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The Damned – Wait For The Blackout

ダムドの「Wait for the Blackout:ウェイト・フォー・ザ・ブラックアウト」で、アルバムは80年『The Black Album:ブラック・アルバム』ですね。

メタリカばかりでなく、正式名でブラック・アルバムはダムドがだしていました。

小生は80年でなく、のちに金持ちロック友に輸入盤を借りたようなと裏覚えですが。

パンクは70年代末から変遷・変化するのですが、セックス・ピストルズのジョン・ライドンが先行して78年PIL、前衛パンク?なのと、いきなりファン置いてけぼり(笑)



 


THE BLACK ALBUM(DELUXE VERSION)


 





方やロンドンパンク雄、クラッシュ、ダムドは親和的で、80年『サンディニスタ!』ダムドは『The Black Album:ブラック・アルバム』と曲風、音色がバラエティでブリティッシュ・ロックのキモである革新があるモノと思いました。

でも、根が音がパンクですので、好みの問題がある(笑)

好み的には、ダムド一時解散後の復活、前作79年『マシンガン・エチケット』のようにわずかにPOPよりなアルバムですが爆音パンクでニューウェイヴ時代でも、貫いてほしいかったかなあと微妙な気持ちもありますが。

『The Black Album:ブラック・アルバム』は80年『サンディニスタ!』負けず劣らず、オールミュージックを網羅、曲風は少し狭いですが、POPパンクですがお行儀よい。

ダークなカンジは、後年のダムドのゴシック風元ネタとなるのですね。

80年代中期の頃は、POPなので驚いた事はよく覚えてますが、ずっとパンクは無理と、その頃はクラッシュもいなかった。

と云うことでおまけはハンスジマーのキーボード参加の曲で

The Damned - The History of the World (Pt. 1)























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Dennis Wilson – River Song

デニス・ウィルソンの「River Song」で、アルバムは初ソロ77年『Pacific Ocean Blue:パシフィック・オーシャン・ブルー』ですね。

ザ・ビーチ・ボーイズの3兄弟、長男ブライアン・ウィルソン、三男カールで次男デニスの初ソロアルバム、当時はヒットしなかったのですが、今はビーチ・ボーイズの66年『ペット・サウンズ』と同様に評価高い作品ですね。

ザ・ビーチ・ボーイズはPOPロックのボーカルコーラスの最高のバンドと思いますが、小生的には、60年代の作品は軽快なPOPとハーモニーのバンドの印象。

66年『ペット・サウンズ』はアート志向なんでしょうが、ギターロック好きの小生に辛い、この頃からノー天気明るめPOPでなく、摩訶不思議に憂いあり内省的になりますが。



 


PACIFIC OCEAN BLUE


 





初期ビーチ・ボーイズはブライアン、従兄弟マイク・ラヴがコンポーザーの才の要バンドと思いますが、初期ドラムが拙いデニス・ウィルソンが60年代後半から、本格的作曲まで参加で、音楽の才が開き、ビーチボーイズの60年代後半以後の進化に寄与したと思いです。

で、小生的にしっくりするのは60年代後半から『20/20』から、デニス・ウィルソンがはチャールズ・マンソンとの関係があった以後、ロック大変化の頃、厭世的な不安、グループ内がしっくりいかなくなる頃70年代以後のアルバムが好み聴けるかもです。

デニス・ウィルソン、その才での70年代のソロアルバムが77年『Pacific Ocean Blue:パシフィック・オーシャン・ブルー』だったと思います。

アルバムジャケデザインが、60年代ビーチボーイズでなく、アル中ヤク中ままで、アルバムはPOPハーモニーにバラードですが、ジャケデザインは柔いカンジ無し、こらからも、ビーチボーイズ、デニス・ウィルソンの苦悩が計れるモノになっていると。

アートは多く犠牲の代償でなるものと、デニスは83年に早死です。モテ男だったように、フリートウッド・マックのクリスティン・マクヴィーとつき合ったようで、フリートウッドのヒット曲82年「Hold Me」が彼との関係の唄ですね。

と云うことでアルバム『パシフィック・オーシャン・ブルー』は捨て曲なしですが、おまけは変化球で、デニス・ウィルソンとジェームズ・テイラー主演のロード映画の名作71年『 Two-Lane Blacktop:断絶』の予告がありました。

Two-Lane Blacktop (1971)


























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Playing For Change-Soul Rebel

PLAYING FOR CHANGEの「Soul Rebel」で、動画UPは今年1月のようで、オリジナルアルバムはボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの70年『Soul Rebels』の1曲目です。

70年の頃はウェイラーズがバンド名、アルバムはボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの名義のようです。

日本で有名になる頃のボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズは、アイランドレーベルの頃、73年『キャッチ・ア・ファイア』『バーニン』の後、オリジナルメンバーのピーター・トッシュ、バニー・ウェイラーが抜けてからの75年『ライブ!』以後でしたね。

PLAYING FOR CHANGEの「Soul Rebel」では、70年『Soul Rebels』の頃、在籍していたバニー・ウェイラーをフィーチャーして、ボブ・マーリー作をPLAYING FOR CHANGEらしく、世界を繋げ唄って演奏ですね。正調できれいな音です。


Soul Rebel featuring Bunny Wailer and Manu Chao | Song Around The World | Playing For Change


オリジナル「Soul Rebel」はいくつかのバージョンもあり、激しいバージョンもあります。

70年『Soul Rebels』のアルバムジャケデザインは女性兵士のシャツが開けた半裸で、カウンターカルチャー的!

昔は多かったですね、この手の裸。アメーバーブログはこの手に厳しいので画像はネットで自分で探して下さい(笑)

バニー・ウェイラー御年73歳、70年代ロックスター同様に高齢です。ピーーター・トッシュ、ボブ・マーリーも80年代に30代にお亡くなりなりましたから、オリジナルとして、50年前(ホントは60年代に出来ていた)曲の再現に参加ですね。

曲名からして「魂の反逆」ですから柔い曲でないし、当時のジャマイカの状況を写していたと思います。時代、時勢から生まれるのがロック、音楽との思いです。

と云うことでおまけはオリジナルでシングル盤のようで、これも曲調はマイルドです。

Bob Marley - Soul Rebel
























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My Bloody Valentine – Only Shallow

マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの「Only Shallow」で、アルバムは92年『Loveless』ですね。

60年代生まれの70年代ロックキッズよりは、一世代二世代歳下の方には、絶大絶対値的な人気のアルバムですね。

小生的には、80年代末から90年代にかけての新しいロックの流れはもっともインパクトあったのは、アメリカ勢のニルヴァーナやレイジ:Rage Against the Machineでしたが…

新しいロック、あえて言えば80年代UK系では、浮遊感のコクトー・ツインズ、ストーン・ローゼズ、憂い在りPOPメロのジーザス&メリーチェイン、ノイジーなニュー・ウェイヴのキリングジョーク、そしてUA系はイマイチ不協和音的で乗れなかったピクシーズ、センス在りで好きなソニック・ユースあたりでしたが…




80年代の新しいロック・POPの接点は、FM東京のFMトランスミッションバリケード、そして新宿2丁目の外人客のみのくつろげないクラブと六本木のこれも友に薦めなかった危険なクラブで覚え、『Loveless』前はマイ・ブラッディ・ヴァレンタインがシューゲイザーのマイ・ブラディー・バレンタインでマイナーなバンドでしたが?

90年代ロックとして、お気に入りブログの方やインディーズのロッカーの方から、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインやレディオヘッドをお薦めされていていました。

90年代ロックは、ニルヴァーナやレイジ、それにブリットポップかなと漠然と思っていましたが、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの92年『Loveless』とレディオヘッドの97年『OK コンピューター』は聴き応えありで、歳下世代の基準リファレンスなっている事は納得です。

マイ・ブラッディ・ヴァレンタインはアイルランドですね、そもそもアイリッシュメロですから、これも好みです。


本日、近くの公園に行きました。人々距離感相当とってますが、それなりに出ており、突然頭のBGMが『Loveless』でした。

これからかなり長く世界、日本、キツくなると思いますが、さてどうなるか?
どうしようかは自己責任ですね。

と云うことでおまけも同アルバムからで

My Bloody Valentine - Soon
























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Pat Metheny Group – Are You Going with Me?

パット・メセニー・グループの「Are You Going with Me? :ついておいで」で、アルバムは83年『Offramp:オフランプ:』 昔は『愛のカフェ・オーレ』でした。

邦題は忘れていた。昔、牛乳多めはカフェ・オーレでしたが、NY行くとカフェ・ラッテ、今じゃラテが普通になりましたね。

で、あんまり、ジャズ系・フュージョン系は上げませんが、音楽鑑賞歴で言うと濃いロック歴は15年、ジャズ系は25年ぐらいですので大好きですが、ジャズ系ブログはさらに講釈妄想思い込みを垂れそうなので自己規制して、しません(笑)

パット・メセニーは、70年代後半ウェザー・リポートに興味を持ち、ベースのジャコ・パストリアスから音楽友繋がりで知りました。




パット・メセニーで、POPロックの接点で一番のヒット曲は、このアルバム後のサントラの85年『コードネームはファルコン』のデヴィッド・ボウイがボーカルで大ヒットし「This Is Not America」でした。

この「Are You Going with Me? :ついておいで」の延長線上に『コードネームはファルコン』があると思うのですが、曲風・トーンが同じ、メランコリックなメロで好みです。

後のブラジル音楽と混合の87年『スティル・ライフ』も20代必須の大人音楽、これも80年代サウンドですね。よう聴きました。

で、このアルバム『Offramp:オフランプ』では、POP色強しは「Are You Going with Me? :ついておいで」がフリートウッドマックの「リアノン」に感化されての曲ですね。

と云うことでおまけはPOP強しは、もろジェームス・テイラーでこれはトリオですね。

Pat Metheny-James
























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CCR-Fortunate Son

【このブログ、反原発で始まったブログです。例えをロックのカウンターカルチャーになぞり、時たま、私見があります】

クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの69年「Fortunate Son:フォーチュネイト・サン」で、アルバムは『Willy and the Poor Boys』ですね。もう3回も上げている。

このアルバムは69年アメリカがベトナム戦争のヒット曲です。もう50年以上前、反戦歌(のちになりますが)よりは、議員の子供達や金持ちの特権階級と一市民との差を、歌ったと言われてますが。諸説ありますが、この和訳が実情に合っているかもで絶妙です。






まあ、どっかの国の2世・3世が世襲化した議会と本質は変わんねえ!
これって、一応民主国家でも、なるものなのか恒常的な現象なのか?と思う。
選挙で選らんでいるのは、一応私達ですが。

危機的状況時は本質が見えてくるものですが…


と云うことで
仕事を休み、給料も減り、その対策を自己責任原則でリサーチしまくり中、
私はブルーになりました。

Creedence Clearwater Revival - Feelin' Blue
























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