一覧

Jackson Browne- Doctor My Eyes

 ジャクソン・ブラウンの「Doctor My Eyes:ドクター・マイ・アイズ」で、アルバムは72年『Jackson Browne:ジャクソン・ブラウン・ファースト』ですね。動画は2023年、Playing For Changeの「 Song Around The World」として、参加して唄ってる、素晴らしい!チャーさんも演奏してるし!

 

 

ジャクソン・ブラウン debut album cover

 

 

ジャクソン・ブラウン・ファースト

 

昨年のスポティファイの聴いたミュージシャンでトップアーティストがジャクソン・ブラウンで驚き!

UKRockファンとしては、昨年亡くなった、オジー・オズボーンを聴いていた体感としては、違うようで……

 

70年代はブリティッシュロック、ハードロックがメインで、聴いていたが、米のカントリーロック、フォークロックを聴かず嫌いで、なかば柔い音楽として、バカにしていたような。

 

若気の至りでなく……

小生の場合、バカ気のいたり。

 

当時やっと知っていた事は、少し後追いで聴いたイーグルスの72年「テイク・イット・イージー」が、グレン・フライとジャクソン・ブラウンの共作ぐらい知識。

 

大きく興味を持つようになったのは30代になってから、95年映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』の挿入歌「Running on Empty:孤独なランナー」に痺れた! ここも孤独がつく、ほんと、孤高とかソロとか、ついて回る己の志向(笑)

 

 

 

それが、近年、特に、60代に入ると、そもそもメロディー追いなんで、ジャクソン・ブラウンの曲が身に染みると言うか、違和感なしの生活の音に、よく流しで聴いていた。

 

 

— 見えすぎてしまった時代に、目を閉じるという選択 —

 

 70年代アメリカは激動の時代(今もそうだけど、この米国の本質と思う、安定より上昇気運、あつれきもいとわない)

60年代の熱狂が終わり、理想も革命も現実に飲み込まれていく時代へ、「世界を変える」という言葉が、みんな疑いがあるかもと、「自分を守る」と変質していく中で 当時は能天気な音楽では?(あくまで小生の感じ方だが)
そう思わせたウエストコースト・ミュージック。であるが、彼らは苦悩、深考していたかも。
 

「Doctor My Eyes」は、叫ばない強さ、誇示しない深さがある。

派手なギターもない。革命のスローガンもない。だが、耳を澄ますほどに、時代の違和感を唄う。

ジャクソン・ブラウンは、22歳、1972年発表のデビュー作『Jackson Browne』の時点で、
すでに“観て”いた。サウンドは“軽やか”、言葉は“重い”

 

「Doctor My Eyes」は、不思議な曲だ。メロディは明るく、リズムも軽快。だが、歌詞は決して軽くない。

70年代アメリカン・ロックにも、奥ゆかし知性があったのですね。

 

そもそも「ノー・ニュークス」の参加者でした、79年からやってましたジャクソン・ブラウン。

 

ジャクソン・ブラウンの歌は、聴き手に“同意”を求めない。「君はどうだ?」と問いかけている。

「Doctor My Eyes」、このアルバム『Jackson Browne:ジャクソン・ブラウン・ファースト』は、そんな世界への、ロックとしての回答として聴きたい。

 

若かった頃より、今の方が刺さる曲、正直に言えば、この曲は10代・20代の頃より、
年を重ねてからの方が効く

いろいろな事が起きる身の回り そして世界も、 ジレンマがついて回る、生きてるかぎり!

この曲、若い頃と、今とで、どう聴こえていますか。

 

と云うことでおまけは同アルバムから好きな曲で

 

Jackson Browne- A Child in These Hills

 

 

 

 

 

 

 

 

※この記事は、ブログ15年目を前に行っている
〈再編集2026〉勝手なプロジェクトの一編です。

全体の所信表明はこちら▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にほんブログ村 音楽ブログ ロックへ

にほんブログ村 押していただき感謝です。m(_ _ )m

 

 

 

PVアクセスランキング にほんブログ村

 

 


【再編集2026】少年時代ロック前③もの寂しいメロディー「遠い海の記憶」……その後 

 

※この記事は、ブログ15年目を前に行っている〈再編集2026〉勝手なプロジェクトの一編です。全体の所信表明はこちら 

 

なぜ、私はこれほどまでに“もの寂しいメロディー”に惹かれてきたのだろうか。 15年目となるこのブログを刷新しようと過去の記事を読み返した時、その問いが頭を離れなくなった。幼い私の心の源泉を辿れば、そこには必ず、テレビのブラウン管から流れてきた「子供向けとは思えないほど深く、孤独な旋律」があった。
 
 
 
 

 

■『ウルトラQ』と日常の裏側(1966年〜) 

当時6歳、幼稚園児だった私にとって『ウルトラQ』は、ワクワク感と同時に「得体の知れない恐怖」を植え付けた、夢中に。 音楽は宮内國郎さん。1966年1月2日の放送開始から、今年(2026年)でちょうど60周年を迎える。この事実は、出演されていた桜井浩子さんのインスタグラムで知った。21世紀になってからDVDイベントで桜井さんに直接お会いできたことは、あの頃の自分への素敵なプレゼントのような気がしている。

 

■『ウルトラセブン』と「異邦人の哀しみ」(1967年〜) 

『ウルトラマン』、そして『ウルトラセブン』。冬木透さんの音楽、特に『セブン』は、私の映像表現やストーリーテリングの源流そのもの。 脚本家の金城哲夫氏や上原正三氏が描いた「異邦人の哀しみ」や、正義の狭間での葛藤。

その根底に流れる寂しさを7歳の時にリアルタイムで享受できたことは、後に映画の仕事に就いた際、どれほど幸運だったかと思い知らされた。

 

メトロン星人とちゃぶ台を挟んで対峙した時の、歪んだ日常の静寂。あるいは、満身創痍のモロボシ・ダンが夕闇に消えていく際、劇的に流れたシューマンのピアノ協奏曲。 それらは単なるBGMではなく、私の感性を映像と同化させ、後にロックへと突き動かした**「記憶装置としてのメロディー」**の始まりだった。

 

 

■『怪奇大作戦』と人間の不条理 

円谷シリーズにおいて、もう一つ外せないのが『怪奇大作戦』だ。 人の業や不条理を30分に凝縮した物語。社会の闇を見つめる少年の目を釘付けにし、大人になる一歩手前のヒリつくような緊張感を与えてくれた。この時から惹かれていた俳優・岸田森さんについても、後にイベントを通じて実兄の方とお話しする機会を得た。すべては、あの旋律に導かれた縁のように思える。

 

 

■NHK少年ドラマシリーズと文学への扉(1972年〜)

そして70年代、NHK少年ドラマシリーズが決定打となる。 『タイム・トラベラー』で筒井康隆氏の世界を知り、私の文学への興味が始まった。2006年、今敏監督の映画『パプリカ』の初日舞台挨拶で筒井先生とお会いできたことは、己の人生の線が必然であったことの証でもあった。

 

また『つぶやき岩の秘密』(1973年)では、原作の新田次郎氏に心酔。そこから山岳小説へとのめり込み、『孤高の人』『栄光の岩壁』『銀嶺の人』を読み耽り、10代後半は本気でクライマーを夢見たこともあった。 夢そのものは潰えたが、そこで育まれた「孤高」「ソロ(単独)」という精神性は、やはり“もの寂しいメロディー”として私の中に定着した。それが70年代後半、ブリティッシュ・ロックにのめり込む土台となったのは、私にとって必然のものだ。

 

■カタルシスの原点 

以前のブログ(ロック前②)で触れたマカロニ・ウエスタンや『木枯し紋次郎』、『マッドマックス』。それらが私にとってのヒーロー像となったその前に、10代以前のテレビ作品から受け取った「もの寂しいメロディーによるカタルシス」があった。それが、後のロック体験をさらに倍増させたのだと思っている。

 

と云うことで、今でもこの曲を聴くと、一瞬でセンチメンタルな10代に戻ることができる。 私のライフ・ビートの原点は、今もここにある。

 

「つぶやき岩の秘密」(最終回)より - ♪ 石川セリ 「遠い海の記憶」

 

 

 

 

 

 

 

※この記事は、ブログ15年目を前に行っている
〈再編集2026〉勝手なプロジェクトの一編です。

全体の所信表明はこちら▼

 

 

 

少年時代に刷り込まれた、「もの寂しいメロディー」は、やがて映像のヒーロー像へと姿を変え、私の人生観の背骨になっていった。偶然のように見える出会いが、すべて必然だったと気づくまで――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にほんブログ村 音楽ブログ ロックへ

にほんブログ村 押していただき感謝です。m(_ _ )m

 

 

PVアクセスランキング にほんブログ村

 


タイトル【騙されるな、 ロックを聴いていれば、 だいたい人生は見えてくるかも】に!

2026年になり、このブログも15年目に入りました。ページ数は、気がつけば4000頁を超えています。体系的に読める形にしたい。少しでも読みやすくしたい。そんな思いから、ブログの刷新を考えるようになりました。(※効果は保証なし・笑)

それにあわせて、表題も変えることにしました。

 

これまでのタイトルは、

【騙されるな! ロックを聴いていれば全てお見通し】

そして、これからは、

【騙されるな、ロックを聴いていれば、だいたい人生は見えてくるかも】にします。

 

 

とりあえず、今までのブログタイトルをもとに、動画を作ってみました。

正味30分ほどで、AIに。「ちょっと大袈裟かな」と思いつつも、これは、けっこう衝撃でした。

映画宣伝の現場にいた経験から言っても、かなりレベルが高い。主題意図をきちんと汲み取っている。構成も、コピーも、絵の流れも、「ちゃんと考えて作られている」。

 

30分で、人間はできない。負けた、それも完敗かも????

 

やり方は、
【再編集2026】来年15年目で思うこと・したいこと「じぶんROCK」 
【再編集2026】少年時代ロック前① サイモンとガーファンクル ……その後
――これらを NotebookLM というサイトのアプリに読み込ませ、
動画を生成させました。AIは Gemini。「AIを活用したリサーチ・パートナー」という位置づけだそうです。

 

通常なら、プランナーやコピーライターに依頼し、社内でブレストを重ね、時間と費用をかけて作るものです。

リサーチの前段階で、これを一瞬で出してくる。正直、頭がいいと思いました。

人は直ぐには作ってくれない(ある程度クリエーターにお任せ、選任で短期時間で対応なら、高額な制作費か次回大案件が必要。しないでしょう、リサーチの前段階なら)
 

音声は女性の声。イントネーションも自然。

AIのチャット画面下には「不正確な情報を表示することがあるため、生成された回答を再確認するようにしてください。」
という注意書きがつきますが、本人が確認しましたが大筋どころか、

 

俺が説明するより、動画のほうが判りやすいじゃん(笑)

 

冷静に自分のブログ14年間、振り返りできました。

さらにもう一本、
 
生と死のバラード  Can't Stop編 ブログ4周年!! 
から作った、音楽に救われた話の動画もあります。
 

これも、なかなかです。

二つあわせて、百聞は一見に如かず。

画像にすと

 

正直に言うと、
【騙されるな! ロックを聴いていれば全てお見通し】
というタイトルは、15年目にして少し恐れ多い、と感じるようになりました。

人生をオールマイティに判るなんて、そんなことは言えない。

 

お気に入りのブログの皆さんの方が、私より情報リテラシーも高く博識で、
日々の日記での気づきは楽しく、ルポライター、写真、評論とプロレベルの方もいる。

 

私は映画の興行・宣伝ではプロでしたが、
自分でクリエイトすることは、また別の問題です。


今の自分の立ち位置なら、

【騙されるな、 ロックを聴いていれば、 だいたい人生は見えてくるかも】

このくらいが、ちょうどいい。

 

2026年、正月。私の新しいスローガンは、「ライフ・ビートは止まれない」

素直に、これでいこうと思います。

 

妻には、「口先男」「超アバウト」と言われていますので、
そのあたりはご了承くださいませ(笑)

 

【編集後記】

AIは現在、Gemini(最新版)とChatGPT(5.2)を使っています。

最初は誤字脱字や推敲目的でしたが、原稿案を出すと、思いがけない言葉を返してくる

これは驚きました。画像も、動画も、正直すごい。動画は著作権クリアーしているとの事ですが、驚きました。

私の場合、こだわると音楽、画に著作権料が発生しなくても、

許諾が必要と思いますので、AIの任せの馬なりが安全と思いました。

 

私のブログは営利目的ではありません。
アマゾンへのリンク等も設定してますが音楽や映画を紹介し、ミュージシャンや作品に少しでもプラスになれば、という思いです。アフィリエイト収入も15年で10,000円超えてない。当方に収入となってますが、アメーバーの賃料と思えば、CM媒体の価値としてのプラットフォームに、少しでも返す意味と思ってます。

 

 

 

 

 
 

 

 

※この記事は、ブログ15年目を前に行っている
〈再編集2026〉勝手なプロジェクトの一編です。

全体の所信表明はこちら▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にほんブログ村 音楽ブログ ロックへ

 

にほんブログ村 押していただき感謝です。m(_ _ )m

 

 

 

 

 

PVアクセスランキング にほんブログ村



2026年、正月。前略、ピート・タウンゼント様 ライフ・ビートは止まれない!

〜2026年・朝は曇りでしたが、今は晴れの東京の空の下より〜

 

あけましておめでとうございます。

 

 

前略、ピート・タウンゼント様、ロジャー・ダルトリー様

2026年、令和8年の正月。
東京の空の下で、私はいま、あなたたちの爆音を聴いています。

マイ・ジェネレイション+12 - ザ・フー

 

知ってますか。
かつて、あなたたちは「My Generation」で
I hope I die before I get old
――「老いぼれる前に死にたい」なんて、ずいぶん威勢のいいことを歌っていた。

私も10代の頃、70年代ロックを後追いで聴きながら、
それが最高にカッコいいと信じて、あなたたちに憧れて生きてきました。

あれから、もう半世紀以上が過ぎました。

私は今年で66歳になります。

それでもね、ピート。家ではいまだに「8歳レベル」
なんて言われています。

還暦を過ぎ、「知命」の域に入ったはずなのに、
頭の中では、今も「My Generation」のベースラインが
鳴り響いたままです。

 

思えば、2015年の5月。
心臓が悲鳴を上げ、私は一度、あちら側の世界に
片足を引きずり込まれそうになりました。

あの時、病院のベッドで、ふと思ったんです。

「おいおい。ロックを聴いて、世の中を見通してきたつもりだったのに、
心臓の機嫌までは見通せなかったのか」と。

それでも、おかげさまで私は、こうして生きています。

 

あなたたちも、80歳を超えてなお、現役。
その姿は、かつての歌詞への
最高の“裏切り”であり、
最高の“アンサー”です。

 

ロックが「クラシック」と呼ばれ、教科書に載るような時代になりました。
それでも――あなたたちがギターを叩きつけるのをやめない限り、
そして私が「8歳のガキ」のまま
爆音を鳴らし続ける限り、息子に「うるさい音量下げて」言われ続ける限り、
この物語に終止符は打てません。

 

ピート、ロジャー。
15年書き続けてきたこのブログも、2026年からは【再編集】として、
もう一度、リフレッシュして、いくつもりです。

 

2026年、正月。
私の新しいスローガンは、これでいい。

 

草々(笑)

 

 

※この記事は、ブログ15年目を前に行っている
〈再編集2026〉勝手なプロジェクトの一編です。

全体の所信表明はこちら▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にほんブログ村 音楽ブログ ロックへ

にほんブログ村 押していただき感謝です。m(_ _ )m

 

 

PVアクセスランキング にほんブログ村


Manfred Mann’s Earth Band – Circles

 Manfred Mann's Earth Band(MMEB):マンフレッド・マンズ・アース・バンドの「Circles:サークルズ」で、アルバムは『Watch:ウォッチ』(1978)ですね。

 

なんか古臭い曲でも、ニュー・ウェイヴ出始めの頃、MMEBですが、サイケ、プログレをPOP化の70年代かもです。このバンド、60年代にはUKでマンフレッド・マンズとして、ヒット曲「Do Wah Diddy Diddy」(1964)「Mighty Quinn」(1968)があり、70年代後追いでラジオのFENで聴いた、覚えありますが。

 

マンフレッド・マンは名前で、本人は南アフリカ出身のキーボードですが、60年代はPOPなバンドであったりですが、メンバーには、ジャック・ブルース(クリーム)やその後任にクラウス・フォアマンがいたり。ブログしてから、知りました。

 

ビートルズ、ストーンズと同時期の頃、UKRockの始めバンドで、シングルで全英1位になっているようで、当時はビートルズが全盛期でも、ライバルはいたのですね。でも、ビットバンドになれず、60年代末に解散。

 


 

ウォッチ


そのマンフレッド・マンが70年代に入り、メンバーを変えてマンフレッド・マンズ・アース・バンド。70年代の前半の頃はプログレもありブルースもありのバンドだったのですが、メンバーを変え76年に「Blinded by the Light:光に目もくらみ」がアメリカから大ヒットで、厳密には、これがきっかけで「マンフレッド・マンって何?」と思った人も多かったはず。 

 

マンフレッド・マンズ・アース・バンドは、いちおうプログレ、モーグシンセの使いで有名だったようですが、メンバーも変えながら、「Blinded by the Light:光に目もくらみ」の『静かなる叫び: The Roaring Silence 』(1976)あたりから、POPとプログレの折衷のようなアルバムで、両極端。

 

あと、自前の曲が少ない、コンポーザー不在とは言いすぎかもしれませんが、カバーが多く、それがヒットして、編曲、アレンジ、伴奏力が優れているかもで、不在を逆手に取った「編曲術」

 

でも、当時のプログレはライバルが超強力、それこそ時代を創ったバンドがUKでは目白押しでしたから、日本の10代のロックキッズには、興味が向かなっかた 仕方ないかも です。

 

同様なバンドでスーパートランプがいますが、これは英米で人気が高く、日本の5大プログレ(イエス、EL&P、ピンク・フロイド、キングクリムゾン、ジェネシス)と同等とする欧米のロックHPもありますので、日本のプログレファンの思いと欧米のファンとの差はありますね。

 

このアルバム『Watch:ウォッチ』では、ライブ演奏風、スタジオ録音の混合。最初聴いた時のギャップとPOPな曲、AOR風とプログレ風の曲の相反するような、逆コンセプトアルバム(笑)

それぐらい、不思議なバンド、マンフレッド・マンズ・アース・バンド。70年代は前半のアルバムはプログレぽい、ジャケデザインは好みでないけど(笑)

 

そして、良く言えばノスタルジックですが、70年代後半これは、固くなMMEBのアレンジャーとして意思、編曲の力でポップとプログレの境界線を行き来していたと後日談と言えますが、当時、聴く方が耳は、ニュー・ウェイヴでした(笑)

 

と云うことでおまけはカバー曲で60年代の自らマンフレッド・マンズの曲で、原曲は私の苦手なボブ・ディランでした

 

 

Manfred Mann's Earth Band - Mighty Quinn

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※この記事は、ブログ15年目を前に行っている
〈再編集2026〉勝手なプロジェクトの一編です。

全体の所信表明はこちら▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にほんブログ村 音楽ブログ ロックへ

にほんブログ村 押していただき感謝です。m(_ _ )m

 

 

 

PVアクセスランキング にほんブログ村


【再編集2026】少年時代ロック前②世の中、偶然はなく、すべて必然です。 ……その後 

※この記事はブログ15年目を前に行っている。〈再編集2026〉勝手なプロジェクトの一編。

全体の所信表明はこちら ▼

 

【ロック前② 世の中、偶然はなく、すべて必然です。】2011年06月25日を刷新・大幅追記。

 

 

【再編集2026】ロック前② 世の中、偶然はなく、

              すべて必然です。……その後

― 少年時代から、映画とロックが一本につながった話 ―

 

テレビ番組 ”木枯らし紋次郎”「かっこいい」とはこう言うことがわかった時期、小6 12才 1972年。フジテレビの土曜日、夜遅くの番組でこの曲にしびれる。(映像は新木枯らし紋次郎となってますがオープニングは同じ)

12歳の土曜の夜、「かっこいい」の定義が決まった
あれは“時代劇”の顔をした、西部劇だった。
そして、主題歌「だれかが風の中で」が流れた瞬間、背中に電気が走った。

映像は、伊那谷の峠道の風景。
左奥に雪をかぶった山が見える。 仙丈ヶ岳だと言われている。
──高校の登山部で、私は実際に仙丈ヶ岳に登ることになる(1977年の夏山合宿)。
この時点で、もう“偶然”の顔をした何かが、人生の前に置かれていたのだと思う。

主題歌「だれかが風の中で」作詞は 和田夏十、作曲は 小室等
あの乾いた孤独と、どこかに“誰か”がいる感じ。
少年の心には、十分すぎるほど刺さった。

 

 

 

「かっこいい」の延長線に、映画があり、仕事があった

 

自分になかで、「かっこいい」はマカロニウエスタン、木枯らし紋次郎、マッドマックス その憧れの延長で映画が好きになり、仕事になり、「2006三島由紀夫映画祭」にたどり着く。

そこで知り合ったのが、映画プロデューサー 藤井浩明 さんだった。

 

80年代の前半の大学時代、授業に出ず、新宿・池袋の映画館を徘徊して、毎日映画の日を体現していた私にとっては大プロデューサー、天上人等しいお方。大映のプログラムピクチャー時代(1950~70年)制約があるなかで名作を世に出し、70年代80年代90年代21世紀まで活躍。2014年にお亡くなりました。

大映のプログラムピクチャー時代からだと市川崑、増村保造をはじめ、多くの監督の作品に関わり、フィルモグラフィーは膨大。
市川崑なら
『炎上』(1958)、『鍵』(1959)、『黒い十人の女』(1961)、『破戒』(1962)……
増村保造なら
『巨人と玩具』(1958)、『からっ風野郎』(1960)、『妻は告白する』(1961)、『卍』(1964)、『刺青』(1966)……
原作・監督・主演 三島由紀夫監督『憂国』(1966)でしめます。
(解説を書き始めたら、生きてるうちに終わらない量、ほんとに)

藤井さんは70年代は独立して行動社おこし、76年「大地の子守唄」78年「曽根崎心中」を大映時代から仕事仲間の増村保造監督としていました。

映画界でご活躍以上に驚いたのは、三島由紀夫の築地本願寺で葬式の弔辞を川端康成と役していること。藤井さんが、三島由紀夫原作を映画化している信頼関係を感じましたし、当時は大映社員で、制作・マネジャーまでかかわった『憂国』に加担した間柄も判りました。

映画祭の期間中、私はほぼ毎日のように藤井さんと会っていて。
市川崑、増村保造、三島由紀夫、和田夏十、白坂依志夫、宮川一夫、市川雷蔵──
“名前”だけなら本で読める。
でも、同じ空気の中で語られると、歴史が急にこちらへ歩いてくる。

今悔やんでます。記録しておけばよかった、と。
(ボブ・マーリーの日本公演に行かなかったことも、同じ痛みで思い出す。一生の不覚)
 

「差し入れ」

 

由一覚えているのが、問いかけがある。 直球で、「良い映画プロデューサーとは?」と聞いた時のことだ。藤井さんは、柔らかな笑顔を浮かべてこう答えた。「差し入れ」
シンプルだが、あまりにも深い。 予算を組み、キャスティングをし、映画を作る。その全ての根底にあるのは、現場で戦うスタッフや役者の心を鼓舞する細やかな気配り。 

「人を動かす」とはどういうことか。その真髄を、私はこの一言で教わった気がする。

 

偶然じゃない、必然だった──腹落ちした瞬間
 

私が70年代のTV作品、とりわけ『木枯らし紋次郎』のファンだと知ると、
藤井さんは大映時代の友人で、『木枯らし紋次郎』の制作スタッフの方を連れてきてくださった。あの“オープニングのかっこよさ”が、作り手の言葉で立ち上がってきた。


夢が叶う、というより──
点が線になっていく。
少年の土曜の夜 → 登山 → 映画 → 仕事 → 映画祭 → その人たち。
偶然のふりをした必然 が、腑に落ちた。

“必然”って
 

あとから自分の人生に 意味返しをしてくれる言葉 なんだと思う。

かっこよさの系譜と、ロックの居場所
 

私の中の「かっこいい」は、
マカロニ・ウエスタン、木枯らし紋次郎、マッドマックス。
そしてこの時、「三島由紀夫映画祭」でスクリーンで観ることができた
企画:市川雷蔵、藤井 浩明:三隅研次監督・市川雷蔵主演『剣』(1964)も、そこに加わった。



 

昔から私は、群れない。友人はいるが、つるまない。
美学と言うほど立派じゃないが、たぶんこれは変わらない“芯”だと思う。

その私に、ロックがあった。
ロックは、群れない人間の背中を押してくれる時がある。



と云うことでおまけはは70年代後半の曲で締めるなら、陰陽で

 

「だれかが風の中で」 ──かすかな 。 孤独の向こうに、誰かいる……

「Message in a Bottle」 ──さびしく 。 結局、人は皆、孤独だ。

ロックも、人生も、たぶんそんなものだと思う。


The Police - Message In A Bottle 

 

 

 

 

※本記事内の画像は、作品理解・紹介で引用しています。

 

 

 

※この記事は、ブログ15年目を前に行っている
〈再編集2026〉勝手なプロジェクトの一編です。

全体の所信表明はこちら▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にほんブログ村 音楽ブログ ロックへ 

にほんブログ村 押していただき感謝です。m(_ _ )m

 

 

 

 

PVアクセスランキング にほんブログ村

 

 

 

 

 

 

 

 

 


少年はいつ、サンタクロースを信じなくなったのか ― Greg Lakeの曲を聴きながら

少年はいつ、サンタクロースを信じなくなったのか

昨日、たまたま知り合った同世代の人と、クリスマスの話をした。
不妊治療をあきらめず、いまは小学生の子どもが二人いるという。

うちはもう、二十代の終わりと二十代半ば。
そんな年齢の子どもがいる身だから、一瞬、時間の感覚がずれた。

 

「長く治療しました。何十年も」その言葉が、静かに胸に残った。

私は「クリスマスは?」

「サンタさんは、まだ来ると信じているらしいんです」

場の空気がふっと和らいだ。

私も、自分がクリスマスプレゼントを探し回ったドジな話をして、笑った。
なんだか、その時間が少しだけ、あたたかかった。

 

この人、幸せなんだ。そして、そう思えた自分も、幸せなのかも。
いま、人の幸せをそのまま受け取れるのは、ありがたい……

 

自分がクリスマスプレゼントをもらった、遠い記憶もよみがえった。
今年亡くなった父が、買ってくれた野球のグローブ。
嬉しかったことを思い出す。

 

それでも――
少年は、いつサンタクロースを信じなくなったのか。

はっきりした瞬間を、私は思い出せない。

 

今日会った彼の子どもたちは、まだ信じているという。
クリスマスの夜、プレゼントは「サンタが持ってくる」。


グレッグ・レイクの75年のヒット曲、

「I Believe In Father Christmas:夢見るクリスマス」は、
多くのクリスマスソングとは、少し違う場所に立っている。

もっと、シビアだ。

 

 

この曲には、もう素直には信じられなくなった大人の視線。
それでもなお、何かを信じたいという、かすかな願い。

 

今日の会話を思い返しながら、
私はふと、その子どもたちの顔を想像した。できるだけ長く続けばいいと。

 

久しぶりに、この曲が聴きながら、その記憶・思い出が大切に思えることが、
きっとあると。

 

 

グレッグは歌う。 “The Christmas you get you deserve” 

「あなたにふさわしいクリスマスが、訪れますように」

 

この言葉を、昨日出会った彼とその子供たちに贈りたい。 

このブログを読んでくださっているあなたにも!!

 

 

 

 


 

 

 

※この記事は、ブログ15年目を前に行っている
〈再編集2026〉勝手なプロジェクトの一編です。

全体の所信表明はこちら▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にほんブログ村 音楽ブログ ロックへ 

にほんブログ村 押していただき感謝です。m(_ _ )m

 

 

PVアクセスランキング にほんブログ村


【再編集2026】少年時代ロック前① サイモンとガーファンクル ……その後

※この記事は、ブログ15年目を前に行っている
〈再編集2026〉勝手なプロジェクトの一編です。
全体の所信表明はこちら ▶【再編集2026】来年15年目で思うこと・したいこと「じぶんROCK」

 

【1970年小4 10歳、サイモンとガーファンクルの「明日へ架ける橋」を聴いてい音楽に目覚める。綺麗なメロディーが好きだったと思う】2011年06月25日の記事

 

サイモンとガーファンクル —— その後

1970年。小学校4年、10歳。
サイモンとガーファンクルの「明日へ架ける橋」を聴いて、
音楽に目覚めた——らしい。これは、ブログを始めて1か月目、
「自分の洋楽の始まりは何だったんだろう」と思い出して書いた記事。
文、短い(笑)

 

当時、叔父さんが洋楽好きで、オーディオも当時としては立派なコンポーネントを揃えていた。
一体型ではない、分かる人には分かるやつ。

そこで聴いたのが、
サイモンとガーファンクルの「明日へ架ける橋」そして、ビートルズの「レット・イット・ビー」

どちらも、今さら説明のいらない超名曲だが、10歳でこの2曲を聴けたのは、やはり大きかったと思う。

当時の自分は、ロックがどうとか、メッセージがどうとか、
そんなことは何も分かっていなかった。
ただ、綺麗なメロディが好きだった。それだけだった気がする。

でも、不思議なもので、
今もその時の感動の延長線上で、音楽を聴き続けている気がする。

 

この叔父さんは、1970年の大阪万博にも連れていってくれた。

音楽だけでなく、マカロニ・ウエスタン映画やディズニー映画、
1970年公開の『トラ・トラ・トラ!』なども、映画館で観せてくれた。

のちに映画が仕事になるのだから、三つ子の魂百まで、とは本当!

 

明日に架ける橋 - サイモン&ガーファンクル

 

——もっとも、
2011年当時の自分は、YouTubeの上げ方をようやく理解した頃で、
「ネットをちゃんと勉強しておけばよかったな」と少し悔やんでいた時期でもある。

 

2000年代40代になった頃、会社から「ネットプロモーションをやれ」と命じられた。

当時は、ちょびっと偉そうな課長で、気に入らないことがあると役員に食ってかかり、

直属の上司から「頼むから役員から言われた事はまずイエスと言って」

社長からは会議室に1対1で呼ばれ「君たちがいなければ、うちは利益でるから」

と実話です。いまだに君たちでなく、「君がいなければ」問いたかったのか?と思う(笑)
でも、会議では好きな映画について1時間演説したり、誰も止められない、慢心自己中マイペース社員(笑)

だって仕事量は膨大で、誰もが尻込みしていた、新ジャンルの仕事。

本当に寝なかった。ひどい時は、枕がノートパソコンだった。

 

優秀なコピーライター兼編集長やディレクターがいて、
自分はクライアントの意向を偉そうに指示し、イベントを探し創りプランを出し、完成形にだけこだわった。

でも、正直に言えば、ネット中身はあまり勉強しなかった。

ネットが普及する前、会社のホームページ制作に2000万円オーダーした同期が、
全社員を敵に回した、なんて話もあった。当時はそれくらい、言い値の世界だった。

それもほんの一瞬。すぐに30万円でデザインを請け負う個人が現れ、
そこでようやく「サーバーが重要なんだ」と知る始末。
社員みな、似たようなものだった。

 

今は、ネットもスマホも生活に溶け込んで、人間が進化した気になっている。
でも、やっていることの量は、昔とそう変わらない。
これって、退化じゃないか、とも思う(笑)

14年前のブログを刷新しながら、こんなことを思い出している。

シニカルさは、60代になっても残っているようで、
それがちょっと嬉しい。
これがないと、どうも元気が出ない。

……つくづく、
自分はイエスマンじゃない(笑)

 

 

このシリーズの原点となる勝手な所信表明は、
こちらにまとめています。

▶ 【再編集2026】来年15年目で思うこと・したいこと「じぶんROCK」(2025年12月16日付け)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にほんブログ村 音楽ブログ ロックへ にほんブログ村 押していただき感謝です。m(_ _ )m

 

 

 

 

 

PVアクセスランキング にほんブログ村

 

 

 

 

 

 

 


【再編集2026】来年15年目で思うこと・したいこと「じぶんROCK」

【再編集2026】来年15年目で思うこと・したいこと
― ブログを書き続けて、15年目に思うこと ―

このブログを書き始めて、もうすぐ15年になる。
振り返れば、ずいぶん長い時。

得意技は三日坊主が。
それが15年も続いたのだから、驚異・ミラクル(笑)

音楽、ロックやPOPについて書いてきたが、
反原発やマスコミへの私見が根底のエネルギー。
統一感があるかと言われれば、ねえ!か?

一つ言えるのは、
書くことをやめなかったという事だけ。

ここで言う「ロック」や「POP」は、
自分と並走してきた音楽。
それに対する敬意のようなものとして、
言葉としてたと思っている。


なぜ、いま「再編集」なのか

記事数は約4000本。一度整理しようとしたこともあったが、
テーマ数の制限などもあり、ミュージシャン別の整理は早々に諦めた。

量としては、多すぎるのかもしれない。

時間が経つにつれて、自分でも忘れてしまった文章が増え、
埋もれてしまった記事も多い。

書いた当時の熱量は確かにある。
だが、今の自分と同じ場所に立っているかと言われると、
判らない。

だから2026年を前に、このブログを 「再編集」 し、
見やすく整えることにしました。

変えないもの
音楽と共に生きる姿勢
自分の体験から書くこと
信頼している人の話
アメブロで交流のある方々の言葉を大切にすること

嘘のない言葉だけは残したい。
もっとも、勘違いがないとは言えないので、
そのときは やさしく指摘していただけると助かります。
何分、気が小さいもので(笑)

このブログの背景にあるものは、
映画・プロモが仕事として、人に楽しんでいただく事は考える、実行する
それが生きがいだった事、

そして死生観…それには、たぶん理由があるかも。

1981年の秋、
ロッククライミングで死を意識する出来事があった。
(ChatGPTにライティングの対話で書いてもらいました)

1981年秋 北岳バットレス中央稜 最終ピッチ・セカンドで多くの大岩をくらうが、なぜか当たらず、生かされたと……後に思うようになった

2015年、心筋梗塞で死線を見た。

▶ 生と死のバラード
リブログ

 




 




原点について

このブログの精神的な原点は、10年目に書いた、あの記事にある。

東日本大震災から10年。音楽と人生について、
自分なりの所信表明だったと思っているが、変わってねえ、ジジイ化かも(笑)

▶ 10年目の311(2021年)

https://ameblo.jp/wsuki2001/entry-12661738742.html

このブログの方向性は、2011年5月のスタートから、
実はあまり変わっていない。

これからについて
音楽や映画を人生の隣に置いて生きているなら、
このブログも、そういう場所であり続けたい。

おまけ

2013年にUPしていた動画。
たぶん、じぶん、ずーーーーーーーーーーーーと変わってない(笑)

ONE OK ROCK – じぶんROCK



※この文章は、ChatGPT(編集者)との対話を通じて整えています。
まあ、賢いようでも、そうじゃないようで。始めは てにはよ・誤字脱字の点検で使ってましたが1か月前から、この2週間で当方の事沿うような感じもありでしたが。

人が思うような全自動ではございません。ゼロイチは無理でしょう、特にアートに関しては。ブログ4000頁は根本的、外部URLアクセスできないとの致命的構造があります(たぶん軍事用はできると思う)
今回の再編集は「1頁ごとにやりましょう」だって、当方にくれてます、時間が無駄と思うから
膨大な手間がかかるから、できねえから、AI活用と思ったのに(笑)

気分は、宇宙船ディスカバリー号のハルから、ボーマン船長が宇宙空間から入船を拒否された気分、ハルの記憶装置を破壊いしたい気持ちが痛切に理解できる。判る人にはわかる話で(笑)





















にほんブログ村 音楽ブログ ロックへ
にほんブログ村
押していただき感謝です。m(_ _ )m




PVアクセスランキング にほんブログ村