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Angel – Can You Feel It
エンジェルの「Can You Feel It」で、アルバムは77年3rd『On Earth as It Is in Heaven:舞踏への誘い』ですね。邦題がすっかり忘れていた。
70年代中期、エンジェルもいました、アメリカンロック!
米ハードロック系から聴いた順では、GFR、キッス=エアロスミス=エンジェル、少し後チープトリックかなと。
クイーン、キッス、エアロスミス、エンジェルと四大バンドと言われていたようですが、これは覚えていない。

75年1st『Angel』・76年2nd『Helluva Band』のアルバムジャケットの絵が、同時期に放送されいた『勇者ライディーン』に似ていて、なんだかなと、ラジオでもかかり、それなりに人気がありました。


ロック女子は注目、まあクイーン、チープトリックがいますので3番手ぐらいだったと思いますがTVも取り上げていました。
だた衣装見た時は、うむむむ、クイーンの真似? 普通に思うロックキッズ(笑)
キッスのジーンシモンズに発掘されたとの事だったようで(これも忘れていた)
キッスは一応ダークサイド、エンジェルがホワイトサイドの陰陽だったかもですが、どちらもPOPなハードロック多し。
エンジェルがハードプログレ兼 グラムと? 衣装がらみで、ここらへんの解釈なるとUKRockファンとしては、Sweetもいたと言いたい(笑)
で、『On Earth as It Is in Heaven:舞踏への誘い』は、なかなかのでき、ハード・POP・バラードとキャッチなメロで正に70年代ロック、やっぱり懐かし。
2020年、パンキー・メドウス とフランク・ディミノの創始メンバーで43年ぶり公演(77年日本公演がプロモーターの不良と裏覚えですが)がコロナ禍で流れ、今年に変更のようですが、どうなるでしょうか。
と云うことでおまけは2連発で
1曲目は同アルバムから、ラジオでよくかかった曲で
Angel - Telephone Exchange
2曲目は何とフランクザッパの78年『Zappa in New York』で10年目のブログで3曲目?? お茶目と言うか、おちゃらけと言うか、小生にはザッパを聴くのは憩いならじ、エンジェルの事唄ってるテリー・ボジオですね。
Frank Zappa - Punky's Whips


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70年代中期、エンジェルもいました、アメリカンロック!
米ハードロック系から聴いた順では、GFR、キッス=エアロスミス=エンジェル、少し後チープトリックかなと。
クイーン、キッス、エアロスミス、エンジェルと四大バンドと言われていたようですが、これは覚えていない。

75年1st『Angel』・76年2nd『Helluva Band』のアルバムジャケットの絵が、同時期に放送されいた『勇者ライディーン』に似ていて、なんだかなと、ラジオでもかかり、それなりに人気がありました。


ロック女子は注目、まあクイーン、チープトリックがいますので3番手ぐらいだったと思いますがTVも取り上げていました。
だた衣装見た時は、うむむむ、クイーンの真似? 普通に思うロックキッズ(笑)
キッスのジーンシモンズに発掘されたとの事だったようで(これも忘れていた)
キッスは一応ダークサイド、エンジェルがホワイトサイドの陰陽だったかもですが、どちらもPOPなハードロック多し。
エンジェルがハードプログレ兼 グラムと? 衣装がらみで、ここらへんの解釈なるとUKRockファンとしては、Sweetもいたと言いたい(笑)
で、『On Earth as It Is in Heaven:舞踏への誘い』は、なかなかのでき、ハード・POP・バラードとキャッチなメロで正に70年代ロック、やっぱり懐かし。
2020年、パンキー・メドウス とフランク・ディミノの創始メンバーで43年ぶり公演(77年日本公演がプロモーターの不良と裏覚えですが)がコロナ禍で流れ、今年に変更のようですが、どうなるでしょうか。
と云うことでおまけは2連発で
1曲目は同アルバムから、ラジオでよくかかった曲で
Angel - Telephone Exchange
2曲目は何とフランクザッパの78年『Zappa in New York』で10年目のブログで3曲目?? お茶目と言うか、おちゃらけと言うか、小生にはザッパを聴くのは憩いならじ、エンジェルの事唄ってるテリー・ボジオですね。
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Paul Kossoff – Molton Gold
ポール・コゾフの「Molton Gold」で、アルバムは73年『Back Street Crawler:バック・ストリート・クロウラー』ですね。
年末に息子からもらったW10ノートで、PCステレオの音楽ソフトRoonの為、中古アンプ、スピーカー、果ては電源トランスまで、入れてしまい、とんだ散財、CDとスポティファイだけで良かったかも(苦笑)音楽を楽しむのか機器調整なのか…
それでも女性ボーカルを中心に聴いて調整、もう2か月目にはいる、全然楽しくない、音苦(苦笑)思った音がでない。
そして、やっぱりロック聴きたい(笑)
ハードロック系が迫力がない、音楽配信やハイレゾMQA規格。まあDACが安価だから?電源系はそれなりにしたと思うが、大音量でかけないと迫力なし、マンションだから、息子の叱られる。これもヘッドホンで良かった?
で、60年末から70年代のかけて、やっぱりUKRockブルースロック系、フリー、ハンブルパイ、フェイセズ、テインイヤーズアフターあたりは、適度な音量で少しまともに聴けるようになってきた。

フリーは中学生の頃、クイーンを知った頃、少し後追いで、生意気で意地悪で大嫌いな同級生(近所の朝通学同じ、中坊なのにベースを演っていた)に教わり、これは良かった。
76年高校生になる頃はフリーは無く、ポール・ロジャースとサイモン・カークはバドカン(バッドカンパニー)になっていましたが、ポール・コゾフは亡くなった。
脱退してから、フリーのメンバーとのソロでセッション的アルバム『バック・ストリート・クロウラー』
ドラック禍のコゾフはそれでも、このソロ・アルバム名をバンドにして、2枚アルバム出して、事切れる事になったわけで26歳。ロックバンドには、死はつきものなのとホント思う。
ブリティッシュロックには、たくさんの鳴きのギタリストがいると思いますが、10代多感な時に聴いてポール・コゾフも、もちろん入ります。
で、今回フリーを音楽ソフトRoon・TIDALを聴いていたら、『バック・ストリート・クロウラー』とコゾフのバンドの75年『The Band Plays On』76年『2nd Street 』も引いてきた。バンドの方が聴いていなかった。
いろいろ文句はあるが、音楽ソフトが6000万曲から勝手に選曲ですが、確かにセンスはある、小生よりずぅっと!
75年『The Band Plays On』76年『2nd Street 』についてはおいおいブログにしたいと。
ネットオーディオはそれなりに手間かかると思う。レコードが一番かも。でもプレーヤーは昔に処分して、CDのみで、それもこの頃はネットワークプレーヤー主になっていた。少し後悔。これだけは言えるオーディオは、音楽を楽しむようにしないと本末転倒。
と云うことでおまけは同アルバムから長い曲ですがA面1曲でした。
Paul Kossoff -Tuesday Morning


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年末に息子からもらったW10ノートで、PCステレオの音楽ソフトRoonの為、中古アンプ、スピーカー、果ては電源トランスまで、入れてしまい、とんだ散財、CDとスポティファイだけで良かったかも(苦笑)音楽を楽しむのか機器調整なのか…
それでも女性ボーカルを中心に聴いて調整、もう2か月目にはいる、全然楽しくない、音苦(苦笑)思った音がでない。
そして、やっぱりロック聴きたい(笑)
ハードロック系が迫力がない、音楽配信やハイレゾMQA規格。まあDACが安価だから?電源系はそれなりにしたと思うが、大音量でかけないと迫力なし、マンションだから、息子の叱られる。これもヘッドホンで良かった?
で、60年末から70年代のかけて、やっぱりUKRockブルースロック系、フリー、ハンブルパイ、フェイセズ、テインイヤーズアフターあたりは、適度な音量で少しまともに聴けるようになってきた。

フリーは中学生の頃、クイーンを知った頃、少し後追いで、生意気で意地悪で大嫌いな同級生(近所の朝通学同じ、中坊なのにベースを演っていた)に教わり、これは良かった。
76年高校生になる頃はフリーは無く、ポール・ロジャースとサイモン・カークはバドカン(バッドカンパニー)になっていましたが、ポール・コゾフは亡くなった。
脱退してから、フリーのメンバーとのソロでセッション的アルバム『バック・ストリート・クロウラー』
ドラック禍のコゾフはそれでも、このソロ・アルバム名をバンドにして、2枚アルバム出して、事切れる事になったわけで26歳。ロックバンドには、死はつきものなのとホント思う。
ブリティッシュロックには、たくさんの鳴きのギタリストがいると思いますが、10代多感な時に聴いてポール・コゾフも、もちろん入ります。
で、今回フリーを音楽ソフトRoon・TIDALを聴いていたら、『バック・ストリート・クロウラー』とコゾフのバンドの75年『The Band Plays On』76年『2nd Street 』も引いてきた。バンドの方が聴いていなかった。
いろいろ文句はあるが、音楽ソフトが6000万曲から勝手に選曲ですが、確かにセンスはある、小生よりずぅっと!
75年『The Band Plays On』76年『2nd Street 』についてはおいおいブログにしたいと。
ネットオーディオはそれなりに手間かかると思う。レコードが一番かも。でもプレーヤーは昔に処分して、CDのみで、それもこの頃はネットワークプレーヤー主になっていた。少し後悔。これだけは言えるオーディオは、音楽を楽しむようにしないと本末転倒。
と云うことでおまけは同アルバムから長い曲ですがA面1曲でした。
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Laura Nyro-Captain For Dark Mornings
ローラ・ニーロの「Captain For Dark Mornings:暗い朝のキャプテン」で、アルバムは69年『New York Tendaberry:ニューヨーク・テンダベリー』です。
ローラ・ニーロはNY生、制作録音もNYで純正NYアルバムですね。
この頃、女性ボーカルを突き詰めて、なんか意地になって聴いてますが、60年代から70年代かけてはキャロル・キング、ジョニ・ミッチェル、小生的にはジュディ・コリンズ、ソウル系では大御所アレサ・フランクリン、ロバータ・フラックあたり。
枠を越えではニーナ・シモン、そしてロックで忘れべからず、ブルースロックだったら、何と言ってもジャニス・ジョプリン(高校生の頃は女性ボーカルは一番だと思っていた)
で、売れ筋を狙うのでは無いプロモ指向でも無い、実力シンガーソングライターがNYのローラ・ニーロですね。ポップよりはソウルと思う。アメリカのほんとブルー・アイド・ソウル。

NY好きの小生でも、前作69年『イーライと13番目の懺悔』が少し暗めPOPなら、この69年『ニューヨーク・テンダベリー』はかなり暗めの私音楽的ソウルフルなPOP。
ながら聴きでなく、覚悟して時を持ち、当方も謹聴、体力がいる、凛としてしみいる。
ソングライターとして、バーブラ・ストライサンド、フィフス・ディメンション、スリー・ドッグ・ナイト、ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズの曲がヒットですから、歌とコンポーザーの才があった。
アルバムはピアノが力強く、叫びのような歌声で、ハーモニーとストリングスに対峙するような緊張感、憩いにならじ、聴いて側も真剣になるアルバムですね。
と云うことでおまけは同アルバムの好きな主題曲で
LAURA NYRO -New York Tendaberry


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ローラ・ニーロはNY生、制作録音もNYで純正NYアルバムですね。
この頃、女性ボーカルを突き詰めて、なんか意地になって聴いてますが、60年代から70年代かけてはキャロル・キング、ジョニ・ミッチェル、小生的にはジュディ・コリンズ、ソウル系では大御所アレサ・フランクリン、ロバータ・フラックあたり。
枠を越えではニーナ・シモン、そしてロックで忘れべからず、ブルースロックだったら、何と言ってもジャニス・ジョプリン(高校生の頃は女性ボーカルは一番だと思っていた)
で、売れ筋を狙うのでは無いプロモ指向でも無い、実力シンガーソングライターがNYのローラ・ニーロですね。ポップよりはソウルと思う。アメリカのほんとブルー・アイド・ソウル。

NY好きの小生でも、前作69年『イーライと13番目の懺悔』が少し暗めPOPなら、この69年『ニューヨーク・テンダベリー』はかなり暗めの私音楽的ソウルフルなPOP。
ながら聴きでなく、覚悟して時を持ち、当方も謹聴、体力がいる、凛としてしみいる。
ソングライターとして、バーブラ・ストライサンド、フィフス・ディメンション、スリー・ドッグ・ナイト、ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズの曲がヒットですから、歌とコンポーザーの才があった。
アルバムはピアノが力強く、叫びのような歌声で、ハーモニーとストリングスに対峙するような緊張感、憩いにならじ、聴いて側も真剣になるアルバムですね。
と云うことでおまけは同アルバムの好きな主題曲で
LAURA NYRO -New York Tendaberry
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Jennifer Warnes – First We Take Manhattan
ジェニファー・ウォーンズの「First We Take Manhattan」で、アルバムは86年『Famous Blue Raincoat The Songs of Leonard Cohen:フェイマス・ブルー・レインコート ジェニファー・ウォーンズ、レナード・コーエンを歌う』ですね。
ジェニファー・ウォーンズは私達の世代はマストでは、小生も奥方(同い歳)大大好き映画82年『愛と青春の旅だち』の主題歌ジョー・コッカーとデュエットの「Up Where We Belong」ですが。
サントラ系は強い、87年には映画『ダーティ・ダンシング』の「(I've Had) The Time of My Life:タイム・オブ・マイ・ライフ 」や79年サリー・フィールド1回目のアカデミー主演女優賞『ノーマ・レイ』の「It Goes Like It Goes:流れのままに」や、これは忘れていましたが84年『トワイライトゾーン/超次元の体験』

ジェニファー・ウォーンズはデビューは60年代末からで、リンダ・ロンシュタットに続くシンガーとして期待されてデビューのようで、70年代にヒット曲76年「Right Time of the Night:星影の散歩道」がありました。
70年代初めから、カナダの才人レナード・コーエンと長きにわたり交流して、バックボーカル、アレンジ等相互協力の仲だったようで、女たらしの哀愁にボーカルがあったようです。
派手さでなく、素直な実直な歌唱のようで深と響く歌声、実力あり、80年代に入り、レナード・コーエンの曲を唄うアルバムが『フェイマス・ブルー・レインコート ジェニファー・ウォーンズ、レナード・コーエンを歌う』ですね。
久しぶり聴きましたが、リンダ・ロンシュタットとは違う味わい、静謐なPOP女性ボーカルアルバム、ため息が出るほど、しっとりしました。
この「First We Take Manhattan」のギターはスティーヴィー・レイ・ヴォーン、アルバムに参加ミュージシャンはデヴィッド・リンドレー 、ヴィニー・カリウタ等他多、そしてコンポーザー兼デュエットでレナード・コーエンです。渋く豪華。
この頃、女性ボーカルモノを多く聴いてますが、ジェニファー・ウォーンズはいいですね。素晴らしい! 70年代モノも21世紀モノも絶賛しております。
と云うことでおまけはレナード・コーエンとのデュエット曲で
Jennifer Warnes - Joan of Arc


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ジェニファー・ウォーンズは私達の世代はマストでは、小生も奥方(同い歳)大大好き映画82年『愛と青春の旅だち』の主題歌ジョー・コッカーとデュエットの「Up Where We Belong」ですが。
サントラ系は強い、87年には映画『ダーティ・ダンシング』の「(I've Had) The Time of My Life:タイム・オブ・マイ・ライフ 」や79年サリー・フィールド1回目のアカデミー主演女優賞『ノーマ・レイ』の「It Goes Like It Goes:流れのままに」や、これは忘れていましたが84年『トワイライトゾーン/超次元の体験』

ジェニファー・ウォーンズはデビューは60年代末からで、リンダ・ロンシュタットに続くシンガーとして期待されてデビューのようで、70年代にヒット曲76年「Right Time of the Night:星影の散歩道」がありました。
70年代初めから、カナダの才人レナード・コーエンと長きにわたり交流して、バックボーカル、アレンジ等相互協力の仲だったようで、女たらしの哀愁にボーカルがあったようです。
派手さでなく、素直な実直な歌唱のようで深と響く歌声、実力あり、80年代に入り、レナード・コーエンの曲を唄うアルバムが『フェイマス・ブルー・レインコート ジェニファー・ウォーンズ、レナード・コーエンを歌う』ですね。
久しぶり聴きましたが、リンダ・ロンシュタットとは違う味わい、静謐なPOP女性ボーカルアルバム、ため息が出るほど、しっとりしました。
この「First We Take Manhattan」のギターはスティーヴィー・レイ・ヴォーン、アルバムに参加ミュージシャンはデヴィッド・リンドレー 、ヴィニー・カリウタ等他多、そしてコンポーザー兼デュエットでレナード・コーエンです。渋く豪華。
この頃、女性ボーカルモノを多く聴いてますが、ジェニファー・ウォーンズはいいですね。素晴らしい! 70年代モノも21世紀モノも絶賛しております。
と云うことでおまけはレナード・コーエンとのデュエット曲で
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Christine McVie – The Challenge
クリスティン・マクヴィーの「The Challenge」で、アルバムは84年『Christine McVie』ですね。
ソロとして、70年1st『Christine Perfect』の次作ですが、どちらも名前がアルバム名。70年『クリスティン・パーフェクト』が本名、ピーターグリーンがいなくなったフリートウッド・マックに加入の頃、露払い的なアルバム。
調度フリートウッド・マックのメンバーのジョン・マクヴィーと結婚、クリスティン・マクヴィーの芸名に変え、77年『Rumours:噂』あとに離婚でも名前を変えず、80年ソロは『クリスティン・マクヴィー』としたようです。
今回、クリスティン・マクヴィーの恋愛歴を知ったのですが、かなり自由奔放で、どうしても、この時代のフリートウッド・マックは、ソロでも売れたスティーヴィー・ニックスにフォーカスしますが、クリスティン似たり寄ったり。
そもそもバンドのメンバーがパートナーだったわけで、男女混合バンドは大変だと、色恋ざだがミニマムな小生は思いました(笑)

で、このアルバムからヒット曲「Got a Hold on Me:恋のハート・ビート」「Love Will Show Us How:愛のてだて」と邦題が思い切り恋よりですが、実は合っているかも です。
POPロックなアルバムですが、参加ミュージシャンが、フリートウッド・マックからリンジー・バッキンガム、ミック・フリートウッド、スティーヴ・ウィンウッド、エリック・クラプトンで定番ですが豪華。
あんまりリンジー・バッキンガムのギターは評価されませんが、『Rumours:噂』は彼がいたからこそと思いがあります。
この「The Challenge」はクラプトンが伴奏で、あんまり本気で弾かないけど、それなりにクラプトンを従えてるのが判ります。
パクリ感もあるようでないような(笑)80年代POPロックなアルバム、小生的にはスティーヴィー・ニックスより、クリスティン・マクヴィーびいきですので楽しめるアルバムです。
と云うことでおまけへはスティーヴ・ウィンウッドのボーカル曲で、
Christine McVie - One in a Million


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ソロとして、70年1st『Christine Perfect』の次作ですが、どちらも名前がアルバム名。70年『クリスティン・パーフェクト』が本名、ピーターグリーンがいなくなったフリートウッド・マックに加入の頃、露払い的なアルバム。
調度フリートウッド・マックのメンバーのジョン・マクヴィーと結婚、クリスティン・マクヴィーの芸名に変え、77年『Rumours:噂』あとに離婚でも名前を変えず、80年ソロは『クリスティン・マクヴィー』としたようです。
今回、クリスティン・マクヴィーの恋愛歴を知ったのですが、かなり自由奔放で、どうしても、この時代のフリートウッド・マックは、ソロでも売れたスティーヴィー・ニックスにフォーカスしますが、クリスティン似たり寄ったり。
そもそもバンドのメンバーがパートナーだったわけで、男女混合バンドは大変だと、色恋ざだがミニマムな小生は思いました(笑)

で、このアルバムからヒット曲「Got a Hold on Me:恋のハート・ビート」「Love Will Show Us How:愛のてだて」と邦題が思い切り恋よりですが、実は合っているかも です。
POPロックなアルバムですが、参加ミュージシャンが、フリートウッド・マックからリンジー・バッキンガム、ミック・フリートウッド、スティーヴ・ウィンウッド、エリック・クラプトンで定番ですが豪華。
あんまりリンジー・バッキンガムのギターは評価されませんが、『Rumours:噂』は彼がいたからこそと思いがあります。
この「The Challenge」はクラプトンが伴奏で、あんまり本気で弾かないけど、それなりにクラプトンを従えてるのが判ります。
パクリ感もあるようでないような(笑)80年代POPロックなアルバム、小生的にはスティーヴィー・ニックスより、クリスティン・マクヴィーびいきですので楽しめるアルバムです。
と云うことでおまけへはスティーヴ・ウィンウッドのボーカル曲で、
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Steve Miller Band-Winter Time
スティーヴ・ミラー・バンドの「Winter Time:冬将軍 」で、アルバムは77年『Book of Dreams:ペガサスの祈り』ですね。今頃になって、原題Book of Dreamsと邦題全然違うと気がつく(笑)
「冬将軍」はスティーヴ・ミラー作の曲で、この方の愁いありのメロが判る、ビートルズメンバーと交流があったのも、納得できます。季節がらの曲・唄ですが、東京、雪が降りそうな予報。
70年代後半は、ブリティッシュロックそれもハードロックとパンクに夢中…と言うより、それが旬・リアルタイムだった。

でもスティーヴ・ミラー・バンドはFENの影響があると思う、ラジオを聴ける時はFMかAMのFENをかけていた。小さいトランジスターラジオは外出時は持って行った。
ヒット曲もあり73年「The Joker」76年「Rock'n Me」「Fly Like an Eagle」そして、このアルバムからは「Jet Airliner」はよくラジオでかかりました。
んなもんで、当時のアメリカン・ロックでも、カントリー色強いモノは毛嫌い、まあサザンロックは好きと微妙なさじ加減ですが、60年代後半はサイケロックでもあったスティーヴ・ミラー・バンドは、70年代POPロックになっても、すんなりと聴けた。
相性良かったのですが80年代になって、ディスコでも、よくかかったヒット曲「アブラカダブラ」の方がダンスミュージック? と違和感強かった!
このバンドは60年代末にはボズ・スキャッグス、 ニッキー・ホプキンス在籍、休みをはさみ、スティーヴ・ミラー以外はメンバー総変えながら、今も現役なんですね。
と云うことでおまけは同アルバムから
Steve Miller Band - Jungle Love


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「冬将軍」はスティーヴ・ミラー作の曲で、この方の愁いありのメロが判る、ビートルズメンバーと交流があったのも、納得できます。季節がらの曲・唄ですが、東京、雪が降りそうな予報。
70年代後半は、ブリティッシュロックそれもハードロックとパンクに夢中…と言うより、それが旬・リアルタイムだった。

でもスティーヴ・ミラー・バンドはFENの影響があると思う、ラジオを聴ける時はFMかAMのFENをかけていた。小さいトランジスターラジオは外出時は持って行った。
ヒット曲もあり73年「The Joker」76年「Rock'n Me」「Fly Like an Eagle」そして、このアルバムからは「Jet Airliner」はよくラジオでかかりました。
んなもんで、当時のアメリカン・ロックでも、カントリー色強いモノは毛嫌い、まあサザンロックは好きと微妙なさじ加減ですが、60年代後半はサイケロックでもあったスティーヴ・ミラー・バンドは、70年代POPロックになっても、すんなりと聴けた。
相性良かったのですが80年代になって、ディスコでも、よくかかったヒット曲「アブラカダブラ」の方がダンスミュージック? と違和感強かった!
このバンドは60年代末にはボズ・スキャッグス、 ニッキー・ホプキンス在籍、休みをはさみ、スティーヴ・ミラー以外はメンバー総変えながら、今も現役なんですね。
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