のイントロを聴いただけで音の違いが分かる。イーグルスを連想するようなどっしりしたドラムとベースの音の落ち着き。それぞれの楽器の音のクリアーさ。抜けるような高音と低音のバランス。全体の音の広がりや奥行き。日本でレコーディングされた音をロサンジェルスに持って行ってトラックダウンすることによって生まれたバンドサウンドだった。

 音楽の環境の整備。オフコースが画期的だったことの一つにはそれがある。オフコース・カンパニーというプライベートオフィス。発足した時は、小田和正と鈴木康博の2人とマネージャー、事務の女性の4名。六畳四畳半の2Kという小さな拠点から始まった。

 照明・音響・映像、そしてエンジニア。信頼できるチームを整えていく。このアルバムからTOTOやボズ・スキャッグスを手がけていたロサンジェルスのエンジニア、ビル・シュネーと組んだ。小田和正と同い年である。海外レコーディング自体が特別だった時代だ。エンジニアを特定し、トラックダウンのためだけに行くという、今でこそ当たり前になった方法の先例となったのがこのアルバムでもある。
 より濃密なバンドサウンド。ジャケットには全員の名前だけがプリントされている。ロックバンドがステージで“We are …”と自己紹介するあのフレーズ。作詞・作曲のクレジットにも全員の名前があるのもそんなアピールだろう。
 「一億の夜を越えて」の作詞、安部光俊は、当時交流のあったシンガー&ソングライター。(田家秀樹さんの解説より抜粋して引用しております)

リリース 1980年11月21日
録音
1980年8月21日 - 9月28日
FREEDOM STUDIO 1 & 2
1980年10月1日
DAVLIN STUDIO (Saxophone & Steelguitar)


1. 時に愛は



2. 僕等の時代



3. おまえもひとり



4. あなたより大切なこと



5. いくつもの星の下で


今夜は ありがとう
ここまでついてきてくれて
話したい ことがあるから
もう少しいてよ
あなたの前だけは僕は素直でいたい
信じてほしいからせつない思い打ちあける

いつもひとりくやし涙流してきた男のことを
あなたに 聞かせたい僕のすべて教えたい
そばに来て

長い夜が 明ける頃
星が いくつも消えてゆく
ただひとつ輝いて残るのは
ああ…

僕のことわかるだろう
うまくは言えないけど
それでもそれでもいいならひとことで答えて
いつもひとりくやし涙流してきた男のことを
あなたに 聞かせたい
僕のすべて 教えたい
そばにいて



6. 一億の夜を越えて
7. せつなくて
8. Yes-No
9. 私の願い
10. きかせて
5曲をまとめています
22:09から雑音が入っていますm(__)m


 「きかせて」はコンサート・ツアー“We are”でも本編の最後を締める曲として使われ、曲の後半ではニューヨークの夜景の映像が使われた。大間によればこの曲のドラムは「自分でもよくぞここまでと思う」というほど一切の無駄を省いた究極のドラミングだという。


収録曲 LP盤
SIDE A
全編曲: オフコース。
# タイトル 作詞 作曲
1. 「時に愛は」 小田和正 小田和正
2. 「僕等の時代」 小田和正 小田和正
3. 「おまえもひとり」 鈴木康博 · 清水仁 鈴木康博
4. 「あなたより大切なこと」 小田和正 小田和正
5. 「いくつもの星の下で」 鈴木康博 鈴木康博
SIDE B
全編曲: オフコース。
# タイトル 作詞 作曲
1. 「一億の夜を越えて」 安部光俊 鈴木康博
2. 「せつなくて」 大間仁世 · 松尾一彦 松尾一彦
3. 「Yes-No」 小田和正 小田和正
4. 「私の願い」 小田和正 小田和正
5. 「きかせて」 小田和正 小田和正

クレジット
Produced by OFF COURSE
Arranged by OFF COURSE

Keyboards KAZUMASA ODA
Guitars YASUHIRO SUZUKI
Electric Bass HITOSHI SHIMIZU
Guitars & Harmonica KAZUHIKO MATSUO
Drums & Percussion HITOSE “Jiro” OMA
Strings TAMANO Strings Section
Saxophone GARY HERBIG
Steelguitar DOUG LIVINGSTON

Exectuive Producer TOSHIFUMI MUTOH (Assistant MASAHIKO INA)
Recording Engineer SHIROH KIMURA (Sept-1)
Mixing Engineer BILL SCHNEE (Assistant STEVEN FONTANO)
Assistant Engineer SUSUMU MERA (FREEDOM STUDIO)
Associate Engineer RYOJI HACHIYA
Recorded at FREEDOM STUDIO 1&2 from Aug.21 to Sep.28
Saxophone & Steelguitar at DAVLIN STUDIO (Oct.1)
Remixed at CHEROKEE STUDIO from Sep.29 to Oct.2
Cutting at THE MASTERING LAB (Oct 7,10)

General Manager KAZUHIKO NISHIZAWA
Promotion Manager HIROSHI “MAJO” UENO
Tour Manager KAZUTOYO KOUCHI
Road Manager KANAME TOGASHI

Graphic Concept, Design HIROYUKI FUKUZATO
Photography JIN “TAMJIN” TAMURA


オフコース(英語: OFF COURSE)
1967年から1989年まで活動した日本のバンド。1970年デビュー。「さよなら」や「Yes-No」などのヒットで知られ、1982年には日本武道館において連続10日間のコンサートを成功させています。



音作りと楽曲はとても巧みなアルバムです
小田さんのカラーが強く出ている様な気がしました

切なくてやりきれない感情を表現している楽曲がとても多いですね
愛しているけれど、少し冷めている
傍にいたいのに、近づくことができない
すれ違う二人
その人を遠くから眺めている様な情景

虚しい大人の距離感
この虚しさを表現できるのがオフコースなのかな

資料は、Wikipediaより引用いたしました
ご視聴ありがとうございました

OFF COURSE 『We Are』


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私はオフコースのファンなのに、このアルバムはヒット曲しか聴いていません
昨年は、オフコース結成50周年だったのですね
今でも愛され続けているこの頃の彼等の音をもう一度振り返って、改めて聴いてみたいと思います

『We are』(ウィー・アー)は、1980年11月21日に発売されたオフコース通算8作目のオリジナルアルバムです


 1曲目の「時に愛は」のイントロを聴いただけで音の違いが分かる。イーグルスを連想するようなどっしりしたドラムとベースの音の落ち着き。それぞれの楽器の音のクリアーさ。抜けるような高音と低音のバランス。全体の音の広がりや奥行き。日本でレコーディングされた音をロサンジェルスに持って行ってトラックダウンすることによって生まれたバンドサウンドだった。

 音楽の環境の整備。オフコースが画期的だったことの一つにはそれがある。オフコース・カンパニーというプライベートオフィス。発足した時は、小田和正と鈴木康博の2人とマネージャー、事務の女性の4名。六畳四畳半の2Kという小さな拠点から始まった。

 照明・音響・映像、そしてエンジニア。信頼できるチームを整えていく。このアルバムからTOTOやボズ・スキャッグスを手がけていたロサンジェルスのエンジニア、ビル・シュネーと組んだ。小田和正と同い年である。海外レコーディング自体が特別だった時代だ。エンジニアを特定し、トラックダウンのためだけに行くという、今でこそ当たり前になった方法の先例となったのがこのアルバムでもある。
 より濃密なバンドサウンド。ジャケットには全員の名前だけがプリントされている。ロックバンドがステージで“We are …”と自己紹介するあのフレーズ。作詞・作曲のクレジットにも全員の名前があるのもそんなアピールだろう。
 「一億の夜を越えて」の作詞、安部光俊は、当時交流のあったシンガー&ソングライター。(田家秀樹さんの解説より抜粋して引用しております)

リリース 1980年11月21日
録音
1980年8月21日 - 9月28日
FREEDOM STUDIO 1 & 2
1980年10月1日
DAVLIN STUDIO (Saxophone & Steelguitar)


1. 時に愛は



2. 僕等の時代



3. おまえもひとり



4. あなたより大切なこと



5. いくつもの星の下で


今夜は ありがとう
ここまでついてきてくれて
話したい ことがあるから
もう少しいてよ
あなたの前だけは僕は素直でいたい
信じてほしいからせつない思い打ちあける

いつもひとりくやし涙流してきた男のことを
あなたに 聞かせたい僕のすべて教えたい
そばに来て

長い夜が 明ける頃
星が いくつも消えてゆく
ただひとつ輝いて残るのは
ああ…

僕のことわかるだろう
うまくは言えないけど
それでもそれでもいいならひとことで答えて
いつもひとりくやし涙流してきた男のことを
あなたに 聞かせたい
僕のすべて 教えたい
そばにいて



6. 一億の夜を越えて
7. せつなくて
8. Yes-No
9. 私の願い
10. きかせて
5曲をまとめています
22:09から雑音が入っていますm(__)m


 「きかせて」はコンサート・ツアー“We are”でも本編の最後を締める曲として使われ、曲の後半ではニューヨークの夜景の映像が使われた。大間によればこの曲のドラムは「自分でもよくぞここまでと思う」というほど一切の無駄を省いた究極のドラミングだという。


収録曲 LP盤
SIDE A
全編曲: オフコース。
# タイトル 作詞 作曲
1. 「時に愛は」 小田和正 小田和正
2. 「僕等の時代」 小田和正 小田和正
3. 「おまえもひとり」 鈴木康博 · 清水仁 鈴木康博
4. 「あなたより大切なこと」 小田和正 小田和正
5. 「いくつもの星の下で」 鈴木康博 鈴木康博
SIDE B
全編曲: オフコース。
# タイトル 作詞 作曲
1. 「一億の夜を越えて」 安部光俊 鈴木康博
2. 「せつなくて」 大間仁世 · 松尾一彦 松尾一彦
3. 「Yes-No」 小田和正 小田和正
4. 「私の願い」 小田和正 小田和正
5. 「きかせて」 小田和正 小田和正

クレジット
Produced by OFF COURSE
Arranged by OFF COURSE

Keyboards KAZUMASA ODA
Guitars YASUHIRO SUZUKI
Electric Bass HITOSHI SHIMIZU
Guitars & Harmonica KAZUHIKO MATSUO
Drums & Percussion HITOSE “Jiro” OMA
Strings TAMANO Strings Section
Saxophone GARY HERBIG
Steelguitar DOUG LIVINGSTON

Exectuive Producer TOSHIFUMI MUTOH (Assistant MASAHIKO INA)
Recording Engineer SHIROH KIMURA (Sept-1)
Mixing Engineer BILL SCHNEE (Assistant STEVEN FONTANO)
Assistant Engineer SUSUMU MERA (FREEDOM STUDIO)
Associate Engineer RYOJI HACHIYA
Recorded at FREEDOM STUDIO 1&2 from Aug.21 to Sep.28
Saxophone & Steelguitar at DAVLIN STUDIO (Oct.1)
Remixed at CHEROKEE STUDIO from Sep.29 to Oct.2
Cutting at THE MASTERING LAB (Oct 7,10)

General Manager KAZUHIKO NISHIZAWA
Promotion Manager HIROSHI “MAJO” UENO
Tour Manager KAZUTOYO KOUCHI
Road Manager KANAME TOGASHI

Graphic Concept, Design HIROYUKI FUKUZATO
Photography JIN “TAMJIN” TAMURA


オフコース(英語: OFF COURSE)
1967年から1989年まで活動した日本のバンド。1970年デビュー。「さよなら」や「Yes-No」などのヒットで知られ、1982年には日本武道館において連続10日間のコンサートを成功させています。



音作りと楽曲はとても巧みなアルバムです
小田さんのカラーが強く出ている様な気がしました

切なくてやりきれない感情を表現している楽曲がとても多いですね
愛しているけれど、少し冷めている
傍にいたいのに、近づくことができない
すれ違う二人
その人を遠くから眺めている様な情景

虚しい大人の距離感
この虚しさを表現できるのがオフコースなのかな

資料は、Wikipediaより引用いたしました
ご視聴ありがとうございました

OFF COURSE 『Three and Two』

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SMO様のブログhttp://islandbreeze1701.blog21.fc2.com/に
触発されてOFF COURSE特集を数回に分けて掲載いたします

私にとっては日本での最高のロック・バンドはオフコースです


 表に写っているのは清水仁・大間ジロー・松尾一彦という新しく加わった3人で、彼らの上に“オフコース”というグループ名が英語で表記されている。もし、それまでの経緯を知らない人が見たら、この3人がオフコースだと思われかねない大胆なデザイン。3人と2人。
 小田和正と鈴木康博は、2人で裏に写っていた。当然のことながらレコード会社からの反対をメンバーが押し切ったものだ。3人が加わるようになって3年。1979年10月20日発売だった。

 5人のオフコース。サウンドの変化は楽曲にも影響を与えている。小田和正のメロディーはギターのディストーションのような直線的な思い切りが加わり、鈴木康博のボーカルは力強い男性的なものになった。8分を越えるロック大作「SAVE THE LOVE」は、彼の代表作の一曲だろう。全員の演奏がきらめくようなコーラスとともにうねってゆくオフコースのバンドサウンド。「FAIRWAY」の先に待っていたのは、遙かな大海原だった。(田家秀樹さんの解説より抜粋して引用いたしました)



収録曲
1. 思いのままに


2. 恋を抱きしめよう

3. その時はじめて



4. 歴史は夜つくられる




5. 愛を止めないで



6. SAVE THE LOVE

作詞作曲者 鈴木康博
歌詞を一部抜粋して記載いたします

涙あふれるならあふれるままに
怒り止まらないなら戦うがいい

涙あふれるならあふれるままに
怒り止まらないなら戦うがいい

目を閉じれば聞こえてくるだろう
懐かしい歌が
空を見上げれば素直になれるだろう
あの空までこの手が届けば…


7. 汐風のなかで



8. 愛あるところへ



9. 生まれ来る子供たちのために~「いつもいつも」


多くの過ちを僕もしたように
愛するこの国も 戻れない もう戻れない
あのひとがそのたびに許してきたようだ
僕はこの国の明日をまた想う
ひろい空よ僕らは今どこにいる
頼るもの何もない あの頃へ帰りたい
ひろい空よ僕らは今どこにいる

(セリフ)「生まれ来る子供たちのために何を語ろう」

何を語ろう

君よ愛するひとを守り給え
大きく手を拡げて 子供たちを抱き給え
ひとりまたひとり 友は集まるだろう
ひとりまたひとり ひとりまたひとり

真白な帆を上げて 旅立つ船に乗り
力の続く限り ふたりでも漕いでゆく
その力を与え給え 勇気を与え給え

作詞 小田和正

このアルバムでは「SAVE THE LOVE」がずば抜けて良い作品ですね(*^^*)
鈴木さんの楽曲です
Bostonの様な無限の広がりを感じます
美しさ、広大さ、透明でハード
この路線で行って欲しかったな~って思います

「違うよ、小田さん」って今でも思います


2曲目は音源が見つかりませんでした
ご視聴ありがとうございました

レディー・ガガ 『ザ・モンスター』

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今日はレディー・ガガの2枚目のアルバムをご紹介いたします

『ザ・モンスター』(The Monster、原題はThe Fame Monster)は、2枚目のスタジオ・アルバムです
アルバムに収録されている8曲以外はガガの1枚目のアルバム『ザ・フェイム』の再発版です

このアルバムは『ザ・フェイム』より暗い部分を表現しています
ガガが2008年から2009年にかけて行った世界コンサートツアーの間の経験を「怪物」で比喩的に表現しているアルバムです

リリース 2009年11月18日
録音 2009年




通常版
タイトル及び 作者
1. 「バッド・ロマンス」
レディー・ガガ
レッドワン

2. 「アレハンドロ」
レディー・ガガ
レッドワン

3. 「モンスター」
レディー・ガガ
レッドワン
スペース・カウボーイ

4. 「スピーチレス」
レディー・ガガ

5. 「ダンス・イン・ザ・ダーク」
レディー・ガガ
フェルナンド・ゲリベイ

6. 「テレフォン」(featuring ビヨンセ)
レディー・ガガ
ロドニー・ジャーキンス
ラショーン・ダニエルズ
フランクリン
ビヨンセ

7. 「ソー・ハッピー・アイ・クッド・ダイ」
レディー・ガガ
レッドワン
スペース・カウボーイ

8. 「ティース」
レディー・ガガ
テディー・ライリー

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「音楽業界は虐待に溢れている」レディ・ガガが明かす、監禁&性的暴行の経験
5/25(火) 23:00配信 コスモポリタンより引用いたします

『Apple TV+』で配信が開始されたドキュメンタリー・シリーズ、『あなたに見えない、私のこと』に登場したレディー・ガガが、19歳のときに音楽プロデューサーから受けた性的暴行の被害と、それが自身に及ぼした影響について明らかにした。

ヘンリー王子と人気司会者オプラ・ウィンフリーがメンタルヘルスの問題に焦点を当てるこのシリーズで、ガガは勇敢にも、2014年に出演したラジオ番組『ハワード・スターン・ショー』で告白していたこの経験について、さらに詳しく語っている。

このプロデューサーによる暴行により、ガガは「精神が完全に壊れ」、その後「何週間もの間、病んでいた」という。

「私は19歳で、この仕事を始めていました。あるプロデューサーから『服を脱げ』と言われ、『ノー』と言ってその場を去りました」

「すると彼らは、私の曲をすべて燃やすと言いました」

「……その後も彼らは、私に同じことを言い続けました。私は凍りつきました。そして……後は覚えてもいません」

ガガは自分を襲ったそのプロデューサーの名前を明かしていない。決して公表しない理由については、次のように説明している。

「(加害者の実名を公表する)#MeToo運動のことは理解するし、それができる人がいることもわかります。でも、私にはできません。その人と、二度と顔を合わせたくないのです」

「このシステム(音楽業界)は本当に虐待に溢れており、本当に危険です」

ガガはまた、暴行を受けて妊娠したことについても明らかにしている。

「自分の体の感覚がなくなりました。最初は激しい痛みを感じ、それから感覚を失い、その後何週間も、体調が優れない状態が続きました」

ガガをレイプした人は何ヵ月も彼女をスタジオに閉じ込めて虐待し、妊娠した彼女が嘔吐するなど体調を悪くすると、実家の近くに置き去りにしたという。

「私の精神は完全に壊れました。数年の間、私はそれまでと同じ私ではなくなっていました。私が痛みを感じるときの感覚は、レイプされた後の感覚でした……本当に何度も、MRIやCT検査を受けましたが、何も悪いところは見つかりませんでした。でも、体は(痛みを)覚えているのです」


ガガは2016年にアカデミー賞授賞式で、性的暴行の経験を基に作詞したシングル『Till It Happens To You'』を披露。同じような経験をした人たちとともにステージに上がり、素晴らしく感動的なパフォーマンスを見せている。

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 上記の記事で取り上げている楽曲「ティル・イット・ハプンズ・トゥ・ユー」は、映画『ハンティング・グラウンド』の挿入歌として、2015~2016年にかけて多くの賞を受賞しています。

 グラミー賞やアカデミー賞にもノミネートされ、2016年のアカデミー賞ではレイプ被害者たちをステージに上げ、レディー・ガガがピアノを弾きながらこの歌を熱唱しています。

「Till It Happens To You」
Live Oscar Performance 2016



 この曲が題材にしているのは、アメリカの大学キャンパスで多発し、社会問題に発展しているレイプ事件のことです。

 レイプ被害者へのインタヴューなどから制作された2015年のドキュメンタリー映画『ハンティング・グラウンド』によると、大学または短大に在学中にレイプもしくはレイプ未遂の被害にあう女性の割合は、5人に1人。大学側の対応の問題も指摘されていて、映画では、多くの有名校が大学の評判を落とさないために事件を隠ぺいする傾向にあると主張されています。

 

 
 ガガがこの曲の制作に参加することを決めたのは、彼女自身がレイプの被害者だからです。

 2014年にのラジオ番組のインタヴューで、19歳の頃に1歳年上の男性に無理やりレイプされた経験があると明かしています。自身の経験について、次のように語っています。

「レイプは毎日のように起こっているわ。とても怖くて悲しいことよね。自分の身に起きたとき、最初のうちはそこまでショックは感じていなかったんだけど、4、5年経って急にトラウマに悩ませれるようになったの。“レイプの被害者”だっていうレッテルを貼られたくなくて、誰にも言えずにいたわ」―ガガ、ラジオ番組にて。



 曲のタイトルである「Til It Happens To You」は、日本語に訳すと「それがあなた自身に起こるまでは」という意味です。

 周囲の人たちからの励ましの言葉も届かないくらい、深い闇に陥ってしまったレイプ被害者たちの心の葛藤をリアルに表現した歌詞をご紹介いたします



時間が経てば、そのうち良くなるよってあなたは言うけ

しっかりしなさい、きっと大丈夫だから、なんて言うけど

あなたに何がわかるっていうの? 
何を知ってるって?

一体何を知ってるのか教えてよ、何が分かるっていうの?


それがあなた自身に起こるまでは、本当はどんな感じかなんて分かるわけないわ

あなた自身に起こるまでは、知るわけがない、リアルじゃないもの

リアルじゃない、私の気持ちなんて分かるわけない

(※歌詞の一部抜粋しています)

■ アメリカの大学でのレイプ問題をテーマにしたドキュメンタリー映画『ハンティング・グラウンド』




ご視聴ありがとうございました
参考資料 Wikipedia
       FRONTROW

New York Dolls – Chatterbox

ニューヨーク・ドールズの「Chatterbox」で、アルバムは74年・2nd『Too Much Too Soon:悪徳のジャングル』ですね。これも昔は邦題が別世界、ですが合ってる!

NYパンクの元になると思う、ニューヨーク・ドールズですが、70年代ロンドンパンク前、なんかUKのグラムのようなバンドがいるぞ?

セックス・ピストルズ の『勝手にしやがれ!!』前、流れ的にはデヴィッド・ボウイのような真似???する奴?

昔はブリティッシュロックが優位、特に小生の場合!

NY音楽はニュー・ウェイヴ 78・79年頃、パンクはラモーンズ、デッド・ボーイズ、スーサイドetc、知的なテレヴィジョンとトーキング・ヘッズ、そしてパティ・スミス今はパンクなんでしょうが、変な前衛ロック女性盤と。

その前段階のニューヨーク・ドールズはグラムのロックンロールと思っていましたが、ここで同世代では悪名の高いマルコム・マクラーレンからみを知って、パンクの元と。

73年・1st『New York Dolls :ニューヨーク・ドールズ』のプロデューサーはトッドラングレンで上手くまとめましたが職人気質、まあ音才の達人ですので、ニューヨーク・ドールズの乱痴気騒ぎ気質には興味を無し相手にしなかったようで、レコーディングできたようですが。


 


In Too Much Too Soon


 


この2nd『Too Much Too Soon:悪徳のジャングル』の頃は、ギターのジョニー・サンダース 、 ドラムのジェリー・ノーランがドラッグ中でボロボロの状態で、この後の日本公演前に二人が離脱。

ロッカーはなんでヤク中になるのと思いますがが、ジョニー・サンダースの場合はイギーポップに教わったようで……イギーがギリギリ危ないラインを歩みますが生きて、サンダースは91年早死、人生は正に自己責任。大嫌いな言葉ですが。

この動画はジョニー・サンダースはギターを落とし演奏。

ロックに人生をかけ、コンポーザーの才、旬のロンドンパンクと交流でUKでも受け、レコーディングもソロでしましたが。

破滅的ロッカー典型のシンボリックなミュージシャンのサンダーズ、寂しい過ぎる、パンク定番のような曲「Chatterbox」聴いて、思う。

日本でも人気もあり、忌野清志郎との80年代後半交流もありでした。本場、90年・93年にNY訪れましたが、パンクはもう残影状態、これも寂しいかったです。

と云うことでおまけは同アルバムから

New York Dolls - Who Are The Mystery Girls






























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Mike Shinoda 「Happy Endings」

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ヘ~イ、マイク!!
元気そうで良かった~(*^^*)
久しぶりに姿を観られたので感激!!

この楽しい曲も大好きです
May 21, 2021 - Performance from See Us Unite
Happy Endings [ft. iann dior & UPSAHL]



こちらは、和訳付き
Mike Shinoda「Happy Endings (feat. iann dior & UPSAHL) 」


グラミー賞受賞を誇るリンキン・パーク(Linkin Park)のリード・ボーカルのうちの1人、マイク・シノダ(Mike Shinoda)が飛び切りキャッチーなポップ・ロック・アンセム「Happy Endings / ハッピー・エンディングス」ミュージックビデオを公開!

フィーチャリングにはバイラルヒットを記録した若きラッパー、イアン・ディオール(iann dior)とアリゾナのポップ女王、アプサール(UPSAHL)を迎え、陽気な春にぴったりの元気が出る楽曲となっている。Warner Music Japan


新曲のリリースを待っているよ~♥♥♥
頑張ってね、マイク(^_^)

生きていると苦しいことの方が多いけど
また新しい何かに向かって模索し続けることが必要だよね

悲しみは変わらないけれど、
もう閉じこもるのはウンザリだよね