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シャカタクの来日公演が延期に 5〜6月開催のお知らせ

2022年2月〜3月にビルボードライブ東京・大阪・横浜にて予定されていたシャカタク(Shakatak)の来日公演が中止になりました


「日本政府によるオミクロン株に対する水際措置の緩和見通しが立たないため、5〜6月へ延期とさせていただきます」と発表しています

以下インフォメーションより

【ビルボードライブ東京・大阪・横浜】
シャカタク 〜40th Anniversary Edition〜
2-3月公演中止/新規公演日程決定(5-6月)のお知らせ

 2022年2-3月にビルボードライブ東京・大阪・横浜にて開催を予定しておりました『シャカタク 〜40th Anniversary Edition〜』公演につきまして、日本政府によるオミクロン株に対する水際措置の緩和見通しが立たないため、5-6月へ延期とさせていただきます。

 公演を心待ちにされていた方にはご迷惑をおかけしますことを、深くお詫び申し上げます。

 誠に恐縮ではございますが、今回の決定に際し、現在いただいているご予約は全てキャンセルとさせていただきます。また、プレイガイドでチケットをお買い求めのお客様は、ご自身で払い戻しの手続きをお願い致します。キャンセル、払い戻しの詳細・注意事項は下記をご確認ください。

◆中止公演
【シャカタク 〜40th Anniversary Edition〜】

大阪公演:2022年2月26日(土)
1stステージ 開場15:30 開演16:30
2ndステージ 開場18:30 開演19:30

東京公演:2022年2月28日(月)、3/1(火)- 3/2(水)
1stステージ 開場17:00 開演18:00
2ndステージ 開場20:00 開演21:00

横浜公演:2022年3月3日(木)
1stステージ 開場17:00 開演18:00
2ndステージ 開場20:00 開演21:00

◆新規公演
【シャカタク 〜40th Anniversary Edition〜】

横浜公演:2022年5月30日(月)
1stステージ 開場17:00 開演18:00
2ndステージ 開場20:00 開演21:00

東京公演:2022年6月1日(水)&6月2日(木)&6月3日(金)
1stステージ 開場17:00 開演18:00
2ndステージ 開場20:00 開演21:00

大阪公演:2022年6月6日(月)
1stステージ 開場17:00 開演18:00
2ndステージ 開場20:00 開演21:00

詳細は以下のURLのページでご覧になれます。
http://www.billboard-live.com/membersarea/220111_shakatak_announce.html

マイケル・シェンカーが結婚 お相手は日本人

ギタリストのマイケル・シェンカー(Michael Schenker)が昨年7月に結婚していました
お相手は日本人で、長年のパートナーであるエミさんという新潟の女性だとか…

「16年目にしてようやく結婚しました! サポートしてくれてありがとう。マイケル&エミ」 のメッセージを読んで驚きました
お二人ともお幸せそうです♥

wikipediaより抜粋して引用します◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

生誕 1955年1月10日(66歳)
出身地 西ドイツ
ニーダーザクセン州
ヒルデスハイム郡
ザルシュテット

ジャンル ハード・ロック
職業 ギタリスト
活動期間 1972年 - 現在
レーベル BMG
共同作業者
スコーピオンズ
UFO
マイケル・シェンカー・グループ
マッコーリー・シェンカー・グループ
マイケル・シェンカーズ・テンプル・オブ・ロック
マイケル・シェンカー・フェスト


引用を終わります

    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


調べてみたところ、離婚した前妻との間に4人の子供さんがいらっしゃるとか…

それにしてもお若いです
66歳には見えませんね


Michael Schenker Group - Rock Bottom with long Schenker Solo ✌️ City Hall, Newcastle 29 - 10 - 2021



ご視聴ありがとうございました

カルロス・サンタナ、心臓の手術

いつもエネルギッシュで年齢を感じさせないギタリスト、サンタナさんですが…

サンタナさん大丈夫でしょうか
心配ですね

手術が無事に終わり、戻ってこられる事を願っています


   ******************************


amassより引用します


カルロス・サンタナ(Carlos Santana)は、心臓の手術を受けたため、12月に予定していたラスベガスでの公演を中止しました。

サンタナはビデオメッセージの中でこう説明しています。

「先週の土曜日(11月27日)に、妻のシンディに、胸の中で何かが起こっているから病院に連れて行ってくれと頼んだんだ」「それで僕らは病院に行ってみると、治療をしなければならないことがわかったんだ。そういうわけで、皆さんのために演奏するときに、いつものようにプレイをして、150%の力を発揮できるように、少しの間、補給と休養のための時間を取るつもりです。お気遣いありがとうございました」

プレスリリースによると、サンタナは2022年1月に公演を再開することを楽しみにしていると述べています。

またユニバーサル・トーン・マネージメント社のマイケル・ブリオニス社長の声明で、「カルロスはとても元気で、すぐにでもステージに戻りたいと思っています。彼は、今後の公演をキャンセルしなければならないことを深く反省しています。もうすぐ皆さんにお会いできることを楽しみにしています」とコメントしています。

サンタナは、自身の健康状態に関する「あちこちで飛び交う噂」を払拭するためにビデオを投稿したと説明した後、ファンへの願いを込めて次のように語っています。「僕はあなたとあなたの家族が健康で心の安らぎと喜びを楽しんでいることを願っています。僕もそうしたいと思っています。ファンでいてくれてありがとう、そしてあなたの一体感と思いやりに感謝します」




ジュース・ワールド




discovermusic.jpより抜粋して引用します
https://www.udiscovermusic.jp/columns/life-of-juice-wrld-and-legends-never-die


ジュース・ワールドの経歴と音楽性。遺作アルバム『Legends Never Die』で歌われたこととその魅力
Published on 7月 20, 2020

ヒップホップ禁止だった子供時代
ジュース・ワールドは、1998年12月2日にジャラド・アンソニー・ヒギンズとしてシカゴで生を受けている。3才で両親が離婚、兄と一緒に母に育てられた。ジュース・ワールドの音楽性を理解するうえで、母が敬虔なクリスチャンだったため、ヒップホップを聴くのを禁止されていたという情報は重要である。その代わり、ロックとポップは聴いてもよく、「ギター・ヒーロー」などのゲームを通してブリンク182やフォール・アウト・ボーイ、意外なところではビリー・アイドルなどの音楽に親しんでいたという。彼がポップ・ロックを難なく歌いこなすのは、この頃に慣れ親しんだ音楽の影響があるだろう。

親が牧師といった理由で世俗の音楽(セキュラー・ミュージック/Secular Music)は禁止され、子供時代をゴスペルだけ聴いて育つR&Bシンガーはわりといるが、「他ジャンルはOK」は初めて聞いたし、お母さんも若いのだろうな、と思う。そのお母さんは彼にピアノを習わせ、ギターやドラム、トランペットも演奏できるようになった。それでも、ヒップホップを隔離するのは難しかったようで、「ジュース・ワールド」の「ジュース」は2パック・シャクールが出演した同名映画から取っている。彼が生まれたときにもう亡くなっていた2パックが演じるキャラクターが、とくに好きだったそうだ。



10代コンビで全米2位に
2015年、高校在学時からSoundCloudに自分の音楽をアップロードするようになり、2017年頃から注目を集める。暮れにリリースした「All Girls Are The Same」がヒット。なにがすごいって、インターネット上で知り合ったプロデューサーのニック・ミラもまだ15、16才だったことだ。ニック・ミラはXXXテンタシオンなどとトリッピー・レッドの「FxxK Love」で名を上げたばかり。続いて、ジュース・ワールドとニック・ミラで作った「Lucid Dream」が全米シングルチャートで2位にチャートインし、共に才能を全米に知らしめた。

「明晰夢」を意味するこの曲は、スティングの「Shape of My Heart」のメロディーをを下敷きにしており、スティング本人は「原曲に忠実で、美しく再解釈している」と絶賛したものの、売れすぎたせいか訴訟沙汰になり、使用料を払うことで解決した。スティングは同曲をステージにで演奏する際は、ジュース・ワールドの歌詞を挟んだり、亡くなった際は追悼のコメントを出したりしている。


ヒット曲「Robbery」では「バッグにハートを詰めろ、って彼女が言ったんだ。そうすれば誰も怪我させないって」と、恋に落ちる様子を強盗に例え、XXXエクスタシオンとリル・ピープをトリビュートした「Legends」では「27クラブってなんだよ? 俺たちは21才さえ超えられない」と、ジミ・ヘンドリックスやカート・コバーンなど27才で死んだアーティストと比較して、自分たちの世代の人気者は21才以上生きられない、と言うなど、直球すぎて心が痛くなるようなリリックを書いた。そして、ジュース・ワールド自身も21才で亡くなった。


悲劇の真相
最初のヒット曲「Lucid Dreams」から、「墓」という言葉が出てきた人ではある。そして「心の痛みをドラッグで紛らわせる」という内容を、言い方を変えてはくり返した。小学生のときにオピオイド系の鎮痛剤でハイになることを覚え、タバコも吸っていたそうだから、薬物の使用歴は長い。

2019年12月8日、プライベート・ジェットでロスからシカゴに戻った際、機内に銃があることに気がついたパイロットが、空の上から通報したため、降り立ったときは捜査官たちが待ち構えていた。それを見たジュース・ワールドは、慌ててピルを大量に飲み込んで命を落としてしまった。「罪を軽くするために慌てて飲み込んだ」と報じられているが、コデインやオキシコドンといった錠剤自体は処方箋で手に入る薬なので、そこまで隠す必要があったかな、と首をかしげてしまう。機内にマリファナが70ポンド(30キロ以上)あったほうが問題で、これは少なく見積もっても日本円で700万円以上、品質によっては軽く1千万円を超える。押収された3丁の銃は、すべて登録済みだった。これは私の憶測だが、機内ですでにハイになっていたため、パニックになり、落ち着こうとして量を誤って飲んだのではないか。



『Legends Never Die』の魅力
遺作について解説しよう。晩年のジュース・ワールドは、アリーという可愛らしい恋人がいて、お金も稼いで、それでも不安障害とドラッグ中毒を抱えている心情を、全編でリリックにしている。歌、ラップ、ソング・ライティングのすべてが2年の間で非常にスキルアップしており、ファンはそこに反応しているのだと思う。

最初こそ「主役がいなくて哀しいよね」という追悼の想いからアルバムをクリックしたものの、みんながくり返し聴く理由は、55分、21曲の『Legends Never Die』が、ポップ・ロックまで飲み込みんだ新しいヒップホップであり、シンプルに傑作だからだ。「Titanic」では、めくるめく思考とともにタイタニックのように溺れていきそうな思いを吐露し、「Good heart, good soul, both been in bad hands/俺の心根は正しいし魂もきれいだ ただ使い方をまちがえたんだ」と言い、自分の状況を客観的に見ている。強烈なのが、「Wishing Well」のセカンド・ヴァース。

Sometimes I don’t know how to feel
Let’s be for real
If it wasn’t for the pills, I wouldn’t be here
But if I keep taking these pills, I won’t be here, yeah
I just told y’all my secret, yeah
It’s tearing me to pieces
I really think I need them
I stopped taking the drugs and now the drugs take me
時々 感覚を失うんだ
事実を直視してみようか
ドラッグなしでは 俺はここまで成功できなかった
でもこの錠剤を摂り続ければ 俺はこの世からいなくなってしまう
俺の秘密をいま明かしたよ そう
俺自身を散り散にさせるんだ
まじで俺はいまドラッグが必要だ
しばらく止めていたけど いまドラッグのほうから捕まえにくるんだ


ジュース・ワールドがよく口にする「デーモン」の正体は自分のなかにある弱さ、不安障害であり、それを和らげるためにまた薬に頼るという悪循環にはまっていた。「ドラッグなしでは 俺はここまで成功できなかった」とは、そのカルチャーの一部に入るために必要だったという意味と、その苦しみから逃れるために創作活動に打ち込んでいたという意味の両方だろう。

ヒップホップによく出てくる鎮痛剤のいくつかは、日本ではがん治療に使われるような強力なものであり、健康体の人が使ってはいけない。だが、アメリカでは2000年代に「副作用がほとんどない」と製薬会社が虚偽の情報を流して、医者が処方しまくった過去があり、危険だと判明してその会社が破産した後も、似たような薬を高額で取引する慣習が残ってしまった。

そのカルチャー自体はけっして美化できないけれど、不安障害やうつ状態の気持ちをシェアーする新しいヒップホップに、癒しや励ましの作用があるのは事実だ。ジュース・ワールドの肉体はもうないけれど、彼の声はずっと響くだろう。彼は、21世紀のカート・コバーンなのだから。


2020年に発売されたアルバムの中で、アメリカでの初週最高売り上げを記録したジュース・ワールドの遺作『Legends Never Die』。この作品はなぜそんなにも聞かれ、そして評価されているのか? 彼の経歴やヒット曲、そして歌詞を振り返りながらライター/翻訳家である池城美菜子さんに解説いただきました。

<関連記事>
・21歳のラッパーのジュース・ワールド(Juice Wrld)が急逝
・ジュース・ワールド、遺作アルバムが『Legends Never Die』チャートを独占
・全米1位の楽曲「Rockstar」にダベイビーが込めた想いとブラック・ライヴス・マター



2019年12月8日、21才になったばかりだったジュース・ワールドがシカゴのミッドウェイ国際空港で意識を失い、そのまま亡くなってから8ヶ月が経つ。2017年に彗星のごとく出てきて以来、アメリカの若年層を中心に高い人気を誇ってきたアーティストである。その彼の、7月10日にリリースされた遺作『Legends Never Die』の反響が、予想をはるかに超えて凄まじい。アルバムは初週で49.7万枚相当を売り上げ、2020年に出た作品で最多を記録。初週のストリーミングの数字も歴代4位となっている。亡くなったあとに発売されたアルバムとしては1997年の2パックとノトーリアスB.I.G.以来の高いセールスだ。

ヒップホップ禁止だった子供時代
ジュース・ワールドは、1998年12月2日にジャラド・アンソニー・ヒギンズとしてシカゴで生を受けている。3才で両親が離婚、兄と一緒に母に育てられた。ジュース・ワールドの音楽性を理解するうえで、母が敬虔なクリスチャンだったため、ヒップホップを聴くのを禁止されていたという情報は重要である。その代わり、ロックとポップは聴いてもよく、「ギター・ヒーロー」などのゲームを通してブリンク182やフォール・アウト・ボーイ、意外なところではビリー・アイドルなどの音楽に親しんでいたという。彼がポップ・ロックを難なく歌いこなすのは、この頃に慣れ親しんだ音楽の影響があるだろう。

親が牧師といった理由で世俗の音楽(セキュラー・ミュージック/Secular Music)は禁止され、子供時代をゴスペルだけ聴いて育つR&Bシンガーはわりといるが、「他ジャンルはOK」は初めて聞いたし、お母さんも若いのだろうな、と思う。そのお母さんは彼にピアノを習わせ、ギターやドラム、トランペットも演奏できるようになった。それでも、ヒップホップを隔離するのは難しかったようで、「ジュース・ワールド」の「ジュース」は2パック・シャクールが出演した同名映画から取っている。彼が生まれたときにもう亡くなっていた2パックが演じるキャラクターが、とくに好きだったそうだ。



10代コンビで全米2位に
2015年、高校在学時からSoundCloudに自分の音楽をアップロードするようになり、2017年頃から注目を集める。暮れにリリースした「All Girls Are The Same」がヒット。なにがすごいって、インターネット上で知り合ったプロデューサーのニック・ミラもまだ15、16才だったことだ。ニック・ミラはXXXテンタシオンなどとトリッピー・レッドの「FxxK Love」で名を上げたばかり。続いて、ジュース・ワールドとニック・ミラで作った「Lucid Dream」が全米シングルチャートで2位にチャートインし、共に才能を全米に知らしめた。

「明晰夢」を意味するこの曲は、スティングの「Shape of My Heart」のメロディーをを下敷きにしており、スティング本人は「原曲に忠実で、美しく再解釈している」と絶賛したものの、売れすぎたせいか訴訟沙汰になり、使用料を払うことで解決した。スティングは同曲をステージにで演奏する際は、ジュース・ワールドの歌詞を挟んだり、亡くなった際は追悼のコメントを出したりしている。

Juice WRLD – Lucid Dreams (Directed by Cole Bennett)
2018年5月に出たファースト・アルバム『Goodbye & Good Riddance』は、ゆっくりとプラチナム・セールス(100万枚)を記録。続いて、フューチャーとのミックステープ『Wrld on Drugs』を半年も経たない10月にリリース。2019年3月に出たセカンド・アルバム『Death Race for Love』は、ニック・ミラとの手作り感があった前作(のオリジナル盤)よりレーベルのインタースコープの意見が入って、カニエ・ウェストのキャンプ出身のヒット-ボーイや、ドレイクの相棒、ボーイ・ワンダらの売れっ子プロデューサーも参加。このアルバムからジュース・ワールドはチーフ・キーフ似とよく言われたラップよりも、歌の比重を増やしている。


ジュース・ワールドの曲のテーマは、あまり広くない。失恋とドラッグ(もしくは、ドラッグのせいで失った恋)がほとんどだ。色気と幼さが同居する歌声は魅力的で、ついつい聴き続けてしまうのだが、この頃は、感情むき出しの歌詞が大人にはくすぐったいときもあった。そして、それこそが同世代のリスナーの絶大な支持を得た理由だろう。

ヒット曲「Robbery」では「バッグにハートを詰めろ、って彼女が言ったんだ。そうすれば誰も怪我させないって」と、恋に落ちる様子を強盗に例え、XXXエクスタシオンとリル・ピープをトリビュートした「Legends」では「27クラブってなんだよ? 俺たちは21才さえ超えられない」と、ジミ・ヘンドリックスやカート・コバーンなど27才で死んだアーティストと比較して、自分たちの世代の人気者は21才以上生きられない、と言うなど、直球すぎて心が痛くなるようなリリックを書いた。そして、ジュース・ワールド自身も21才で亡くなった。

Juice WRLD – "Legends" (Official Audio)


悲劇の真相
最初のヒット曲「Lucid Dreams」から、「墓」という言葉が出てきた人ではある。そして「心の痛みをドラッグで紛らわせる」という内容を、言い方を変えてはくり返した。小学生のときにオピオイド系の鎮痛剤でハイになることを覚え、タバコも吸っていたそうだから、薬物の使用歴は長い。

2019年12月8日、プライベート・ジェットでロスからシカゴに戻った際、機内に銃があることに気がついたパイロットが、空の上から通報したため、降り立ったときは捜査官たちが待ち構えていた。それを見たジュース・ワールドは、慌ててピルを大量に飲み込んで命を落としてしまった。「罪を軽くするために慌てて飲み込んだ」と報じられているが、コデインやオキシコドンといった錠剤自体は処方箋で手に入る薬なので、そこまで隠す必要があったかな、と首をかしげてしまう。機内にマリファナが70ポンド(30キロ以上)あったほうが問題で、これは少なく見積もっても日本円で700万円以上、品質によっては軽く1千万円を超える。押収された3丁の銃は、すべて登録済みだった。これは私の憶測だが、機内ですでにハイになっていたため、パニックになり、落ち着こうとして量を誤って飲んだのではないか。



『Legends Never Die』の魅力
遺作について解説しよう。晩年のジュース・ワールドは、アリーという可愛らしい恋人がいて、お金も稼いで、それでも不安障害とドラッグ中毒を抱えている心情を、全編でリリックにしている。歌、ラップ、ソング・ライティングのすべてが2年の間で非常にスキルアップしており、ファンはそこに反応しているのだと思う。

最初こそ「主役がいなくて哀しいよね」という追悼の想いからアルバムをクリックしたものの、みんながくり返し聴く理由は、55分、21曲の『Legends Never Die』が、ポップ・ロックまで飲み込みんだ新しいヒップホップであり、シンプルに傑作だからだ。「Titanic」では、めくるめく思考とともにタイタニックのように溺れていきそうな思いを吐露し、「Good heart, good soul, both been in bad hands/俺の心根は正しいし魂もきれいだ ただ使い方をまちがえたんだ」と言い、自分の状況を客観的に見ている。強烈なのが、「Wishing Well」のセカンド・ヴァース。

Sometimes I don’t know how to feel
Let’s be for real
If it wasn’t for the pills, I wouldn’t be here
But if I keep taking these pills, I won’t be here, yeah
I just told y’all my secret, yeah
It’s tearing me to pieces
I really think I need them
I stopped taking the drugs and now the drugs take me
時々 感覚を失うんだ
事実を直視してみようか
ドラッグなしでは 俺はここまで成功できなかった
でもこの錠剤を摂り続ければ 俺はこの世からいなくなってしまう
俺の秘密をいま明かしたよ そう
俺自身を散り散にさせるんだ
まじで俺はいまドラッグが必要だ
しばらく止めていたけど いまドラッグのほうから捕まえにくるんだ

Juice WRLD – Wishing Well (Official Audio)
ジュース・ワールドがよく口にする「デーモン」の正体は自分のなかにある弱さ、不安障害であり、それを和らげるためにまた薬に頼るという悪循環にはまっていた。「ドラッグなしでは 俺はここまで成功できなかった」とは、そのカルチャーの一部に入るために必要だったという意味と、その苦しみから逃れるために創作活動に打ち込んでいたという意味の両方だろう。

ヒップホップによく出てくる鎮痛剤のいくつかは、日本ではがん治療に使われるような強力なものであり、健康体の人が使ってはいけない。だが、アメリカでは2000年代に「副作用がほとんどない」と製薬会社が虚偽の情報を流して、医者が処方しまくった過去があり、危険だと判明してその会社が破産した後も、似たような薬を高額で取引する慣習が残ってしまった。

そのカルチャー自体はけっして美化できないけれど、不安障害やうつ状態の気持ちをシェアーする新しいヒップホップに、癒しや励ましの作用があるのは事実だ。ジュース・ワールドの肉体はもうないけれど、彼の声はずっと響くだろう。彼は、21世紀のカート・コバーンなのだから。

Written By 池城 美菜子



以上、引用を終わります

    ******************************

彼の作品をご紹介致します
話題のアルバムはどんな音楽性だろう
ヒップホップとロックの融合なら、リンキン・パークと同じだね
チェスターとは全く違うと思うけど。

JUICEWRLD - Legends Never Die (Full Album)
















「秋の褒章」

政府は、「秋の褒章」の受章者を発表。芸術や文化、スポーツ、それに学術研究の分野で功績のあった人に贈られる「紫綬褒章」には、アニメーション映画監督の湯浅政明、映画監督の黒沢清、俳優の内野聖陽、小説家の小川洋子、それにソフトボール選手の上野由岐子ら東京五輪・パラリンピックの金メダリストなど90人が選ばれています

<紫綬褒章受章者>

アニメーション映画監督 湯浅政明

俳優 内野聖陽

映画監督 黒沢清

地歌演奏家 藤本昭子

彫刻家 青木野枝

小説家 小川洋子

一橋大教授 沼上幹

慶大教授 吉村昭彦

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所長 国中均

東大教授 塚谷裕一

静岡大教授 河岸洋和

自然科学研究機構分子科学研究所教授 大森賢治

名古屋大教授 馬場嘉信

柔道選手 大野将平
柔道選手 阿部詩
柔道選手 阿部一二三
柔道選手 新井千鶴
柔道選手 ウルフ・アロンフィリップ
柔道選手 素根輝
柔道選手 高藤直寿
柔道選手 永瀬貴規
柔道選手 浜田尚里

レスリング選手 金城梨紗子
レスリング選手 乙黒拓斗
レスリング選手 川井友香子
レスリング選手 志土地真優
レスリング選手 須崎優衣

ソフトボール選手 上野由岐子
ソフトボール選手 峰幸代
ソフトボール選手 山田恵里
ソフトボール選手 我妻悠香
ソフトボール選手 渥美万奈
ソフトボール選手 市口侑果
ソフトボール選手 川畑瞳
ソフトボール選手 清原奈侑
ソフトボール選手 後藤希友
ソフトボール選手 内藤実穂
ソフトボール選手 原田のどか
ソフトボール選手 藤田倭
ソフトボール選手 森さやか
ソフトボール選手 山崎早紀
ソフトボール選手 山本優

野球選手 青柳晃洋
野球選手 浅村栄斗
野球選手 伊藤大海
野球選手 岩崎優
野球選手 梅野隆太郎
野球選手 大野雄大
野球選手 甲斐拓也
野球選手 菊池涼介
野球選手 栗林良吏
野球選手 栗原陵矢
野球選手 源田壮亮
野球選手 近藤健介
野球選手 坂本勇人
野球選手 鈴木誠也
野球選手 千賀滉大
野球選手 平良海馬
野球選手 田中将大
野球選手 村上宗隆
野球選手 森下暢仁
野球選手 柳田悠岐
野球選手 山崎康晃
野球選手 山田哲人
野球選手 山本由伸
野球選手 吉田正尚

卓球選手 伊藤美誠
卓球選手 水谷隼

ボクシング選手 入江聖奈

フェンシング選手 宇山賢
フェンシング選手 加納虹輝
フェンシング選手 見延和靖
フェンシング選手 山田優

競泳選手 大橋悠依

体操選手 橋本大輝

バドミントン選手 梶原大暉
バドミントン選手 里見紗李奈
バドミントン選手 山崎悠麻

水泳選手 木村敬一
水泳選手 鈴木孝幸
水泳選手 山口尚秀

空手選手 喜友名諒

スケートボード選手 西矢椛
スケートボード選手 堀米雄斗
スケートボード選手 四十住さくら

陸上競技選手 佐藤友祈
陸上競技選手 道下美里

自転車競技選手 杉浦佳子

車いすテニス選手 国枝慎吾

ボッチャ選手 杉村英孝

外国人叙勲「旭日小綬章」にオリビア・ニュートン・ジョン

政府は、2021年秋の叙勲受章者を発表。
外国人叙勲では、オリビア・ニュートン・ジョン(Olivia Newton-John)が「我が国の音楽文化の発展及び友好親善に寄与」した功績が認められて「旭日小綬章」を受章することになりました。

外国人叙勲ではこのほか、米国のケネディ元駐日大使が「旭日大綬章」を受章するなど、合わせて53の国と地域から124人が受章することになりました。

このほか森田健作が「旭日重光章」、俳優の橋爪功や脚本家の大石静、歌人の三枝昂之らが「旭日小綬章」に選ばれています。

以上、amassより引用しました

    ******************************


「日本は大好きな国」 オリビアさんに旭日小綬章

KyodoNews

政府は3日付で2021年秋の叙勲受章者を発表した。「そよ風の誘惑」「フィジカル」などのヒット曲で日本でも知られるオーストラリアの歌手オリビア・ニュートン・ジョンさんらに旭日小綬章が贈られる。




「Lady Marmalade」 ラベルのサラ・ダッシュさんが死去

「Lady Marmalade」のヒットで知られる女性ヴォ―カル・グループ、ラベル(Labelle)/パティ・ラベル&ザ・ブルーベルズのメンバーとして活躍したサラ・ダッシュ(Sarah Dash)が9月20日、彼女が生まれた街であるニュージャージー州トレントンで死去。死因は明らかにされていませんが、海外メディアは彼女の死は予期せぬものだったと伝えています。76歳でした。

地元トレントンの新聞Trentonianによると、親しい友人であるトレントン市長のリード・グシオラは、彼女は亡くなる前の数日間、家族に体調不良を訴えていたという。市長は「スーパースターだった。名声と成功の後、彼女はどこにでも行くことができたが、彼女は自分のルーツであるトレントンに戻ってくることを選んだのです」と述べています。

サラ・ダッシュは幼い頃から歌っていたが、彼女の音楽活動が本格的に始まったのは、家族でフィラデルフィアに引っ越してからだった。60年代前半より地元の歌手であるパティ・ラベルらとグループを組んで活動。その後、グループ名をラベルに変更。1970年代に入ると、ラベルはロック、ファンク、R&Bの要素を音楽に取り入れ、当時ではめずらしい黒人社会からのメッセージを伝える女性グループとして活動。1974年にシングル「Lady Marmalade」が大ヒットとなり、全米にその名が知られるようになる。ラベルは1977年に一旦解散するが、2000年代に再結成、往年の歌声を響かせた。ダッシュはソロとして「Sinner Man」をヒットさせ、ソングライター、歌手、女優として活躍した。

ダッシュは今秋、ニュージャージー州の著名な住民23名とともに、ニュージャージー州の殿堂入りを果たす予定です。



amassより引用しました






アース・ウインド&ファイアー、名曲 「セプテンバー」 を起用した「クラフトボス」

新CMの主人公は、「クラフトボス」 の特徴のひとつである “ボコボコボトル”。無重力の宇宙空間を彷彿とさせる黒の世界に漂う無数のボトルたちが、EW&Fの名曲 「セプテンバー」 に合わせて、ボコボコ音を立てながら、まるでダンスでも踊っているかのようなアクションを繰り広げるというもの

ボコボコボトルが自由自在にくるくる回転したり、集団で一糸乱れぬフォーメーションを組んだりする「ボコボコダンス篇A」、「ブラック」 と 「ラテ」 それぞれのボコボコボトルの中から突然現れたサーファーが、液体を波に見立ててサーフィンをする 「ボコボコダンス篇B」という2タイプのユニークなCMを通じて、これからもよりボコボコボトルそのものが愛されるようになってほしいというメッセージが表現されているのだそうです

また、同CMには、トミー・リー・ジョーンズ扮するおなじみの宇宙人ジョーンズも登場します
宇宙服に身をつつみ、目の前でダンスを踊る2本のボコボコボトルを見ながら発した、宇宙人らしい(?)メッセージにも要注目してね!!



エルトン・ジョン、コラボアルバム『The Lockdown Sessions』

エルトン・ジョン、コラボアルバム『The Lockdown Sessions』をリリースへ。
BY VOGUE JAPAN
2021年9月3日より引用いたします

エルトン・ジョンが、『The Lockdown Sessions(ザ・ロックダウン・セッションズ)』と題されたコラボレーション・アルバムをリリースする。新型コロナウイルスのパンデミックとそれに伴うロックダウン中、多くのアーティストたちとともにリモート体制でレコーディングされた16曲収録の最新作は、10月22日に発売予定だ。

デュア・リパ
リル・ナズ・X
マイリー・サイラス
ニッキー・ミナージュ
リナ・サワヤマ
スティーヴィー・ワンダー
ブランディ・カーライル
チャーリー・プース
エディ・ヴェダー
ゴリラズ
SGルイス
スティーヴィー・ニックス
サーフェシズ
イヤーズ&イヤーズ
ヤング・サグ
らが参加したニューアルバムについて、エルトンはこう声明に綴っている。

「ロックダウン期間中、アルバムを作ることになるなんて、少しも予期していなかった。でも、感染拡大が進むにつれ、単発のプロジェクトが続々と持ち上がったんだ。レコーディング・セッションの中には、Zoomを使ってリモートで行わなければならないものもあったんだけど、言うまでもなく、僕にとっては初めての経験だった。今回のセッションの中には、とても厳格な安全規定の下で録音が行われたものもあった」

「例えば、他のアーティストと一緒に作業をしてはいるんだけれど、間がガラスの衝立で仕切られていたりしたんだ。でも、僕が今回取り組んだ曲はどれもすごく興味深く、多様性に富んでいたよ。世の中に知られている僕の代表曲とは全く異なっていて、慣れ親しんだ安全地帯から、完全に新たな領域へと僕を連れ出してくれるものだった」

「そして、こういった作業に何だか不思議な親しみを感じている自分に気がついたんだ。キャリアをスタートさせた60年代後半頃、僕はセッション・ミュージシャンとして働いていてね。ロックダウン中に様々なアーティストたちと一緒に仕事をしていて、そのことを思い出したよ。僕は一周まわって、再びセッション・ミュージシャンに立ち返った。そしてそれはやはりとても素晴らしい体験だったんだ」

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「Chosen Family」




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