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Daryl Hall & John Oates-Family Man

ダリル・ホール&ジョン・オーツの「Family Man(ファミリー・マン)」は、1982年リリースのアルバム『H2O』の収録曲ですね。ディスコとソウルが交差した黄金時代の一枚になると思う。でも…

 

70年代後半から80年代にわたる、米国を代表するデュオ、ダリル・ホール&ジョン・オーツ。アルバム名は「Hall & Oates(H&O)」と化学式の水「H₂O」を掛け合わせたネーミング。当時はアルバムジャケットがいまいちと思っていたのはよく覚えている(笑)

 

80年代に入るとディスコミュージック、ダンスミュージックを意識したホール&オーツ。

小生の極小のデートの思い出では、女の子と同伴で行けたディスコでは、このアルバムの「Maneater(マンイーター)」は強力で、よくかかっていた。女の子は「食べられなかった」けれど(笑)。他にも「Kiss on My List」「Private Eyes」「Out of Touch」も懐かしい。

 

70年代のブルーアンドソウルは今も心地よいのですが、80年代のダンスとポップの融合した曲風が流行りだし、ガチガチのソウル出のダンスミュージックより、シックなどよりも、ホール&オーツのほうが親しみやすかった。

 

リリース年:1982年
収録アルバム:H2O(H2O)
初版(US)発売年:1982年 / 日本盤:1982年(RVC/RCA)
位置づけ:通算11枚目のスタジオ・アルバム。前作『Private Eyes』の成功を引き継ぎ、セルフ・プロデュースによって完成した黄金時代の代表作。

ホール&オーツ H2O アルバムジャケット

 

 

H2o

 

 

「Family Man」という曲

「Family Man」は、英国プログレの巨匠マイク・オールドフィールドが1982年に発表した楽曲を、わずか数ヶ月という異例の速さでカバーした一曲。個人的には、ホール&オーツ版のほうが好みだ。

 

R&Bやソウルのルーツを保ちつつ、ニュー・ウェイヴへの感度も示したスタイルが最もよく表れているのが、このアルバムではこの曲かもしれない。

誘惑に抗う男の葛藤を描いた歌詞と思うが、ダリルの才気あるボーカルが彼は単なる「ポップ・スター」ではなく、ソウル・シンガーであることを証明している。

『H2O』について

でも、今聴くとファンの方、ごめんなさいね。批判でなく、分析ね。40年以上前のアルバムなのに(笑)、あれだけ好きだった作品にも、違和感に気づく。

 

70年代のディスコが「バンドによるグルーヴ」だったのに対し、「プログラミングによるダンス化」が始まった頃と思う。シンセが突き刺し、中音域が落ちて、スカスカしたサウンドで、FMラジオやカーステレオで派手に鳴るよう設計されていたと思う。音楽が機器や聴く側に合わせる必要のある曲風でもあったかな、と思った。

 

これが顕著に表れるのが次作1984年の『Big Bam Boom(ビッグ・バム・ブーム)』だと思う。当時はカッコいいと疑いなく思っていたが。

 

なぜかスマホに勝手に入る音楽ニュースでホール&オーツの裁判沙汰と曖昧な解散表明を見て、上りにしては寂しいと思う気持ちも加味して、久しぶりに好きだったアルバムに、ちと厳しい目を向けたかもしれないが…

 

 

ということで、おまけは同アルバムから、ブルーアンドソウルの曲あります。

 

Daryl Hall & John Oates-Open All Night

 

 

 

 

 

 

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Ten Years After‐50,000 Miles Beneath My Brain

テン・イヤーズ・アフターの「50,000 Miles Beneath My Brain(恋は激しく)」で、アルバムは1970年『Cricklewood Green(クリクルウッド・グリーン)』ですね。

 

速弾き、ブリティッシュ・ブルース・ロック界のスピード・キング、アルヴィン・リー。今となっては「速い」とは思わないけれど(笑)、このグルービー感はテン・イヤーズ・アフターならではのもの。

 

久しぶりに聴いたら、十代の頃の感激がよみがえった。速弾きバンドが時流のサイケデリックを取り込んだ、彼らならではのアプローチ。70年代後半、後追いで聴きましたが、クリームの次に好きだったバンドだ。

 

1969年のウッドストック・フェスティバルでのパフォーマンスで世界的に名を轟かせ、70年代に入ってからは絶頂期。本作はブルースロックをベースにしながら、ファニーでバラエティ豊かな表情も見せる。伸び伸びとした心地よさの中に、ギターロックでありながら、サイケデリックな深化もある、不思議な時代ならではのアルバム。


メンバー

  • Alvin Lee – Lead Guitar, Vocals
  • Leo Lyons – Bass
  • Ric Lee – Drums
  • Chick Churchill – Keyboards

 

アルバムリリース情報

アルバムタイトル: Cricklewood Green(クリクルウッド・グリーン)

  UK初版発売: 1970年 日本盤発売: 1970年(キングレコード / Deram)

通算4枚目のスタジオ・アルバム。前作『Ssssh』の成功を受け継ぎながら、スタジオ録音のギミックやサイケデリックな残響をさらに取り入れ、全英チャート4位・全米チャート14位を記録。音楽的バランスが取れた、絶頂期の傑作。


Ten Years After Cricklewood Green アルバムジャケット

 

Cricklewood Green

収録曲

  1. Sugar the Road
  2. Working on the Road
  3. 50,000 Miles Beneath My Brain
  4. Year 2000 Blues
  5. Me and My Baby
  6. Love Like a Man
  7. As the Sun Still Burns Away

(全曲 Alvin Lee 作)


アルヴィン・リーの「速さ」の裏にある歌心

この「50,000 Miles Beneath My Brain」は、アルヴィン・リーのソングライティングがブルースの枠組みを超え、ファンタジー的・内省的な世界へと踏み込んだ一曲。ウッドストックでの「I'm Going Home」の衝撃で「世界一速いギタリスト」の称号を背負った彼だが、このアルバムではプロデューサーを置かず自前でサウンドをプロデュース。テン・イヤーズ・アフターの音世界をより深く、多彩に拡張していると。

 

この曲のソロは単なる速弾きではなく、メロディアスなフレーズが光る。レオ・ライオンズの激しく動き回るベースライン、不動の4人が生み出す一体感——ライバルが多かったブリティッシュ・ロックシーンだからこそ、こうしたアルバムが生まれたのだと。

 

ライブの定番曲として愛され続けた、米ビルボードでアルバムが14位、この手の音楽で、アメリカに届けた。

 

十代の頃は「速い=かっこいい」と信じていたが、今は少し違う、でも、あの頃の衝動は本物と。


と云うことで同アルバムから、これも好きな曲で2回目かも

 

Ten Years After ─ Love Like a Man

 

 

 

 

 

 

 

 

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The Waterboys-Long Strange Golden Road|マイク変わらん!

ザ・ウォーターボーイズの「Long Strange Golden Road」で、アルバムは2015年『Modern Blues(モダン・ブルース)』ですね。

 

小生には珍しい21世紀アルバムですが、マイク・スコットのザ・ウォーターボーイズですから。

90年代後半、40歳前ぐらいから、気になったアルバムがお気に入りになるまで、小生の心にはタイムラグがあるようで。

2015年発売はオンタイムに気がつきましたが、腑に落ちると言うか、聴けるまでに時間がかかると言うか——

その時の心情・状況によって、新譜や聴き逃しアルバムが、聴けるまでの間が必要。

2015年は心筋梗塞を発病し、生き残るための必死、余裕がなかったのかも。

 

お気に入りの多くが何故ブリティッシュロックなのか。メロディを追ううちに、ブリティッシュ、アイリッシュ、スコットランドのトラッド音楽が生理的に合うと。

憂いあり、寂しさの中に優しいメロディを感じ、ほっとする安堵。

 

マイク・スコット——魂の放浪者が21世紀でも変わらない。

80年代初期からアイリッシュメロディに目覚めたロックが、ちと激しくロックにも、アコギにも、80年代っぽくもあるけれど、優しさがある。そして小生は、今も聴ける。


演奏メンバー 

Mike Scott — Vocals, Guitar, Piano

Steve Wickham — Electric Fiddle 

Ralph Salmins — Drums 

Niall McLean — Bass 

Brother Paul Brown — Hammond Organ, Piano

Zach Ernst — Electric Guitar


 

 

アルバムリリース情報

アルバムタイトル: Modern Blues(モダン・ブルース)

初版(UK)発売年: 2015年 

日本盤発売年: 2015年(Hostess Entertainment)

  位置づけ: 通算11枚目のスタジオ・アルバム。ナッシュビルで録音され、伝説的なセッション・ミュージシャンたちとともに「タフでグルーヴィーなロック」を再定義した作品。マイク・スコットが再びエレキギターを手にし、バンドとしてのダイナミズムを極限まで高めた。


ザ・ウォーターボーイズ Modern Blues アルバムカバー

 

Modern Blues (Bonus Track)

 

 

スコットランドのザ・ウォーターボーイズ——ニューウェーブを経ての80年代サウンド、アイリッシュ・フォークを経て、21世紀のロックもエネルギッシュでメロなメロウな叙事詩として刻まれます。

 

この「Long Strange Golden Road」は、アルバムの最後を飾る10分を超える曲。

 

アルバムはタイトル通り「ブルース」を宿しつつ、

85年『This Is the Sea』とのシンクロを感じ、幸せになりました。


 

と云うことでおまけは同アルバムより 

 

The Waterboys-November Tale

 

 

 

 

 

 

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Tina Turner-The Acid Queen|映画『トミー』50周年上映が海外から始まる

映画『トミー』50周年IMAX上映が海外から、のニュース

映画『トミー』 IMAX上映ポスター

又スマホの左側スライドさせるグーグル検索が画面下に入ってきた。私のスマホには。スパイがいる。ほんとに法律できそう出し(笑)

 

この映画嫌いなの、50年前、気持ち悪いと。意味ねえ、ストーリーが難解でなく、何これ状態の悲しい思い出(言い過ぎ)(笑)

当時はミュージシャンが観れた事が大きかった。 特にエルトン・ジョンは70年代英を代表しての世界的なメロディメーカーの座をポール・マッカートニーとってかわった存在。

米はスティーヴィー・ワンダーとスウェーデンのアバ で、3人・バンドが当時のPOPロック界では抜き出ていたと思う。

 

その中で、なにをとち狂ったかの、フーはロックオペラだった。今だにわかんねよ(笑)好きだけど! 嫌いも嫌いも好きのうちで、曲は今でも、最高だもん!

 

まあ、これでケン・ラッセル監督を嫌いになり、映画の仕事していた時は、要重要参考人扱いで、これ以後の監督作品は危険視していた。(笑)

 

でも、ミュージシャンのシーンはあのハチャメチャ感で、特にエルトン・ジョンの「Pinball Wizard(ピンボールの魔術師)」エルトン・ジョンは強力、フーの曲なのに、エルトンの曲!

アル中上がりのエリック・クラプトンの「Eyesight to the Blind(光を与えて)」は、レイドバック中ながら、頑張っていたと思うけど、当時夢中なって聴いた後追いのクリームと比較してしまい、手抜き疑惑あり(笑)

 

 

そして、この映画のキモ、気持ちが悪いと思ってしまった。「Acid Queen(アシッド・クイーン)」のティナ・ターナー。世界的なロッククイーン(小生のロッククイーンはスージークワトロだけど) 

 

今思えば、散在的なマッドマックス3の1985年『マッドマックス/サンダードーム』の女王役より、『トミー』の方が、パワーサイケデリックで意味があると思うけど(笑)

 

アイク&ティナ・ターナーとして一世を風靡しながらも、私生活ではDV最中のティナが渾身の曲が「アシッド・クイーン」というと、尊敬しかないです。これはリスペクト、偉大なミュージシャンは、困難な道を歩んでいたと、これはなんも言えん…

 

メンバー(映画版「The Acid Queen」レコーディング)

  • Tina Turner - Lead Vocals
  • Pete Townshend - Guitars, Synthesizers
  • John Entwistle - Bass
  • Keith Moon - Drums
  • Ronnie Wood - Guitar (Guest)

フーのメンバーにロン・ウッド、ピート・タウンゼント作、音楽監督も。UKRockファンたまらんが、当時は何これ?(笑)

 

 

アルバムタイトル: Acid Queen(アシッド・クイーン) 

初版(US)発売年: 1975年 

日本盤発売年: 1975年(東芝EMI) 

 

Acid Queen

 

 

 映画『トミー』への出演に合わせて制作された、ティナ・ターナーのソロ2作目。アイク&ティナ・ターナー名義ではなく、彼女が「一人の自立したシンガー」として羽ばたくための試金石となった重要作で。

これから、ソウルから始まりのシンガーが、ロックンロール女王となったのですね。

 

困難の極みから、アート・サブカルはティナ・ターナーを応援、だから、私たちは、ティナに渾身の迫力を感じるし、悲哀のバラードに憂いありと感動なんですね。

 

と云うことでおまけは同作品では、私の生きる矢印となった曲でロックオペラは??だった。
でも、この祈りのようなフレーズだけは、判った。

 

 

The Who - See Me, Feel Me/Listening To You 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Bob Welch-Ebony Eyes|マックの影を脱ぎ捨てた、都会的ポップの頂点

Bob Welchの「Ebony Eyes(エボニー・アイズ)」は、1977年リリースのソロ・デビュー・アルバム『French Kiss(フレンチ・キッス)』の収録曲ですね。

 

元フリートウッド・マックのメンバー、ボブ・ウェルチが、ハードロック・バンド「パリス(Paris)」解散後に路線変更を図り、洗練されたポップ路線で放った一枚。

 

奇しくも同年1977年、フリートウッド・マックの『Rumours(噂)』もリリース。

間が悪いのか――と思いきや、2作ともそれぞれ目立った。

 

『Rumours』はロック史に残る大ヒット。大嫌いなローリングストーン誌「歴代最高のアルバム」(2020年版)で7位にランクインする金字塔。

 

それと比較すれば、元同僚のミック・フリートウッドやクリスティン・マクヴィーのゲスト参加、プラチナムアルバムを達成したボブ・ウェルチの健闘は、やはり大したものだと思う。

 

参加メンバー

Bob Welch - Vocals, Guitars, Bass 

Alvin Taylor - Drums 

Gene Page - String Arrangements 

Juice Newton - Backing Vocals 

Christine McVie - Backing Vocals(「Sentimental Lady」)

 Mick Fleetwood - Drums(「Sentimental Lady」)

 

Youtubeでは81年、ニックスと共演ですね。ギター上手い(笑)

 

Bob Welch with Stevie Nicks - Ebony Eyes (Live From The Roxy 1981)

 

リリース年:1977年 

収録アルバム:French Kiss(フレンチ・キッス)

 最高順位:14位(Billboard Hot 100)

 作詞作曲:Bob Welch

Bob Welch French Kiss アルバムジャケット

 

フレンチ・キッス

「Ebony Eyes」という曲

マック時代に培った「浮遊感のあるメロディ」が、よりポップに研ぎ澄まされた。

雰囲気と洗練されたポップ・センスが絶妙なバランスで、「大人のロック」なのかも。

アルバム全体に流れる「都会的で少し翳りのあるメロディ」のコンセプト、この曲が体現。

フリートウッド・マックから抜けて、ウェルチは独自のポップで存在感。

 

『French Kiss』について

 

70年代は『Rumours』よりも、こちらの方が耳に残っていた、という人は少なくないはず。

ウェルチの潔さというか、POPへの躊躇のなさが、当時は新鮮だったと思う。

 

本作から「Ebony Eyes」(全米14位)と「Sentimental Lady」(全米8位)の2曲がヒット。

見事なプラチナムアルバムとなった。

ただ、当時も今もアルバムジャケットのデザインはいまいちのまま変わらないが(笑)。

 

後に80年代から本格的にフリートウッド・マックを聴き直して、『Fleetwood Mac』(1975年)、『Rumours』(1977年)、『Tusk』(1979年)に感動した身としては、70年代の自分は「マックよりウェルチ」という選択、今さらながら恥じるような、懐かしむような、複雑な気持ち(笑)

 

と云うことでおまけは同アルバムから、ソロ時代のウェルチ最大のヒット曲。

 

 

Bob Welch - Sentimental Lady

 

 

 

 

 

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Santana-All I Ever Wanted

サンタナの「All I Ever Wanted」で、アルバムは79年『Marathon:マラソン』ですね。

 

通常、サンタナは初期、60年代から70年代前半のアルバムが人気だ。私も当時借りて聴いた。

ただ、ラテンミュージックというものに苦手意識まではいかないものの、ロックとの融合にシンパシーを感じないというか、当時は少し無理があるように思えた(笑)。

 

「ブラック・マジック・ウーマン」も、元のピーター・グリーン時代のフリートウッド・マックの方がしっくりくる。

もちろん、今となっては初期の『サンタナ』(1969年)、『天の守護神』(1970年)、『サンタナIII』(1971年)は、ロック史に残る名盤だ。この時期に加入していたニール・ショーンは、後にジャーニーを結成するわけだから、ロックの素養は十分にあったと思う。いいんだけど、70年代は何か違和感があった。

 

それが、ライトフュージョンというか、POPで聴きやすいと思ったのが、『Marathon』あたりから。今回Wikiで知ったのだが、評価はけっこう厳しいものだったらしい。私にとって聴きやすいものは、あまり人気がなかったようだ。

 

初期作品は凄いけど「ロックなの?」という疑問があり、80年代になる頃には聴きやすくなったのに、評判はいまいち、ということ?

メンバー

  • Carlos Santana - Lead Guitar, Vocals

  • Alex Ligertwood - Lead Vocals

  • Chris Solberg - Guitars, Keyboards

  • Alan Pasqua - Keyboards

  • David Margen - Bass

  • Graham Lear - Drums

  • Armando Peraza - Percussion

  • Raul Rekow - Percussion

 

アルバムリリース情報

  • アルバムタイトル: Marathon(マラソン)

  • 初版(US)発売年: 1979年

  • 日本盤発売年: 1979年(CBSソニー)

  • 通算11枚目のスタジオ・アルバム。

  • プロデューサーにフリートウッド・マック等を手掛けたキース・オルセン。

  • サンタナ史上最も「ラジオ・フレンドリー」なAOR/ロック路線の評価。

サンタナ Marathon アルバムジャケット

 

Marathon

 

この「All I Ever Wanted」は、サンタナの黄金期を支えることになるボーカリスト、アレックス・リガートウッドが加入して間もない時期の作品。スコットランド出身のリガートウッドはソウル感があり、80年代AORの先駆けとも言えるが、どこか軽い印象も。ウッドストック時代のような荒々しさよりは、普通にロックギターがサビで「泣く」けれど、ライトな仕上がりかも。

 

当時は世の中がニューウェーブに向かっていた時期、サンタナも時代を意識したのだと思う。ただ、私はこの手の音楽には、レコードを買う優先順位が低かった——当時の正直な気持ち。

 

超久しぶりに聴いても、熱くなることはなく、冷静に振り返りの鑑賞でした。

 

と云うことでおまけは同アルバムから

 

Santana-Aqua Marine

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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春ハルは、来てますね。

AIと自伝を執筆ですが、人・人間様の方が、凄まじく能力が、有ると気がつく。


マスコミ含め、超仰ぎすぎ、電力問題、莫大な資金投資されているようですが、HALハルは、まだまだ、こない。


煮詰まり、散歩に出ると、春ハルは来てました。






The Alan Parsons Project-「タール博士とフェザー教授の療法」

The Alan Parsons Project:アラン・パーソンズ・プロジェクト

「(The System Of) Doctor Tarr and Professor Fether:タール博士とフェザー教授の療法」は、

1976年デビューアルバム『Tales of Mystery and Imagination:怪奇と幻想の物語』ですね。

 

ビートルズやピンク・フロイドのレコーディング・エンジニアとして知られるアラン・パーソンズが、エドガー・アラン・ポーの幻想文学を題材に構築したコンセプト・アルバム

その中でも本曲は、文学性とポップ性が見事に融合した楽曲として、

今なお語り継がれていた だって!

 

高校生になった1976年、ロックに夢中、ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンにどっぷりハマって、ハードロック、そしてプログレの名盤な後追いで聴きたいとそれにアメリカンロックも聴きたいと。

 

70年代、激動のブリティッシュロックシーンに、プログレぽい連中が、急にポップとクラシック融合か!?

――正直、判らん、でも才あるような? それが、アラン・パーソンズ・プロジェクト:APPでした。

 

むちゃくちゃ人気があったようでなく、ELOもいたし。日本では、万民受けはセカンド77年『アイ・ロボット』 からだったと思う。それも、ビートルズやピンク・フロイドのようなコンセプト感満載!

リリース年:1976年
収録アルバム:Tales of Mystery and Imagination
最高順位:37位(Billboard Hot 100)
作詞作曲:Eric Woolfson, Alan Parsons
プロデュース:Alan Parsons
ボーカル:John Miles

アラン・パーソンズ・プロジェクトのアルバム「怪奇と幻想の物語」ジャケット

 

怪奇と幻想の物語~エドガー・アラン・ポーの世界 - アラン・パーソンズ・プロジェクト

 

ビートルズとピンク・フロイドを録った男

ビートルズの『Abbey Road』でアシスタント・エンジニアやってた時が19歳だ。

19歳で「Here Comes The Sun」や「Maxwell's Silver Hammer」のセッションで

アシスタントを務めて、あの横断歩道の撮影にも立ち会ってると言われてる。

知らんけど(笑)

 

ピンク・フロイドの『狂気(The Dark Side of the Moon)』。

心拍音、現金レジスターの音、笑い声――全部パーソンズと言われ、

クワドラフォニック(4チャンネル)サウンドの実験、音圧バランスや空間設計において、

当時としては画期的な手法を用いた男だと言われてる。

知らんけど(笑)

 

『Wish You Were Here』でもエンジニアとして参加し、

「Shine On You Crazy Diamond」での重層的な音作り。

いつのまに音響の魔術師と呼ばれた男が、

自分のプロジェクトを始めた。

狂気の物語を、なぜかロックで歌う?

それがデビューアルバム『怪奇と幻想の物語(Tales of Mystery and Imagination)』。

エドガー・アラン・ポーの怪奇小説のコンセプト・アルバム。

 

「タール博士とフェザー教授の療法」の原作は、ポーによる同名短編小説。

精神病院で患者が反乱を起こして、医師になりすまして施設を支配するっていうブラックな話。

ダークで重苦しい曲をところがAPPは真逆、軽快なロック・ナンバーに仕上げ。

 

まあクラシックと融合で、ELPより、エンジニアらしく、クラシック強気の曲もある。

品の良い、ロックオペラ、ザ・フーより才はあっかも、当時は気がつかん、だってプログレ!?が正直なところ。

ボーカルはジョン・マイルズ、ソロで「Music」って曲でヒットになった。

 

プログレ系がなぜPOPに向かったのか?

正直言って、当時は違和感があった。

ハードロック少年からは「ポップになるんだよ?」って思った。80年代のジェネシス前兆と思えば、今は納得感になるけど。

 

スタジオ技術の進化。シンセサイザーやマルチトラック録音が一般化して、

複雑な音を整理してポップに仕上げることができるようになった。アビイロードより進化の最先端にいたエンジニアだから、

誰よりもそれができた。

 

そして商業的現実。ラジオで流れなきゃ売れない。チャートに入らなきゃ意味がない。APPは最初からスタジオ・プロジェクトで、ライブバンドじゃなかった。だからこそ、ラジオ向けサウンドを追求したと思う。

ボストンが登場

同じ時期、アメリカではボストンが出てきた。

トム・ショルツが自宅スタジオで作り上げたあのサウンド――ハードロックの迫力とギターの歪みを残しながら、

完璧なハーモニーと録音クオリティでPOP化した。『More Than a Feeling』ロックしてる。

ボストンはハードロックのエネルギーとロックンロールの直情性は残し、スタジオで磨き上げたと思う。

 

一方、APPは違った。知性とスタジオワークを武器にして、クールに割り切った。ロック魂というより、理論的。

そこがどちらも時代の産物だけど、ロックへの向き合い方が全然違うが、同じ頃で出てくるところが、70年代ロック、多様性とロックの進化? 好みの別れるところだと思うけど。

先駆的サウンド「The Raven」

アルバムの冒頭を飾る「The Raven」では、ボコーダーを使った実験的なボーカル処理が入ってる。

かなり先鋭的。APPは固定バンドじゃなく、"スタジオ・プロジェクト"という形。

この制作体制が、後の「Eye in the Sky」みたいなヒット曲を生み出していく。

 

知的なコンセプト(文学、SF、哲学)を扱いながらも、音楽としてはAOR的な滑らかさがあり、70年代後半から80年代にかけて、プログレとポップの"ちょうどいい距離感"を保った存在だったかな~

 

と云うことでおまけは同アルバムから1987Remixで

The Alan Parsons Project - The Raven

 

 

 

 

 
 
 
 

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