コロナも災害も…奈良の寺から広がる支援~産経新聞
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【一聞百見】コロナも災害も…奈良の寺から広がる支援 松島靖朗・NPO法人おてらおやつクラブ代表理事
2020.8.7 16:00
奈良のお寺から始まったという子供の支援活動が以前から気になっていた。寺に集まるお供え物を「おさがり」として、一人親家庭の子供らに届ける「おすそわけ事業」。その発想に感心したからだ。実施しているのはNPO法人「おてらおやつクラブ」。新型コロナウイルスの影響で家庭の困窮度が増し、緊急的な支援要請が増えているという。先の豪雨災害にも、つながりのある被災地域の寺などを通じて支援を始めた。事務局のある奈良県田原本町の安養寺に、代表理事を務める松島靖朗住職(44)を訪ねた。
(聞き手・山上直子編集委員)
■おそなえをおすそわけ
「お母さんや子供たちからの助けてほしいという要請が増えました。新型コロナの影響で学校が休校になり、給食がなくなった。それが唯一の食事だった子供たちへの影響は大きいです」という松島さん。おやつの送り先は、全国各地の子供をサポートする支援団体向けと、要請のあった家庭に直接送る「直接支援」とがある。今回は特にその直接支援が急増したそうだ。「お母さんたちも困っています。一人親家庭はかなりの割合が非正規雇用で、収入が減ったり仕事がなくなったという人も少なくないからです」
一方で、支援する側にも影響が出た。従来はボランティアが集まって菓子などを仕分け、発送していた活動だが「3密」を避けて休止に。小分けにするなど工夫してNPOメンバーらで対応しているという。「ありがたいことに、そうした状況を察して『こんなときだからこそ』と、食品の寄贈や寄付も増えています。お菓子やジュースだけでなく、お米や日用品、マスクも」。意外だったと笑うのは、政府が配布した通称アベノマスク。近所から集めて寄付した人がいて、それをまた支援家庭に届け役立ったという。現在も受け付け中だそうだ。
ウイルス禍だけでなく、7月の豪雨災害の被災地への支援も始めた。これまでの支援活動でつながってきた被災地の寺とのネットワークが役立った。「おすそわけを災害支援に切り替えてもらい、支援物資を送ることができるようになってきました。普段送っているからこそできることですし、被災地で取り残される困窮家庭をサポートしたいという願いもあります」
その中で、支援の輪の広がりを感じたできごとがあったという。「昨年の長野の豪雨被害で支援を受けたお寺さんが今度は九州に支援をと。本当にありがたい。こちらは情報をつないでいるだけですが、いいものを見せていただいたと思います」
■悲劇を繰り返さない
お寺の「おそなえ」を仏からの「おさがり」として、経済的に苦しい家庭やその支援団体に配布する「おすそわけ事業」。きっかけは、平成25年に大阪市で一人親家庭の母親と幼児が遺体で見つかった事件だった。20代だった母親が「最後にたくさん食べさせてあげられなくてごめんね」という趣旨のメモが残されていたと、報道で知る。
「ショックというか、言葉になりませんでした。ちょうど私もそのころに息子が生まれて父親になったばかりで、親としてそのお母さんの気持ちを思うと…。大阪という身近な地域で起きたことで印象も強く、繰り返してはいけないと思いました」
自身も両親の離婚で母子家庭の経験がある。母の実家で祖父が住職を勤める安養寺(奈良県田原本町)で育った。
「子供のころは衣を着せられて祖父とお勤めをするのが楽しかったんです。ところが徐々に、同級生の家にお盆などでお参りに行くようになると…。檀家(だんか)さんに会うと『将来頼んどくわ』などと声も掛けられる。理解もしていないのにお経を唱えありがたがられることにも罪悪感を感じるようになっていきました」
大阪の仏教系の高校に入学したが2週間で退学。翌年に奈良市内の高校に進んだ。
「お寺という特殊な環境が嫌でした。人と同じような普通の生活がしたい。お寺から離れるにはと考え、東京の大学に行けばいいんだと思いついたんです」
当時はインターネット産業が飛ぶ鳥を落とす勢いで成長していた。情報サービス最大手のNTTデータに新卒で入り、その後、化粧品の口コミサイト「アットコスメ」の運営などで知られるアイスタイルの会社経営などに携わった。
「ずっと人と同じような生活がしたいと思ってきたのに、東京で出会った人たち、特にこんなふうになりたいなと思った人たちはみんな人と違う生き方をしていた。いろいろな事業を経験してやりたかったことができたと思ったタイミングで、自分にとって普通ではない人生って何だろうと考えました。それはお寺、お坊さんとして生きるということでした」。だから宗教的な発心(菩提=ぼだい=心を起こすこと)があったわけじゃないんです-と苦笑する。修行を終えて僧侶となり、祖父のあとを継いで住職に。そんなときに大阪の事件を知る。寺にはいつも食べきれないほどのお供えがあった。手探りで始めた「おすそわけ事業」だが、多くの支援を得て6年あまりで賛同寺院数は1440カ寺に(前年度実績)と着実に広がっている。
おもしろいエピソードがある。ある子供のメールに「和菓子はもういいのでポテトチップスをお願いします」とあった。「それ、まさに私が子供のときに祖父に言っていたことでした。どら焼きはいいからポテトチップスを買いに行こうって。小さな出来事ですが、子供が子供らしいことを言えるということがうれしい。小さくてもそんな積み重ねを作っていきたいのです」
■孤立させず困難に寄り添う
「この支援がなければ心が折れていたかもしれません」。NPO法人おてらおやつクラブが発行するフリーマガジン「てばなす」には、そんなお母さんの切実な声が紹介されている。支援家庭は北海道から沖縄まで。お寺の「おそなえ」を「おさがり」として配る「おすそわけ事業」は、そうして実績を積んできた。
6月末にホームページに掲載された「2019年度 インパクトレポート」によると、昨年度のおすそわけ発送数は前年度比で23・6%増、寄贈物資の重量は約2・6倍、寄付金額は約2倍に。まるで企業の経営報告書さながらの内容だ。
「これまで多くの応援をいただいてきています。その力がどうなっているのか、目的がどれだけ達成できているのか。客観的にまとめ、だれがみてもわかるように情報発信する責任があると考えています」。いわく、おすそわけ事業が生み出す社会的価値と成果を可視化し、ステークホルダー(利害関係者)への説明責任につなげる-。お坊さんというよりはビジネスマンと話をしている気分になるが…。「われわれ自身のためでもあって。お布施もそうですが、お坊さんのやっていることってよくわからないというイメージが強いでしょう?」と苦笑。活動を始めたころ「お坊さんもたまにはええことをするんやな」といわれたそうだ。なんとも世間の期待値は低かったのである。
成果の一つが直接支援家庭の増加。前年度に比べて世帯数は5割も増えた。「テレビで活動をみて知った」「ネットで検索して見つけた」など、いかに必要とされているかがわかる。興味深いのは、経済面だけでなく精神的な支えにもなっていることだ。お寺からの援助で「守られている感じがする」「ひとりじゃないと思える」といった声が多かった。
「単に物を送っているだけではないんです。私たちが考える貧困とは、経済的困窮と孤立(社会的孤独)が合わさったもの。孤立して困りごとが解決できない家庭も多いのです」と松島さん。調査によると、クラブの支援を受けることで社会との連帯感が7割以上向上したという。「不思議なのは、実際、お母さんたちと顔を合わせることはほとんどないということ」という松島さん。だからこそ話せる、寄り添えるということもあるのかもしれない。
今後の課題は、少し頭打ちになってきた賛同寺院をさらに増やすこと、そして大きくなっていく活動を支える体制を構築することだ。「経営課題が出てきましたね」と笑う。
新型コロナウイルスの影響で、広報戦略でもある講演活動ができなくなった。子供たちに文化体験と笑顔を、と実施してきた「おてらおやつ劇場」(人形芝居や紙芝居)はオンラインで公開中。新作「ぶんぷくちゃがま」のための「ぶんぷく勧進」に協力を呼び掛けている。「活動を始めた当初は思っていなかったんですが、私自身も仏様のおさがりで育てていただいたことに気づいて。44年かかりました。だからこそ、子供たちにお返しするのが自分の役目だと思う。ユニークな生き方をしたいとお坊さんになりましたが、そんなことはもうどうでもいい。遠回りをしてきましたが、その回り道も修行だったのだと思います」
【おてらおやつクラブの主な支援募集】
☆給食がなくなる夏休み支援のため「おそなえ」を届けてください
☆豪雨災害支援(物資)にご協力を
☆「ぶんぷく勧進」にご支援を
(詳しくはホームページhttps://otera-oyatsu.club/)
【特定非営利活動法人おてらおやつクラブ】
日本国内の子供の貧困問題の解決を目指し、寺の「おそなえ」を仏からの「おさがり」として経済的に困難を抱える家庭やその支援団体に「おすそわけ」(配布)する活動団体。平成25年に大阪市で起きた母子餓死事件をきっかけに代表理事の松島靖朗さんが発案、26年から活動を開始し、29年特定非営利活動法人に。30年度グッドデザイン賞大賞を受賞。
【プロフィル】まつしま・せいろう 昭和50年奈良県出身。奈良・安養寺第三十二代住職。特定非営利活動法人おてらおやつクラブ代表理事。早稲田大学商学部卒業後、NTTデータ、アイスタイルでインターネット関連事業、会社経営に従事。平成22年浄土宗総本山知恩院にて修行を終え僧侶となる。平成26年に「おてらおやつクラブ」活動を開始。