私が思うこと一覧

Grandsonのデビュー・アルバム


「Dirty」




「Identity」




「Riptide」






アルバム『Death of an Optimist』のご紹介です(^_^)

Track listing
All music is composed by Jordan Edward Benjamin.


1. "Death of an Optimist // Intro"
2. "In Over My Head"
3. "Identity"
4. "Left Behind"
5. "Dirty"
6. "The Ballad of G and X // Interlude"
7. "We Did It!!!"
8. "WW3"
9. "Riptide"
10. "Pain Shopping"
11. "Drop Dead"
12. "Welcome to Paradise // Outro"


こちらは、HMV & BOOKS onlineより文章を引用しました

そのスタイルで同世代の若者たちから圧倒的な共感を集める、オルタナティヴ・シンガー/ソングライター、grandson(グランドサン)。光と影、白と黒、楽観と悲観、軽快なポップスにヘヴィなサウンド――相反する様々な要素が混ざり合い、対立して完成した待望のデビュー・アルバム『DEATH OF AN OPTIMIST』。
2020年代の音楽的アクティヴィストの最新声明がここにある。

■ アメリカ生まれ、カナダ育ち、現在はロサンゼルスを拠点に活躍するオルタナティヴ・シンガー/ソングライター、grandson(グランドサン)。
終わりなき不安や怖れ、悟りや頭に渦巻く疑問にさいなまれ、“人として正しいことをする”責任に押し潰れそうになっている自分自身を、音楽を通して表現する活動家でありアーティストである。そんな彼の放つ音楽とメッセージは、同世代の若者たちから共感を集め、熱狂的なファンを次から次へと増やしている。
自分自身を言葉と音楽で表現するアーティストとしてだけでなく、社会的な活動に声を上げるにも大きなプラットフォームを持たない活動家を支援する基金“XX Resistance Fund”を創設するなど活動家としても活躍する彼が、待望のデビュー・アルバム『DEATH OF AN OPTIMIST』を完成させた。

■ 急進的な音楽一家のもとで育ったgrandsonことジョーダン・ベンジャミン。Tribe Called QuestからBill Withersまで、ロックンロールからHIPHOP、エレクトロなど時代もジャンルも幅広い音楽を聴き、また影響を受けて育った彼は、現代のロック・サウンドに新たな文脈を持ち込もうとしている。
2017年に発表したシングル「Blood//Water」がSpotifyで182百万回以上もの再生数を記録し、USでゴールド・シングル、カナダではプラチナ・シングルに認定されて注目を集めた彼は、2018年4月にFUELED BY RAMENとの契約を発表。
その後2018年から2019年にかけてEP3部作『MODERN TRAGEDY EP TRILOGY』をリリースし、Dillon FrancisやK.Flay、KennyHooplaやOliver Treeなどの同世代のアーティストとのコラボレーションも行ってきた。
またMike Shinodaのソロ・アルバム『POST TRAUMATIC』に収録されている「Running From My Shadow」にもフィーチャリング・アーティストとして参加したり、Hobo Johnson、Nothing But Thieves、Smashing Pumpkinsなどのアーティストらとツアーを行うなど、シーンでその存在感を広めていった。

■ その彼が満を持して世に送り出すフル・アルバム『DEATH OF AN OPTIMIST』。
2018年から2019年にかけて発表したEP3部作『MODERN TRILOGY』が現代の社会的・政治的問題に声を上げた作品だったように、本アルバムは”意味のある変革“を探求するgrandsonがたどり着いた鋭い眼識と断言的なソングライティングを、ダイナミックに表現した作品だ。「この作品は、起源の物語であるのと同時に死亡記事でもあり、希望と不安、そして2020年におけるオプティミズムの現状を描いている」そう彼はアルバムについて語る。

■ アルバムにはgrandsonの長年の音楽的パートナーであるBoonnをはじめ、Krupaなどのプロデューサーたちを迎えて制作された。
例えばアルバムからのファースト・シングル「Identify」はHIPHOPプロデューサー/エンジニアAndrew Dawsonとコラボレートしたヘヴィなギターとドラムスが印象的な一曲だ。
続くシングル「Riptide」はLINKIN PARKのMike Shinodaとの共作・共同プロデューサー曲で、アルバムのダーク・サイドを担う、ペシミスティックで鬱々としてトーンのナンバーだ。
そして最新サード・シングルとなる「Dirty」は、grandsonと数々コラボレートしてきたKarl Junquistとのナンバーだが、彼のソウルフルな影響をうかがえる1曲だ。
この他にも、Blink-182のTravis Barkerとの初コラボ・ナンバー「Drop Dead」や、アルバムを締めくくるにふさわしい、それでいて結末の解釈を聴き手にゆだねている余韻たっぷりの「Paradise」などが本アルバムには収録されている。
作品全体を通じ、彼は溢れんばかりの性急さで”行動を起こせ“と訴えかける。「人生で最も困難だった年が終わろうとしている今、自分自身と対峙する時が来た。対峙しなければ、自分が何者なのが本当に理解することはできない。徹底的な精査の為に相反する魂を見せることは、何が正しいのか、そして何が間違っているのかを明らかにしないという利点がある。ただ俺たちが一緒にいる、その事実だけを見せるだけだ」



ご視聴ありがとうございましたm(__)m

天使の笑顔

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可愛いですね~(*^^*)
我が子にもこんな可愛い時がありました
本人は覚えていないだろうけど、"天使の笑顔"をしていました
親はこの笑顔を忘れることはありません



新しい命が誕生して自分の腕に抱きしめた時、"この小さな命を自分の力の限り精一杯守ろう"と決意します

親となった時、正常で健全な精神と肉体があるならば、誰もがこんな風に誓ったと思います

特に、母親にとって子供の存在は分身であり、自分自身よりも大切な存在です

子供が病気の時は、不眠不休で付き添い看護します

私もそうやって四人を育てたつもりです

何があっても、どんな境遇であっても揺るぎない愛情を示すことができます

我が子にもいつか私の想いが伝わります様に・・・


今日は、自分の気持ちを整理する為に書いてみましたm(__)m

命の始まり

今日は、命について書いてみます


受精卵というたった1つの細胞から、60兆個の細胞に分裂して新しい命は誕生するそうです

私達が普段考えたこともない"命の始まり"です

この世に生まれてくることは、とても奇跡的です

全ての人が、この物語を体験していることを想うと感動的ですね

私は、今この時を生きているだけでも奇跡の様に思えます


こちらは、命の誕生の物語「The Birth of Life」の動画です




【ヒトの受精】Wikipedia引用

射精一度あたりの精液が含む精子数は通常1億〜4億程で、このうち、腟内に射精された場合、子宮頸部に到達する前に約99%が死滅、子宮まで到達できるのはおよそ数千〜数十万、排卵期に卵子の目前まで到達できるのはおよそ数十〜数百。

膣から受精の場である卵管まではおよそ数十分〜数時間で到達すると考えられています。ただし、数分で到達したという例も確認されているそうです。



ご視聴ありがとうございましたm(__)m

建築家・安藤忠雄さんが語る未来 「この世界をどう生きぬくか」

この一週間、感傷的になっていました

身内が脳梗塞なんですが・・・

実は、元夫なんです

離婚しても子供達の父親ですから、放置するわけにもいかないんです

私には子供が四人いるんですが、出来る限りのサポートをし懸命に子育てしたつもりでいたのに、先日次男から冷たい言葉を浴びせられました

「俺が高校時代に恵まれなかったのは、"あんたのせいだ"」って言うんです

「お母さんも一生懸命にしたつもりだけど・・・」
「至らなかった事もあったことは謝るけど、過ぎた時間は取り戻せないのよ」っと私


自分自身が手にできなかった事に対して恨むより、今自分自身が持っている物を大切にしてもらいたいですね

27歳の彼はまだ私に甘えているんです
今は分からなくても、いつの日か母親の想いを理解してくれると思います


こんな最中で見つけた動画、"安藤忠雄さんの素敵なお話"をお届けします(^_^)






ANNnewsCH

日本を代表する建築家、安藤忠雄さん。
世界中で数々の名建築を世に送り出してきました。
今年7月に開館した、「子ども本の森 中之島」は、安藤さんが設計し寄付したことで話題になりました。
児童書から漫画、小説、哲学書など、さまざまなジャンルの書籍、約1万8千冊の本が収蔵されています。
「世界に通用する子どもを育てるため感性を育てたい」という安藤さんの思いが込められているというこの場所で、安藤さんが見る未来について聞きました。
報ステ「未来を人から プロジェクト」のインタビュー完全版です。
テレビ朝日 「未来をここから」HP
https://www.tv-asahi.co.jp/mirai_tvas...

01:16~建物に込められた思い
04:06~“愛情”の大切さ
06:03~“逆境”を乗り越えた先に見えるもの
09:50~人生を切り開く“情熱”
12:17~安藤忠雄が見る未来


史上最高の100曲

史上最高のビルボードHot100の曲とアーティストのランキングは、Hot 100での毎週のパフォーマンスに基づいています(1958年8月4日の開始から2018年7月21日まで)。

曲は逆ポイントシステムに基づいてランク付けされ、1位の週が最大の価値を獲得し、より低いスポットの週が最小の価値を獲得します。

チャートの方法論は何年にもわたって変化しているため、さまざまな期間のチャートの回転率を考慮して、時代の重み付けが異なります。アーティストは、上記で概説したように、すべてのHot100チャートエントリの数式ブレンドパフォーマンスに基づいてランク付けされます。

Top40Weeklyフォーラムに参加して、志を同じくする愛好家とチャートについて話し合うことを歓迎します。

Bluetooth対応 ワイヤレス スピーカー harman/kardon

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Bluetooth対応 ワイヤレス スピーカー harman/kardon ONYX STUDIO ブラック

私が愛用しているスピーカーがこのコンパクトで可愛らしい形のハーマンカードンのスピーカーです

4つのパワードスピーカーとデュアル・パッシブラジエータを搭載しています

Bluetooth対応デバイスの音楽を、深みのある豊かなサウンドで再生してくれます

パソコンやスマートフォンに繋いで聴いても低音が良く響き、迫力のあるサウンドが出るスピーカーです

充電式バッテリー内蔵で最大5時間好きな場所で音楽再生を楽しめることも魅力です



今日は音楽好きには欠かせないアイテム、スピーカーをご紹介しました(*^^*)


ご視聴ありがとうございましたm(__)m


私の愛車、ホンダ・シビック





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今日は、かつての私の愛車について書いてみました(*^^*)
当時流行していたHONDA CIVICです
ハンドルが軽く走ることが楽しくなる車でした

この愛車がぶつけられた時はかなりシュン(T_T)としました

愛車

多分、私の記憶ではこの時期の人気車種だったと思います(*^^*)
MT車が好きでした

5代目 EG型(1991-1995年)
ホンダ・シビック(5代目)
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乗車定員 5名
ボディタイプ 3ドア ハッチバック

駆動方式 前輪駆動
変速機 5速MT

1991年9月10日にモデルチェンジ。
通称「スポーツシビック」。
4ドアセダンはこのモデルからサブネームが付与され、車名が「シビックフェリオ」となる。
外観はブラジルのサンバをイメージしてデザインされ、ハッチバックはガラス部分が上部、そこを境としたゲート部分が下部に開く特徴的なリアドアを採用した。
当代でシビックとして2度目の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞している。


サスペンションには先代(EF型)と同様に、4輪ダブルウィッシュボーンサスペンションが採用された。
先代はサスペンションストロークが不足しており、当時にしてはかなり贅沢な方式を採用していたにもかかわらず、比較的高いスピードで大きな段差にあうと姿勢を乱していたのに対し、この5代目はストロークを大きくとることで、荒れた路面での乗り心地やうねりのある路面での追従性が大幅に向上しており、これまでのシビックの中で最も優れた乗り味とハンドリングを実現している。
このスポーティイメージから高い人気を得ることとなった。(Wikipedia引用)

この画像☟を観ていたら、段々と思い出してきました(*^^*)
ミッション車の最大の魅力は加速と減速のテクニックですよね
一般道では4速までしか使いませんけど、自分で運転する楽しさは充分に感じられます





HONDA CIVIC廃車後は、この写真の様なSUZUKI ALTO WORKSを運転していました
原付は、YAMAHA JOGを愛用

福岡に来てからは車は運転していません
大切にしていた原付は、福岡に来て自宅の駐輪場で盗難に遭いました(>_<)

福岡は運転マナーが良くないので、運転はしたくないですね(>_<)

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かつて懸命に働いていた頃、子育てにドライブに活躍してくれました
良い思い出です(*^^*)


ご視聴ありがとうございましたm(__)m
写真の3枚は、無料写真を使用しています(*^^*)

余命宣告の織田無道が暴露「テレビはヤラセ」「除霊はできない」「有罪判決」

「一昨年に“ステージ4”で余命1年を宣告されました。でも、まだ生きていますよ(笑)。最近も“7月までもたない”と言われましたが、別の医師からは“免疫性が上がって、回復しています”と。がんは本当にわからないことが多いので、あわてないことです」

 末期がんで闘病中だという織田無道だが、血色はよく意気軒昂。ニコニコしているが、時折、見せる鋭い眼差しは“怪僧”と呼ばれたころと変わらない迫力だ。

「織田さんは1990年代に霊能者としてテレビに引っ張りだこでした。当時は宜保愛子さんもいてオカルトブームだったんです。水晶玉を使って霊視をするんですが、酒は飲むし女が好きという破天荒キャラ。神奈川県の円光寺住職で、信長の子孫を名乗っていましたね。2002年に虚偽登記で逮捕され、その後も給与トラブルがあり、テレビから消えました」(テレビ誌ライター)

「お祓いは気合」で住職稼業が一転
 最初から霊能者だったわけではなかったという。

「1980年代にお昼の番組に出たとき、お墓の撤去についての議論をしているうちに、呼んでもいない霊がカメラに映ってしまったんですよ。司会の宮尾すすむさんが“悪い霊が来てしまったらどうすればいいの?”と聞いてきたのですが、私の宗派にお祓いはないから、“それは気合です”とアニマル浜口さんみたいなことを口走ってしまった(笑)。その場で霊との闘いが始まって、それが全国に放送され、住職ではなくて“除霊をする人間”になってしまった。それから、“ここを除霊してくれ”という依頼がたくさん来たんですよ。私はまだ30代で若かったし、頼まれたら断れない性分だった」

 多いときで週に10本の番組に出演する売れっ子に。

「テレビを何百本もやっているとヤラセが出てくる。ある深夜番組で“あの木の下にこういう霊がいることにしましょう”と言われたことがあります。司会者から“織田さん、すごいですね。霊は本当にいるんですね”なんてふられて困りました。当時のテレビはヤラセだらけ。クイズ番組なんかはひどくて、最初から解答が渡されていたんです」

 バラエティー番組だからと割り切って出演していたという。バブルの余韻でテレビ業界はイケイケだった。

「1回の制作費が5000万円なんてザラ。海外ロケにも行って大盤振る舞い。ギャラもすごくて、1回で500万~600万円なんて普通でしたね。アメリカでシカゴのテレビ番組に出たときは1本で2000万もらいました。当時は1000万円もらって、それをひと晩で飲み切るなんてことが当たり前の時代だったんですよ。視聴率さえ取れれば、何でも可能でした」

 金銭感覚がだんだんおかしくなっていく。

「視聴率がよくなれば担当プロデューサーにボーナスが出るし、経費も上がる。だから、“今夜もどっと飲みましょう!”なんて言われる。楽しい時代でしたね。1万円札を見ても今の100円と同じ感覚でした。月に億単位の金を稼いでいましたね」

 テレビの黄金期の中で、もっとも輝いて見えたのが石橋貴明だったという。

「すごく面白いし、私ら坊主にとっても参考になることがいっぱいありました。禅には『有溝無溝』という言葉があります。構えはあってないのと同じで、最終的には心の闘いが勝敗を決定するものだという意味ですが、まさに石橋さんはその言葉どおりの人。僧侶でも普通の悟りでは到達できない領域です。“お笑いの達人”というレベルを超越した本当にすごい人です」

石橋貴明の凄みと勝新の力
 日本テレビ系の『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』に出演していて、石橋のアドリブに驚かされた。

「霊がとりついている人を呼んでスタジオ収録をしたんです。若い女性で、ミニスカート姿。そうしたら石橋さんが急に“霊がいる!”と、女性のひざを指さしました。カメラがひざのお皿をアップで映すと、人の顔のようにも見えますよね。彼女が出てきた一瞬で、ひらめきが芽生えたんです。いつも、よくそんな発想が出るなと感心していましたね」

 勝新太郎さんも、織田に強い印象を残した。

「彼の死後のことです。心霊番組で、夜中にお墓に行きました。カメラが回った瞬間に照明がパッと消えたんです。かわりに静止画を撮ろうとシャッターを切っても、ストロボがつかない。勝新さんの“力”を感じましたよ。勝新さんが納得するスタッフ、カメラマンでないと映させてもらえない。“お前らなんだ勝手に来やがって、玉緒に金を払ったのか?”ということではないでしょうか」

 2002年に逮捕されて有罪判決を受けたことについては、今も納得していない。

「まったくくだらない理由です。会ったこともない人間にテレパシーで虚偽登記などの文書偽造を指示したというバカげた判決。取り調べでは“織田よ、認めれば出られるんだよ。早く書類にサインしちゃえよ”と言われました。もっと重要な犯罪があるのに、私がテレビにバンバン出ていたから狙われたんでしょう」

 留置所には3か月ほど入っていたが、さほど苦痛ではなかったらしい。

「うなぎでも天丼でも、好きな出前を頼んで食べていました。不自由さはありませんでしたね。留置所から出た後も普通にしていましたよ。別に大した罪でもあるまいし。沢尻エリカだって、堂々と出てくりゃあいいんだよ」


 沢尻は違法薬物所持という重い罪状だが……。

「テレビはもともとデタラメな世界だから、デタラメなやつが出ていいんですよ。きれいごとなんか言っていられない。視聴率を取れなかったら番組がなくなっちゃうんですから、否応でもヤラセをやる。それで視聴率を取れているんだし、バラエティーだからいいじゃんということです。UFOや幽霊なんかはほとんどが合成写真のインチキ。でも、見ているほうが楽しければいいじゃないと思います」

死んだらどうなるわかっている
 相変わらずの怪気炎だが、体調がすぐれないことも。


織田の現在の体重は70キロと細くはないが、30キロも落ちたので体力的にもキツいようだ
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「長く座ったりしていると、脚が冷えて氷のようになってしまいます。すぐに疲れますが、夜にまったく眠れないんですよ。1日に2時間でも3時間でもいいから寝たい。1~2月は40度以上の高熱が出て、本当にキツかったんです。めまいがひどくて起きられなくなって、いよいよおしまいかなと思っていましたよ。食べ物も限定されて、体重も100キロあったのが、30キロ落ちて、今では70キロ。これからどうなるのかはわからないですね」

 それでも、死に対する不安はない。

「私は仕事で葬式もたくさんやっていますし、死んだらどうなるかわかっていますから。人間はわからないことに対して恐怖心を抱くんです。私は坊主なので、自分の真意、本当の自分悟りを示したうえで人生の幕を閉じたいですね。できれば70歳まで生きたい。 “人類のために”とか大それたことを言える立場でもないですが、自分自身の答えを出したいですね」

“怪僧”にとって死は恐れるに足らないものなのだ。

週刊女性2020年6月23日号
週刊女性PRIMEより全文を引用していますm(__)m


やっぱりね~って感じですね(^_^)
視聴者はいつまでも騙されませんよ
テレビ離れが加速している理由の一つだと思いました

ジョナタ・バストス(ピアニスト/ギタリスト)

今朝ご紹介いたしました、奇跡的なピアニストでギタリストの美しい人、Johnatha Bastos (ジョナタ・バストス)さんについて詳しく取り上げます
 
1994年7月18日生まれ  
ブラジル・パラ・マンサ出身
好きなアニメ「ドラゴンボール」「NARUTO」 
 
★尊敬するアーティストは・・・
「Juninho Afram」
「Andy Timmons」
「Steve Vai」
「John Mayer」
「Lincoin Brewster」 

★今後やってみたいことは・・・
「色々な人を常に動機づけることですね。何かを始めることは簡単でも、続けることは難しい。だからこそ、困難がある上でも自分が音楽を継続することで周りの多くの人たちのモチベーションをあげられるようになりたい」





「人間は、みんな完璧じゃない、みんな何か問題を抱えている。それが目に見えるか、見えないかの差だけ…常に努力を続ければどんなこともできる」そのことをみんなに伝えたいんだ」とコメントしています








顎でピアノを、足でギターを弾く、その演奏スタイルは人間の肉体の可能性を超越していますね


この記事は、2020年9月の記事を再投稿しています
ご視聴ありがとうございました