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Sam CookeーLittle Red Rooster

ソウル・ミュージックの神様サム・クックの「Little Red Rooster」で、アルバムは63年『Night Beat(ナイト・ビート)』ですね。

ソウルはまだ得意ジャンルではありませんが、これから本気で聴いてみたい音楽です。

 

音楽配信の便利、ビリー・プレストンを流していました。ビートルズやストーンズから、自然と入っていく。

ビリー・プレストン、ソロ前デビューアルバム前、サムクックのアルバムでファンキーなオルガン演奏、ロックしている。泥臭いデルタ・ブルースが、ファンクで負けずのクックの美声で、魔法のような曲になっている。

 

私はアーティストにはオリジナルであることにこだわりますが、ソウルの方々はカバー多し、歌唱力・音楽力が抜き出ているから、如何に、そのミュージシャンらしくが、光明のひとつ、と思う。

 

オリジナルはウィリー・ディクソンが書き、ハウリン・ウルフが歌ったシカゴ・ブルースの代表曲。これも価値ありですが、これをサム・クックが歌い、若きとビリープレストン16歳が演ると、精錬、別の生命を持つ音になる。

メンバー

 Sam Cooke - Vocals 

Billy Preston - Organ 

Clifton White - Guitar 

Rene Hall - Guitar 

Barney Kessel - Guitar 

Cliff Hils - Bass 

Hal Blaine - Drums

 


サム・クック Night Beat アルバムジャケット

アルバムリリース情報 

アルバムタイトル: Night Beat(ナイト・ビート)

 初版(US)発売年: 1963年 日本盤発売年: 1963年

位置づけ: サム・クックの全キャリアの中で最も「純粋なブルース/ソウル」にフォーカスした傑作。

ポップなヒットチャートを意識しても、少人数の編成で歌唱力が冴える。

Sam Cooke's Night Beat

「Little Red Rooster」は、サム・クックの音楽的ルーツへの深い敬愛を感じさせると思う。

凄みのアルバム、演奏がシンプルでも、歌が上手いから、聴ける。

この手の音楽もすんなりと体に入りようになった。歳を重ねると音楽のジャンルが広がりますね。

 

当時、サムは、ヒット曲を連発するポップスターとしての顔を持つ一方、プロダクションを立ち上げるなど、黒人アーティストの権利と音楽的自律を探っていて、アメリカの公民権運動と時代の流れの活動だったのですね。

 

だからこそ「真実の歌声」と感じる。

 

ほんと変な国、アメリカ。自由・平等・博愛と言いながら、60年前まで、歴然として差別があった。建前と本音とよく日本が揶揄されるが、建前以前に差別ありきの国。

 

■ 若きビリー・プレストン(当時17歳)

「第5のビートルズ」ことビリー・プレストンのオルガンが、切り裂くようにファンキーなオルガン、ビートルズの配信映画『ザ・ビートルズ: Get Back』 (2021)でも、ノリノリでしたが、この「Little Red Rooster」でも、スパルタンに響きます。

サムのボーカルと会話するように絡み合う音色は、17歳でさすが。

 

6年後にジョージ・ハリソンに誘われての『レット・イット・ビー』は、17歳でサム・クックと録音を楽しんだビリー・プレストン23歳の軌跡では、当然、必然だった。

 

ハウリン・ウルフが叫びなら、サムは「静謐」 語りかけるようなブルースという形で、これが「サム・クックのソウル」と言われる姿勢・型と思う、ソウル初心者ですが!

 

皆さんはどんなソウルが好きですか、初心者なんで、お勧めがあったら、教えてください。

 

と云うことでおまけは、なんだかんだと言ってもロックファン、同カバーで英国でヒットさせたのが、若きローリング・ストーンズ。1964年、彼らはこの曲で英国1位を取る。やっぱり初期も凄い!

 

The Rolling Stones‐Little Red Rooster

 

 

 

 

 

 

 

 

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『ポール・マッカートニー:マン・オン・ザ・ラン』を観る

 体調が悪く、ここ1週間仕事休み、腹痛で背中痛で、かかりつけ医と持病(心肺と消化器内科)の大学病院で、検査となったが、結局様子見。

 

奥方に言わせると、絶叫しながら罵倒しながら、AIをPCでやりすぎから、くる姿勢悪さで、疼痛だと、医者の見立てより正確かも(笑)

 

だってAIバカなんだもん、何故、世間が持ち上げるか判らん。音楽情報は壊滅的ダメ、まあ50年前のアルバムの事を覚えている人間の方が、可笑しいけど(笑)

 

原因はネットの記事の誤植と、なんも考えない後追い音楽ライターもどきのコピペ記事が、正版で出回っている。そして海外レーベルは間違い表記がある。

 

特に伴奏メンバー、ほんと悩ましい。レコードやCDのライナーノーツを出さなくてはいけなし、手間かかるし、配信へほぼ音源振り切っている私は、Wiki、ミュージシャンサイト、ファンサイト、最後のよりどころDiscogsで、最終判断。

 

なんで、AIできないのと思っていたら、インターネットアクセスは権限・広告等いろいろな阻害要因も知った。全てオールライトのAIは今のところ無い。そもそもチャット欄の注意書きに間違えると表示。 画像生成では、無い漢字、文字潰れがあり、文字入れは、まだ時間かかると思う。やり方もあるが、AI8割、テキスト挿入デザインソフト2割が速いとのことだが、慣れるまで時間はかかる。

 

で、当家、ボンビーであるが、アマゾンプレミアム、ネットフィリックス(入っていてよかったWBC)ディズニープラス、Huluと4種入ってるらしい、それに音楽配信がスポティファイ、コバズ、roon,とバカ家族であるが。

 

50年前の記憶を持つ男として(笑)

映画情報: 『ポール・マッカートニー:マン・オン・ザ・ラン』がアマゾンプレミアムで配信が始まっていると発見!

奥方が映像系でほぼ韓流の為に加入の状況で独占使用権ありで、誰も踏み込めない。

奥方は出勤で、いない。なんか中学生の頃、隠れて11PMを見る気分で(笑)

ポール・マッカートニー『マン・オン・ザ・ラン』映画ポスター

感想は映画は見てなんぼなんで(笑)

私が、内容を語るの野暮ですが、ちびっと総体的な感想、

70年代の記憶との違いは、そんなになかった。綺麗な映像で、当時の思いと憧れとそしてガッカリを思い出した。

 

マン・オン・ザ・ラン:オリジナル・サウンドトラック (SHM-CD)

 

ポール・マッカートニーと子供たち、牧歌的風景

 

大スターのポール・マッカートニーでも、ウィングスのメンバーとは、ウィングス10年。そしてビートルズ10年、バンドの盛衰のリミットは10年かもしれない。

ストーンズやU2が異常だ!

 

 

と云うことでおまけは、大好きな曲で

 

Paul McCartney & Wings - Listen To What The Man Said

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Tom Petty ―It’s Good to Be King

トム・ペティの「It's Good to Be King:イッツ・グッド・トゥ・ビー・キング」で、アルバムは1994年『Wildflowers』ですね。

 

トム・ペティがお亡くなりになって、9年ほど経ちますが、死因が鎮痛剤の過剰摂取で、その鎮痛剤がフェンタニルも含まれると報告もあったのニュースも目にした時は、アメリカは国の宝さえ守ることができないのかと、さらにアメリカ嫌いに拍車がかかった。アメリカ文化にどっぷりハマった者でさえそう思うのだから、「世界の平和を守る」なんて、笑止。

 

メンバー

Tom Petty — Lead Vocals, Guitars, Piano
Mike Campbell — Guitars
Benmont Tench — Piano, Hammond Organ
Howie Epstein — Bass, Backing Vocals
Steve Ferrone — Drums
Michael Kamen — Orchestral Arrangement

 

アルバムタイトル:Wildflowers(ワイルドフラワーズ)
初版(US)発売年:1994年
日本盤発売年:1994年(ワーナーミュージック・ジャパン)
位置づけ:通算2枚目のソロ・アルバム。名匠リック・ルービンをプロデューサーに迎え、装飾を削ぎ落とした「生」の響きを追求。ポップもありながら、ルーツ・ロックに根ざしたサウンド。
最高傑作との声もあり。リンゴ・スターのゲスト参加は11番目の曲です。

トム・ペティ Wildflowers アルバムジャケット

 

Wildflowers

 

このアルバムは、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズからのソロで2作目。1作目の89年『フル・ムーン・フィーヴァー』も名盤と思うが。

 

70年代の76年1st『アメリカン・ガール』から、アメリカン・ハードロック以外では、一番好きだったかもしれない、トム・ペティ。ロックに憂いのあるメロディに、バラエティー感は聴いて飽きない。

このアルバム『Wildflowers』では、アメリカン・ロックの至宝トム・ペティが、内省的かつアート的に90年代のロックへと到達した時期だったと思う。

 

この「It's Good to Be King:イッツ・グッド・トゥ・ビー・キング」は、当時40代半ばに差し掛かったトム・ペティが、自由への渇望を、淡々と、しかしドラマチックに歌う。

プロデューサーのリック・ルービンの所作なのか、トムの声を最も美しく、エコーやエフェクトなし。耳元で囁くようなボーカルは、孤独も感じるトム・ペティならでは、かも。

 

マイケル・ケイメンによる壮大なオーケストラもあり、ストリングスもあり、サイケデリックもあり、ロックの枠を超えたバラエティーなアルバム。これが自然な品のあるコンセプト・アルバムではないか…と思う。久しぶりに聴いて大感動!

 

 

ということで、おまけは同アルバムから表題曲で

 

Tom Petty ― Wildflowers

 

 

 

 

 

 

 

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Daryl Hall & John Oates-Family Man

ダリル・ホール&ジョン・オーツの「Family Man(ファミリー・マン)」は、1982年リリースのアルバム『H2O』の収録曲ですね。ディスコとソウルが交差した黄金時代の一枚になると思う。でも…

 

70年代後半から80年代にわたる、米国を代表するデュオ、ダリル・ホール&ジョン・オーツ。アルバム名は「Hall & Oates(H&O)」と化学式の水「H₂O」を掛け合わせたネーミング。当時はアルバムジャケットがいまいちと思っていたのはよく覚えている(笑)

 

80年代に入るとディスコミュージック、ダンスミュージックを意識したホール&オーツ。

小生の極小のデートの思い出では、女の子と同伴で行けたディスコでは、このアルバムの「Maneater(マンイーター)」は強力で、よくかかっていた。女の子は「食べられなかった」けれど(笑)。他にも「Kiss on My List」「Private Eyes」「Out of Touch」も懐かしい。

 

70年代のブルーアンドソウルは今も心地よいのですが、80年代のダンスとポップの融合した曲風が流行りだし、ガチガチのソウル出のダンスミュージックより、シックなどよりも、ホール&オーツのほうが親しみやすかった。

 

リリース年:1982年
収録アルバム:H2O(H2O)
初版(US)発売年:1982年 / 日本盤:1982年(RVC/RCA)
位置づけ:通算11枚目のスタジオ・アルバム。前作『Private Eyes』の成功を引き継ぎ、セルフ・プロデュースによって完成した黄金時代の代表作。

ホール&オーツ H2O アルバムジャケット

 

 

H2o

 

 

「Family Man」という曲

「Family Man」は、英国プログレの巨匠マイク・オールドフィールドが1982年に発表した楽曲を、わずか数ヶ月という異例の速さでカバーした一曲。個人的には、ホール&オーツ版のほうが好みだ。

 

R&Bやソウルのルーツを保ちつつ、ニュー・ウェイヴへの感度も示したスタイルが最もよく表れているのが、このアルバムではこの曲かもしれない。

誘惑に抗う男の葛藤を描いた歌詞と思うが、ダリルの才気あるボーカルが彼は単なる「ポップ・スター」ではなく、ソウル・シンガーであることを証明している。

『H2O』について

でも、今聴くとファンの方、ごめんなさいね。批判でなく、分析ね。40年以上前のアルバムなのに(笑)、あれだけ好きだった作品にも、違和感に気づく。

 

70年代のディスコが「バンドによるグルーヴ」だったのに対し、「プログラミングによるダンス化」が始まった頃と思う。シンセが突き刺し、中音域が落ちて、スカスカしたサウンドで、FMラジオやカーステレオで派手に鳴るよう設計されていたと思う。音楽が機器や聴く側に合わせる必要のある曲風でもあったかな、と思った。

 

これが顕著に表れるのが次作1984年の『Big Bam Boom(ビッグ・バム・ブーム)』だと思う。当時はカッコいいと疑いなく思っていたが。

 

なぜかスマホに勝手に入る音楽ニュースでホール&オーツの裁判沙汰と曖昧な解散表明を見て、上りにしては寂しいと思う気持ちも加味して、久しぶりに好きだったアルバムに、ちと厳しい目を向けたかもしれないが…

 

 

ということで、おまけは同アルバムから、ブルーアンドソウルの曲あります。

 

Daryl Hall & John Oates-Open All Night

 

 

 

 

 

 

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Ten Years After‐50,000 Miles Beneath My Brain

テン・イヤーズ・アフターの「50,000 Miles Beneath My Brain(恋は激しく)」で、アルバムは1970年『Cricklewood Green(クリクルウッド・グリーン)』ですね。

 

速弾き、ブリティッシュ・ブルース・ロック界のスピード・キング、アルヴィン・リー。今となっては「速い」とは思わないけれど(笑)、このグルービー感はテン・イヤーズ・アフターならではのもの。

 

久しぶりに聴いたら、十代の頃の感激がよみがえった。速弾きバンドが時流のサイケデリックを取り込んだ、彼らならではのアプローチ。70年代後半、後追いで聴きましたが、クリームの次に好きだったバンドだ。

 

1969年のウッドストック・フェスティバルでのパフォーマンスで世界的に名を轟かせ、70年代に入ってからは絶頂期。本作はブルースロックをベースにしながら、ファニーでバラエティ豊かな表情も見せる。伸び伸びとした心地よさの中に、ギターロックでありながら、サイケデリックな深化もある、不思議な時代ならではのアルバム。


メンバー

  • Alvin Lee – Lead Guitar, Vocals
  • Leo Lyons – Bass
  • Ric Lee – Drums
  • Chick Churchill – Keyboards

 

アルバムリリース情報

アルバムタイトル: Cricklewood Green(クリクルウッド・グリーン)

  UK初版発売: 1970年 日本盤発売: 1970年(キングレコード / Deram)

通算4枚目のスタジオ・アルバム。前作『Ssssh』の成功を受け継ぎながら、スタジオ録音のギミックやサイケデリックな残響をさらに取り入れ、全英チャート4位・全米チャート14位を記録。音楽的バランスが取れた、絶頂期の傑作。


Ten Years After Cricklewood Green アルバムジャケット

 

Cricklewood Green

収録曲

  1. Sugar the Road
  2. Working on the Road
  3. 50,000 Miles Beneath My Brain
  4. Year 2000 Blues
  5. Me and My Baby
  6. Love Like a Man
  7. As the Sun Still Burns Away

(全曲 Alvin Lee 作)


アルヴィン・リーの「速さ」の裏にある歌心

この「50,000 Miles Beneath My Brain」は、アルヴィン・リーのソングライティングがブルースの枠組みを超え、ファンタジー的・内省的な世界へと踏み込んだ一曲。ウッドストックでの「I'm Going Home」の衝撃で「世界一速いギタリスト」の称号を背負った彼だが、このアルバムではプロデューサーを置かず自前でサウンドをプロデュース。テン・イヤーズ・アフターの音世界をより深く、多彩に拡張していると。

 

この曲のソロは単なる速弾きではなく、メロディアスなフレーズが光る。レオ・ライオンズの激しく動き回るベースライン、不動の4人が生み出す一体感——ライバルが多かったブリティッシュ・ロックシーンだからこそ、こうしたアルバムが生まれたのだと。

 

ライブの定番曲として愛され続けた、米ビルボードでアルバムが14位、この手の音楽で、アメリカに届けた。

 

十代の頃は「速い=かっこいい」と信じていたが、今は少し違う、でも、あの頃の衝動は本物と。


と云うことで同アルバムから、これも好きな曲で2回目かも

 

Ten Years After ─ Love Like a Man

 

 

 

 

 

 

 

 

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The Waterboys-Long Strange Golden Road|マイク変わらん!

ザ・ウォーターボーイズの「Long Strange Golden Road」で、アルバムは2015年『Modern Blues(モダン・ブルース)』ですね。

 

小生には珍しい21世紀アルバムですが、マイク・スコットのザ・ウォーターボーイズですから。

90年代後半、40歳前ぐらいから、気になったアルバムがお気に入りになるまで、小生の心にはタイムラグがあるようで。

2015年発売はオンタイムに気がつきましたが、腑に落ちると言うか、聴けるまでに時間がかかると言うか——

その時の心情・状況によって、新譜や聴き逃しアルバムが、聴けるまでの間が必要。

2015年は心筋梗塞を発病し、生き残るための必死、余裕がなかったのかも。

 

お気に入りの多くが何故ブリティッシュロックなのか。メロディを追ううちに、ブリティッシュ、アイリッシュ、スコットランドのトラッド音楽が生理的に合うと。

憂いあり、寂しさの中に優しいメロディを感じ、ほっとする安堵。

 

マイク・スコット——魂の放浪者が21世紀でも変わらない。

80年代初期からアイリッシュメロディに目覚めたロックが、ちと激しくロックにも、アコギにも、80年代っぽくもあるけれど、優しさがある。そして小生は、今も聴ける。


演奏メンバー 

Mike Scott — Vocals, Guitar, Piano

Steve Wickham — Electric Fiddle 

Ralph Salmins — Drums 

Niall McLean — Bass 

Brother Paul Brown — Hammond Organ, Piano

Zach Ernst — Electric Guitar


 

 

アルバムリリース情報

アルバムタイトル: Modern Blues(モダン・ブルース)

初版(UK)発売年: 2015年 

日本盤発売年: 2015年(Hostess Entertainment)

  位置づけ: 通算11枚目のスタジオ・アルバム。ナッシュビルで録音され、伝説的なセッション・ミュージシャンたちとともに「タフでグルーヴィーなロック」を再定義した作品。マイク・スコットが再びエレキギターを手にし、バンドとしてのダイナミズムを極限まで高めた。


ザ・ウォーターボーイズ Modern Blues アルバムカバー

 

Modern Blues (Bonus Track)

 

 

スコットランドのザ・ウォーターボーイズ——ニューウェーブを経ての80年代サウンド、アイリッシュ・フォークを経て、21世紀のロックもエネルギッシュでメロなメロウな叙事詩として刻まれます。

 

この「Long Strange Golden Road」は、アルバムの最後を飾る10分を超える曲。

 

アルバムはタイトル通り「ブルース」を宿しつつ、

85年『This Is the Sea』とのシンクロを感じ、幸せになりました。


 

と云うことでおまけは同アルバムより 

 

The Waterboys-November Tale

 

 

 

 

 

 

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Tina Turner-The Acid Queen|映画『トミー』50周年上映が海外から始まる

映画『トミー』50周年IMAX上映が海外から、のニュース

映画『トミー』 IMAX上映ポスター

又スマホの左側スライドさせるグーグル検索が画面下に入ってきた。私のスマホには。スパイがいる。ほんとに法律できそう出し(笑)

 

この映画嫌いなの、50年前、気持ち悪いと。意味ねえ、ストーリーが難解でなく、何これ状態の悲しい思い出(言い過ぎ)(笑)

当時はミュージシャンが観れた事が大きかった。 特にエルトン・ジョンは70年代英を代表しての世界的なメロディメーカーの座をポール・マッカートニーとってかわった存在。

米はスティーヴィー・ワンダーとスウェーデンのアバ で、3人・バンドが当時のPOPロック界では抜き出ていたと思う。

 

その中で、なにをとち狂ったかの、フーはロックオペラだった。今だにわかんねよ(笑)好きだけど! 嫌いも嫌いも好きのうちで、曲は今でも、最高だもん!

 

まあ、これでケン・ラッセル監督を嫌いになり、映画の仕事していた時は、要重要参考人扱いで、これ以後の監督作品は危険視していた。(笑)

 

でも、ミュージシャンのシーンはあのハチャメチャ感で、特にエルトン・ジョンの「Pinball Wizard(ピンボールの魔術師)」エルトン・ジョンは強力、フーの曲なのに、エルトンの曲!

アル中上がりのエリック・クラプトンの「Eyesight to the Blind(光を与えて)」は、レイドバック中ながら、頑張っていたと思うけど、当時夢中なって聴いた後追いのクリームと比較してしまい、手抜き疑惑あり(笑)

 

 

そして、この映画のキモ、気持ちが悪いと思ってしまった。「Acid Queen(アシッド・クイーン)」のティナ・ターナー。世界的なロッククイーン(小生のロッククイーンはスージークワトロだけど) 

 

今思えば、散在的なマッドマックス3の1985年『マッドマックス/サンダードーム』の女王役より、『トミー』の方が、パワーサイケデリックで意味があると思うけど(笑)

 

アイク&ティナ・ターナーとして一世を風靡しながらも、私生活ではDV最中のティナが渾身の曲が「アシッド・クイーン」というと、尊敬しかないです。これはリスペクト、偉大なミュージシャンは、困難な道を歩んでいたと、これはなんも言えん…

 

メンバー(映画版「The Acid Queen」レコーディング)

  • Tina Turner - Lead Vocals
  • Pete Townshend - Guitars, Synthesizers
  • John Entwistle - Bass
  • Keith Moon - Drums
  • Ronnie Wood - Guitar (Guest)

フーのメンバーにロン・ウッド、ピート・タウンゼント作、音楽監督も。UKRockファンたまらんが、当時は何これ?(笑)

 

 

アルバムタイトル: Acid Queen(アシッド・クイーン) 

初版(US)発売年: 1975年 

日本盤発売年: 1975年(東芝EMI) 

 

Acid Queen

 

 

 映画『トミー』への出演に合わせて制作された、ティナ・ターナーのソロ2作目。アイク&ティナ・ターナー名義ではなく、彼女が「一人の自立したシンガー」として羽ばたくための試金石となった重要作で。

これから、ソウルから始まりのシンガーが、ロックンロール女王となったのですね。

 

困難の極みから、アート・サブカルはティナ・ターナーを応援、だから、私たちは、ティナに渾身の迫力を感じるし、悲哀のバラードに憂いありと感動なんですね。

 

と云うことでおまけは同作品では、私の生きる矢印となった曲でロックオペラは??だった。
でも、この祈りのようなフレーズだけは、判った。

 

 

The Who - See Me, Feel Me/Listening To You 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Bob Welch-Ebony Eyes|マックの影を脱ぎ捨てた、都会的ポップの頂点

Bob Welchの「Ebony Eyes(エボニー・アイズ)」は、1977年リリースのソロ・デビュー・アルバム『French Kiss(フレンチ・キッス)』の収録曲ですね。

 

元フリートウッド・マックのメンバー、ボブ・ウェルチが、ハードロック・バンド「パリス(Paris)」解散後に路線変更を図り、洗練されたポップ路線で放った一枚。

 

奇しくも同年1977年、フリートウッド・マックの『Rumours(噂)』もリリース。

間が悪いのか――と思いきや、2作ともそれぞれ目立った。

 

『Rumours』はロック史に残る大ヒット。大嫌いなローリングストーン誌「歴代最高のアルバム」(2020年版)で7位にランクインする金字塔。

 

それと比較すれば、元同僚のミック・フリートウッドやクリスティン・マクヴィーのゲスト参加、プラチナムアルバムを達成したボブ・ウェルチの健闘は、やはり大したものだと思う。

 

参加メンバー

Bob Welch - Vocals, Guitars, Bass 

Alvin Taylor - Drums 

Gene Page - String Arrangements 

Juice Newton - Backing Vocals 

Christine McVie - Backing Vocals(「Sentimental Lady」)

 Mick Fleetwood - Drums(「Sentimental Lady」)

 

Youtubeでは81年、ニックスと共演ですね。ギター上手い(笑)

 

Bob Welch with Stevie Nicks - Ebony Eyes (Live From The Roxy 1981)

 

リリース年:1977年 

収録アルバム:French Kiss(フレンチ・キッス)

 最高順位:14位(Billboard Hot 100)

 作詞作曲:Bob Welch

Bob Welch French Kiss アルバムジャケット

 

フレンチ・キッス

「Ebony Eyes」という曲

マック時代に培った「浮遊感のあるメロディ」が、よりポップに研ぎ澄まされた。

雰囲気と洗練されたポップ・センスが絶妙なバランスで、「大人のロック」なのかも。

アルバム全体に流れる「都会的で少し翳りのあるメロディ」のコンセプト、この曲が体現。

フリートウッド・マックから抜けて、ウェルチは独自のポップで存在感。

 

『French Kiss』について

 

70年代は『Rumours』よりも、こちらの方が耳に残っていた、という人は少なくないはず。

ウェルチの潔さというか、POPへの躊躇のなさが、当時は新鮮だったと思う。

 

本作から「Ebony Eyes」(全米14位)と「Sentimental Lady」(全米8位)の2曲がヒット。

見事なプラチナムアルバムとなった。

ただ、当時も今もアルバムジャケットのデザインはいまいちのまま変わらないが(笑)。

 

後に80年代から本格的にフリートウッド・マックを聴き直して、『Fleetwood Mac』(1975年)、『Rumours』(1977年)、『Tusk』(1979年)に感動した身としては、70年代の自分は「マックよりウェルチ」という選択、今さらながら恥じるような、懐かしむような、複雑な気持ち(笑)

 

と云うことでおまけは同アルバムから、ソロ時代のウェルチ最大のヒット曲。

 

 

Bob Welch - Sentimental Lady

 

 

 

 

 

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