R.I.P. Ian Mitchell

FullSizeRrosettastone.jpg

スコットランド出身のポップ・ロック・バンド、ベイ・シティ・ローラーズのギタリストだったイアン・ミッチェル(Ian Mitchell)が2020年9月1日、咽頭ガンのため62歳で亡くなりました。 当時、ベイ・シティ・ローラーズがフェイスブックで訃報を伝えました。

R.I.P. IAN
今日は、彼が遺したロゼッタ・ストーンでのアルバム作品からご紹介いたします

ROSETTA STONE
『ROCK PICTURES』/ 『青春の出発』



収録曲
01 (If Paradise Is) Half As Nice 二人のパラダイス
02 Penny ペニー
03 At The Disco ディスコで踊ろう
04 Sunshine Of Your Love サンシャイン・ラヴ
05 Rock And Roll (I'm Comin' Home) 恋のロックン・ロール
06 Judy Judy Judy ジュディ・ジュディ・ジュディ
07 Drive On ドライヴ・オン
08 Angelina アンジェリーナ
09 Steel Willie スティール・ウィリィ
10 Free As A Bird 鳥になりたい
11 You Really Got Me ユー・リアリィ・ゴット・ミー

~BONUS TRACKS~
12 Hiding From Love ハイディング・フロム・ラヴ
13 Remember リメンバー
14 Debut Message To The Funs デビュー・メッセージ

m31922278596_1.jpg




■ ロゼッタ・ストーン (Wikipedia)
北アイルランドの ダウンパトリック出身の北アイルランドのポップ・ロック ・バンドで、ベイ・シティ・ローラーズの元ギタリストであるイアン・ミッチェルが含まれていました。グループは1984年に解散する前に2枚のアルバムと1枚のEPをリリースしました。

ロゼッタ・ストーンの起源は1973年に始まり、幼なじみのミッチェル、テリー・マッキー、ダミアン・マッキー、コリン・マッキー(サッカー選手のコリン・マッキーではない)がヤング・シティ・スターズと呼ばれるバンドを結成しました。彼らは地元のクラブやダンスホールで演奏し、サウンド・エンジニアのブライアン・ヘロンとベイ・シティ・ローラーズのコンサートを開くことがよくありました。

1976年の初め、ミッチェルはヤング・シティ・スターズを離れてベイ・シティ・ローラーズに加わりました。ミッチェルは、ローラーズのマネージャーであるタム・ペイトンによって管理されているグループが名前をロゼッタ・ストーンに変更したため、その年の後半に戻っています。
1977年、Rosetta StoneはPrivate Stock Recordsと契約しました。彼らはマーク・ボランのテレビ番組でマークが彼らのシングル、クリームの「サンシャイン・オブ・ユア・ラブ」のカバーを演奏するのに出演しました。
彼らの名を冠したデビュー・アルバム(一部の地域では『ロック・ピクチャーズ』として知られています)は1978年5月に米国でリリースされました。セカンド・アルバム、1979年の『Caught in the Act』とリリースが続きました。

その後、1979年にミッチェルはロゼッタ・ストーンを脱退しましたが、バンドは彼抜きで1984年まで活動を続けました。一方ミッチェルは、しばらくの間、イアン・ミッチェル・バンド (Ian Mitchell Band) 名義で活動しています。

1980年代には、ベイ・シティ・ローラーズの元メンバーであるスチュアート・"ウッディ"・ウッドと共演もしました。

メンバー
イアン・ミッチェル
コリン・マッキー
テリー・マッキー
デミアン・マッキー
アンディ・レジア

活動拠点 イギリス・イングランド
別表記 Young City Stars


■ discovermusic 9.3.2020の記事によると
1970年代のスコティッシュ・ポップを代表するポップ・ロック・バンド、ベイ・シティ・ローラーズ(Bay City Rollers)の元メンバー、イアン・ミッチェル(Ian Mitchell)が62歳で逝去した。現時点で、死因はまだ公表されていない。

「Saturday Night」「Shang-a-Lang」「Bye Bye Baby」などのヒット曲で知られ、全世界で3億枚近いレコードを売り上げたベイ・シティ・ローラーズは、バンドの公式Facebook上で、イアン・ミッチェルの死について次のような声明を発表している。

「イアン・ミッチェルの訃報を受け、深い悲しみに暮れています。彼の妻ウェンディ、ご家族やご友人の皆様のために祈りを捧げます。安らかにお眠りください、イアン」

また、バンドのギタリストであるスチュアート“ウッディ”ウッドもこう追悼している。
「イアン・ミッチェルの訃報を聞いて非常に悲しいです。ウェンディとイアンのご家族、ご友人の皆様に愛と哀悼の誠を捧げます。君のことは忘れません。イアンとはベイ・シティ・ローラーズだけでなく、80年代にはパッセンジャーズでも一緒に演奏した時の思い出がたくさんあります。イアン、君がいなくなってしまうのは本当に寂しいです」


北アイルランド出身のイアン・ミッチェルは、1976年、17歳の時にベーシストのアラン・ロングミュアーの後任としてバンドに加入し、エディンバラで結成されたベイ・シティ・ローラーズ初の非スコットランド人メンバーとなった。

イアン・ミッチェルを迎えたベイ・シティ・ローラーズは、1976年にアルバム『Dedication』を発表し、今作に収録のダスティ・スプリングフィールド「I Only Want To Be With You」のカヴァーが全米チャート12位を記録している。程なくしてバンドを脱退したイアン・ミッチェルに代わってパット・マクグリンが新たに加入し、彼は2018年に亡くなったアラン・ロングミュアーが1978年にバンドに復帰するまで後任を務めた。

その後、イアン・ミッチェルはロゼッタ・ストーンというバンドを結成したが、1979年に脱退。同グループは1984年に解散するまで彼なしで活動を続けた。また、1979年5月にはイアン・ミッチェル・バンドを結成。その後もソロ活動を続け、ベイ・シティ・ローラーズとロゼッタ・ストーンの再結成ライヴにも参加している。

ベイ・シティ・ローラーズの現在のラインナップは、リード・ヴォーカルとギターのイアン・トムソン、ベースのマーカス・コードック、ドラムのジェイミー・マグローリー、ギターのスチュアート・ウッドである。
Written By Tim Peacock


すっごい優れたアルバムなので、今でも大好きです
この音がイイです
この演奏もイイ!!
ロゼッタ・ストーン、良いバンドでした
イアン、ありがとう


ご視聴ありがとうございました

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする