私が思うこと一覧

竹内まりや ベスト・アルバム『Expressions』(エクスプレッションズ)

竹内まりや


2竹内まりや

竹内まりや3

私も竹内まりやさんのこのベストアルバムを5年前に購入しました

このアルバム『Expressions』(エクスプレッションズ)は、2008年10月1日にMOON RECORDS(ワーナーミュージック・ジャパン)から発売された竹内まりやさんの通算3枚目のベスト・アルバムです

30周年を記念して作られたこのベスト・アルバムは、彼女自身の企画・選曲にもとづき、さらにそれにWEBサイトとCDショップにて行われたファン投票の結果を加味して「シンガー」「ソングライター(セルフカバー作品)」「シンガー・ソングライター」という3つの音楽的特質を、ほぼ年代順にたどった3枚組、全42曲で構成されています

ご本人による曲目解説、天辰保文・山下達郎による解説を収載した60ページのブックレットを封入しており、値段は初回限定盤、通常盤ともに3,980円(税込)でした
収録曲を2曲ご紹介いたします

「駅」

作詞・作曲 竹内まりや
編曲 山下達郎


「告白」

作詞・作曲 竹内まりや
編曲 山下達郎



※Disc 4は、Original Karaoke [ボーナスCD]です。
初回盤のみのボーナスディスクで、人気投票での上位10曲となった楽曲のオリジナル・カラオケが収録されているそうです
収録曲

人生の扉
元気を出して
不思議なピーチパイ
家に帰ろう(マイ・スイート・ホーム)
September
シングル・アゲイン
カムフラージュ
純愛ラプソディ
もう一度

こちらは、彼女の代表曲10曲が聴けます(^_^)


01. いのちの歌
02. 人生の扉
03. 駅
04. 純愛ラプソディ
05. 元気を出して
06. シングル・アゲイン
07. カムフラージュ
08. 告白
09. マンハッタン・キス
10.家に帰ろう


旦那様の山下達郎さんととても仲良しで、楽曲においても達郎さんの影響が色濃く出ていますね


ご視聴ありがとうございました

ライソン Bluetooth ワイヤレス・イルミネーション・スピーカー

ライソン ワイヤレススピーカー2

最近、音楽好きの私は、お家時間を音楽を聴きながら楽しく快適に過ごしています
このワイヤレス・イルミネーション・スピーカーは、お家はもちろんのこと、車内でも、出掛け先でも楽しめます
(車内置き忘れには注意が必要です)
お洒落な楽曲を聴きながら、夜の街をドライブするのも楽しいですね

志賀島をドライブして来ました
ライソン ドライブ



ドライブにお勧め曲として…
Shakatak - Invitations



2時間充電で最大20時間連続再生(消灯した状態)ができる優れものです
イルミネーションが光るので、夜のドライブをロマンチックに演出してくれます
音声は普通です

ライソン ワイヤレススピーカー



6種のライトモード搭載で
インテリアライトとしても楽しめるワイヤレス・スピーカーです

ワイヤレスで快適に音楽が聴けるのです
マイク内蔵なので、ハンズフリー通話もできます




付属品USB充電ケーブル 型式モノラルスピーカー パッシブラジエーター型 電源DC 3.7 V 内蔵リチウムイオン充電池 充電時間約2時間(充電機器により異なることがあります) 連続再生時間約20時間( ライトオフ時 ) バッテリー容量(mAh)1200 伝送距離(m)最大約15(使用状況・環境条件により異なることがあります) BluetoothVer.5.0、class2 使用周波数(GHz)2.4(2.402~2.480) 対応プロファイルA2DP、AVRCP、HFP


今日はワイヤレス・イルミネーション・スピーカーをご紹介いたしました

「鬼畜」の家

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使用済みのオムツが悪臭を放ち、床には虫が湧く。暗く寒い部屋に監禁され食事は与えられず、それでもなお親の愛を信じていた5歳の男児は、一人息絶え、ミイラ化した。極めて身勝手な理由でわが子を手にかける親たち。彼らは一様に口を揃える。「愛していたけど、殺した」。ただし「私なりに」。親の生育歴を遡ることで見えてきた真実とは。家庭という密室で殺される子供たちを追う衝撃のルポ。

次男をウサギ用ケージに監禁、窒息死させ、次女は首輪で拘束した夫婦。電気も水も止まった一室で餓死させた父親。奔放な性生活の末に嬰児2人を殺し、遺体は屋根裏へ隠す母親。「愛していたのに殺した」という親たち、その3代前まで生育歴をさかのぼることで見えて来た真実とは? 家庭という密室で殺される子供たちを追う。
初版発行: 2016年8月
著者: 石井光太


この本はノンフィクションであり、『厚木市幼児餓死白骨化事件』『下田市嬰児連続殺害事件』『足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件』の3つの事件について、加害者の生い立ちを取材している。

どの事件も衝撃が大きく、私には許し難い事件です。
ここまでの状況に至るまでに、この人達は何故対処出来ないのだろうか?
この親の立場に立って考えてみても私には許せないし、この親を哀れには思えないのです。
この親が哀れだとするならば亡くなった子供達はどうなのだろう?
この親と共に生き続けていくことも哀れで、この親から逃れられないのだから、親以上に苦しみは深いと思います。

親になるべきでない人が、次々といとも簡単に子供をもうけている。

2016年度に虐待によって死亡した子供の数は、77人(うち心中が28人)。凄惨な事件が毎年何十件という頻度で起きるそうだ。

真っ当な子育てが出来ない親がいる。子育てで問題が起きても解決できない未熟な親が多いことに驚いている。
インターネットでも検索できるし、育児書にも正しい導き方が掲載されているのに、何故この人達は学ばないのだろうか。
問題解決の方法は幾らでもあるのに彼等は学ぼうとしないのだ。
そもそも問題に気付いていないのかもしれないが…。

学校や保健所、産院での性と育児に関する教育を徹底して欲しいと心から願うばかりです。


■ 厚木市幼児餓死白骨化事件について
ゴミ部屋に閉じ込め…愛児の遺体を7年放置した父親の「言い分」
ノンフィクション作家・石井光太が凶悪事件の深層に迫る。衝撃ルポ 第2回
2021年02月05日より全文を引用します
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神奈川県厚木市の閑散とした住宅街のアパートで、3歳の男の子は2年間、真っ暗な部屋に閉じ込められていた。電気も水もガスも止まり、2トンを超えるゴミが山積みになって悪臭を放っていた。

男の子は部屋から出ることができず、鍵の閉まったドアを叩き、「パパ、パパ」と何度も呼びかけた。運送の仕事をしていた父親はほとんど家に帰ってこず、食べ物もろくに与えなかった。部屋に閉じ込められてから2年後の2006年1月、5歳になった男の子は1人きりで息絶えた。暗く冷たい部屋で身につけていたのはTシャツ1枚だった。

それから7年間、男の子の遺体は部屋に放置されつづけた。小学校に一度も登校せず、中学の入学手続きも行われなかったことから警察がアパートを訪問し、ようやく事件が発覚したのだ。


「居所不明児童」

この事件によってそんな言葉が社会に広まった。戸籍はあるのに、所在が知れぬ子供たちのことだ。私がこの事件を『「鬼畜」の家~わが子を殺す親たち』(新潮文庫)で取り上げた時に感じたのは、事件の責任者を特定し、裁くことの難しさ、そしてゆがんだ愛の形だった――。

********************

父親の齊藤幸裕は、1978年の生まれだ。3人兄弟の長男だった。

家庭環境は劣悪で、精神を病んだ母親が自殺未遂やボヤ騒ぎを頻繁に起こした。工事でつかう三角コーンを道に並べて火をつけて悪魔ばらいをしたり、家で大量のろうそくにつけた火が体に燃え移って全身火傷して入院したりしたというから、幸裕が相当振り回されてきたことは想像に難くない。

幸裕は高校を卒業した後にそんな家を離れて働きはじめる。非正規労働で職を転々とする一方で、趣味は車の改造やドライブ。物静かであまり友人がいないタイプだった。後に妻となる愛美佳(仮名)と知り合うのは20歳になるかならないかの時だった。

愛美佳は当時高校2年。実家は箱根の有名旅館を経営している名家だったものの、その家庭環境は悪かった。


一年で家庭に興味が失せ……
父親は女をつくって家出、母親にも男の噂が絶えなかったが、自らのことは棚に上げて娘にスパルタ教育を施した。こうした影響からか、愛美佳は非行に走り、夜遊びをしていた時に、幸裕と出会ったのだ。

愛美佳は、家出して幸裕のアパートに転がり込み、同棲をはじめる。間もなく妊娠し、出会った翌年に生まれたのが、長男の理玖君だった。幸裕が21歳、愛美佳が18歳の時のことだった。

2人は厚木市内に新しくアパートを借り、新生活をスタートさせた。愛美佳の実家からはそれなりに金銭の支援があり、幸裕も契約社員を止めて運送会社のドライバーとして働きだした。最初の1年間は、2人は若いなりに精いっぱい子育てをしようとしていた。だが、1年経つか経たないかの頃には心が家庭から離れるようになる。

まず、愛美佳が「自由に遊びたい」と言い出した。同年代の友達が青春を謳歌しているのがうらやましかったのだろう。彼女は家の片付けや料理をしなくなり、理玖が夜泣きをしても放ったらかした。後に拘置所で幸裕は言った。

「仕事から帰っても家は散らかり放題でした。それで注意したら言い返してくるのでケンカです。一方的に俺がやっていたわけじゃありません。俺が注意したら、あいつが物を投げてきたり、つかみかかってきたりするのでやり返す感じです。ほとんど毎日そんな感じでした」

どちらが悪いというのではなく、お互いに未熟だったのだろう。夫婦の関係は日に日に荒んでいた。


遊ぶ金欲しさに風俗勤務
母親が働いていた厚木市の風俗店街
そんな中、愛美佳は遊ぶ金欲しさに本厚木駅にある風俗店で働きだす。毎日昼過ぎに託児所に理玖を預け、閉店の午前零時頃まで客をとった。当時の店長の話によれば、客や黒服に愛想をふりまく一方で、同僚の女性に対しては嫉妬深い態度をとっていたそうだ。

さらに愛美佳は店の客とは別に、恋人をつくっていたらしい。幸裕が携帯電話をのぞいたところ、知らない男性とラブホテルに行っていることが書かれており、そのことで何度も大ゲンカになったという。

愛美佳がアパートから失踪したのは、理玖が3歳になった年のことだった。夜、買い物に行くと言って出たきり、行方がわからなくなったのである。幸裕と理玖は捨てられたのだ。

幸裕は理玖に言った。

「これからは2人で生きていこうね」

幸裕は理玖を自分1人で育てていくことにした。だが、まったく生活感覚のない人間で、やっていたことは子育てとはとうてい呼べないものだった。

まず愛美佳の家出から数ヵ月のうちに、電気、ガス、水道などのライフラインが料金未払いですべて止まった。理玖の食事は1日1回、パンかおにぎりとジュースの「食事セット」を置くだけで、オムツの交換は数日に一度、外へ連れて行くのも月に一度だった。


小便はペットボトルに
幸裕の生活感覚のなさは、電気、ガス、水道が停止した後も、料金を払わずにアパートに住みつづけたことだ。小便はペットボトルにし、水は公園の水道からくんで、ゴミはどんどんたまっていく。給料があるのに未払いのまま放置し、その部屋に寝ていたというから怠慢としか言いようがない。

また、幸裕は仕事で留守をしている間に、理玖が外へ出て行くのを防ぐため、雨戸を下ろして部屋のドアには鍵をかけて閉じ込めていた。暗い部屋に監禁しているのと同じだ。それでも、幸裕は子育てをしていたと思っていたのだから驚きだ。彼の言葉である。

「理玖とは時々遊んでましたよ。家にエロ本があったんです。そのページをやぶって、紙クズをペットボトルに入れて、上から降らせてあげるんです。紙吹雪ごっこ。理玖はすごく喜んでいました」

事件後、幸裕のこうした性格を挙げて「知的障害がある」と語る人もいたが、私は何度も面会を重ねた経験からそうは思わない。車の改造を自分でしていたし、愛美佳をナンパするだけのコミュニケーション能力もあったし、会社での成績も「A」だ。障害というより、生活能力がすっぽりと欠如していただけなのだろう。

一方、愛美佳は家出の後、夜の街にどっぷりとハマって生きていた。夢中になっていたのがホストクラブだ。

金のない時ですらホストクラブへ行ってツケで飲み回り、返済を求められると行方をくらます。ホストクラブの間で、彼女は「掛け飛び(料金踏み倒し)」の常習犯としてブラックリストに載っていた。

店側はツケの回収のため、彼女が店に置いていった保険証もとに、夫の幸裕を割り出して職場に押しかけ数十万円を肩代わりさせていた。他にも、愛美佳は携帯電話の請求書を幸裕に押しつけて支払わせていたし、幸裕の名義でマンションを借りて家賃250万円を未払いのまま逃げたというから、自分が捨てた幸裕を利用していたと言わざるを得ない。


現実逃避にキャバクラ通い
幸裕にしてみれば、なんで自分だけがせっせと働いて理玖を育て、愛美佳のツケを払わなければならないのかという不満を抱くのは当然だ。経済的にもどんどん苦しくなっていった。

やがて彼は現実逃避するようにキャバクラに通いはじめ、理玖の面倒をみなくなっていく。まじめに生きているのがバカバカしくなったのだろう。そして、そこで出会ったホステスと恋仲になった。

ホステスによれば、幸裕は誠実だったようだ。2人は週に何度かラブホテルに泊まったが、その間、理玖はアパートに置き去りにされた。2、3日帰らないこともザラだった。そんな中で、理玖は衰弱していくことになる。

2006年の12月、幸裕は有給休暇を取って恋人のホステスと共に東京ディズニーランドへ遊びに行った。そこで撮影したプリクラには「いつまでも一緒にいようね」の文字が書かれていた。結婚も考えていた。

理玖が人知れずアパートで亡くなったのは、その1月後のことだった。2トンものゴミが散乱する部屋に敷きっぱなしになった布団の上でうつぶせになって息絶えたのである。

後日、久々に家に帰った幸裕は、そんな息子の姿を見つける。あ然とした彼はコンビニで理玖が好きだったコロッケパンとジュースを買って玄関に供えて手を合わせ、ホステスのもとへ逃げ出した。

その後、幸裕が賃料を払いつづけていたためにアパートの遺体は放置され、7年後まで事件が発覚することがなかったのである。

2015年秋、幸裕は裁判にかけられた。理玖に対する育児放棄と死体遺棄の罪である。

私は拘置所にいる幸裕と面会を重ね、事件に対する思いを訊いた。会うたびに、彼は声を荒げてこう言った。

「俺だけが裁かれるのはおかしいです。だって、理玖を捨てたのは愛美佳ですよね。俺は彼女の代わりに一人で面倒を見ていたんですよ。それなのにあいつは罰せられることなく、俺だけ裁かれる。そんなの間違っています!」

彼が理玖を死に至らしめたのは事実だし、それで裁かれて罰を受けるのは当然だろう。

だが、同時に彼が主張するように、愛美佳が何の罪にも問われないことには疑問を覚えずにいられない。彼女は理玖を捨てたばかりか、その後も夜の街で遊びつづけ、多額の支払いを幸裕に押しつけてきた。事件の一因が彼女にあるのは明らかだ。しかし、日本の司法制度の中では、彼女を罰することは難しい。

もし幸裕の詳しい生い立ち、愛美佳の事件後のことなどを知りたければ、拙著『「鬼畜」の家』を読んでいただきたいと思う。

何にせよ、この事件からわかるのは、生活感覚のまったくない男女が一緒になった時、その犠牲になるのがか弱き子供だということだ。裁判で幸裕と愛美佳もそろってこう語っていた。

「私は理玖を愛していました」

彼らは自分たちの「愛」がゆがんでいることに気づいていない。

愛情の形はそれぞれ違う。その間違った愛ゆえに、子供の命が奪われることもある。そう考えた時、私たちは「親の愛情」「母性愛」といった言葉に信頼を置くのではなく、子育てができない大人が一定数いるという前提に立ち、支援のあり方を考えていく必要があるのではないだろうか。

取材・文:石井光太



■ 『下田市嬰児連続殺害事件』について
セックスに溺れた女が、現実逃避の果てに2人の我が子を殺すまで
ルポ・下田市嬰児連続殺人事件より全文を引用します
2017/01/23

嬰児殺しの原因は貧困か?
嬰児殺しとは、母親が産んで間もなくの赤ん坊を殺めることだ。児童の虐待死は、心中を除けば0歳児の犠牲者が4割。その8割以上が0歳0ヵ月の生まれて間もない子供なのだ。

実際、この種の事件は毎年何件も報じられており、昨年12月にも岐阜市内の神社で、捨てられたリュックの中からへその緒がつながったままの嬰児の遺体が見つかったことがニュースになっている。

マスメディアはこうした事件が起こると、母親の貧困が原因だというニュアンスで報じることが多い。学生やシングルマザーが望まぬ妊娠をして育てられないので殺害したのだ、と。

しかし本当にそうなのか。

たとえば、静岡県下田市で起きた嬰児連続殺害事件の犯人は、実家や叔母の家で暮らしていた。ファミリーレストランとコンパニオンの仕事の給料に児童手当を加えれば、収入は毎月28万円ほど。

だが、彼女は高校2年生の時から約10年間の間に夫や恋人の子供を8人も妊娠し、そのうち生きているのはわずか3人だ。

何かが異常だ。にもかかわらず、彼女が嬰児殺しをした原因を、貧困のせいと言い切れるだろうか。

こうした事件は1年に覚えられないくらいに起きている。女子高生がトイレで赤ん坊を生んで便器に捨てた、ゴミの中から生まれたばかりの赤ん坊が見つかった、家の中から赤ん坊のミイラが発見された……。だが、メディアはどの事件もしっかりと検証せず、その場かぎりの報道しかしない。

私は『「鬼畜」の家~わが子を殺す親たち』(新潮社)という著書で、嬰児殺しと呼ばれる事件を深く取材した。その中で気づいたのが、嬰児殺しをした女性たちが持っている一つの共通する特性だ。

拙著で描いた下田市嬰児連続殺害事件を例に、そのことについて考えてみたい。


「天井裏の子」と「押し入れの子」
下田の事件の被告は、高野愛(逮捕時28歳)だ。舞台は伊豆半島の南、砂浜やヨットが停泊する港が広がる観光地である。冒頭に述べた下田市の犯人とは、彼女のことである。

愛は3人姉妹の長女として育った。母親は若い頃に働きに行っていた神奈川県で知り合った男性と恋仲になり妊娠。未婚のまま下田に帰って産んだのが愛だった。その後、たまに下田にやってくるその男性と関係しては、次女、三女と出産するも入籍することはなかった。

母親は気性が激しく高圧的な性格で、人の意見にまったく耳を傾けず、マシンガンのように自己主張だけをした。しかも主張の大半が自己本位で意味を成さなかった。愛は長女としてその母の罵詈雑言を一身に受けて育つことになった。

妹の1人はこう語る。

「お姉ちゃんは、何を言われても『はい、はい』ってすべてを受け入れる性格なんです。そうなったのは、お母さんの責任だと思います。お母さんが何を言っても怒鳴ってばっかだったから、お姉ちゃんはいつも『思考停止』しちゃう。何も考えずに、どんなことでも従っちゃうんです」

困難に陥った時、「思考停止」してその状況を受け入れる。彼女にとって、それがこの家庭で生き抜く手段だったにちがいない。
母親は先述の男性と別れた後、別の男性と恋愛関係になった。そして同じように籍を入れず、愛にとっては父親のちがう弟を産む。

愛はその影響からか、性に対する自制心が軽薄で、中学生の頃から男性との肉体関係が盛んだった。そして高校2年の終わりに妊娠、彼女もまた母親と同じく籍を入れずに出産した。

愛はファミリーレストランでパートをし、その間の我が子の世話を叔母や母親に頼んだ。すると、叔母や母親は子守を理由に愛から「生活費」をむしり取るようになる。給料の半額の支払いを要求し、さらに児童手当が振込まれる通帳を取り上げたのだ。

愛は毎日数百円で食費から交通費までをやりくりしなければならなかった。

愛が夜の仕事をはじめるのは、そうした生活苦がきっかけだった。朝6時すぎから午後4時頃までファミリーレストランで働き、その後宴会のコンパニオンのバイトを零時過ぎまでする。だが、コンパニオンのバイト代も「子守料」として母親にほとんど奪い取られていた。

愛は自暴自棄になったように数え切れないほどの男性とのセックスに溺れる。家庭での鬱憤を晴らしたかった上に、もともと人に何かを言われればすべて「はい」と答えて受け入れてしまう性格だ。夜の仕事で知り合う男性は一様に欲望をむき出しにしており、その誘いにことごとく乗っていった。

間もなく街に「尻が軽い女がいる」という噂が広まると、ハイエナのような男はさらに群れてくるようになった。
一方で、彼女は心の支えと家庭の安定を求めるようにして、年下の男と結婚する。だが、その夫はDVをくり返し、金銭感覚はないも同然だった。

そのため、彼女は夫に愛想をつかせ、浮気を繰り返すようになる。この当時の愛の転落ぶりは、拙著『「鬼畜」の家~わが子を殺す親たち』に詳しいので参照していただきたいが、そうした生活の中で彼女は次々と妊娠していくのである。

10年間で8人の子供を妊娠したと冒頭で書いたが、その多くはこうした無軌道な男性との関係によって引き起こされたことだ。

彼女はその度に中絶手術を受けたり、出産をしたりとその場しのぎの行動をしてきたが、良くも悪くもそれは「夫」という存在があったからできたことだ。DVをする夫であっても、彼の存在があるからどうにか中絶費用をかき集められたし、出産を決意して産休を取れたのである。

だが、愛にとってDVは耐え難いものだった。同じ男性と二度結婚したが、DVが我が子にまで及ぶのを見てついに別れることを決意した。これによって彼女はまったく助けのない状況に置かれ、その後二度にわたって「父親のわからない子」を妊娠するのである。
夫のいない状況で妊娠した時、愛は母親からの搾取のせいで中絶に必要なお金がまったくなかった。さらに母親に怒られるのを恐れて相談さえできなかった。父親がわからないので、男にお金を出してもらうわけにもいかない。

そこで、彼女がとったのは、幼い頃に身につけた「思考停止」という手段だった。かつて母親から理不尽な罵倒を受けた時、考えるのをやめてすべてが終わるのを待ったように、彼女は妊娠という状況から目をそらしたのだ。

妹は語る。

「この時、彼女は何を聞いても『妊娠してない!』『太っただけ!』と言ってました。誰にも本当のことを教えてくれない。どうするかも言わない。だから、周りの人も圧倒されて何も言えなくなったんです」

愛は妊娠という現実から目をそらしつづけたのだろう。

だが、母親の罵詈雑言は時間が過ぎれば終わるが、胎児の成長は止められない。彼女はどうするという明確な答えすら持たずに、ひたすら妊娠を隠しつづけ、やがて出産の時を迎えてしまう。

そして、事件は起きた。

場所は、二度とも深夜の自宅だった。実家の四畳の和室に敷いた2枚の布団の上で、子供3人が眠っているにもかかわらず、自力で出産。1人目はすぐに天井裏に捨て、約1年後に産んだ2人目はタオルケットで顔を押さえて窒息死させた後に押し入れに隠した。

事件の発覚は思わぬところからの通報だった。愛を追い詰めた母親が、何の考えもなしに市の職員に「うちの娘がいつの間にかお腹が小さくなっていたけど、赤ちゃんが見つからない」と話したのである。結局これがきっかけになり、警察が捜査を行い、自宅に隠された死体を発見。2件の事件が明るみに出たのである。

愛は2人の赤ん坊に名前をつけておらず、次のように呼んでいた。

「天井裏の子」と「押し入れの子」。


現実逃避としての「嬰児殺し」
こうして事件の概要を見ると、高野愛が事件を起こした背景には、彼女の幼少期に形成された特異な性格があることがわかるだろう。つまり、「すべてを受け入れてしまう性格」と「困った時に思考停止に陥る性格」である。

人が人生において様々な困難に直面するのは当然のことだ。それを乗り切る方法は大きく二つ。立ち向かって解決するか、その場から逃げるかである。もし困難を受け入れてしまえば、事態は暗転していくだけだ。

高野愛はゆがんだ家庭の中で「すべてを受け入れる」と「思考停止」という自己防御のための装置を身につけた。そうしなければ、理不尽な現実に対応できなかったからだ。

しかし、大人になってもこの装置を持ちつづけたために、逆に人間関係を円滑にしたり、問題を解決したりする術を失ってしまった。自己防衛のための装置が、人生を狂わせるための装置になってしまったのだ。

そして、彼女は「すべてを受け入れ」「思考停止」した結果、目の前に出産という逃げようのない現実を突きつけられる。そこで彼女がとった現実逃避の手段が、嬰児殺しという犯罪だったのである。

日本の社会には、彼女のような女性を救済するセーフティーネットはいくつも存在する。母親支援のNPO、自治体の相談窓口。もし赤ん坊を育てられなかったとしても、赤ちゃんポストや特別養子縁組の斡旋団体も存在する。

ところが、事件を起こす親というのは、そうしたものを活用しようとしない。なぜなのか。それは、親自身にそれを利用して問題解決するという能力がないからである。愛でいえば、その問題解決の代わりが、「すべてを受け入れる」「思考停止」になってしまっているのだ。

こうした問題はいかにすれば解決できるのか。それは自治体やNPOのサポートを充実させるだけでは不十分だ。いくら数があっても、プライベートな性生活やお産にまでなかなか介入できない。そこに手を伸ばせるのは、家族や友人といった身近な人々だ。

私は拙著『「鬼畜」の家~わが子を殺す親たち』で嬰児殺し事件を細かく分析することで、プライベート空間にどのような負の連鎖があったのか、そしてどのようなサポートが抜け落ちていたかを明らかにしたつもりだ。

赤ん坊の命を救うために、一人一人が事件の詳細を知ることで、それについて考えてもらいたいと思う。

文 石井光太


■ 『足立区ウサギ用ゲージ監禁虐待死事件』
3歳男児が窒息死 “足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件”の両親は次々と子供をつくっていった
凶悪事件から読み解く貧困問題 石井光太インタビュー #2より全文を引用します
2019/09/28

日本の7人に1人が貧困層の今、貧困問題は決して個別の事象でもなければ自己責任でもなく、少年犯罪、虐待、売春、精神疾患、薬物依存と密接につながっている。新著『本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式』を上梓したノンフィクション作家の石井光太氏が、「忠生中学生徒刺殺事件」から「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」まで、数々の凶悪事件から貧困問題の本質を浮き彫りにする。

「山形マット死事件」「旭川女子中学生集団暴行事件」……
――90年代の「いじめの時代」に移行したわけですね。

石井 学校での表向きの暴力が力で押さえつけられたら、今度は大人の目の届かないところで陰湿ないじめが起きるようになっていきました。暴力は不可視化され、陰湿なものになっていった。教育環境が落ち着いたと思っていた大人たちは、いじめによる死を突然突きつけられ、混乱しました。「葬式ごっこ」で男子中学生が自殺に追い込まれた80年代後半の「中野富士見中学いじめ自殺事件」を先駆けに、90年代には「山形マット死事件」「旭川女子中学生集団暴行事件」など陰湿きわまりない事件が起きていきました。体育館のマットで逆さにぐるぐる巻きにされて男子生徒が窒息死した山形の事件では7人の子が加担し、旭川の事件では男子生徒10人が性的暴行を加え、うち1人がレイプしています。力の強い不良同士の暴力ではなく、普通の子が普通の子を集団でいじめる構図のなか凄惨な事件が起きました。

 個人的な体験でよく覚えているのは、僕が中学のときクラスに知的障害の女の子がいて、お父さんに性的虐待をされて母子で東京に逃げてきたんですが、見た目が汚いし、「私、お父さんとセックスした」とか周りに言ってしまうわけです。すると男子生徒がおっぱいやお尻を触ったりしていじめる。いまなら軽い知的障害や発達障害の子は専門的な支援が受けられますが、当時は「普通の子」と同じように扱われていましたから、ケアの対象にならず、陰湿ないじめのターゲットにされたことも多かったと思います。

 国はさまざまな事件を受けて全国的ないじめ防止キャンペーンを行い、啓発活動に取り組んだ結果、学校でのいじめはしだいに減っていきました。90年代初頭のバブル崩壊はいわゆる「失われた20年」の始まりだったわけですが、失業率と離婚件数は増加の一途をたどり、問題を抱えた家庭も多かった。そして2000年代になって、子供たちの間に「自傷行為」「不登校」「引きこもり」といった現象が目立ち始めます。学校内のいじめを封じ込めていったら、今度は暴力性が他者ではなく自分に向いたり、無気力に家に引きこもる子供が大量に出現したわけです。

2000年以降の「虐待の時代」
――こうした現象の背景に何があったのでしょうか。

石井 問題を抱えた子供たちを調査すると、背景に家庭での虐待経験があることが分かってきたんですね。もちろん、以前から今で言うネグレクトや家庭内暴力はありましたが、メディアで盛んに取り上げられたことで顕在化しやすくなり、統計的にも虐待の相談件数が急増しました。これが2000年以降の「虐待の時代」です。リストカットや引きこもりといった社会的不適合の子供たちが内面に問題を抱えていること、虐待やネグレクトなどによって、脳の発達が遅れてしまうことや精神疾患を抱えやすくなるといったことが広く知られるようになり、いままで教育の領域だったものが医学の領域にシフトしました。

 また、家庭の問題は「親を支援しないと解決につながらない」という視点がこの時代になってようやく出てきました。実際に虐待家庭を取材すると、貧困家庭が多く、親がアルコール依存症などの問題を抱えているケースが多く見受けられます。無論、貧困だから虐待をするという意味では決してありませんが、比較すれば貧困などが要因としてあるというのは統計に表れています。どの家庭にだって似たようなトラブルが起きるものですが、貧困家庭では親自身の問題が経済的問題によってねじれにねじれてしまっているのです。

一例を挙げると、僕が『「鬼畜」の家』で書いた「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」は、2013年当時3歳の皆川玲空斗くんが両親にウサギ用のかごに監禁され、口にタオルをまかれて窒息死させられた凄惨な事件ですが、父親の皆川忍、母親の皆川朋美のふたりとも、貧困の連鎖のなかで形成された、いわば世間から孤立した「非社会の親」でした。朋美はホステスをやっていた母が客との間につくった子で、母の再婚相手の家で腹違いの兄弟たちとともに育ちますが、中学のときに学校で深刻ないじめを受けて不登校になり、中卒で自らもホステスになった。10代で店で知り合った客との間に子供をつくっていた朋美は、母に連れられて初めて行ったホストクラブで、同じく中卒でホストをしていた忍と出会い、ひと月後には同棲をはじめ、毎年のように子供を生み続けるんです。朋美は専業主婦になり、忍はホストをやめて派遣会社に登録して運送の仕事をしていたんですが、当然大家族で暮らせるわけがない。彼らの財源は生活保護。生活保護を支給されるようになってから再就職しようとせず、第5子、第6子と出産していき、最終的には月40万を超える支給額を受けていました。生活保護をもらって密室で暮らせるから、誰もストップをかける人がいないまま、次々と子供をつくっていった。

虐待している意識のない親たち
 一方の忍はホステスの母とトラック運転手の間にできた子で、奔放な母に育児放棄され乳児院と児童養護施設で育てられています。小学校のころから(目につくものはなんでも口に入れてしまう)異食症を発症し、さまざまな問題行動を重ねていた忍は、中卒後、当時ソープランドで働いていた母と暮らしますが、食事もろくに作られず水道やガスが止められることも日常茶飯事な劣悪な環境で、高校を中退して職を転々とした勤め先のひとつが朋美と出会ったホストクラブだったわけです。

 彼らの住んでいたアパートではゴミ屋敷のような部屋で犬猫を15~16匹飼っていたんですが、走り回る犬を犬小屋に閉じ込める感覚で「うるさいから」と玲空斗くんをウサギ用のケージに監禁し虐待を繰り返していた。次女の玲花ちゃんには犬用の首輪をつけて動きを制限していた。ある日、ケージのなかで玲空斗くんがギャンギャン泣き始めて、やかましいと忍がタオルで口を縛ったら、翌日死んでいた。僕は取材前、どれだけ極悪人の夫婦かと思っていたら、本人たちは虐待している意識がなく、彼らは彼らなりの仕方で子供を愛していたことに強い衝撃を受けました。二人とも親の貧困という闇があって、すべての感覚や優先順位が狂ってしまっているまま、生活保護で「非社会の親」になり、子育てでまわりとつながることもないまま、結果として子供を虐待死させてしまっている。

――福祉政策、支援のあり方を深く考えさせられる事件ですね。

石井 冒頭でも言ったように、自己否定感というその子が抱えている精神的な問題をなくさない限り貧困問題は解決できません。お金だけ、箱だけ用意しても絶対に駄目なんです。もちろんそういう物理的な支援も必要ですが、社会のなかで多様な価値観を認めて、さまざまな境遇にある人たちの特性を認め、尊重する――そうやってその子のなかで自己肯定感を育んでいくことこそ大切です。

痛ましい事件を繰り返さないために
 4つの時代のなかで現在の虐待の時代はとりわけ孤立しやすく、自分のなかに問題を抱え込んでしまった人が自己否定感を雪だるま式に膨らませてしまいやすい。新著『本当の貧困の話をしよう』では精神的なケアを含めた問題解決へのアプローチ、さまざまな支援策やソーシャル・ビジネス、貧困の壁を突破した先人たちの知恵と勇気を書きました。これまで数多くの学校で貧困問題に関する講演をしてきましたが、本書はその集大成として17歳に向けて語りかけるスタイルで一冊にまとめたものです。社会の諸問題の根っこにある貧困の連鎖を歴史のなかできちんと位置づけて考えることは、地域社会の未来をつくっていくうえで必要不可欠であることはもちろん、自分自身の人生を切り開いていくうえでも、たくさんの本質的な「気づき」があると思います。痛ましい事件を繰り返さないためにも、本書がみなさんにとって「これからの未来を語り合う」きっかけになれば嬉しく思います。

石井光太 (いしい・こうた)
77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『浮浪児1945-』などがある。







「鬼畜の家」 

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使用済みのオムツが悪臭を放ち、床には虫が湧く。暗く寒い部屋に監禁され食事は与えられず、それでもなお親の愛を信じていた5歳の男児は、一人息絶え、ミイラ化した。極めて身勝手な理由でわが子を手にかける親たち。彼らは一様に口を揃える。「愛していたけど、殺した」。ただし「私なりに」。親の生育歴を遡ることで見えてきた真実とは。家庭という密室で殺される子供たちを追う衝撃のルポ。

次男をウサギ用ケージに監禁、窒息死させ、次女は首輪で拘束した夫婦。電気も水も止まった一室で餓死させた父親。奔放な性生活の末に嬰児2人を殺し、遺体は屋根裏へ隠す母親。「愛していたのに殺した」という親たち、その3代前まで生育歴をさかのぼることで見えて来た真実とは? 家庭という密室で殺される子供たちを追う。
初版発行: 2016年8月
著者: 石井光太


この本はノンフィクションであり、『厚木市幼児餓死白骨化事件』『下田市嬰児連続殺害事件』『足立区ウサギ用ゲージ監禁虐待死事件』の3つの事件について、加害者の生い立ちを取材している。

どの事件も衝撃が大きく、私には許し難い事件です。
ここまでの状況に至るまでに、この人達は何故対処出来ないのだろうか?
この親の立場に立って考えてみても私には許せないし、この親を哀れには思えないのです。
この親が哀れだとするならば亡くなった子供達はどうなのだろう?
この親と共に生き続けていくことも哀れで、この親から逃れられないのだから、親以上に苦しみは深いと思います。

親になるべきでない人が、次々といとも簡単に子供をもうけている。

2016年度に虐待によって死亡した子供の数は、77人(うち心中が28人)。凄惨な事件が毎年何十件という頻度で起きるそうだ。

真っ当な子育てが出来ない親がいる。子育てで問題が起きても解決できない未熟な親が多いことに驚いている。
インターネットでも検索できるし、育児書にも正しい導き方が掲載されているのに、何故この人達は学ばないのだろうか。
問題解決の方法は幾らでもあるのに彼等は学ぼうとしないのだ。
そもそも問題に気付いていないのかもしれないが…。

学校や保健所、産院での性と育児に関する教育を徹底して欲しいと心から願うばかりです。


■ 厚木市幼児餓死白骨化事件について
ゴミ部屋に閉じ込め…愛児の遺体を7年放置した父親の「言い分」
ノンフィクション作家・石井光太が凶悪事件の深層に迫る。衝撃ルポ 第2回
2021年02月05日より全文を引用します
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神奈川県厚木市の閑散とした住宅街のアパートで、3歳の男の子は2年間、真っ暗な部屋に閉じ込められていた。電気も水もガスも止まり、2トンを超えるゴミが山積みになって悪臭を放っていた。

男の子は部屋から出ることができず、鍵の閉まったドアを叩き、「パパ、パパ」と何度も呼びかけた。運送の仕事をしていた父親はほとんど家に帰ってこず、食べ物もろくに与えなかった。部屋に閉じ込められてから2年後の2006年1月、5歳になった男の子は1人きりで息絶えた。暗く冷たい部屋で身につけていたのはTシャツ1枚だった。

それから7年間、男の子の遺体は部屋に放置されつづけた。小学校に一度も登校せず、中学の入学手続きも行われなかったことから警察がアパートを訪問し、ようやく事件が発覚したのだ。


「居所不明児童」

この事件によってそんな言葉が社会に広まった。戸籍はあるのに、所在が知れぬ子供たちのことだ。私がこの事件を『「鬼畜」の家~わが子を殺す親たち』(新潮文庫)で取り上げた時に感じたのは、事件の責任者を特定し、裁くことの難しさ、そしてゆがんだ愛の形だった――。

********************

父親の齊藤幸裕は、1978年の生まれだ。3人兄弟の長男だった。

家庭環境は劣悪で、精神を病んだ母親が自殺未遂やボヤ騒ぎを頻繁に起こした。工事でつかう三角コーンを道に並べて火をつけて悪魔ばらいをしたり、家で大量のろうそくにつけた火が体に燃え移って全身火傷して入院したりしたというから、幸裕が相当振り回されてきたことは想像に難くない。

幸裕は高校を卒業した後にそんな家を離れて働きはじめる。非正規労働で職を転々とする一方で、趣味は車の改造やドライブ。物静かであまり友人がいないタイプだった。後に妻となる愛美佳(仮名)と知り合うのは20歳になるかならないかの時だった。

愛美佳は当時高校2年。実家は箱根の有名旅館を経営している名家だったものの、その家庭環境は悪かった。


1年で家庭に興味が失せ……
父親は女をつくって家出、母親にも男の噂が絶えなかったが、自らのことは棚に上げて娘にスパルタ教育を施した。こうした影響からか、愛美佳は非行に走り、夜遊びをしていた時に、幸裕と出会ったのだ。

愛美佳は、家出して幸裕のアパートに転がり込み、同棲をはじめる。間もなく妊娠し、出会った翌年に生まれたのが、長男の理玖君だった。幸裕が21歳、愛美佳が18歳の時のことだった。

2人は厚木市内に新しくアパートを借り、新生活をスタートさせた。愛美佳の実家からはそれなりに金銭の支援があり、幸裕も契約社員を止めて運送会社のドライバーとして働きだした。最初の1年間は、2人は若いなりに精いっぱい子育てをしようとしていた。だが、1年経つか経たないかの頃には心が家庭から離れるようになる。

まず、愛美佳が「自由に遊びたい」と言い出した。同年代の友達が青春を謳歌しているのがうらやましかったのだろう。彼女は家の片付けや料理をしなくなり、理玖が夜泣きをしても放ったらかした。後に拘置所で幸裕は言った。

「仕事から帰っても家は散らかり放題でした。それで注意したら言い返してくるのでケンカです。一方的に俺がやっていたわけじゃありません。俺が注意したら、あいつが物を投げてきたり、つかみかかってきたりするのでやり返す感じです。ほとんど毎日そんな感じでした」

どちらが悪いというのではなく、お互いに未熟だったのだろう。夫婦の関係は日に日に荒んでいた。


遊ぶ金欲しさに風俗店勤務

母親が働いていた厚木市の風俗店街
そんな中、愛美佳は遊ぶ金欲しさに本厚木駅にある風俗店で働きだす。毎日昼過ぎに託児所に理玖を預け、閉店の午前零時頃まで客をとった。当時の店長の話によれば、客や黒服に愛想をふりまく一方で、同僚の女性に対しては嫉妬深い態度をとっていたそうだ。

さらに愛美佳は店の客とは別に、恋人をつくっていたらしい。幸裕が携帯電話をのぞいたところ、知らない男性とラブホテルに行っていることが書かれており、そのことで何度も大ゲンカになったという。

愛美佳がアパートから失踪したのは、理玖が3歳になった年のことだった。夜、買い物に行くと言って出たきり、行方がわからなくなったのである。幸裕と理玖は捨てられたのだ。

幸裕は理玖に言った。

「これからは2人生きていこうね」

幸裕は理玖を自分1人で育てていくことにした。だが、まったく生活感覚のない人間で、やっていたことは子育てとはとうてい呼べないものだった。

まず愛美佳の家出から数ヵ月のうちに、電気、ガス、水道などのライフラインが料金未払いですべて止まった。理玖の食事は1日1回、パンかおにぎりとジュースの「食事セット」を置くだけで、オムツの交換は数日に一度、外へ連れて行くのも月に一度だった。


小便はペットボトルに
幸裕の生活感覚のなさは、電気、ガス、水道が停止した後も、料金を払わずにアパートに住みつづけたことだ。小便はペットボトルにし、水は公園の水道からくんで、ゴミはどんどんたまっていく。給料があるのに未払いのまま放置し、その部屋に寝ていたというから怠慢としか言いようがない。

また、幸裕は仕事で留守をしている間に、理玖が外へ出て行くのを防ぐため、雨戸を下ろして部屋のドアには鍵をかけて閉じ込めていた。暗い部屋に監禁しているのと同じだ。それでも、幸裕は子育てをしていたと思っていたのだから驚きだ。彼の言葉である。

「理玖とは時々遊んでましたよ。家にエロ本があったんです。そのページをやぶって、紙クズをペットボトルに入れて、上から降らせてあげるんです。紙吹雪ごっこ。理玖はすごく喜んでいました」

事件後、幸裕のこうした性格を挙げて「知的障害がある」と語る人もいたが、私は何度も面会を重ねた経験からそうは思わない。車の改造を自分でしていたし、愛美佳をナンパするだけのコミュニケーション能力もあったし、会社での成績も「A」だ。障害というより、生活能力がすっぽりと欠如していただけなのだろう。

一方、愛美佳は家出の後、夜の街にどっぷりとハマって生きていた。夢中になっていたのがホストクラブだ。

金のない時ですらホストクラブへ行ってツケで飲み回り、返済を求められると行方をくらます。ホストクラブの間で、彼女は「掛け飛び(料金踏み倒し)」の常習犯としてブラックリストに載っていた。

店側はツケの回収のため、彼女が店に置いていった保険証もとに、夫の幸裕を割り出して職場に押しかけ数十万円を肩代わりさせていた。他にも、愛美佳は携帯電話の請求書を幸裕に押しつけて支払わせていたし、幸裕の名義でマンションを借りて家賃250万円を未払いのまま逃げたというから、自分が捨てた幸裕を利用していたと言わざるを得ない。


現実逃避にキャバクラ通い
幸裕にしてみれば、なんで自分だけがせっせと働いて理玖を育て、愛美佳のツケを払わなければならないのかという不満を抱くのは当然だ。経済的にもどんどん苦しくなっていった。

やがて彼は現実逃避するようにキャバクラに通いはじめ、理玖の面倒をみなくなっていく。まじめに生きているのがバカバカしくなったのだろう。そして、そこで出会ったホステスと恋仲になった。

ホステスによれば、幸裕は誠実だったようだ。2人は週に何度かラブホテルに泊まったが、その間、理玖はアパートに置き去りにされた。2、3日帰らないこともザラだった。そんな中で、理玖は衰弱していくことになる。

2006年の12月、幸裕は有給休暇を取って恋人のホステスと共に東京ディズニーランドへ遊びに行った。そこで撮影したプリクラには「いつまでも一緒にいようね」の文字が書かれていた。結婚も考えていた。

理玖が人知れずアパートで亡くなったのは、その1月後のことだった。2トンものゴミが散乱する部屋に敷きっぱなしになった布団の上でうつぶせになって息絶えたのである。

後日、久々に家に帰った幸裕は、そんな息子の姿を見つける。あ然とした彼はコンビニで理玖が好きだったコロッケパンとジュースを買って玄関に供えて手を合わせ、ホステスのもとへ逃げ出した。

その後、幸裕が賃料を払いつづけていたためにアパートの遺体は放置され、7年後まで事件が発覚することがなかったのである。

2015年秋、幸裕は裁判にかけられた。理玖に対する育児放棄と死体遺棄の罪である。

私は拘置所にいる幸裕と面会を重ね、事件に対する思いを訊いた。会うたびに、彼は声を荒げてこう言った。

「俺だけが裁かれるのはおかしいです。だって、理玖を捨てたのは愛美佳ですよね。俺は彼女の代わりに一人で面倒を見ていたんですよ。それなのにあいつは罰せられることなく、俺だけ裁かれる。そんなの間違っています!」

彼が理玖を死に至らしめたのは事実だし、それで裁かれて罰を受けるのは当然だろう。

だが、同時に彼が主張するように、愛美佳が何の罪にも問われないことには疑問を覚えずにいられない。彼女は理玖を捨てたばかりか、その後も夜の街で遊びつづけ、多額の支払いを幸裕に押しつけてきた。事件の一因が彼女にあるのは明らかだ。しかし、日本の司法制度の中では、彼女を罰することは難しい。

もし幸裕の詳しい生い立ち、愛美佳の事件後のことなどを知りたければ、拙著『「鬼畜」の家』を読んでいただきたいと思う。

何にせよ、この事件からわかるのは、生活感覚のまったくない男女が一緒になった時、その犠牲になるのがか弱き子供だということだ。裁判で幸裕と愛美佳もそろってこう語っていた。

「私は理玖を愛していました」

彼らは自分たちの「愛」がゆがんでいることに気づいていない。

愛情の形はそれぞれ違う。その間違った愛ゆえに、子供の命が奪われることもある。そう考えた時、私たちは「親の愛情」「母性愛」といった言葉に信頼を置くのではなく、子育てができない大人が一定数いるという前提に立ち、支援のあり方を考えていく必要があるのではないだろうか。

取材・文:石井光太



■ 『下田市嬰児連続殺害事件』について
セックスに溺れた女が、現実逃避の果てに2人の我が子を殺すまで
ルポ・下田市嬰児連続殺人事件より全文を引用します
2017/01/23

嬰児殺しの原因は貧困か?
嬰児殺しとは、母親が産んで間もなくの赤ん坊を殺めることだ。児童の虐待死は、心中を除けば0歳児の犠牲者が4割。その8割以上が0歳0ヵ月の生まれて間もない子供なのだ。

実際、この種の事件は毎年何件も報じられており、昨年12月にも岐阜市内の神社で、捨てられたリュックの中からへその緒がつながったままの嬰児の遺体が見つかったことがニュースになっている。

マスメディアはこうした事件が起こると、母親の貧困が原因だというニュアンスで報じることが多い。学生やシングルマザーが望まぬ妊娠をして育てられないので殺害したのだ、と。

しかし本当にそうなのか。

たとえば、静岡県下田市で起きた嬰児連続殺害事件の犯人は、実家や叔母の家で暮らしていた。ファミリーレストランとコンパニオンの仕事の給料に児童手当を加えれば、収入は毎月28万円ほど。

だが、彼女は高校2年生の時から約10年間の間に夫や恋人の子供を8人も妊娠し、そのうち生きているのはわずか3人だ。

何かが異常だ。にもかかわらず、彼女が嬰児殺しをした原因を、貧困のせいと言い切れるだろうか。

こうした事件は1年に覚えられないくらいに起きている。女子高生がトイレで赤ん坊を生んで便器に捨てた、ゴミの中から生まれたばかりの赤ん坊が見つかった、家の中から赤ん坊のミイラが発見された……。だが、メディアはどの事件もしっかりと検証せず、その場かぎりの報道しかしない。

私は『「鬼畜」の家~わが子を殺す親たち』(新潮社)という著書で、嬰児殺しと呼ばれる事件を深く取材した。その中で気づいたのが、嬰児殺しをした女性たちが持っている一つの共通する特性だ。

拙著で描いた下田市嬰児連続殺害事件を例に、そのことについて考えてみたい。


「天井裏の子」と「押し入れの子」
下田の事件の被告は、高野愛(逮捕時28歳)だ。舞台は伊豆半島の南、砂浜やヨットが停泊する港が広がる観光地である。冒頭に述べた下田市の犯人とは、彼女のことである。

愛は3人姉妹の長女として育った。母親は若い頃に働きに行っていた神奈川県で知り合った男性と恋仲になり妊娠。未婚のまま下田に帰って産んだのが愛だった。その後、たまに下田にやってくるその男性と関係しては、次女、三女と出産するも入籍することはなかった。

母親は気性が激しく高圧的な性格で、人の意見にまったく耳を傾けず、マシンガンのように自己主張だけをした。しかも主張の大半が自己本位で意味を成さなかった。愛は長女としてその母の罵詈雑言を一身に受けて育つことになった。

妹の1人はこう語る。

「お姉ちゃんは、何を言われても『はい、はい』ってすべてを受け入れる性格なんです。そうなったのは、お母さんの責任だと思います。お母さんが何を言っても怒鳴ってばっかだったから、お姉ちゃんはいつも『思考停止』しちゃう。何も考えずに、どんなことでも従っちゃうんです」

困難に陥った時、「思考停止」してその状況を受け入れる。彼女にとって、それがこの家庭で生き抜く手段だったにちがいない。
母親は先述の男性と別れた後、別の男性と恋愛関係になった。そして同じように籍を入れず、愛にとっては父親のちがう弟を産む。

愛はその影響からか、性に対する自制心が軽薄で、中学生の頃から男性との肉体関係が盛んだった。そして高校2年の終わりに妊娠、彼女もまた母親と同じく籍を入れずに出産した。

愛はファミリーレストランでパートをし、その間の我が子の世話を叔母や母親に頼んだ。すると、叔母や母親は子守を理由に愛から「生活費」をむしり取るようになる。給料の半額の支払いを要求し、さらに児童手当が振込まれる通帳を取り上げたのだ。

愛は毎日数百円で食費から交通費までをやりくりしなければならなかった。

愛が夜の仕事をはじめるのは、そうした生活苦がきっかけだった。朝6時すぎから午後4時頃までファミリーレストランで働き、その後宴会のコンパニオンのバイトを零時過ぎまでする。だが、コンパニオンのバイト代も「子守料」として母親にほとんど奪い取られていた。

愛は自暴自棄になったように数え切れないほどの男性とのセックスに溺れる。家庭での鬱憤を晴らしたかった上に、もともと人に何かを言われればすべて「はい」と答えて受け入れてしまう性格だ。夜の仕事で知り合う男性は一様に欲望をむき出しにしており、その誘いにことごとく乗っていった。

間もなく街に「尻が軽い女がいる」という噂が広まると、ハイエナのような男はさらに群れてくるようになった。
一方で、彼女は心の支えと家庭の安定を求めるようにして、年下の男と結婚する。だが、その夫はDVをくり返し、金銭感覚はないも同然だった。

そのため、彼女は夫に愛想をつかせ、浮気を繰り返すようになる。この当時の愛の転落ぶりは、拙著『「鬼畜」の家~わが子を殺す親たち』に詳しいので参照していただきたいが、そうした生活の中で彼女は次々と妊娠していくのである。

10年間で8人の子供を妊娠したと冒頭で書いたが、その多くはこうした無軌道な男性との関係によって引き起こされたことだ。

彼女はその度に中絶手術を受けたり、出産をしたりとその場しのぎの行動をしてきたが、良くも悪くもそれは「夫」という存在があったからできたことだ。DVをする夫であっても、彼の存在があるからどうにか中絶費用をかき集められたし、出産を決意して産休を取れたのである。

だが、愛にとってDVは耐え難いものだった。同じ男性と二度結婚したが、DVが我が子にまで及ぶのを見てついに別れることを決意した。これによって彼女はまったく助けのない状況に置かれ、その後二度にわたって「父親のわからない子」を妊娠するのである。
夫のいない状況で妊娠した時、愛は母親からの搾取のせいで中絶に必要なお金がまったくなかった。さらに母親に怒られるのを恐れて相談さえできなかった。父親がわからないので、男にお金を出してもらうわけにもいかない。

そこで、彼女がとったのは、幼い頃に身につけた「思考停止」という手段だった。かつて母親から理不尽な罵倒を受けた時、考えるのをやめてすべてが終わるのを待ったように、彼女は妊娠という状況から目をそらしたのだ。

妹は語る。

「この時、彼女は何を聞いても『妊娠してない!』『太っただけ!』と言ってました。誰にも本当のことを教えてくれない。どうするかも言わない。だから、周りの人も圧倒されて何も言えなくなったんです」

愛は妊娠という現実から目をそらしつづけたのだろう。

だが、母親の罵詈雑言は時間が過ぎれば終わるが、胎児の成長は止められない。彼女はどうするという明確な答えすら持たずに、ひたすら妊娠を隠しつづけ、やがて出産の時を迎えてしまう。

そして、事件は起きた。

場所は、二度とも深夜の自宅だった。実家の四畳の和室に敷いた2枚の布団の上で、子供3人が眠っているにもかかわらず、自力で出産。1人目はすぐに天井裏に捨て、約1年後に産んだ2人目はタオルケットで顔を押さえて窒息死させた後に押し入れに隠した。

事件の発覚は思わぬところからの通報だった。愛を追い詰めた母親が、何の考えもなしに市の職員に「うちの娘がいつの間にかお腹が小さくなっていたけど、赤ちゃんが見つからない」と話したのである。結局これがきっかけになり、警察が捜査を行い、自宅に隠された死体を発見。2件の事件が明るみに出たのである。

愛は2人の赤ん坊に名前をつけておらず、次のように呼んでいた。

「天井裏の子」と「押し入れの子」。


現実逃避としての「嬰児殺し」
こうして事件の概要を見ると、高野愛が事件を起こした背景には、彼女の幼少期に形成された特異な性格があることがわかるだろう。つまり、「すべてを受け入れてしまう性格」と「困った時に思考停止に陥る性格」である。

人が人生において様々な困難に直面するのは当然のことだ。それを乗り切る方法は大きく二つ。立ち向かって解決するか、その場から逃げるかである。もし困難を受け入れてしまえば、事態は暗転していくだけだ。

高野愛はゆがんだ家庭の中で「すべてを受け入れる」と「思考停止」という自己防御のための装置を身につけた。そうしなければ、理不尽な現実に対応できなかったからだ。

しかし、大人になってもこの装置を持ちつづけたために、逆に人間関係を円滑にしたり、問題を解決したりする術を失ってしまった。自己防衛のための装置が、人生を狂わせるための装置になってしまったのだ。

そして、彼女は「すべてを受け入れ」「思考停止」した結果、目の前に出産という逃げようのない現実を突きつけられる。そこで彼女がとった現実逃避の手段が、嬰児殺しという犯罪だったのである。

日本の社会には、彼女のような女性を救済するセーフティーネットはいくつも存在する。母親支援のNPO、自治体の相談窓口。もし赤ん坊を育てられなかったとしても、赤ちゃんポストや特別養子縁組の斡旋団体も存在する。

ところが、事件を起こす親というのは、そうしたものを活用しようとしない。なぜなのか。それは、親自身にそれを利用して問題解決するという能力がないからである。愛でいえば、その問題解決の代わりが、「すべてを受け入れる」「思考停止」になってしまっているのだ。

こうした問題はいかにすれば解決できるのか。それは自治体やNPOのサポートを充実させるだけでは不十分だ。いくら数があっても、プライベートな性生活やお産にまでなかなか介入できない。そこに手を伸ばせるのは、家族や友人といった身近な人々だ。

私は拙著『「鬼畜」の家~わが子を殺す親たち』で嬰児殺し事件を細かく分析することで、プライベート空間にどのような負の連鎖があったのか、そしてどのようなサポートが抜け落ちていたかを明らかにしたつもりだ。

赤ん坊の命を救うために、一人一人が事件の詳細を知ることで、それについて考えてもらいたいと思う。

文 石井光太


■ 『足立区ウサギ用ゲージ監禁虐待死事件』
3歳男児が窒息死 “足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件”の両親は次々と子供をつくっていった
凶悪事件から読み解く貧困問題 石井光太インタビュー #2より全文を引用します
2019/09/28

日本の7人に1人が貧困層の今、貧困問題は決して個別の事象でもなければ自己責任でもなく、少年犯罪、虐待、売春、精神疾患、薬物依存と密接につながっている。新著『本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式』を上梓したノンフィクション作家の石井光太氏が、「忠生中学生徒刺殺事件」から「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」まで、数々の凶悪事件から貧困問題の本質を浮き彫りにする。

「山形マット死事件」「旭川女子中学生集団暴行事件」……
――90年代の「いじめの時代」に移行したわけですね。

石井 学校での表向きの暴力が力で押さえつけられたら、今度は大人の目の届かないところで陰湿ないじめが起きるようになっていきました。暴力は不可視化され、陰湿なものになっていった。教育環境が落ち着いたと思っていた大人たちは、いじめによる死を突然突きつけられ、混乱しました。「葬式ごっこ」で男子中学生が自殺に追い込まれた80年代後半の「中野富士見中学いじめ自殺事件」を先駆けに、90年代には「山形マット死事件」「旭川女子中学生集団暴行事件」など陰湿きわまりない事件が起きていきました。体育館のマットで逆さにぐるぐる巻きにされて男子生徒が窒息死した山形の事件では7人の子が加担し、旭川の事件では男子生徒10人が性的暴行を加え、うち1人がレイプしています。力の強い不良同士の暴力ではなく、普通の子が普通の子を集団でいじめる構図のなか凄惨な事件が起きました。

 個人的な体験でよく覚えているのは、僕が中学のときクラスに知的障害の女の子がいて、お父さんに性的虐待をされて母子で東京に逃げてきたんですが、見た目が汚いし、「私、お父さんとセックスした」とか周りに言ってしまうわけです。すると男子生徒がおっぱいやお尻を触ったりしていじめる。いまなら軽い知的障害や発達障害の子は専門的な支援が受けられますが、当時は「普通の子」と同じように扱われていましたから、ケアの対象にならず、陰湿ないじめのターゲットにされたことも多かったと思います。

 国はさまざまな事件を受けて全国的ないじめ防止キャンペーンを行い、啓発活動に取り組んだ結果、学校でのいじめはしだいに減っていきました。90年代初頭のバブル崩壊はいわゆる「失われた20年」の始まりだったわけですが、失業率と離婚件数は増加の一途をたどり、問題を抱えた家庭も多かった。そして2000年代になって、子供たちの間に「自傷行為」「不登校」「引きこもり」といった現象が目立ち始めます。学校内のいじめを封じ込めていったら、今度は暴力性が他者ではなく自分に向いたり、無気力に家に引きこもる子供が大量に出現したわけです。

2000年以降の「虐待の時代」
――こうした現象の背景に何があったのでしょうか。

石井 問題を抱えた子供たちを調査すると、背景に家庭での虐待経験があることが分かってきたんですね。もちろん、以前から今で言うネグレクトや家庭内暴力はありましたが、メディアで盛んに取り上げられたことで顕在化しやすくなり、統計的にも虐待の相談件数が急増しました。これが2000年以降の「虐待の時代」です。リストカットや引きこもりといった社会的不適合の子供たちが内面に問題を抱えていること、虐待やネグレクトなどによって、脳の発達が遅れてしまうことや精神疾患を抱えやすくなるといったことが広く知られるようになり、いままで教育の領域だったものが医学の領域にシフトしました。

 また、家庭の問題は「親を支援しないと解決につながらない」という視点がこの時代になってようやく出てきました。実際に虐待家庭を取材すると、貧困家庭が多く、親がアルコール依存症などの問題を抱えているケースが多く見受けられます。無論、貧困だから虐待をするという意味では決してありませんが、比較すれば貧困などが要因としてあるというのは統計に表れています。どの家庭にだって似たようなトラブルが起きるものですが、貧困家庭では親自身の問題が経済的問題によってねじれにねじれてしまっているのです。

一例を挙げると、僕が『「鬼畜」の家』で書いた「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」は、2013年当時3歳の皆川玲空斗くんが両親にウサギ用のかごに監禁され、口にタオルをまかれて窒息死させられた凄惨な事件ですが、父親の皆川忍、母親の皆川朋美のふたりとも、貧困の連鎖のなかで形成された、いわば世間から孤立した「非社会の親」でした。朋美はホステスをやっていた母が客との間につくった子で、母の再婚相手の家で腹違いの兄弟たちとともに育ちますが、中学のときに学校で深刻ないじめを受けて不登校になり、中卒で自らもホステスになった。10代で店で知り合った客との間に子供をつくっていた朋美は、母に連れられて初めて行ったホストクラブで、同じく中卒でホストをしていた忍と出会い、ひと月後には同棲をはじめ、毎年のように子供を生み続けるんです。朋美は専業主婦になり、忍はホストをやめて派遣会社に登録して運送の仕事をしていたんですが、当然大家族で暮らせるわけがない。彼らの財源は生活保護。生活保護を支給されるようになってから再就職しようとせず、第5子、第6子と出産していき、最終的には月40万を超える支給額を受けていました。生活保護をもらって密室で暮らせるから、誰もストップをかける人がいないまま、次々と子供をつくっていった。

虐待している意識のない親たち
 一方の忍はホステスの母とトラック運転手の間にできた子で、奔放な母に育児放棄され乳児院と児童養護施設で育てられています。小学校のころから(目につくものはなんでも口に入れてしまう)異食症を発症し、さまざまな問題行動を重ねていた忍は、中卒後、当時ソープランドで働いていた母と暮らしますが、食事もろくに作られず水道やガスが止められることも日常茶飯事な劣悪な環境で、高校を中退して職を転々とした勤め先のひとつが朋美と出会ったホストクラブだったわけです。

 彼らの住んでいたアパートではゴミ屋敷のような部屋で犬猫を15~16匹飼っていたんですが、走り回る犬を犬小屋に閉じ込める感覚で「うるさいから」と玲空斗くんをウサギ用のケージに監禁し虐待を繰り返していた。次女の玲花ちゃんには犬用の首輪をつけて動きを制限していた。ある日、ケージのなかで玲空斗くんがギャンギャン泣き始めて、やかましいと忍がタオルで口を縛ったら、翌日死んでいた。僕は取材前、どれだけ極悪人の夫婦かと思っていたら、本人たちは虐待している意識がなく、彼らは彼らなりの仕方で子供を愛していたことに強い衝撃を受けました。二人とも親の貧困という闇があって、すべての感覚や優先順位が狂ってしまっているまま、生活保護で「非社会の親」になり、子育てでまわりとつながることもないまま、結果として子供を虐待死させてしまっている。

――福祉政策、支援のあり方を深く考えさせられる事件ですね。

石井 冒頭でも言ったように、自己否定感というその子が抱えている精神的な問題をなくさない限り貧困問題は解決できません。お金だけ、箱だけ用意しても絶対に駄目なんです。もちろんそういう物理的な支援も必要ですが、社会のなかで多様な価値観を認めて、さまざまな境遇にある人たちの特性を認め、尊重する――そうやってその子のなかで自己肯定感を育んでいくことこそ大切です。

痛ましい事件を繰り返さないために
 4つの時代のなかで現在の虐待の時代はとりわけ孤立しやすく、自分のなかに問題を抱え込んでしまった人が自己否定感を雪だるま式に膨らませてしまいやすい。新著『本当の貧困の話をしよう』では精神的なケアを含めた問題解決へのアプローチ、さまざまな支援策やソーシャル・ビジネス、貧困の壁を突破した先人たちの知恵と勇気を書きました。これまで数多くの学校で貧困問題に関する講演をしてきましたが、本書はその集大成として17歳に向けて語りかけるスタイルで一冊にまとめたものです。社会の諸問題の根っこにある貧困の連鎖を歴史のなかできちんと位置づけて考えることは、地域社会の未来をつくっていくうえで必要不可欠であることはもちろん、自分自身の人生を切り開いていくうえでも、たくさんの本質的な「気づき」があると思います。痛ましい事件を繰り返さないためにも、本書がみなさんにとって「これからの未来を語り合う」きっかけになれば嬉しく思います。

石井光太 (いしい・こうた)
77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『浮浪児1945-』などがある。







Bluetooth ワイヤレススピーカーでドライブ

ライソン ワイヤレススピーカー2

最近、音楽好きの私は、お家時間を音楽を聴きながら楽しく快適に過ごしています
このワイヤレススピーカーは、お家はもちろんのこと、車内でも、出掛け先でも楽しめます
(車内置き忘れには注意が必要です)
お洒落な楽曲を聴きながら、夜の街をドライブするのも楽しいですね

志賀島をドライブして来ました
ライソン ドライブ

音声付き動画を編集中です
後程準備出来ましたら、紹介したいと思います




ドライブにお勧め曲として…
メゾフォルテ(Mezzoforte) / ガーデンパーティ(Surprise Surprise)


[Side-A]
Surprise
Gardenparty
Gazing At The Clouds
Early Autumn
Action Man

[Side-B]
Funk Suite No.1
Easy Jack
Fusion Blues
The Old Neighborhood
Surprise, Reprise



2時間充電で最大20時間連続再生(消灯した状態)ができる優れものです
イルミネーションが光るので、夜のドライブをロマンチックに演出してくれます

ライソン ワイヤレススピーカー

6種のライトモード搭載で
インテリアライトとしても楽しめるワイヤレススピーカーです

ワイヤレスで快適に音楽が聴けるのです
マイク内蔵なので、ハンズフリー通話もできます

付属品USB充電ケーブル 型式モノラルスピーカー パッシブラジエーター型 電源DC 3.7 V 内蔵リチウムイオン充電池 充電時間約2時間(充電機器により異なることがあります) 連続再生時間約20時間( ライトオフ時 ) バッテリー容量(mAh)1200 伝送距離(m)最大約15(使用状況・環境条件により異なることがあります) BluetoothVer.5.0、class2 使用周波数(GHz)2.4(2.402~2.480) 対応プロファイルA2DP、AVRCP、HFP


今日はワイヤレススピーカーをご紹介いたしました

Bluetooth Wireless Illumination Speaker

ライソン ワイヤレススピーカー2

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メゾフォルテ(Mezzoforte) / ガーデンパーティ(Surprise Surprise)


[Side-A]
Surprise
Gardenparty
Gazing At The Clouds
Early Autumn
Action Man

[Side-B]
Funk Suite No.1
Easy Jack
Fusion Blues
The Old Neighborhood
Surprise, Reprise

アナログレコードからの録音のため特有のノイズが含まれています




2時間充電で最大20時間連続再生(消灯した状態)ができる優れものです
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ライソン ワイヤレススピーカー

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付属品USB充電ケーブル 型式モノラルスピーカー パッシブラジエーター型 電源DC 3.7 V 内蔵リチウムイオン充電池 充電時間約2時間(充電機器により異なることがあります) 連続再生時間約20時間( ライトオフ時 ) バッテリー容量(mAh)1200 伝送距離(m)最大約15(使用状況・環境条件により異なることがあります) BluetoothVer.5.0、class2 使用周波数(GHz)2.4(2.402~2.480) 対応プロファイルA2DP、AVRCP、HFP


今日はワイヤレススピーカーをご紹介いたしました

飼い主の演奏にあわせてドラムを叩く可愛い犬 この世を去る

飼い主のアコースティックギター演奏にあわせてドラムを叩く犬として、パフォーマンス映像が話題となったメイプルの悲しいお知らせです

飼い主のマルチインストゥルメンタリストAcousticTrenchによると、メイプルは先週、この世を去ったということでした

彼は愛犬へのトリビュートとして、ルイ・アームストロング「この素晴らしき世界(原題:What a Wonderful World)」のカヴァー演奏映像を公開しています
演奏を微笑みながら聴くメイプルの姿も…


ビデオには以下のようなコメントも添えられています
「昨日、私は親友に別れを告げなければなりませんでした。メイプルは、私が彼女を抱きしめている間に、夜のうちに静かに息を引き取りました。 私たちは12年以上も一緒に過ごしてきました」
「メイプルと一緒に撮影したビデオの中には、YouTubeに投稿していないものや、編集が終わっていないものがたくさんありますので、今後公開するかもしれません。私たちが長年一緒に過ごした瞬間が、少しでも皆さんの喜びや慰めになっていれば幸いです」


こちらは、メイプルとAcousticTrenchのパフォーマンス映像をまとめたプレイリストです



「この素晴らしき世界」のカヴァー


利口で可愛らしいですね
メイプルも私達同様に音楽を好きだったんでしょう
演奏のタイミングが絶妙でした
とても癒されましたね
メイプル、ありがとう!!

ご視聴ありがとうございました

茨城一家4人殺傷、犯人の異常行動を見過ごした両親はモンスターを放置していた


あまりにも残虐な事件でやるせない気持ちです
事件の被害者のご家族に、謹んでお悔やみ申し上げます

この事件がどの様に裁かれるのか気になるところです


【茨城一家4人殺傷、犯人の異常行動を見過ごした両親 ナイフ71本を買い与え、モンスターを放置】

5/18(火) 5:59配信 デイリー新潮より引用いたします


 茨城県境町の一家4人殺傷事件で、殺人容疑で茨城県警に逮捕された岡庭由征(おかにわよしゆき)(26)。岡庭容疑者は16歳のときに“通り魔”事件を起こしているが、このときの供述調書には、歪んだ「性的サディズム」と異常行動を放置し続けた両親の無責任が記されている。

――A子さんを刺した包丁は持ちかえりましたか? 

「それはそうです」

――しまう前にその包丁に何かしたりしましたか? 

「血ついてるから見ていた」

――どこで見たんですか? 

「自分の部屋で」

――見る以外のこともしましたか? 

「舐めたりというか」

――包丁についている血を舐めたということ? 

「少しは」

――どうやって舐めたんですか? 

「舌で」

――手にとって舐めたのか、包丁の刃を舐めたのか? 

「刃です」

――血を見たり、血のついた刃を舐めたりしてどんな気持ちになりましたか? 

「興奮したというか、何か刺した時を思い出したみたいな」

――興奮というのは性的な興奮をしたということ? 

「そうです」

――性的に興奮して、自慰行為、そういうことをしましたか? 

「そうです」

 ***

 これは、岡庭容疑者の供述調書、すなわち、法廷での彼の陳述を記録したものである。岡庭容疑者が16歳の時に面識のない女子中学生と女子小学生を刺す事件を起こしていたが、その公判で彼はかくも異様な証言をしていたのだ。

 岡庭容疑者が凶行に及んだのは2011年11月18日午後5時40分頃。埼玉県三郷市で下校途中の中学3年の女子生徒(当時14歳)に自転車で背後から近づき、いきなり顎のあたりを包丁で刺した。さらにその約2週間後の12月1日、今度は千葉県松戸市で小学2年の女児(当時8歳)の脇腹を繰小刀で刺した。そして、12月5日に殺人未遂などの容疑で逮捕され、「歩いていた人を殺そうと思っていた」と供述した岡庭容疑者。殺そうと思っていた理由は、冒頭の陳述からも分かる通り、性的快感を得るためだったわけだ。

 無論、逮捕時16歳だったことから少年法に護られ、実名や顔写真はどこにも報じられず。それ故、当時は岡庭由征ではなく、岡庭吾義土(あぎと)という名だったことは、周知されるに至らなかった。この連続通り魔事件で起訴された岡庭容疑者は、刑事裁判を経た上で医療少年院に送致され、社会に戻った。そのどこかの段階で吾義土という名を捨て、由征になったのであろう。しかし、名が変わっても中身は何も変わっていなかった。社会に戻ってそれほど時をおかずに茨城県で無辜の夫婦の命を奪った疑いで逮捕されたことが、そのことを証明している。そして、医療少年院で施されたであろう「矯正教育」や「治療」が失敗に終わったことも――。

祖母に溺愛され…
 安易に社会に放ってはいけなかった怪物は、いかにして形作られたのか。それが分かる資料が手元にある。

 すでに触れた通り、岡庭容疑者は刑事裁判においては刑罰を下されるのではなく、「保護処分」との結果となった。実はその後、通り魔事件の被害者の女子中学生と両親が、岡庭容疑者と両親に対して約2700万円の損害賠償を求める民事裁判を起こしていたのだ。提訴は14年で、翌15年には岡庭容疑者と両親に約1900万円の支払いを命じる判決が下されたのだが、手元にあるのはその裁判資料の閲覧記録。訴状や判決文だけではなく、民事裁判に証拠として提出された刑事裁判の際の資料も含まれており、冒頭の供述調書はその一つである。それらをひもといていくと岡庭容疑者の残虐性が浮き彫りになるが、驚かされるのは“ある人物”との類似性。1997年に起こった神戸連続児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗こと元少年Aと似通った点が多く見られるのだ。

 酒鬼薔薇は相手に苦痛を与えることによって性的に興奮する性的サディズムを抱えていたが、冒頭の陳述からも分かる通り、岡庭容疑者が同様の性的嗜好を持っていたのは明らかである。また、近所の野良猫を捕まえては殺し、中学に上がる頃には「人間を壊してみたい」との思いに囚われるようになったとされる酒鬼薔薇。

 一方の岡庭容疑者は、

〈幼少期から昆虫を殺すなどしていたが、標的となる生物が昆虫からカエルや鳥へとエスカレートしていった。(中略)小学生のときから、猫に対し、石を投げる、空気銃で撃つなどの加害行為に及んでいたが、平成21年頃から、猫を殺そうと思うようになり、金槌で殴るなどして約5匹の猫を殺した〉(民事裁判の判決文より)

〈平成22年10月上旬頃、小型動物捕獲用ケージを用いて猫を捕獲し、ケージの外から、その喉付近を杭等で複数回突き刺した上、衰弱した猫をケージに入れたまま生き埋めにして殺害した〉(同)

 三郷市で女子中学生を刺す約2週間前には、通っていた私立高校に猫の首とナイフを持っていき、それが理由で最終的には高校を自主退学せざるを得なくなった岡庭容疑者。家族の前でもその異常性の片鱗を何度も見せていたが、両親が深刻に捉えることはなかった。それどころか父親は、岡庭容疑者から求められるまま彼がネットでナイフを購入する際に名義を貸していた。その無責任ぶりには絶句せざるを得ないのだ。

 そんな両親の目に岡庭容疑者はどう映っていたのか。民事裁判に提出された二人の供述調書から見ていこう。

 それによると、岡庭容疑者の両親は93年に見合い結婚。翌年に岡庭容疑者が生まれ、その3年後に次男をもうけた。

〈「吾義土」という名前は、妻の兄が命名した名前になります。妻の兄からは、アニメのキャラクターにあやかり、また、画数も41画ととても縁起のいい数字だったので、この名前にしたと聞かされています〉(父親の供述調書より)

〈吾義土は、私の両親にとって初孫ということで、祖父母からとてもかわいがられており、祖父母によくわがままを聞き入れてもらっていました〉(同)

 母親の供述調書にはこうある。

〈とりわけ義母は、吾義土のことをとにかく可愛がっており、吾義土のわがままをなんでも聞き入れ、吾義土を甘やかしていました。私は、母親として、やはり子供を甘やかされていい気分はしませんでしたが、嫁という立場上、義母に強く言うことはできませんでした。主人も、吾義土のことを義理の両親に任せていたようで、特に何も言ってくれませんでした。そのせいか、吾義土は、母親の私が言うのもなんですが、とてもわがままに育ってしまったと思います〉

 酒鬼薔薇が「おばあちゃん子」だったことは知られている。小学5年の時に祖母と死別したことが彼の人格形成に大きな影響を与えたとの見方もあった。岡庭容疑者もまた、祖母に溺愛されて育ったわけである。

 岡庭容疑者の自宅敷地内には母屋と離れがあり、岡庭一家は離れで、祖父母は母屋で暮らしていた。岡庭容疑者は、

〈学校にいる時間以外のほとんどを母屋で過ごすほど〉(判決文より)

 祖父母ベッタリの日々を送っていたが、そんな生活が変化するのは中学1年の頃。両親と祖父母の間でいさかいが生じた際、

〈祖母から「来るな。」などと言われ、目の前で母屋の玄関の鍵を閉められたことから、ショックを受けた〉(同)

 それ以降はほとんど毎日、家族4人揃って夕食をとるようになったという。

異常行動を見過ごす両親
〈中学3年生の頃、吾義土に将来何をやりたいのか聞いたことがあったのですが、その時吾義土は、「ネオニートになりたい」などと言っていました。吾義土の言うネオニートというのは、どうやら自宅でパソコンを使って株取引で儲ける人たちを意味していた〉(母親の供述調書)

 高校に入ってからは、何かの拍子に「俺は神だ」と言い出したこともあった。

 そんな岡庭容疑者が父親から与えられたデスクトップ型のパソコンでインターネットを閲覧するようになったのは小学5年の時である。アダルトサイトや暴力系サイトの閲覧制限やパスワードの設定などの措置は一切講じられていなかった。

〈吾義土は、人が殺されるようなスプラッター系のホラー映画を自宅の居間のテレビや自室のパソコンで見ていた〉(判決文より)

 しかし、両親がそれを注意することはなく、

〈中学3年生の頃からインターネットで女性の死体や女性が残虐な行為をされている動画や映画を見て性的な興奮を感じるようになり、高校生になる頃には、自分で実際に女性に対して残虐な行為をしたいと思うようになった。(中略)高校1年生の頃から、凶器類を携帯して殺す女性を物色するようになっていた〉(同)

 前述した通り、それらの凶器を購入する手助けをしていたのは父親である。

〈中学3年生の終わりか、高校1年生の初め頃、インターネットのオンラインショップでナイフを売っているところを見つけ、それにとても興味を示すようになりました。(中略)私が吾義土に「なんで欲しいの」などと尋ねると、吾義土は、「かっこいいからコレクションしたい」などと言っていました。私は、自分に収集癖がなく、コレクターの気持ちはわかりませんでしたが、世間では刃物のコレクターもいるというし、好きな人は好きなんだろうなくらいにしか考えませんでした〉(父親の供述調書)

 どうやら常識というものを持ち合わせていない様子の父親は、「外に持ち出さない」などといったことを約束させた上で、ナイフ購入を許してしまう。そして岡庭容疑者は、最終的には父親の助けを得ずに購入したものも含めると、71本もの刃物を所有するに至るのだ。

〈私は、吾義土が前に集めていたカードがみるみる増えていったのを覚えていたので、趣味でやる以上、いろんな刃物が欲しくなっていくのは自然な流れだし、家の中で保管する分には、それはそれで仕方がないと思ってあきらめてしまいました。このように私も主人も、吾義土の刃物のコレクションについては、家の中だけのことと考えており、あまり深刻に受け止めていませんでした〉(母親の供述調書)

 母親も相当に「抜けた」人物であることは間違いなかろう。先に触れた通り、岡庭容疑者は連続通り魔事件を起こす前、高校に猫の首を持っていくという異常行動を起こしていた。岡庭容疑者の両親がそれすらも見過ごしてしまったのは、必然だったのかもしれない。

 母親はこう述べている。

〈生活指導の先生がはじめに吾義土に猫の首が本物かどうか問いただしたのですが、何度聞いても、吾義土は、おもちゃの首だと言い張っていました。(中略)担任の先生から、吾義土の身体検査をしていいかどうか聞かれ、私は、まさか吾義土が刃物を持ち歩いているとは思っていなかったので、その場で身体検査を了承しました。ですが、実際に吾義土の身体検査をしてみると、吾義土のズボンの後ろポケットから2本のナイフが見つかりました〉

〈吾義土はナイフが見つかって観念したのか、学校に持ち込んだ猫の首が本物であることを認め、自分の庭で斧を使って猫の首を切り落としたと話しました。私は、猫の首を切り落とすなんて気持ち悪いと思い、とてもショックを受けました〉(同)

 しかし、母親も父親も猫の首を切り落とした理由すら本人に聞かないまま、問題を放置。そして岡庭容疑者はついに、猫ではなく少女に刃物を向けたのだった。

無責任な裁判官
 刑事裁判にかけられた、当時18歳の岡庭容疑者に判決が下されたのは2013年3月。

 現状のままでは再犯の可能性は高いと言わざるを得ない、としながらも、「保護処分に付するのが相当」としたその判決では、両親が適切な養育を行ってこなかったことにも触れた上で、次のように結論付けている。

〈そのような経緯により、被告人は、残虐な行動によって性的欲求の充足を含む快楽を得ようとする歪んだ思考や価値観が形成、深化され、本件一連の犯行に及んだのであって、生まれつきの広汎性発達障害や生育環境が動機に直結している。そうすると、そのような事情は被告人の責めに帰することのできないものであるから、被告人が犯行時16歳であったことも併せ考えれば、動機の悪質性を被告人に不利に考慮するのは相当でない〉

 医療少年院送致を決めた家裁の決定要旨では、5年間程度の処遇を勧告し、

〈(23歳で)なお精神に著しい故障がある場合には、26歳を超えない期間において医療少年院での収容を継続することが検討されるべきである〉

 とした。

 ちなみに、茨城県で夫婦を殺害したとされる時点での岡庭容疑者の年齢は24歳である。

 犯罪被害者支援弁護士フォーラム事務局長で弁護士の高橋正人氏が言う。

「普通に社会生活を送り、まっとうに生きている発達障害の人もたくさんおられます。犯行の動機や処分の内容を、発達障害であることを主な理由にして判断することはあまりに拙速過ぎます。この判決を下した裁判官は無責任ではないでしょうか。裁判官の身分は憲法で保障されていて、どんな判決を下しても給料は減額されないのですから、しっかりと常識を踏まえた判決を下して欲しいです」

 自身の長男も16歳の少年に殺(あや)められた「少年犯罪被害当事者の会」の武るり子代表は、

「現在、少年法の改正について議論されてはいますが、加害者が少年の場合、なるべく保護処分に持ち込もうとする傾向は依然として強いです。少年には将来があるから、という理由で、どんな少年もいっしょくたにされている現実がある。しかし、論点となるべきは“何をやったか”であって年齢ではありません」

 として、こう語る。

「家裁で保護処分を言い渡されるのと、刑事裁判を受けて刑事罰を加えられるのでは、本人の心に与える衝撃という意味でも、大きな違いがあります。広汎性発達障害だったとしても、刑事罰を受ければ自分がやったことの重大さを認識できるはずです」

 岡庭容疑者が送られた医療少年院の対応についても、

「そこでいったいどんな矯正教育を施したのだろうか、と問いかけたいです」

 と、武代表。

「現状の医療少年院での教育は不十分です。少年院には、加害少年を刺激しないために、事件に触れさせることをできるだけ避けてきた歴史があり、今でこそ多少の贖罪教育はあれ、そういった風潮は未だに残っている。医療少年院に限らず、日本の矯正施設全般で十分な矯正教育が行われているとは言えない。新しい被害者を生まないためにも少年法の改正だけでなく、矯正教育の見直しも必要です」

 残念ながら第二の酒鬼薔薇は野に放たれ、2人が殺された。現状のままでは、第三、第四の酒鬼薔薇によって悪夢が繰り返されよう。

「週刊新潮」2021年5月20日号 掲載

茨城一家4人殺傷「快楽殺人者」

今日取り上げる事件もそうですが、"この世の中には殺人欲求がある人間が存在する"という事を私は最近感じています
快楽殺人はロシアやアメリカ等の外国の話だと思ってきましたが、日本でも発生しています

14歳少年の起こした神戸連続児童殺傷事件や、長崎で起きた女学生の2つの殺人事件は衝撃的で、今も忘れられません
藤沢市と座間市の猟奇的事件等もそうです

戸締りを徹底して、普段から事件に巻き込まれない様に注意する必要があると思います




【茨城一家4人殺傷「快楽殺人者」を追い詰めた「593日間」捜査の全内幕 24時間体制の行動確認で】
5/17(月) 5:59配信 デイリー新潮より引用します



 一時は迷宮入りも危ぶまれた凄惨な殺人事件に急転直下の逮捕劇がもたらされた。しかも、茨城県警が追い詰めたのは、少年時代に連続通り魔事件を起こしたいわくつきの男。少年法に護られ、より凶悪な犯罪者に“成長”した「怪物」の常軌を逸した素顔に迫る。



 ***

「これ以上、犠牲者を出してほしくない。可哀想な思いをする人を増やしたくない。私たちは裁判官や裁判員にはそう訴えて、無期懲役にしてほしいと主張しました。が、結局は“敗訴”してしまった。“彼”は少年法で擁護され、裁判所も被害者ではなく加害者のことばかり考えていた。やはり少年法の壁、制度の限界はあると感じています」

 遡ること10年、“最初の事件”で被害に遭った少女の父親は、本誌(「週刊新潮」)の取材に無念さを滲ませる。

 一昨年に茨城県で起きた「一家4人殺傷事件」の容疑者として、茨城県警は今月7日、岡庭由征(おかにわよしゆき)(26)を殺人容疑で逮捕した。

 迷宮入りすら囁かれた難事件に、ひとつの区切りがついたという見方はできるかもしれない。だが、容疑者の“少年時代”の犯行を知れば、誰もがこんな思いに駆られるはずだ。

 なぜ凶行は繰り返されてしまったのか――。

 岡庭容疑者には高校中退後の2011年に別の事件で逮捕された過去がある。

 当時16歳だった彼は、ふたりの少女に相次いで刃物で襲い掛かり、殺人未遂容疑などで埼玉県警に逮捕されていたのだ。

 卑劣極まる「連続通り魔事件」を受け、さいたま家庭裁判所は刑事処分が相当と判断し、検察に逆送。岡庭容疑者はさいたま地裁で裁判員裁判にかけられた。しかし、当の地裁は13年3月に「保護処分が相当」と結論づける。その後、家裁の審判を経て、岡庭容疑者は医療少年院へと送られることとなった。

 冒頭の父親が続けるには、

「結果的に、裁判員裁判では私たちの主張が退けられました。そして、彼は医療少年院で更生したということで社会に出てきたわけです。しかし、いまだに彼から私たちへの謝罪はありません。彼の両親からの謝罪も一切ないままです。正直なところ、娘が被害に遭うまで事件報道に興味はありませんでした。ただ、自分たちがその立場になってみると、同じような事件が連日のように報じられていることに気がつきました。彼のように刑事罰に問われない人間が事件を起こした場合、被害者は気の毒と呼ぶしかない状況に置かれる。私の家族が負った心の傷もまだ癒えていません」

 被害者家族の嘆きは、しかし、少年法に護られ、刑事罰を免れた男には届かなかった。

 社会に解き放たれた岡庭容疑者は自らの罪と向き合うどころか、残虐性を肥大化させ、ついに人命を奪うに至ったのである。

 茨城県境町の一軒家から「助けて!」という110番通報が入ったのは、19年9月23日、深夜0時過ぎのことだ。県警の捜査員が駆けつけたところ、この家に住む小林光則さん(48)=当時=と妻の美和さん(50)=当時=が変わり果てた姿で発見された。

 全国紙の県警担当デスクが事件を振り返る。

「小林さん夫妻は自宅の2階にある寝室で発見されました。美和さんの遺体の傍らには電話の子機が落ちており、110番通報した直後に殺害された可能性が高い。犯人の振り回す刃物から必死で身を守ろうとしたのか、夫妻の腕には幾つもの“防御創”が刻まれていました。二人とも上半身を10カ所近く滅多刺しにされ、光則さんは胸から肺にまで達した深い傷が、美和さんは頸部の刺し傷が致命傷となった。1階で寝ていた長女だけは無事でしたが、両親と同じ2階にいた中学生の長男は手足を切られて重傷を負い、当時小学生だった次女は腕に催涙スプレーをかけられている。犯人はパトカーのサイレンの音を聞いて逃走しています」

現場となった小林さん宅は、沼と釣り堀、畑に囲まれた“離れ小島”のような立地にある。

 鬱蒼と生い茂る木々に覆われ、外部から家屋の外観を窺うことはできない。

「林の中に家があることは地元の人間以外はまず知りません。また、室内を物色した形跡もないことから、県警は当初、怨恨による犯行を疑い、家族の交友関係を洗っていました。しかし、いくら夫妻の携帯電話を解析しても、怪しい人物や目立ったトラブルは出てこなかったのです」(同)

 一方、近隣住民からはこんな声が聞こえてくる。

「実は、事件の少し前に、小林さんの家に通じる小径にロープが張られていたんです。いま思えば、不審者が敷地内に入ってきたことがあったのかもしれない。実際、マスクをつけた男があの家の前をうろついていたという目撃談もあって、事件後にちょっとした騒ぎになった。もしかすると、犯人が“下見”をしていたんじゃないか、と」

「アイツは必ずまたやる」
 県警の捜査に動きがあったのは昨年4月。現在の刑事部長が就任すると、

「それまでの捜査方針を転換して、“流し”の犯行と見て類似事件の前歴者の洗い出しに注力し始めた。そして、茨城県外の対象者にまで網を広げたところ、昨年6月に入ってひとりの男の名前が浮上したのです」(先のデスク)

 それが岡庭容疑者だったことは言うまでもない。事件発生から半年以上が経過するまでノーマークだった男に、一転して捜査員の視線が注がれることになった。

 埼玉県三郷市の大地主である岡庭家には、800平米の敷地に祖父母の住む母屋と、彼が両親と暮らす離れがある。2人兄弟の長男に生まれた岡庭容疑者は、市内の小中学校を卒業した後、千葉県内の私立高校に進学している。

 地元の同級生たちは、

「パソコンクラブに所属していて、ヤフオクで競り落とした『遊戯王』のカードを自慢するような、小学生にしてはませた子だった」「中学のソフトテニス部で一緒だったが、おとなしい性格で狂暴なイメージはない」

 などと当時を振り返る。

 だが、小学校の同級生だったある女性によると、

「同じクラスの補聴器をつけた男子が、アギト君たちからイジメを受けていました。背後から2人がかりで飛び膝蹴りを喰らわせるなど、暴力がエスカレートして、その子は不登校になってしまったんです。アギト君は弱い者イジメをする子だなという印象でした」

“アギト”とは、岡庭容疑者のかつての名前である“吾義土(あぎと)”のことを指す。

 高校中退後に前述の事件を起こした彼は、医療少年院を出ると、埼玉県立精神医療センターに入院。17年6月からはメンタルクリニックで治療を受けながら埼玉県内のグループホームに身を寄せる。クリニックを受診したのは17年12月が最後で、まもなくこのグループホームを離れ、最終的には実家へと戻ったという。名前を吾義土から由征に変えたのもその頃のようだ。

 岡庭容疑者の実家近くに住む男性は、昨夏、茨城県警の捜査員の訪問を受けている。

「県警からは、私が所有する月極駐車場を借りたいという申し出がありました。近所のお宅は監視カメラを設置させてほしいと依頼されたそうです。捜査員は詳しい話を教えてくれませんでしたが、こっちはすぐにピンときましたね」

 男性は10年前に岡庭容疑者が逮捕された際にも、埼玉県警に駐車場を貸していた。

「うちの駐車場からは岡庭さんの家がハッキリと見通せるんです。だから、茨城県警から相談された時点で“またあの子が何かやらかしたな”と思いました。10年前の事件が解決したとき、埼玉県警の捜査員がこう漏らしていたのが忘れられません。“アイツは出てきたら必ずまたやる”とね」(同)

 こうして昨夏以降、24時間態勢の行動確認が続けられた。そして、昨年11月19日の早朝、茨城県警と合同捜査班を組んだ埼玉県警が、ついに岡庭容疑者の自宅に突入する。彼の部屋からは、硫化水素の原料となる、約44キロの硫黄などの薬品や、実験器具が多数発見された。

「埼玉県警は、岡庭を三郷市火災予防条例違反容疑で逮捕。爆弾を作ろうとしていた疑いが持たれている。さらに、今年2月には警察手帳の記章を偽造したとして、茨城県警が公記号偽造容疑で彼を逮捕しました。岡庭の自宅からは刃物や薬品、スマホ、スポーツタイプの自転車数台など約600点が押収されています」(社会部記者)

 膨大な押収品を精査し、「小林さん一家殺傷事件」との繋がりを探していた茨城県警は、幾つかの手がかりに辿り着くことになる。

「凶器や指紋といった決定的な証拠は発見されていませんが、岡庭がズボンのポケットに収まらないほど大きなサイズの催涙スプレーを購入したことは分かっています。このスプレーには小林さんの次女に浴びせたのと同じくカプサイシンが含まれている。加えて、事件前に岡庭が被害者宅周辺を撮影した動画も見つかった。つまり、被害者宅を“下見”していた形跡があるということ。彼のパソコンには現場周辺の情報を検索した履歴も残されていました。GPSや防犯カメラの映像は決め手に欠けるようですが、Wi-Fiの接続履歴から、事件当夜に岡庭が現場周辺にいたことは間違いないと考えられます」(同)

「中1から会ってない」
 県警は、岡庭容疑者が運転免許を持っていないこともあり、埼玉県三郷市の自宅から茨城県境町の事件現場まで約30キロの道のりを、スポーツタイプの自転車で移動したとみている。

 だが、面識もなく、近所とは呼べない場所に住む小林さん一家に狙いを定めたのは一体なぜなのか。

 岡庭容疑者の自宅の近隣住民はこう語る。

「ここの近くを流れる江戸川に沿って北上していくと、ちょうど利根川と合流する。その川向こうが茨城県境町です。自転車であれば2時間足らずで着くでしょうし、雨の降る晩となれば誰かに目撃される心配もありません」

 岡庭容疑者が自転車での移動を念頭に置いて、ターゲットを絞り込んだ可能性は否定できない。

 加えて、先の記者がもうひとつの大きなポイントとして指摘するのは、

「現場に残された“足跡”です。事件当夜、小林さん宅1階の脱衣所の窓は施錠されておらず、犯人はそこから侵入した可能性が高い。この窓のある外壁に、犯人がよじ登った際についたと思しき足跡が残されていました。岡庭が事件前に購入していたとされるレインブーツと、現場の足跡、いわゆる“下足痕”が照合できて、捜査の進展に弾みがついたようです」

 こうした県警の地道な捜査の積み重ねによって、岡庭容疑者の両腕には再び手錠がはめられたのである。

「逮捕当日は、殺された美和さんの父親の命日だった。まるで亡くなったお父さんが娘を成仏させたように思えてなりません」(小林さん夫妻の知人)

 一方、岡庭容疑者の親族は何を想うのか。岡庭容疑者の実家と同じ敷地内に住居を構える彼の祖父に訊くと、

「中学1年の頃から顔も見ていないからね。本人が悪さをしたので叱ったら、謝りもしないで石を投げてガラスを割ったんだ。それ以降は全然会ってない。名前が変わったのも健康保険の支払い通知で知ったくらいだ。10年前の事件のときは、被害者側から民事裁判を起こされて、何千万円もの賠償金を工面するんで裏の土地を売った。千平米だったな。あの事件が起きてから息子(岡庭容疑者の父)は糖尿病が悪化して足の指を切ってる。測量士だったけど仕事もできないから、俺が10棟くらいあるアパートの家賃収入から援助してきた。今回の事件のことも、全然分かんねっさ。俺も困ってるんだ……」

“怪物”には、今度こそ厳罰が下されなければならない。次の犠牲者を出さないためにも。

「週刊新潮」2021年5月20日号 掲載






コロナ禍で皆苦しいのに…こんな素晴らしいことがあるなんて!!

心温まる素敵なお話をお裾分けいたします

毎日新聞 5 月13日 配信

【医療者従事者やひとり親家庭にうな丼 月1000食、店主の思い】

名古屋市昭和区のうなぎ店が2021年1月から、長引く新型コロナウイルス感染拡大により負担が増す医療従事者やひとり親家庭などに、無償でうな丼を提供している。その数は、5月で計1000食。「うなぎを食べて元気になってもらいたい」。そこには、店主の熱い思いが込められている。【加藤沙波】

【脂っぽい?おいしい?】コロナ宿泊療養食

 この店は「うなぎ家 比呂野」で、店主の広野耕史さん(37)が10年に創業した。店内には、炭火で焼かれた三河一色産うなぎの香ばしいにおいがたちこめる。ご飯を盛った容器にタレのかかったうなぎを並べ、自慢のうな丼(2680円)が手際よく包装されていく。

 1月に、新型コロナにより医療現場が逼迫(ひっぱく)している状況に「何かやれることはないか」と、広野さんがうな丼の提供を思いついた。父の代から受け継いだ店も含め近隣で四つの飲食店を経営し、コロナ禍で一時は売り上げが半減するなど苦境に陥ったが、出前やテークアウトでしのいできた。「もらえるものはありがたいけど、うちはまだ大丈夫だから」と、時短要請に伴う協力金もうなぎの仕入れに充てることにした。

 2月までに名古屋第二赤十字病院など地元の病院5カ所に計660食を提供した。「活力が出た」「おいしかったよ」とたくさんの感謝の声が寄せられ、「そんなに喜んでもらえるとは思わなかった」と広野さん。それならばと1000食を目標に掲げ、3月に藤田医科大病院(豊明市)に140食、5月にひとり親家庭を支援する県母子寡婦福祉連合会(名古屋市北区)に200食提供することにした。

 10日には、同連合会に約80食が運び込まれ、シングルマザーらに提供された。長女(12)と2人分を受け取った同市東区の保育士の女性(40)は「毎日仕事が忙しくて疲れすぎているので、ありがたいご褒美。娘もびっくりすると思います」と笑顔を見せた。

 生まれ育った地域で店を営む広野さんは、地元への思いが強い。「自分ができることで、皆さんに喜んでもらえるのが何よりうれしい。これからも地元のために何かしていけたら」と力を込めた。